士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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10.十香の王国

 空間震を伝えるサイレンが鳴り響く。商店街に広がっていた休日の賑やかな様子は、シャッター街を思わせる閑散とした空気に一変した。

 民間人の避難が完了したことで、折紙は機密情報の漏洩を気にせずASTとして動けるようになった。

 静まり返った街中に、折紙のまるで呪文のような言葉が響く。

 

基礎顕現装置(ベーシックリアライザ)、起動承認――ワイヤリングスーツ展開」

 

 ただの人間の身から、超常の力を発揮する魔術師(ウィザード)へと姿を変えた。

 士道の中二心が変身シーンに大いに沸き立つ。色々と妄想を逞しくさせたいところだったが、既に状況は切迫している。冗談を口にしている場合ではなかった。

 

「状況を確認する」

 

 折紙はワイヤリングスーツに搭載されたヘッドセットのインカムのチャンネルを合わせると、戦場で交わされるリアルタイムの会話が流れ込んできた。

 

『狙撃成功。ただし目標の生存を確認』

『それじゃあプランD-2で作戦続行。A分隊は私とこのままポイント(アルファ)に待機。B分隊は民間人の少女を救出、C分隊はB分隊の離脱を確認後、即座に攻撃開始!』

『日下部一尉、霊波反応が……確認されました』

 

 現場のやり取りに、指揮所からサポートするオペレーターの声が割り込む。

 

『<プリンセス>の生存なら、こっちでも確認できているわよ?』

『いえ、違います。新たな霊波反応です』

『まさか……』

 

 折紙は戦場をこの目で見ることはできなくても、燎子と同じ――いや、それ以上に現実を認めたくない思いに囚われた。

 

『確認されたのは――』

 

 

    *

 

 

 化け物を殺すためには自らも化け物になるか、あるいは知恵を振り絞ることで化け物を殺せるだけの兵器を生み出すしかない。

 対精霊ライフル<CCC>とは、つまり精霊殺しを果たすために作られた、対物ライフルにすら唾を吐く悪魔の兵器であった。

 

「十香っ! ふざけんじゃないわよ、あんたは私の眷属なんだから、勝手に死ぬことは許さないわ!」

「処置。すぐに治療をします。死なせはしません」

 

 八舞姉妹は、血を撒き散らして倒れた十香を抱き起こした。かばおうとしたのを十香は本能的に察知したのか、走り寄る二人を突き飛ばして、ASTの狙った通り、叫喚の魔弾をその身に受けたのだ。

 

 不幸中の幸いか、その動きで着弾点がズレたことで、脇腹を擦るように弾丸は通り抜けていった。重傷ではあるが、治療用の顕現装置を用いればすぐに完治できる。

 十香は撃たれた衝撃で倒れた際に頭を打ち付けたのか、意識を失っていた。

 

 ASTが空からこちらに近付いてくる。武器を構えて警戒はしているが、それはすべて十香にのみ向けられていた。

 人間である八舞姉妹は、ASTの敵ではないのだ。

 

「……ねぇ、夕弦。学校生活って楽しかったわね」

「同意。士道やマスターと過ごす時間はとても充実していました」

「他にもやりたいこと一杯あるけどさ、やっぱり戦場が私たちを呼んでるっていうかさ、そんな感じ?」

「否定。そんな痛々しい感覚は夕弦にありません」

「否定するなし! ここは合わせてとく場面でしょ!」

「嘆息。そうですね」

 

「あんたねぇ……。まあいいわ、ここには士道も折紙も居ないし、それってつまり、十香を守れるのは私たちだけってことよね」

「復唱。夕弦たちだけです」

「それじゃあ、こうなっちゃうのもしょうがないと思うのよ」

「応答。仕方ないです」

 

 八舞姉妹は優しく横たえた十香を背にかばうように立ち上がる。

 

『まさか戦うつもり!? 馬鹿なことはやめて、大人しく人間として保護されなさい! あんた達が精霊だって気付かれれば、失うのは日常そのものなのよ!』

 

 二人の様子に何をするのか気付いた琴里が、必死で説得をしてくれる。その優しさには感謝するが、受け入れる訳にはいかなかった。

 

「久し振りだからって、しくじるんじゃないわよ?」

「反撃。寧ろ耶倶矢が失敗しないか心配です」

 

 苦笑を交わし合い、幸せに満ちた未来が黒く塗り潰させるのを想像する。この一瞬のために、きっと多くのものが失われるだろう。それは苦しいし、辛いし、本当は今すぐに逃げ出してやりたい。

 

 ――だから、その最悪の気分を力に変えてやる。

 

 精霊の力が逆流を始めた。失われた本来の力が全身に満ちていく。

 普段着と合わさった中途半端な霊装を身に纏うと、シンメトリーになるように、格好いいポーズを決めた。

 

「覚悟はいいか、傲慢なる人間よ。我が眷属を傷付けた罪は重いぞ?」

「宣言。十香にはこれ以上、指一本触れさせません」

 

 この世界に再び<ベルセルク>が現界した。

 ASTは否定したかった現実を目にして、構えた武器を震えさせる。殺した筈の精霊が姿を現してしまった。血塗れになった顔は今でも生々しい記憶として残っている。

 

 また繰り返すのか。また殺さなければならないのか。

 ASTは皮肉な巡り合わせを呪う。先に引き金を引いたのは自分たちであり、この状況を作り出してしまったのも自分たちだ。例え上司の命令だと責任は逃れられても、その罪を誰かに押し付けることはできない。

 

 ――そして、誰も望まぬ戦いが幕を開けるのであった。

 

 

    *

 

 

 血の気が引いていく。拳を作ろうとしても力が入らない。視界がぐらぐらと揺らぐ。両耳に流れ込んでくる情報は、もう脳までは届くことはなかった。

 随意領域(テリトリー)が展開されている筈なのに、身体が妙に重く感じられた。それなのにどこか、現実感の無いふわふわとした感覚が包み込んでいる。

 

「……士道」

 

 大切な人を呼び掛ける声は、嗄れており発音も怪しかった。

 

「<ベルセルク>が現界した」

 

 ただ事実だけを伝えるように言った筈なのに、そこには隠しようのない詰問の意図が宿っていた。

 

「折紙……」

 

 士道の返す言葉は震えていた。

 これからの展開を予期しているのだろう。彼はこれを知っていて黙っていたのだ。

 

「あの夜、<プリンセス>にやったことを、あなたは私にもしていた」

「…………」

「……私に、情報を隠していた」

 

 精霊は封じたとしても、士道の意志に関係なく再び力を取り戻す可能性がある。それはいつどこに現界するのか分からない本来の精霊と変わらない――突発的で理不尽な災厄を意味していた。

 

「私は、あなたの力を使えば、精霊を完全に消すことができると……勝手に判断していた。でも、あなたはそれが間違いだと知りながら、訂正しなかった」

 

 嘘は言っていないが、すべてを話した訳ではない。

 表面上の事実を話してはいるが、その結果に至る感情はまったくの別物。

 それは誰にとっても優しい真実。無知な赤子を包み込む揺り籠だ。

 

「折紙、俺はお前を――」

「分かっている。あなたが、私にその情報を隠していたのは、悪意からではない。精霊への憎しみを和らげるため、私の心を救うためにやったこと」

 

 折紙は士道の言おうとしていることを先回りした。

 

「でも、それはあなたの都合(・・・・・・)でしかない」

 

 五河士道という人間は優しい。絶望する者が居れば放っておけず、自己犠牲を厭わずに救おうとする。それは病的なものであり、異常とも言える。どうして彼がそんな人間になってしまったのかは分からないが、今の折紙にとって、その優しさは嫌悪すら催すものとなっていた。

 

「あなたが救いたいから、あなたが理想とする状態に持ち込もうとする。その行為は否定しない。でも、私はもう、あなたが口にする真実を鵜呑みにすることはできない」

 

 鳴りを潜めていた復讐者としての、凍えるような殺意が全身から放たれる。

 精霊の完全封印ができないことを黙っていたのであれば、もっと折紙にとって致命的な秘密が存在することも考えられる。

 それはつまり、<イフリート>の生存を隠している可能性だってあるのだ。

 

「私にとって、精霊への復讐がすべて。それなのに……別の可能性に縋ろうとして、この憎しみを忘れようとしていた」

 

 もう二度と迷わない。都合の良い幻想に騙されない。

 自分の手で、確実に精霊を殺し切るのだ。

 

「折紙、なんでお前は復讐がすべてなんて悲しいことを言っちまうんだ。……どうして自分から不幸になろうとするんだっ!」

 

 折紙はスラスターを起動して浮遊した。

 

「それが私の生きてきた理由。偽りの幸せよりも、価値がある本物」

 

 地上で立ち尽くす士道は、虚を突かれて目を見開いた。

 折紙の言葉は、士道の在り方への否定だった。妄想を武器に現実を否定し、真実によって理想郷を形作る。現実は余りにも非情で救いの手が足りない。だから全員が幸せになるのは難しい。

 

 それでも、折紙は真実を否定して、現実を求めた。

 結局は妄想で誰かを救うことなんてできないのか? いずれは破綻して、より大きな悲しみや苦しみとなって襲い掛かってしまうのか?

 

 ――違う。間違っている。

 

 そんなのが正しかったら、現実で救われない人間は不幸のまま生きるしかないではないか。

 

「……俺は、意地でもお前に幸せになってもらう。そのためにも復讐しかないなんて現実は、全力で否定する!」

 

 士道は精霊の力を引き出して、周囲に旋風が巻き起こった。

 争うことを求めていないのに、それでも分かり合えないから、最後は戦うことになる。どれだけ相手を大切に思っていても、譲れないものがある限りそれは変わらない。

 折紙は首を横に振って、対精霊レイザー・ブレイドを引き抜いた。

 

「あなたは、分かってない」

 

 士道は風によって浮力を得ると、その身を弾丸に変えて特攻を仕掛けてきた。折紙は随意領域で強制的に制止を掛けるが、その中でも士道の動きは止まらなかった。

 随意領域――自分の思い通りになる空間。それを突破するということは、折紙にとって士道が思い通りにならない脅威であることを意味していた。

 

「分かっているさ、現実がどこまでも救いがないってことは! お前をまた精霊と戦わせれば、もっと不幸になる! お前だけじゃない、耶倶矢も夕弦も十香だって!」

 

 至近距離で睨み合う。瞳に込められた意志と意志が衝突し、互いに正しさを押し通そうとしていた。

 

「分かっていない。不幸だとしても私は、現実(ここ)で生きている。あなたは、妄想(そこ)に逃げただけ」

 

 どこまでも真っ直ぐで強いのに、本当は臆病で弱さだらけの人間。そんな士道を、折紙は愛さずにはいられない。弱さを悪ではない。そして、弱さに屈しない人間こそが、一番輝いて見える。それが羨ましくて堪らなかった。

 だが、今の士道には、その輝きが見えない。駄々をこねる赤子だ。

 折紙は憮然として、士道を随意領域で弾き飛ばす。まさに赤子の手を捻るようであった。

 

 

    *

 

 

 地面に仰向けで倒れた士道は、両頬を強く叩いた。

 焦っているのは分かっている。折紙が再び精霊と敵対したことを恐れているのも分かっている。

 <無反応(ディスペル)>の仮面の下で、士道はいつだって追い詰められていた。大切なものを守ってこれたからこそ、格好付けられるのだ。

 

 自分の構築してきた真実によって、救ってきたすべてが失われようとして――それは、ちっぽけな中二病患者には余りにも重過ぎた。

 それでも、認めなければならない。今の事態は、士道が招いたものなのだから。

 

「逃げている、か。折紙、お前は正しいよ」

 

 自分のやり方を押し付けて、たまたま今まではうまくいってきただけだ。それを自覚しているから、「救ってやる」と宣言するのではなく「救わせてくれ」と懇願してきた。

 

「だけど、俺は何度も間違えてきたが、諦めたことはない」

 

 やり方が間違っているのなら正せばいい。より良い未来を目指して、もっと適したやり方を見付ければいい。

 不屈の精神で士道は再び立ち上がった。

 精霊の力を操るとはいえ、相手は圧倒的強者である折紙だ。全力で挑んでも勝てるかどうかは分からない。

 

「私が手を抜くのを期待しているのなら、止めた方がいい」

 

 右手に炎を呼び起こして戦闘態勢を取った士道に、折紙はいつもの平坦な声で告げた。

 

「生身の人間では、CR-ユニットに太刀打ちできない」

「勝利宣言か。中々に心得ているじゃないか。でもな、勝利の女神は強ければ微笑むほど素直じゃないぞ」

 

 士道は踏み込むのと同時に足元に風を巻き起こし、折紙のところまで一瞬で飛び上がった。しかし随意領域がまるで粘体で包み込むように、士道の動きを阻害する。

 

「この程度で、俺が、止められると思うな!」

 

 炎の拳を背部のスラスターに叩き込む。移動手段を奪えば、折紙をあの戦場から間接的に遠ざけることができる。

 しかし、スラスターユニットはビクともしなかった。逆に士道が拳を痛めるだけの結果となる。

 

「…………」

 

 折紙はやはり銃火器を使おうしない。光剣も構えただけで、斬り掛かってくることはなかった。

 

「あなたの優しさは、私を傷付けることすら許さない」

「それはお互い様だ」

「……私は、あなたを守るためなら、躊躇わない」

 

 折紙はスラスターを吹かして、空中で士道を振り回す。士道は抵抗せずに自ら離れた。ホバリングは既に修行で身に付けている。空中戦闘だって今ならばこなせるのだ。

 

「あなたはASTと敵対してでも、精霊を救おうとする。そんなことをすれば、今度こそ……だから、行かせない」

 

 一体これは誰の筋書きだろうか。ここまで致命的に信頼を裏切ったというのに、それでも折紙は士道を守ろうとしている。その優しさを、精霊にも与えることができたなら――そう思わずにはいられなかった。

 

「再生能力は厄介。でも、弱点は既に見抜いている。これ以上の戦闘は無意味。投降してほしい。できるのなら、私はあなたに攻撃を加えたくない」

「やってみなきゃ分からないだろう。お前を止めて、みんなを助けに行く。まだ俺は何も諦めちゃいないっ!」

 

 折紙と士道は、合図もなく同時に相手に向かって突っ込んでいった。

 敵対の意志を持たないままに、ただ自分の想いと在り方を押し付け合う――優しさと皮肉に満ちた戦いだった。

 

 

    *

 

 

 精霊の力を完全に引き出せていない八舞姉妹では、ASTとの戦闘は過酷を極めた。対精霊の弾丸を撃ち込まれれば、中途半端な霊装では紙も同然である。

 

「そう簡単には行かぬか」

「同調。中々の強敵です」

 

 二人がここまで生き残ることができていたのは、精霊中最速の機動力があり、またASTの攻撃に躊躇があったからだ。それでも全身傷だらけで、力尽きるのは時間の問題だった。

 上層部が痺れを切らしたのか、ASTの兵装は凶悪なものに変わりつつある。

 ASTの隊員が、空から八舞姉妹と倒れた十香を取り囲む。両手には対精霊ガトリング<オールディスト>が装備されていた。

 

「危惧。あれは不味いです」

 

 夕弦の言葉に耶倶矢は頷くが、何か対処が浮かんだ訳でもなかった。

 十香だけは守り切ろうと、二人は両腕を大きく広げて盾となる。

 

「我は永久不滅、貴様らの弾丸如き微風と変わらぬわ!」

 

 精一杯に強がって恐怖を押し殺す。

 幾つもの銃身が鈍い輝きをもって睨み付けて来て――遂に回転を始めた。銃弾を撒き散らして、無数の閃光が二人に向けて降り注ぐ。

 

「……夕弦っ」

「呼応。耶倶矢っ」

 

 二人は手を伸ばして繋ぎ合い目を瞑った。

 

 ――しかし、いつまで経っても最期が訪れることはなかった。

 

 恐る恐る目を開けば、目の前に大きな壁がせり上がっていた。いや、違う。これはモニタ越しではあるが、見たことがあった。

 

 

    *

 

 

「我が領土で好き勝手な真似はさせん」

 

 十香は呆ける八舞姉妹よりも前に出て、盾となった玉座から<鏖殺公(サンダルフォン)>を引き抜いた。

 

「安堵。目覚めて良かったです」

「くくっ、良き働きだぞ、十香」

 

 十香はぼろぼろになった八舞姉妹を見詰めて、力強く頷いた。

 

「うむ、もう問題無い。夕弦と耶倶矢は休んでいてくれ。後は私が引き受けよう」

 

 傷口に触れると、べっとりと血が付いたが、八舞姉妹には見えないように霊装で覆い隠す。この痛みのお陰ですぐに目を覚ますことができたのだから、複雑な気分だ。

 

 警戒から攻撃を中断したメカメカ団を見上げて、十香は士道との出逢いから始まった賑やかな日々を思い返した。時間にすれば、それまでに過ごした孤独よりも短いのに、一つ一つの出来事を鮮明に思い出すことができる。

 

「シドー……私が認められる国を作ればいいと言ったな。だったら、私を認めてくれたのは、おまえと耶倶矢と夕弦……後は鳶一折紙の四人だけだ。おまえたちだけが、我が国民だ」

 

 剣を地面に突き立てる。

 さあ、堂々と建国を宣言しようではないか。

 

「――私が居る、この場所が我が王国! 何人たりとも不当に力を振るうことを禁ずる」

 

 士道から学んだ『能力者(ちゅうにびょう)』の極意を紐解いて、無駄に身振り手振りを交えながら続けた。

 大事なのは手の角度と、腰の反り具合。

 

「此処に<王国>は成った。さあ、控えろ人類」

 

 欺瞞に満ちた世界を解放し、精霊と人間が共存するために真実を刻もう。

 これより、この地、この王国から始まるのは、

 

「――世界の、再生だ」

 




 一体いつから味方だと錯覚していた?
 折紙さんは『精霊』を完全に殺せると思っていたから協力していたのです。
 一言でまとめれば「隠し事いくない」という単純な結論。

 さて、第二部も終盤。退屈な伏線ペタペタも終わったことだし、一気にフィナーレまでまっしぐら。
 ラタトスク、AST、八舞姉妹、十香、折紙、そして中二病と『機関』――すべてを巻き込んだ最終決戦の幕開けです。

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