聖者の牢獄   作:桂太郎(テムヒ)

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得難い友

 

 

 

 ―――針のむしろ。

 

 今の状況を説明するには、その言葉が一番的を射ている。品定めするような視線が刺さる。居心地が悪い。浅くため息を吐いて、視線から逃れるために顔を伏せた。

 

(……めちゃくちゃ、気まずい)

 

 ヨハンナに呼ばれ、晩餐の席についた俺は早くも白旗を上げそうなっていた。

 

 気を紛らわせるために、目だけ動かし食事内容を見る。長机には黒パンに林檎などの果物、野菜と豆が入ったスープ、つんとした独特の臭いがするチーズが並べられている。黒パンとチーズは皿の上ではなく、何故かテーブルクロスの上に直接置かれていた。

 

 更に言うと、スプーンやフォークは見当たらない。まさか手掴みで食べると言うのだろうか。そんなことを考えていると、こほんと重々しい咳が辺りに響いた。

 

「さて……皆、疑問に思っていることだろう。それは、何もおかしいことではない」

 

  上座に座っていたベネディクト司祭は立ち上がって修道士たちを見渡した。

 

「簡潔に言おうではないか。そこにおわす異国のお方……黒のお方は、迷える子羊。しかして、我らを導くペレグリヌス」

 

 そこまで言って、ベネディクト修道司祭は天井を……いや、その先にある空を見上げた。

 

「ーーーああ、幸いなことに、あるいは不幸なことに、我らの役目は正しく果たされるだろう」

 

 その言葉に、修道士たちはざわめいた。そして形容しがたい表情で俺を見詰めてくる。何が何だか分からない。俺は少しでもその眼差しを反らすために肩を丸めた。

 

「では、祈りを捧げよう。神よ、我らを祝福し、貴方への奉仕を続けるために、この食事に祝福を与えたまえ。我らの主によって、アーメン」

 

 アーメン、と復唱する声が食堂に響いた。

 

 

 

  ***

 

 

 

「一種の拷問だったな……」

 

 トボトボと廊下を歩きながら、俺は肩を下げた。あれがこれから続くと思うと今から気が重い。まあ、元からこの修道院の全員に受け入れてもらおうなんて思ってはいなかったが、流石にあの視線は堪える。

 

 急に現れた外国人に対して、排他的な感情を持つ。勿論それは仕方ないことだと理解できる。特に閉鎖的な場所であるならば、余計その思いは大きいだろう。俺を受け入れてくれたアマルやベネディクト修道司祭の寛大さを思い知ることができた。

 

「あっ―――あの、黒の旦那っ!」

 

「うえぃっ!」

 

 後ろから急に声をかけられて、変な声が出てしまった。誤魔化すようにうなじに手を当てて、振り返る。

 

 そこには丸々とした体型の男性が立っていた。身長はそこまで高くない。ざっと見て、160㎝前後だろうか。好奇心に満ちた瞳がキラキラと輝いている。

 

「驚かしてすいやせん」

 

「いや、大丈夫です。……えっと、貴方は?」

 

「こりゃ、失礼しやした。あっしはフランチェスコ。フランチェスコ・ポワティエという者でさぁ。よろしくお願いいたしやすっ!」

 

  勢いに負けて思わず後退る。

  フランチェスコさんは、お構い無し俺の手を取ってぶんぶんと上下に振った。

 

「あ、ああ、どうも。俺は、安藤隆……アンドリューです」

 

「へい、黒の旦那!」

 

 俺の自己紹介は見事にスルーされた。解せぬ。

 ベネディクト修道司祭やヨハンナさんもそうだが、何故頑なに名前で呼んでくれないんだろう。そういう掟でもあるのだろうか。

 

……というか、フランチェスコさん修道士なのに気安いな。俺の中の修道士像からかなりかけ離れすぎて調子が狂う。

 

「あー、フランチェスコさん、俺に何か用ですか?」

 

「用があった訳じゃないんですが、ちょいっと気になって。それと旦那、あっしのことは気軽にフランチェスコとお呼び下せい。敬語もいりません。何分、あっしはかたっくるしいことは苦手な性分なもんで」

 

「マジか」

 

「……マジ? どういう意味ですかい?」

 

  フランチェスコは首を傾げた。ぽにゅん、とその動きに合わせて二重顎が揺れる。それが妙に面白くて、笑ってしまった。

 

「あははっ、本気とか本当って意味だよ」

 

「へえ、なるほど。異国の言葉ですかい」

 

  深く頷くフランチェスコ。それから、にかっと口角を上げ目を細めた。

 

「まあ、そんなとこだ」

 

「うむうむ。これからあっしも使わせて頂きやしょう」

 

「マジか」

 

「マジです」

 

  即座に返答された。フランチェスコ……コミュ力半端ない。緊張してた自分が馬鹿らしくなってきた。肩の力を抜く。

 

「……フランチェスコは修道士、何だよな?」

 

「そうですが、それがどうしたんですかい?」

 

「いや、こんなこと言うとあれだけど、修道士ぽくないなって思って」

 

「ああ、あっしはまだ修道士としては若輩者ですからね」

 

「そうなのか? まあ、俺としては話しやすくてありがたいけどな」

 

「そりゃ、重畳。まあ、外から来たもん同士、仲良くやりやしょうや。よろしくでさぁ」

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

  フランチェスコは俺の答えに、深く頷いた。満足げに、笑って軽快に走り去って行った。

 

「……あんな丸々しているのに、走るのはすごく早いのな」

 

  後ろ姿を見送りながら、俺は思わず苦笑した。

 

 

 

 

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