私は何も求めない。
神にも、悪魔にも。
祝福。救済。無償の愛さえ。
堕落。誘惑。罪の果実さえ。
赦しなんて、いらない。
救いなんて、まやかしだ。
何ひとつ求めない私は、いつだって空っぽで。
だからこそ、私は生きながら死んでいる。
***
蝋燭が揺らめく。
いつも以上に早く起きてしまった俺は、椅子に腰かけながら、窓の外を眺めていた。朝の訪れはまだ先で、外の世界は依然闇に包まれている。風景など見えるはずもないが、何か特別することもないので、こうしてぼんやり過ごしている。
暫くすると、うとうとと眠気が襲う。脳が覚醒しているのか、していないのか曖昧だ。意識が徐々に薄れて――ーー
――ー―私はだぁれ?
声が、聞こえた。
立ち上がり、辺りを見渡す。椅子が勢いに負け、派手な音を立て倒れた。
誰もいない。空耳だったのか。
ため息を吐いて、倒れた椅子を元に戻す。
「んっ、あん、でぃさまぁ……?」
ぽむぽむと布団の中を叩いて俺を探す仕草。俺がいないと分かると、がばりと身を起こした。
「アマル、悪い。起こしちまったな」
「ああ、よかったぁ。そばにいて、くださったのですね」
アマルは心底安心したように笑った。
布団から抜け出し俺を熱心に見つめ、一糸纏わぬ姿を恥ずかしげもなく晒している。
アマルの裸体は見慣れているのに、何度見ても飽きない。日焼けを知らない雪のように白い肌。小柄なのに豊満で、いかにも柔らかそうな乳房。驚くほど細い腰に、安産型の臀部。そして全てを兼ね合わせた女神のように美しすぎる容貌。本当に同じ人間なのか、と疑問さえ感じる。
「そんな格好でずっといると風邪引くぞ」
「でしたら、風邪を引かぬようアンディ様が暖めてくださいませ」
抱きつかれたので、抱き締め返す。
嬉そうに身体を揺らすアマル。身体全体を擦り付け、マーキングされる。毎朝行われる動作だ。この子犬め。腰まで伸びた銀髪を解くようにして撫でる。
「よしよし。……おはよう、アマル」
「んふーっ。おはようございます、アンディ様」
満足げに息を漏らすアマル。幸せそうでなにより。俺はアマルの肩を押して身を離し、腰を抱いてベッドまで誘う。そのままベットに座らせ、掛け布団で包んでやる。
「むぅ、アンディ様が良かったのに……」
「馬鹿言うな。風邪引かれたら困るだろ。心配させるな」
「……心配、してくださるのですか?」
「あたりまえだろ」
「でしたら、私風邪を引いても良いです。そうしたら看病をして頂けますか?」
「……あのなぁ、怒るぞ。看病されたくて風邪を引く奴がいるか」
「ううっ、ごめんなさい。……でも、今まで看病されたことなどなかったですもの。苦しくて、辛くて、それでも独りぼっちで。だから―――ー」
しょぼんと、肩を落とすアマル。居ても立ってもいられなくかる。
「分かったよ。もし風邪を引いても看病してやる。側にいてやるから、そんな顔するな」
「アンディ様。嬉しい。貴方様をお慕いしています。側に置いてください。側に居てください。それだけで、それだけを私は……」
少女は、泣くように、請うように愛を告げた。
***
アマルは身体にぴったりとフィットした藍色のコードハーティを身に纏い、朝食の準備を始めた。その間俺は、ベットに腰かけ、じっとしている。手伝うと何度も言ってるが、「これは女の仕事です」と譲らない。
この時代、性的役割分担が強固に根付いてきる。男は公的存在で外に出て家族を養い、女は家庭を守り夫に尽くす。それが社会規範となっている。ジェンダーフリーは、近代になってから生まれる思想だ。この時代女性は、キリスト教的考えによって常に落としめされていた。
てきぱきと動くアマルの背中を見ると、いつも感心してしまう。アマルは驚くほど良く働くのだ。
朝起きると、俺の着替えを甲斐甲斐しく手伝う。朝食を作り、食べ終わると直ぐに片付けて、礼拝に向かう。お昼になると、俺の部屋を掃除し、洗濯し服と布団を干す。再び礼拝に出向く。夜になる前に洗濯物を取り込んで、外から帰ってくる俺を出迎える。夕飯を用意して、俺の世話を幸せそうにするのだ。そして、閨を共にし、やっと就寝する。
現代の15歳といったら、高校に上がるかどうかと言った年齢だ。その年齢の子どもは、普通アマルのように家事をしたりしない。将来のために勉強したり、友達と遊んだり、自身のしたいことを目一杯楽しむ。
「アマルはもっと自分のしたいことをしても良いんじゃないか?」
俺の言葉に、手を止めてアマルは笑った。
「ふふっ、もうしております」
「いや、俺の世話ばっかりだろ」
「いいえ。私はアンディ様のお世話をするのが生き甲斐なのです」
不意打ちの惚けにたじろぐ。全く心臓に悪い。
「っ、いや、そうじゃなくて、将来何をしたいとかさ。そういうのだよ」
アマルは少しの間、黙り込んでおずおずと呟いた。
「……その、今まで考えたことが無かったので」
「そっか。じゃあ、これから考えよう。きっと、楽しいぞ」
「っ、はい。アンディ様」
アマルは祈るように両手を合わせて、嬉しそうに身体を揺らした。