意識して目を瞑って、もうどれくらい時間が流れただろうか。身体は疲れているのに、全く寝つけない。寝ないとと思うと、余計気が高ぶってしまう悪循環。
いつもならアマルを抱いて、その疲れから直ぐに眠りに落ちるのだが、今晩はソフィアさんのことも相まって気分が乗らずそういった行為もしなかった。眠るのに時間がかかっているのは、そんなどうしようもない理由からだった。
浅く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。数分程、吸って吐いてを繰り返してみたが、どうにもならない。気分を変えて、外の空気でも吸いにいくか。
身動ぎすると、ぎしりとベッドが軋んだ。
それに合わせて、隣に寝ているアマルの鼻にかかった声が聞こえた。
ベットに負担をかけないように、ゆっくりとした動作で降りる。その時だ。手を強く引っ張られ、ベットに引き戻された。
「―――アンディ様、どこに行かれるのですか」
声が聞こえた。
憮然とした口調。珍しく怒ったような声音に、驚く。
「いや、ちょっと眠れなくて。気分転換に、外の空気を吸ってくるよ」
「駄目です」
「いや、駄目って。別に少しぐらいいいだろ?」
「……そう言って、他の女のところに行くつもりなのでしょう」
その言葉を理解するのに、数秒かかった。いや、突然何言ってるんだ。どうしてそんな話しになる。
「……はぁ!? な、何でそんな話になるんだよ!」
「今日、アマルを抱いて頂けませんでした。いつもは、何度もして頂けるのに。ずっと待っていたのに。……もう、私には飽きてしまわれましたか? だから、他の女のところに行くのですか?」
「あのな。今日は気分が乗らなかっただけでそんなつもりはない。たまにはそういう日もある。アマルだってそうだろう?」
「いいえ。私はいつでも、どこにいてもアンディ様と触れあっていたい。だから、ここに居てください。一緒に居てください」
「……なぁ、アマル。息抜きぐらい自由にさせてくれよ。毎回、そんなんじゃ俺も疲れちまう。でもまぁ―――」
柔らかく嗜める。
アマルの身体がびくりと、暗闇の中でも分かるくらい大きく震えた。俺はため息をついて、優しく手を握る。
「―――そんなに心配なら、お前も一緒に外の空気吸いにいくか?」
「……はい、アンディ様」
ほっとしたような声音。アマルは俺の手を握り返す。俺もそれに答えるように、少女の手を引いてベットから立ち上がらせた。
手探りで蝋燭に火を着けて、上着を着る。
振り替えると、淡い蝋燭の光に照らされたアマルがこちらをじっと見つめていた。
「……何だアマル。俺に何かついてるか?」
「いいえ。……ふふっ、ただアンディ様は本当に素敵だなぁと思って」
蕩けるような、うっとりとした表情をこちらに向けるアマル。こいつはこういう不意打ちをしてくるから困る。
「そんなこと言ってないで、お前も早く着替えろよ」
「アンディ様私はこのままで大丈夫です。夜なら私の姿も闇に溶けますから」
アマルが着るシュミーズはリネン製で、生地自体もかなり薄い。そのため身体のシルエットもはっきりと分かる。でも、アマルが言うように、この暗闇の中でそれらも見ることは叶わないだろう。
「……まぁ、お前がそう言うなら良いけど」
「はい。では参りましょう」
アマルはそう言って俺の腕を組んでピッタリと身を寄せた。むにっ、っと柔らかい胸の感触を腕に感じる。分かってやってるなら、とんだ魔性の女だな。そんなくだらないことを考えながら、一歩足を踏み出した。
***
修道院の外を出て、ふたりしてゆっくりと足取りで歩く。
風が葡萄畑を通り抜ける音が心地よい。空を見上げると、宝石箱をぶちまけたような満天の星空が光輝いていた。
「夜空が綺麗だな……」
「そうですね。私もこんなにも煌めいている空を見たのは初めてです。きっと、アンディ様がお側に居てくださるからですね。ふふっ、アンディ様はやはり世界で一番素敵な殿方です。アンディ様の側に侍れる私は本当に幸せ者ですね」
一等星の如くキラキラと輝くアマルの笑顔。俺はその眩しさにやられて、思わず視線を反らした。
「うっ、だから流れるようにそういうこと言わないでくれよ。心臓に悪い」
「そう言われましても……本当のことを申しただけです」
しょんぼりと肩を落とすアマル。その動作は、子犬が尻尾をだらりと下げる姿に似ていた。俺は猫より断然犬派だ。
よしよし。頭を撫でる。
「毎回思うけどさ。お前、ちょっと心配になるくらい、俺のこと好きすぎないか?」
「……はい。アマルはアンディ様が好きで好きで好きで、もうどうしようもないくらい愛しています。何よりも誰よりも……貴方様だけをお慕いしています」
熱っぽいアマルの吐息を感じる。
「だから、他の人には絶対に渡さない。私の愛しい人。アマルだけのアンディ様」
ぎゅっと抱きつかれる。そして、グリグリと身体を擦り付けるように、マーキングされた。この甘えん坊の子犬め。俺も抱きしめ返す。
ああ、でも重いなぁ。いや、体重とかじゃなくてアマルの俺に対する想いが。だが、そんな重りがあるからこそ、俺はこの世界に立っていられるのだ。これぐらいがちょうど良い。最近そう思うようになった。
「アマル。ありがとな。俺なんかを好きになってくれて」
「アンディ様っ。……んっ」
首に手を回されて、引き寄せられる。唇に柔らかい感触が伝わる。ああ、俺はキスをされているのかと、他人事のように思った。
――どれくらいキスしていただろうか。
どちらともなく口を離す。
「んっ、アンディさまぁ」
とろんとした声で、俺の名前を呼ぶアマル。俺は答えるように、細い腰に手を回す。少女は嬉しそうに、身体をグリグリと擦り付けてマーキングする。
「アンディ様。夜眠れない時は、ひとりでお外に出ないで、こうやって私を連れていって下さいね」
「んー、お前がその時起きてたら考えるよ」
「つれないことをおっしゃらないで。私が起きてなければ、起こしてください。そうでないと、貴方様を守れません」
アマルはそう言って、修道院を見つめた。
「……このお方は、私だけの愛しい人。絶対に手を出させるものですか」
ぽつりと吐き捨てられた言葉は、一体誰に向けてのものだったのか。俺には分からなかった。