士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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12.真実の救済者

 折紙の口から出た言葉は、彼女の動揺をそのまま示していた。

 

「意図が分からない」

 

 当然だろう。精霊だと思い込んでいる相手から、精霊を世界から消すと言われれば混乱する。余りの非現実的な展開だからこそ、折紙の復讐を止められたとも言える。

 少なくとも、話を聞いてくれる状況までは持ち込めた。

 士道は腹を括る。ここから先は、爆弾を抱えたままの綱渡り。一歩踏み外せば、死ぬのは自分だけでなく多くの者を傷付けて不幸にする。

 

「まず始めに辛い妄想(げんじつ)を突き付けなくてはならない」

「辛い、現実?」

 

 馬鹿にするなと言いたげだ。それもそうだろう。既に両親を炎の精霊に殺され、大切な人が敵になった彼女にこれ以上の辛い現実は想像できなかった。

 

「どんなことを言われても、私があなたを殺さなくてならないことに変わりはない。両親の仇を討つ、それが、私の存在理由」

「その存在理由を奪うと言っているんだ」

「何を、言っているの……?」

 

 動揺する折紙に畳み掛ける。

 

「簡単な話だ。お前が言った炎の精霊は、既にこの世界に存在しないということだよ」

「……ッ!? これ以上、戯言を――」

 

 士道は絶妙なタイミングで左腕を大きく広げた。特に意味はないが、相手の台詞に割り込むためには重宝するスキルだ。

 

「――死んだのさ。いや、俺がこの手で殺した」

 

 怒りに震える折紙が、今にも切り掛かってきそうだが、士道は焦りや恐怖を<無反応>で完全に殺す。ここからが正念場だ。

 

「一つ訂正しておこう。俺は精霊ではなく人間だ。ただ精霊から力を奪い取る特殊能力、その名も<王の簒奪(スキル・ドレイン)>の使い手というだけだ」

 

 更なる急展開に折紙が目を白黒させるが、すぐに憎しみと怒りが濁流となって戸惑いや困惑を押し流した。冷え冷えとした殺意が光の刃へと宿る。

 恐怖に舌が乾く。言葉が空回りしそうになる。

 耐えろ、耐え抜け、ここで真実を貫き通さなければ誰も助けられない。

 

「炎の精霊は俺に力を奪われることで自らが生み出した炎の中に消えていった。だからお前の復讐は既に終わっているんだ。ただの戯言だと思うだろう? だが、これはすべて事実だ」

 

 もうこの世界に炎の精霊は存在しない。居るのは、五河琴里という愛おしい義妹だけだ。

 虚構と現実の境界線上――そこに真実を構築する。

 過去を欺き、復讐鬼を騙し、本来の鳶一折紙を解放しろ!

 

「……そんな話は、幾らあなたでも信じられない。命乞いのつもりなら、無駄。これ以上、無意味に言葉を重ねないで」

 

 だったら、なんでお前はそんな辛そうな顔をするんだ。どんな理由があるのかは分からないが、お前は俺を殺したくないんだろう?

 士道は喉から這い出そうとする言葉をなんとか呑み込む。

 安易な同情や諭すような言葉では復讐鬼を止められない。彼女を止めるために必要なのは、完膚無きまでに冷たく優しい真実だけだ。だから、言葉を重ねて、設定を重ねて、誰もが信じられる真実を作り出してみせる。

 

「この耶倶矢もまた、俺が力を奪い取った精霊だ。力を奪われた精霊は、空間震を起こす力をなくし、ただの人間に戻る(・・・・・・・・)

「精霊が、人間?」

 

 また別の動揺が折紙を襲う。次から次へと驚愕の真実が明かされていくことに殺意が鈍る。以前にも<アポルトロシス>は、精霊と魔術師の関連性を指摘した。真実味を帯びた語り口は、詐欺師かそれとも救済者か。

 

「そうだ、所詮は特殊な力を得てしまった憐れな被害者でしかない。かつて居た世界から拒絶され、戻るだけで被害をもたらして、ASTに襲われる。対話を持たないお前たちには辿り着けない真実だ」

 

 折紙の中に迷いが生まれた。それは精霊に対しての同情ではない。五年間縛り付けてきた憎しみはその程度で和らいだりはしない。しかし、士道を殺す必要がない可能性には縋り付きたかった。

 

「そうだとしても、それを証明されなければ……例え私が信じたとしても、ASTや他の人間は信じない」

 

 そういう本人もまだ半信半疑だろう。大切な存在である士道でなければ、聞く耳すら持たなかった筈だ。

 

「だからその一歩目として、まずはお前に信じてもらいたい」

 

 士道が手を差し伸べた先で、折紙は迷いを抱えたまま剣を降ろさない。

 精霊と人間が手を取り合う理想郷。その礎になると思うと薄ら寒さを感じる。だけど、士道と手を取り合い生きる未来は、甘美な響きを持っていた。

 

 見詰め合う瞳に無数の想いが交錯する。

 そのすべてを吹き飛ばすように、暴風が巻き起こった。ガラスの破片から顔を覆い隠す。目を開けるとそこには、

 

「確認。耶倶矢、士道、無事ですか」

 

 ASTを撤退に追い込んだ夕弦が、士道をかばうように二人の間に降り立った。寝かされた耶倶矢を見付けると、すぐに駆け寄って状態を確認した。意識は朦朧で夕弦の声も届かないが、握った手は確りと握り返された。

 夕弦の視線が折紙に向けられた。怒りに目を細める。そして、攻撃を仕掛けようとして、士道によって腕を掴まれた。

 

「――ちょうどいい、これから証明しようじゃないか」

 

 今度は士道が針の筵を味わう番だった。折紙と夕弦を制して、舞台の主役を気取る。まだだ、まだ終わらせてはいけない。

 

「警告。どいてください」

「それはできない」

「疑念。何故ですか、その女は耶倶矢を傷付けました」

「ああ、確かにそうだ。だけど、だからといって夕弦が仕返しをすれば、それは憎しみの連鎖を生む。お前たちが平穏を生きるためには、これ以上誰かを傷付けてはいけない」

 

 夕弦の視線が鋭くなる。すぐに動き出さないところを見るに、士道への信頼と耶倶矢への心配が縛り付けているのだろう。

 

「<完璧主義者>よ、俺の力を証明しよう。そうすれば、耶倶矢と夕弦に手を出さずにいてくれるか」

「精霊として認識されないのであれば、ASTに攻撃許可が下りるとは思えない」

「充分だ。お前個人としては?」

「納得は、できない。でも戦うための手段が……CR-ユニットが無ければ、無意味」

「つまり、証明されれば二人の平穏は守られるんだな」

「……あなたが本当に、そんな能力を持っているのであれば」

 

 縋るような視線を受けて、士道は力強く頷いた。

 

「もちろんだ」

 

 士道は夕弦を見詰める。肝心の本人に説得を終えなければなならない。

 

「今から精霊の力を<王の簒奪(スキル・ドレイン)>によって奪い取る」

 

 夕弦にはよく分からなかったが、要するに耶倶矢のように無力になるということだろう。きっと士道が言うからには、夕弦や耶倶矢を傷付けるためではないのは分かる。

 だけど、それでも、士道と夕弦では考え方が根本的に異なっていた。

 

「拒否。精霊の力を失うことは許容できません。現状では自殺行為です」

「それでも頼む」

「拒絶。夕弦は耶倶矢と士道が守れれば、それでいいです」

 

 士道は理解した。当然だ。大切な人さえ守れればいい。それが普通だ。夕弦にとって折紙の存在は、耶倶矢を傷付けた憎きASTというだけで、助けてやる義理なんてある筈もない。

 だが、士道はそれでは納得できない。絶望する者が居るのならば、誰であろうと救いたい。見てしまったからには放っておけない。

 既に出された結論に向けて駆け抜けるために、どんな手段だって厭わないと決めた士道は、新たな手を打った。

 

「<完璧主義者>、異例なのは分かっている。だが、手を貸してほしい」

「もし、証明できなかった時は」

「俺を殺してくれたって構わない」

 

 今日で二度目の宣言だった。つまり、約束は絶対に守らなければならない。幾ら再生できる士道であっても、命は一つしか持っていないのだから、二人に殺されてあげることはできない。

 

 逡巡は永かった。

 士道と折紙と夕弦、三人の視線が忙しなく行き交う。

 ようやく折紙が頷いた時には、永遠の時を過ごした後のような気分だった。

 

「分かった……証明してほしい、私はあなたを殺したくない」

 

 両親の仇ではなく、仇を討ってくれたヒーローだと信じさせてほしい。それは折紙の紛れも無い本心だった。

 

「危惧。士道は優し過ぎます」

 

 夕弦は敵対の意志を示す。どんな理由があるのかは分からないが、今ここで精霊の力を失えば耶倶矢は助けられず、自分もまた殺される。そんな危険を冒すつもりはなかった。

 

 

 ここに奇妙な共闘が実現した。

 ASTの<完璧主義者(ミス・パーフェクト)>と、精霊の力を統べる<業炎の咎人(アポルトロシス)>。

 誰かが絶望する現実をぶちこわすために、士道は宿敵と共に大切な精霊と対峙する。

 信じられないから協力する、信じられるから敵対する――優しさと優しさがぶつかり合い、皮肉な戦いが幕を開けた。

 

 

    *

 

 

 日下部燎子は校庭の隅に身を隠して、傷付いた部下の状態を確認していた。<ベルセルク>がこちらを殺す気だったならば全滅していただろう。彼女はどうやら別の目的があったらしく、群がるASTを手早く排除すると校舎内に消えていった。

 静まった来禅高校を、破砕音が再び混沌に落とす。校舎の壁が砕かれて、中から<ベルセルク>の片割れが姿を現した。最初からずっと一人だが、もう一人はどこへいったのだろうか。常に二人一組で行動するのに奇妙だった。

 

「折紙……?」

 

 <ベルセルク>を追って、校舎内から飛び出したのは、独断専行した折紙だった。校舎の壁を這うように上空を目指して、空を駆け抜けていく。

 

「どういうことよ、これって?」

 

 奇妙な現実はもう一つあった。何故か、折紙が<アポルトロシス>を抱え込んでいるのだ。

 やはりあの奇妙な精霊<アポルトロシス>が出現すると、状況が混乱する。以前に遭遇した時もASTに精神的な動揺を誘ったが、今度のはとびっきりだ。

 燎子は通信に耳を澄ませる。聞いている内に表情が険しくなっていった。

 

「撤退命令? ふざけんじゃないわよ、部下がまだ一人戦ってるのよ!? はあ? 装備はただじゃない!? だったら、あんたらが丸腰で戦場に来なさい!」

 

 上層部からの意向をついオペレーターに向けて感情的に怒鳴り散らしてしまった。すぐに反省して謝罪すると、苦笑が返ってきた。納得していないのはオペレーターも同様だった。

 

『精霊との戦場は何が起こるか分かりません』

 

 オペレーターの伝えたいニュアンスに、燎子は頬を緩める。

 

「そうね、その通りだわ。通信障害が起こっても仕方ないわね」

 

 命令違反どんと来いだ。今この場で撤退すれば、きっと取り返しの付かないことになる、そんな予感がした。

 

「折紙……応えなさい! ったく、もうどいつもこいつも好き勝手して、こっちの身にもなりなさい! 総員、戦闘準備。負傷の重いものはB分隊と共に後方で待機、他の者は全員、私に続きなさい!」

 

 

    *

 

 

 来禅高校上空。二つの影が行き交う。

 士道を抱えた折紙と、士道が居るせいで反撃に出られない夕弦。膠着状態の追走劇が演じられた。

 折紙が上を取った時に肩を叩いた。予め知らせておいた合図だ。

 躊躇いを見せた折紙だが、すぐに指示を受けていた通り、士道の身を空中で手放した。

 

 ――勝負は一瞬だ。

 

 士道は失敗して、地面に叩き付けられた時のことを想像して身震いした。再生能力で死なないとは思うが、銃で撃たれたり剣で切られたりするよりも、グロテスクな光景になるだろう。

 

「いや、失敗しなければいいだけのことだ。夕弦、悪いがお前の好意に付け込ませてもらうぞ!」

 

 夕弦が士道を助けるかどうか逡巡を見せたが、迎え撃つ構えを取った。

 士道は不利になると分かっていながら、少しの間だけ瞼を閉じた。

 

『空中は地面が無いことで、より広く空間を活用できる! 人間はただそれを使いこなせていないに過ぎない!』

『くきき、腕や足は鍛えられても鼻はそう簡単には鍛えられない。そこを攻めるのだよ』

『きゃはは、余所見や油断は命取り、その一瞬で勝負は決まるのよぉ』

 

 戦友の声が過去から助言をくれる。

 士道は例え一人であっても、決して独りではない。今は<完璧主義者>が力を貸してくれている。これで成功しなければ、購買部四天王の名折れだ。

 

「行くぞ、奥義・天空転落(エアロダイヴ)!」

 

 巧みな空中機動。まさにそれは空を翔ぶが如く。ただ格好付けて落ちているだけとは、どこの玩具の言葉だったか。

 

「――夕弦っ!」

 

 迎え撃とうとするところへ、隠し持っていた試験管のフタを開けて放り投げる。どす黒い煙が溢れ出した。

 

常闇の誘い(デッドバースデイ)!」

 

 異臭を放つ黒煙が夕弦の視界を覆う。

 目に染みる煙を思わず風で払う。しかし、それにより、士道の接近を阻む攻撃のタイミングを外され、接近を許してしまった。

 

「応戦。その程度では夕弦には勝てません」

 

 だが、夕弦の身体能力は人間と比べれるのがおこがましいものだ。すぐに回避行動を取ろうとして、背後から接近した折紙が羽交い締めにした。

 

「あなたには、証明になってもらう」

「焦燥。そんなことは――ッ!?」

 

 夕弦のもとに辿り着いた士道が、遂に絶対の機会を得た。

 

「その隙を突く――ちょっと失礼(ピックウインド)!」

 

 夕弦にしがみつくようにして唇を重ねた。こんな戦場で、敵対した相手にキスをするのに作法やムードを気にしていられない。勢いが付き過ぎて、前歯がぶつかり唇が切れて血が流れる。

 

「んんっ――!?」

 

 驚愕する夕弦。まさか<王の簒奪(スキル・ドレイン)>がキスだとは思わなかっただろう。

 耶倶矢の時と同じく温かい力が流れ込んでくる。

 光に包まれた夕弦に、折紙が警戒して距離を置いた。力が吸収されていき、高度を下げていく。士道は申し訳無さといざとなれば、自分がクッションになるために夕弦をきつく抱き締めた

 

 幸いにも完全に力が失われるまでに、屋上に着地することができた。

 抱き寄せた夕弦は霊装を失い全裸になっている。密着した柔肌にどぎまぎしていると、顔を赤くした夕弦が胸元で呟いた。

 

「狼狽。驚きの早業です」

 

 士道は激戦の連続にすっかりぼろぼろになったナップザックから服を取り出して、夕弦の肩に掛けた。

 

「説明不足で悪かった。でも、俺は夕弦も耶倶矢も絶対に救ってみせる。だから、俺を――」

「肯定。信じます」

 

 例え死なないと分かっていても、空を飛ぶ翼や力も無いのにあの高さから自ら落とされるなんて、そんな馬鹿な人間を信頼しない筈はなかった。それに精霊の力を奪われた今は、士道を信じるしかない。なんとしても、耶倶矢を救ってもらわなければならなかった。

 夕弦は着替えを終えると、士道にぐっと顔を寄せる。

 

「脅迫。そして責任を取ってください」

 

 本気と冗談が込められた言葉に、士道は真剣に頷いた。すべての責任を背負う覚悟はできている。そのためにはまだ一仕事残されていた。

 耶倶矢が治療を受けるためには、彼女を人間に戻さなければならなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 士道は肩を竦めて、晴れ渡った空を見上げる。

 <吹けば飛ぶ(エアリアル)>、<異臭騒ぎ(プロフェッサー)>、<おっとごめんよ(ピックポケット)>――購買部四天王の顔を思い浮かべる。聞こえているか戦友よ、俺はお前たちの技で『本物の戦場』すらも勝ち抜いたぞ。そしてお前たちのお陰で、俺はすべてを救う道を作り出せた。

 

 それから空で呆然と見守っていた折紙に視線を向けた。

 

「これで証明完了だ」

 

 

    *

 

 

 折紙は震えて何も言えなかった。

 

『折紙!? 聞こえてる? 一体何があったの? さっきまで確認されていた、<ベルセルク>の反応も消えたわ……。折紙! 消失(ロスト)したの?』

 

 燎子からの通信が、士道の言葉をすべて肯定していた。

 涙が零れ落ちる。今度は悲しみではない、温かさを帯びたもっと複雑で狂おしい感情だった。

 

「……違う。もう――<ベルセルク>はこの世に存在しない」

『あんた一人で、やったってこと? それとも精霊同士の仲間割れ?』

「……どれも違う。<ベルセルク>も……<イフリート>も、この世には……存在しない」

 

 最初から<アポルトロシス>という精霊もまた存在しない。

 終わった。今度こそすべて終わった。

 復讐は五年前に果たされていて、今までの折紙のすべてが否定されたが――そんなものは、これから生きる士道との未来に比べればどうということはない。

 

「ああ……」

 

 万感の想いを込めて、溜め息を落とす。

 こうして鳶一折紙にとって最上の結末が訪れたのであった。




 宿命のライバルと利害の一致で協力する。
 精霊を憎む折紙と精霊を愛する士道の一瞬の共闘。書きたかったシーンの一つがようやく書けました。

Q.中二病はやっぱり格好良いですよね
A.落ち着いて、自分の過去を振り返りましょう

 うわぁぁぁぁっ! やめて、やめてやめてやめてぇぇっ!
 思い出させないでぇぇぇぇぇぇっ!

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