士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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7.思い出を君に

「これはなんだシドー?」

「ああ、それは己の拳に宿った力を数値化する装置だ」

「ほう……では、試してみよう」

 

 十香は誰かが止める間もなく、全力の拳をミットに突き出した。音すらも置き去りにする神速の一撃は、パンチングマシンを粉々に砕いて、拳圧によって壁まで打ち抜いた。

 唖然とする一同の混乱を余所に、<ラタトスク>の工作員がすぐに片付けに参上し、その一角を立入禁止の看板で塞いだ。外から見えないようにブルーシートで覆われて、内側で顕現装置(リアライザ)による修復が始まった。

 

『この建物を貸し切りにしておいて良かったわね』

 

 インカムから琴里の呆れ声が聞こえる。

 士道は頬を引き攣らせて頷いた。下手をすれば死人が出ていた。

 

「私の結果はどうなったのだ?」

 

 不満気な十香の肩を、耶倶矢が叩いた。

 

「クックック、数値化不可能。我が眷属として申し分のない拳だ。誇るがいい、枠組みに収まるのは弱者、貴様は強者と証明された」

「おおー、そうだったのか! 相手を沈黙させることが真なる勝利……ん? まさか、ここはメカメカ団の訓練施設!?」

「否定。ここはゲームセンターです」

「ゲェムセンター?」

「解説。金銭と引き換えにあらゆる物が手に入る遊戯場です。勝利も食料も快感も得られる文明の天国とも呼ばれています」

 

 夕弦の説明は正しいような間違っているような、微妙なラインだった。というか天国という表現からするにゲームセンターが好きらしい。耶倶矢との勝負で通い詰める姿が容易に想像できた。

 

「…………」

 

 十香が瞳をキラキラと輝かせているので、真面目に言い直すのも無粋だと思い黙っておく。

 

「士道、あれを」

 

 折紙が士道の袖を引いて、プリクラのエリアを指差した。

 

「そうか、形に残るものもいいかもしれないな」

「まずは私と、二人だけで」

 

 無言の圧力が迫ってくる。

 更に背後から伏兵が現れた。

 

「待ってもらおうか、士道とのツーショットを最初に撮るのは、我こそが相応しい」

「挙手。マスターといえども譲れません。夕弦が立候補します」

 

 あっれー? おかしいぞー。これは十香をデレさせるためのデートじゃなかったかな? みんなもさっきまで協力的じゃなかったかな?

 十香のために協力はするが、別側面の乙女心としては素直に手を貸してはくれないらしい。

 

『モテる男は辛いわね、士道。鳶一折紙に関しては、まあそこそこに相手をしてあげればいいけど、くれぐれも八舞姉妹の機嫌は損ねないように気をつけなさい』

「簡単に言ってくれる」

 

 士道は肩を竦めた。しかし、先程までの危機に比べればどうということはない。

 

『サポートは全力でするわ。だから<プリンセス>……いえ、十香にこの世界を楽しませてあげなさい』

「任せておけ。俺の我侭のために、救わせてもらうさ」

 

 そして、ゲームセンターを舞台に士道の戦いは始まった。

 

 

    *

 

 

 時は少し遡る。陸橋での危機を乗り越えた一同は、そのまま夜の街へと繰り出した。

 なんとか無事に十香の信頼を取り戻せたとはいえ、奇跡に等しい成功だった。もう一度やれと言われても不可能だ。

 

 折紙は精霊の神経を逆撫でして、士道や街に被害が出ないようにするため協力してくれた。心中ではまだ消化できない思いがあったことだろう。

 

 あの場で一番の問題は八舞姉妹だった。十香とどの程度の友好を築いているのか、こちらの情報はどのように流れているのか把握できていなかった。だから、最初に敵対の立ち位置を明確にしてくれたのは助かった。

 士道とは初対面である(・・・・・・・・・・)。あのやり取りだけで、多くの情報を得ることができた。

 

 無事に綱を渡り切れたのは、士道を信頼して、こちらから求めない限りは口を閉ざしてくれたことにある。

 最後の瞬間まで、誰一人として士道とゴール地点を共有できていなかった。『機関』という敵と、立場は現実と変わらない――嘘を必要としない『設定』であることを、士道の戦い方を知る八舞姉妹が理解してくれたことが突破口になったのだ。

 

 士道は両隣を八舞姉妹に挟まれた十香の背中を見詰めて、ようやく一息をついた。ちなみに折紙は士道の隣をちゃっかり確保している。

 インカムを指先で叩いて、<フラクシナス>に状況終了を伝える。

 

『一先ずはお疲れ様』

「ふっ、俺に不可能はないのさ」

『はいはい、そうね、流石は最強の能力者は違うわ』

 

 士道は自宅を出る前に、琴里に連絡を入れていた。もしも失敗に終われば、<ラタトスク>の協力は必須だ。機関との戦いを続ける士道は、最悪の事態に備えるのを決して忘れない。

 

『このまま封印と行きたいところだけど、残念ながら十香の心は安定していないわ。だから、私たちがデートをサポートをしてあげる。そのために私も、その戦争にそろそろ混ぜなさい』

 

 このやり取りの後に、ゲームセンターの独特な外観に目を引かれた十香が入ってみたい、と言い出したことで初デートの場所は決まった。

 

 

    *

 

 

 パンチングマシンに続いて腕相撲マシンにも完全勝利を収めた十香は、心の底から楽しんでいるようだった。<フラクシナス>でパラメータを確認する令音もそれを保証している。

 

「誰も傷付けず力を振るえる……いい場所だな、ゲェムセンターとやらは」

 

 たぶん……いや、絶対に本来の楽しみ方とは違う。

 

「こんな時はどうすればいいと思う?」

『笑えばいいと思うわよ』

「ナイスアドバイス」

「ん? どうしたのだ、シドー?」

「……ナイスファイト!」

 

 士道は無駄に決め顔でサムズアップした。

 

「うむ、先程の力士とやらは手強かったぞ!」

 

 たぶん手強いのとは違う。最初に怪力で腕をへし折って、そのせいで筐体がいかれてしまい火花を散らし出した。スピーカーから発せられる声は禍々しいものとなり、まさしく闇堕ちしたRIKISHIとなっていた。土俵だけでなく腕相撲にまで駆り出されて散々である。

 

 流石の十香も迫力に後退り、一瞬で決まる勝負は膠着状態に陥るが、結局は中距離からの光弾で腕相撲マシンはこの世から消えた。呆気無い最後である。

 いや、まあ……彼も、十香の笑顔を咲かせられたのだから本望だろう。うん、そういうことにしておく。合掌。

 

「ところで、折紙」

「なに」

「どうして俺との距離がこんなに近いんだ?」

「暑い?」

「冷房が効いてるから問題ないが」

「そう」

「……そうじゃなくてね」

「どう?」

「どうでもなくてだな」

「いや?」

「……そんなことはないけど」

「そう」

「…………」

「…………」

「なあ、折紙」

「なに」

「どうして更に近付いたんだ?」

「いや?」

「…………」

 

 以下無限ループ。

 助けを求めようにも、十香は次なる獲物――ワニワニパニックを見付けて喜色満面で駆け出して行ってしまったし、八舞姉妹は別行動から戻ってくる気配がない。

 

「シドー! 見ろ、私の完全勝利だ!」

 

 LEDのスコアボードに『999』とカンストした得点が点滅していた。制限時間内のワニの出現数的に取ることができない領域だった。

 それもその筈、筐体から黒い煙が上がっており、完全に故障しているのだ。

 

 十香は硬貨を入れることを覚えたのはいいが、結局は力加減の失敗で穴ぐらに逃げ込むワニさんを筐体ごと圧殺していた。これじゃあデートじゃなくて戦争――いやただの蹂躙になっている。

 

『……ゲームセンターは失敗だったかしら』

「笑えばいいと思うぞ」

『はは、ははは、はは……はぁぁ。また上に無駄遣いするなと怒られそうだわ』

 

 <ラタトスク>も金には煩いらしい。

 士道は憐れなワニと可哀想な義妹に合掌した。

 

 そろそろ折紙の接近が危険域に達しようとした時、別行動中の八舞姉妹が戻ってきてくれた。

 耶倶矢が精一杯に寂しい胸を張ったポーズを決める。隣で夕弦が同じポーズを取るので、ますます侘しい気持ちになる。

 

「五人で対戦できる遊戯を見付けたぞ!」

「案内。付いて来てください」

 

 二人の案内で辿り着いたのは、本物の運転席を模した筐体のカーレースゲームだった。十香に力加減を気を付けるよう念を押して、ゲームをスタートする。

 流石にゲーム慣れしている八舞姉妹は、スタートダッシュを決めて一気に一位と二位に踊り出た。

 

「この程度の暴れ馬、手懐ける前に跪いておる」

「反省。耶倶矢の加速性能を侮っていました」

 

 三位には折紙が続いており、二人の爆走を阻むために無茶なショートカットを押し通して一位に浮上する。そのまま独走状態を保つと思ったが、折紙はスピードを緩めて二位の耶倶矢の前に張り付いた。

 見事なハンドル捌きで、耶倶矢を道の端まで追い詰めていく。

 

「くっ、貴様、この程度で我を倒せると――!」

「思っていない。だから、徹底的に潰す」

 

 曲がり角を利用して、斜めになった耶倶矢の車体にブレーキを踏み込んで突撃した。耶倶矢の車はコントロールを失ってスリップする。そのまま場外に吹っ飛んでいった。

 

「これは過酷な生存競争。最後まで士道と生き残った一人が勝者となる」

「そうなのか? 走り抜けるだけのものだと思っていたが、遠慮無くやらせてもらうぞ!」

「感服。流石はマスター、レースゲームを既存の枠に収めないプレイスタイルです」

 

 折紙の言葉を真に受けた十香や夕弦の瞳に凶暴な光が宿った。

 そんなレースゲームは聞いたことがない。髭面の配管工だって、甲羅やバナナの皮を使うのはレースに勝利するための手段であり目的ではなかった。

 

「ん……?」

 

 士道は液晶画面を囲うカバーに張り紙があるのを見付けた。

 

 ――男女二人が同着になったら幸せなカップルになっちゃうかも!?

 

 かも、じゃねーよ! 肉食系にこんなものを見せたらヤる気になるに決まってるじゃないですか、やだー!

 

「突撃。アクセル全開です」

「その攻撃は読んでいた」

「なっ!? 鳶一折紙、図ったなぁぁっ!」

 

 殺伐としたレースが繰り広げられる中で、脱落した耶倶矢が泣くのを必死で堪えようとするのを見付けて、士道は溜息をつく。

 

「終わらせよう」

 

 士道は壁に向かって突撃し車を炎上させた。

 こうして不毛な戦いは幕を閉じた。

 

 

    *

 

 

 レースゲームを終えた一同は、またゲームセンター内をぶらつき出した。

 十香がUFOキャッチャーのエリアに入ると首を傾げて、そのままべったりと張り付いて中を覗き出した。

 

「この箱に囚われているのは、耶倶矢と夕弦が持っているものと同じではないか?」

 

 山積みになっている景品は、夢パンダのパンダローネたちだった。パンダカラー、レッドカラー、白黒逆転のネガカラーが初期の三色で、景品一覧に新シリーズでイエローカラーやブルーカラーなどが追加されていた。

 

「肯定。耶倶矢が救出してくれました」

「あれは夕弦の的確な指示があってこそだ」

「否定。耶倶矢の操作が完璧だったからです」

「謙遜しおって、夕弦がいかに優れているか我は幾らでも語ることができるぞ」

「反撃。夕弦は耶倶矢がどれだけ優れているか世界が終わるまで語れます」

 

「な、なんだ……今日はからかわんのか?」

「疑問。いつも可愛がっているだけですが」

「……それは弄んでいるということだろう!」

「撤退。きゃー」

「この、逃しはせんぞ!」

 

 夕弦は走ってどこかに行ってしまう。更にそれを追って耶倶矢も居なくなった。

 

「シドー、これはどうするゲェムなのだ?」

「あの天井からぶら下がっているアームを操作して、景品を掴んで、あっちの穴に落とせば、手に入れられるってことだ。やる時は別の位置からアームの位置を確認する人が居たほうがやりやすい」

「ふむ、やってみてもいいか?」

 

 士道は財布を開けて小銭を確認する。

 

「もう一〇〇円しかないな。ちょっと両替してくるから、これだけ先にやっててもいいぞ」

『ちょっと、士道! この場を離れたら!』

 

 琴里からの警告に笑って首を振る。十香も折紙も愚かじゃない。士道は二人を信じていた。

 その場に残ったのは十香と折紙の二人だけになった。

 気不味い沈黙が二人の距離感を如実に表していた。

 十香は士道から渡された一〇〇円玉を握り締める。

 

「鳶一折紙、おまえは私が憎いか」

「…………」

「私はおまえが憎いぞ」

「そう」

 

「いや、おまえだけじゃない。耶倶矢も夕弦もシドーも……私は私が分からない」

「……あなた個人に特別な感情を持たない。精霊に対する憎しみがあるだけ」

「…………」

「でも、今は分からない」

「そうか」

 

 十香は説明書きを読むと一〇〇円を投入した。UFOキャッチャーがBGMを流して挑戦者を歓迎する。

 

「シドーが言っていた。これは二人でやった方がいいのだろう? 手伝え、鳶一折紙」

 

 

 

 士道がUFOキャッチャーのところへ戻ると、十香と折紙が協力してパンダローネを取ろうとしていた。

 

『驚きね。ASTと精霊の共同作業なんて、明日は月でも降ってくるかしら』

「違うぞ、琴里」

『どういう意味?』

「あれは……十香と折紙の共同作業だ」

 

 組織とか種族とか、そんな枠組みは関係無い。

 十香と折紙が自分の感情と向き合い、そして乗り越えたのだ。

 

『でも喧嘩を始めてるわよ』

「あっ」

 

 二人の言い争う声を聞こえてくる。

 

「こ、この! おまえの指示が遅かったからだぞ!」

「それは間違い。あなたのボタンを離す速度が遅かった」

 

 どうやら失敗の理由を押し付け合っているようだ。

 

「さて、それじゃあ行きますか」

 

 士道は喧嘩を仲裁するためにゆっくりと二人のもとへ向かった。

 それから、八舞姉妹も戻ってきて無事にパンダローネは人数分取ることができた。

 

 

 

 午後一〇時を過ぎて、ゲームセンターから出た一同は、耶倶矢の提案で星空の下でそれぞれ手にしたパンダローネを掲げた。まるでこの日を忘れないように、何かを誓うように。

 

 八舞姉妹のイエローカラー。

 折紙のノーマルカラー。

 十香のネガカラー。

 士道のレッドカラー。

 

「ん? シドー、一つ余っているぞ」

「ああ、それは余りじゃないんだ」

 

 士道はもう片方の手でブルーカラーのパンダローネを掲げる。

 

「そうだろう?」

 

 インカムをコツコツと叩くと、不機嫌な声が返ってきた。

 

『一応、お礼はいっておくわ。ありがとう、おにーちゃん』

 

 


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