士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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4.変わりゆく世界

 精霊<プリンセス>の初交渉から数日後。それ以降は<プリンセス>だけでなく他の精霊の現界も確認されず、表向きは静かな日々が続いていた。

 

 琴里は<フラクシナス>の普段は利用されない区画に向かっていた。

 <フラクシナス>は機密の塊だが、その中でも司令官である琴里のみが立ち入ることが許される場所がある。その名も特別通信室。<ラタトスク>の最高幹部連である円卓会議と、機密情報を交わすために用意された部屋だ。

 

 琴里は薄暗い部屋の中心に設えた円卓に着くと、並べられた四つの人形を一つずつ確認した。

 人形の前に置かれたスピーカーから息遣いが聞こえる。どうやら全員出席しているようだ。

 

『<ベルセルク>に関しての報告を受けて、彼の能力が実際に有用だというのは把握している。しかし、以前も言ったが、我らの懸念は今回の<プリンセス>との一件で危惧に変わったと言ってもいい』

 

 泣きネズミの発言に、琴里は眉を顰めた。幸いにもこちらの映像は相手に確認されないので、声に出さない限りは悪態をつける。

 更にバカ犬が追随した。

 

『その通りだ。<ラタトスク>は本当に彼を制御できるのかね?』

 

 琴里は更に奥歯を噛み締めて苛立ちを堪えた。言いたいことは分かる。確かに<ラタトスク>で制御できるかと言われれば、難しいと言わざるを得ない。

 だが、ここで彼らが問題にしているのは、そういうことではない。

 ブサ猫のくぐもった声が得意気に言った。

 

『彼の能力は、<イフリート>と<ベルセルク>で完全に証明されたという訳だ。ならばこれ以上、交渉役を無理に続けさせる必要は無いと思わないだろうか』

「それは、どういう意味でしょうか?」

『つまりだ、あくまで民間人である彼に任せるより、専門の交渉人を育成して、交渉と封印を分担させるべきだと考えているのだ。彼の自己蘇生能力は確かに驚嘆に値する。だが……死なない訳ではない。私は五河司令の兄でもある彼を危険に晒すのは忍びないと思っているのだよ』

 

 琴里は円卓に拳を叩き付けた。スピーカーから戸惑いの声が上がる。

 

「失礼、艦が揺れました」

 

 怒りを押し殺した声で即座に誤魔化した。

 今回の呼び出しの理由が掴めた。独断専行ばかりの士道を交渉役から外して、子飼いの交渉人を当てたいのだろう。現在、<ベルセルク>は<ラタトスク>に感謝はしているが、士道個人に向けられるものに比べれば微々たるものである。

 

 要するに馬鹿共は士道の裏切り、あるいは精霊の力の独占を危惧しているのだ。彼らとて精霊に安全な暮らしを提供するためだけに<ラタトスク>を築いた訳ではない。協力した分、その見返りを求めるのは当然の権利だろう。だが、建前と本音を両立できないどころか、隠し切ることすらできない下衆に精霊の力を与えるなど怖気が走る。それこそ人類の危機だ。

 琴里は黒のリボンを締め直して、改めて心を引き締めた。

 

「自分達の無能を棚に上げるようで申し訳ないですが、士道でなければ精霊の説得は難しいと考えます」

 

 ブサ猫は声のトーンを落とした。

 

『それは何故かね? ああ、決して現場の考えを蔑ろにするつもりはない。私は所詮、安全な場所で見守るだけの立場だ。とてもじゃないが偉そうなことなど言えんよ。だから、忌憚なき意見をお聞かせ願おうか』

「では、はっきりと申し上げます。精霊との交渉は理屈ではありません。当然、今までに対話の記録はありませんから、ノウハウに頼ることも不可能です。ならば、誰が適任であるか、それは考えなくてもお分かりになられると思いますが」

 

 沈黙を貫いていたクルミリスが、静かにしかし重々しく口を開いた。

 

『成果は上げられている。それを非難する権利はないのは当然だ。しかし安全性と確実性を高めるために、あらゆる方法を模索することもまた当然である』

 

 ブサ猫がクルミリスが肯定的な反応をしたことに色めき立つ。

 

『議長の仰る通りだ』

 

 続け様に自分の考えを押し通そうとして、クルミリスがそれを遮った。

 

『とはいえ、私は精霊のために悲しむことを、怒ることを、笑うことを……あれだけ真っ直ぐに感情を表すことができる者を、彼以外には知らない。そうは思わないだろうか』

 

 円卓に沈黙が舞い降りた。

 多くの者にとって精霊は恐ろしい存在である。それに恐怖せず、正面から堂々と立ち向かえる士道が異常なのだ。最初に出逢ったのが<ベルセルク>であったからこそ、精霊に対する偏見が薄いとも言えるが、結局は彼が精霊のために奮闘するのは時間の問題だったとも思える。

 クルミリスは穏やかな声で続けた。

 

『どうやら反対意見は出ないようだね。では、機会を改めてより良い方法を模索していこうか。五河司令、忙しいところ失礼したね。これからも期待しているよ』

「はっ」

 琴里は例え相手から見えなくとも、姿勢を正して最敬礼を以って応えた。

 

 

 

 会議を終えた琴里は、その足で士道の待っているブリーフィングルームへと向かった。

 

「待たせたわね」

 

 琴里が入室すると、コンソールを操作する神無月が振り返った。

 

「司令、ちょうど本部のデータベースにアクセスしたところです」

「それじゃあ流してちょうだい。士道は説明を聞いたわね?」

 

 円卓に腰掛ける士道が無言で頷いた。いつもの中二テンションに比べて反応は薄いが、きっとこれから確認する映像に思うところがあるせいだろう。

 

「では、再生を始めます」

 

 円卓の中央に設置されたモニタが赤色に染め上がった。一瞬、エラー画面かと勘違いしそうになるが、すぐにそれが、懐かしの故郷を大火事が襲う映像だと気付く。

 五年前の天宮市南甲町。琴里にとってはすべてが始まった日の記録だった。

 

 士道と一緒に五年前の真実を調べていたところ、<ラタトスク>本部のデータベースに当時の映像が残されているのを見付けたのだ。

 テレビ局から押収したものらしく、レポーターの男が町の惨状を必死で訴えている。

 

「あっ……」

 

 琴里はほとんどモザイクのように荒い映像の中に、霊装を纏った自分の姿を発見した。その足元に倒れているのは士道だ。

 

「お前は何者だ……?」

 

 士道の視線が琴里や自分でなく、その間を凝視していた。

 次の瞬間、士道は頭を押さえ込んで表情を歪めた。

 

「……ッ! 恐らくは機関の秘密工作員だ。これだけの光学迷彩技術を持っているのは奴らしか考えられない」

 

 戯言を聞き流しつつ、琴里は士道の指差す位置に目を向けた。

 それは最初ただのノイズかと思えた。だが、違う。掠れた記憶が『何か』が存在したことを訴えている。

 

「何か……違う、『誰か』が居る」

 

 琴里は脳の内側から掻き毟られるような痛みに襲われて、士道と同じように頭を押さえ込んだ。中二病の演技かと思っていたが、これは士道も感じている痛みなのだろう。

 

「司令!? 士道くん!?」

 

 神無月の悲鳴に似た呼び掛けが遠のいていく。

 これがきっと、五年前の真実に近付く鍵だ――確かな手応えは激痛に変化して、琴里の意識を刈り取った。

 

 

    *

 

 

 天宮駐屯地のAST隊長室で、日下部燎子は執務机に深く腰掛けると、頭の後ろで腕を組んで溜息をついた。

 

「どうしたものかね、まったく」

 

 背もたれから身体を起こすと、机の上に並べられた辞表を手に取った。

 少し前にASTは謎の精霊<アポルトロシス>と遭遇した。

 精霊の力を司る能力を持ち、世界を裏側から動かしていたと嘯く姿と、<ベルセルク>を命懸けで守ろうとした姿が同時に浮かび上がり、すぐに悪役面の姿が掻き消される。

 

 思えば、折紙を洗脳したのも嘘だったのだろう。彼女の立場を守り、巻き込まないために配慮したのだ。

 自分一人で罪を背負い、それ以外のすべてを救うために<アポルトロシス>は死んだ。いや、ASTの手で殺した。精霊の力を失ったと考えられる<ベルセルク>もまた、政治家の保身と人間の勝手な都合によって殺された。

 

 まだ年若い隊員には耐えられない現実だったのも頷ける。ただ精霊を殺すだけならば、厳しい訓練を乗り越えてきたASTは問題なくこなした。

 だが、殺さないでくれと必死で訴える<ベルセルク>や折紙の悲鳴を聞きながら、引き金を引くのは――余りにも苦しかった。大義名分があれば正当化して心を守れたものを、実際は上層部の椅子取りゲームに利用されただけなのだ。

 

 ――なんのために彼女たちは犠牲になったのだ?

 

 そう疑問せずにはいられなかった。折り合いを付けられなかった部下の一部は、こうして辞表を出していった。まだ燎子が手元に預かっているだけだが、今のところは引き止める有効な言葉は浮かばなかった。

 コンコンと軽いノックの音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 返事をすると、折紙が入室してくる。

 <アポルトロシス>の一件以降、彼女は一時的に死んだような顔をしていたが、なんとか立ち直ることができたようだ。いや、寧ろ張り詰めた雰囲気が薄くなり、余裕さえも感じられた。

 以前に理由を尋ねたが、ただ「私の戦いは終わった」と応えるのみだった。

 

「来たわね、折紙。少し話をしようと思ってね」

 

 燎子は辞表を引き出しに仕舞うと立ち上がった。

 

「話とは」

「今後の……いえ、寧ろ今までのことかしらね」

 

 精霊は世界に混乱と破壊をもたらすことから特殊災害指定生命体と定められた。それに関して疑いを持たず信じ込んでいたのは確かだ。しかし、今はその事実も揺らごうとしている。

 折紙は言った。

 

「精霊は人間だった……そして、本来は人類に対して悪意を持っていない。<アポルトロシス>ならば精霊の力を安全に封じることができた」

 

 明らかになった事実を言葉にして改めて整理すると、ASTとして精霊と戦ってきた過去を全否定されたような気持ちになった。その程度で仕事を辞するほど燎子は若くないが、納得できるかどうかは別だ。

 

 果たして、真実はどこにあるのだろう?

 政府の選択は人類の未来にとって正しかったのだろうか。それとも<アポルトロシス>が求めた人類と精霊の共存こそが目指すべき未来なのだろうか。

 

「折紙はどう考えているの?」

「より効率的に精霊を排除できる手段があるのならば、それを模索するべき」

「あんたらしいわね……ASTが精霊を殺すのは、あくまで手段で結果じゃない。もしも殺さずに精霊を無力化する方法があるっていうんなら、私も縋りたくもなるわ」

「話はそれだけ?」

 

 折紙の問い掛けに、燎子は首を横に振った。

 

「本題はこれからよ。それを踏まえて、ASTは今後どうあるべきなのか、あんたの意見が聞きたいわ。自衛隊内部も一枚岩ではない。今後の方針次第では、ASTは縮小……最終的には解体も考えられる。だから、私たちも『精霊』と真摯に向き合うならば、身の振り方を考えなさいってことね。精霊との対話を優先させるならば、その交渉役を任せられるのは、あんたが選ばれる可能性だってあるんだから」

「なぜ」

「実績があるでしょう? 真実はどうあれ<アポルトロシス>と最も言葉を交わしたのはあんたなんだから」

「…………」

 

「ただ問題があるのよね。長らくエース様が不在だったけど、どうやら近い内に補充要員が送られてくるらしいわ。それも天下のDEM社から生え抜きの魔術師がね。DEM社は精霊に対して、ASTよりも苛烈に対応しているのは知っているわよね? 果たして、その魔術師がASTの甘さに納得するのか疑問ね」

「なぜ、そんな魔術師が?」

「なんでも世界中に出没する特定の精霊を追っていて、その反応が天宮市付近で確認されたらしいわ。精霊を殺した魔術師、今となって頼もしいのかそれとも疫病神なのか、わからないわね」

 

 折紙もまた複雑な胸中なのか言葉を返すことはなかった。

 <アポルトロシス>によって変えられたのは、折紙だけではない。多くの人間の心に彼女の言葉が息づいている。世界の在り方がどうなるのかは、<アポルトロシス>の行動で決まるのではない。その行動を受けた人類の選択によって定められるのだ。

 

 

    *

 

 

 気絶から目覚めた士道は、<フラクシナス>で近所の商店街まで運んでもらった。今日は安売りのチラシが入っていて、なんとしてでも夕方のタイムセールには参戦しなければならなかった。

 

 歴戦の強者である主婦たちは、商店街に於ける限定戦闘能力だけを考慮すればかなりの強敵だ。特に主婦の中でも一目置かれる<聳え立つ愛(マッドマザー)>や、一日三食を夢見る薄幸少女の<黒字家計簿(ティアクロー)>は、士道とて簡単に勝つことはできない。

 特に実家を飛び出して、一人暮らしで仕送りもなく必死に家計をやり繰りする<黒字家計簿>は、心情的にも強敵だった。

 

 なんとか激闘を制して、無事に目的の品を手に入れた士道は、買い物袋を両手に夕暮れの帰路へ付いた。そこで同じく買い物帰りらしい折紙の姿を見掛けた。何故か物陰に潜んで、士道を尾行していたようにも見えたが、きっと気のせいだろう。

 

「折紙もタイムセール狙いだったのか?」

 

 無言で頷く姿は、慣れると寧ろ安堵感を覚える。

 戦利品はなんだろうか、と折紙の買い物袋をちらりと覗き込むと、士道は一瞬だけ固まった。

 栄養ドリンクは、確か安売りしてたな。だけど他の高級精力剤は商店街のラインナップに存在しない。物資調達は潜伏生活では危険を伴う外出行為。完璧に販売商品を把握している士道に死角は無かった。

 

「それは折紙が使うのか?」

「私の目的のために使う」

「そうか、達成できるといいな」

「既成事実さえあれば、押し切れる」

「…………」

 

 うん、下手に踏み込むのは危険だろう。別に毒薬でもないのだから、非難する理由はない。

 士道は空気を変えるためにも、周囲に人影がないのを確認してから切り出した。

 

「数日前の空間震では折紙も出撃したのか?」

 

 折紙は士道の顔を見て頷いた。

 

「あなたを見た」

「ああ、俺も戦場に居たよ。もしかして、あの時に攻撃位置が俺たちのいる階よりも離れた場所が攻撃されていたのは、折紙がやってくれたのか?」

「誘導した。あなたが精霊をこの世から消してくれるのならそれでいい」

「そうか、なんか悪いな。裏切らせるようなまねをさせて」

「構わない。これが私の……戦いだから」

 

 沈み行く夕日を映し込んで、折紙の透き通った瞳が血のように赤く染まった。

 

「でも、気をつけて。あなたの存在に気付けば、ASTだけじゃない……多くの人があなたを狙う」

「充分に注意する。それに俺は隠れるのは得意だ」

 

 世界から拒絶され追われるのはもはや日常に等しい。

 守りたいものがあって、そのために戦えるのだから孤独じゃない。寧ろ幸福だ。

 

「これからも、協力する。だから、気付かれないように注意を」

「任せておけ。まずは<プリンセス>なんていう呪縛は、この世界から消して、我が力の前で従えてみせる」

 

 孤独の王座から解放し、他人を信じることすらできない臆病な少女になってようやく手は繋がれる。

 <プリンセス>ではなく十香へ。世界から拒絶されるだけの精霊を、平凡な幸せを享受できる少女に変えるのだ。

 

「ん……?」

 

 士道は足音が聞こえて周囲を探る。だが、どこにも人の気配は感じられない。周囲にはビルが立ち並んでおり、ビルを一足で飛び越えられない限りは身を隠す場所は無い。

 

「何か問題が?」

「いや、ただ……気のせいだと思うが、何か嫌な予感がする」

 

 士道はその予感が外れることを祈った。

 

 

    *

 

 

 空間震を発生させず現界した十香は、士道の背中を見付けて声を掛けようとした。

 隣界の微睡の中で、ずっと考え続けてきた。

 そして、あと一度だけは人間を信じようと決めた。だから、あの男が誘ってくれたデェトとやらをしようと思ったのだ。言われた通りに、目立たないように霊力で人間の服を再現して、遭遇した人間共には攻撃を加えなかった。

 

 だが、待っていたのは裏切りだった。

 幾度も刃を交えたメカメカ団の女と、士道は行動を共にしていたのだ。しかも<プリンセス>を消すと言っていた。

 敵だ。あの男は敵だった。

 

「やはり……この世界に信じられる者など居ないか」

 

 ああ、知っていたとも。舞い上がっていたのが馬鹿みたいだ。

 路地裏からビルの屋上に飛び移り、十香は乾いた笑い声を上げた。

 

「はは、はははっ、ははははははっ」

 

 一瞬でも信じた私が馬鹿だった。

 殺してしまおう、と思ったのにそれに反して涙が込み上げてくる。

 

 ――信じたかった。信じさせてほしかった。

 

 十香はがむしゃらに駆け出して絶望を振り切ろうとする。

 だが、内側から蝕む感情からは、決して逃げることはできなかった。

 

 




 ひゃっはー本番はこれからだぜー!
 Hardがただ十香の病み病みで終わると思うたか!

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