士道くんは中二病をこじらせたようです 作:potato-47
その日も士道と八舞姉妹は天宮市で熾烈な戦いを繰り広げていた。とはいえ平和的に、静かに、目立たぬように、最新の注意を払っている。どこに機関の目があるか分かったものではないのだから。
「妙だな」
士道はドリンクバーでミックスジュースを配合しながら、険しい表情を浮かべた。コーラがなくペプシしかなかったからでも、配合の分量を間違えたのでもない。気になることがあったのだ。
現在、士道たちは昼休憩のために天宮クインテット内のファミレスに入っていた。
ボックス席の対面で、八舞姉妹が士道の表情に気付いて緊張が走る。
「どうしたのだ?」
「質問。何か気になることでもありましたか」
士道は手を組んで両肘をテーブルに突く。俗にいうゲンドウポーズである。どうしてそんな姿勢になったのか? 愚問だな、格好良いからだ。
「先程から視線を感じる」
「疑問。それはどういう意味ですか?」
「分からないか? 『機関』のお出ましだ」
士道の類稀なる警戒心が、何者かの尾行を察知した。常日頃から機関への対応を怠らなかったことが功を奏したことで、士道はより妄想を確かなものとして実感する。
「偶然ではないのか、我らは完全に溶け込んでいた筈だ」
耶倶矢の疑問に、士道は首を横に振る。
「だからこそかもしれない。俺たちはうまくやり過ぎたんだ。余りに自然過ぎるが故に目立つ……一般人の眼なら誤魔化せたかもしれんが、相手は機関だ」
士道は伝票とボストンバッグを手にとってレジに向かった。
「相手の反応を誘う。もしも手応えがあれば、その場で散開。追跡を振り切った後に再びこの天宮クインテット内で合流」
「くくっ、成る程、相手の盲点を突くのか」
「了解。作戦は把握しました」
三人で一度回った場所をぐるぐると何度も回る。あくまで自然に、尾行なんて気付いていませんよ、という態度を取る。しかし、この同じ場所を回るという行動に、相手はばれたかもしれないという危機感を抱く筈だ。例え尻尾を見せなくても、相手から何かしらの情報を引き出せる。
スパイ映画、推理小説、怪しい雑学本――あらゆる媒体から知識を得た士道に死角は無い。
「巧妙に気配を殺しているが、それ故に分かりやすい」
よくやっている。しかし、機関よ。お前達こそ素人ではないが故に、その剣呑な雰囲気を隠し切れていないぞ!
確信に至った士道は、付き添う八舞姉妹とアイコンタクトを交わす。
「よし、それでは散開っ!」
三人は同時に走り出す。それぞれにばらばらの方向へ。
士道は背後に追跡する足音を捉えた。それを気にせず、真っ直ぐに男子トイレへと駆け込んだ。すぐに入ってこないところからして、どうやら相手は女のようだ。これで少しは時間を稼げる。
個室に入ると鍵を掛けて、ボストンバッグから変装道具を取り出した。目をつぶってできるぐらいまでに鍛えた変装は、まさに早業だった。ボストンバッグを空っぽにすると、もう一つ別に持っていたナップザックに元々着ていた服やボストンバッグを押し込んだ。
息を潜めて、トイレ内の気配を確認する。
「よし、誰も居ないな。……機関の犬よ、袋小路だと思ったか?」
士道は個室から出て窓を開けると、窓枠に足を掛けて跳び出した。
このトイレの窓から非常階段に跳び移れるのは既に調査済みだ。戦場となるかもしれない場所のマッピングをするのは、逃亡者であるならば当然である。
階段を駆け下りる士道は、手で
――変装したその姿は、五河士道ではなく、言うなれば五河士織だった。
士道の隠密スキルは確かに優れている。しかし、それだけでプロの監視員を幾度も撒けるものだろうか? その疑問に対する答えこそがこの『変装技術』にあった。
「我ながら、惚れ惚れする変装だ」
窓に映り込んだ自分の顔を見て呟く。
声もまた変わっている。中性的なハスキーボイスは、女性の声に聞こえなくもない。この声は、ヒュムノス語を覚えるのに無駄に積んだボイトレの副産物である。
「さて、ゆったりと時間を潰すとするか」
まったくの別人となった士道を見抜くのは難しい。
彼は絶対の自信をもって、優雅な散歩を開始した。
*
<フラクシナス>艦橋に転移装置を使ってやってきた琴里は、モニターに映された<ベルセルク>の姿に眉を寄せた。
「どういうこと……空間震の発生の予兆なんて無かった筈よ。まさか空間震を発生させずに現界する方法があるっていうの? まったく次から次へと問題を起こしてくれるわね!」
表裏共に久々に休暇を得た琴里は、久々に士道に甘えてどこか遊びに連れて行ってもらおうと思っていたのに、肝心の中二病兄貴は「この怖気が走る感覚は!? ……すまんな、琴里。やはり俺に平穏を享受する資格はないようだ」とか意味不明なことを言いながらどこかに出掛けて行ってしまったし、更にそこへ突然の呼び出しを受けたとなれば機嫌が悪くなるのも無理はない。彼女は幼くも司令官を務める逸材とはいえ、やはり幼さを拭い切れている訳でないのだから。
琴里はチュッパチャップスで意識の切り替えを行う。黒いリボンの私は強い私。白いリボンの私とは違う。
艦長席に着いた琴里に、<
「<ベルセルク>の霊力反応は天宮クインテット付近に突如出現しました。司令、どうされますか?」
「ふぅ……そうね、とりあえずは現状維持よ。毎度のことながら、肝心の秘密兵器は行方もつかめていないしね」
以前にセンサを付けて常に居場所を把握しようとも試みたのだが、士道の機関対策は馬鹿にできないレベルで、すぐに発見されてしまった。
隣に立った令音が首を傾げるのを見て、琴里は視線で理由を話すことを促す。
「ああ、彼女たちは一体何が目的で天宮市に再び現れたのだろうかと思ってね」
「確かにその方向性から詰めてみるのも悪くないかもしれないわね。もしかしたら、天宮市に執着する何かがあるのかもしれないし。それが掴めれば、攻略の突破口だって開ける筈だわ」
「――司令! 現場にASTが到着しました。まだ避難が完了していないため攻撃許可は出ていないようですが……」
雛子の報告に琴里は頷く。
「まさか一般市民の前でどんぱちはしないでしょ。実害も出ていないんだし」
「霊力反応増大、<ベルセルク>が高速で離脱していきます」
「すぐに追ってちょうだい!」
「待ってください、何故かASTの一部がその場から動きが見られません」
「……どういうこと?」
琴里は考え込む。今日は奇妙なことの連続だ。
嫌な予感がする。
これから一体何が起こるというのだろうか?
*
<ベルセルク>の後ろ姿が見る見る内に小さくなっていく。先行してそれを追う数名の部下も徐々に距離を離されていた。
日下部燎子一尉は精霊に血走った目を向ける鳶一折紙一曹の肩を叩いた。
「<ベルセルク>が動き出したとはいえ……上からの攻撃許可はまだだから、突出しないように。特に折紙、<ベルセルク>を見付けた功績は大きいし、歯痒いかもしれないけど我慢しなさい」
「……了解」
追跡に移ろうとした折紙だったが、天宮クインテットから出てきた、ナップザックを背負った少女を見て目を見開いた。
「隊長、別行動の許可を。<ベルセルク>が戻るポイントを掴めた」
「どういうこと?」
*
士道は天宮クインテットを人目を憚ることなく堂々と歩いていた。尾行の気配は既に無い。やはりバレていないようだ。服装を変えて戻ってきた八舞姉妹に後ろから声を掛けた。
「耶倶矢、夕弦、そちらも無事に撒いたようだな」
八舞姉妹は素早い身のこなしで、士道から距離を取って、鋭い視線を向けてきた。
「あ、あんた誰よ!?」
「困惑。どうして夕弦の名前を知っているのですか」
二人の反応に、士道は声を戻していないことを思い出した。
「目に映る姿形に惑わされるな、千の顔を持つ俺にとっては視覚情報に意味は無い」
「その声は、<
「これは特技だ」
女装などというものは、機関の目から逃れるための手段の一つでしかない。それを趣味と言われるのは心外だった。
「安堵。邪魔者は居なくなったので勝負を再開しましょう」
夕弦の言葉に、士道は頷こうとした時だった。
空間震警報が鳴り響く。
「諦めの悪さに関しては一級品だな」
士道は逃げ惑う人々の波に飲み込まれる前に、耶倶矢と夕弦の手を掴む。このまま真っ直ぐに避難すれば、それこそ機関の思う壺だ。避難経路から離れた士道は、すぐに自分の行動が浅はかだということを知った。
「そこの三人も避難してください。こちらのシェルターへ、早く!」
女性の呼び声には切迫した様子がある。この緊急事態なのだから慌てるのも仕方ないだろう。しかし、天宮クインテットの構造を完全に把握している士道にとっては、彼女が敵だというのはすぐに見抜くことができた。
「そちらにシェルターは無い。逃げるぞ、夕弦、耶倶矢っ!」
すぐさま女に背を向けて駆け出す。
「早く追いなさい! 彼女たちはまだ霊装を展開していないわ!」
天宮クインテット内を走り抜けて外へ出る。太陽の輝きを浴びて、幾つもの影が空を飛んでいた。
「甘く見ていたつもりはなかったが、こうまで先回りされるとはな」
一般市民が避難を完了したことで、戦闘態勢を整えた彼女たちは機密情報に溢れた真の姿を遂に現した。
機関の尖兵『
「その少女を、民間人を解放しなさい!」
ASTが自分を指差して言った言葉に、士道は手の平で顔を覆い隠してくぐもった笑い声を漏らした。あくまで士道を『不思議な人間』としか思っていない八舞姉妹は、これ以上戦いに巻き込まないために素直にその勧告に従おうとしていたが、士道によって制止を掛けられる。
「無用だ」
ハスキーボイスに切り替える。
「俺は民間人ではない。貴様らが打倒すべき『能力者』だ」
「能力者……? 何を言っているの?」
ASTの隊長である燎子は視線で部下に確認を取る。
「霊力反応はありません。
「どういうこと? 精霊でも
本当は絶体絶命のピンチに、ハイテンションになった士道が恐怖を押し隠すために必死で妄想逞しくしているだけだが、まさか精霊と行動を共にする人間がただの中二病などとは思えないASTの面々は色々と深読みする。
士道は燎子の言葉から耳聡く『格好良い設定』を拾った。
「……『
はは、ははは、と士道の笑い声が響き渡った。
世界が士道の妄想を歓迎する。今日はなんて嬉しい日なんだ。死ぬかもしれないのに、こんなにも世界に認められた感覚を味わうことができたのは、八舞姉妹との出逢い以来だ。
「何がおかしいの?」
もちろん士道を只者ではないと思っているASTは、警戒を強くする。
「これがおかしくない筈がないだろう? ミイラ取りがミイラになったのだ、滑稽ではないか。あれだけ『能力者』を嫌っていた、『機関』が人工能力者……『
燎子は士道を睨み付ける。
「あんたが言っている能力者は、精霊のことだっていうの?」
「呼び方など瑣末な問題だ」
「『魔術師』が『精霊』を模した存在……笑えない冗談ね」
だが、その指摘は強ち否定できない。
「お前達、機関の人間であるASTもまた同様か。組織という括りに縛られた人間がお得意の思考停止。どうして普段は嫌う上司が言う言葉を無条件に信用するんだ?」
まるで遅効性の毒のように、士道の『妄想』はASTの脳に染み渡っていく。疑念が疑念を呼んだ。
士道は機関の犬共に真実を知らしめるべく、両腕を大きく広げて、名乗りを上げた。
「俺は<
己の中で眠る力を引き出す。
来たれ、原初の火よ、世界を焼き尽くせ。
――士道の全身から火が吹き上がった。
霊力反応を確認していたASTの一人が慌てふためいた。
「これは霊力反応!? どうやら、何らかの隠蔽能力を持っていると思われます!」
その事実に一番驚いたのは、後方で狙撃手として待機していた折紙だった。
「どうして……そんな」
スコープ越しに覗いた恋慕の対象が、憎悪の対象と一致する。
かつて、街を焼き、両親を殺した――炎の精霊。
その正体が五河士道だった。
引き金に掛かった指が震える。今すぐにでも殺してやりたいのに、それができない。
「戦闘準備!」
霊力反応を受けて燎子は部下に指示を飛ばす。
士道の独壇場に控えていた八舞姉妹は、銃口を向けられたことで拘束具に似た霊装を纏った。士道に対して訊きたいことはたくさんあったが、今は目の前の敵を排除することが重要だ。
「<
「呼応。<
天使が顕現した。
耶倶矢は身の丈を超える豪槍を構えて、夕弦は漆黒の鎖に繋がれたペンデュラムを振るう。
燎子は不敵に笑う
「青髪の精霊は、これより暫定識別名<アポルトロシス>と呼称する! 総員、戦闘開始!」
――こうして、遂に『能力者』と『機関』の戦いの火蓋が切られた。
――こうして、誤解はこじれたままASTと精霊、そして中二病の戦いが始まった。
補足として、時系列的にまだ静粛現界の存在が確認されていません。
そろそろ「勘違い」タグを付けてもいいような気がしてきました。
あと、感想欄で色々と期待されてしまっているのですが、この作品は八舞姉妹の攻略完了で完結です。それ以降の話を書く予定は今のところありません。申し訳ございません。