士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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 該当部分に追記しましたが、こちらのが目を通す方も多いと思いますので、改めて記載致します。

 前回のまえがきの難易度選択はネタなので、感想で選んで頂いて恐縮なのですが、本編はプロット通りHardでお送り致します。誤解させてしまい申し訳ございませんでした。

 それにしても一ヶ月遅れのつけを士道くんに払わせるとは、世の中にはとんでもない外道も居たものですね(ゲス顔)


1.手に入れた日常

 心地の良い目覚めというのは幸福感に満ちている。睡眠はほとんどの人間が一日に一回は取るものだ。しかし多くの者が軽視しがちであり、寝ることをただの習慣にしてしまっている。

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に瞼をくすぐられて、ぼんやりと意識が覚醒する。見慣れた天井を見上げて思考が回り出す。そして目覚めを自覚した時、昨日の疲れは精神的にも肉体的にもすっかり解消されていることに気付く。

 五河士道はその感覚を大切にしていた。どれだけ人間が夜行性だと嘯こうと、たった一代で人間の機能は変化するものではない。機関との戦いのために、万全のコンディションを整えるのは闇に生きる咎人に与えられた義務といっても過言ではない。

 

「……暑い」

 

 だが、今日の士道は寝苦しさから目覚めた。

 身体を起こそうとして、両腕に掛かった重みと感触に気付く。

 右腕に耶倶矢、左腕に夕弦が抱き着いていた。どうして八舞姉妹が士道の布団に潜り込んで幸せそうな寝顔を浮かべているのか――考えるまでもなかった。

 

 『機関』の――いや、<ラタトスク>の陰謀である。

 

 右腕を耶倶矢の絡み付く腕から引っ張り出して、左腕も同じく夕弦から抜こうとしたが、柔らかく密着した何かが抵抗になって動かせない。耶倶矢の方は簡単にいったのにこれはどういうことだろうか。

 

 本来は同一人物ということもあり、二人は瓜二つの容姿である。そんな二人が同じ行動に出れば、同じ結果になる筈なのだが――とそこまで考えて悲しい現実に気付いてしまった。

 士道の左腕はすっぽりと夕弦の豊満な胸に埋もれていた。無理矢理に抜こうと左右に振りながら引っ張ると、はだけたパジャマの胸元から覗く乳房がたゆんたゆんと波打った。

 

 落ち着け、冷静になれ。俺の二つ名<無反応(ディスペル)>は伊達ではない。この程度で動じてどうするのか。琴里との添い寝も無事に乗り切ったではないか。

 

 夕弦が寝返りを打つ。そうなれば、腕を掴まれた士道も自然と引っ張られる訳で、奇しくも夕弦に覆い被さる体勢になった。耶倶矢とはチェックの色違いのパジャマは、確りと身体のラインを強調して、膨らんだ胸元のボタンが弾け飛びそうになっている。

 

 汗ばんだ肌は、士道の腕を包み込んで離さない。動かそうとするたびに「んっ、あっ」と艶かしい嬌声が零れ落ちる。

 ぱちりと夕弦の瞼が開いた。士道は言い訳の言葉も浮かばずに凍り付く。

 

「許可。好きにしてください」

「………………」

 

「誘惑。この体は士道と耶倶矢だけのものです。でも、今は――士道だけのものです」

「……………………」

 

「興奮。耶倶矢の目の前でというのも背徳的なスパイスがあって良いかもしれません」

「…………………………」

 

 士道の理性が最終防衛ラインを死守している。夕弦の猛攻にそれが崩壊するのも時間の問題だ。

 もはやこれまでかと思われた時だった。

 隣で眠る耶倶矢の手が、士道の腕を求めてさまよい出す。ただ空を掻くだけで触れるものはなく、遂に違和感が許容限界を超えて、意識を強制的に覚醒させた。

 

「んっ……ん? んん?」

 

 耶倶矢の寝惚け眼が、ベッドシーン真っ最中の士道と夕弦を捉えて、一気に見開かれる。

 中二病の仮面を付ける余裕など無く、素の口調で捲し立てた。

 

「こ、これはどういうことよ!? 夕弦! 私が寝ていることをいいことに勝手に抜け駆けしようとしたわね!」

「反論。これは事故です。士道も夕弦も寝惚けていて、偶然この体勢になってしまっただけです」

「そんな見え透いた嘘を信じるわけないでしょ! あんた、最近やることが容赦無さすぎるわよ! 一体誰に影響を受けてんのよ!」

 

 それはたぶんマスターこと、鳶一折紙ではないだろうか。たまに電話する姿を見ることがある。変な知識を植え付けるのは勘弁してもらいたいが、彼女ほど遠慮や自重が似合わない人間は見たことがない。

 

「苦笑。お子様耶倶矢には真似できないからといって、非難されるいわれはないです」

「ふ、ふんっ、士道の眠りを邪魔してるだけじゃない!」

 

 夕弦は両胸を左右から手で押して、間に挟んだ士道の腕を呑み込んだ。

 

「溜息。邪魔でしょうがないです」

「ふ、ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 遂にブチ切れた耶倶矢が夕弦から力尽くで士道を引き剥がした。士道のベッドをリングに、二人は揉みくちゃになりながら相手をベッドから突き落とそうとしていた。

 騒がしい朝。理性に優しくない刺激的な誘惑が襲い掛かってきて、静かな目覚めすら迎えられない。しかし否定する権利もするつもりも無かった。これは現実を超越した、妄想で固めた真実の先に辿り着いた世界なのだから。

 

「ふっ、これが日常か」

 

 喧嘩をしているのかイチャついているのか、どちらか分からない八舞姉妹を眺めて頬を緩める。

 ――士道は今、幸せだった。

 

 

    *

 

 

 五河家上空一万五千メートル。

 空中艦<フラクシナス>艦橋にて、五河琴里は足を組んだ膝の上で頬杖を突いて、思案顔になっていた。

 念の為に女慣れさせる訓練だったが、結果は予想外の形となった。

 食事に無味無臭の睡眠薬を仕込んで士道の眠りを深いものにして、八舞姉妹をけしかけたのは、士道の予想通り<ラタトスク>だった。彼はそうでもしないと、部屋に誰かが入っただけで目覚める驚異的な感覚を持っている。長年の機関対策の賜物なのだが、本当に無駄ハイスペックである。

 

「ねえ士道って不能じゃないよね? 正直、私との添い寝に無反応なのは分かるのよ。でも……あの二人に挟まれても無反応って異常だと思うんだけど」

「私でよければ司令の添いネゲバブっ!」

 

 何か碌でもないこと口にしようとした副司令の神無月恭平を肘打ちで沈めて、琴里は口の中でチュッパチャップスを転がした。

 理性の勝利だというのに酷い言い草ではあるが、手を出したところで誰も責めることはないので(修羅場の形成については別問題として)、普通だったら美味しく頂く。まさか兄は特殊な性癖を持っているのだろうか。

 

「彼が今だけでなく未来まで考えて、理性で雁字搦めにしているのは、琴里が一番理解していると思うのだが」

 

 解析官の村雨令音は八舞姉妹の状態をチェックしながら言った。

 

「……そうね。中二病のヘタレでハーレム構築中って、一体どこまで自分のハードル上げるつもりよ」

「少し下げてみてはどうかな……?」

「どういう意味?」

 

 令音は肩を竦めた。

 琴里にならハーレム要員を一人減らせることもできるだろう、と言いたいのだろう。なんとも反応し難い。というより返答してしまえば士道への兄妹を超えた好意を認めるようなものではないか。

 

「そろそろ朝食のようだ。琴里は行かないのかね?」

「分かったわよ、まったく……令音には勝てないわね」

 

 琴里はクルーに今後の指示を簡単に出して、ついでに倒れたままの神無月を踏み付けてから、転移装置を使って五河家へと戻った。

 

 

    *

 

 

 朝のニュースを確認することで、士道は念入りに機関の動きを予測する。現在の情報社会では、世界の裏側で蠢く陰謀を完全に隠すのは容易ではない。

 ネットを使って調べてみたところ、<ベルセルク>を捉えた画像や動画が見付かった。流石の機関とはいえ、広大なネット空間を完全に掌握するのは不可能らしい。

 つまり、どこかに機関の尻尾を掴む情報が隠されている可能性は大いに有り得る。

 今朝のニュースは空間震について伝えていた。

 

「…………」

 

 その一回ごとに精霊がこの世界に現界し、甚大な被害をもたらしている。そしてASTの襲撃を受けているのだ。

 

「どうしたのだ、士道? 我の顔を見詰めて……くっ!? まさか遂に心すらも見通す魔眼を身に付けたというのか! 貴様が食後に血肉と変えるつもりだった、大いなる白の口溶け(ヨーグルト)を狙っていることに気付くとは」

 

 耶倶矢は何か勘違いをして慌て出す。

 

「戦慄。まさか夕弦を見詰めるのは、マスターから譲り受けた秘薬を士道のお弁当にだけ仕込んだのがバレたということですか」

 

 よく分からないが、夕弦は恐ろしい企みを白状してくれた。学校で一体何をさせるつもりだったのか。きっとよく分からずにやったのだとは思うが自重と常識を覚えてもらいたい。

 

「士道、どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 普通の反応を返したのは黒リボン琴里だけだった。

 鏡を見れば、そこに非常識の塊が映るのは間違いないが、それに関しては棚上げさせてもらう。

 

「今日は妙に空間震について長く話してるな」

 

 士道はまたニュースに意識を傾けると、画面には防衛大臣を名乗る男が小難しい話を、更に婉曲させて語っていた。政治家の悪い癖だが、本音だけのやり取りに人間は耐えられても、社会が許容しない。

 それに士道は嘘や誤解を招く表現を否定するつもりはない。寧ろそれが彼の得意とする武器でもあるからだ。

 

 絶望から解放させることができるのならどんな手段も厭わない。

 救われない現実だったら、笑顔になれる真実を構築する。

 それが、五河士道の戦いだ。

 

 

    *

 

 

 八舞姉妹は<ラタトスク>の取り計らいによって、士道と同じクラスに配属された。転校初日は折紙を交えて熾烈な席争奪戦を繰り広げられたが、士道を囲むトライアングルを完成させることで、一先ずの平穏が訪れた。士道の心の平穏に関しては考慮されていないのはお約束である。

 

 教室に入った士道と八舞姉妹はそれぞれの席に着く。

 士道を中心にして右隣には夕弦が、左隣には折紙、そして真後ろに耶倶矢である。非情なる勝負の末に決められた席順は、勝者と敗者の立ち位置を明確にしていた。

 

「くっ、あの日は、月が欠けていた……満月であれば、我も万全の態勢で臨めたというのに」

「指摘。太陽神の力を奪い取ることで万全、と言っていたのは嘘ですか」

「嘘じゃないし! 相性が悪くて全力で出せなかっただけだし! またやったら私が勝てるんだからね!」

 

 静かに読書をしていた折紙が顔を上げた。

 

「戦場にやり直しは存在しない」

「同意。マスターの言う通りです」

 

 二対一になり、耶倶矢は不利を悟った。流石に学生の身でありながらASTに所属する精鋭ということもあり、折紙はあらゆる面で優れた能力を発揮する。あの購買部ですら常勝を続ける猛者なのだから、未だに苦戦を強いられる耶倶矢には認め難いが格上であるのは確かだった。

 士道に加勢を求めようと探したが、類稀なる危機感知で既に教室から姿を消していた。

 

「くっ……我はこのままでは終わらぬぞ。夢々忘れるな、深淵の闇(クリフォト)に眠りし我が眷属が目を覚ませば、貴様らに敗北するなどありえない。いや、勝負にすらならず、ただの蹂躙劇となることだろう」

 

 耶倶矢は胸を張って魔王的なくぐもった笑い声を漏らした。

 二人にはただの負け惜しみだと分かった。折紙は「そう」とだけ返して読書に戻り、夕弦は餌をぶらさげられては我慢できず、涙目の耶倶矢をひたすら弄んだ。

 すっかり日常風景に溶け込んだ三人のやり取りに、クラスメイトも特にリアクションを示さない。ただ士道に対する嫉妬と殺意をより深めるだけのことである。

 

 都立来禅高校二年四組――精霊と精霊嫌いが共存する不可思議な空間。五河士道が作り出した虚構の平和がそこにはあった。

 

 

    *

 

 

 士道は屋上で背中を防護柵に預けて、青空を見上げていた。昼休みに入り、今頃は購買部では激闘が繰り広げられていることだろう。蒙昧たる弁当派(ランチパッカー)に堕ちた士道には関係無いことだが、ズキリと胸が痛んだ。

 

「顔色が悪いぞ、やはり闇に生きる咎人として、灼熱の刻()に近付く太陽神の猛射は厳しいのではないか?」

「提案。日陰で休んだ方がいいのでは」

 

 胸を押さえた士道に耶倶矢と夕弦が心配する。

 

「案ずるな、これも訓練の内だ。敵は戦場を選ばせてくれるほど生温い存在ではない」

「そうさな、克服せねばなるまいか。だが、無理はするでないぞ」

「念押。無理は禁物です」

「限界は把握している。心配を掛けて悪いな」

 

 士道が微笑みかけると、安心したのか二人はレジャーシートに座って昼食を再開した。

 誤魔化せたことに安堵の溜息を落とす。

 購買部四天王の一人として幾つもの戦場で勝利を収めてきた。パン一つに命を懸けてきたと言っても過言ではない。

 

「だが、俺は……あの地にはやはり戻れない」

 

 士道はポケットに仕舞った財布を、制服越しに撫でた。余りにも薄い。驚くべきぐらいに軽い。揺らしてみても残酷なまでの無音。

 

「…………」

 

 美味しそうにサンドイッチを頬張る八舞姉妹を眺めた。それは微笑ましい光景だ。いつまで見ていても飽きることはないだろう。しかし、その幸せはただではない。ただではないのだ。

 

「幸せへの投資を惜しむのは、悲しいことだ」

 

 それでも限度はある。二人分の食費が増えて、士道のお財布はもう風と親友同士で手を繋いでランランルーだ。全財産はハンバーガー四個分ぐらいかな。

 <ラタトスク>からの資金提供を受けなければ餓死してしまう。<ラタトスク>の上層部が渋っているようなので、<フラクシナス>のクルーによる慈悲で士道の家計は成り立っていた。

 

 <ラタトスク>の上層部――円卓会議では、何かごたごたしているらしい。色々と事情はあるのかもしれないが、精霊の幸せを願っているのなら、気前良く食費ぐらい出してもらいたい。

 八舞姉妹の服や、学業に必要な道具を揃えて、後は強請られるがままに色々な場所に連れて行ったのが主な金欠の原因ではある。しかし彼女たちの心を平穏に保つためなら金なんて惜しむ価値はない。

 まるで士道に嫌がらせをするような、あるいは餌で釣ろうとするような――ただの勘ではあるが、機関の影がちらついてしょうがない。

 

「今は<プリンセス>……いや――」

 

 士道が与えた名前を喜んでくれた精霊を思う。彼女を絶望から引っ張りあげて、この世界にもたくさんの優しさがあることを知ってもらいたい。こんな重要な時に問題を増やされるのは御免だ。

 

「現実はくだらないけど、この世界はまだ捨てたものじゃない。だから、もう一度……俺はお前に逢いたい」

 

 士道はまた空を仰ぎ見た。雲一つ無いどこまでも続く青色だ。

 そういえば、と思い出す。

 

 ――彼女と出逢った時も、今のように抜けるような青空だった。




 時系列に混乱があると思うので補足を少々。
 以下の順番になっております。

最終章 中二病のいる風景
序章 宣言
(番外編 騒乱マイホーム)
(番外編 言語ブレイク)
1.手に入れた日常

 そして、次の2話から序章部分の回想に入りますので、また時系列が前後します。
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