士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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9.二つのデート

 十香が八舞姉妹と合流するのを見送って、士道はマッピング作業に戻った。短い時間とはいえ、純粋な十香はまるで真っ白なキャンバスに墨汁を垂らしたように中二病知識を吸収してくれた。

 

「十香は将来有望だな」

 

 満足そうに頷くこの男、後悔や反省の色は欠片も見当たらない。まさに外道である。

 

「ん……?」

 

 携帯電話がポケットの中で着信に震える。非常事態に備えてインカムは付けたままなので、琴里からの連絡であればそちらを使う筈だ。

 相手は折紙だった。

 

『これから会いたい』

「予定は空いているが」

『知っている』

「……そうか」

『そう』

 

「それで?」

『今後も、精霊を前に共闘することもありえる。そのために、予め協力態勢を整えておきたい』

「なるほど、確かに。こちらも情報共有をしておきたかった。どこで待ち合わせる?」

『そこから一番近い喫茶店』

「…………」

 

 そこから?

 

『北に向かって二〇メートルの交差点を左折。その後、三〇メートル直進すれば左手に見える』

「…………」

『士道?』

「いや、すぐに行くよ」

 

 このタイミングの連絡、それにこちらの位置情報を正確に把握しているということは、八舞姉妹との勝負の時みたく尾行していたようだ。十香への対応で精一杯だったため、まったく気付くことができなかった。

 

 琴里に折紙と会うことを報告してから、指示通りに移動すると、喫茶店の前で折紙が待っていた。

 淡色の爽やかなブラウスにフレアスカート、首元には小さなネックレス。完全に決めてきている。普段の実際的な折紙からは想像できない、やる気満々のデートスタイルだった。

 

「よかった」

 

 なんとなく安堵しているように見えるが、その理由はまるで見えてこない。

 いや、琴里への報告と相談で、連絡を受けてから時間が経っている。それで心配していたのかもしれない。やはり、こういう姿を見ると、折紙もまた普通の少女――

 

「何かあったのかと思った。あなたの通常時の歩行速度では、ここに辿り着くまでに一分も掛からない」

 

 やっぱり普通じゃなかった。しかし何故か安堵を覚えてしまうのが折紙クオリティ。

 

「心配させてすまない。少し考え事をしながら歩いていただけだ」

 

 士道は喫茶店のドアを開いて、折紙に入るように促す。レディーファーストの精神を発揮――ではなく、単にクリアリングをしただけである。

 

「そうだ、言い忘れていた」

「なに?」

「今日の服、良く似合っているぞ」

 

 折紙は無言のままぐっと拳を握り締めた。

 こういうところでちゃっかりポイントを稼ぐ、侮れない男である。

 

 

    *

 

 

 その頃、十香と八舞姉妹の姿はカラオケにあった。前回は八舞姉妹が歌うのを見ていただけだったので、十香がまた行ってみたいと要望したのだ。

 

「称賛。初めてとは思えない歌唱力です」

「当然であろう、我が眷属は完璧にして無敵。娯楽といえど、あらゆるものに精通せねばなるまいて」

 

 熱唱を終えた十香は、マイクを握るのとは逆の手で額の汗を拭う。

 

「うむ、カラオケとは良いものだな」

「提案。次は耶倶矢とデュエットで歌うのはどうでしょうか」

「そうさな、主従の重唱、この世界に響き渡らせようではないか!」

 

 耶倶矢がマイクを取って十香と並んで立つ。その間に、夕弦は初心者向けのデュエット曲を電子目次本(デンモク)でリクエストした。

 

「おお! 今度は耶倶矢と二人で歌うのか?」

「くくっ、我が美声に酔い痴れて余所見をするでないぞ?」

 

 イントロが流れ出し、画面に歌詞が表示される。耶倶矢のリードに十香の拙い音程が整えられる。一級品の声で紡がれる歌は、彼女たちの正体を覗かせるように、まさしくこの世のものとは思えぬ異界の情緒があった。

 

 歌声を絶やすことなく一時間。

 小休憩に入った三人は、ソフトドリンクで喉を潤した。

 十香が本題を切り出したのはそんな時だった。

 

「この世界は楽しいな。だが、私は……未だにおまえ達に、心のどこかで疑いを抱いている」

 

 まるで懺悔を捧げるように零れ落ちた言葉は、一瞬で世界の色を塗り替えた。

 宴の場に厳格な緊張感が漂う。

 そんな状況でも、夕弦と耶倶矢は笑顔を絶やさなかった。

 

「疑問。それは悪いことでしょうか」

「悪いことだろう? おまえ達は、こんなにも良くしてくれるというのに……私はそれに猜疑の目を向けているのだぞ」

「貴様は眷属としての自覚が足りぬようだな。勘違いするなよ? 主を疑うのは別に構わんのだ。唯々諾々と従う眷属に価値はない。だが、己を信じられぬ者に、意見を口にする権利など無いのだ。言い方は悪いがな、自信をもって我を疑うといい! そして、己の判断に疑問がある限り結論を出すな」

 

 この世界で生きていくならば、疑いの心を忘れてはならない。重要なのは、常に自分の判断に責任と自信をもつことだけだ。

 

「おまえたちも、シドーと同じことを言うのだな」

 

 十香の言葉に、何故か耶倶矢と夕弦は喜んでおり、緩み切った顔になっている。そんなに染まるのが嬉しいのだろうか。彼女たちは既に手遅れかもしれなかった。

 

「シドーに助けられたと言っていたが、あれはどういう意味なのだ?」

 

 何気ない疑問を口にする。

 すると、耶倶矢の笑みがもっとだらしなくなる。

 

「知りたいか? くくっ、知りたいであろうな。いいぞ、士道と紡いだ物語(サーガ)を語ってやろうではないか!」

「制止。耶倶矢は士道を好き過ぎるので客観性に欠けます。語り手に相応しいのは夕弦です」

 

 それを止める夕弦も、寝惚け眼をそのままに怪しい光を宿していた。

 

「何を言っておる!? 貴様こそ過去を改竄して外堀から埋めるつもりであろう!」

「驚愕。その手がありましたか。夕弦としたことが、耶倶矢に遅れを取りました」

「ってあんた、マジでやるつもりじゃないでしょうね!?」

「肯定。夕弦はいつでも本気です」

 

 白熱する二人に、十香は割って入れずおろおろしていた。

 ただ士道について情報収集したかっただけなのに、これはどういうことだろう。どうにか折衷案はないかと考えて、

 

「ぬう……よく分からぬが、それなら二人で語れば良いのではないか?」

「その手があったか、言った者勝ち……実に良い勝負だ!」

「同意。士道との過去は夕弦が独り占めです」

 

 十香は安易に踏み込んだことを後悔する。

 それは永遠に終わることのない惚気話の幕開けだった。

 それと同時に、八舞姉妹は士道と相談して構築した過去の真実を十香に聞かせる。初対面であることを維持するために、士道は最初から女装をしていたことにして、更にあの夜まで<業炎の咎人(アポルトロシス)>以外の呼び名を知らなかったことに設定した。

 

 以前に何度も顔を合わせながら初対面を実現する。

 妄想を組み合わせて、ほとんど事実通りの真実の完成だ。

 

 

    *

 

 

 喫茶店のボックス席で向かい合うように座ると、士道はメニューの中から一番格好良い名前のコーヒーを選んで、折紙も同じものを注文した。

 八舞姉妹と構築した真実を折紙と共有し、細部を詰めている間に時間は経過していた。

 その後、十香とのデートで交わした会話や、今は八舞姉妹とデート中であることを伝える。

 

「俺が協力している組織が、人払いを済ませてちゃんと見張りに付いているから、問題が起きればすぐに対応できると思うが」

「まだ、<プリンセス>の力は封印できない?」

「完全に信頼されていないみたいだからな。今の状態では難しい」

 

 折紙は携帯電話の着信に気付いて手に取った。画面に表示された相手の名前に眉を寄せる。

 

『折紙、緊急事態よ。<プリンセス>が現界しているわ」

 

 燎子の言葉に、折紙の無表情は凍り付いた。

 

「……<プリンセス>が現界している?」

 

 違和感がないように言葉を繰り返して、士道にASTが十香を捕捉していることを伝える。士道の表情もまた凍り付いた。

 

『それと、あんたは幽霊とか信じる? 私の目が確かなら、<プリンセス>と一緒に行動しているのは……<ベルセルク>よ』

「……っ!? <ベルセルク>は死んだはず」

『そうよね……霊波反応は確認できないし……まったく、馬鹿げた妄想だわ』

「攻撃命令は?」

『まだよ。避難も済んでいないし、異例だらけの事態だからね。あんたもすぐに来なさい。座標は今から送るわ』

 

 折紙は通話を終えた携帯電話を耳に当てたまま震えていた。

 最悪の事態に陥ろうとしている。これから、精霊との新しい戦い方が始められると思っていたのに――どうしてこんなタイミングで見付かってしまったのだ。

 

「折紙、状況は?」

「ASTが<プリンセス>の霊波反応を捕捉。共に行動中の<ベルセルク>も確認。攻撃許可は出ていない。<プリンセス>は別として、ASTとしては霊波反応の無い<ベルセルク>に攻撃を加えるつもりはない……だけど、上層部の考えは分からない」

 

 士道は頭を掻く仕草に紛れ込ませて、インカムを叩いた。

 折紙と共に喫茶店を出て、現場に向かいながら対策を練る。

 

『耶倶矢と夕弦にもインカムを付けさせているから、もう伝えてあるわ。どうにか八舞姉妹だけでも回収のタイミングを見付けて、<フラクシナス>で拾いたいけど……十香は霊波反応でASTに追跡されれば、この空中艦の存在が露見する恐れがある』

 

 つまり<ラタトスク>としては、消失(ロスト)を待つしかない。

 士道にも現状を打破する解決手段が浮かばなかった。

 

 

    *

 

 

 天宮駅前のビル群の窓ガラスが、夕暮れを反射して赤く染め上がる。夕日が沈むのではなく、まるで街が夕日に沈んでいくようだった。

 山林にキラリと輝くものがある。それは、三人の少女を捉える、ASTの狙撃手のスコープだった。

 

「何が何やら、精霊は未だに謎だらけね」

 

 燎子は双眼鏡で確認した三人の姿に溜息をつく。

 前震が確認されない現界を果たした<プリンセス>。そして精霊と行動を共にする<ベルセルク>と瓜二つの少女たち。亡霊と言われた方がすっきりできるというものだ。

 

 <プリンセス>の現界を知ることができたのは偶然だった。謎の精霊<アポルトロシス>の出現以降、人間社会に精霊が潜んでいないか調査するため、定期的に観測器を街中で動かしていた。奇しくも、それがASTの把握していない静粛現界対策になったのだ。

 

「喜ぶべきか、悲しむべきか」

 

 隊員達も動揺を隠せずにいる。殺した筈の精霊が生きていたのか、それともただの他人の空似なのか。

 霊波反応は人間だと主張し、精霊と相対して鍛えられた勘は精霊だと判断している。

 

「もう一度殺せ……なんてことにならなければいいけど」

 

 現場などお構いなしに椅子取りゲームに夢中なお偉方が、この状況をどう判断するのか。

 燎子の耳をノイズ混じりの声がくすぐる。

 

「――了解」

 

 与えられた命令に、燎子は感情を押し殺して応答する。

 結局、精霊と人間が共存するのは夢なのだろうか。今の<プリンセス>は、友人と過ごす時間を楽しむ普通の少女にしか見えなかった。

 

 僅かに頬を歪めて、狙撃手に命令を伝える。

 狙うのは――<プリンセス>。

 そして、かつて悲劇を引き起こした<クライ・クライ・クライ>が、再び放たれた。

 




AST「待たせたな」
ラタトスク「帰って、どうぞ」

Q.もう絶望さんは夏バテの筈ですよね?
A.親戚のシリアスさんだと名乗っています
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