聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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キツネの幸せ

 

 

 

 

「なぁ、もうさすがに良いんじゃないか?」

 

「っぱぁ、れろ……ちゅう、まだふぇふ」

 

「こらこら、咥えながら喋るな。はしたないぞ」

 

 指を吸いながら、アマルは上目遣いに俺を見る。

 

 駄目だぞ、そんな顔しても。

 というか、変な気分になるから止めて欲しい。昼間から我慢できなくなるだろうが。

 

 指を引き抜く。

 俺の指とアマルの唇が唾液の糸で繋がった。

 

「ほら、やりすぎだぞ。指、ふやけてるだろうが」

 

「…………」

 

 アマルの目の前にふやけた手をかざす。

 つーん、と顔を背けるアマル。こりゃ拗ねたな。分かりやすくて大変良い。 

 

「アマル」

 

「……むぅ」

 

 頬が栗鼠のように膨らんでいる。

 どれだけ頬っぺたにドングリを詰め込んでるんだ?

 

 その可愛らしい行動に、思わず笑みが漏れる。

 

「アンディ様、何がそんなに可笑しいのですか」

 

 俺の笑い声に反応して、アマルは眉を怒らせた。しかし、迫力は皆無だった。ぷんすか、と覇気のない効果音を入れたいぐらい。

 

「ごめんごめん。ただ、可愛いなと思って」

 

「か、かわっ! もう、そうやって誤魔化しても駄目なんですからねっ」

 

「そんなつもりじゃないよ。だから、怒るなよ」

 

「アマルは怒ってなどいませんっ!」

 

「いや、怒ってるじゃん……」

 

 なんだかこのやり取りデジャブを感じる。そういや……前にもこんな会話をしたことがあったっけ。

 

 改めてアマルを見やる。

 

 高く整った鼻筋、透きとおる程白い頬は薔薇色に染まり、鮮紅の両眼は長い睫毛に縁とられている。夜空に輝く天の川のようにな銀糸の髪は、優美に腰まで流れていた。

 

 どの角度から見ても全く欠点がない美少女。そのあまりの人離れした美しさに、もはや神々しささえ感じる。

 

(……何度も思うけど、普通ならアマルみたいな美少女が、俺なんかと付き合ってくれるなんて絶対あり得ないことだよな)

 

 きっと修道院という閉ざされた場所で、尚且つアマルの境遇がなければ、俺とこのような関係になることはなかっただろう。

 

 いや、そもそもアマルは今15歳で13歳も年下。俺はそんな齢の少女に手を出し、あまつさえ毎晩のように身体を繋げているのだ。そのことに後悔はない。しかし、自己嫌悪はあるのだから始末に終えない。そんな考えを打ち払うように、俺はアマルに微笑みかけた。

 

「……怒ってないなら、仲直りのキスも必要ないな」

 

 それに反応して、ぱっと顔をこちらに向けるアマル。わたわたと焦った様子で、俺にしがみつく。

 

「あ、アンディ様? 私、やっぱり怒っています! だから、仲直りしたいですっ!」

 

「えー、さっき怒ってないって言ってただろ?」

 

「たった今、怒りたくなりました!」

 

 必死に食い下がってくる。めちゃくちゃなことを言って、そんなにキスがしたいのか。それが可笑しくて、吹き出してしまう。

 

「ぷっ、あはは、冗談だよ。ほんとアマルは可愛いなぁ」

 

「っ、アンディ様ったら!」

 

 もう、またからかって、と不貞腐れるアマルを宥める。

 先ほどの行為で、唾液に濡れた桃色の唇を指で拭き取る。柔らかいゼリーみたいな感触。それを堪能してから、触れるだけのキスをした。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 食後。

 

 二人してベットに腰かけ、話をする。

 アマルは俺の腕を抱き締めて、身を預けリラックスしている。

 

 いつもこうやって寝るまでの時間、ゆっくり話すことが日課になっている。今日あった出来事や俺の故郷である日本の話。内容は様々だ。今日は日本の童話についてアマルに言い聞かせている。

 

「――それで、ごんぎつねは兵十の手で打たれて倒れ落ちる。兵十は側に固められて置かれている栗を見て、いつもこれを持ってきているのはごんぎつねだと気付く。でも、その時には全て遅かったんだ……」

 

 小学生の頃に国語の授業で習ったごんぎつね。

 両親を亡くし、孤独な一匹の子狐のごん。悪戯ばかりして、村人を困らせていた。ある日、村人の兵十が川で魚やうなぎを捕まえているのを見て、悪戯心でそれを逃がしてしまう。

 

 しかし、後日それらが病に臥せった兵十の母に食べさせるものであったことを、母親の葬式を見て知る。

 

 それに後悔し、償いのつもりで毎日栗や山の幸を持っていくが、兵十はまたごんぎつねが悪戯に来たのだと思い撃ち殺してしまう。

 

 大雑把に言うとそういうストーリーだ。

 この話はとても印象的で、卒業して10年以上たっても未だに覚えている。

 

 アマルは俺の話を興味深げに聞き入っていた。

 

「こう改めて話すと、ごんぎつねって浮かばれないよな」

 

「……そうでしょうか」

 

 アマルは静かにそう言った。

 

「ゴンギツネは、きっと寂しかったのです。今まで両親を亡くし、たった独りで生きてきた。それを紛らわらすために悪戯ばかりしていたのでしょう。誰にも気付かれず、寄り添われず、そして……愛されずにずっと、ずっと。だから、最後の時ヒョウジュウに気づいてもらって、ゴンギツネは嬉しかったのだと思います」

 

「でも、報われず殺されてたんだぞ?」

 

「……いいえ、そのようなことはありません。最後に気付いてもらえて、独りではなかったではありませんか」

 

 アマルは俺の顔を見上げ、そっと頬を撫でる。

 

「――だから、ゴンギツネは幸せだったでしょう」

 

 囁くように呟かれた言葉。

 

 アマルはゴンギツネと自身を重ねているようだった。アマルもゴンギツネと同じように、誰にも気付かれず、寄り添われず、そして愛されず、俺がここに来るまでずっと独りで生きてきた。だからこそ、ゴンギツネに強い共感を抱いているのだろう。

 

 それを感じて、とても悲しくなる。

 

 隣に座るアマルの背中と膝裏に手を入れて、横抱きにする。膝に乗せ、ぐっと強く肩を抱き寄せた。

 

「そっか。お前がそう言うなら、きっとそうなんだろうな」

 

「……はい」

 

 こくり。

 アマルは小さく頷いた。

 

「ゴンギツネは死んじゃったけど、俺はお前と一緒に居る。ずっと居る」

 

「アンディ様……」

 

「ん、お前は俺の(おんな)だ。絶対に守るから安心しろ」

 

「はい、アマルはアンディ様だけの(もの)です。貴方様に身も心も全て捧げます。一生可愛がってください。ずっと、ずっと、お側に置いてください」

 

「ああ、約束だ」

 

「約束……」

 

 約束、約束と何度も言葉に出して、アマルは身体を震わせた。

 

「――約束。アンディ様、どうか私たちを置いて行かないで下さいね」

 

 

 

 




小学生の皆のトラウマ、ゴンギツネ。主人公死亡オチ。
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