士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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2.俺の名は

 士道が屋上で思い返した記憶――それは数日前の出来事だった。

 

 

    *

 

 

 青々とした空を風に乗って滑空する。翼はなくとも、羽ばたく力はある。

 空中艦<フラクシナス>のハッチから飛び降りた士道は、<プリンセス>のもとを目指して格好付けながら落ちていった。

 

『このまま直進すれば、空間震の発生地点に辿り着けるわ。まだ<プリンセス>に動きはない……でも、そのまま空から行けば、刺激すると思うから、手前で着地してちょうだい』

「了解だ」

 

 士道は琴里からの指示に頷く。

 前方に空間ごと抉り取られたクレーターを発見した。周囲には瓦礫の山を積み上げて、否が応でも精霊現界の危険性を思い知らされる。

 

 だが、士道は知ったのだ。

 精霊すべてが悪意を持っている訳ではない。ましてや人間を害するために、破壊を伴った出現をしているのではない。人類が余りにも未知の脅威に臆病だからこそ、今日まで精霊への理解は深められなかった。

 

 風に運ばれて、士道の身体はぐんぐんと目標に近付いていく。

 遂にクレーターの中心に、荒れ果てた街並みには場違いな少女の姿を見付けた。モニター越しに確認した<プリンセス>で間違いない。

 

『まだASTは天宮駐屯地から出撃していないようね。士道、そのまま交渉に入っても問題ないわ。できるなら会話で建物内に誘導してみて』

「なるほど、高速機動と射撃主体のASTには、屋内戦闘は鬼門というわけか」

『……無駄に早い理解で助かるわ』

 

 琴里の後ろから、八舞姉妹の誇らしげな声が聞こえてきた。二人は対精霊特別アドバイザーとして艦橋への立ち入りを許可されていた。

 

『機関との戦いを凌いできたのだ、この程度の推測は当然であろう。もちろん士道が優れた資質を持っているからこそではあるがな』

『称賛。流石は士道です』

『今は作戦行動中よ、私語は謹んでちょうだい』

 

 平坦になった琴里の声音に、八舞姉妹が黙り込む。改めて今が大事な時だと思い出した。

 同胞である<プリンセス>を救えるかどうかの瀬戸際に立たされている。令音がスクリーンに表示した各種パラメーターは最低値に近い。彼女の絶望は余りにも深かった。

 

 ――けたたましいアラート音が鳴り響く。

 

 士道は耳に取り付けたインカムの音声出力を下げた。

 

「この音は……?」

『士道! 今すぐに退避! もう捕捉されているわ!』

 

 空と地上を隔てて士道と<プリンセス>の目が合った。地上に縛り付けられた人間と自由に空を駆ける精霊――その立場を変えて、二人のファーストコンタクトは始まった。

 

『機嫌パラメーター、尚も急速に低下中!』

 

 イヤホン越しに艦橋のやり取りが聞こえてきた。

 

『どういうこと? まさか、士道の顔は見るだけで嫌悪感を引き起こすっていうのかしら』

「色々と言いたいことはあるが、それは間違っている」

 

 士道は<プリンセス>が虚空から光を呼び起こし、手の平の上で光球を形作るのが見えて、背筋に寒気を覚えた。本能が危険信号を発している。

 

「俺は空から現れた。つまり、ASTと誤解されたということだ……ッ!」

 

 無造作に放たれた光球を絶妙な風力操作で回避する。空中を数回転して、天地が幾度も逆転した。<吹けば飛ぶ(エアリアル)>から基礎を学び、独自の改良を加えた奥義・天空転落(エアロ・ダイヴ)だ。

 

「舐めるなよ、無駄に修羅場を潜ってきてはいない!」」

 

 大枚を叩いてまでオーシャンパークに通い詰めて、絶叫マシンで鍛え抜いた三半規管と精神力は伊達ではない。金欠の日も、近所の公園で日が暮れるまでブランコに君臨し続けた。いつしか近隣住民から畏怖を込めて<揺れる冷笑(ステイクール)>と呼ばれるまでに至ったのだ。

 

 今度は続け様に二発の光球が放たれた。

 

「甘いな、弾道が透けて見えるぞ」

 

 光球を掻い潜り<プリンセス>に急速接近。

 <プリンセス>の両手の指先に、全部で十の光球が出現する。

 

「それは……不味いなっ」

 

 まるで機関銃のように、隙間無く士道に襲い掛かった。

 

 

    *

 

 

「撃ち落としたか……いつも群れているメカメカ団にしては、単独行動とは珍しい」

 

 <プリンセス>は周囲の警戒を終えると踵を地面に突き立てた。

 突如、巨大な剣を収めた玉座がせり上がるように出現した。泰然と腰掛けて、肘掛けに突いた腕で頭を支えると、物憂げに世界を見渡した。

 

 世界は相変わらず破壊と静寂に満ちている。

 

 自分とメカメカ団だけが存在するこの殺伐とした世界に、どれほどの価値があるのか。そして、その希薄な世界にすら拒絶される己に、果たして存在意義などあるのだろうか。

 領地を持たぬ孤独の玉座。そこに座るのは民を持たぬ裸の女王だ。

 

「――私は一体なんだ?」

 

 何度目の問い掛けだろう。己の中に答えなどある筈もなく、誰かが代わりに答えを教えてくれることも――

 

「――お前はお前だ」

 

 つい先程、光球を操って撃墜した筈の男が姿を現した。服には穴が開いてところどころ擦り切れている。しかし身体は無傷だった。

 

「……しぶといな」

 

 <プリンセス>は玉座から剣を引き抜いて、怠惰な仕草で地面に突き立てた。

 

「態々殺されに来るとは、奇矯な奴だ」

「殺される? ほう、この俺を殺し尽くすと……玉座にふんぞり返る割には小粋な冗談を口にする」

 

 挑発に眉をひそめる。特に無駄なポージングが気になった。果たして、言葉を区切るたびに左右の手を構え直すことにどんな意味があるのだろうか。

 興味が湧かなかったと言えば嘘になる。

 もしも、危険だと判断できれば殺せばいい。それだけの力は持っている。

 

「試してみるか?」

「試さねば分からぬとは、実力が知れているな。それに問答無用で殺しに来ないところを見るに、お前はまだ対話の可能性を信じているということだろう」

「……暇潰しだ。殺せばそれで終わる。だが、沈黙は退屈だ。おまえは差し詰め、王の退屈凌ぎを仰せつかった道化に過ぎない」

「だったら、お前も道化になったらどうだ? その方が楽しいぞ」

「何を言っている?」

「それが知りたかったら、俺と話をしよう」

 

 謎の男が手を差し出してきた。

 <プリンセス>は立ち上がり、男の手を取ると、そのまま組み伏せた。地面に腹這いで叩き付けて、背中を踏み付ける。目元まで掛かった長い前髪を掴み上げた。

 

「――名乗れ、おまえは何者だ? どうして私の前に現れた?」

「……っ! 随分と手荒いな」

「おまえに選択肢は無い。さっさと質問に答えろ」

 

 

    *

 

 

「残念ながら、選択肢は存在するのよね」

 

 <フラクシナス>艦橋で琴里は不敵に笑った。一先ずは交渉のテーブルに付くことはできた。叩き付けられているが、たったの二文字違いだ問題無い。

 

「士道、少し待ちなさい」

 

 スクリーンに三つの選択肢が表示されていた。精霊の精神状態が不安定になった時のために、<フラクシナス>のAIが顕現装置(リアライザ)によって収集したあらゆる情報から瞬時に弾き出した対応パターンである。

 

 正念場だ。ここで間違えば士道は更なる危機に陥る。しかし、正答を導くことができれば<プリンセス>の心に歩み寄ることができる。

 

「総員! これだと思うものを選びなさい、五秒以内!」

 

 

①「そんなことよりも、俺をもっと強く踏み付けてくれ!」

②「ふっ、お前が呼んだ名が俺の名だ」

③「見ろよ、朝日があんなにも眩しい。まるで俺とお前の出逢いを祝福しているようではないか」

 

 

 どうして素直に名乗るという選択肢がないのか。

 いや、最新鋭のAIだ。人間如きがその思考を読めれば、そもそも頼る必要がない。

 クルーの選択結果が、琴里の手元にあるディスプレイに表示された。

 

「②と③が半分ずつで……①が一票。一応だけど、神無月、理由を聞かせてくれる?」

「寧ろ私にはそれ以外の選択肢が見えませんでした」

「そう、ちょっとこっちに来なさい」

 

 近付いてきた神無月の腰を折らせると、その目に向けて食べ終えたチュッパチャプスの棒を口から吹き出した。

 

「ふぁォうッ!」

 

 奇声を上げて倒れ込んだ副司令のもとへ、誰も駆け寄る者は居なかった。ある意味では信頼のなせる技である。

 

「さて、それじゃあ……正直、どうなるかは未知数だけど――」

 

 

    *

 

 

『見ろよ、朝日があんなにも眩しい。まるで俺とお前の出逢いを祝福しているようではないか』

 

 士道は這い蹲りながら琴里からの指示を受けて、どのタイミングで切り出すべきか悩んでいた。いや、そもそもこの台詞でどう会話が繋がるのか推測できない。

 <ラタトスク>の総意ならば悪いことにはならないと思うが――

 言われた通りに台詞を口にすると、首元に剣を突き付けられた。

 

「くだらん言葉にはよく回る口だな」

 

 明らかな苛立ちが、声を聞くだけで伝わってきた。

 

『やっぱりだめだったわね』

「……分かっていてやらせたのか!?」

「何を言っている?」

「こっちの話だ!」

「……死ぬか?」

 

 剣が首元に宛てがわれた。少し上下に動かすだけで、愉快な血祭りの始まりだ。果たしてデュラハン状態になっても生き残れるのか、不安は拭えない。機関との戦いで幾度も死に瀕したが、胴体とお別れするような怪我を負ったことはなかった。

 

『ちょっと待って、また選択肢が出たわ』

「……一度、すべて読み上げてくれ」

 

 

①「僕は死にましぇん! あなたが好きだから」

②「ふはははっ! 死ぬのはお前だ!」

③「死は終わりではない始まりだ。流転輪廻の果てに、俺はお前と再び出逢うだろう」

 

 

 士道は悩んだ。この三つの中に答えがあるだと?

 これは機関の陰謀に違いない。<フラクシナス>のAIを乗っ取って、俺を傀儡にしようとしているのだ。やはり恐ろしい。あの手この手で攻めてくる奴らから身を守るためには、単純な強さだけでは足りない。

 

「どうした? 得意の口も回らなくなったか?」

 

 <プリンセス>の声は、もはやツンドラ気候並みに冷え冷えとしている。萌え属性的にツンツンドライって、それはただの拷問ではなかろうか。

 士道は悩んだ。どう対応すれば<プリンセス>だけでなく、<ラタトスク>も敵に回さずに済むのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 組織の鎖が行動を縛り付ける。無限に広がる未来を制限する。

 世界は、こんなにも狭かっただろうか?

 更に力を加えられた踏み付けに表情が歪む。エビ反りになった胴体がみしみしと悲鳴を上げた。このままでは逆パカされてしまう。

 

『もし我らに遠慮しているのならば、それは無用だぞ』

『請願。士道のやりたいようにやってください』

 

 苦渋の表情で選択肢の集計結果が出るのを待っていると、温かい声が耳元で聞こえた。インカムの向こう側で八舞姉妹が微笑む姿が、脳裏に浮かび上がった。

 

『我ら颶風の御子を救ったのは、<ラタトスク>の者達ではない。機械が合理的に弾き出した言葉でもない』

『同意。夕弦と耶倶矢を救ったのは、士道です。夕弦たちの心を動かしたのは士道の言葉です』

 

 <ラタトスク>、精霊、AST――世界の裏側で実際に繰り広げられていた戦争に、士道は知らぬ間に踏み込んでいた。戦場は今でも怖い。でも、あの日の綱渡りが続いた死闘に比べれればどうということはない。

 

「ああ……二人に隠し事はできないか」

 

 大切なものが増えた。守ることを覚えた人間はいつしか戦うことを忘れていく。手に入れるのは難しいのに、奪われるのは簡単だから。

 そして、問題は組織に組み込まれたことだ。

 <ラタトスク>ほどの秘密組織がただの慈善集団である筈がない。幾つもの思惑が蠢いていることだろう。士道や八舞姉妹はもはや自由ではない。彼らに命を握られたような状態だ。

 

「本当にいいんだな?」

 

 士道は自分の死には鈍感だが、それが他者に適用されることはない。もしも士道が<ラタトスク>の命令を尽く無視すれば、きっと強硬手段を取られるだろう。例え八舞姉妹を利用してでも、力尽くで従えようとする筈だ。

 

『うん、やっちゃいなさい』

『呼応。やっちゃってください』

 

 二人の覚悟に悩みは吹き飛んだ。

 胸が熱くなる。急速に思考が回り出した。

 

「ああ、二人の命は預かった。これより先は遠慮を捨てた――俺の世界だ」

 

 未来に怯えている余裕はない。今を生き抜くので精一杯だ。

 <ラタトスク>が敵に回るのならば――相手をしてやる。俺を、俺たちを舐めるな。俺と夕弦と耶倶矢が居れば世界が相手でも笑って戦える。

 

 士道が伝えたい言葉はもっと別にあった。

 示された三つの未来よりも、その先へ。理想の世界を迎えるために、士道は己を信じて、信じ切って、信じ込んで――貫き通す。

 

「――いいだろう、俺の名前を教えてやる」

 

 首元の剣を、心臓を射貫く視線を、背骨を砕く足を――すべての重圧を押し退けて、士道は無理矢理に立ち上がる。

 

『士道、待ちなさい! こちらの指示通りに――』

 

 琴里には悪いが、煩わしいインカムは投げ捨てさせてもらう。

 

「借り物の言葉は不要だ」

 

 先程までとは比べ物にならないプレッシャーを放つ士道に、<プリンセス>は間合いを取った。

 

「おまえ……本当にさっきまでのおまえか?」

 

 士道は前髪を優雅に払う。隠されていた右目が露わになった。

 

「その目……!?」

 

 更に<プリンセス>は後退る。

 真紅に燃える瞳が<プリンセス>のすべてを見通す。あらゆる嘘偽りを滅ぼし、真実のみを曝け出す魔眼。世界に数人しか使い手の居ない『真実を射貫く魔眼(トゥルー・アンサラー)』が発動した。

 もちろんただのカラコンである。重要なのは気分だ。

 

「俺は――」

 

 勢い任せでいつものように<業炎の咎人(アポルトロシス)>と名乗ろうとして口ごもった。

 彼女(・・)はあの日、士道と八舞姉妹の平穏のために表舞台から立ち去ったのだ。折角の眠りを妨げてしまうのは悪い。

 だから、敢えてこう名乗ろうじゃないか。

 

「――俺の名は五河士道。精霊と人類の架け橋となる者だ」

 




 本編中の三つの選択肢は、一応は正解があります。
 といっても、原作でも士道くんが琴里の制止を押し切って口にした言葉の方が、十香の心に届いたように、よりよい選択肢は無限に存在するものです。

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