士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
<ベルセルク>の勝負の余波で、甚大な被害を受けた天宮市で、復興部隊が修復活動に従事していた。既に<ベルセルク>はASTの追跡を嘲笑う速度で空を飛んでいき、先程
空間震による直接的な被害ではなかったため、警報が鳴らずにシェルターへの避難が行われず、多くの怪我人を出してしまった。幸いにも嵐の接近と勘違いして自主的な避難は進んでいたため、死人が出ることはなかった。
空間震警報が鳴らない。そういう意味では、本当に突発的で避難不可能な<ベルセルク>の襲来は、『最悪の精霊』である<ナイトメア>と並ぶ『災厄の精霊』と呼べるかもしれない。
天宮市上空一万五千メートル、空中艦<フラクシナス>の艦橋は慌ただしい様相を呈していた。精霊が去ったからといって、彼らの仕事は終わらない。事後処理など面倒な仕事が残っている。
「琴里、報告させてもらっていいかな?」
村雨令音解析官の声に、艦長席に腰掛けていた琴里は、僅かに顔を上げる。咥えたままのチュッパチャップスを口の中で転がした。
一通り報告を聞くと、琴里は幼い容姿には似合わない重い溜め息をついた。
「<ベルセルク>の被害で人不足ってことね」
避難できなかったのは、<ラタトスク>の人員も同じだ。特に士道の監視を行っていた者達は、監視対象本人が嵐の中に突撃していったのでかなりの被害が出ている。
現場指揮を神無月恭平に任せて、琴里は令音と今後の作戦行動について話し合った。
「『天宮の休日』のための仕込みはほぼ破壊されている。各地に忍ばせた屋台なども同様だ。自衛隊の復興部隊に任せる訳にはいかないし、我々の存在を気付かせないためにも、情報操作、隠蔽は必須だろうね」
「……そうね、仕方ないわ。監視員をそっちに回しましょう」
「いいのかい?」
もしも士道の身に何かあれば、それを琴里は自分の判断ミスとして、自身を責め抜くことだろう。
「構わないわ。しぶといのが士道の取り柄だもの」
「……分かった。調整は私がやっておこう」
そのまま令音が立ち去らないことに琴里は首を傾げる。
「どうしたの?」
「少し疑問を解消しておきたいと思ってね。この様子ならば、聞き耳を立てられる心配も要らなそうだ」
「ふーん、内容にもよるけど、何を訊きたいの?」
「どうして彼が精霊との交渉役に選ばれたのか、まだその理由を聞いていなかったことを思い出したのさ」
令音はスクリーンに映る廃墟と化した街から、平然とした顔で姿を現す士道を示した。色々な意味で非凡なのは分かるが、あくまで一般人である彼がどうして交渉役という大役を任されたのか、データ上のプロフィールでしか士道を知らない令音には分からなかった。
「まぁ確かに気になるわよね」
琴里は他人には秘密にするよう念を押してから、士道の過去を語った。
士道と琴里は血が繋がっていない。それは士道が幼い頃に実母に捨てられて五河家で引き取ることになったからだ。まだ琴里の物心がつく前だったために詳しくは知らないが、当初は士道の状態は最悪と言っても過言ではなかった。
「士道は実の母親から捨てられたことで、自分の存在そのものを否定された――そんな風に思ったんでしょうね。だから、士道はその絶望に抗うために……『中二病』になった」
世界から拒絶された『能力者』。謎の『機関』に追われて、平穏を手にすることのできない存在。母親からの拒絶を設定に置き換えて、自分の心が壊れないように殻で覆ったのだ。
それは間違った強さだ。
「だけどね、おにーちゃんは本当に強いんだ」
司令官モードでありながら、琴里は士道を『おにーちゃん』と呼んだ。それだけ感情を抑え切れていない証拠である。
琴里は自分の失言に気付いて咳払いする。
「設定が矛盾しないように、士道は自分を鍛え上げた。監視員を欺く隠密行動もその一つ。どこまでも逃げているのに、どこまでも真っ直ぐで……そんな士道だから、自分と同じく世界から否定された精霊は放っておけないと思ったのよ」
中二病に染まりながらも、根に宿った優しさは変わらない。
だから、琴里は司令官モードの時は罵ることがあっても、本当におにーちゃんが大好きだった。
「心情的な理由は理解できたが、それだけかね?」
「流石は令音ね。いいわ、いずれみんなも知ることだと思うしね」
琴里は語る。
<ラタトスク>があるから五河士道が必要になったのではなく、五河士道をサポートするために今の<ラタトスク>が誕生したことを。
ただ、琴里は勘違いしていた。
士道は中二病を自覚して空々しい妄想と現実の狭間で苦しんでいると思っているが、今では違う。彼の妄想は精霊――同類の能力者と出逢うことで肯定され、本当に自分が『世界に拒絶された能力者』だと思い込んでいるのだ。
そしてミスを犯した。
監視員を外したことで、士道は再び『自由』を手に入れてしまった。それはかつて士道が中二病をこじらせてしまった時と同じ、決定的な失策だった。
*
同類との出逢いを果たした翌日。
士道は機関を欺くために、今日も来禅高校に登校していた。平穏無事に日程を消化していき、昼食の時間がやってきた。
しかし、士道は苦渋に満ちた顔で机に両肘を突いた。
無い。弁当が無い。忘れた訳ではない。寝坊して作る時間が無かった訳でもない。単純に、昨日の台風騒ぎで商店街がシャッター街に早変わりしてしまい、食料を調達できなかったのだ。
「あの場所に行くしかないのか」
かつて、幾度も死闘を交えた来禅高校最悪の激戦区――購買部に赴く以外に昼食を得る術はない。
いや、昼休みという限られた時間で取れる手段はもう一つあったが、士道は額を机に打ち付けて、その邪念を振り払った。
「
士道は立ち上がる。この時間では、既に戦場は混乱していることだろう。新兵など一分も持たずに下敷きにされる。ブランクのある自分が生き残ることができるのか、不安が無いと言えば嘘だった。
「だが、やらねばならんのだ」
そして、かつて四天王の一人として購買部にその名を轟かせた男は、戦場へと舞い戻ろうと――
「ふんっ、ようやく見付けたぞ、<
「発見。雪辱を果たしに来ました」
八舞姉妹が背中合わせで教室の扉の前に立っていた。二人共、霊装である拘束服は身に付けておらず、来禅高校の女子制服を纏っている。どこか裏ルートから入手したのだろう。
実際は精霊の力で形作ったのだが、士道はその手の店が天宮市にあるのは熟知していたので特に疑問に思わなかった。彼も変装道具を入手するためにお世話になっている常連だ。
耶倶矢は預けた決着をつけるため、夕弦は耶倶矢を独り占めにされた腹いせのため、士道を見付け出した。
「さあ、血で血を洗う闘争を、一心不乱の闘争を、我は血に飢えて――」
ぐぎゅるぅ……と耶倶矢の腹が鳴った。
「嘲笑。流石は耶倶矢です。血を求めてお腹が悲鳴を上げています」
「ち、違うし! 私じゃないし!」
「否定。夕弦の耳は耶倶矢の――」
ぐぎゅるぅ……とまた腹が鳴った。今度は夕弦だった。
「ほ、ほら! やっぱり夕弦だった……お、おほん、ふんっ、他人に己の失態を押し付けるとは、堕ちるところまで堕ちたな」
ギリギリと歯ぎしりの音を立てて、バチバチと火花を散らす勢いで睨み合う。
二人の腹が同時に鳴った。
「…………」
気まずい沈黙が包み込む。
ただでさえ目立つ容姿の二人だ。学校内で中二病患者として有名な士道にちょっかいを掛けに来たとなれば、その注目度は他クラスからも人を呼び寄せる程だった。
更にそこへ士道の鋭い視線が突き刺さる。まさしく絶体絶命。
耶倶矢は考えた。この絶望的な状況は果たして偶然によって構築されたのだろうか? 余りにも出来過ぎているように思える。まるで予告なく仕掛けた八舞姉妹の襲撃を予期して用意された罠のようではないか。
――耶倶矢に電流走る!
そう、考えてみれば奇妙だった。
再会を約束しておきながら、士道は「天宮市で待っている」としか言わなかった。現界して天宮市の場所を探すのは簡単だったが、それだけの情報で士道に辿り着くのは至難である。そこで八舞姉妹は考えた。きっと他にもヒントが隠されている筈だと。
それこそが士道の制服。邂逅した時の服装こそがヒントだと気付いた二人は、学校を中心に調べ回り、この来禅高校を見付け出した。後は簡単だ。精霊の力で変装して、士道の姿を探すだけである。
これまでの過程で、八舞姉妹はASTなどの妨害を受けないために人間に扮して行動していた。当然、風を操り空を移動するような目立つ行動は取れない。自然と時間は掛かり、二人のお腹は空いていく。
そして、ご覧の通りだ。
士道を見付け出した二人は、疲労困憊であり空腹状態に陥っていた。
「腹を減っては戦もできぬ、謀られたということだな!」
耶倶矢は神算鬼謀に戦慄する。ちょうど空腹に襲われるタイミングで自分の元へ現れるように調整する。こちらの実力を完全に読み切っていなければできない芸当だ。
「不覚。すべて計算尽くでしたか」
夕弦も同じ結論に至ったのか驚愕に打ち震えていた。
士道はただ格好付けて詳しく自分の居場所を説明しなかっただけで、もちろん深い意味などない。つまり八舞姉妹の勘違いである。しかし、こんな美味しいシチュエーションで士道が自重する筈がない。
現状に適した顔を浮かべるように、表情筋へ命令を下す。
「ふっ……」
それは即ち黒幕の笑み。目元を手の平で覆い隠して、口元を強調するのがポイントだ。
――この世界の理は我が手中にあり!
ただ鼻で笑うだけで、勝負は決した。
士道は敗者への施しをよく理解している。空腹の彼女たちと戦ったところで得られるものはない。全力を出し切ってこそ意味がある。
夕弦は士道の視線に、ぞくりと背筋に氷柱を突き立てられたような緊張が走る。士道の瞳が血のように真っ赤な色に変化していた。あんな禍々しい紅の瞳の人間が存在するとは思えなかった。本当は気分の乗ってきた士道が、赤色のカラコンを付けただけである。
「驚嘆。耶倶矢とは違って、本物の魔眼を持っているようです」
「はっ!? ほ、本物だし! 偽物じゃないし!」
まだ騒ぐ元気は残っているらしい二人に、士道は柔らかい笑みを浮かべる。
「耶倶矢、夕弦、お前達は未熟だが俺と同じ能力者だ。まだ成長の可能性は大いにある。付いて来い、本物の戦場を教えてやる」
返事を待たずに歩き出す。
士道もまたいい加減空腹だった。
なんだか毒電波を受信して、『
見る者を寧ろ羞恥に誘う中二病――<業炎の咎人>五河士道
我々の業界ではご褒美です――<オクトーバー恭平>神無月恭平
その口から放たれるは暴虐の弾丸――<無茶ぶりトビー>鳶一折紙
完全なる命令遂行能力、完璧なる命令選択――<人類最強>エレン・M・メイザース
物量作戦で王者を獲得、無傷の絶対王政――<愉悦クラブ>時崎狂三
うん、収拾なんてつかない以前に、このメンバーが顔を揃える状況が想像できない。