士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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 完結と言ったな、あれは嘘だ。
 本編がギャグ&ネタ系にも関わらず割と殺伐としてしまったので、いちゃいちゃ成分を補給したい方はどうぞ。一番それを求めていたのは私だけどなっ!
 ほのぼのと初期の中二病テンションでお送りいたします。
 なんだか本編よりも文字数が多い? 知らんな。


番外編 騒乱マイホーム

「――ここから先は俺の世界だ」

 

 ある日の晩。五河家にて士道は宣言した。

 自室の扉を背に死守する。対するは、血に飢えた乙女(けもの)が三人。

 

「我が足を運んでやったのだぞ? 最大限の出迎えを用意するのが当然であろうに。それを阻むとは、幾ら盟友たる士道であろうとも、許されざる狼藉よ」

「同調。男子の部屋に行ってきゃっきゃうふふするのが、淑女の嗜みだと聞きました。これに間違いはありませんね、マスター折紙」

「もちろん、それは士道も承知している筈」

 

 そんな修学旅行のノリを自宅に持ち込まれても困る。

 いつの間にそんな友好を深めたのか、敵同士だった彼女たちもある程度は心を許し合っているようだ。それは喜ばしいことなのだが、どうして素直に喜べないのだろうか。

 

「ほれ、道を開けるのだ。そして孤独の夜を過ごす士道に、我が慈愛と抱擁の揺り籠(添い寝)をしてやろうぞ!」

 

 耶倶矢の言葉は、火薬庫に火を放ってしまった。

 

「訂正。士道に添い寝をするのは夕弦です」

「間違っている。したいかどうかではなく、士道との添い寝に一番適しているのは私。つまり、私が添い寝をするべき」

「何を根拠に言っておる? 夕弦に師と仰がれるその実力は疑うべくもないが、説明もなく納得はできんぞ?」

 

「単純なこと。士道の腕の太さは、私の谷間にフィットする。つまり、私が腕に抱き着いても彼の眠りを妨げることはない」

「驚愕。流石はマスター折紙。そこまで計算尽くですか。ですが、それだけで引くほど、夕弦は諦めがよくありません」

「当然だな、我も引きはせぬぞ!」

 

 三人は火花を散らし合った。その勢いに圧倒された士道は、どうにか解決できないかと考えて――「お茶を入れてくるから、部屋で待っていてくれ」と言葉を残して問題を先送りにした。本編の修羅場を乗り切ったからといって、ヘタレやがりましたか兄様。

 しかし、そうではない。士道は生粋の中二病。ただのヘタレと侮る事なかれ!

 

「これは戦術的撤退、一度体勢を立て直して状況を把握した後に対策案を用意する」

 

 お前はどこの政治家なのか。やっぱり士道くんはヘタレていた。

 それも仕方あるまい。これも激戦を潜り抜けてきた反動だ。少しは心を休めなくては、彼とて壊れてしまう。というより、戦闘中は勢い任せで突き進んでいたせいで、『責任』という言葉の重さを忘れていた。

 そもそも彼は、『仮面』を被ったところで色恋沙汰は根本的に苦手なのだ。

 

 ――そんな士道が、どうしてこんな危機に瀕しているのか、それを知るには時計の針を少し戻さなければならない。きょうぞうさーん、ちょっと回想入るんで【一〇の弾(ユッド)】お願いします! え、ちょ、それ、実弾、やめ――

 

 

    *

 

 

 五河士道の朝は一杯のブラックコーヒーから始まる。本当は砂糖とミルクの欲しいお年頃だが、だってブラックってワイルドだったりクールな感じがして、気難しい顔をして飲んでいるだけで、陰謀を巡らせているっぽい。つまり格好良い。

 鳥の囀りに耳を澄ませて、優雅に足まで組んじゃったりする。今日は調子が良い、色々と隠しパラメータまで鰻登りだ。

 

「ああ、士道、言い忘れてたけど今日は八舞姉妹が追加の検査を終えて<フラクシナス>から戻ってくるから、確りと相手をしてあげるのよ」

 

 黒いリボンの五河琴里が、食後のチュッパチャップスを咥えながら言った。

 二人分の夕食メニューを考えていたが、即座に変更を書き加えた。

 

「任せておけ。貯蔵は充分、盛大に持て成してやるさ。常に戦場を生き抜いてきたこの身に不可能はない」

「……このタイミングだと、キャバクラに明け暮れた<社長(シャチョサン)>みたいだから、格好悪いわよ」

「ぐはっ……!」

 

 格好悪い。愛しの琴里から告げられた言葉は、士道の胸に深く突き刺さった。キモいと言われるのは慣れている。あいつらは見る目がないだけだ。ただ冷静な顔で丁寧に『格好悪い』と言われるのは中々に堪えた。流石は妹。兄の弱点などお見通しだ。

 

 転移装置に拾われて仕事に向かった琴里を見送って、士道は家中の掃除を始めた。あの日、<アポルトロシス>が死を迎えた後に、八舞姉妹は仮の住まいとして五河家で世話をすることになっていた。こういう時にギャルゲ設定(両親不在)は便利だ。

 

 それが今日からということで、折角の新しい家族なのだから綺麗な状態で出迎えたい。こんな時に顔を出す主夫精神が、士道の人気の秘訣だったりするが、現実的にそれが表に出されても気付ける者は少ない。普段が圧倒的に濃すぎるのが原因だ。誰だって、高笑いして不規則言動と無駄にアグレッシブなポージングをする奴が家庭的な男だと信じられる訳がない。現実は非情である。

 

「掃除はこんなものかな。後は物資の調達、周辺の警戒をした後にトラップの設置をすれば一先ずの平穏は得られるだろう」

 

 お前は一体何と戦っているのか。そんなの決まっているだろう?

 この世界を裏から支配する『機関』である。元とはいえ精霊が二人この拠点にやってくるのだ、どれだけ警戒を強めてもやり過ぎということはない。

 

 ――このまま平穏が続くと思っていた。

 

 しかし、事態が急速に動き出したのは、買い物に出ようと玄関で靴を履いている時だった。リビングの電話が着信音を鳴らした。タイミングの悪さに機関の差し金かと警戒心を忘れずに、士道は受話器を取った。

 

『今日の予定は?』

 

 端的に用件を口にするのは、<完璧主義者(ミス・パーフェクト)>鳶一折紙だった。

 

「ちょっと色々と立て込んでいるだが、大事な用か?」

『話をしようと、と考えていた。今日は私の訓練も無く、あなたも予定が無かったはず』

 

 どうして予定が無かったことを把握しているのか。確かに琴里に言われるまでは、新しい技を習得するための修行にあてるつもりだった。

 

「急用が入ってしまってな」

『そう。それならば仕方ない』

 

 寂しそうな声音に胸がざわついた。二人で話をする機会を今日まで引き延ばしていたのは、お互いの予定が合わなかったのもあるが、士道自身にも問題があった。もしもぼろが出てしまえば、折紙は再び復讐鬼になる。それが怖かった。

 

 ――平穏で腑抜けていたのか。誰かを傷付ける現実を否定したのは誰だったか思い出せ。

 

 士道は受話器を握り締める。

 

「いや、時間なら作る。だから話をしよう。俺たちの今までと今後について」

『私とあなたの今後について』

 

 どうして言葉を繰り返されただけなのに寒気が走るのか。まさかこの会話は機関に盗聴されているのではあるまいな。

 

「ああ、そうだ」

『では今すぐ私の家に来てほしい』

 

 何故か電話越しに凄まじいプレッシャーを感じる。まるで蟻地獄に引き込まれているような錯覚に囚われた。流石は<完璧主義者>、直接相対せずともここまでの畏れを相手に抱かせるとは。しかしここで引いては、<業炎の咎人(アポルトロシス)>の名が傷付く。

 

「……それはできない。家でやらなくてはならないことが色々とあってな、お前には<ベルセルク>と言えばいいか? 二人が家に来るんだ」

『……っ』

「――だから、お前もうちに来ないか?」

『それは、是非。でも、問題が起きないとは限らない』

「俺はお前にこそあいつらと仲良くなってもらいたい。少しずつでもいいからさ」

『…………善処する』

「今はそれで十分だよ。ああ、そうだ、晩飯も食べていけよ」

『それも、是非。でも、あなたの家では精霊の話をするのは難しい。妹が居たはず』

 

 <ラタトスク>と話し合った結果、現段階では琴里が関わっていることを秘密にすることになっている。士道も琴里も記憶が曖昧なので、いずれ五年前のすべてが明かされた時に、すべて話すことになったのだ。その結果、精霊に対して平和的なアプローチを行う組織があり、士道はその外部協力者である――という形で伝えることになっていた。

 

『ということは、本格的な話は夕食を終えた後になる』

「まあそうなるな」

『つまり帰宅時間は深夜近い。これは高校生である私では補導の恐れがある』

「…………」

 

 なんとなく展開は読めた。別にそれぐらいならば構わない。

 

「別に泊まっていっても問題ないぞ」

 

 とんっと何かが床で弾む音が聞こえた。なんとなく無表情で折紙が飛び跳ねる姿を想像できた。

 

『それと、お願いがある』

「なんだ? <完璧主義者>からのお願いなら、大抵のことは叶えるつもりだが」

『その<完璧主義者>というのをやめてほしい』

「誇るべき二つ名を捨てるだと……!?」

『<ベルセルク>は名前で呼ばれている、しかし私は本名で呼ばれてもフルネーム。これは非常に不公平』

 

 考えてみるとそうだったが、特に深い意味はなかった。<ベルセルク>という呼ばれ方を知ったのは最近であり、苗字が同じだから単純に名前を呼んでいただけだ。とはいえ<完璧主義者>の提案を断る理由もない。

 

「了解した、ではこれからは折紙と呼ばせてもらおう」

 

 また電話越しに弾む音が聞こえた。

 

『ありがとう、士道』

 

 名前だけを呼ばれたのは初めてではないだろうか。

 なんだろう、物凄くこそばゆい。こうして平穏の中で日常会話ができることを改めて琴里に感謝を捧げたい。折紙や八舞姉妹からすれば、その感謝は士道にこそ向けられるものだった。

 

 ――何はともあれ、こうして折紙が招かれることが決定された。

 

 

    *

 

 

 そして、物語は冒頭に戻る。

 

「今宵の供物は、貴様だ士道。喜ぶがいい、我に添い寝をすることを許そう」

「指摘。士道は耶倶矢の鶏ガラボディよりも、夕弦の肉感的な身体を求めています」

「……はんっ、そのぽよぽよの腹で大きく出たものだな。そんな奴にまとわりつかれても暑苦しいだけであろうに」

 

 夕弦は自分の胸を持ち上げる。

 

「溜息。重いです」

 

 耶倶矢は眉を釣り上げた。

 

「いいだろう……命が惜しくないようだな、丸々夕弦」

「応戦。命が惜しくないようですね、平々耶倶矢」

 

 二人に士道は顔を伏せながら、手の平を突き出す。格好良い制止ポーズ集第三番『そこまでだ』である。熟練の中二病にのみ許された秘技であり、一般人だったら余りの威力に恥ずかし悶えて使い熟せない。

 

「待て、そもそもどうして俺が添い寝されることを前提に話が進んでいるんだ」

「愚問。夕弦がしたいからです」「愚かな問いよ、我がしたいからだ」

 

 愛されるって苦しいね……士道は世界から拒絶されている設定を思い返して、なんだかそっちのほうが一瞬でも居心地が良かったのでは思ってしまうのだから、愛憎劇とは怖いものである。

 大人しくなった折紙に助けを求めれば、何故か彼女は普段とは変わらぬ無表情を緩めて、どこか感無量という感じで深呼吸をしていた。

 

「士道の匂い」

「…………」

 

 やはり折紙は格が違う。彼女に対する評価を改めて付け直した。

 どうしたものかと考えていると、ばんっと勢い良く部屋の扉が開かれた。

 

「話は聞かせてもらった!」

 

 琴里だった。黒いリボンになっていることから、<ラタトスク>として動いているのが分かる。

 

「なんで、ここで<ラタトスク>が出てくるんだ」

 

 士道が耳打ちすると、琴里はしかめっ面になった。

 

「八舞姉妹のストレスゲージが溜まってるのよ。だから、ちょうど賞品も用意されたし、それを賭けて戦わせてストレス解消してあげるの」

「……そういう事情ならば止むを得ないか」

 

 不満がたまって、精霊の力が逆流すれば折角の平穏も失われる恐れがある。しかも折紙の目の前では目も当てられない。それにしてもどんだけバトルジャンキーなんだろうか。識別名<ベルセルク>と呼ばれるだけはある闘争本能だ。

 

「――おにーちゃんとの添い寝権を賭けて勝負をしましょう!」

 

 しかし、この提案は琴里が墓穴を掘る結果となる。今の彼女に気付く術はない。

 

「ほう、面白い。それで勝負といっても、何をするのだ?」

「賛成。士道との熱い夜は勝者にこそ相応しいです」

「どさぐさに紛れて、何をしようと考えているんだ、夕弦!」

「八舞夕弦の発言は不適切。あくまで添い寝であることを忘れてはならない」

「反省。欲望が先走りました」

「しかし、添い寝の範囲であれば何をしても許されるとも言える」

 

 ん? なんか雲行きが怪しいぞ。士道は琴里と目を合わせる。琴里は「諦めろ」と口を動かした。馬鹿な、この程度の逆境を乗り越えずとして何が能力者か。闇に生きる咎人として、現実に屈するつもりはない。

 

「質問。それはどういう意味ですか、マスター折紙」

「そもそも添い寝は相手との身体の接触が求められる。その際にどこに触れようと、それは不可抗力」

 

 さあ、創造しろ、襲い掛かる現実を迎え撃つ、真実の刃を!

 かつて世界すらも騙した男に不可能なんて存在しない。

 

「他にも胸部を押し付けることになっても仕方ないこと」

 

 さあ、創造……するんだ……現実になんて……負けない――

 

「逆に士道が私たちのどこに触れようともそれは不可抗力」

 

 ――なあ、これは現実か? それとも妄想か? いいや、煩悩さ。

 落ちるのか? 屈するのか? たかが添い寝に、<業炎の咎人(アポルトロシス)>と畏れられ、<無反応(ディスペル)>とまで称された最強の能力者が敗北を認めるのか?

 

 毒を食らわば皿まで? 馬鹿な、料理人まで食っちまうぜ! ひゃっはー美少女は完食だぁっ! 頭の中が世紀末。倫理観なんて投げ捨てた脳内ワールドに、士道は徐々にその強固な理性を削られていた。

 

 英雄を殺すのは、いつだって手の平を返した大衆である。しかし、英雄を堕落させるのはいつだって魔性の女たちである。

 

「――俺は、俺は……俺は! 二度と負けはしないっ!」

 

 それでも士道は耐え抜いた。そして悟りの境地に至る。愛しい美少女たちの添い寝天国にすら背を向ける強靭なる意志。彼でなければ間違いなく堕ちていた。

 

 ――しかし士道に拒否する権利は最初から存在しないという罠。

 

 彼女たちがそれで喜ぶなら、幾らだって我慢しよう。これはあの時の自己犠牲とは違う。ただ紳士としての節度を持つだけのことだ。銃弾の雨に曝されるよりも――やっぱり辛い気がする。据え膳生殺し、まさしく鬼畜の所業。

 

 興奮と期待に目をギラギラと輝かせる乙女に囲まれて、士道はかつてない恐怖を感じていた。彼女たちの目は言っている。

 

 ――ニガサナイ。

 

 さて、肝心の勝負内容だが、そう簡単には決まらなかった。既に大抵の勝負は、耶倶矢と夕弦の間で行われており決着がついているのだ。<ラタトスク>がサポートで動きやすい提案をするが、すべて却下されてしまい、最終的には士道に一任することになった。

 

「そろそろ夏も近いことだし、百物語対決なんてどうだ?」

 

 軽い気持ちで言ったのだが、隣で琴里が凍り付いた。そういえばホラー映画などが苦手だったが、やっぱり司令官モードでも耐えられないらしい。本物の戦場を経験しているのに、そっちの方がよっぽど怖いと思うのだが。まあ三次元よりも二次元の方が良いとかいう友人も居るし、そういうものなのだろう。殿町と同列に考えられる琴里、憐れである。

 

「ほう、言霊だけを頼りに恐怖心を仰ぐ、まさしく強者に相応しき勝負だ」

「同意。それならばまだ経験がありません」

 

 琴里が口を挟む間もなく話はトントン拍子に進んでしまう。

 

「勝者が士道と……くくっ、血が沸いておる。胸が熱くなるな!」

「疑問。耶倶矢は薄いですが」

「ちょ、夕弦! あんた分かってて言ったでしょう!?」

「要求。分かっていませんので、耶倶矢の口から是非とも説明がほしいです」

「嫌だし! 言えるわけないし!」

 

「辟易。説明もできないのに言い掛かりをつけるとは、同じ八舞として恥ずかしいです。説明がなければ納得できないと言っていたのは耶倶矢ですよ。それともわざと答えないことで、詰問を受けたいのですか? 耶倶矢の変態性もここに極まれりですね」

「そ、そんな、訳ないでしょっ! ふざ……ひゃうっ!」

 

 反論する耶倶矢の言葉が途中で遮られる。

 夕弦の指先が耶倶矢の胸を突いていた。

 

「ちょ、どこ触って、夕弦……!」

 

 悶える耶倶矢に、夕弦は攻撃の手を緩めない。両手を使って乳房の柔らかさを堪能していた。

 

「指示。さあ、説明するのです。何が分かっているのか、きちんと明確に、誰にでも分かるように教えてください」

「やっ、そんな、だ、だめだってばっ……ふぁっ、夕弦ぅ……!」

「催促。このままだと士道に耶倶矢の弱いところがすべて知られてしまいますよ? だから、言うのです。耶倶矢の胸は慎ましくて可愛らしく感度も抜群で堪らないと」

「もうやめ…………ってやっぱり分かってるじゃない!?」

「反省。我慢できずしくじりました」

 

 はぁはぁと淫靡な息遣いと胸元が乱れた服装に、士道の<鏖殺公(サンダルフォン)>が天元突破まっしぐらである。危ないところだった。前屈みで戦場を離脱せねばならないところだった。

 ふと、また静かになっていた折紙の視線に気付く。

 

「士道、どれがいい」

「どれとは?」

 

 折紙の視線が、巨乳、普乳、微乳、貧乳と順番に向けられる。どれが誰とはプライバシーが関わるので言わない。一体どれが誰なんだかさっぱりだぜ。

 回答をはぐらかそうにも、折紙はじーっと見てくる。一切の妥協と言い訳を許さぬ『真実を射貫く魔眼(トゥルー・アンサラー)』が発動していた。

 

「…………」

 

 え、それ、答えたら、ハルマゲドンとかティタノマキアとかラグナロクとか起きちゃうよ? 機関の陰謀とかもう比べ物にならないぐらいの混沌が世界に起きちゃうぜ?

 

 どのぐらいヤバいかっていうと、最悪の精霊(きょうぞうさん)が転校初日に「わたくし、世界に選ばれた救済の使徒ですのよ。この世界は今、機関の陰謀に蝕まれてますの。だから、それを阻止するために日々の鍛錬を欠かすこと無く、決戦の時に備えていますわ。皆様も些細なことでもよろしいですから、世界の異変を察知したら教えてくださいまし」とか中二病全開の自己紹介するぐらいですよ。高校デビューってレベルじゃねぇぞ。

 

 色々と暴走する空気を振り払ったのは、我らが司令官である琴里だった。

 

「ああもう、いいわよ! さっさと勝負を始めなさい! おにーちゃんを一番怖がらせた人が優勝ね!」

 

 兄を救うために、自ら死地(ホラー)に踏み込むその姿――まさに妹の鏡。

 そして、百物語勝負は始まってしまった。

 

 

    *

 

 

 <フラクシナス>艦橋。

 

「副司令、その機材はなんですか?」

 

 <藁人形(ネイルノッカー)>の問い掛けに、神無月恭平は良い笑顔で応えた。

 

「もちろん、司令の勇姿を見守るためのものですよ」

「盗撮でもする気ですか!?」

「素人考えですね。私は音だけの方が興奮するんですよ!」

 

 誰だよこいつをこんな地位に置いた奴……<フラクシナス>クルーの思いが完全に一致した。

 

「では、私はすぐに現場へ向かわねばならないので」

 

 琴里から命令を受けた令音の指示により、<フラクシナス>のクルーは神無月を捕獲。その後、穴を掘るだけの簡単なお仕事に送られた。

 今日も<ラタトスク>は平和です。

 

 

    *

 

 

 世界を照らすのは頼りない蝋燭の火だけ。不規則に揺れる火に、影の差した表情はそれだけで不気味だった。

 士道のおどろおどろしい口調で語られる物語に、琴里は誰にもばれないようにぷろぷると震えて、夕弦は表情を強張らせ、耶倶矢は固唾を呑む。折紙に関しては普段とまったく変わらなかった。

 

「……そして、闇の中に蠢いた『そいつ』は何も知らない少女に声を掛けた。『ようやく見付けたぞ!』」

 

 夕弦の話はその独特な口調からどうしても恐怖を感じてもらえず、耶倶矢の話に関してもクリーチャーが出現した辺りからリアリティを失って怖くなくなってしまった。

 しかし、士道の語る物語は真に迫っており、妙な現実感を秘めていた。

 

「少女は突然の声に、悲鳴を上げながら駆け出した。だが、逃げられない。すぐに『そいつ』は追い掛けてくる。それでも必死で走った。走り続けた。しかし――足元に転がっていた石を見逃した彼女は、躓いてしまい……遂に追い付かれてしまった」

 

 恐怖に全身が強張る。だが、少女の好奇心は振り返ることを強要した。

 そして、見てしまった。

 自分を追い掛けていたのは、数日前、変質者に襲われた自分を助けてくれた少年。命の恩人。だが、違う。彼は居ない。この世界には居ない。だって、目の前で殺されてしまったのだから! そして、私はまだ息がある彼を見捨てて逃げたのだ!

 

「これは復讐だ。少年は自分を見捨てた恩知らずを殺しに来たのだ! ああ、ごめんなさい許してください……お母さん、お父さん! 幾ら声を上げても誰も助けには来ない。逃げている内に誰も寄り付かないような路地裏まで入ってしまったのだから」

 

 恐怖に錯乱した少女の肩に、少年の手が触れる。

 

 ――お前をこの世界から解放する。

 

 解放……それは死ぬってこと? 少女の思考はそこで停止した。後はただ呻き声が零れ落ちるだけ。もはや意味を持つ言葉を話す余裕はなかった。

 そして少女は、闇に引きずり込まれ――二度と戻ってくることはなかった。

 

「これで俺の話は終わりだ」

 

 士道は手に持っていた蝋燭の火を吹き消す。

 八舞姉妹は強張った身体を弛緩させほっと息をつく。琴里はもう涙目だった。折紙にはやはり変化がない。

 

「これぞまさしく怪談、恐怖を煽りおる。流石は士道だな」

「感心。まるで本当にあったように感じられました」

 

 士道は夕弦の言葉に肩を竦めた。

 

「当然さ。これは実際にあった話だ」

「えっ……?」

 

 琴里の震えが更なる恐怖に固まった。

 

「後日談がある。聞きたいか?」

 

 こくこくと頷く者が三名。一名は全力で首を横に振った。

 

「――そう、闇に呑まれた彼女は、もう人間ではなくなった。そして少年と少女は、今ではすっかりメル友(せんゆう)である」

 

 士道が突き出したケータイの画面にはアドレス帳が表示されていた。

 上から五番目に刻まれた一際目立つ名前。

 

 ――『闇月*詩浄』。

 

 話の中心になっていたその少女、士道が中二病をこじらせる原因になった憐れな被害者のことである。精霊の力で再生したところを血糊の悪戯に改竄して、士道が恐怖体験に仕立てあげたのだ。

 

 真実は、自分が死んだのを見てショックを受けただろう少女を慰めるために会いに行ったら物凄く怖がられてしまった、というだけの話である。

 琴里は放心状態から回復すると、即座にツッコミを入れた。

 

「染めたわねっ!?」

「ちなみにこれで『闇月*詩浄(エトワール)』と読む」

「読めないわよっ!?」

「今では『機関』と共に戦う立派な戦友さ」

「うちのおにーちゃんが本当にごめんなさいっ!」

「……なあ、琴里、さっきから叫んで疲れないか?」

「先程から息を荒らげて、少し落ち着くといい」

 

 中二病患者二人からの憐れむような視線に、琴里の眉が吊り上がる。

 

「はぁはぁ……あ、あなたらねぇ」

 

 琴里の肩にぽむと夕弦の手が置かれた。

 

「同情。強く生きてください」

 

 黙り込んだ折紙は世にも恐ろしいことを考えていた。自分もそういう『キャラ』になれば、もっと士道と距離を詰められるのだろうか。やはり恋は盲目である。

 ちなみに折紙の語る物語は、オーソドックスな怪談だった。こういうところでは杓子定規なところもある折紙は、ずば抜けた個性を発揮しなかった。

 

 

    *

 

 

「これで全員か。後は俺が……勝者を選ぶ訳だな」

 

 士道の言葉に乙女は再び獰猛な獣へと変化した。

 

「もちろん、我だろうな?」

「主張。夕弦です」

「勝者は、私に決まっている」

 

 それぞれに己の勝利を疑わない。

 

「さあ、おにーちゃん、じっくり悩んで決めてね」

 

 琴里が意地悪く催促してくる。

 士道は悩んだ。果たして、誰を選べば一番、自分にも相手にも被害が少ないだろうか。三人は理解している。これはただの勝者を選択するものではない。もっと重い意味がある。

 

 ――そして、迷った末に結論が出された。

 

「俺が選ぶのは……」

 

 全員の視線が集まる。

 果たして、この結論でいいのか一瞬悩んだ。

 だが、今更引き返せない。さあ、五河士道――突き進め!

 

「俺が選ぶのは、琴里だ!」

 

 遂に言った。言い切った。

 

「どういうこと?」

 

 折紙の動揺は、耶倶矢と夕弦も同じだった。琴里はそもそも百物語勝負に参加すらしていなかったではないか。

 

「いいや、俺を一番怖がらせた者が優勝なのだから、それは間違いなく琴里だ」

 

 何が一番怖かったって、それは恐怖を押し殺して必死に笑顔で取り繕おうと完成した――不自然に歪んだ琴里の表情だった。だから決して嘘ではない。納得できるかどうかは別だが。

 

「お、おお、おにーちゃんっ!?」

 

 琴里は慌て出す。棚から牡丹餅に内心では狂喜乱舞していたが、ここで素直に受け入れてしまったら司令官モードとしてそれはどうなのか。色々と煩悶していた。彼女が士道の本音を知れば悲しみと怒りを覚えるだろう

 

 ――三人の中から選ぶことは俺にはまだできない。

 

 琴里とはもうお互いにいい歳だし嫌がるかもしれないな。ごめんな、こんな優柔不断に巻き込んでしまって――内心で告げられる謝罪も空虚なものだった。

 

 

 こうしてこの晩の勝負は締め括られた。

 ただ士道には誤算があった。妹の添い寝によって、知ってしまったのだ。いつまでも琴里は子どもではない。昔とは違う女に成長しつつある身体に触れて、士道の中で無意識の領域ではあるが『妹』という枠組みから外れようとしていた。

 

 ――これは恋の成就に可能性が芽生えた五河琴里への救済。

 

 神算鬼謀では無いけれど、誰も悲しませないために悩んで悩んで悩んだ末に士道が出した、きっと幸せな選択肢。

 

 もちろん、この選択は後々の士道を苦しめることになるが、それはまた別のお話。

 だから、今はただ幸せな寝顔を見せる琴里に祝福を送ることでこの物語に幕を閉じよう。

 

 

 恋に恋せよ乙女たち。

 そして、中二病に幸あれ!

 

 

 




 これが本当のコメディですね、分かります。
 平和っていいですね。窓際に立っても狙撃に怯えなくていいとか幸せ過ぎる。
 1話で精神に傷を負った名無しの少女すらも救っていた。これが士道くんクオリティ。

 悪には勝てても恋には勝てない、これが五河士道という男なのさ!
 ハーレムルートを推進していながら、作者が安易なハーレム否定派という異常事態であるからして仕方ない。ただ突き詰めれば、ハーレムだって可能性もあると信じているから、八舞姉妹の攻略からこの物語はスタートしたのです。
 全員と相思相愛のハーレム。そんな理想郷を夢見て戦い続ける。例え誰かが否定しても、誰もが幸せになる可能性があるのならば、その真実を貫き通せ!
 とか格好良いこと言ってみるけど、まだその理想郷はどこまでも遠いです。

Q.何度かきょうぞうさんをネタにしてるけどなんで?
A.ほら、分身体なら幾ら汚してもきっと許されるって……(これ以上は血で汚れて読めない)

Q.すごく中二病に憧れているんです! どうすれば中二病になれますか?
A.中二病はなるものではありません。覚醒するものです。


 続編の要望もありましたが、現時点では未定です。
 そのため一先ずは完結を付けさせて頂きます。
 それでは、今度こそお別れです。最後まで読んで頂きありがとうございました!








 ――第二部予告。

 中二病と名無しの精霊は、ようやく出逢いを果たす。

「お前も私を殺しに来たんだろう?」
「いいや、俺はただお前に会いに来ただけだ」
「信じられんな」
 ――救われることなどとっくに諦めてしまったよ。
 孤独と絶望に塗れた瞳が、空を見上げた。
「一ついいだろうか。俺を殺すのは、お前が俺を殺したいからか? それとも殺さなければ自分が殺されるからか?」
「どちらにしろ結果は同じだ。くだらん言葉遊びが何になる」
「――違うな。お前の心が傷付く。だから俺はお前に殺されたりなんてしてやらない。そしてお前にこれ以上、誰かを殺させてたまるものか!」

 放置されたきなこパン愛好家が牙を剥く。
 『機関』の陰謀渦巻く戦場で、中二病は吼えた。

 誰かが悲しむ現実を否定し、誰もが幸せな妄想を肯定する。
「――お前の名は十香。俺の大切な存在だ」
 例え、それが嘘であっても――貫き通せば真実へと至るのだから。

(ころ)して(ころ)して(ころ)し尽くす。()んで()んで()に尽くせ」
(なお)して(なお)して(なお)し尽くす。()きて()きて()き尽くせ」

 五河士道は<アポルトロシス>として、再び舞台に上がる。
「此処に<王国>は成った。さあ、控えろ人類」
 欺瞞に満ちた世界を解放し、精霊と人間が共存するために真実を刻もう
「――世界の、再生だ」

 中二世代ボーイ・ミーツ・ガール第二部『十香キングダム』!!
 きみは刻まれた黒歴史に耐え抜くことができるか?


 ――余り期待しないでお待ちください!
(投稿されたらラッキーぐらいに考えておくといいと思います。あとこの予告はでっちあげなので、実際にこんな展開になるとは限りません)

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