『お前がレフリーかよ!まぁいいや、早くカウントしてくれ!長くはもたない』
『わかったワン』
そう言うとジローは姿勢を低くしてカウントを取り始める。
その時だった。
ポチ姫がジローにハンドサインを送っている。
(ハ・ヤ・ス・ギ・ル。ボ・ケ・テ)
ジローはハンドサインに深く頷くと大きな声でカウントを始める。
『ワン!』
(よし、いいぞ…)
『ワン!ワン!ワン!』
『鳴いてるだけかよぉ!』
会場が爆笑の渦に巻き込まれる。
『ちゃんとやれよレフリー!w』
『犬だから仕方ねぇーw』
ジローが両手を挙げながらリングを駆け回る。
(くそ、とんだ茶番だ)
そもそもこの試合は線の細いウィリアムズがどれだけ健闘するか期待されての試合だ。
俺が勝っても面白くなく、ウィリアムズが勝てば大盛り上がり。
言うなれば会場全体が自分の敵なのだ。
ならば自分のすべきことは不正をアピールすることだ。
『こらポチィ!贔屓してないでちゃんとやらせろ!』
セシルが叫んだその時であった。
『セシル、今の発言を撤回なさい!』
え、この声は…?
聞き覚えのある声に驚きセシルが顔を向ける。
ええ、ポーチ姫の意図はわかっています。
決着が着くにはまだ早すぎます。
これほどの盛り上がりを見せているのに1ラウンドで終了などありえない。
ならばここは何が何でも場を繋げなければなりません。
『ポーチ姫は王族です!敬称を付けなさい!』
謎の女覆面レスラーが乱入しセシルにカットを入れウィリアムズを救助した。
『嘘だろ!?アルテ…』
『いいえ私は謎の覆面女レスラーミスセフィド!セシル、あなたの悪役っぷりを見過ごすわけにはまいりません!』
ミスセフィドがセシルに飛び移り華麗なフランケンシュタイナーを決める。
会場は突如現れた凄腕レスラーに最高の盛り上がりを見せる。
『いいぞー!ミスセフィドー!』
『清廉潔白清楚華憐なアルテミシア様がフランケンシュタイナーなんかかますわけがねぇ!』
城内で見たことのある男達がここぞとばかりに覆面レスラーがアルテミシアではないことをアピールしている。
『こほん、アルテミシア皇女殿下は急用ができたためここからは私ライオネルが代わりを務める。騎士の名に恥じぬ解説を約束しよう。』
フォローも完璧だった。
(あの人も大変だな…)
ともかく状況は2vs1。
それどころか観客もレフリーもアテにならない。
万事休すかと思われたその時だった。
『おかしらー!』
会場を飛び回っていたレグレスがリングに降りてきた。
もはや孤立無援と思われたが、この状況で助けに来てくれる仲間がいた。
会場内は全て敵だというのに…まさに天使。
セシルは両手を大きく広げてレグレスを歓迎した。
『レグレス、お前ってやつは…』
『おかしら、炭酸ジュースのノルマがあと10本なのデスが、売れまセン。おかしらも買ってくだサイ』
『お前ってやつはぁ!』
セシルは両手でレグレスの頭を掴む。
『おかしら意外とケチなのデス。それとレグレスはおかしらに100ガッツ賭けてるノデ、勝ってくだサイね』
レグレスは再び空へ飛びあがっていく。
もっとマシな応援してくれ。
頼れる仲間がマジで一人もいない。
心も体も絶体絶命のセシルだったが、追い詰められてからがセシルは強い。
これまでも数多くの危機があった。
それを全て乗り越えてきた船長としての経験がセシルに打開策を与える。
仲間がいないなら仲間に仕立てあげてしまえばいい。
『ベルク!リングにあがれ!』
セシルは客席にいる仲間の名前を挙げる。
その瞬間、狙ったかの如くスポットライトがエーレンベルクの姿を照らし出した。
ここまで想定済みだったらしい。