『はぁ…』
顔立ちから聡明さと高貴な身分であることが伺える麗しき青年の口からは似つかわしくない小さなため息が1つ。
日差しは良好、空は雲一つない一面の青で海鳥たちが気持ちよさそうに大空をゆっくりと舞っている。
海は日差しを反射して宝石のように青く輝いている、まさに青天というやつだ。
だがそんな空間に反してウィリアムズの表情は暗く、船上の手すりに肘を置いて視線はどこも捉えていない。
ウィリアムズはここ数日ずっと悩んでいた。
代々セフィド海軍の要職に就いてきた武門の名家における嫡男であるウィリアムズはお目付け役として着任した私掠海賊セシル海賊団に於いても様々な仕事を任されていた。
だがここは彼の育った屋敷でもなければ軍隊のような明確な上下関係のある組織でもない。
勝手が違えば上手く行かないこともあるものだ。
だがウィリアムズとて物事が1つ上手く行かない程度で落ち込むほどの弱いメンタルではない。
彼が悩んでいるのは、港に着くたびに入れ替わりする臨時雇用の船員達の統率が取れないという組織運営にとって致命的な点が解決しないからだ。
頭脳が優れていても手足が正しく動かなければ意味はない。
だがそれはウィリアムズの実力が認められていないのではない。
ウィリアムズの持つ知識と海の男達が持つ経験が噛み合わないが故の事故のようなものである。
(机上では成り立っても現場では上手く行かないものだな。彼らには彼らのやり方があるということか…)
海賊と言うのは組織上の役割はあれど基本的には上下関係は存在しない。
故に臨時雇用員達は最初は指示に従うが予定通りに行かなくなると軌道修正よりも自己の経験による判断を優先し始める。
それはそれでうまく行くのだが、上手く行けば良いというものではない。
常に指示通りに動きデータを集め分析し船団の個性に合わせて環境を最適化していくことが重要なのだとウィリアムズは考えていた。
臨時雇用の船員達に言わせれば自分の考える指示が複雑すぎるそうだが…
『ピッ、ピッ、ピー!』
ごちゃごちゃした頭の中を笛の音が響き渡る。
ウィリアムズが音のした方に視線を向けるとそこにはコボルト達と彼らを指揮する小さな少女の姿があった。
彼女の名はポーチ・ウエスト、通称ポチ姫。
5千匹のコボルトを率いてセフィドにやってきたコボルト達の姫だ。
種族的にはハーフコボルトと言うらしく頭の横に垂れ下がった犬耳を覗けば見た目はほとんど人に近い。
薄桃色のドレスに小さな王冠、長く黄色い髪と小さな手を大きく振りまわし、紙芝居形式で指示を出している。
(微笑ましいものだ。あれで上手く行くとは…)
溜め息とは少し違う息がわずかに漏れたところでウィリアムズに疑問が湧いた。
当たり前だがコボルト達は船員以上に機転が利かない。
そんな彼らをどのように統率しているのか。
ちょっとした好奇心がウィリアムズの体を動かした。
それが悲劇の始まりになるとは夢にも思わず。