士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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2014/08/16:加筆訂正


11.其の名は

 戦況が混迷する中で、琴里の姿は<フラクシナス>の特別通信室にあった。現場は副司令の神無月に任せて、彼女は円卓会議を相手に交渉を行っていた。

 

「この状況を<フラクシナス>の存在を隠蔽したままで打破するのは困難です。許可を頂けないでしょうか」

『それは不可能だよ、五河司令』

「ですが……!」

『非常に惜しいとは思う。しかし世界中で確認されている精霊は、彼女たちだけではない。こうなってしまうこともあるだろう』

「……代わりが、居ると仰るのですか」

『勘違いしないでくれたまえ。危険を冒すべきではないと言っているのだ』

「議長も同じ考えなのですか?」

『残念ながら議長は席を外している』

 

 ブサ猫が、いけしゃあしゃあと好き勝手に言えるのはそういうことか。他の二人――泣きネズミとバカ犬は口を開こうとしない。こいつらはこいつらで、どっちに傾いても問題ないように保身を優先しているのだろう。

 

「……<ラタトスク>が求めるのは、精霊の力ですか、それとも精霊が幸せに生きる未来ですか」

『有効活用できるならば、それに越したことはあるまい』

 

 流石に円卓の地位を得ただけはある。決定的な失言は漏らさない。私欲を優先しているのは丸分かりだというのに、厄介なことこの上ない。

 

『そもそもこの事態を招いた理由は、五河士道が精霊と誤認されたことが始まりのようではないか。ASTが精霊の探知に力を入れるようになったのは、間違いなく彼に責任がある』

 

 今度は士道の否定を始めた。結局のところ行き着く先は、<ラタトスク>の協力を積極的に受け入れない士道にあるのだ。彼らにとって士道はただの中二病には思えないのだろう。頭でっかちな奴ほど士道を誤解する。

 

『だから、私は再三申し上げて来たのだ。彼のやり方は強引過ぎるし、危険性が高い。交渉役は別に立てて、精霊を説得後、彼に引き合わせて、信頼を得た後に封印させればいい』

 

 まだ机上の空論を語るのか。

 精霊は無知ではあるかもしれない。しかし、その存在故に敵意や拒絶ばかり受けてきたからこそ、感情には敏感なのだ。

 

 琴里は交渉を諦めた。彼らには彼らなりの思惑があって<ラタトスク>に協力している。そこに情はない。精霊の生き死にが関わっていようがビジネスなのだ。

 これ以上の無理を通せば、琴里も立場を失いかねない。それこそ、より多くの精霊を犠牲にすることになるだろう。

 

「私が間違っていました。無理を申し上げて、手を煩わせたこと謝罪致します」

 

 歯を食い縛り頭を下げた。

 

『そうかね、分かって頂けて何よりだよ』

 

 優越感に満ちた声が頭上に降り注いだ。まるで勝ち誇るように、社会的地位がもたらす権力が、絶対的な力だと信じ切った声だった。

 

 頭を下げたまま、琴里の中で逡巡が繰り返される。何が正しくて、どうすれば良いのか。まだ見えてこない。

 それでも一つだけ、余りにも分かり切っていることがあった。

 きっと士道ならば――どんな過酷な状況であっても絶対に自分の意志を貫き通す。

 

 琴里の頭が上げられる。ブサ猫の先に繋がる相手を睨み付けた。

 目の前に救える命がありながら、大局的な視点でそれを見捨てる――司令官であれば求められる選択だ。訓練を受けた琴里はそんなことは百も承知である。

 

「私は間違っていたのです。そもそも、あなた達のテーブルについて、許可を取ろうとしたことが誤りでした」

 

 琴里は胸を張って、自分の判断を押し通す。

 

「戦場は会議場ではございません。ここから先は現場の仕事、観客席など不要。私は士道を信じます! そして、私の意志で全力のサポートをします!」

 

 

    *

 

 

 精霊の力を発揮した<プリンセス>は、もはやASTの敵う相手ではなかった。剣圧だけで随意領域(テリトリー)ごと魔術師を吹き飛ばし、前進する度に版図が広げられる。刻まれた一歩はどれだけ小さくても、まさしく世界地図を書き換える強大な一歩だった。

 

「他愛もない。その程度の力で、我が領土に攻め入ったのか」

 

 圧倒的な力を前に、押し切られる。

 だが、今まで<プリンセス>と幾度も戦闘を繰り広げてきたASTには分かった。彼女は手加減をしている。目には光が宿っており、冷え冷えとするような殺意が感じられない。

 <プリンセス>は玉座まで引き返すと、優雅に腰掛けた。

 

「ここは王の間だ。礼儀を知らぬ侵略者よ……喜べ、私は寛大だぞ。今からでも遅くはない。精霊と人類の未来を、存分に語り合おうではないか」

 

 今までの<プリンセス>とは思えない対応に、ASTは戸惑った。どうして今になって対話を要求するのだろう。霊装があれば、例え銃口を向けられても笑っていられる余裕があるのは理解できる。だが、この変わり様はなんだ。たった一週間かそこらで何があったのか。

 

「……まさかね」

 

 燎子だけでなく、あの作戦に関わったASTの隊員は同じ結論に至った。

 

「隊長、どうされますか」

「流石に精霊との交渉なんて、現場指揮官がするもんじゃないわ。相手はあの時とは違う、極めて戦闘能力が高い<プリンセス>よ? 上の判断を仰ぐしかないわね」

「もしも同じ結果になれば?」

 

 狙撃手を務めた隊員が、かつての悲劇を思い返して声を震えさせた。彼女は二度も<CCC>の射手を務めてきた。その度に精霊との戦いに疑問を抱いて迷い続けてきたのだ。

 

「精霊をこの世界から排除するのが私たちの仕事。それは変わらないわ」

 

 燎子の苦悩を見抜いたのか、狙撃手は何も言わなかった。

 上層部の結論が出たのと、折紙が現場に到着するのはほぼ同時であった。

 

「折紙、あんた今まで何をしてたの?」

「……避難する民間人の人混みに巻き込まれた」

「まったくこんな時に運がないわね。でも、ちょうどいいタイミングかしら。無線のやり取りは聞いていたわね?」

 

 折紙は無言で頷いた。

 

「――交渉は決裂。精霊は断固排除とのお達しよ」

「…………」

「あんたは動じないのね」

「精霊を倒すのがASTの役目」

「まあ建前上はね」

「違う。精霊はこの手で、完全に殺し切る」

 

 折紙の瞳は暗く淀んでいた。かつての折紙とも、あの事件の後の死んだ目とも違う。復讐に囚われながら、その心にはまだ迷いが渦巻いていた。

 

「あんたに何があったのかは知らないけど、無茶と無謀は禁止よ。あと命令違反ね」

 

 最大戦力である折紙が加わり、ASTの戦闘態勢は整った。

 敵は<プリンセス>及び<ベルセルク>。上層部の優先目標は<ベルセルク>だが、戦力として計上できないほど疲弊した相手は、現場判断で無視させてもらう。まずは脅威となる<プリンセス>の排除が最優先だ。

 

「思うところがあるかもしれないけど、今は仕舞いこんで任務に徹しなさい。あんた達は冷酷でも残酷でもない。心を壊すぐらいだったら、私みたいな碌でもない上官を恨みなさい」

 

 果たして一体何と戦っているのか、分からなくなることがある。

 それでも、せめて自分たちだけは真実を胸に、犠牲となる精霊を忘れてはいけないのは確かだ。柵や世間体を考えて格好付けてばかりはいられないけれど、心だけは歪めたくなかった。

 

 

    *

 

 

 十香の横顔が沈み行く夕日を浴びて、不敵な笑みに影が差す。王者の気風や貫禄が宿っていた。ただ士道から教えられた通りにしているだけだが、実戦を経験した中二病からの指導は、もはや実用的な交渉術になっていたのだ。

 

 肘掛けにもたれた十香は、呼吸が乱れそうになるのを抑える。脇腹からの出血が止まらなかった。<CCC>の弾丸は、生き延びた獲物を執拗に追い詰める。元々は再生能力を封じるために開発された、対精霊特殊弾を装填していたのだ。

 

「静まったか……ようやく刃を収めるつもりになったようだな」

 

 十香は安堵の表情を浮かべる。八舞姉妹は力尽きて玉座の陰で眠っており、十香自身もこれ以上の戦闘継続は命懸けだった。

 

「ん……?」

 

 風切り音が聞こえてくる。

 そちらに目を向けると、夕日が目眩ましになりよく見えない。だが、殺気だけは隠し切れていなかった。

 日差しに紛れて振り抜かれた刃を、十香は<鏖殺公(サンダルフォン)>で受け止める。

 

「何故だ……。どうしておまえが、私に刃を向ける!?」

 

 鍔迫り合いに持ち込んだ相手――それは鳶一折紙だった。

 

「私はAST、精霊の敵」

 

 動揺を抑え込んで、十香はゲームセンターでの誓いを思い出す。

 

「そ、そうか……これはシドーの作戦なのだな! おまえが敵の振りをして、この場を切り抜けるのだろう?」

「違う。私はあなたを殺しに来た」

「……おまえと私が協力して取った、この思い出まで嘘だというのか」

 

 十香は胸元を見下ろす。折紙の視線は十香の後を追っていき、紛失しないようにチェーンを通して首から下げられたネガカラーのパンダローネに辿り着いた。

 

「嘘ではない」

 

 折紙の返答に、十香は不安が吹き飛んで喜色満面になる。

 

「そうか! では、これには事情があるのだな! おまえは、『機関』とかいう連中に従って仕方なく――」

「違う。嘘ではないから、思い出ごと断ち切る」

 

 折紙は十香が縋り付いた希望を容赦無く断ち切った。それは肉を抉る光剣よりも、十香の胸を深く貫いた。

 

「私にとって、精霊と馴れ合った記憶は人生の汚点」

 

 刃に込めた力が弱まった隙に十香は突き飛ばされて、玉座に背中から叩き付けられた。

 思い出が色褪せていく。まやかしだったのか。あの日々はすべて偽物――心が凍えそうになる。だが、命懸けで守ろうとしてくれた八舞姉妹の存在が踏み止まらせた。

 

「私は……思っていた以上に、おまえを信じていたのだな」

 

 信頼があるからこそ、裏切りは重くなる。

 十香にとって、折紙は数少ない大切な『国民』だった。

 

「だが、私にはまだ、耶倶矢が、夕弦が、シドーが居てくれる。孤独などではない。鳶一折紙、おまえは今……幸せか?」

「<ベルセルク>――八舞夕弦と八舞耶倶矢も殺す。それに士道はここには来ない」

「どういう意味だ? 貴様……まさか、シドーにまで手を出したのか!」

「精霊であるあなた達に、彼が命を懸けてまで守る価値は無い」

 

 十香は乾いた笑いを漏らす。国民にまで裏切られて、この世界は何を信じればいいのだ。

 

「――<プリンセス>を殺して、私は私を取り戻す」

 

 折紙はずっと大切に持っていたノーマルカラーのパンダローネを取り出して、十香に見せ付けるように投げ捨てた。それは誓いの崩壊――信頼や友情が完全に断ち切られた瞬間だった。

 

 

    *

 

 

 士道がダクトの通った天井を見上げて最初に抱いたのは違和感だった。

 

「目覚めたね。痛むところはないかな?」

 

 頭を横に倒せば、丸椅子に腰掛ける令音の姿が見えた。

 落ち着いて来ると、ようやく状況を理解できた。ここは<フラクシナス>の医務室だ。どうしてこんなところで寝ているのか。考えるまでもなかった。違和感を抱いたのは、意識が戻った時に見えるのは冷たい地面か空だと思っていたからだ。

 

「……俺は止められなかったのか」

 

 顔を両手で覆い隠す。涙が出たのではない。ただ敗者の顔を誰にも見られたくなかった。

 折紙との戦闘の最後の瞬間を思い出す。

 空中戦には折紙に一日の長があった。折紙は小回りを利かせた機動で振り回し、体勢を崩したところで背中から士道の首に左腕を回して、頸動脈を絞め上げた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 随意領域で身動きを封じられた士道は、まともな抵抗をできなかった。

 視界が暗闇に塗り潰されていき、最後に捉えたのは、眉を寄せて心の痛みに堪える折紙の顔だった。

 士道は何かを告げようとしても喘ぐことしかできず、そのまま意識を失った。

 

「商店街のベンチで気絶しているのを監視員が回収したんだ」

 

 令音の説明に士道は思わず笑ってしまった。気絶した後、折紙は士道をベンチまで運んでくれたということになる。

 現状を要約して説明されて、自分の予想通り――いや、それ以上に危機的状況になっていることを知った。

 

「琴里の指示は?」

「彼女は艦橋を離れている。シンの言う、いわゆる『機関』と戦っているところだ」

「……そうか、そのせいで<フラクシナス>は俺を回収する余裕ができてしまったんだな。琴里は大丈夫なのか?」

「きみの妹だ。信じるといい」

「ふっ、それもそうだな」

 

 士道はベッドから起き上がり、脇に揃えてあった靴に足を通して――途中で止めた。

 

「令音解析官……あの時の服は、<フラクシナス>に残したままだったな」

「修繕はしてあるが、残っているね」

「それを出してほしい」

「ふむ、君は状況を理解した上でそれを口にしている、と判断していいのかな」

「もちろんだ」

 

 令音はそれ以上は何も言わず、医務室から出て行き、すぐに士道の頼んだ服を持って戻ってきた。

 改めて手に持つと、それは余りにも重かった。かつては機関を欺くための変装道具でしかなかったのに、随分と重要なものになったものだ。

 

「止めないのか」

「琴里なら、止めなかった。いや、言い方が悪かったね。みんな君を信じて待っているんじゃあないかな」

 

 士道はその言葉に力強く頷いた。

 クリーム色のブラウス。胸元には赤色のリボン。膝上の青いフレアスカート。黒のオーバーニーソックスで絶対領域を完備。四つ葉の髪留めで腰上まで伸びた髪をまとめて、茶色のローファーに足を通せば変身完了だ。

 

 ――それは士道にとっての『霊装』だった。

 

 姿見で最終チェックを行い、久し振りのポーズを練習しておく。

 

「ここで訊くのも無粋だが、勝算はあるのかな?」

 

 中二病らしく根拠不明の自信で切り返そうとしたが、士道は敢えて現実に足をつけたまま答えた。

 

「俺は一番大切なことを忘れていたんだ。精霊を救うとか、戦いを止めるとか……そういうことで頭が一杯になっていた」

 

 この霊装を纏うまで忘れていた。こんなぎりぎりになって、ようやく大切なことを思い出せたのだ。

 

「そうじゃないんだ。そんなことじゃ……誰も救わせてもらえない。救いたいと思っているだけの奴に、誰かを救える訳がない。だから、俺は『攻略』じゃなくて『好き』になってくる」

 

 相手は感情で応えてくれているのに、こちらからは理性で迫っているのだから、そんな薄情なことはない。誰かを好きになるっていうのは、誰かの心を救うっていうのは、もっと狂おしい想いが必要だ。

 

 理路整然とした口説き文句に酔い痴れる馬鹿がどこに居るだろうか。

 情熱的で真っ直ぐな――例え拙くても本当の想いを寄せるから、心と心は惹かれ合う。

 

「格好付けておきながら、ただのだらしない男だよ。ははっ、こっちのが不誠実だと思われるだろうな……だけど、俺は、それでも見てみたいんだ」

 

 妄想ではなく、現実のその先で、ずっと待ち続けている人跡未踏の領域。

 泡のように儚くて、霧のように曖昧で、それでもきっとそこにあるもの。

 

「――誰もが救われる真実ってやつを」

 

 

    *

 

 

 空中をくるくると回るノーマルカラーのパンダローネ。

 夕日を遮る影が、それを掴み取った。

 

『そんな、どこから!? 霊波反応が突如、上空に出現しました!』

 

 オペレーターの慌てる声は、現場に居た者達にはほとんど耳に入らなかった。

 誰もが圧倒的な存在感に、視線を引き寄せられた。

 燎子は<ベルセルク>の生存に予想していたとはいえ唖然としてしまう。

 

「あんたは――」

 

 折紙は様々な感情が入り混じった目で見上げた。

 十香は既視感を覚える姿に首をひねり、八舞姉妹から以前に聞いた話からその正体に気付いた。

 八舞姉妹は微睡の中で、その姿を幻視して微笑んだ。

 

 さあ、満を持して名乗りを上げろ。

 苦しみと憎しみが蔓延る現実を乗り越え、心の奥底に封じられた優しさを引き出して――誰もが救われる真実へと至れ。

 

 前髪を右手でくしゃりと掴み、パンダローネを握った左手を十香と折紙に突き付ける。この時に左足を少し引くのがポイントだ。空中だからこそできる、全身を斜めに傾けるという荒業。まさに再誕に相応しい最強のポーズである。

 

「俺は<業炎の咎人(アポルトロシス)>。この世界の欺瞞を暴き、真なる世界を解放する者だ」

 

 戦場に静寂をもたらし、一瞬にして支配する。

 謎の精霊<アポルトロシス>が再び表舞台へと姿を現した瞬間だった。

 


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