士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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終章 矛盾の誓い

「――喜べ、諸君。この地は今日より我が領土だ」

「ええと、夜刀神さん? きちんと自己紹介をお願いします」

「ん、そうだったな。名乗り遅れた、私は夜刀神十香だ。皆よろしく頼む」

 

 二年四組に新たな転校生がやってきたのは、機関との戦いから数日後、士道たちが再び日常を取り戻して間もない頃だった。

 精霊として、かつて<プリンセス>と恐れられた少女は、精霊の力を失う代わりに平穏を手に入れた。

 

「遂に深淵の闇(クリフォト)より、我が眷属が召喚されたか。待っていたぞ、世界が誕生してから幾星霜、悠久の涯より貴様が戻ってくるのをな。ああ、だが再会すれば……それも須臾の泡沫も同然だ」

「翻訳。長いようで短い別れでした。また会えて嬉しいです」

「ちょっと、夕弦……その、英文の直訳みたいなのマジでやめて」

 

 夕弦と耶倶矢が拍手で出迎える。クラスメイトは慌てて追随した。折紙だけは拍手を送らずに沈黙を保っていた。

 

「うむ、我が王国の新たな門出に相応しき日だな」

 

 十香は士道の姿を見付けると、満足そうに頷いた。

 中二病患者は何も言葉を交わさずとも理解し合う。その代わり、他のクラスメイトや担任教師である岡峰珠恵は置いてけぼりだ。いや、彼らは内心では別の理解を示していた。

 

 ――また中二病が増えやがったぞ!?

 

 どうなってるんだこのクラスは? カオス空間に於ける学業効率とか、教育委員会に謎の実験で調べられていたりするのだろうか。しかし、その筆頭である士道が成績優秀というのが、なんだか認めたくない現実だった。ちゃっかり料理もできるし、清掃は誰よりも丁寧で素早く、体育では常に活躍し、滅多にないが頼み事をすれば即座に解決してくれる――あれ? こいつ本当はすごい奴じゃ――謎のポージングを決める士道を見て、クラスメイトは首を横に振った。

 

「えっと、夜刀神さんの席は、窓際の一番後ろです」

「私は士道の隣を所望する」

 

 珠恵の発言を即座に一蹴すると、十香は『二年四組の火薬庫』と呼ばれる一帯を指差した。激しい席争奪戦が繰り広げられたのはまだ記憶に新しい。忘れようにも戦慄となってクラスメイトの脳裏に焼き付いてしまっていた。

 

「くくっ、良い機会だ。再戦と行こうではないか。士道の隣が誰に相応しいのか、今一度見定める時が来たのだ。よもや逃げるなどと興醒めなことは言うまい?」

 

 過去の戦いで敗北した耶倶矢が、ここぞとばかりに再戦を煽る。半分は自分のためだが、眷属である十香の主ということもあり、もう半分は彼女にチャンスを与えるつもりであった。

 その不器用な面倒見の良さにほだされたのか、夕弦はいつもの寝惚け眼を僅かに開いて首肯した。

 

「参戦。ここで退いては女が廃れます」

 

 

 乙女の闘志に怖気付いた珠恵は、火薬庫に火が点く前に降伏した。

 

「そ、それじゃあ、席替えをしましょうか?」

 

 これまで乗る気を見せなかった折紙が、読み進めていた分厚い本に栞を挟むと立ち上がった。珠恵の選択は逆に、眠れる肉食獣を目覚めさせてしまったのだ。

 

「再戦は無意味。メリットが無い」

 

 折紙にとっては席を守るだけの戦いだ。勝っても現状維持になるだけで、参戦する意義など無かった。

 だが、士道から引き離そうとするならば、容赦はしない。

 

「返り討ちにする」

 

 十香は折紙をビシリと指差す。

 

「よく言ったぞ、鳶一折紙……私はおまえから士道を取り戻す!」

 

 女王として堂々となる宣戦布告を行った。

 対する折紙は欠片も怯んだ様子を見せず、いつも通り無表情に、静かな声で否定を口にする。

 

「あなたでは無理」

 

 ただの睨み合いだというのに、周囲の空間が歪むような錯覚を覚える。そこへ八舞姉妹まで加わって、もはや常人では立ち入ることすら許されぬ過酷な戦場が完成した。

 その中心には、一言も発言をしていない士道が座っている。勝手に話を進められているが、彼は争いの中心でもあった。

 

「平和ってなんだろうな」

 

 哲学的な疑問を抱いて現実逃避をする。

 どうしてこんなことになれたのか(・・・・・・・・・・・)、振り返るのは、あの日――十香を封印し、茶番劇をもって機関を出し抜いた後の出来事だった。

 

 

    *

 

 

 夜空に浮かぶ月の前を人影が駆け抜けていく。

 士道は背後に迫るASTを振り返り、攻撃を受けずにかといって相手が見失わない距離を保っていた。どこまでも相容れることはなく、敵同士でありながら同じ場所を目指す。この空の旅は逃走劇でも追走劇でもない。ただの茶番劇だ。

 

『士道、ご苦労様。こっちは救出完了よ』

「了解した」

『<アポルトロシス>の消失(ロスト)で幕は閉じるわ……最後の最後で、しくじらないようにね』

「ふっ、誰に言っているんだ? 俺は闇に生きる咎人、不可能を可能にするなど造作も無い」

 

 もう遠慮は要らない。誰もが傷付かず、幸せになれる真実を目指して、士道は最後の力を振り絞った。霊力の風を制御して超加速。高速で空気の膜を切り裂いて、音すらも置き去りに飛翔した。

 

「おおおおおおぉぉぉぉ――ッ!!」

 

 残り少ない霊力が尽きていく。

 ASTを完全に振り切って、自由になった士道は、初めて眼下に広がる景色を眺める余裕を得た。

 

「ああ、世界はこんなにも、綺麗だったのか」

 

 <業炎の咎人(アポルトロシス)>の仮面を外して、<無反応(ディスペル)>を解除すると純粋な笑みが浮かんだ。

 人間に翼は存在しない。士道は地上に向けて落ちていく。士道を受け止めたのは、固い地面ではなく、水面に映る巨大な月だった。

 湖に落ちた士道は、ぼろぼろの身体で浮かび上がって、星空を仰ぎ見た。

 

『はぁ……肝を冷やしたわ。もしも地面だったら死んでたわよ。すぐに回収に向かうから、そこで大人しくしてなさい。あんたも重傷なんだからね』

 

 琴里の説教を大人しく聞いてやりたいところだが、それよりも心残りがあった。

 

「なあ、琴里、精霊の平穏を守ってやれないのか……? 耶倶矢と夕弦はもう気付かれてしまったんだろう」

『なんだ、そんなこと心配してたの?』

「そんなことって……あいつら、学校を本当に楽しんでいるんだぞ」

『違うわ。そういうことじゃなくて、心配無用ってことよ』

 

 精霊だと気付かれた八舞姉妹は、もう二度と日の当たる場所に出られないものだと想像していた。しかし、琴里はそれをあっけらかんと否定する。

 

『士道が保身を利用したように、私も彼らの保身を利用させてもらうわ。精霊を殺すのと、国民を殺すのでは、まるで別問題なのよ。八舞姉妹は既に日本国民。例え精霊であったとしてもそれは変わらない。寧ろ、精霊であるからこそ、それを隠そうとするでしょうね』

 

 防衛大臣の独断専行として蜥蜴の尻尾切りを行う。精霊に戸籍を与えてしまった失敗を表に出すよりは、精霊の国民を許容する。それが今の政府の在り方であり、そのように<ラタトスク>で工作を進めているところだ。

 

『あの防衛大臣も今回の件で追い詰めてやるわ。もちろん後釜の人材は、こっちで用意してやるわよ。……皮肉だけどね、精霊の日常は彼らの保身で守られているの』

「今より悪くなる可能性があるのなら、見て見ぬ振りをするか……」

『多くの人が問題が起きなければいいって、そう思っているのよ。とはいえ、私たちが幸せを我慢する必要はないわ。馬鹿と鋏は使いようってね。だから、士道はASTだろうが、<ラタトスク>だろうが、なんでも存分に利用して、世界をもっと面白可笑しくしてやりなさい』

 

 言われなくてもそうしてやるさ。

 いつかきっと、真実へと至るその日まで。

 

 

    *

 

 

 翌日になって、表側にとっては騒動も収まった。裏側では未だに激しい政治的な駆け引きが繰り広げられているが、士道や精霊たちにとっては、見えない世界のことだった。

 治療用顕現装置(リアライザ)によって一命を取り留めた十香に、令音経由で呼び出された士道は<フラクシナス>の医務室へとやってきていた。

 十香は薄桃色の患者衣に身を包んでベッドに横たわり、士道がリンゴの皮剥きをするのを興奮した様子で見詰める

 

「おお! シドー、早く、早く食べたいぞ!」

「食べてさせてやるから、じっとしてろって」

 

 上半身を起こした十香に、一口大に切ったリンゴをフォークで刺して口まで持っていく。

 

「ほら」

 

 十香は少し躊躇したが、食欲には勝てないのかパクリと豪快に食い付いた。

 

「うむ、美味いぞ、シドー。だが、これはなんだかこそばゆいな」

 

 頬をほんのりと赤らめて微笑む姿は、寧ろこっちがこそばゆくなる。

 沈黙を誤魔化すために、士道は二つ目のリンゴを十香の口に運んだ。

 

 そのまま不器用な看病を続けていると、比較的軽傷だった八舞姉妹がお見舞いにやってきた。

 ちょうど「あーん」の現場を目撃した二人は、瞬間的に同様の行動に出た。手を上げて挨拶をする士道を無視して、今にも倒れそうな千鳥足でそれぞれ別のベッドに倒れ込んだ。

 

「うぐっ、我が肉体に封印された大いなる力が暴走しているっ! これでは一人で食事も取れんぞ!」

「失調。ごほごほ……夕弦にも士道の看病が必要です」

 

 ここまで分かりやすい仮病があっただろうか。

 士道は呆れて目を眇めるが、純粋な十香は簡単に騙された。

 

「し、シドー! 耶倶矢と夕弦が! 私のことは構わない、二人にリンゴを食べさせてやってくれ!」

 

 その慌てように八舞姉妹は罪悪感に苛まれる。欲望に塗れた心に聖剣がグサリと突き刺さり、心の闇を捨てない限りいつまでも贖罪の光で焼き続けた。

 

「この程度の力! 本気を出せば簡単に御し切れるわ!」

「完治。心配不要です」

 

 ここまで治るのが早い仮病があっただろうか。

 ベッドの上で腰に手を当てて高笑いする二人に、十香は涙ぐんで復活を喜んでいた。慈愛の刃が、更に二人の傷口を抉る。純粋無垢の魂は、まさしく中二病の卵であり、それと同時に中二病に対する最強兵器でもあった。

 八舞姉妹が逆に医務室で重傷を負って去って行くと、落ち着いた空気が戻ってきた。

 

「なあ、シドー。私はおまえに伝えなくてはならないことがあるんだ」

「改まってどうした?」

「おまえの妹だったか? 琴里からは許可が出ているのだが、シドーが許すのなら、と条件を付けたのだ」

「……それで?」

「ああ、私はシドーと一緒に学校に行ってみたい」

「…………」

「だ、だめか?」

 

 沈黙を拒絶と取ったのか、十香は今にも泣きそうな顔になってしまった。

 士道は慌てて手を振った。

 

「いや、大歓迎だよ。寧ろこっちからお願いすることになると思っていたからな」

「それは何故だ?」

「折紙が居るからだよ」

 

 十香は虚を衝かれてたのか返答に詰まったようだ。少しの間、二人は言葉を交わさずにお互いの心の中で折紙に対する感情を整理していた。

 

「――私は鳶一折紙が大嫌いだ」

 

 嫌いから大嫌いに好感度が下がっていた。それも仕方のないことだ。殺し合った相手と仲良くできるのは、士道のように底抜けのお人好しや、感情を無視してでも利益を優先できるような人間など――いずれにしろまともな感性では難しい。

 

「だが、歩み寄りたいと思っている」

「そうか……十香は、強いな」

「シドーが教えてくれたではないか。相手がどれだけ武器を取ろうと、対話を求めてやれと」

 

 士道が教えたのはあくまで考え方であり、強者の在り方だ。心を強く保つ方法は教えていないし、教えようがない。折紙と歩み寄ることを選べたのは、間違いなく十香の強さであり優しさがあってこそなのだ。

 

「それにな、私は鳶一折紙が大嫌いだが……好ましいとも思っている。あの女はシドーを大切に思っているのだろう? それなのに、自分の在り方を貫くためにシドーとも戦ってみせたのだ。臆病で癇癪からシドーを傷付けてしまった私とは違う」

 

 十香は穏やかに笑っていた。

 

「まったく似ていないのだが、シドーと同じものを感じられた。それがどんな色であれ、私にはとても眩しく見える。そういう人間は、例え敵であったとしても、信頼できると思うのだ」

 

 矛盾を抱えた想いは、自分だけの答えを出した。

 十香はこの世界について無知であっても、多くの者が死んでも理解できない境地に至っていた。

 

 あの戦いは、多くの悲劇が重なり始まってしまった。しかし、あの戦いを生き抜いた者達はそれまでの自分と変われたのではないだろうか。

 誰もが幸せになれる真実は独りよがりではなかったのだ。

 

「どうしたのだ、シドー? 泣いているのか?」

 

 士道はゆっくりと首を横に振った。

 

「いいや、笑っているんだ」

 

 

    *

 

 

 一ヶ月の謹慎。それが折紙にくだされた処分だった。

 様々な疑惑を持たれたが、最終的に上層部の混乱と政治的な絡みに救われて、命令違反や敵対行為を犯しながら、異例の甘い処分が与えられたのだ。ただ手の届かないところで、自分の立場が言い争われるのを考えると、どこか釈然としなかった。

 折紙は飾り気のない自宅で、壁に留めたカレンダーを見詰める。

 

「…………」

 

 訓練に捧げてきた時間が、ぽっかりと空いてしまった。

 治療を受けている間は、身動きを取ることもできなかったので、ずっと考えていた。

 今までの自分と、これからの自分。果たしてどうあるべきなのか、堂々巡りを繰り返した。復讐を捨てることも、士道と共に歩む未来も捨てられない。

 

 歩み寄ろうとする十香。自分を妙に慕う夕弦。何かと絡んでくる耶倶矢。

 精霊と過ごした日常は、折紙の中に確りと刻まれていた。

 

「私は、精霊を……」

 

 そして、折紙は結論を出した。

 携帯電話で士道に連絡を取ると、士道もあの戦い以来顔を合わせていなかったためか、心配してすぐに会うことになった。

 

 着替えを終えると、待ち合わせた近所の喫茶店へと向かう。

 二人が到着したのはほとんど同時だった。

 

「元気そうで良かった。AST内での処分はどうなった?」

「一ヶ月の謹慎処分。他の隊員に処分はなかった」

 

 折紙は注文が来たので、続けようとした言葉を噤む。

 店員が立ち去ると、折紙は士道を呼んだ今日の本題へと入った。

 

「私の精霊に対する立場を伝えておく」

 

 士道はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「――私は、あなたとあなたの周りに集まった精霊を守り切る」

 

 折紙の出した答えに、士道は目を見開いた。それはつまり士道の言ったことを信じてくれたということだ。感情を乱すことがなければ、精霊の力を取り戻すことはない。そのために、折紙は精霊の平穏を守ると言ってくれた。

 

「でも、忘れないでほしい。私は精霊を許した訳ではない。もしも再び精霊として現れるのならば、容赦をするつもりはない」

 

 過去を裏切らず、未来を夢見るために、悩みに悩んで出した答え。

 

「――そして、これからもASTとして、精霊と戦い続ける」

 

 士道は悲壮の決意を受け取って、何も言葉を返すことができなかった。十香と同じだ。こんなに崇高で眩しい――どこまでも矛盾した誓いに報いる言葉など存在しない。

 だからその代わりに、士道はあの日の誓いを差し出した。

 

「これは」

 

 折紙は何度も躊躇ってから、ようやく手に取る。震える手で包み込んだ。

 断ち切られた絆が再び結び付く。

 士道は、折紙の手の中で、ノーマルカラーのパンダローネが微笑んだような気がした。

 

 

    *

 

 

 現実逃避から戻ってきた士道は、教室が静まり返っていることに気付いた。どうやら言い争いの時間が終わって、睨み合いと探り合いが始まったようだ。

 そんな空気の中で、十香が手の平とぽんと打った。まるで天啓を得た様子だ。嫌な予感がしてならない。

 

「気付いたのだ、そもそも士道の意志を無視していいのかと」

「…………」

 

 うん、気付くの遅いと思うんだ。俺に免じて争うのはやめよう。完全にくじで席替えしようじゃないか。

 十香は満面の笑みで言った。

 

「だから、誰の隣に座りたいか、士道が選んでくれ」

「………………」

 

 冷や汗が洪水のように流れ出した。

 これは死を覚悟する時が来たのかもしれない。

 

「ほう、良い考えだな。士道の隣は勝者が得るべきだが、士道が選んだ者にこそ真に相応しいということか。もちろん、士道は我を選ぶのであろう?」

「賛成。これで白黒はっきり付けられます。士道は夕弦との隣同士の日々を手放せない筈です」

「あなたを、信じている」

「シドー、私と一緒に座りたいと言うのだ!」

 

 精霊たちや折紙だけでなく、クラスメイト全員の視線が士道に集まっていた。

 

「…………」

 

 ほ、ほら、やっぱり学校で困ったことがあったら先生に相談するよね。

 

「先生、HRを進めま――」

「五河くん、結婚できない女性の気持ちは分かりますか?」

 

 え、なに、そのハイライトの消えた瞳。

 よく分からないけど、先生は助けてくれない。こういう時はやっぱり頼れるクラスメイトの出番だよね。

 

「なあ、殿町――」

「五河、おまえに校内ランキング358位の気持ちが分かるのか?」

 

 いや、何を言っているんだ我が友よ。

 とりあえず、こいつもだめとなると、後は誰に頼ればいい!?

 その時だった。他のクラスのHRが終わって、戦友の危機を察知した彼らがやってきてくれたのだ!

 魂の絆で結ばれた購買部四天王。お前達が来てくれたのならば、何も怖いものなどありはしない。

 

「きゃはは、<無反応(ディスペル)>の隣は私のものって決まってるのよー」

「<おっとごめんよ(ピックポケット)>、謀ったな!?」

「空で弾けて懺悔するがいい」

「<吹けば飛ぶ(エアリアル)>……おまえが敵に回るとは」

「くきき、ロッカーと下駄箱を二度と使えると思うなよ」

「<異臭騒ぎ(プロフェッサー)>まで裏切るというのか!」

 

 クラスメイトから向けられるのは、殺意やら嫉妬やら拒絶やら――負の感情ばかりだ。

 まさしく絶体絶命の危機。しかし、士道は笑みを浮かべていた。

 

 ――最後に自分を救えるのは自分だけだ。

 

 五河士道は立ち上がる。顔を左の手の平で覆い隠し、指の間から世界を見据える。上半身だけに捻りを入れて、身体を斜め後ろに逸らした。そして右腕で自分の身体を抱き締めるように絡み付けながら足を交差させる。数ある迎撃の構えの内でも一際凶悪な一つに数えられる『捻れ狂う運命(フェアドレーエン)』の完成だ。

 

「いいだろう、それほどに望むのならば――覚悟はいいか?」

 

 覚悟を決めて頷く、耶倶矢、夕弦、十香、折紙の顔を順番に確認した。

 

「俺が選ぶのは――」

 

 告げられた答えに、運命は動き出した。

 そして、呆然とする一同を置いて、士道は教室から飛び出した。

 

「待て、士道! 貴様は今度こそはその優柔不断を許さぬぞ!」

「激昂。夕弦がその腑抜けた考えを矯正してあげます」

「男らしさはどうした! 納得する答えを寄越すのだ!」

「士道には私だけが居ればいい、それを理解させる」

 

 四人の追跡者に追われながら、士道は窓の外の朝日に目をやった。

 

「遠いか。やっぱりこうなるよな」

 

 

 現実はいつだって儘ならない。所詮は継ぎ接ぎだらけの真実では剥がされてしまう。

 だが、現実が顔を出した時、それでもかつて打ちのめされた時より誰もが成長している。世界は決して円環となって回らない。ゆっくりと確実に螺旋を描いていくのだ。

 

 ――俺が選ぶのは、全員だ。

 

 ヘタレ男の精一杯の想いを受け入れる真実は、果たして現実のその先へ存在するのか。

 それはまだ分からないが、分からないからこそ、追い求められる。

 

 

 だから、五河士道の戦いはまだまだ終わらない。

 ――誰もが幸せになれる真実を求めて、中二病と共に在らんことを。

 

 




 第二部完結です。お疲れ様でした。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
 本編途中で挟んだ番外編を移動したり、結合したり、加筆訂正したりと……まだ色々とやることは残っていますけどね。
 以下、また特に内容の無いあとがきが書いてあるだけなので、スルーしても問題無いです。


 長く苦しい戦いだった。
 第二部は後付で続けた結果なので、最初は第一部ほどのクオリティは提供できないし蛇足になるだろうな、と思っていました。
 また、展開的に現状で出せる登場人物の制限のせいでストーリーの幅が狭く、第一部の焼き直しのような物語になっています。これはオリキャラやオリ設定はできるだけ出さない、という方針のために発生した問題です。
 それでもできる限り盛り上げようと思った結果が、この第二部『十香キングダム』でした。
 味方がたくさん居ても、敵が居ないので盛り上がらない……これが、この作品の問題点でもあります。ASTはちょっと控え目になっていますし、折紙はほぼ味方ですしね。そこで苦肉の策として、<アポルトロシス>という原作からの乖離点を活用して、政府や円卓会議の一部を悪役に仕立てあげました。案外忘れがちですが、佐伯防衛大臣って原作キャラなんですよね。台詞すら無いですけど。
 精霊と敵対するのも、言ってしまえば悪役が足りない代わりです。
 DEMの人たちが出せればなぁ……って本当に思います。ただ、序盤で彼らを出すともう収拾なんてつかないどころか、一気にバッドエンディングまっしぐらですからねぇ。

 でも、やっぱり、一番の問題を上げるのなら、多くの方に「先は読めなくても、やっぱり士道くんなら救えちゃうんでしょ?」みたいな空気が蔓延してることですよ!

 十香の扱いが悪いというか、鬱展開が多過ぎると思った方は多くいらっしゃると思います。これは正直、書き終わった後に自覚したのですが、私にとって十香はヒロインではなく、もう一人の主人公という感覚が強かったのです。
 だから、士道くんに対してと同じく、十香には幾つもの困難を与えてしまいました。十香好きの方には申し訳なく思います。

 第一部で作り出した真実は、現実を前に脆くも崩れ去ります。士道くんは妄想で固めた設定によって、折紙や十香を傷付けたことを後悔して、心の奥底に隠された優しさを引き出すことで、今度は偽りのない真実を構築しました。しかし、それは『真実に耐えるだけの強さを得ること』をASTが願ったように、以前の<アポルトロシス>出現時にはできなかった解決方法です。
 成長するのは、士道くんだけではなく他のみんなも一緒です。
 だからこそ、今度は『機関』に対してみんなで勝利しました。
 士道くんだけで行われた即興劇から、今度はASTも参加する茶番劇に――そして、悲劇は喜劇に変わる。つまり第二部をもって、第一部は真のエンディングを迎えたとも言えます。

 長々と裏話というかメタ話というか、作者視点からの事情などを書きましたが、続編を書いて私自身もすっきりできました。皆様の応援がなければ、この第二部は存在しなかった物語です。ありがとうございました。

 第二部はこれにて完結ですが、また後日談の番外編を書く予定なので、もう少々お付き合いくださいませ。
 第三部に関してはまだ未定ですので、余り期待しないでお待ちください。

 さて、改めまして第二部も最後まで読んで頂きありがとうございました。
 それではまた、いつかのどこかで。

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