士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
予想に反して平穏な日々が続いていた。
かといって、士道の警戒心が緩むことは無い。これは機関が展開する油断を誘うための作戦に違いなく、元より心を常に戦場に置く彼にとっては問題なかった。
「ふむ……最近は妙に雨が多い」
士道は雨空を仰ぎ見る。
「それに、なんだこの風は?」
台風が接近しているなんて話は天気予報では一言も言っていなかったが――いや、これはやっぱり、機関の仕業かもしれない。彼らならば自然を支配下に置くこともやってのけることだろう。
「遂に始まったか」
隠れんぼは終わりだ。
行かねばならない。どこへか? そんなものは決まっている。潜伏場所がバレたとならば、機関の陰謀を阻止するために戦わねばならない。世界各地で身を隠している仲間たちのためにも、未来を勝ち取るためにも。
それが闇に生きる士道の逃れられぬ宿命だった。
ポケットに入れたケータイが着信に震える。誰からの連絡か確認すると、妹の琴里からだった。
「すまんな、妹よ。兄はこれから戦場に行かねばならない」
士道は嵐の中心部を目指して駆けて行く。現実的な思考が、早くどこかに避難しろと言っている。しかしすぐにそれを捻じ伏せて、心が命じるままに足を動かし続けた。
*
「まさか<ベルセルク>が天宮市に現れてくれるなんてね」
真紅の軍服に身を包んだ五河琴里は、空中艦<フラクシナス>の艦長席に座って足を組んだ。いつもの白いリボンではなく、黒のリボンで括ったツインテール。口にはお気に入りのチュッパチャップスを咥えていた。
「まったく肝心の秘密兵器はどこに行ったのかしら?」
司令官モードになった琴里は、兄が電話に出ないことに歯軋りする。
意思ある台風とまで呼ばれた<ベルセルク>と接触できる千載一遇のチャンスだというのに、まったくあの中二病兄貴は役に立たない。<プリンセス>出現時もシェルターに逃げ込んだかと思ったら「ここに居ては皆を巻き込む危険性がある!」とか訳の分からない理由でどこかに行ってしまったし、今日だって監視員を振り切って、嵐の中を「戦場が俺を呼んでいる!」などと叫んで行方を眩ませてしまった。
巨大スクリーンには荒廃した天宮市が映し出されていた。それはいつも彼らが目にする空間震による被害ではない。<ベルセルク>が巻き起こす暴風によって破壊された跡だ。
「士道を見付け出してすぐに回収しなさい!
わ。回収次第すぐに作戦を実行するわよ」
ようやくここまでやってきた。
「精霊への対処法、一つは武力を以ってこれを殲滅する。そして、もう一つは」
――デートして、デレさせる。
そのための<ラタトスク>。
そのための五河士道。
「司令、やはり<フラクシナス>のシステムでも、あの二人は追い切れないようです」
副司令の神無月恭平からの報告を受けて、琴里は口の中でチュッパチャップスを噛み砕いた。
「そう簡単には行かないって訳ね。でも、私たちが動きを取れないとなれば、ASTも同様でしょう。なんとしても<ベルセルク>を見付け出しなさい! 平行して士道を探すのも忘れずにね!」
この嵐の中を生き抜くには、ただの人間では厳しい。幸いにも兄はただの人間ではない。一回ぐらい死に掛けてもリトライ可能だ。
新しいチュッパチャップスの包装を解いて口に咥え込む。
「さあ、士道……早く始めましょう、私たちの
*
雨は止んだが、未だに風が吹き荒れていた。
士道は空から降り注ぐ瓦礫を回避して、内心ではびくびくしながらも中二心を大いに盛り上げていた。こんな危機は未だかつて無い。命の危機は心が躍る。そう人間が絶叫マシンに恐怖しながらも求めるように、士道は危機を欲する。
命の危機。根源的な恐怖。人間性を剥き出しにし、真実を曝け出す瞬間。そこには嘘偽りが存在しない。
士道はその極限状態を楽しむ余裕を持っている。
何故ならば、死ぬことはないから。彼に宿った力は人間離れした再生能力。既に何度か死を疑似体験した彼にとって、死ぬかもしれない程度の恐怖は、消すことはできなくても耐えることはできた。
破壊されていく天宮市。
士道はその光景に、悲しみと怒りを抱いた。
「たった一人、俺を始末するためにそこまでやるのか!」
機関はやるとなれば手加減しないし、周囲の被害状況など瑣末な問題として片付ける。彼らは執拗に能力者を追って、それを殲滅する。慈悲は一片たりとも期待してはならない。
もう嵐の中心部は目前に迫っていた。
「俺はここに居るぞ、俺を狙っているんだろう……!」
妄想の世界に入り込んで、力の限り叫ぶ。
「さあ、姿を――なんだ、あれは……!?」
士道は予想外の光景に目を見開いた。
ドクンと心臓が跳ねる。全身が震える。思考が停止する。
ただただその光景が、嘘ではないと確かめるために、士道は自分の頬をつねった。
「はは、はははっ……ようやく、出逢えた、出逢えたんだっ!」
――血潮が沸き立つ。
それは、幾星霜の時の中で待ち望んだ光景だった。
暴風に曝されて蹂躙し尽くされた街並み。
人類の文明を嘲笑うかの如く、生きた風は今も尚、ビル街の中心で破壊を続ける。
空を舞うのは、憐れな街路樹。更には外壁の破片までも風に誘われて踊っていた。
それらすべてが、台風の中心で戦う二人の少女を捉えた瞬間から、士道の意識の中から消え去った。
「ああ……」
士道は脳内設定がまた再び世界に肯定されたことに、感慨深い溜め息をついた。
やはり、この世界に『能力者』は実在したのだ。それも自分だけでなく他に二人も居た。今日は記念すべき日だ。弱っていた妄想が息を吹き返す。
機関に追われる能力者は、それぞれに身を隠しており例え能力者同士であっても顔を合わせることはない。徹底的に素性を隠し通さなければ、どこから機関に嗅ぎつけられるか分かったものではない。その用心こそが能力者を孤立させる理由にもなっているが、自分の命には変えられない。
同類の登場は、彼の世界観を脳内だけに留めることなく、世界に羽ばたかせた。
――こうして士道は中二病を悪化させた。
しかし、誰が彼の勘違いと妄想を否定できようか。既にそれは世界の隠された真実に触れてしまったのだ。例え彼の妄想した『機関』や『能力者』は存在しなくとも、似たようなものは存在するのだから。
そして、嵐の中で同類は邂逅する。
「永久の沈黙を破り、俺は帰ってきた! この腐食した世界に捧ぐエチュード……さあ、舞台上で存分に踊り狂おうではないか!」
士道の呼び掛けに、耶倶矢と夕弦が振り向いた。
「人間だと……?」
「驚愕。何者ですか?」
二人の視線を受け止めて、士道は目に掛かった前髪を格好つけて払った。
「ふっ、俺が人間に見えるのか?」
お前たちと同じ人の形をしているだけであって、本質はまったくの別物だ。
耶倶矢は自分と対峙して尚も動じないその姿に、そして勿体振ったような言い回しに『同類』の匂いを感じ取る。すぐさま排除するのもいいが、試してみる価値がある、そう思った。
「なるほど、この八舞の戦場に立つだけの力を秘めているという訳か。だが、我らが神聖なる勝負を穢したその狼藉、いかにして償うつもりだ?」
さあ、果たしてどう応える?
期待を込めた眼差しを受けて、士道は不敵に笑った。
「この身は既に罪に塗れている。真っ黒なキャンバスに新たに色を加えたところで無意味だろう」
その回答は、耶倶矢を満足させるには充分だった。反省や償いを口にする訳でもなく、ただただ己の在り方を貫き通すその強烈なまでの意志。
颶風の御子として、威厳を保とうと振る舞う仮初の自分とは違う。
――こいつは本物だ!
だが、彼女のプライドは素直に士道が自分よりも上を行くことを認めない。八舞の名は自分だけでなく、大切な夕弦のものでもあるのだから。
士道と耶倶矢の視線がぶつかり合う。もはやお互いに言葉は不要だった。厳しい表情は徐々に笑みに変わりつつある。
二人のなんだか「お前のことは分かってるぜ」的な空気についていけない夕弦は、別の意味合いで理解を示した。
――同類。夕弦の付いていけない領域に居ます。
ただほんの少し、たまに理解できない耶倶矢の感性に付いていける士道の存在を羨ましいと思ってしまった自分に、絶望に似た何かを抱いてしまった。
少数の意見や意志は殺される。それが世界の在り方であり、この戦場を支配するのは圧倒的な中二力であった。
「ほう、やはりただ者ではないようだな。名乗ることを許そう」
耶倶矢の傲慢な態度に、士道は腹を立てることはない。能力者たるもの簡単に心を許すことはあってはならないし、何よりも自分を相手よりも下に置くことはあってはならない。
満を持して名乗る時が来た。
士道は何度も練習した口上の出番に歓喜する。前髪を右手でくしゃりと掴み、左手を相手に突き出す。この時に左足を少し引くのがポイントだ。鏡の前で完璧に磨き上げたポーズが披露された。
「俺は<
完全に自分の世界に入った士道に、耶倶矢は格の差を見せ付けられ動揺する。夕弦は表現できないなんだかこう見ているだけで胸がむずむずする嫌悪感……というよりは羞恥を孕んだ同情というか、具体的に言うと「提案。十年後にもう一度同じことをやってみてください」と言いたくなる衝動に駆られた。
耶倶矢は気を取り直して、自分の中で一番格好いいポーズを決める。
「アポルトロシス、その名、覚えたぞ。では今度は礼儀として名乗り返そう」
すーっと深呼吸。かっと目を見開く。
「我が名は、八舞耶倶矢! 颶風の御子が一人にして、
名乗りを終えた耶倶矢が、夕弦に我に続けと目で促す。耶倶矢ではないが夕弦も慌てて「いや、無理だし! 付いて行けないし!」とか言いたくなる無茶ぶりだった。
夕弦は二人のプレッシャーを浴びて、眠たげな目は変わらぬまま冷や汗をだらだらと流す。
「拒否。夕弦は名乗りません」
既に名乗っているような気もするが、どうやら苦し紛れの拒否が強気の態度と思われたらしく、中二病患者たちは各々に「なるほど、それもありだな」と頷いた。訳が分からないよ。
「さて、お互いに名乗り終えた訳だが……」
分かっているな? と目が訴えてくる。
士道はもちろん理解できた。能力者同士が協力して身を隠さない理由、それはお互いに信用していないから。例え仲間であっても情報漏洩の糸口になりかねない。
ならば、始末するしか無いだろう。
ようやく出逢えた同類だが、士道は悲愴な決意を抱く。
「ん……? ふんっ、どうやら勝負はお預けか。無粋な邪魔者のお出ましだ」
耶倶矢は空からやってきたASTの姿を見付けて眉をひそめた。
「あいつらは……まさか、いや、そうだ、そうに違いない」
士道は拳を固く握り締める。彼の中で高速で設定が組み上がった。飛来する軍勢、あれこそが機関が誇る『
奇妙な偶然により、士道はまたもや世界の真実と重なり合う誤解を構築してしまった。
「ASTのお出ましとは、一先ずは退散しなくてはならないか。決着はいずれ……いや、俺はこの天宮市で待っているぞ」
士道は心の中に揺らめいた孤独感から、愚かとは分かっているが拠点の場所を口にしていた。
それ以上、言葉は不要。
士道と耶倶矢は背を向け合う。遅れて夕弦も耶倶矢と同じ方向を向いた。
二人の少女は天空を翔けて行き、少年は大地を駆けて行く。
<ラタトスク>もASTも関知しない場所で、静かに物語は回り出す。
こうして運命の出逢いは果たされた。果たされてしまった。
デート・ア・ライブのwikiに耶倶矢の紹介で『重度の中二病患者であり痛々しい性格の持ち主』と書いてあって、世間の認識はやはり冷たいものだな、と思いました。
耶倶矢かわいいよ耶倶矢。