聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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全てはここから

 

 

 一緒にいたかった。

 

 一緒になりたかった。

 

 いつかきっと分かってくれる。

 

 そう自身に言い聞かせて、今日もここから外を眺める。あの人が帰って来たら、誰よりも先に会いたいから。

                          

 

 ――――あの人は必ず戻って来てくれる。

 

 

 だから、あの人の居ない昨日を悲しみ、あの人が居ない今日を憂い、あの人が居ない明日を迎えても。

 

 

 ……私は、まだ私でいられる。

 

 

 

 

 

 ***

  

 

 

 

 凍えるような冷たさを背中に感じて、意識が覚醒した。

 

 目を開けると、俺は仰向けになって倒れていた。床に手をつき、身体を支えるようにして、起き上がる。掌に固くざらりとした感触が伝わった。視線だけ床に向けると、湿った石畳が見えた。

 

 長時間、石畳みの上で寝ていたからだろう。首を捻るだけで、身体が軋む音が聞こえる。

 

(……ここは、どこだ?)

 

 俺は墓参りに行き、それが終わって電車に乗った。電車の中で眠気に襲われて、そのまま意識がなくなった。ここまでは覚えている。

 

(……まさか、誘拐されたとかではないだろうな?)

 

 それはあまりにも非現実すぎる。日本は世界一・二を争う安全性の高い国だ。まして、電車という公共機関の中で居眠りをしている間に、誘拐される可能性はゼロとはいえないが限りなく低い。そこまで考えて、頭を振る。いや、今はまず状況を把握することが先だ。

 

 辺りを見回す。

 

 ぼんやりとおびただしい数の蝋燭で照らされた室内。右に目を向ければ、長椅子が整然と並べられている。木の腐った臭いが鼻につく。かなり年期の入った椅子だ。座ったら壊れてしまうのではないだろうか。

 

 左に目を向けると、大きな大理石の石像が見える。

 両手を空に掲げ、フードを深く被った人物の大理石彫刻。蝋燭の光が彫刻の陰影を深め、言葉にできぬ恐ろしさを感じる。

 

 視線を外し立ち上がろうとして、8メートルほど離れたところに、人が立っていることに気づいた。

 

 

 

 ――――息を呑む。

 

 

 

 それは、驚きや恐怖からではない。

 目の前に立つ人物が……あまりにも、そうあまりにも美しかったからだ。

 

 一番始めに目に入ったのは、蝋燭の灯に照らされ浮き出るように煌めく銀色の長髪。

 

 印象的な鮮紅の瞳。

 透き通る雪のような肌。

 高く整った鼻筋に、桃色の瑞々しい唇。

 

 女神だと言われても迷いなく頷いてしまう程の美女がそこに佇んでいた。スラヴ人をイメージさせる顔立ちだ。

 

 感情のない無機質な彼女の視線が、俺を射抜く。

 

 何か言わないと。

 気持ちが焦る。

 もごもごと口を動かし、何とか言葉を発した。

 

「……すごく、綺麗だ」

 

 思わず出た言葉がそれだった。

 いや、初対面の女性に何言っているんだ俺は!

 顔が真っ赤に上気する。

 

「…………ッ」

 

 女性は瞳を揺らした。

 俺に向けられた眼差しが、色を持ったように感じる。

 

「……いや、その、何か突然すいません」

 

 とりあえず謝ってみる。

 まあ、悪いことは言っていないはずなので、大丈夫だと思うが。というか、そもそも日本語が通じるのだろうか? 

 

「えっと、俺の言ってること分かりますか?」

 

 女性は何かを考えるように目を伏せた。

 やっぱり、通じてないぽい。そりゃ、見た目ガッツり外国人だもんなぁ。困った。心底困った。小さくため息を吐いて、乱雑に頭を掻く。

 

 それから数分、お互い動かず沈黙が場を満たした。それを破ったのは、俺ではなく女性の方からだった。

 

「……(わたくし)が話しかけても、良いのか。本当に良いの、だろうか? そのようなこと……私は……」

 

 小さく呟かれた言葉。

 それは俺に問いかけているようにも、自身に問いかけているようにも聞こえた。

 

 ……というか、話してること分かるのかよ! 

 

 テンションが一気に上がる。

 

「あの、警戒されるのは当然だと思います。でも、俺もなんと言っていいやら。えっと、まず、ここどこか教えて貰えますか? 日本語が通じるってことは日本なんですか?あ、すいません。畳み掛けるように聞いちゃって。俺も混乱してるんです。何故か気付いたらここで寝ていて、俺も状況が何やらさっぱりなんです!」

 

「…………ッ」

 

 矢継ぎ早に話しかける。

 彼女は俺の勢いに戸惑い、目を白黒させた。

 

「う…………ぁ……」

 

 彼女は数分、口を開けては閉じてを繰り返した。そして、祈るように両手を胸の前で組み、たどたどしい言葉を発した。

 

「その……ニ、ニホンというのは、知らない。わ、分からない。あ、えっと、その、ここは、ストーンハースト。……ストーンハースト修道院」

 

「ストーンハースト、修道院?」

 

 こくり、と女性は頷いた。

 混乱する。何故俺は修道院なんかに居るんだ。本当に訳が分からない。

 

「あー、くそ。ほんと、どうなってるんだ」

 

 俺の苛ついたら声を聞いて、女性は怖々と肩を震わせた。そして、小動物のように小さくなる。

 

 その姿を見て、悪態をついてしまったことを後悔した。息を大きく吸い気持ちを落ち着かせる。

 

「怖がらせて、すいません。気にしないでください」

 

 そう言って、意識して目尻を下げ優しく笑いかける。そういや、自己紹介もしてなかった。そりゃ、戸惑うよな。挨拶はコミュニケーションの第一歩。すっ飛ばしてはいけなかった。

 

「あの俺、安藤隆(あんどうりゅう)って言います」

 

「あん、どりゅー」

 

「いや、あんどりゅーじゃなくて、安藤隆です」

 

「あんどりゅー……アンドリュー、さま?」

 

「いや……違う。俺は、安藤隆で。……まあ、もうアンドリューでいいです」

 

 外国人には発音が難しいのだろう。無理に言わすのも申し訳ない。アンドリューで妥協しよう。

 

「アンドリュー様」と、女性は何度も俺の名を口ずさんでいる。

 

「それで、君の名前は?」

 

「私の、名前?」

 

「そうです」

 

「名前、名前……私の、名前は、私の名前は」

 

 答えを探しているような口調。

 

 自身の名前なのに、探しているという表現もおかしいが、俺は何故かそう思ってしまった。

 

 

 

 

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