士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
士道が耶倶矢と夕弦を連れてやってきたのは、もちろん購買部である。
「この異様な熱気と突き刺すような剣呑な空気……人間共め、人畜無害の振りをしてその闘争本能を隠していたと見える。気に入ったぞ、<
「興奮。申し分ありません。やはり夕弦も平穏より戦場を求めていました」
満足そうに頷く二人。士道から手渡された小銭を握り締めて、今にも突撃しそうな勢いだった。
「落ち着け、ここは所詮、人間の戦場に過ぎない。俺も訓練としてよく利用していた。だからここでは『能力』は使用禁止だ」
「ほう、人間の身まで力を抑えて戦うか……なるほど、今までにない戦いやもしれん。どうする、夕弦?」
「思案。面白いかもしれません」
「かかっ、ではそれで行くとしよう。突破口は我が開こう!」
耶倶矢は体勢を低く前屈みに構えて、勇ましく特攻を仕掛けた。力を抑えながらも、その姿はまさに風の化身。雑兵など物ともしない生きた台風と化す。
夕弦も続き、二人の姿は戦場に消えていた。
「BLTサンドを所望致す!」「妾の口に合うのは揚げパンのみぞ、平伏すがいい愚民共!」「俺、クリームパンを手に入れたら結婚――ぎゃぁぁぁ!」「メディック! 早くこいつに治療――ではなく止めを刺せ!
なんだか好意的に表現して個性が輝く生徒が多い気もするが、それは仕方ないことだ。購買部を統べる四天王がそういうキャラだったために、矮小な自我を捨てて一人の戦士の心を手にしなければ生き残れない過酷な戦場へと悪化してしまったのだから。大体は士道が原因である。
なんだか
そんな過酷な戦場に八舞姉妹は挑んでいった。確かに彼女たちは士道と同じ能力者である。しかしこの戦場では所詮、新兵でしかない。すぐに身を持って知ることになるだろう。
八舞姉妹の帰還は予想通り早かった。購買部の最奥にまで辿り着くこともできず、逃げ帰ってきたのだ。
「な、なんなのよ……こんな手も足も出ないなんてありえない……」
「放心。世界は広いです」
ペタリと廊下に座り込んで固まってしまった。
士道は慰めの言葉とアドバイスを送ろうと思ったが、視線を感じて別の言葉を口にした。
「二人共、下がっていろ……巻き込まれれば死ぬぞ」
八舞姉妹は士道の横顔を見て、それが嘘ではないと本能で悟る。敗北の悔しさを噛み締めながら素直に購買部から離れた。
一瞬の油断が命取りになる。戦場とは元来そういう場所だ。
しかし、士道は彼らを前にすれば、危険と知りながら足を止めて、周囲への警戒が疎かになると分かっていながらも目を確りと合わせた。
「ふっ……あの日以来か、おめおめとよく顔を出せたものだな、<
トサカ頭の男――<
「くきき、愚かな敗残者が今更ここに何しに来た?」
白衣の男――<
「きゃはは、臆病者の居場所はここには無いわよぉ」
小柄の女――<
それぞれが手にしていたのは、
嘲るような口調だが、士道は気付くことができた。彼らとはかつて魂の領域で結びついた戦友なのだ。本音を見抜くことなどそれこそ昼飯前だった。
――彼らは本気で怒っている。本気で悲しんでいる。
ああ、どれだけ冷たく当たろうとも、彼らはまだ俺のことを戦友だと信じているのだ。
だから、至高の逸品を振るい、士道の中に眠る一欠片の購買士としてのプライドを呼び覚まそうとしている。
入学当初、気楽な気持ちでこの場所を訪れた。まさしく戦場を知らぬ新兵そのものだった。そして並み居る強者たちに屈してパンの耳を涙を隠して齧り付くことになったのだ。あの日、士道は彼らと出逢わなければ機関への対応で忙しいことを理由に、この場所を無様に去ったことだろう。
結果的には、敗北を切っ掛けに
士道はようやく理解した。この日、再びこの戦場を訪れたの必然である。
三人の戦友に向けて、謝罪を口にしようとしていた自分を罵る。そんな言葉で彼らを納得させることはできない。
告げるべき言葉は決まった。
そうだ、俺はこの場所に、
「――忘れものを取りに来た」
この瞬間、再び四天王が集った。
「ふっ、待っていたぞ」
「貴様にも購買士の誇りが残っていたか」
「きゃは、きゃはは……うくっ、ぐす……」
三人の喜ぶ姿に士道の頬が緩む。
「おいおい、泣くことは――」
――階段を下りるその足音は嫌によく響いた。
「まさか……!」
「こんなタイミングで――」
「来てしまったの!?」
三人の驚く声を引き継いで、士道はその名を呼んだ。
「――<
姿を現したのは、士道の心を折った少女だった。またの名を鳶一折紙。士道のクラスメイトで隣の席に座る、来禅高校が、日本が誇る秀才。文武両道の隙のない佇まいからは、穏やかだが強者のオーラが迸っていた。
圧倒的な存在感が、四天王の視線を引き寄せて離さない。八舞姉妹もまた同じものを<完璧主義者>に感じていた。
まさしく運命は皮肉なものだ。
復活したその日に、再び宿命の好敵手と戦わねばならないとは。
「だが、それでこそと言うべきか」
士道は既に闇に堕ちた咎人。あらゆる災厄が襲おうとも否定する権利を持たない。ただ抗うことでしか生き残れないのだ。
「我らが四天王の力、見せ付けてやるぞ!」
<完璧主義者>は八つの眼光を物ともせずに進む。まるでこちらに気付いていないようだ。いや、意識する価値すらもないと無言の表情が雄弁に物語っている。
「舐めるなぁぁ――っ!」
四天王の誇りを掛けて、<吹けば飛ぶ>が身動きを取ることのできない空中戦を挑む。しかし<完璧主義者>はまるで羽根があるかのように、空中で姿勢を変えて回避した。
「くきき、この芳香剤からは何人たりとも逃れられない!」
<異臭騒ぎ>の散布した調合薬が、目を、鼻を、内蔵を侵していく。
だが、<完璧主義者>の行動は素早かった。士道を目の端に捉えると、まるで自然な動作で転んだ振りをして士道の胸元に寄り掛かった。
クンカクンカスーハースーハー。
一体こいつは何をやっているんだ!?
あの<無反応>の士道すらも驚愕させる<完璧主義者>の行動に、誰もが凍り付いていた。
調合薬が薄れると、<完璧主義者>はすぐに行動を再開する。停滞した戦場が動き出したのは、彼女よりも一歩遅れていた。まるでモーセの奇跡の再現だ。左右に別れて道を譲る人々を尻目に、<完璧主義者>は悠々と購買部の限定パンをその手に収めた。
「きゃはは、戦場帰りのその油断は命取りだよぉ」
パンを買ってからが<おっとごめんよ>の真骨頂。
行き違う<完璧主義者>の手からさり気なく、限定パンを奪い取ろうとして――その前に、腕を掴まれた。
「これは私のパン」
「えぇぇ、なんの話ぃ? 変な言いがかりはよしてよぉ」
作戦失敗を受け入れてすぐさま逃げの一手を打つが、<完璧主義者>がただで見逃す筈がなかった。
「そう」
たった一言。
それだけで、終わらせた。
――言葉を交わす価値も無い。
言外に伝えられた蔑みに、<おっとごめんよ>は崩れ落ちた。
まさに圧倒的。十歳で少年少女を旅立たせる世界だったならば、まさしく四天王の上に君臨するチャンピオンと呼ばれていたことだろう。
「待てよ」
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
最後の四天王――<無反応>五河士道は<完璧主義者>と対峙した。
「なに」
振り返った<完璧主義者>の表情は心成し嬉しそうに見えた。
「お前のその手にあるパン、渡してもらうぞ」
士道は実戦で鍛え抜いた末に確立した格好良いポーズを取る。
<完璧主義者>は無表情のまま応えた。
「今朝、材料が無く弁当を用意できなかったのは知っている。だからこのパンを譲るのは構わない。ただし条件がある」
どうしてそれを知っているのか疑問に思ったが、触れれば更なる深淵の闇に呑み込まれると判断してスルーした。
「条件……?」
「そう」
「言ってみろ」
「あなたが欲しい」
「は……?」
「訂正する。あなたの弁当が欲しい」
「つまり明日にでも作って持ってくればいいということか?」
コクリと無言で頷いた。
そんな簡単なことでいいのなら、喜んで弁当を渡そう。
「いいだろう、その条件を呑もう」
「はい」
言い終わるか否かという早さで、<完璧主義者>は士道に限定パンを手渡した。
<完璧主義者>はすぐにその場を去っていく。いつになく上機嫌なスキップをしながら。ただし無表情のままで。
「勝ったのか……?」
勝利を収めた喜びに身体が震える。
――いや、違う。
これは戦術的勝利とも言えない、圧倒的な敗北だった。
身体を震えさせるのは、奥底より沸き上がる純然たる怒り。
要するに慈悲なのだ。なんちゃって主夫である士道の弁当は琴里が舌鼓を打つ逸品ではあるが、限定パンに勝る価値があるとは思えない。
遂に決壊した怒りの感情が放出される。
「くそ、くそ、くっそぉぉぉぉ――っ!」
士道はその場で限定パンの包装を破って、一気に口に押し込んだ。味なんて分からない。あったとしても、それは敗北の味でしかない。
これほどの屈辱は未だかつて味わったことがない。
二度目の敗北を経験した士道は、尻込みせず逆に燃え上がった。
やられたらやり返す、オーバーキルだ!
その後、八舞姉妹は姿を消していた。
家路の途中で、士道は商店街に寄る。今日の夕食のための食材すら冷蔵庫には残っていない。それに<完璧主義者>に渡す弁当は、一矢報いるためにも良いものを用意したかった。
「さて、帰るとするか」
帰宅した士道を、愛しい妹の琴里が笑顔で出迎える。
「おー! おひーしゃん、ほはえり」
飴を口に咥えたままなので、うまく発音ができていなかった。
「夕餉が近い、魔力を回復するとはいえ腹にも溜まるマジックキャンディは控え目にしておけよ」
琴里は棒付き飴を口から出して指で掴んだ。
「あはは! だいじょーぶ! お腹に穴を開けてでもおにーちゃんの用意するご飯なら完食するぞ!」
それはただの垂れ流しである。
「いい心掛けだが、その覚悟を決めるぐらいなら最初から魔力の無駄遣いをやめて、食事前の摂取は控えておけ」
「はいはーい!」
元気よく返事をして、琴里は買い物袋で塞がった士道の片手から重い方を受け取ろうとするが、士道は軽い方を手渡した。
琴里は中を覗き込んで喜色満面になる。
「今日はハンバーグか!?」
「弁当用のそぼろだったが、それもいいだろう」
「おおー、愛してるぞ、おにーちゃん!」
身体全体を使って素直な喜びを表す琴里に、士道の頬が緩んだ。心の中で誓う。この愛らしい義妹だけは、機関との戦いに巻き込む訳にはいかない。
なんだか熱っぽい視線にあてられて、琴里の様子がおかしくなる。顔を髪色のように赤くして、そわそわ落ち着きを失った。
「お、おにーちゃん?」
「なんでもない。俺も愛しているぞ、琴里」
にっこりと笑い、なんの恥ずかしげもなく、真っ直ぐに、好意を示す。
琴里の頭からぼんっとドーナツ型の煙が噴出した。
更に追加攻撃。去り際に士道の手の平がぽんぽんと頭を撫でていく。
――
完全に決まった。恐るべしは中二病か。彼らには羞恥という概念が存在しない。それ故に口説き文句や変態的行動もまた通常営業内に含まれる。まったく、中二病は最強だぜ!
一人で玄関に残ったままの琴里は、士道の温もりが残っている頭に手を載せた。
「もしかしたら、おにーちゃんに訓練は必要ないかも」
その日、<フラクシナス>に待機していた令音は琴里の好感度メーターが限界突破するのを確認した。本当にこの兄妹は兄妹で終われるのか、精霊の力の封印方法を考えると一抹の不安を拭えない令音だった。