士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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8.不器用精霊

 ゲームセンターの記憶を胸に、パンダローネの思い出を手に、十香は消失(ロスト)していった。

 次に現界した際には、個別で話をすることを約束している。

 令音の分析によると、どうやら十香の中にはまだ素直に幸福を享受できない捻くれ者が隠れており、八舞姉妹から士道の情報を引き出そうと考えているらしい。

 

 念の為に『設定』のすり合わせを済ませておき、十香に不信感を抱かせないように対策を行った。

 数日後、まるで準備が整うのを待っていたかのように、十香は現界した。

 

 

    *

 

 

 士道は朝食を終えると、折角の休日を有効活用するために、街へと繰り出した。街は常に変化を続ける複雑怪奇な迷路だ。例えすべての道を歩き地図を頭の中に叩き込んでも、次の日には工事や災害で通行止めになっている恐れがある。確実な逃走経路選択には、リアルタイムの情報こそが求められるのだ。

 

「やはり通れないか」

 

 士道は支柱にヒビが入った陸橋の前に佇む。老朽化していたため、数日前の十香の踏み付けが止めになったようだ。説得を失敗すれば、その足が士道の頭をスイカのように潰しているところだった。

 

「新しいルートを作っておかなければな」

 

 脳内マップに変更を書き加えておく。

 この陸橋が通れないとなると、他の交通網にも大きな影響を及ぼす。まだまだ調査は必要だ。

 

「シドー、橋など眺めて何をしているのだ?」

「世界の変化を刻み付けているのさ」

 

 士道は気配もなく突如として出現した十香に、戸惑うことなく対応していた。

 前回の十香は空間震の発生しない現界を行った。確認を取ってみたところ八舞姉妹も何度か経験していることが分かり、<ラタトスク>では静粛現界と呼んで区別するようになったのだ。

 

「それで、今日は本当のデェトとやらをするのだろう?」

「その通りだ」

 

 来禅高校の制服姿の十香に、士道は手を差し出した。

 

「握手をするのか?」

「合っているけど、ちょっと違うな」

 

 十香はよく分からないまま、士道の手を取った。

 

「繋いだぞ」

「では、行くとしようか」

「ま、待て、どうして手を離さんのだ!?」

「これがデートの定番なのさ」

「そうなのか? デェトとやらは奇っ怪だな。未だに正体を掴めぬぞ」

 

 十香の頭にハテナマークが次々と浮かぶ。上手く説明してやりたいが、実のところ交際経験のない士道にもよく分かっていない。着々とハーレムを築いていながら、彼女いない歴イコール年齢なのだ。

 

「……だが、こうして手を繋いでいるだけなのに……うむ、悪くない」

 

 十香の笑顔につられて、士道も笑った。

 

『上々の滑り出しね。そのまま商店街に向かいなさい。昨日の様子からすると、どうやら食に関しては並々ならぬ興味があるみたいだし』

「物凄く複雑な気分だけどな」

 

 ゲームセンターの中で、十香が一番良い反応を示したのが、クレーンマシンの景品であるお菓子だった。

 

「シドー、あれは何をやっているのだ?」

 

 士道は琴里との会話を打ち切って、十香の対応に戻る。

 見覚えのある女子が声を張り上げて、ティッシュ配りをしている。

 

「あれは、一言で言えば宣伝行為だな」

 

 向こうも士道に気付いたらしく、ディッシュを詰め込んだカゴを揺らして走り寄って来る。

 

「敵襲かっ!?」

「落ち着け、十香。あれは味方だ」

「きゃはは、<無反応(ディスペル)>も隅に置けないわねぇ。でも、そんな浮かれてると、戦場で生き残れなくなるわよーん?」

 

 あざといポーズを決めるのは、購買部四天王の<おっとごめんよ(ピックポケット)>だった。

 

「心配不要だ。俺は二度と購買士(バイインガー)の誇りを捨てるつもりはない」

「……嘘じゃなさそうねぇ」

 

 <おっとごめんよ>は士道の瞳に宿った力強い炎を見抜いた。腑抜けてはいない。思わず頬が釣り上がる。それでこそ四天王だ。

 

「それで、あなたは何者なのよー?」

「私の名前か? ふふっ、十香だ。良い名前だろう?」

 

 嬉しそうに名乗られると、命名した士道としてはこそばゆくなる。

 

「そういうことじゃないのよねぇ。<無反応>と一緒に居るぐらいだから、まさかただの蒙昧なる弁当派(ランチパッカー)だなんて返事は期待してないわよー」

 

 どうやら<おっとごめんよ>は、十香が制服姿であるため来禅高校の生徒だと勘違いしてしまったようだ。

 

「ぬ? おまえは何を言って――」

「十香は未来の戦友だ」

 

 士道が代わりに答えると、<おっとごめんよ>の顔から笑みが消える。

 

「へぇ……あの双子に続いて新たな購買士を見付けたって訳ねぇ。きゃはは、それじゃあ至高の逸品(フェイバリット・ワン)を教えてもらおうじゃなーい!」

 

 返答に戸惑う十香に、好きなパンを答えればいいと耳打ちする。

 

「おおっ、そういうことか。私が好きなのは、きなこパンだぞ!」

「良いセンスねぇ、いいわ、あなたが戦場(こうばいぶ)に来たら盛大に歓迎してあげるわよー!」

 

 <おっとごめんよ>は素早い身のこなしで、二人の間を走り抜けると、そのまま立ち去っていった。

 士道は空っぽだったポケットに手を入れて、ティッシュを取り出した。

 

「また腕を上げたようだな、<おっとごめんよ>」

 

 隙を突くだけでなく、相手の視界を自分の身体で塞ぐ新技。それだけでなく、動きから無駄が省かれて更に素早くなっている。次に相見える時は簡単には行かないだろう。

 

「なんだったんだ、あの女は?」

「大切な戦友だ。そして、きっと……きなこパンを求めるのならば、十香もいずれ顔を合わせることになる」

「……なるほど、あの女もきなこの魅力に取り憑かれているのだな」

 

 ズレているが、十香は何やら対抗心をメラメラと燃やし出した。近い未来、新たに強力な購買士が誕生するかもしれない。

 

『それにしても、精霊の好物がきなことはね』

 

 景品の中で最初に食べたきなこ味のチョコレートを気に入り、<ラタトスク>の手配で夕食には、きなこパンを用意した。すると予想以上の食い付きを見せたのだ。あの時の十香は天宮市の在庫を食い尽くす勢いだった。

 

『さて、気を取り直して商店街に向かってちょうだい』

 

 士道は<ラタトスク>の誘導に従って、買食いしながら商店街を歩いて行く。新しい味に出会うたびに、十香は幸せそうに笑う。デートというかグルメツアーになっていた。

 

「見ろ、シドー! きなこの専門店があるぞ!」

 

 そんな馬鹿な、と十香の指差す先を見ると、でかでかと『きなこ』の看板を掲げた屋台があった。店員の顔を確認すると、<フラクシナス>のクルーが変装しているのが分かった。

 

『これが<ラタトスク>の力よ』

 

 琴里が艦長席で胸を張り、不敵に笑う姿が想像できる。ゲームセンターに続いて、十香のためにどれだけの金が注ぎ込まれているのだろう。家計簿を預かる者としては、どこか薄ら寒さを感じた。

 

「何をボーっとしているのだ! 急ぐぞ、他の者にきなこをすべて持って行かれてしまう」

「そんなに慌てなくても無くなったりはしないから安心しろ」

「何を悠長なことを言っている? あの強烈な習慣性、脳まで染み渡る幸福感に満ちた甘み、あれだけの魔性を秘めた粉だ……下手をすれば、この土地が戦乱の渦に巻き込まれてもおかしくはないぞ」

 

 士道は十香に手を引かれて、きなこ専門店目掛けて全力疾走することになった。十香の印象だけを聞くと、きなこが禁止薬物か何かに思えてくる。きなこは精霊を救う――なんだろう、この居た堪れない敗北感。すべての苦労がきなこの山に押し潰される光景を幻視した。

 

 

    *

 

 

 商店街の上空に<フラクシナス>は待機していた。

 

「どうやら順調のようだね。十香の機嫌パラメータは高い状態で維持されているよ。ただ最大の問題は残ったままだ」

 

 令音の報告に、琴里は神妙に頷いた。

 

「そうね……十香はまだ完全に心を開いていないわ」

 

 機嫌は良くても、士道に対する好感度が高くても――肝心の十香が自分自身を信じることができていない。ASTの一方的な襲撃や、勘違いとはいえ信頼する人間の裏切り行為。彼女の心はすっかり疑心暗鬼になってしまっている。

 

「司令、ここはもう一歩踏み込んで親交を深めるべきではないでしょうか」

 

 神無月がまともな意見に、琴里は考え込む。確かにもうちょっと強引な方法で攻めて行っても問題ないかもしれない。

 

「私にいい考えがあります」

「言ってみなさい」

「きなこプレイです」

「は……?」

 

 思わずチュッパチャプスを口から落としそうになる。

 

「士道くんの全身にきなこを塗りたくってもらい、それを舐めさせるのです。分かりますか? 好物との一体化。捕食行為と性行為の壁を曖昧にして、二人の距離を一気に詰めることができるだけでなく――あ、司令! まだここからが重要で! ああ、御慈悲を! どうか御慈悲をぉぉぉぉっ!」

 

 琴里がパチンと指を弾くと、艦橋に屈強な男が入ってきて、神無月を連行していった。彼の悲鳴に耳を貸す者は居なかった。

 

 

    *

 

 

 商店街を抜けるまで、十香の手が空くことはなかった。もはやブラックホールと呼ぶべき胃袋だ。

 途中で腹休めに公園に寄ると、遊び回る小学生に混じって、ジャングルジムの頂上に四天王の<吹けば飛ぶ(エアリアル)>の姿を見付けた。

 

「ここは良い風が吹いている。空が誰の戦場か、今度こそはあの双子に思い知らせてくれる」

「シドー、なんだか、小さい中に大きいのが居るぞ」

「あれもきなこパンを目指すならば、避けては通れない相手だ」

「やはり、この世界はきなこを中心に動いているのだな」

 

 士道が十香の勘違いを訂正しようとすると、公園に気味の悪い笑みと共に白衣の男がやってきた。四天王の一人<異臭騒ぎ(プロフェッサー)>、何やらぶつぶつと呟きながら歩いている。

 

「くきき、例の調合を試すためには、室内では危険。風がなく人気のない場所を探さなくては」

「な、なんだ? 大きいのがまた増えたぞ!」

「……あれも、きなこパンの前に立ちはだかる存在だ」

「ぬぬっ、きなこパンに至るには修羅の道を踏破しなければならないのだな」

「そこまでする必要はないが、もしも至高のきなこパンを求めるならば、覚悟をしておけ。あの戦場には死がなくとも、それ以外のすべてがある」

 

 予想外の遭遇を幾つも乗り越えた先は、ファミレスだった。あれだけ食べたというのに、十香は昼食を要求したのだ。

 メニューを興味津々に眺める十香は微笑ましいが、その正体は注文を取りに来たウェイトレスに「ここに書いてあるものを全部だ」と戦慄を与えるハングリーモンスターである。

 しがないアルバイターである少女が、彼氏と思われる学生にしか見えない士道に視線を向けて、

 

「お支払いは……」

 

 と言葉尻を曖昧に確認を取ったのも仕方ないことだろう。

 士道は士道で、<ラタトスク>から全額支給されるのをいいことに余裕の笑みで、

 

「問題無い」

 

 と答えたので、更に少女を驚愕させた。それ以降、少女が学生の身でありながら玉の輿を狙うようになったのは、仕方のないことなのかもしれない。

 次々とテーブルに料理が運ばれてくるが、十香の消化スピードは尋常ではなかった。

 

「美味い、どれも美味いぞ!」

「あ、ああ……それは何よりだ」

「シドーは食べないのか?」

「俺は十香が美味しそうに食べるのを見るだけで幸せだよ」

「な、何を言っている!? へ、変なことを口にするな!」

 

 嘘ではない。大食いキャラに転向した十香は、とても明るく本当に見ているだけで幸せになれる。自費でなければ大歓迎だ。

 士道は注文したブラックコーヒーに口をつけた。経費で落ちるって素晴らしい。こういう時の士道は随分と所帯染みた感覚が顔を出す。

 絶妙な苦味に思考をすっきりさせた士道は、躊躇いを捨てて切り出した。

 

「十香、少し訊いていいか」

「なんだ?」

「十香にとって、この世界はまだ息苦しいか?」

「私は……今、幸せだぞ。だが、どうだろうな、私はまだ息苦しいと思っている」

 

 十香はテーブルの料理を片付けると、メニューには手を伸ばさずに会話を続けた。

 

「シドーのせいではないぞ。私の弱さだ」

 

 純粋無垢な心は絶望を知ってしまった。未だに底無し沼にはまって出てくることができずにいる。

 

「どうすれば十香は、もっと笑ってくれる? 俺はそのためならばどんな協力も惜しまない」

「……結局は、私がこの世界に受け入れられても、私がこの世界を受け入れられない。何をしても無駄だ」

 

 笑うことはできても、幸せだと感じても、どれだけ本物の幸せを与えられようとも――決して受け入れることができない。それは不幸というよりは、不器用に近い。自分で自分の感情を処理できないのだ。

 士道にも経験がある。あらゆる感情が空々しく感じて、何の価値も見い出せなかった。

 

 ――そんな時に、士道は中二病を覚醒させた。

 

 思わず声を出して笑ってしまう。

 なんだ、答えはこんなに近くにあったじゃないか。

 

「創ればいいのさ」

「なに……?」

「自分を受け入れて、自分が受け入れられる王国を」

「シドー、何を言っているのかよく分からないのだが」

 

「これから教えてやるさ。強い自分の創り方を。この世界のすべてが否定するのなら、まずは自分の望む理想の国を築けばいい。そしていずれは、世界すらも塗り替える」

「私の国など、王座と霊装の守るちっぽけな領土だぞ」

「広さなんて飾りだ」

 

 士道は立ち上がって熱弁を始めた。

 

「十香、お前は強い。だからこそもっと傲慢になればいい。例え相手が剣を突き付けてこようと、銃口を向けてこようと――対話を求めればいい。それが強者に許された余裕という奴さ。自分のことだけで精一杯の者は暴れ回り、当たり散らす。諦めるのは十香じゃない、相手の方だ。そして認めさせてやれ、十香の国を、十香の世界を」

 

 小さな体躯で精一杯に、ここは私の国だと叫び続けろ。

 幾度と無く侵略を受けようと、笑って相手にするな。

 ただテーブルに料理を並べて歓迎してやればいい。相手が食べないのなら一人で平らげて、目の前で舌鼓を打ってやれ。

 周りがどれだけ馬鹿にしようと――己の中に宿した真実は歪まない。

 

「自分の思い通りになった時、お前はきっとお前を信じられる」

 

 これがきっと、十香を救う鍵だ。十香に好きになってもらう必要があるのは士道ではなく、寧ろ十香自身だ。

 十香は眩しそうに士道を見詰めた。表現する語彙は浮かばないが、なんだか心が熱くなるのが分かる。思えば、士道が叫ぶ言葉は最初から不思議と魂を震えさせた。

 

「私が私を信じられる……シドー、お願いだ。私は、自分に似合う私になりたい」

「任せておけ、俺がお前に真実の力を授けよう!」

 

 

 

 

 上空一万五千メートルで、義妹が叫びを上げた。

 

『士道、あんた精霊まで染めるつもりね!?』

 

 艦長席で琴里は、ただ十香の無事を祈る。止めないところを見るに、やはり彼女の中では中二病はただ嫌悪や羞恥の対象ではないようだ。

 交渉を士道主導に変更した<ラタトスク>の選択は、果たして吉と出るのか凶と出るのか、無限の可能性に満ちた未来を見通せる者は誰も居なかった。




「僕と契約して、中二病になってよ!」

 合法的に勧誘を始めた士道くん。
 果たして、十香は中二病の毒牙から逃れられるのか。

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