士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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 第二部の後日談です。
 本編中では書き切れなかった、八舞姉妹や士道の心情とか、関係性の変化とか、購買部のその後とか……色々と詰め込んだ結果、文字数が膨れ上がったけど、多い分には問題ないよね!



番外編 購買部ビギナー

 とある平日の朝。士道は機嫌が良かった。

 洗濯物を取り入れるのにベランダへと出た際に、預金通帳を太陽に掲げる。桁が二つも増えた預金額を確認して、ニヤニヤと笑った。遂に滞っていた<ラタトスク>からの支給が再開されたのだ。

 

「潤沢な活動資金……これで『組織』を名乗れるというものだ」

 

 ASTに対してのハッタリで使ったシンプルな名称を、士道は気に入っていた。

 『機関』に対して『組織』。世界の裏側で戦い続けた能力者達が、遂に疑心暗鬼を乗り越えて、手を取り合い協力を始める。それが組織の誕生であった。

 過酷な戦いが続いていたため、妄想を楽しむ余裕もなかった。久し振りに脳内設定を更新できたことにご満悦である。中二病を自覚したとはいえ、彼の妄想好きが直る訳ではないのだ。

 

「シドー……? あ、朝餉はまだか?」

 

 朝食の催促に来た十香が、士道の暗い微笑を見て躊躇いがちに声を掛けてくる。

 

「ああ、すまない。機関の野望を打ち砕く力が強化されるかと思うと、嬉しくてな」

「おお! 流石はシドーだな! 機関など、こてんぽんにしてしまおうではないか!」

「……任せておけ」

 

 十香は完全に士道の妄想を信じて、機関が実在すると思っていた。王者としての振る舞いは、中二病よりも素の要素が大きいようで、未だに士道のズレた言動に対して素直な反応を示すのだ。時に罪悪感を抉る純真の刃は、彼女の主である耶倶矢が最も被害を受けていた。

 

「そういえば、今朝の献立はなんだ? 炊飯器の米はいつもより少なかったが……まさか、兵糧が尽きたのか?」

「朝はトーストにするつもりだったからな」

「トォストとはなんだ?」

「パンのことだよ」

「きなこパンか!?」

「残念ながら、違う」

「むう……違うのか。あっ、いや、シドーの作る食事はいつも美味しいぞ!」

 

 士道は十香を伴ってリビングに向かうと、既に八舞姉妹も起床しており、アニメを見て何やら新技の相談をしていた。

「提案。以前は耶倶矢が飛び跳ねるだけでしたが、このように錐揉み回転を加えるのはどうですか」

 

「なるほど、それならば迂闊に踏み込む愚者共を、容赦無く逆風で弄んでやれるな。颶風の御子に相応しき技よのう」

「思案。最初の踏み込みが肝心です。今まで以上に連携が重要になります」

「くく、案ずるな、我と夕弦に不可能だと存在するものか」

「同意。夕弦と耶倶矢に不可能はないです」

「まあこれも、夕弦の力があってこそだがな」

「訂正。耶倶矢の力があってこそです」

「称賛ぐらい素直に受け取るがいい。夕弦は完璧だぞ。それ以上の存在だと居るまい」

「肯定。夕弦は完璧ですが、耶倶矢はそれ以上にパーフェクトです」

「いゃふふ、なんだ、褒めても何も出ないぞー、このこのー」

「反撃。つんつん」

 

 八舞姉妹はソファでつつき合い始めた。以前から仲は良かったが、最近は更に深めてはいけない領域まで踏み込んできている気がする。

 相変わらず喧嘩をしたり、夕弦が一方的に耶倶矢をいじったりはするが、十香との一件から、士道から見た二人は少し様子が変わったように思えた。余裕ができたというか、素直になったというか、何か心境の変化になることがあったのかもしれない。

 いちゃつきがエスカレートする二人に、士道は無言で十香の視界を手の平で覆い隠した。

 

「な、なんだ、シドー!?」

「穢れ無き眼は世界の宝だ。大事にするといい」

「ん、うむ……? よく分からんぞ」

「分からないことが価値になることもある」

「難しいのだな、この世界は」

 

 思い悩む十香に食器の用意を手伝ってもらい、士道は朝食の準備に取り掛かる。八舞姉妹もアニメが終わると手伝いに加わって、夜の内にある程度の仕込みをしているとはいえ、人数が増えた割には、士道の負担は抑えられていた。そもそも二人前を作るのも五人前を作るのも、量が増えるだけで、作業の種類が増える訳ではない。

 

「琴里を見ないが、どうしたのだ?」

 

 サラダの盛り付けに挑戦していた十香が、ふと疑問を口にした。

 

「確か精霊用のマンションを用意するために色々とやることがあると言ってたな」

「なっ!? この家から、我らを追い出す……というのか? 琴里は正気を失っているのではあるまいな?」

「追い出すって……近所の土地を借りると言ってたから、別にそこまで生活が変わるとは思わないぞ」

「戦慄。士道も賛成しているのですか」

「このまま精霊が増えたら部屋が足りないだろう?」

 

 十香と八舞姉妹が揃って絶望に沈んでいた。彼女たちをそこまで追い詰める理由がよく分からない。組織の新たな活動拠点が増えるのだ、寧ろ喜ぶべきではないだろうか。

 

「妙案。士道と一緒の部屋でも問題無いです」

「ちょ、夕弦! なに一人で抜け駆けしてんのよ!」

「寝床がないのだ……私もシドーと同室で構わん!」

「十香まで!? そ、それなら、私も士道の部屋に行くし!」

「追撃。夕弦は同衾も大歓迎です」

「ふ、ふんっ、添い寝なら私のが適任よ!」

「苦笑。添い寝で満足ですか」

「えっ」「えっ」「ん……? それ以上に何をするのだ?」

 

 ……早く、精霊マンションできないだろうか。このままでは、近い内にストレスで死ぬかもしれない。ただでさえ<ラタトスク>の訓練によって、女子耐性を付けるためだとかでギャルゲ展開に遭遇させられているというのに、そこに本人たちの積極性が加わったら――ああ、想像したくもない。

 それでも想像力豊かな士道には、恐るべき未来が見えてしまう。脳裏で夕弦の背後に、折紙が無表情で佇む姿を幻視する。

 

『私が、育てた』

「なんてことを!」

 

 想像の中の夕弦が眠たげな顔でサムズアップする。

 

『歓喜。ヤりました、家族が増えますよ』

「おい、やめろ」

 

 士道は頭を抱え込んで蹲る。幻影にツッコミを入れるとは、相当に追い詰められていたようだ。

 

「あんたたち、朝っぱらからお盛んね?」

 

 <フラクシナス>から戻ってきた琴里が、呆れ顔を浮かべていた。今の士道にとっては、その姿はもはや女神といっても過言ではなかった。床を這いつくばって、恥も外聞もなく義妹へとしがみつく。

 

「な、なに? どうしたのよ、士道?」

「俺を匿ってくれ!」

「はぁっ……?」

 

 未だに激闘を繰り広げる精霊たちの会話から、優秀な司令官様は色々と察してくれた。

 

「ああ、そういうこと。もうすぐでマンションは完成すると思うけど、間に合わないなら、士道と同室になるのは私でしょ」

 

 たった一言で、琴里はすべての争いに終焉をもたらす。

 

「だって、ほら、私は士道の妹だし、<ラタトスク>の司令官なのよ」

 

 こいつ立場と権力でゴリ押ししてきやがった!

 恋に恋する精霊たちの前に立ちはだかるラスボス、それは琴里だった。

 

「まあ安心しなさい、別にこの家に来るのを禁止するつもりはないから。食事は一緒に取ってもいいし、行動の制限も加えない。別荘ができるぐらいの気持ちでいればいいわ」

 

 寝泊まりについて有耶無耶のまま、説得によって騒動は終息し、一同は朝食の準備に戻った。

 琴里の顔を見て、ふと士道は預金額のことを思い出した。折角なのだから十香の歓迎会でもしよう。まだ忙しい毎日が続いており、琴里の予定が合わずに先延ばしにしていたのだ。

 

「今日の帰りに、みんなでカラオケにでも行くか? 十香が家に来てから、まだ何もお祝いもしてやれなかっただろう?」

 

 士道は変装用の女声を手に入れるために、カラオケに通い詰めていた時期があった。やはり声のモデルはあった方がいいだろうと、同年代だったアイドル歌手の『宵待月乃』を参考にしていた。

 八舞姉妹や十香もカラオケを気に入っているようだし、久し振りに歌うのもいいかもしれない。それから夕食をみんなの好物で揃えれば、食欲旺盛な彼女たちは喜んでくれることだろう。

 十香はカラオケと聞いて瞳を輝かせた。しかし、すぐに光は消えてしまう。

 

「だが、シドー……カラオケにはきなこパンがないぞ?」

「……それがお祝いの基準になるとは予想外だったよ」

 

 弁当箱にご飯を詰めようとしていた耶倶矢が、その手を止めた。

 

「金があるのならば、あの場所に案内してやれば良いのではないか? 血潮が沸き立ち、本能を呼び覚ます、かの戦場ならば十香を満足させる至高の逸品(フェイバリット・ワン)を手に入れられることであろう」

「勧誘。十香は至高のきなこパンを食べたいですか」

「至高の……きなこパン。それは、どこにあるのだ?」

 

 想像したのか十香が鼻息を荒くして八舞姉妹に迫った。

 八舞姉妹から促すように視線を向けられて、士道は代表して答えた。

 

「――来禅高校購買部だ」

 

 

    *

 

 

 来禅高校に昼休みがやってきた。授業から解放された生徒たちの笑顔があちこちで花開く。だが、すべての生徒が気を緩める訳ではない。

 本来は休息を得る時間に命を懸ける者達が居た。彼らは授業終了と同時に、教室を飛び出していく。

 

 校舎内で最も素早く動けるように綿密に計算されたウォーキングフォーム。廊下は走らず、慌てず、最速に。

 ルート選択も重要だ。校舎は変形したり、歪曲空間で繋がり合ったりはしないが、決して昨日の近道が今日の近道とは限らない。すべてのクラスの時間割を脳内にインプットし、朝の内に授業変更の情報を収集、不測の事態に備えて各クラスに密偵を配置するのも良い作戦である。

 

 コンマ以下の速さを争う彼らが嫌うのは人混みだ。対策案は存在する。木を見て森を見ずと言うように、個人の動きを予想するのは難しいが、クラスという集団となれば予測も容易い。とはいえ、最短ルートを目指す上ではできるかぎり回避すべきリスクである。

 

 これらはすべて戦場に辿り着くための前哨戦に過ぎない。

 そこは殺し合いの場には非ず。されど世界で最も過酷な戦場と知れ。

 人々はそこで生き抜く精鋭たちを、畏怖を込めてこう呼んだ。

 

 ――購買士(バイインガー)

 

 己の命よりも一途に至高の逸品を求め、購買部で彼らは今日も死闘を繰り広げていた。

 

 

 

 十香は初めて購買部を目にして興奮を隠せずにいた

 

「なんだ、この熱気は!? こんな場所が学校にあったのか……!」

 

 悲鳴や怒号は絶えず繰り返されているというのに、寧ろ温かい。ここには真っ直ぐな愛が溢れている。

 

 ――誰よりも至高の逸品を強く追い求めるのならば、まずは他者を蹴落とす非情を身に付けろ。躊躇は油断よりも危険だ。

 

 購買士が初期に教えられる――否、自ら悟る教訓だが、それは虐げる意志を持つのではなく、スポーツマンシップに近いものがある。負の感情で張り合うようでは、いずれこの戦場から拒絶を受けることだろう。ただ至高の逸品へと向ける、絶対的な想いを競い合うのだ。

 

「ほう、久しいな、<無邪気な風遊び(シュトゥルム)>。そして<無反応(ディスペル)>よ!」

「くきき、惨めにパンの耳を齧る用意はできているのかね」

「きゃはは、あの時の言葉、嘘ではなくて安心したわよ。でもぉー、そんな腑抜けた顔をしてるようじゃ、ここに来るのはまだまだ早いんじゃなーい?」

 

 購買四天王――<吹けば飛ぶ(エアリアル)>、<異臭騒ぎ(プロフェッサー)>、<おっとごめんよ(ピックポケット)>が士道たちの前に現れた。既にそれぞれ勝ち取った至高の逸品を手にしている。やはり、四天王の名は伊達ではない。

 

「我々は如何なる者も歓迎する。ようこそ、新兵。我らが戦場へ」

 

 <吹けば飛ぶ>が両腕を翼に見立てるように大きく広げて、混沌に満ちた購買部を示した。

 

「シドー……この先にきなこパンがあるのか?」

 

 十香の突き出した指先は微かに震えていた。

 

「購買部よ、私は帰ってきた!」「大人しくコッペパンを出せ! さもなくば――射殺する!」「狂気の沙汰(パン)ほど美味しい」「俺が、俺たちが、購買士だ!」「至高の(パン)はここにあり!」「時間を稼ぐのはいいが、別にパンを食ってしまっても構わんのだろう?」「ええ、遠慮は……って食うんじゃないわよ!」「購買王に、俺はなる!」「365日24時間死ぬまで食え」「ブラック・ブレットが黒パンじゃないって何度言えば分かるんですかー!」「ひひひ、ひひ、随分と調子に乗っておりますのね、わたくし!」「それは私の台詞でしてよ、わたくし?」「きひ、ひひひひ、まとめて相手をしてあげますわ、わたくしたち。そのメロンパンを一瞬で喰らい尽くして――差し上げましてよォッ!」「さあ、おまえの(パン)を教えろ!」「本当は……分かっていたんだ、今更だけど俺は全身全霊、チョココロネが欲しい!」

 

 お前ら出てくる世界違うだろう。隣界ってレベルじゃねーぞ。

 士道には馴染みの空気だが、十香にとっては、ただ近くに居るだけで圧倒された。同時に世界にはきなこパンだけではないのだと理解させられる。命を懸けるべきパンはまだまだあるのだ。

 なんだか最悪の精霊(きょうぞうさん)が更に増えてねーですか。きっと彼女たちの心にも購買士の魂が宿っているのだろう。気にしたら負けだ。(士道の実妹と本体が)このあと滅茶苦茶フルボッコした。

 

「きなこパンがお前を待っているぞ」

 

 士道は代金を十香に手渡す。

 

「うむ」

 

 十香は小銭を握り締めて駆け出した。

 恐れるのならば突き進め。迷うのは後悔に変わってからにしろ。前に進まぬ者に至高の逸品は微笑みはしないのだから。

 

「私は行くぞ、だから、待っていろ――きなこパン!」

 

 戦場に踏み込んだ瞬間、十香は揉みくちゃになれた。視界を人混みが覆い隠し、一歩を刻むことすら儘ならない。

 

「ぐっ、やめろ、私は進まねばッ!」

 

 引き返す人の波に呑み込まれて、十香はすぐに戦場から追い出されてしまった。

 

「流れを読め。人の塊と考えているようでは決して辿り着けない。全体を俯瞰し流動的な戦場を把握しろ」

 

 無秩序に見えて人の流れには必ず法則性がある。それを掴むことが購買士として戦う上での必須スキルだ。もちろん自らが流れを作る猛者や、人混みなど意に介さず飛び越える者、あるいは僅かな隙間を縫って軽やかに抜ける者も居る。だがそれは、基本があってこそ成せる技だ。

 

 士道の言葉を胸に刻み、十香は再び挑んだ。しかし新兵を嘲笑うように戦場は荒れ狂う。一瞬たりとも集中を途切らせることはできない。隙を見せれば瞬く間に、引き返す激流に押し戻されてしまう。

 

「はぁはぁ……何故だ、私には何が足りない!?」

 

 やがて、目ぼしいパンが消え去ると激戦区は消失した。陳列棚に並ぶのは、パンの耳だけだった。

 十香はパンの耳が詰まった袋を抱き締めて、すべてが終わった後の戦場で膝を突いた。空腹と敗北の悔しさから涙に暮れる。

 

「それだけじゃ足りないだろう、俺のパンも食べるか?」

 

 肩を叩かれて顔を上げると、士道がカツサンドを差し出してきた。目と目が合い、それが敗者への施しではないことを理解する。挑発だ。自分では至高の逸品を手に入れることもできず、他人のパンで飢えを凌ぐ浅ましい姿を晒すのか?

 

「王とは崇め奉られ献上品を受け取る者だ。国民に甘えることなど許されない」

「覚悟は受け取った。そんな十香にこそ、俺の至高の逸品は相応しい」

「どういう意味だ?」

「腹が減っては戦はできぬ。……次は絶対に勝て」

 

 無駄に格好付けて立ち去る士道の背を見送る。

 静まり返る購買部で、パンの耳とカツサンドを口に押し込んだ。もう無力は嘆かない。弱い自分は過去の自分だ。敗北を知った十香に慢心は存在しない。

 

「シドー、私は勝つぞ。勝って、おまえの選択が正しかったことを証明する!」

 

 そこに居たのは、ただ至高の逸品(きなこパン)を渇望する飢えた一匹の獣だった。

 

 

    *

 

 

 夕暮れ空を悠々と漂う空中艦<フラクシナス>。その仮想訓練室に、十香と八舞姉妹、そして士道の姿はあった。

 仮想訓練室では顕現装置と艦内設備によって様々な想定訓練が積むことができる。十香の燃え上がる闘志を感じ取った士道が、琴里に頼んで貸し出してもらったのだ。

 

「準備は良いか? これより始める訓練は生半可な覚悟で挑めば黄泉に引き摺り込まれる恐れもある。我らはそうなっても助けてはやらんぞ?」

「…………」

「くくっ、これ以上の言葉は不要か」

 

 耶倶矢は額に鉢巻をして更に竹刀を片手に握っていた。

 

「了承。では訓練を始めます」

 

 お揃いの鉢巻と竹刀を装備した夕弦の言葉に、十香は力強く頷いた。

 何故だか三人共ブルマ姿であり、士道としては目のやり場に困った。一体誰の入れ知恵だろうか、と考えてすぐに黒リボンの義妹の企み顔が浮かび上がった。

 

「それにしても……この空気、懐かしいな」

 

 士道は昭和のスポ根を感じさせる三人の訓練風景を眺めて、ふと自分の修行時代を思い出していた。何度も死に掛ける――普通の人間であれば死んでいた危険なものを幾つも乗り越えてきた。

 

「しかし、俺もうかうかしていられないな」

 

 四天王の一人として、簡単に負けることは許されない。四天王敗北それは即ち、あの愉快な購買士たちの統制が失われているということだ。そんなことになれば、来禅高校の秩序そのものが崩壊してしまう。

 

 士道は八舞姉妹が用意した訓練プログラムを手に取る。

 『熱血! 購買士へと至る道【初級編】』と表紙にでかでかと書かれたホチキス止めの資料は、見た目こそ安っぽいが士道監修のもと作成されており、中二病要素満載なのは確かで購買部で生き抜くために必要な多くのスキルを身に付けられるようになっている。

 

「これをやり抜けば、必ずや購買部で戦い抜く力を得られる筈だ」

 

 人混みを擬似的に作り出して、十香が何度も突撃を繰り返している。

 短い期間で技術を得るのは難しい。これはあくまで実践的な訓練を通して十香に購買部の空気を馴染ませることを目的としていた。

 

 通常時でも精霊の身体能力は非常に高い。それさえ発揮できれば、手も足も出ないことにはならないのである。

 パンへの執着。その執念を前に臆してしまった。

 殺気で相手を怯えさせるのに似ている。購買士は気迫でぶつかり合っているのだ。

 

「士道は訓練に参加せんのか?」

 

 十香の監督を夕弦に任せて、耶倶矢が壁際で見守る士道のもとへとやってきた。

 

「人前で訓練をすれば手の内を晒すことになる」

「ほう、やはり<無反応>は一筋縄ではいかんな。それでこそと言うべきか。いずれ夕弦と共に辿り着いてみせるぞ、貴様の境地に」

 

 耶倶矢は壁を背もたれにして座り込んだ。十香を見守る姿は主としてなのか、慈愛を感じる穏やかなものだった。普段の子どもっぽさが鳴りを潜めて母性が顔を出す。その横顔を見詰めて、士道は立っているのが落ち着かず耶倶矢の隣に座った。

 

「士道は変わったな」

「ん? 藪から棒にどうした?」

「いつも追い詰められているような……そうさな、使命感、いや……もっと根源的で暗い、贖罪に囚われているようだった。それが今は薄くなっている」

 

 落ち着いて耶倶矢と話すのは、<王の簒奪(スキル・ドレイン)>を初めて発動――記憶も曖昧な五年前を除けばだが――した時以来かもしれない。あの時は妄想と現実を行ったり来たりと、訳が分からなくなっていた。

 精霊を巡る戦いは過酷で、士道は臆病のままではいられなかった。成長したなどと口が裂けても言えない。成長させてもらったのだ。

 

「俺は小さい頃から、この世界に生まれたことが罪だと思っていた」

「そうか、それは……悲しいな」

「死ぬ勇気も現実を生きる強さも無くて、それで妄想に縋った。でも、お前たちに逢えて……ようやく変われ始めたんだ」

 

 士道は臭いセリフを言うのを躊躇しない中二病に染まった心に感謝を捧げると共に、耶倶矢と夕弦に言葉を送った。

 

「――俺と出逢ってくれて、ありがとう」

「こちらの台詞だ。我ら颶風の御子は貴様との出逢いに感謝している」

 

 台詞自体には羞恥を覚えなくても、立ち込めたもどかしい雰囲気に、二人は耐え切れなかった。お互いに顔を反対に向けた。

 耶倶矢とは恥ずかしい言葉も交わし合えるものだから、ついついやり過ぎて青春空間を構築してしまう。むず痒いが居心地は悪くなかった。

 

「耶倶矢と夕弦も変わったな」

「気付いておったか。我ながら愚かだとは思うが、眷属から学ばされたのだ」

 

 耶倶矢は咳払いすると口調を変えた。

 

「私たちの想いは、よく理解してるでしょ?」

「ああ……」

「十香も折紙も、自分の答えのためなら誰とだって戦えるし、誰とだって手を取り合える……それが、眩しかったから」

 

 彼女たちの強さに魅せられたのは、士道だけではなかった。なんだかそれが自分のことのように嬉しい。

 

「色々とごちゃごちゃになって、私も夕弦もお互いに素直になれなかったのよ。だけど、士道への想いと夕弦への想いは別物だって……今更になって、心の整理ができたってわけ」

 

 八舞姉妹はお互いの距離が近過ぎたからこそ、思うように行かなかったのだろう。

 振り回している張本人が自分だと思うと、とても遣る瀬無くなる。

 

「愚痴みたくなっちゃったわね。別に士道を責めるつもりはないから、変なふうに気負うんじゃないわよ」

 

 ビシリと眼前に指を突き付けられて、士道は苦笑を浮かべた。どうやらお見通しのようだ。

 耶倶矢が去って行くと、入れ替わりに夕弦が休憩でやってきた。ハンドタオルで汗を拭う姿はブルマ姿で露出部が多いこともあり、爽やかな色気があった。

 

「提案。舐めますか」

「……何を?」

「回答。汗です」

「……遠慮するよ」

「動揺。マスター折紙、話が違います」

 

 なんだか折紙と会話しているような気分になっていたら、やっぱり犯人は折紙だった。一体何をどうすれば汗が舐め取ってもらうものになるのか。

 

「冗談。流石に運動後の肌を舐めさせるのは衛生上の問題があります。夕弦もマスターに付いていけない時があるのです」

 

 俺は夕弦にも付いていけないよ、と言える空気ではなかった。

 

「疑問。それよりも士道は耶倶矢と何を話していたのですか」

「ええと、みんな強いなって話だよ」

「称賛。士道も強いです」

「俺はまだまだだよ。いつだって弱さで戦ってる」

「溜息。自覚がないのは恐ろしいです。士道は必死になると、強さが自然と出てきます」

「いつでも俺は必死だぞ」

「微笑。女心は機関とは比べ物にならないほど強敵ということです」

 

 未だに首を傾げる士道を見て、夕弦は口元を緩めたまま答えない。

 士道は本当に自覚がないようだ。機関と戦う時は、どれだけ追い詰められても意識をしているのかもしれないが素を出さない。しかし八舞姉妹を救ってくれた時から、誰かを絶望から解放するのは、本当の想いと真っ直ぐな言葉だった。

 

「分からん……どういう意味だ?」

 

 夕弦は唇に人差し指をあてて首を傾けた。

 

「黙秘。士道には教えてあげません」

 

 

    *

 

 

 十香は厳しい訓練を乗り越えた。

 そして八舞姉妹と士道によって、購買士として足りなかったものが浮き彫りになった。余りに自然で当然のものであったので、逆に気付きにくくなっていたのだ。

 

「結論。十香に足りないものは――」

 

 

    *

 

 

 十香が欠けていた力を得て、再び購買部に挑む日の朝、鳶一折紙はテレビを付けると、ちょうどやっていた番組によく当たると評判の占い師が出てきて、今日の運勢について語っていた。

 

『イニシャルがO・Tの方は、ラッキーアイテムのきなこパンがあれば、運命の人と距離を縮められることでしょう』

 

 折紙は画面の切り替わったテレビを、ぼんやりと見詰め続ける。

 

「折紙、鳶一……」

 

 自分のイニシャルはO・T。

 

「……きなこぱん」

 

 登校する時間には、まだパン屋は開店していない。かといって放課後まで待っていては、士道の予定も見えない現状では不確定要素が多過ぎる。

 けりを付けるのならば学校内。

 

「…………」

 

 運命の人と距離を縮めるために、折紙は久し振りに昼食は購買部で買うことに決めた。

 

 

    *

 

 

 再戦の時がやってきた。

 授業終了と同時に、二年四組の教室から、黒い影が誰よりも早く飛び出していく。

 

「訓練の成果、発揮してみせる!」

 

 十香は逸る気持ちを抑え付けて、徒歩で廊下を進んだ。走った瞬間、本当の勝利を味わうことはできなくなる。ルールを破って得たパンに価値などない。

 今日の時間割では、購買部付近から休み時間を迎えるクラスが多くて、圧倒的に不利なスタートを切ることになった。

 

 人混みの事前回避は不可能。ならば、最速で突破するしかない。

 前方から体育帰りの集団が接近。別のルートを通れば15秒のロスが生じる。

 

「――行くぞ!」

 

 決断は一瞬。十香の闇色の髪が宙を踊った。

 床だけが道ではない。ロッカーの上に飛び移り、その上を歩き抜けた。

 冷静に周囲の状況を把握すれば、自ずと道は見える。過去の猪突猛進だった彼女とは大違いだった。

 

 購買部前に到達した十香を待ち受けていたのは、前回と同じく購買士同士がぶつかり合う戦場だった。

 

「ふっ……」

 

 十香は不敵に笑った。

 訓練によって得た新たな力を発揮する時が来たようだ。

 

「私は<漆黒の王獣(アルコーン)>。我が道は王道、何人たりとも阻むことは許されんぞ!」

 

 圧倒的な気迫によって、購買士たちは根源的恐怖を感じた。本能でぶつかり合うからこそ分かる。アレは格が違う。四天王を超える才気を感じ取った。

 怯んだところへ十香は突撃した。

 

「悪いが、私のきなこパンへの想いは誰にも負けんぞ!」

 

 鯉の滝登りが如く、無力だった新兵が今まさにその姿を購買士のものとへと変えようとしていた。道を阻む勇士の目前で跳躍する。跳び箱の要領で相手の肩に手を付いて、上から追い抜いた。

 その時だった。

 

「空が誰のものか、その身体に教えてやろう!」

 

 <吹けば飛ぶ>が容赦なく十香に襲い掛かる。両手を肩に付いた状態で反撃の術はなかった。このままでは、空中で弾き飛ばされてしまう。

 

「私が授かった力は一つだけではないぞ!」

 

 十香に足りなかったもの。それは二つ名。かつて士道から与えられ、否定してしまった真名を改めて受け取った。

 初めての名前。その響きだけで十香の力を飛躍的に引き出した。

 そしてもう一つの力が発動する。

 

「まさか、それを武器にするとは……!」

 

 十香は首を振って、ポニーテールを鞭のように扱い、<吹けば飛ぶ>を打ち落とした。視界を闇に覆われて攻撃が逸れる。その間に十香は更に前へと進んでいた。

 

 ――奥義『王獣憤激(グノフォス)』。

 

 闇色の長髪を自在に操ることで、多彩な攻撃と防御を展開できる千変万化の技である。

 

「くきき、臭いは阻めるものか!」

 

 <異臭騒ぎ>の攻撃にも、十香は動じない。

 

「無駄だ!」

 

 予め分かっているのならば、数十秒の間を無呼吸でやり過ごすことは容易い。

 

「きゃはは、舐めてもらっちゃ困るわよぉ?」

 

 最後に立ちはだかるのは<おっとごめんよ>だった。パンを奪い取る身のこなしは、ディフェンスにも応用できる。

 

「舐めているのはおまえだ!」

 

 十香は髪をまとめていたリボンを解いた。闇が溢れ返り十香の身体を覆い隠す。それにより次の行動を相手に悟らせない。身体能力の差、そしてきなこパンへの想いが十香に勝利をもたらした。

 もう十香を阻む者は――白い影が並走していることに気付く。

 

「お前は……鳶一折紙!」

「きなこパンは、誰にも渡さない」

 

 <完璧主義者(ミス・パーフェクト)>は十香など意に介さず、己の目的を果たすために誰よりも速く人混みを突破する。驚愕から立ち直った十香は、すぐに折紙を追った。

 

「きなこぱんは私のものだ! おまえにだけは、絶対に渡さんぞ!」

「それは無理」

「くっ、まだだ、まだ諦める訳には行かないのだ! 士道のためにも、絶対に!」

「他人に戦う理由を預けた者に勝利は無い」

 

 十香は自分の意志を貫き通す折紙に、一瞬だけ士道の姿を重ねてみた。

 

「ふんっ……やはり、おまえは強敵だが、それでこそだ!」

 

 もはや二人のデッドヒートを阻める者は存在しなかった。

 購買士としての矜持。士道への想い。きなこパンへの渇望。

 あらゆる感情が未来に突き進む力に変換される。

 

 購買のおばちゃんは慣れ切ったもので、鬼気迫る顔で迫り来る二人に動じない。ただ残り少ない商品を並べて、穏やかな笑みで待っていた。

 

 折紙が一歩前へと出る。十香は追い縋るが更に突き放された。

 敗北の足音が近付いてくる。時間が止まった世界で、歯車が噛み合わないような奇妙な感覚に囚われた。何かが違う。きなこパンを求める気持ちに迷いなど無いのに。

 

「あっ……」

 

 十香の研ぎ澄まされた第六感が、背後からの視線に気付いた。士道が八舞姉妹が四天王たちが見守っている。

 

「そうだな、私が本当に欲しいものは――!」

 

 想いを力に、一瞬で折紙に追い付いた。

 陳列棚へと十香と折紙の手が伸びていく。残されたきなこパンはたった一つ。手にできるのは一人だけ。

 

 ――そして、二人の手は心から望んだパンを同時に掴み取った。

 

 

    *

 

 

 決着を見届けた士道は共に激戦を見守っていた戦友を振り返る。

 

「お前たち、手加減していただろう?」

「新兵に本気を出すほど、落ちぶれてはいない」

「くきき、強者は大歓迎を阻む理由はないからね。これからも購買部を大いに盛り上げてもらうよ」

「きゃはは、飴と鞭は使い分けが肝心よー」

 

 購買四天王。それは自らの勝利だけでなく購買部の平和を守り発展を促す者達に与えられる究極の称号。士道がこうして八舞姉妹や十香を誘うのは、何も彼女たちのためだけではない。彼もまた購買部を愛しているのだ。

 

「やはり<完璧主義者>は強かったか」

 

 十香と折紙の戦いの勝者は折紙だった。遠くからでは最後の状況は二人が陰になってよく分からなかったが、きなこパンを手に引き返してきたのは折紙だったことから分かったのだ。

 

「十香、見事だった。何も悔いることはないぞ」

 

 俯いたままの十香を元気付けようとした士道だが、予想に反して十香は晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

「このパンはシドーのものだ。受け取ってくれ」

「え……?」

 

 士道は手渡されたパンを見下ろす。それはカツサンドだった。

 

「何故だ?」

「最後の気付いたのだ。本当に欲しいパンはなんなのか。そうしたら、自然とそっちに手が伸びていた」

 

 敗者など居なかった。二人の戦いは二人の望んだものを与えたのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

「……ありがとう」

 

 お礼の言葉に、十香は満面の笑みを浮かべた。

 

「うむ、どう致しましてだ」

 

 

    *

 

 

 教室に戻った士道たちは、戦利品であるパンの味を噛み締めた。十香はそんな中で、空腹に苦しんでいた。ちなみに席の配置は第二次席替え戦争の結果、右隣に耶倶矢、左隣には十香、前に夕弦、後ろに折紙という形に落ち着いた。士道は時折、授業中に背筋に寒気を覚えるが、決して振り返らないようにしている。

 

「食い掛けだけど、十香が良ければ残りは食っていいぞ」

「要らん。私はパンの耳で十分だ」

 

 十香は頑なに受け取ろうとしなかった。

 一口食べただけで、士道は罪悪感からそれ以上は口に運べなくなる。

 

「士道」

 

 後ろの席から呼び掛けられて、振り返ると、折紙がきなこパンを差し出してきた。

 

「これ」

「ん……?」

「あげる」

「それは折紙の戦利品だろう?」

「あげる」

「悪いって」

「あげる」

「……ああ、だったら、食い掛けだけど、このカツサンドと交換でいいか?」

 

 凄まじい勢いで何度も頷いた。

 そんなにカツサンドが好きなのだろうか?

 無事にトレードが終わると、折紙はカツサンドの欠けた部分を見詰めて、恍惚の表情を浮かべた。ほとんどの者からは無表情に見えるが、士道を含めた一部の者には微細な表情変化が読み取れた。

 

「家宝にする」

「ちゃんと食べてやってくれ」

「食べるだけでは勿体無い」

「……食べ物だぞ?」

「これで、三日は堪能できる」

「消費期限は明日までだからな」

「問題無い」

「な、何をするつもりなんだよ?」

「それはもちろん――」

「いや、説明はしなくていい」

「そう」

 

 士道は考えるのを止めた。どんな事情があるのかは分からないが、きなこパンを貰えるのならそれでいい。

 隣で空腹に堪える十香にきなこパンを差し出す。

 

「ほら、十香、きなこパンだぞ」

「んっ!? だ、だめだぞ、シドー……例えきなこパンであろうとも、私は屈しない!」

「これは俺からのお礼だ。まさか断ったりはしないだろう?」

「ぬう……それならば仕方、ないのか?」

「ああ、仕方ない」

 

 十香の手がおずおずときなこパンに伸びた。そしてようやく受け取ってくれた。

 

「……きなこパン」

 

 潤んだ目で見詰めている。丁寧に包装を開けると、士道を何度もチラ見してきた。手の平を表に向けてどうぞとジェスチャーすると、十香はようやく頷いた。

 

「うむ、いただきます」

 

 豪快に齧り付いた。

 

「おおっ! こんなに美味しいきなこパンは初めて食べるぞ!」

 

 見る見るうちに笑顔に変わっていく。

 折紙は折紙でまだ恍惚の表情のままカツサンドを見詰めていた。

 細かいことを除けば、みんなが幸せそうで何よりだ。

 

「…………」

 

 士道はお腹を押さえる。他人の幸福は眼福であっても、腹を満たしてはくれない。

 

「くくっ、士道よ、貴様が笑わずしてどうする?」

「招待。夕弦たちと一緒に食べましょう」

 

 教卓を占領した八舞姉妹が手招きして誘ってくる。

 

「こんな贅沢は世界中探しても見つかりはせんぞ」

「同調。耶倶矢の言うとおり士道は幸せ者です」

「その通りだな」

 

 士道は教卓に並べられた三人分のパンの耳を見下ろす。十香のサポートに回っていた士道と八舞姉妹は、当然の如く至高の逸品を手に入れることはできなかった。

 別売りのジャムを付けたパンの耳を、まるで乾杯するように打ち合わせる。

 幸福に満ちた十香と折紙を眺めながらパンの耳を口に運んだ。

 

「――ああ、こんなにも美味しいパンの耳を食べたのは初めてだ」

 




 敗者の存在しない戦場、それが購買部。
 十香まで参戦して、大変なことになってますけど、きなこパンの設定がある時点で番外編で放り込むことは決めていました。
 まったくもう購買部は賑やかだなー(白目)


 突然ですが、スピンオフ作品のデート・ア・ストライクってあるじゃないですか。すごく面白いですよ。折紙さん好きの方は全四巻ですし、おすすめです。なんといっても、尻がいいです。あと、尻とか尻とか尻です。
 なんでこんな宣伝したかって? それはまあ、ちゃんと意味がありますよ? 










 ――第三部予告。

 その日、ASTに二人の隊員が新たに加わった。
「本日付で自衛隊天宮駐屯地に配属になりました。岡峰美紀恵二等陸士です! ヨロシクお願いします」
「――崇宮真那三尉であります。以後、お見知り置きを」
 それぞれ、士道と深い繋がりを持った彼女たちにより、物語は再び幕を開ける。

 士道は曇天を見上げて呟いた。
「この雨……ふっ、なるほど。遂にその時が来たようだな」
 もちろん、その台詞に意味など存在しない。敢えて言えば、無意味であるからこそ格好良い。彼の中二病は相変わらずであった。
『ぁははははっ! おにーさん、一人でポーズなんて決めちゃって、ぁっはっは、もー、お腹が捩れちゃうよー!』
 そして中二病は、雨の中で新たな精霊と出逢いを果たす。

 世界の裏側では既にもう一つの戦いが始まっていた。
「新型顕現装置(リアライザ)<アシュクロフト>を手に入れる。そのために、搬入日に合わせてASTの戦力を削るわよ」
「こっちは三人しか居ないのに……本当に大丈夫かな?」
「あ? 大丈夫かどうかじゃねーだろ、やんなきゃならねーんだよ!」

 偶然と必然、絡み合う運命に二つの戦いは結び付いた。
「――アルテミシアの笑顔を取り戻す!」
「――よしのんを……取り戻し、ます」
 交わる筈のなかった者達が交差し、物語は加速する。

 悲劇は積み重なり、誰もが不幸になっていく。
 ただ大切なものを取り戻したいだけなのに――現実はそれを嘲笑った。
「招待状もなく厚かましいが、生憎とそれが性分だ」
 悲劇を喜劇に変えるために、<業炎の咎人(アポルトロシス)>は戦場へと姿を現す。
「――不幸になりたければ、俺を倒してからにしろ!」
 己の意志を貫き通して、誰もが幸せになれる真実へと導け。

 中二世代ボーイ・ミーツ・ガール第三部『四糸乃ストライク』!!
 きみは深淵より招かれし黒歴史に打ち勝つことができるか?


(更新まで間が開くとは思いますので、のんびりお待ちくださいませ。あと毎日更新なんて無茶はやめて、第三部は不定期更新になるかと思います。ご了承ください)
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