士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
鳶一折紙はもはや日々のルーチンワークを消化する屍となっていた。
あれだけ必死に取り組んだ訓練にも心が揺れ動かない。
それも当然のことかもしれない。復讐を果たし、生きる意味であった大切な存在を失ったことで、折紙の人生は終わってしまっている。自分と同じような人間を出さない、という思いも確かにあったが、そんなものは綺麗事で、欠片も戦意は湧いてこなかった。
「聞いてるの、折紙? 幾ら訓練とはいえ、余所見をすれば死ぬことだってあるのよ」
「はい」
折紙は燎子の叱責に、反射的に口を開いた。
「返事しろって言ったんじゃないの、ちゃんと聞きなさいって言ったのよ」
燎子は反応がないことに溜息をついた。
お互いに疲れているのは当然だろう。
しかし、折紙が沈み込んでいるのは、明らかにそれとは別の理由だ。
燎子は昨日の戦闘からずっとこの調子の折紙を心配していた。折紙はまだ学生であり、他の隊員に比べて若い。精霊<アポルトロシス>が口にした衝撃的な内容は、上司に確認したところ否定されたが、それこそ奴の言う通り上層部の言うことを鵜呑みにして信頼することもできない。隊員も不安を感じているだろう。
そして、もっと大きな問題は別にある。
――人間のように泣いて、人間のように怒る。
感情を剥き出しにした精霊の姿は、燎子にとっても辛い光景だった。
折紙が精霊への復讐に燃えることを知らない燎子は、そのため折紙が精霊との戦いに疑問を抱いてしまっていると勘違いしていた。
「どうして精霊が人間と同じ姿形をしているのか、あの日ほど、恨んだことはないわ」
その言葉に、折紙が少しだけ顔を上げる。
「……例え、精霊が天使の姿でも、私は躊躇わない」
あの日、天使と見間違えたことを記憶から消し去りたい。目玉も抉り出してやりたいが、脳裏に焼き付いた光景は決して消えてはくれないだろう。後悔と共に刻み付けられた永遠の傷だ。復讐を果たした今もなお、色褪せること無く残っているのだから。
「その気概でいなさい。私たちは兵士で、精霊は人類のために倒すべき存在よ」
燎子は折紙の返答に不安を感じたが、不用意に踏み込まずに叱咤した。
ASTのサポートに付くオペレーターが、ぱたぱたと慌ただしい様子で駆け寄ってくる。
「日下部一尉、昨日の報告で奇妙な点が見付かったのですが、よろしいでしょうか」
「ん……? 別に構わないわ」
「目撃された新たな精霊<アポルトロシス>の霊力反応を登録しようとデータベースにアクセスしたのですが、何故か該当データがあったのです」
「以前に遭遇した話なんて聞いたこと無いけど」
ASTの隊長として現在までに人類が遭遇した精霊については記憶している。
個性的な精霊の中でも特に不可思議な<アポルトロシス>の存在を、忘れられるとは思えない。
「該当したデータは<イフリート>という炎の精霊なのですが……一体どういうことだと思いますか?」
無意識の内に耳を傾けていた折紙は、しかしすぐに興味を失った。
もうどうでもいいこと。
五年前に現れた<イフリート>と<アポルトロシス>が同一の存在だと、客観的に証明されただけのことだ。
<アポルトロシス>は死んだ。五河士道は死んだ。
折紙は重力の違和感が抜け切ったのを確認して、着替えを済ませてしまおうと立ち上がる。
訓練を終えて誰もが一息をつく中で、空間震警報が鳴り響いた。
いつもなら一番に装備を整える折紙だが、その動きは酷く緩慢だった。
「はぁ……またおいでなすったわね。総員、戦闘準備!」
燎子は連日の出撃を前に部下の疲労を見抜いたが、それが出撃を拒否する理由にはならない。これが我々の仕事であり、戦場に立つまでにはコンディションを整えるのが兵士の義務だ。
すぐその場でブリーフィングが開始された。
「反応は<ベルセルク>か……仇討ちのつもりかしらね。まあいいわ」
暗くなる部下の顔を見て、すぐに話を切り替えようとするが、
「日下部一尉! 先程、新たな報告が上がりました。霊力反応がもう一つ発見されました」
「まったく兵士がワーカーホリックになる世界なんて碌なもんじゃないわ。……はぁ、私としては<ハーミット>にしてほしいけど、最近はご無沙汰だった<プリンセス>でも現れたの?」
「違います」
オペレーターの否定する声は震えていた。
そして、まるで亡霊の名を口にするように言った、
「反応は<イフリート>……いえ、映像で確認されました。来禅高校の屋上に<アポルトロシス>が出現しました」
「…………っ!」
折紙は立ち上がり、すぐに駈け出した。
思い出した。<アポルトロシス>には、霊力反応を完全に隠す隠蔽能力があったではないか。つまり、五河士道はまだ生きている。
「折紙、どこにいくの!?」
制止の声を振り切って、格納庫の専用ドックからCR-ユニットを起動する。
どんな結末が待っていようと構わない。
折紙は復讐を自分の手で果たすために、天宮駐屯地から飛び立った。
*
来禅高校の屋上に立つ士道と耶倶矢。
空を舞う夕弦は、二人を冷めた顔で見下ろしていた。
「夕弦、聞いてくれ。俺はお前たちの宿命を知った。でも、二人共救える解決方法が見付かったんだ」
「疑問。そんな方法があるのなら、夕弦と耶倶矢は見付けていた筈です」
どれだけ二人で生きる未来を想像したことか。それをこの男は知ったような口で簡単に言ってくれる。
愚か者は一人ではなかった。
「本当なのよ! 私と夕弦、どちらかが犠牲になる必要がないの。ほら、この世界から戻る時、私だけこっちの世界に残ったままだったでしょう!?」
「疑念。耶倶矢まで妄言を口にしますか。その男に誑かされたようですね」
「違うわよ! 士道がそんな奴じゃないってあんたもよく分かってるでしょ!?」
「理解。士道、ですか。……よく分かりました」
そもそも真の八舞を決める戦いに、他人を巻き込んだことが間違いだった。
<
一人の少年と二人の少女。選ばれるのはどちらかだけ。それならば、耶倶矢が選ばれるべきで、祝福しようと思っていた。
でも分かっていた。分かり切っていた。
耶倶矢が好きになったものを、夕弦が好きにならない筈がない。耶倶矢が嫌えないものを、夕弦が嫌える筈がない。
重度の中二病だというのに、ふとした拍子に顔を出す優しさが温かくて胸が苦しくなる。命懸けで守ってくれた背中を今でも鮮明に思い出すことができる。それはもう紛れも無い恋心だった。
夕弦は耶倶矢と居る未来よりも、一瞬とはいえ士道と生きる未来を想像してしまった。
許してはならない。断じてそんなことを考えてはならなかった。
だから、決めたのだ。どれだけ苦しくても、辛くても、自分の望む未来を潰えさせるために――
「排除。八舞にとって、あなたの存在は害悪です」
夕弦の天使【
「違うでしょ……そんなの私とあんたの、勝手な都合じゃないっ!」
耶倶矢の言葉はもう届かない。
夕弦自身が理解していた。これは愚かな嫉妬で、ただ感情が暴走した末に出した結論なのだ。だけど止められないのだから仕方ないではないか。ずっと悩み抜いて救われないと絶望していたのに、今更手を差し伸べられて素直に手を取れる訳がないではないか。
「こんの分からず屋がっ!」
耶倶矢が叫んだ時だった。全身を光が包み込み、霊装と着ていた服が合わさった奇妙な状態になった。
「え……? 力が戻った……? まぁいいわ、理屈なんてどうでも」
止めよう。最初からただの姉妹喧嘩なのだから、最後は姉妹喧嘩で終わらせる。
仮面を被ろう。颶風の御子たる自分に、弱さは不要。
「くくっ、言葉が届かぬのならば、力尽く理解させてやろう。夕弦、這いつくばり、涙を流して、許しを請う準備はできているか?」
「不要。それは耶倶矢にこそ必要なものです」
耶倶矢は天使を顕現しようとするが、それはできないので、完全には力が戻っていないことを理解する。天使があっても互角、これは圧倒的に不利な状況だ。それでもいつも迷いながら戦っていたのとは違う。二人で救われれるために戦う。そこには一切の迷いが存在しない。
だから、負ける気がしなかった。
「はっ、安い挑発をしおって。我は既に迷いを捨てた。貴様の中に宿る疑念を貫き、どれだけ拒絶しようと、生きてもらうぞ!」
「拒否。その男を殺して夕弦も死にます」
「ちょっ!? いつからそんな病んじゃったのよ!? ってもう、ペースを崩してくれるわね。んんっ、仕切り直しだ。ゆくぞ、夕弦! 真の八舞など不要、貴様も我と同じく力を捨てて、羽のもがれた囚われの鳥になってもらうぞ!」
「憤慨。つまりへちょ耶倶矢と同じく、そこのへっこぽぴーの性奴隷となれということですか。堕ちるところまで堕ちましたか」
「ち、違うし! そういう意味じゃないし! というか、あんた微妙に馬鹿にしたでしょ!?」
どうしてだろうか――疑問を抱いたのは八舞姉妹のどちらかだけでなく二人同時だった。本気で戦おうとしていたのに、気付けばいつも通りの言い争いをしている。
耶倶矢は夕弦の冷たく固めた表情にヒビが入るのが見えた。
そうか、間違っていない。これでいいのだ。
「嘲笑。べちょ耶倶矢」
「悪化させてんじゃないわよっ!?」
「無視。ペタ耶倶矢」
「…………どうやら、本気で死にたいようだな、駄肉夕弦」
「激怒。どうやら本気で死にたいようですね、俎板耶倶矢」
二人は空に浮き上がり、一触即発の空気を醸し出す。
瞬きすら躊躇う戦場。
八舞姉妹はお互いだけを真っ直ぐに見詰めて微動だにしない。
士道はこれ以上、不毛な争いを止めるために、声を張り上げた。
「俺の話を聞いてくれ! もう戦う必要なんてないんだ。俺に二人を救う力がある。妄想なんかじゃない、本当の力だ。信じてくれ! もしだめだったら俺を殺してくれたって構わない。だから、お願いだ……お前たちを俺に救わせてくれっ!」
果たして必死の説得は届いたのか。
その答えは、夕弦がペンデュラムを下げることで伝わってきた。
八舞姉妹は士道にちらりと視線を向けて、肩を竦め合うと声を出して笑った。
「ねえ、あんな馬鹿が私たちを騙してると思う?」
「応答。本当は最初から分かっていました。耶倶矢が信じたものを夕弦が信じない訳がないのです」
夕弦は戸惑う士道に向けて、柔らかい笑みを浮かべる。
「請願。二人で生きる方法があるのなら、是非お願いします」
士道は心の底から安堵する。
良かった。これで二人を救える。文句無しのハッピーエンド。見たか、機関の連中よ。お前たちの目論見など俺たちの前では無意味に等しい。
士道は空に――夕弦と耶倶矢に向けて手を伸ばした。
――銃声が、終わった筈の戦場に冷たく響く。
夕弦は目を見開いた。目の前で耶倶矢の腹が撃ち抜かれ、ゆらりと空中で体勢を崩した。
<CCC>ではなかったが、霊装を完全な状態で纏っていなかったために、精霊用に調整された強力な弾丸から身を守ることができなかった。
「夕弦、士道……っ」
耶倶矢の口から悲痛な呼び声と真っ赤な血が同時に吐き出される。宙をもがいた手が力無く垂れ下がり、その身を支える風が失われ重力に囚われて落ちていく。
すぐに助けようと夕弦が手を伸ばそうとして、光の剣がそれを遮った。超高速で接近した影が、容赦無く夕弦に襲い掛かる。
ペンデュラムの先に突いた刃で応戦しながら耶倶矢が落ちた先を見て、士道が受け止めたのを確認する。
「……五河士道」
突然、姿を現した魔術師――折紙が、士道と耶倶矢に鋭い視線を向ける。目の前の夕弦を無視して、背部に装着したスラスターに全速力を要求する。
夕弦はすぐさま、折紙の前に回り込んで立ちはだかった。
「制止。二人のところへは行かせません」
涙を拭った夕弦は、士道に耶倶矢を託して折紙と対峙する。
復讐鬼と大切な半身を傷付けられた精霊が、お互いに向かいたい場所が同じであるからこそ、それを阻むためにぶつかり合った。
憎しみが憎しみを呼ぶ。
生々しい戦場の現実が、少女たちの心を蝕んでいく。
悲劇はまだ終わらない。
おりりんインしたお!
Q.耶倶矢好きなのになんで撃ってしまうん?
A.折紙さんだから仕方ない