士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

14 / 43
13.腐食した世界に捧ぐエチュード

 燎子は期待を込めた折紙の視線に首を横に振った。

 

「だめね……攻撃命令は撤回されない。<アポルトロシス>を危険視する声は上層部で特に強いわ。私個人としても、到底信じられるものじゃない。精霊の力を封じる力なんて、そんなものがあるなら私たちはなんだって話だもの」

「私はこの目で確認した。現に<ベルセルク>の霊力反応は、この世界に現界したまま消失している」

「折紙、事実はどうだったとしても、それをどう判断するのかは兵士の役目じゃないわ。説得は続けてみるから、あなたは祈ってなさい」

「…………」

 

 折紙は一人で屋上に残った士道を見下ろす。固く瞼を閉ざして、何かを必死に考えているようだ。打開策があると信じたい。復讐が果たされても士道が居なければ、折紙の未来は途端に色褪せてしまう。

 

 

    *

 

 

 ASTは霊力反応のない<アポルトロシス>を取り囲んで警戒を緩めない。士道は彼女たちの顔を一人ずつ確認した。折紙からの報告で戸惑いを隠し切れていない。すぐに攻撃されないのが何よりもの証拠だった。

 

 既に夕弦は耶倶矢の元へ向かうように屋上から避難させている。霊力の隠蔽能力は既に把握されているため、士道だけはこの場を逃れる術を持たなかった。都合の良い消失(ロスト)もすることはできない。

 

 この状況をどう切り抜けるのか、折紙は無言で見守っていた。いざとなれば士道を助けるために背部のスラスターをすぐ動かせるように待機させている。

 

 妄想から創り出された真実と、常識に凝り固まった現実。

 どちらが勝利を収めるか、戦場から離れた机上で『機関』の連中に語られている。現場の奮闘を書類や数字の羅列でしか見られない彼らが、果たして正常な判断を下せるのか。士道はもとより誰も信じられなかった。

 ASTが動き出す。隊長の指示に従って、一部の隊員が士道に向けて銃口を定めた。

 

 ――やはり現実は手強かった。

 

 真実の敗北に歯軋りする。

 

「やはり、最後まで立ちはだかるか『機関』の奴らは」

 

 攻撃命令は発せられないが、それも時間の問題だ。あくまで現場判断によって待たせているだけで、それは結末の変わらない時間稼ぎでしかない。

 士道は悠長に判断が変わるのを待っていられない。耶倶矢には時間がないのだ。すぐにでもちゃんとした治療を受けなければ死んでしまう。

 

 本当は実行を避けたかった、最後の大仕事をしなければならないようだ。

 すべてを救うために真実を完成させる。

 

 ――耶倶矢と夕弦、そして琴里を救うために、彼女たちを人間にしなければならない(・・・・・・・・・・・・)

 

 それも圧倒的な被害者。すべての罪が許されるような、余りに憐れで同情を誘う存在になってもらわなければならない。

 

 さあ、準備は整った。

 始めようか、腐食した世界に捧ぐ即興劇(エチュード)を!

 演目は『ご都合主義の魔神(デウス・エクス・マキナ)』。

 世界から否定され、その存在を隠蔽され続けた精霊を救うために、人類を脅かす魔神をここに誕生させる。

 

「世界が否定するならば、俺はそれ以上に彼女たちを全妄想(ぜんそんざい)を懸けて肯定する」

 

 己の中で叫びを上げる妄想(しんじつ)に従って、世界を塗り替えろ。

 常識を覆せ。固定概念をぶち壊せ。

 

 ――ここから先は俺の世界、いや、俺だけの世界だ!

 

 力強く一歩前に踏み出す。両足を肩幅に広げて、両腕を小さく開く。顎を引いて、視線は虚空に定める。これぞ数年間温め続けた『虚無の現身(ゲシュペンスト)』。静謐を湛えながら己の存在を確固として世界に刻みつける最凶のポーズだ。

 

「俺は<業炎の咎人(アポルトロシス)>――この世界の欺瞞を暴き、真なる世界を開放する者だ」

 

 空を囲むASTに向けて、その後ろに潜むたくさんの人間たちに向けて――五河士道は最後の名乗りを上げた(・・・・・・・・・・)

 

「聞いているか機関の者よ、目を背けるなよ人類。刮目せよ、これは能力者たる俺からの最後通告である!」

 

 語れ、語れ、語り尽くせ。

 嘘と偽りに塗れていようと、絶対の自信と自惚れで真実に変えろ。

 

「お前達が精霊と呼ぶ存在は、俺が力を与えた『ただの人間』に過ぎない」

「何を馬鹿なことを!? あんたは精霊の力を奪う――」

 

 ASTの一人が口を挟むのを、士道は冷めた顔で遮った。

 

「奪えるのならば、与えることも可能だとは思わないのかね? 己の浅慮をヒステリックに主張しないでもらいたい」

 

 士道は己の中に封じられた二つの力を呼び覚ます。空に掲げた右腕に炎と風が絡み合った。

 

「隊長、<アポルトロシス>から複数の霊力反応が……<ベルセルク>と<イフリート>のものですっ!」

 

 やはり、精霊の力を奪い取るというのは事実らしい。だとすれば、与えることもできるというのはどういうことだろう?

 

「分からないか? お前たちは俺に力を与えられて、無様に操られた『同族』と戦っていたということだ」

 

 五河士道――<業炎の咎人(アポルトロシス)>は嘲笑う。

 お前たちは所詮、同族で争い合う醜い生物だ。精霊は人間で、しかも好き好んで破壊を撒き散らしていたのではない。

 

「理解しろ、精霊などこの世界には存在しない。お前たちが勝手に作り出した幻想で、俺が作り出した憐れな人形だ」

 

 これが士道の考えたすべてを救う方法。

 

 ――たったひとつの冴えたやりかた。

 

 そう、すべては<業炎の咎人(アポルトロシス)>の手の平の上で踊らされていただけ。この世界は裏からすべて操る残虐非道の能力者にとって、ただの愉快なゲームを行う舞台でしかないのだ。

 疑念が疑念を呼び起こし、中二病の妄言が真実を帯びる。

 無知蒙昧になれ。目の前の現実を疑う心を捨て去れ。

 

「すべて……仕組まれていたことだって言うの?」

 

 動揺するASTは、<無反応(ディスペル)>の表情から本音を見抜けなどしない。

 士道は頭の中で構築した真実を改めて思い返す。

 

 <王の簒奪(スキル・ドレイン)>によって力を奪うと、どうして耶倶矢は人間並みの能力(・・・・・・)になったんだ?

 まるで、それは……人間がベースになっているようではないか。

 これこそが活路だ。耶倶矢の命を救うための、今にも切れそうな命綱。それを一縷の望みという糸で結んで維持させる。

 

「所詮、精霊など俺の玩具に過ぎない。お前たちも俺をよく楽しませてくれた」

 

 彼女たちの罪すらも奪い取るために、最高に卑劣な悪役が必要だ。例え悪意がなくても、彼女たちが幾つもの被害を起こしたのは容易に想像できた。初めて出逢った時の街の荒廃、空間震による損害。それを『やむを得ないこと』にして、『被害者』に仕立て上げるのだ。

 

 

    *

 

 

「総員、構え。<アポルトロシス>に狙いを定めなさい」

 

 燎子の指示に今度は全員が従った。憎悪を込めて<アポルトロシス>を睨み付ける。昨日の戦闘で<ベルセルク>が見せた涙はなんだったのか。彼女たちは一体なんのために泣いたのか。私たちは一体何に同情を覚えたのか。そのすべてを嘘だと嘲笑されて、我慢などできなかった。

 

「どうして、こんな」

 

 動揺する折紙と士道は目が合った。一瞬、口元を緩める。それだけで折紙は士道の言動が演技だと見抜いた。彼は自分を犠牲にしてでも、<ベルセルク>を救おうとしている。

 折紙は背部のスラスターに命令を送ろうとして、

 

「ふんっ、気を付けた方がいいぞ。鳶一折紙は俺の洗脳能力によって、意志を操られている」

 

 <アポルトロシス>の嘲笑によって、折紙の行動は燎子に阻まれた。判断をつけられないが、折紙を拘束して身動きを封じる。

 

「私は、洗脳されていない」

「だったらどうして、<アポルトロシス>のところへ行こうとしたの?」

「…………」

 

 守るためだった。操られている訳ではないが、今まさに人類に宣戦布告する存在を助けようとしていたのは事実だ。

 

「本当はどうだか分からないけど、さっき<アポルトロシス>を抱えて飛ぶのも見た……少なくとも今、あんたはASTとしては動けないわ」

 

 無理矢理に行こうとするが、それを燎子の指示で他の隊員が取り押さえる。

 

「正気に戻ってください、鳶一一曹!」

 

 確かに正気に戻るべきなのだろう。しかし、この舞台を支配しているのは狂気だ。正気の人間では真実に辿り着けない。仮面の下に隠された優しさに気付くことはできない。

 

「お願い、放して!」

 

 このままでは、死んでしまう。

 また、五河士道が目の前で殺されてしまう。

 そんなことをされたら、今度こそ鳶一折紙は耐えられない。

 

 

    *

 

 

 <完璧主義者>には悪いが、このままでは幸せな結末は訪れない。許してくれとは言わない。ただ耐えてほしい。

 士道は自分の命よりも大切なものが多過ぎた。

 さあ、黒幕らしく、悪役らしく、厭味ったらしく語ろうではないか。

 

「お前たちも中々に楽しめたのではないかな? 俺が死んだ振りをするだけで、慌てふためく二人の精霊の姿は滑稽だったろう? なあ、それを見てどんな気分だった教えてもらえないかな、ASTの諸君」

 

 反感を煽れ、憎しみを引き起こせ、殺意を抱かせろ。

 それが強ければ強いほど、精霊の存在は彼女たちの中で救われる。

 

「なんだね、怖い顔をして。感想を訊いているんだ。答えてくれないかな、俺の手の平で踊る低能なきみたちでも、自分の気持ちぐらいは分かるだろう?」

 

 士道は口端を釣り上げる。

 

「俺は楽しかったがね。涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔なんて、あれはもう傑作だった。同じ顔が同じ表情を浮かべて……くくっ、はははっ! ああ、それにきみたちの戦いも愉快だったよ? 真に迫る名演技だった……いや、そうか、きみたちにとっては『現実』だったね、失礼した……くくくっ」

 

 まさしく外道。人類史に残る最低最悪の存在。三十年前より続く精霊と人間の因縁を生み出す諸悪の根源。こんな悪の化身を生かしておくべきではない。すぐに殺すべきだ。

 

 ――そう思ってくれ。頼むから、お願いだから、信じてくれ。

 

 軽薄な仮面と、真摯な想いが目指す先を一致させて、虚言は確かな質感をもってASTに届いた。

 

「総員、攻撃開始! <アポルトロシス>の排除が確認された後に、<ベルセルク>を保護せよ!」

 

 燎子の口から出された命令は即座に実行された。

 銃弾が胸を撃ち抜いた瞬間、士道は嘲笑を安堵の笑みに変えた。

 

 ――完全勝利だ。

 

 ASTは保護と言った。これで耶倶矢は治療を受けられる。この先、どのような扱いを受けるかは分からないが、少なくとも今すぐに死ぬよりは救われると信じたい。

 

 士道に向けて雨あられと銃弾が降り注ぐ。

 後は諸悪の根源である、<業炎の咎人(アポルトロシス)>が死ぬだけで、物語は完結する。悲しいことに、士道の救うべき『すべて』に『自分自身』は含まれていなかったのだ。

 

 弾丸が肉体を撃ち抜くたびに、血をまき散らしながらくるりくるりと身体が舞う。致命傷を受ければ即座に再生が始まり、永遠の責め苦は<無反応(ディスペル)>の表情を歪めた。

 

 意識が霞んでいく。

 膝を突きそうになっても、気力で立ち上がった。

 笑え、笑え、笑ってみせろ。

 人類を蔑んで、黒幕らしく最後まで君臨しろ。

 それが、士道の成すべき最後の役目だ。

 

 もはや痛覚は機能しない。ただの熱となって全身を包み込む。再生能力を凌駕して、遂に破壊が急速に早まった。もうすぐで死ねる。

 しかし、銃撃の嵐が止んだ。

 

「何故だ……」

 

 士道は我が目を疑った。

 顔を上げた先に耶倶矢と夕弦が士道をかばって立つ姿があった。顔面蒼白の耶倶矢を夕弦が支えている。

 馬鹿だな、お前たちは黒幕に操られていた憐れな被害者なのに――どうして、来てしまうんだ。すべて台無しじゃないか。

 

 でも、どうしてこんなにも俺は嬉しいんだ?

 ああ、そんなの簡単なことだ。考えるまでもないじゃないか。

 

 ――俺だって、お前たちと未来を生きたい。

 

 死にたくない、という単純明快の理由。

 燎子は八舞姉妹にいたわりと同情の視線を向けた。

 

「あなた達は、そいつに騙されていたのよ? かばう価値なんてないわ……それとも、洗脳能力で操られているっていうの」

「否定。士道は嘘が得意ですが不器用です」

「くくっ、人間共よ、その曇った目では真実を見抜けぬか」

 

 何が正しくて、何が間違っているのか。

 再び状況は混乱に陥る。

 士道は涙を堪えることはできたが、声が震えるのは抑えられなかった。

 

「お前ら……」

 

 夕弦と耶倶矢が振り返る。夕弦はいつも通り眠たげな感情の乏しい表情。耶倶矢はいつも通り勝ち気で快活な表情。

 

「請願。士道が居なければ、夕弦が生きる意味はありません」

「そうよ、勝手に死なせてなんてあげないわよ」

 

 士道が犯した間違いは、誰もが幸福な世界に自分の存在を考慮しなかったこと。そして、失念していたのは、自分が命を投げ出してまで誰かを救うように、八舞姉妹が士道を命懸けで助けようとすること。

 士道は呆れ顔を込み上げる感情に笑顔へと変えた。

 

「本当に、馬鹿だな」

「そうね、馬鹿ばっかりだわ」

「肯定。三馬鹿です」

 

 三人で笑い合う。

 設定の作り直しだ。さっきまでの真実なんて投げ捨てて、今度は『自分自身』さえも救う真実を構築しよう。自己犠牲で得られるのは自己満足だけだ。そんなことを今更になって教えられた。

 生きることを諦めるな。誰も悲しませない真実を求めるならば、己を蔑ろにすることも許されない。

 

 

    *

 

 

 膠着状態を破ったのは、燎子に送られてきた通信だった。

 

『防衛大臣、佐伯だ』

「……ッ!?」

『異例な事態ではあるが、私から直接指令を出す。聞いているのかね、日下部一尉』

「――はっ! 失礼致しました。ですが、質問をよろしいでしょうか」

『許可できない。きみは私の指示する通りに命令を遂行すればいいのだ』

 

 上の立場の者からそう言われてしまえば、逆らうことはできない。

 それが厳然たる兵士の在り方だ。

 

「失礼ですが、それは佐伯防衛大臣が現場の状況を理解した上での発言でしょうか」

 

 皮肉を込めた言葉に、通信先で鼻で笑うのが聞こえた。

 

『状況を理解できていないのはきみたちだ。昨日、報告に上がった新たな精霊<アポルトロシス>についてだが、先程までの戦闘経過の報告を映像と共に受けて、つい先程結論が出た』

 

 上層部で<アポルトロシス>を危惧する話は聞いていたが、まさかこんな大物が出てきて即座に対応できる緊急対策本部が作られているとは思わなかった。

 

「その結論とはなんでしょうか」

『すべて排除したまえ』

「は……?」

『<ベルセルク>及び<アポルトロシス>を完全に排除したまえ』

「ですがっ!」

『……これは政府の決定だ』

「っ!? どういう、ことですか?」

 

 溜め息をつくのが聞こえた。

 そして、佐伯防衛大臣は物分りの悪い子どもを諭すように言った。

 

『もしも<アポルトロシス>の言うことが真実だったとすればどうなる? 一般には非公開とはいえASTの存在意義が揺らぐことになる。精霊への強行的な対策を取っていたことも非難を免れないだろう。そうなれば国家が混乱に陥る。それはなんとしても回避しなければならない』

 

 燎子は開いた口が塞がらない。

 それはつまり、ただの保身ではないか! 何が国家だ。責任を取らされる立場にあるから、いつもは重い腰をこんなにも俊敏に動かしたのだろう。

 

「……この事実を隠蔽すると?」

『その表現は不適当だ。これは国家と国民の安全のためだよ。分かってもらえないかね』

 

 分かる筈がないだろう。

 屋上に立ち尽くして、こちらの様子を窺っている<アポルトロシス>と<ベルセルク>を見下ろす。今彼女たちの命は燎子の手に握られていた。

 

 果たして、<アポルトロシス>が本人の口にする通り悪なのか。今はそう思えなかった。あれほどまでに健気な<ベルセルク>と命令違反を犯してまで折紙が救おうとした存在が、ただの悪であるとは思えない。

 

「彼女たちから話を聞くべきです。そうすれば精霊問題が解決するのかもしれないのですよ!?」

『……きみたちも今後のことを考えた方が良いのではないだろうか』

「なっ……!?」

 

 脅し文句だった。先程までの隊長の命令違反で全責任を取るのとは違う。部下全員の未来が燎子に重く伸し掛かった。

 来月には結婚すると報告してくれた部下が居る。次の休暇は温泉でのんびりしようと誘ってくれた部下が居る。彼女たちには未来がある。それを路頭に迷わせていいのか。

 

 ASTの隊長として、一人の人間として、自分はどうするべきなのか。

 精霊を殺して部下の未来を守る。

 部下を見捨てて精霊の真実を明らかにする。

 

「まったく、私もすっかり汚れた大人の一人ってことかしらね」

 

 苦渋の末に、燎子は結論を出した。

 

「総員、攻撃開始……」

「えっ?」

 

 戸惑う部下に、燎子は感情を殺した声で命令を与える。

 

「攻撃再開! 全兵装使用許可! <アポルトロシス>及び<ベルセルク>を完全に排除しなさい!」

 

 恨んでくれたって構わない。

 だから、せめて、苦しまないように最大限の火力を以って殺し切る。

 銃口が再び精霊たちに向けられた。

 

「なるほど、機関は、俺の排除を優先したかっ!」

 

 <アポルトロシス>の悲痛な叫び声に耳を塞ぎたくなったが、聞かなければならない。この場に居る者しか知ることを許されない真実なのだから。

 

 再び銃撃の嵐が巻き起こった。

 <アポルトロシス>は<ベルセルク>を引き寄せて背中にかばう。

 血華を咲かせながら<アポルトロシス>は必死に叫んでいた。

 

「精霊がどれだけ虐げられようと、無様だとしても生きて生きて生き抜いてみせる! そしてこの世界に刻み付けるのだ! お前達が秘匿し続けた我らの存在を知らしめる!」

 

 折紙と<ベルセルク>の悲鳴が木霊する。

 そんな悲劇を背景に、<アポルトロシス>は命懸けの演説を続けた。

 右手を大きく広げる。

 

「さぁ、人類よ、贖いの時だ」

 

 左手を大きく広げる。

 

「さぁ、精霊よ、祝福の時だ」

 

 両の拳を握り締めて世界に向けて叫んだ。

 

「大空に、大海に、大地に、己が存在を刻み付けろ! 立ち上がれ、立ち上がれ、立ち上がれ!」

 

 血塗れの肉体を再生で維持して、力の限り叫び続けた。それは精霊と人類に送られる決意表明であり、明るい未来を夢見た宣言だった。

 

「きみは独りではない、きみは弱くはない、きみは嫌われてなどいない」

 

 何度も喉を詰まらせて、何度も倒れそうになっては立ち上がる。

 お願いだ、もういいんだ。どれだけ抗おうと無意味なんだ。だから楽に殺させてくれ。ASTの誰もがそう願い、涙を流しながら引き金を引いた。

 

「世界はきみを受け入れる、きみは誰よりも強い、きみは愛されている」

 

 結末が変わらないことを悟ったASTは、次から次へと強力な兵装へと切り替えた。もう<アポルトロシス>の再生速度は間に合わない。かばわれた<ベルセルク>は助からない。

 

「だから、生きろ、生きて生きて生き続けろ! ――そして、いつか、いつかきっと、精霊と人類が手を取り合う理想郷を創ってくれ――ッ!!」

 

 

    *

 

 

 折紙が見詰める先で、士道が銃弾の嵐に晒される。再生をされては穿たれて、その身は徐々に蝕まれていった。

 

「あ、ああっ……」

 

 言葉にならない絶望が、折紙の口から零れ落ちる。

 遂に一斉攻撃の爆炎に包まれて――晴れた先には、原型すら留めることなく肉片だけが散らばっていた。

 

『……目標、完全に消滅。任務完了です。帰投してください』

 

 オペレーターの押し殺した声に、燎子は拳を握り締めた。

 

「了解。これより帰投する」

 

 燎子は<アポルトロシス>と<ベルセルク>の最後の場所を見詰めたまま固まる折紙に気付いた。その目は虚ろで、今にも命を絶ちそうだった

 

「折紙……」

 

 呼び掛けたことが、感情を動き出す切っ掛けになったのか、折紙は頭を抱え込んで震え出した。

 

「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 痛々しい悲鳴が戦場に響き渡る。

 ASTの心に重く伸し掛かった感情は、果たしてなんと呼ぶのだろうか。少なくともその感情を好む者は、彼女たちの中には居なかった。

 

 

 

 <アポルトロシス>が命を賭してまで、伝えたかった想いとはなんだったのか。すべての真実は闇の中に消えた。いや、政治家の保身と形もあやふやな人類の混乱を防ぐことを名目に、この世界から消された。

 ただ言えることは、この腐食に満ちた世界には、<アポルトロシス>の語る真実は、余りに鋭利で強力過ぎたのだろう。この過ちはいつか人類に再び突き付けられる。その時こそは、真実に耐えられるぐらいに成長していることを祈らずにはいられない。

 

 こうして、謎の精霊<アポルトロシス>との戦いは、何も明かされること無く、世界の欺瞞に呑まれて終結を迎えるのであった。

 




中二病「俺がすべての黒幕だったんだ!」

DEM業務執行取締役「ちょっと何を言っているか分からない」
<ファントム>「訳が分からないよ」


 上げたら落とすって言ったじゃないですか! やだー!
 伝わり方が変われば救われる者が居る。伝わり方が変われば牙を剥く者が居る。
 そんな皮肉を込めて、最後の敵はやっぱり人間だったぜ!
 さて、次回で終章です。もう少々お付き合いくださいませ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。