祈りは、赦しを求める。
しかして、赦しは祈りを求めない。
ただ、償いを求めるのみ。
***
司祭室を出て、歩く。
先程のベネディクト司祭の言葉は何だったのだろう。あの表情と行動にどこかうすら寒いものを感じるのは、俺の考えすぎだろうか。更に言うと、経歴や状況の詳細を十分に伝えていないのにも関わらず、早々と滞在することを許可してくれたことも気になる。
あれだけの会話で、良くこんな身元も分からない人間を受け入れようと思ったものだ。
数分、頭を捻る。
しかし、何一つ思い付かなかった。そもそも情報量が少なすぎる。確固たる判断材料もない。
(……これ以上、考えてもどうしようもないな)
自身をはぐらかすように心の中で吐き捨てる。答えがないなら、悩むこと自体無駄なことだ。それに、何より人の好意は疑いたくない。頭を振って気持ちを切り替える。
(散策して時間を潰せ、か…)
礼拝堂に近づくなと釘を刺されてしまったから、それ以外の場所を見てみよう。そう呟いてみた。でも、心に引っ掛かりを覚える。……理由なんて分かりきっている。
俺はアマルに約束したのだ。
司祭様と話したら、また会いに行くって。
でも、この修道院の責任者であるベネディクト司祭に、「礼拝堂には近寄らないように」そう言われてしまった。だから、しょうがないじゃないか。そう自分に言い聞かせる。アマルには、後で会いに行けなくなった理由を説明すれば良い。
(……本当にそれで良いのか)
何となく。
本当に何となく、そう思ってしまった。
アマルの微笑んだ顔が脳裏に浮かんだ。祈るように合わされて両手。俺に赦しを願った声。
頭を乱暴にかく。
決まっていた。最初から、自分の中でどうしたいかなんて、決まっていたのだ。その気持ちは、誰にも変えられない。ならば、それに従うべきなのだ。
何より、ここでアマルに会いに行かなければいけない気がした。そうしないと大切な何かを取り零してしまう、そんな気がしたのだ。
「……少し声をかけに行くだけだ。だから、大丈夫」
言い訳がましく、呟く。
誰も聞いてはいない。俺の行動は、俺しか知らない。だからこそ、弾劾されることもない。それを良いことに、俺は礼拝堂へと足を進めた。
***
礼拝堂の扉を開けると、石床に膝をつき祈りを捧げているアマルの姿が目に入った。声をかけて良いものか分からず、俺はただその姿を眺めていた。
暫くして、彼女は俺の気配を感じたのか、首だけ後ろに振り返った。そして、俺と目が合うとうろたえるように瞳を揺らした。
アマルは何か言葉を紡ぎだそうと口を開いて閉じてを繰り返す。その必死な様子を見て、俺は思わず目を和らげた。
アマルは不安げに身体を縮ましている。その姿は、ひとりぼっちでプルプル震えている子犬みたいだった。だから、俺は静かに彼女の言葉を待つことにした。
数十秒時間を置いて、アマルは恐る恐るといった風に言葉を発した。
「……ほ、本当に」
「ん、なんだ?」
首を傾げる。
彼女は、それを見て目を細めた。
「本当に、来て下さったのですね」
「言っただろ。司祭様に会いに行ったら、また戻って来るって。……それに、アマルに司祭室までの順路を教えてもらわなかったら、絶対迷ってた。……だから、ありがとう。それも言いたかったんだ」
駄目だったか? 柔くそう言って、微笑む。
「……アンディ様」
アマルは俺の名前を呼んだ。それから、左胸を押さえる……強く押さえつける仕草。心臓を宥めるような姿に、ささやかな違和感を感じながらも、彼女の言葉を邪魔しないよう続きを待った。
「アンディ、様」
「おう、アマル。どうした?」
「……苦しい」
空気を求めて、浅い呼吸を繰り返す。これは尋常じゃない。俺は慌てて、アマルに駆け寄る。
「アマル、だ、大丈夫か!?」
「っ、違う……のです」
アマルは弱々しく頚を振った。何が違うんだ。意識して、優しく声をかける。
「こんなの知らない。胸が震えて、痛い。こんなにも苦しいのに、不思議と嫌じゃない」
自身に問いかけるように呟くアマル。心配になって彼女の顔を覗き込み、驚いて思わず目を見開く。
アマルは、笑っていた。
花が咲くと表現するぐらいの満面の笑みだった。あまりにも綺麗で無垢な笑み。どうしようもなく、見惚れてしまう。
これは物理的な胸痛というより、むしろ心の問題。そして、それは苦しみや悲しみから来るものではなく、もっと別の要因なのではないか。
「なぁ、アマル。違ったら言ってくれ。もしかしてお前……嬉しいのか?」
「……嬉しい? 私は、嬉しいのか? ……ああ。ああ、そうか。そう、そうだったのか。ふふっ。私たちは……いいえ、
「……アマル?」
「きっと、ああ、これが――ー」
――ー幸せと、言うものなのですね。
初めてそれを知った、そんな口調。
その言葉があまりにも悲しくて、俺はただアマルを見詰めることしかてきなかった。
俺のちょっとした言葉に何故アマルが幸せを感じたのか。今までどういう生き方をしていたのか。
俺はアマルという人間をほとんど知らない。なんせ今日初めて彼女に会ったんだから、仕方ない。
それなのに、いや、それだからこそ、彼女を放って置けなかった。守ってやりたいとさえ思っている自分が、そこにはいた。