士道くんは中二病をこじらせたようです   作:potato-47

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5.秘密の戦争-3-

「――この世界は、欺瞞に満ちている。人間たちは腐敗しきっている。俺たちは、そうなっちゃいけない。示せパワー、漲るワンダー。未来に向かう足を止めちゃいけない。我々を守ってくれるのは我々自身だけなのだ。

 孤独を友に、絶対の意志を胸に抱き、戦え、戦え、戦え!

 我らが進むのは正道に非ず、我らの行いは正義に値せず――されど、世界の欺瞞を暴き、世界に真実を敷く、唯一絶対の抵抗である!」

 

 渾身の演説は、士道以外にたった二人しか居ない寂れた公園に轟いた。数少ない観客も、一人は聞き入っているが、もう一人は今にも夢の世界に落ちそうな状態だった。

 要するに、士道の妄言をまともに聞いていたのは耶倶矢一人だけだったということだ。

 

「なるほど、この世界は既に修正するには手遅れ、ならばいっそ破壊し尽くした後に再生を齎すべきだと考えているのか」

「そういうことだ」

 

 一体どういうことだろうか。

 

「沈黙。もはや何も言えません」

 

 夕弦は二人で勝手に話を進められてしまい付いていけない。付いて行きたくないともいう。

 さて、琴里たち<ラタトスク>や折紙の所属するASTが見れば目を剥く奇妙な光景が、夕暮れの公園で展開されていた。どうしてこんなことになったのか、それを知るためには少し時間を巻き戻す必要がある。

 

 

    *

 

 

 士道と八舞姉妹が友好を深めるよりも数週間前。

 再戦の時は意外にも早く訪れた。購買部の出来事から数日後、休日を満喫する筈もなく今日も今日とて機関との戦いに備えるべく、逃走ルートの把握のために街の散策に出ていた。こうした日頃の積み重ねが、いざという時に助けになるのだ。

 

「あっ、ようやく見付けたわよ! じゃなくて……ん、んん、運命神はかくも気紛れよのう。こうして貴様との縁を結ぶとは。息災か、<業炎の咎人(アポルトロシス)>よ」

「偶然。ばったりです」

 

 何やら白々しい態度だったが、数少ない同類を無碍に扱うことはしない。寧ろ内心では、購買部の戦闘でPTSDを患うことなくこうして再び相見えたことが嬉しくってテンション急上昇中である。

 

 二人は以前と同様に来禅高校の制服姿だった。

 士道は近接戦闘用の構えを取る。もちろん実用的ではない。格好良さメインだ。当然である。

 耶倶矢は呆れ顔になった。

 

「まあ待て、直接戦えば世界が危うい。だからこれを使おうではないか」

「まさか、それは……」

「ふふっ、流石の貴様もこればかりは恐ろしいと見える。当然であろうな、何せこの『四宝紋章の刻まれし魔符』はかつて世界を四つに割り争わせた――」

 

 耶倶矢の言葉を士道は引き継いだ。

 

「しかしたった二人の死神によって、その戦いは終息させられ、世界に暗黒時代を齎した忌むべき呪具」

「翻訳。つまりトランプで決着つけましょう、ということです」

「ちょ、夕弦! 空気読みなさいよ!」

「拒否。二人はいちいちまどろっこしいです」

 

 ぐだぐだ極まりないが、出逢ってしまったならば戦うしかない。それが咎人たちの定めなのだ。

 

 

    *

 

 

 マズルフラッシュの如く光が乱舞し、耳を劈く激音が轟く――そう、ここはまさしく戦場ではなく、カラオケだった。初めてらしい八舞姉妹がはしゃいで、色々と装置をいじった結果、大変なことになった。

 

 能力者三人が集うとなれば、まさか自分の拠点に招く訳に行かない。琴里を戦いに巻き込まないと誓ったばかりだ。

 さあ、勝負(デュエル)を始めよう――と士道がトランプをシャッフルし終えると、歌えるのならばまずはカラオケ勝負をしようではないかという話になった。

 

 八舞姉妹はデュエットに絶対の自信があった。士道も耳にして、他の曲も聴きたいと思えるクオリティだった。しかし、勝負の世界は非情。例え美しい歌声を披露されたからといって、手を抜く訳にはいかない。

 

 士道の喉から奏でられるのは、選ばれし者のみが紡ぐことが許されたヒュムノス語。歌唱力は八舞姉妹に劣るかもしれないが、圧倒的な中二力を秘めた独自体系の言語の存在は、八舞姉妹を屈服させるには充分だった。どうして士道がそんな言語を使えるのかなんて理由は至極単純である。格好良いから必死で練習したのだ。

 

「くっ、やりおるな、だがまだ勝負は終わっておらぬぞ」

 

 耶倶矢はテーブルに並べたトランプを手にとって三つに配り分ける。

 

「四方の女神が終焉の刻を超えし七天を再生し、選ばれし民が大地と宇宙を創造する――我らに相応しき壮大な遊戯だとは思わんかね?」

「なるほど、七並べ(セブンス・ワールド)か」

 

 夕弦コンパイラを必要とせずに、士道は即座に理解した。

 そして、仁義無き戦いが始まった。

 

 

 

「来たれ天地開闢! かかっ、我が力により世界の始まりと終わりを繋げてやったわ!」

「感謝。これでダイヤのキングが出せます」

「えっ……!?」

「浅慮。耶倶矢のミスのお陰で活路ができました」

「み、ミスじゃないし! 慈悲だし!」

 

「ふんっ、どこを見ている? これでもう俺が幸運を告げる葉(クローバー)を手中に収めたも同然だな」

「油断。ぐぬぬ」

「はんっ、元より幸運に頼るものなど軟弱よ、我の手札には存在せぬ」

「随分と低く見られたものだな」

「唖然。開いた口が塞がりません」

「えっ? え? あっ……ち、違うし! 手札を教えたのはハンデだし!」

 

「宣言。次のターンで夕弦の勝利です」

「その傲慢、俺が崩してやろう。俺がダイヤの十を出すと思っただろう? 残念だったな、パスだ!」

「動揺。その手がありましたか」

「怖気づきおって、戦いから目を背けた者に勝利は………………あ、出せない」

「指摘。耶倶矢は既にパスを二回使っているので、次はありません」

「……う、うぅぅ」

「催促。どうしましたか? 早く出してください」

「うぐ、ぐぐぐ……」

「愉悦。にやにや」

「う、うう、うがぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 その日、数十回とゲームは繰り返された。

 状況は理解できたかと思うが、最下位は耶倶矢になった。

 そして最多勝利者は士道だ。彼は本人が名乗る<業炎の咎人(アポルトロシス)>以外にも、購買部の仲間が呼ぶようにもう一つ二つ名を持っている。

 それが<無反応(ディスペル)>。士道は完璧なポーカーフェイスで相手に先読みさせない。寧ろ相手に疑念を呼び起こし、自分の望む展開に誘い込むのだ。

 

 

 

 

 それから数日後、八舞姉妹は再び士道の前に現れた。安売りのチラシを片手にショッピングモールを回り、その帰り道だった。

 

「真の強者たるもの内蔵まで鍛えるのは当然、だから今度は早食い対決だ!」

「再戦。今度は負けません」

「俺はいかなる挑戦も逃げずに受けよう。それで、品目(オーダー)はなんだ?」

「――たこ焼き(デビルフィッシュ・バースト)だ!」

 

 耶倶矢は天宮市ではそれなりに有名なたこ焼き屋台を指差して、ふふんと胸を張った。物凄くいい笑顔だ。どうやら単純に食べたかったらしい。すぐ隣で夕弦も胸を張るのを見ると、なんだか格差社会を目の当たりにして視界が滲んだ。

 

 早速三人分のたこ焼きを注文して、勝負は始まった。ちなみに代金は士道持ちである。二人は食い逃げする気満々だったので、士道が久し振りに常識を発揮して止めた――かと思ったが、機関に自分達の存在が露見しないように気を使っただけだ。

 

「咀嚼。美味しいです」

 

 熱々のたこ焼きを頬張りながら、夕弦は露とも表情を変えない。

 その隣で耶倶矢は悶えていた。

 

「はふはふ……じ、地獄の業火が内側から我が身を蝕んでおる……! ふ、ふんっ、こ、この程度で……!」

 

 士道も平然とした顔で食べてはいるが、それは<無反応>を発揮しているだけで、本当は物凄く辛い。ぶっ飛んだ行動力と思考で忘れられがちだが、一応は彼も人間である。

 

 

 ――それからも、士道と八舞姉妹は何度も顔を合わせて戦いを繰り広げた。

 どうして八舞姉妹が士道に執着するのか。その理由は、二人がかりで勝てなかった存在は初めてであり、二人の間で新しい対戦方法が浮かばなかったため、ある約束がされたからだ。

 

『<業炎の咎人(アポルトロシス)>に勝利した者が、真の八舞となる』

 

 避けられない未来のために、定められた悲愴の決意。

 生き残ることができるのは、どちらか一人だけ。

 士道はまだ、彼女たちの悲しい宿命を知らない。

 

 

    *

 

 

 陸上自衛隊・天宮駐屯地。

 <完璧主義者>改め鳶一折紙は、精霊のデータベースにアクセスできる端末の前で固まっていた。常の無表情が険しく歪められている。

 

「五河士道、どうしてあなたが」

 

 あの日、来禅高校で出会った二人の少女に折紙は見覚えがあった。どこかで会ったことが、いや見たことがある。そして今日、その答えに辿り着いた。

 

「<ベルセルク>」

 

 ASTすらまともに接触できていないというのに、あんなに仲睦まじく……最初は単なる嫉妬だったが、今は危機感に変化していた。

 

「あなたは、私が守る」

 

 忌むべき精霊を討つために、かつて出逢った少年を救うために、折紙は行動を開始した。




 これは戦争ですか? いいえ、デートです。
 じっちゃんがルビを増やすと中二度が上がるって言ってた。

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