まだ、出会って1時間もたっていないはずなのに、何故だか俺はこの少女に入れ込み始めている。
一目惚れなどではない、と思う。
確かに絶世と言っても過言ではない美貌を持つアマルだが、それだけでは片付けられない感情を俺は彼女に抱いている。
そこにあるのは、ただの恋慕や憧憬の念ではなく、長く会えなかった人に突然会ったような懐かしさとでも表現するべき感情だろうか。何故、俺はそのような思いを彼女に抱いているのだろうか。分からない。分からないからこそ、底知れぬナニカがそこにあるような気がした。
「……アンディ、様?」
名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。
「ああ、ごめん。考え事をしていた」
「いえ……」
アマルは小さく首を振って目を伏せた。先程までの笑みは消え、人形のような無表情。どこか冷涼とした雰囲気に押されてしまう。
どうしていいか分からず、俺は思わず頭をかいた。
「その、悪い。戻ってくるって約束とはいえ、祈りの邪魔しちゃったよな」
「いいえ」
また、簡素な返事。
「……そっか」
会話が続かない。
とても気まずい。沈黙が痛い。
今までのやりとりで、少しは気を許してくれたと思ったんだけど勘違いだったのだろうか。でも……俺の言葉が彼女の琴線に触れたのは間違いないと思う。ただその根本的な理由が分からない。
アマルはふと視線を外した。石像の前に置かれた長椅子を見ているようだった。数秒して、再び俺に視線を戻す。
「……お荷物」
「え?」
「アンディ様の、お荷物が……そこに」
アマルはそう言って、祭壇近くの長椅子に置かれた俺のリュックサックを持ち上げた。
「ん、ん……っ」
ぐっと歯を食い縛って、フラフラしながら俺のリュックを運ぼうとしている。小刻みに震える手。明らかに無理している。
リュックには山奥にある両胡村に向かうため、念には念を入れて水や携帯食等々をこれでもかというくらい詰め込んでいる。つまり、かなり重い。
アマルのような小柄な少女には、持つのも精一杯だろう。すぐアマルの側に駆け寄り、リュックサックを受け取った。
「アマル、ありがとう。はぁ……良かった。リュックは無事だったんだな」
ほっと安心して笑みが漏れた。正直突然よく分からない場所に放り投げられて、不安だった。これだけでも、心強くなる。アマルはそんな俺の姿を静かに見詰めていた。
「アマル、リュックを取って置いてくれてありがとう。ほんと助かった。でも、あんまり長居しちゃ悪いよな。……俺そろそろ行くよ」
「あっ……」
俺がそう断りを入れると、彼女は乞うように右手を差し伸べた。それも一瞬のことで、すぐにだらりと手を落とす。アマルの不自然な行為に思わず頭を傾ける。
「……アマル、どうかしたのか?」
俺の言葉に反応せず、彼女は自身の手を呆然と眺めていた。それから、自らの行動を咎めるように右腕を強く押さえつけた。
「……なんでも、ありません。そう、なんでも」
「そうか?」
「はい」
彼女は小さく頷く。
何かありそうな様子だが、あまり突っ込んで聞くことも憚られた。
「じゃあ」
手を振る。
アマルは肩を震わせて、そっと目を伏せた。
「また後で」
「……えっ?」
彼女は、ぱっと顔を上げ、信じられないと言った顔で俺を見詰める。
「ごめん、言ってなかったな。ベネディクト修道司祭と話して、帰る方法が分かるまで、ここに滞在させて貰えるようになったんだ。だから、ここに居る間仲良くしてくれると嬉しい」
「……はい。はいっ」
アマルは食い気味に何度も頷いた。ここまで、心配してくれてるなんて思ってなかったので嬉しい。思わず笑みが漏れる。
「ありがとう。何分、いきなりこんなところに来て右も左も分からない状態だからな。本当にアマルが居てくれて良かった」
「……居て、良かった。私が、居て、良かった?」
そっと俺の言葉をなぞる。そして、眩しげに鮮やかな紅の瞳を瞬かせた。
「ああ、とても心強いよ」
「私たち……アマルにアンディ様はそう言ってくださるのですね。居て良かった、と」
「えっ、当たり前だろ。改めて、よろしく頼むよ」
「はい。アンディ様。また、アマルに会いに来て下さい。どうか、どうかお願い致します」
「勿論だ。むしろ、俺の方からお願いする。これから色々教えてくれ」
「ーーアマルにできることなら、何でもお申し付け下さい。全てお望み通りに致しますっ」
アマルは前のめりになりながら、胸の前で手を握り合わせた。俺に対して祈りを捧げるような動作。彼女のリアクションの大きさにたじろぐ。
「あ、ありがとう」
「はい!」
俺を見詰めて、力強く頷いてくれた。困っている人を見捨てない修道女の鏡だな。たいへん頼もしい。
「アマルは本当に良い子だなぁ。迷惑かけると思うけど、よろしく頼む。アマルこそ俺にできることがあれば言ってくれよ」
鮮紅の瞳を輝かせ、アマルは深々と頭を下げた。俺も頭を下げておく。数秒そうして、俺は踵を返し扉まで歩く。そして、背中にアマルの強い視線を感じながら、薄暗い廊下へと足を踏み出した。