士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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12.優しさを信じて

「どうして、ここに」

 

 折紙は<アポルトロシス>として姿を現してしまった士道を見上げて声を震えさせる。

 気絶から目覚めれば、躊躇いもなく飛び込んで来るのは予想できていた。しかし、来てはいけなかった。来てほしくなかった。

 

 日本政府は<アポルトロシス>を、どんな精霊よりも警戒し恐れている。それは死後も同様だった。どれだけの攻撃を加えても蘇る再生能力から、実は消失(ロスト)しただけでまだ生存しているのではないか、と考えられているのだ。

 

 ――最悪のシナリオが現実になってしまった。

 

 混乱した頭では幾ら考えてもまとまらず、士道を生存させる方法が浮かばない。

 士道がウィッグの長髪を翻し、折紙に背を向けて着地した。

 

 彼は果たして、この状況をどうやって乗り越えるつもりなのだろう。

 そもそも勝算があってこの場に現れたのだろうか?

 行動を起こせないまま、折紙はただ士道と十香が視線を交わすのを見守ることしかできない。燎子からの通信が入ったのはそんな時だった。

 

『折紙、聞こえてるわね? 作戦は変更。距離を置いて総員待機よ』

「理由が分からない」

『精霊同士が潰し合うのなら、それに越したことはないってところかしらね。<アポルトロシス>が<プリンセス>の力を奪ってしまえば、私たちが相手をするのは、戦闘能力が低い<アポルトロシス>だけになる』

 

「それがASTとしての判断?」

『察しなさい。<ベルセルク>の復活で、上はもう慌ただしくなってる。もう現場主義なんて建前を謳っている余裕はないってことよ』

「また、繰り返す」

『そうなる可能性は高いわ。何も分からないままにしたいのが、保守派を気取ってる今の政府の意向だからね』

 

 折紙は暴れ狂う感情を抑え込む。今は冷静を保つ時だ。

 逆に時間を稼げたと考えよう。精霊がどうなろうと構わないが、士道だけはなんとしても助け出す方法を見付けるのだ。

 

 そのために現状では、命令に従っておくべきだろう。行動の制限を受けて折角の機会を見逃すことになれば目も当てられない。

 撤退しようとした折紙に向けて、閃光が襲い掛かった。それは十香の剣から放たれた、世界そのものを喰らい尽くす破壊の力だった。

 

「くっ……!」

 

 随意領域の出力を最大にして耐えようとする。

 しかし、破壊の力は狙いを逸らして、折紙の横を駆け抜けていった。

 

「どうして」

 

 折紙が命懸けで士道を守るのは、もはや義務といっても差し支えないほどに当然のものとなっている。だからといって、その逆が同様になる訳ではない。

 

「決まってるだろう、俺は欲張りなんだ」

 

 傷付けて、否定して、裏切って――それなのに士道は折紙を守るために命を懸けていた。霊力の風で防ぎ切れなかった斬撃を、己の肉体を盾にしてまで受け止めたのだ。

 

「世界が否定しようとも、全人類が諦めようとも、俺だけは見失わない。誰もが救われる真実を」

 

 夕暮れの冷たい風に、長い髪が棚引く。

 額から滴る血を舐め取ると、笑ってみせた。

 たった一人のちっぽけな背中なのに、どこまでも雄大で縋りたくなる慈愛に満ちていた。

 どんなピンチにも駆け付ける、その姿はまるで――勝利を約束された正義の味方のようであった。

 ASTの誰かが呟いた声を士道は風で聞き取ったのか、不敵に笑って首を横に振った。

 

「正義は勝つ? 違うさ、俺が勝つんだ。そして、全員で勝利を収める。俺の戦場に敗者は不要だ」

 

 どこでもないどこか――空の暗がりに指を差して宣戦布告した。

 

「聞いているか、『機関』よ! 今度こそはお前らの好きにはさせんぞ? 俺はお前たちの野望を打ち砕くまで戦い続ける。例え世界を支配しようとも、俺だけは決して支配されない。今からそれを、証明しようではないか!」

 

 

    *

 

 

 もう誰かを信じるのには疲れた。裏切られて、信じて、また裏切られて、世界は何度も拒絶を繰り返した。やはり、この世界に自分の居場所なんて存在しないのだ。

 十香は折紙を背に庇う士道に、<鏖殺公(サンダルフォン)>の切っ先を向けた。間合いの外であるが、その気になれば斬撃はすべてを破壊し尽くす。

 

「そこをどけ、シドー! 鳶一折紙は、この手で滅ぼすのだ」

「だったら、ここを退く訳にはいかない。最初に会った時に言った筈だ。お前にこれ以上、誰かを殺させてたまるかと」

「鳶一折紙は裏切ったのだ……私を、耶倶矢を、夕弦を、シドーを!」

「例え何をされても、殺していい理由になりはしない」

「……そうか、シドーは私を信じていないのだな?」

 

 たった数日、時間にすれば一日にも見たない短い付き合いの十香よりも、折紙との付き合いは長いだろう。どちらを信用するのか、士道が折紙を選んでも不思議ではない。

 

「いいや、俺はお前を信じている」

「だったら、何故だ。鳶一折紙が武器を向けて来ていたのが証拠ではないか! あの女は、最初から最後までメカメカ団の人間だった!」

「それでも十香に折紙は殺させない」

 

 十香は目を見開いて肩を落とす。手の平で顔を覆い隠し、くぐもった自嘲を漏らした。

 士道もまた敵であったと考えるべきなのかもしれない。十香の持っている精霊の力を狙っていた、と言っていたではないか。悪意は無くともやはり近付くべきではなかった

 

「つまり……おまえも、私を騙していたのか?」

 

 すぐに返答はされなかった。士道は瞼を閉じて考え込んでいる。また丸め込む算段でも立てているのかもしれない。

 

「俺はお前を騙していた。それは事実だ」

 

 ようやく出た答えに、十香は顔を伏せた。

 

「そう、か……」

 

 騙されていたかった。疑念を捨て去るぐらい洗脳してくれれば良かった。そうすれば、大切な思い出はすべて嘘にはならなかったのに。

 

「私は命を懸けてくれた、夕弦と耶倶矢……二人以外は信じない。私はもう孤独の王でいい」

 

 十香は士道と折紙に背を向けると、玉座に向けて<鏖殺公>を振り下ろした。

 

「<鏖殺公(サンダルフォン)>――【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】!!」

 

 粉々に砕け散った玉座の破片が、王の勅命に従い十香の剣に集まっていく。

 やがて、<鏖殺公>はその姿を、十香の絶望の大きさを示すかのように、余りにも長大な剣へと姿を変えた。その長さは一〇メートル以上はあり、遠巻きに様子を見るASTにもはっきりと視認できた。

 ただ二人の国民を背に守り、十香は瞳を黒く淀ませて、自分と、自分の国の敵を睨み付ける。

 

「シドー、最後の情けだ……死にたくなければ、そこを退け!」

 

 【最後の剣】が宿した破壊の力が、大きく振り被るのと同時に放たれた。もはや<鏖殺公>とは次元が違う。随意領域(テリトリー)で防ごうなどと悠長なことは考えられない。

 

 生存本能が逃げろ逃げろと喚き立てる。

 現代社会では忘れられた、絶対的な捕食者に遭遇した時の感覚と似ていた。

 すべてを呑み込む破壊の光を前にして、士道は穏やかに笑っていた。

 

 

    *

 

 

「耶倶矢と夕弦と同じく、命ぐらい懸けないと始まらないだろう」

 

 迫り来る光の渦に、両手を前に向けた。ありったけの霊力で士道を覆う鋭角的な風の流れを作り出す。

 遂に直撃した【最後の剣】の一撃が、狙いを逸らされ士道の横を走る。高台の公園に破壊の嵐が巻き起こった。しかし、士道もただでは済まない。力の差は歴然であり、十香の一撃を防ぎ切るのは不可能だった。

 

「一撃でこれか……流石は十香だな」

 

 血塗れの肉体に炎が走る。すぐに再生が始まった。

 

「だけど、俺を殺し切るのは、骨が折れるぞ?」

 

 士道は折紙を振り返ると、安心させるように微笑んだ。

 

「折紙、下がっていろ。これは俺がやるべきことだ」

「……お願い、逃げて」

「俺は生きるよ。お前も、十香も、独りぼっちにはさせないから」

 

 折紙は士道の足を引っ張るだけだと理解して、その場に残りたい衝動を堪えて撤退していく。簡単に死んでしまう人間に居場所を残すほど、この戦場は甘くない。

 士道は地上に降り立つと、十香に歩み寄っていく。

 

「シドー……私と戦うつもりか?」

「いいや、違うさ」

 

 士道は<フラクシナス>の仮想訓練室を借りて鍛えたことで、更に霊力への理解を深めていた。とはいえ、霊装や随意領域を正面から抜けるほどの威力は無いので、まだまだ実用的とは言えない。

 しかし、防御や移動という点であれば実戦に耐え得る力を身に着けていた。

 本当の直撃を受ければ、一瞬で消し飛ぶところだが、攻撃を逸らして余波だけを受け止めるなら再生の力で耐えられる。

 

「だったら、何を企んでいる!? 言え、次はさっきの刃とは違う、全力で殺すぞ」

「――俺はただお前に会いに来ただけだ」

「……ッ! ふざけるな!」

 

 初めて出逢った時も同じことを言った記憶がある。殺し合う血みどろの戦場で、我ながら抜けた奴だと思うが、どうやら覚悟を決めたところで馬鹿は直らないらしい。

 あの時から、ちっとも変わっていない。それは十香も同じだ。大切な思い出を得ようと、結局は疑心暗鬼の昔に戻ってしまった。

 

 その責任は、救うことばかりに囚われた士道にある。

 今後こそは十香に、信じられるのではなく――好きになってもらう。

 

「ふざけてなどいないさ。俺が生きているのも、世界が無事なのも、それはすべてお前の優しさによるものだ。お前は最後まで、自分以外に責任を押し付けなかったんだよ」

「群がる羽虫を全力で振り払う者がどこに居る」

「例えそうだったとしても、お前が全力を出していれば、こんな街……容易く破壊できたはずだ」

「その優しさに期待して、命乞いをしているのか? 愚弄するなよ!」

 

 再び襲い掛かる破壊の奔流。士道は全力で迎え打ち狙いを逸らした。右腕が千切れそうになる激痛を<無反応(ディスペル)>の矜持を以って耐え切った。

 

「俺は、死なない、死んでたまるか!」

 

 痛みへの恐怖が足に躊躇を与える。逃げ出したいと心が叫ぶ。妄想に頼って説得すれば良かったのだと後悔が押し寄せる。

 それらすべてを、<業炎の咎人(アポルトロシス)>の仮面は鼻で笑った。

 

「違うだろ、そうじゃない……俺の力は、そんなご都合主義のための道具じゃないんだ」

 

 八舞姉妹を救えたのはお互いに大切な存在だと心の底から思えていたからである。

 逆に十香や折紙を傷付けてしまったのは、独りよがりの理想を掲げて、それを押し付けてしまったからだ。もっと二人のことを知って、分かり合って、そこからようやく真実への道が開かれる。

 

 こんな中二病の男を本気で好きになってくれた耶倶矢と夕弦に胸を張るために、どうしようもない兄を慕ってくれた琴里から馬鹿にされないために、そして何よりも、十香と折紙が好きだから――恐れずに前へ進もう。

 

「何故だ、なんのために……私に近付こうとする!?」

「野暮なことを訊くなよ。俺は口がよく回る男だが、本当に大切なことは態度で示すんだ」

 

 疑心暗鬼に陥った十香の心を救う方法。そんなものはこの現実に存在しない。だから、心の奥底に隠された優しさを引っ張り出して理解させる。追い詰められた心を最後に救えるのは自分自身だけだ。

 

「訳の分からぬことをベチャクチャと、口にするな!」

 

 両手に集められた霊力の風が、破壊の破壊の光と衝突した。今度は風の制御を誤って、心臓を貫かれた。士道の身体は前屈みに倒れようとして膝を突いた。即座の再生で士道は歩みを止めない。

 前へ前へ、孤独の玉座と、独りぼっちの女王を目指して突き進んだ。

 

 

    *

 

 

「要らない、もうこんな世界は要らない……だって悲しいことばかりじゃないか」

 

 十香は世界を否定する。信じたかと思ったら手の平を返して襲い掛かり、平穏を愛せるかと思ったらすぐに争いがやってくる。こんな不安定で、不完全で、曖昧で、残酷で、何一つ心の底から信じることのできない世界に一体なんの価値があるのだろう?

 そんな疑問の中に、十香は答えを見つけ出した。

 

 ――ああ、そうか。この力はそのためのものなのか。

 

 自分が生まれてきた理由をようやく理解できた。

 余りにも圧倒的で、何一つとして抗うことのできぬ滅びの力。

 

「私は、世界を破壊するために生まれてきたのだな」

 

 ならばその使命を果たそうではないか。

 だからまずは、こんな世界は、

 

(ころ)して(ころ)して(ころ)し尽くす。()んで()んで()に尽くせ」

 

 そして、邪魔者の存在しない世界を再生に導こう。

 十香の冷たい殺意を伴って、【最後の剣】が士道に向けて何度も襲い掛かった。

 死の斬撃が四方八方に放たれる。逃げ場のない殺戮の意志が容赦無く、士道の肉体を蝕んだ。

 

 しかし、士道の前進は止まらない。幾度と無く切り裂かれても、風で刃を反らして、再生能力で強引に傷を捻じ伏せる。全身を血に塗れさせながら、新たな一歩を刻み続けた。

 十香の宣告に反駁するように、士道は血反吐を交えた宣告を行った。

 

(なお)して(なお)して(なお)し尽くす。()きて()きて()き尽くせ」

 

 殺されないという決意。それは生き抜く意志よりも、殺されることで誰かを悲しませることを恐れた――臆病なまでの生命への渇望だった。

 続け様の斬撃に、遂に士道は倒れ伏す。全身を炎が焼き尽くし必死に蘇ろうとしていた。

 

「あ、ああ……」

 

 気付けば、十香は振り被る両腕を止めていた。

 

「やめろ、やめてくれ、もう……立たないでくれ、シドー!」

 

 涙でぼやけた視界に、ぼろぼろになった士道が再び立ち上がるのを見た。

 

「立つさ。俺はだって……お前に会いに来たんだ」

 

 十香は死に掛けの士道に圧倒された。脅威は感じられないのに、恐ろしくてたまらない。

 

「ああ、ああああああ、ああああああああああああ――――ッ!」

 

 追い詰められた十香は絶叫を上げる。獲物ではなく天敵を滅ぼすために、【最後の剣】を天高く掲げた。

 

「どうして、どうしてだ、シドー……! お前は私にそこまでしてくれるのに、どうして私はお前を信じられない!」

「信じるとか信じないとか……そんなこと、どうでもいいじゃないか」

 

 でも、あれは、流石にやばいかもしれない。

 逸らすことすら許さぬ絶対の刃。慈悲無き破壊。救済を嘲笑う絶望。

 まさしく、絶体絶命の危機だ。

 膝が恐怖で笑っている。だったら、一緒に顔も笑ってやろう。

 

「ああ、何を恐れる必要があるんだ。だってそうだろう?」

 

 更に刻まれた一歩に、十香は怯んだ。

 ただ士道は会いに来た。臆病で、頑固者で、不器用で、優しくて、どこか抜けていて、メカメカ団とかネーミングセンスが無いくせに最高に格好良い真名を否定してきた――そんな女の子。

 

「――お前の名は十香。俺の大切な存在だ」

 

 十香はまた更に後退る。すぐ後ろには八舞姉妹が眠っている。それ以上、逃げ場は無かった。

 近付いてくる士道を見詰めて、今にも泣きそうな顔で言った。

 

「私は、お前を信じることができない」

 

 張り詰めた表情が和らぐ。

 

「もう……誰も傷付けたくなんてない……」

 

 殺意の刃を構えたまま少女の懺悔は行われた。

 きっと次に裏切られた時はもう耐えられない。狂い果ててしまうだろう。そんな絶望の未来が訪れるとは限らない。でも、もしも――と考えれば、ここで終わらせた方が誰にとっても幸せだ。

 幕引きをしよう。ここで物語は悪い女王が居なくなって――めでたしめでたし。

 

「だから、お願いだ、シドー……私を殺してくれ」

 

 

    *

 

 

 どうして、そんな結論を出すんだ。なんでお前はそんなに優しいんだ。結局は裏切り者の俺ですら殺し切れない。

 

「この世界を殺すには、私はこの世界を知り過ぎた。私を終わらせてくれ……もう疲れたんだ」

 

 士道は再生能力の効果が薄れてきたことで足元が覚束ない。歩くだけで全身の痛覚が悲鳴を上げた。

 

 お願いだ、辿り着かせてくれ。

 もう少しで届くんだ。

 こんな悲劇のままで、終わるなんて許せないんだよ。

 

 しかし、士道は力尽きてその場に倒れ込んだ。地面が妙に温かい。霞んだ目でよく分からないが、真っ赤だった。

 

「これは……全部、俺の血か……」

 

 力を振り絞ってようやく動いた右腕で地面を這って進んだ。意識が暗闇に侵食されていく。

 

「私が間違っていたな。他人に自分の最後を委ねるなど……甘えていた」

 

 十香が【最後の剣】の光を凝縮し狙いを自分に定めた。

 止めようにも、十香のもとまでは余りにも遠かった。

 

「さらばだ、シドー。この世界に来れて……幸せだったぞ」

 

 首を傾けて、十香は笑った。それは死にゆく者とは思えない、見惚れるぐらい綺麗な笑顔だった。

 誰も巻き込まないために空高く駆け上る。そして、【最後の剣】は自らの主をその手で滅ぼすために振り下ろされた。

 

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