「やべぇよやべぇよ…」
教室に入ると、クラスメートの一人であるサクラナミキオーが、慌てた様子でそう呟いていた。
「おはよう」
「あっ!クロ!丁度良かった!見に行ったんだろ?昨日の白梅賞!」
そして、私が挨拶をするなりそう言って、他のクラスメートと共にこちらにやって来た。
「どうだったんだ?地方のウマ娘」
「あのスペシャルウィークが負けるなんて…やばいよね?クロちゃんもそう思った?」
「私のトレーナーさん、相当慌ててたけど、やっぱりクロちゃんのトレーナーさんも?」
うん、ワチャワチャで一人ひとりが何言ってんのかよくわからない。私は聖徳太子では無いから。
「まぁ皆さん、一旦落ち着きましょう、そんなに一気に話されると、言おうとしてもものが言えないですよ」
それを見かねたアグネスワールドが、助け舟を出す。
「ありがとう、ワールドちゃん。知っての通り、私は昨日の白梅賞を見てきた。アサヒクリークっていう地方の娘のレース運びは、簡単に言えば、冷静に控えて、最後に差しに行く……凄かったよ。多分、今の地方のウマ娘は、私達が思い描いているのよりも、強いと思う」
私がそう言うと、ウマ娘達は動揺の表情を見せる。私が使っているのは、ブン屋さんと同じ方法である。特異な例を取り上げ、それをあたかも全体の特徴のように論じているのだ。ただ、アサヒクリークの活躍を受けて、他の地方学園も熱意を燃やしている可能性は大である。
「でも」
動揺を抑えるべく、私はそう言う。
「今の私達は、翼のための羽と蝋を、拾い集めてる段階、まずは自分と、周りを、じっくり固めていくべきだと私は思うかな」
「でも、ゆっくりやってたら、置いていかれちゃわない?」
私の言葉に、エアジハードが指摘を入れる。すかさず私は、はっとしたような表情を作った。
「ごめんごめん、説明不足。今回の白梅賞で、分かったことは二つあると思うんだ。一つは、地方の強さ…そして、もう一つは、私達の可能性」
「可能性?」
「説明してくれよ」
エアジハード、サクラナミキオーをはじめ、その場にいるほぼ全員が首を傾げる。よし、良いぞ…
「地方と中央、当然トレーニング環境は、こっちのほうが上。でも、今回のレースで、勝ったのは地方のアサヒクリークだった。もちろん、アサヒクリークの才能もあるかもしれない。だけど、私は、トレーニングの工夫も、あるんじゃないかって踏んでるの。つまり、私達も、努力を重ねれば、黄金世代と戦うことができるかもしれないって可能性が、今回、提示されたんじゃないかって思ったんだ」
「私達が…」
全員が思考し始めた所で、追撃を入れる。
「皆、私達は、サポートウマ娘の友達も多いし、経験豊富な先輩にも教えてもらってる。すなわち、材料は私達の周りに揃ってると私は思うんだ。黄金世代にも負けない、いや、超えるような輝きをもたらしてくれる。“銀の翼”の材料が…今の私達は、淡々と、それを拾い集めて行けば良いと、私は思ってる、皆はどう思う?」
黄金世代がファンやブン屋さんを盛り上げている間、私はせっせことサポートウマ娘の確保や先輩との関係構築に動いていた。そして、クラスメートも、それは知っている。
「私の気持ちは、クロちゃんと同じです」
アグネスワールドが声を上げる。
「……まずはこつこつやっていくしか無ぇってことか…まっ、アタシらにも可能性があるとなりゃ、そういうのも望むところだな」
「そうだね」
「よし、やってやる!」
そして、クラスメートは口々にそう言って、白梅賞の結果による動揺から抜け出して行った。
──この一連の騒ぎの裏に、私が関わっていることも知らないで。
「ツルちゃん、調子はどう?」
「あっ!!クロちゃん!!」
病室に入った途端、ツルマルツヨシは手を振ってきた。彼女には度々勉強を教え、最近の学園のことも話していた。ここに来るのは何回目だろうか。そして、何回も来ているのに、黄金世代とは一回も会うことは無かった。時間が被らないのか、私がエレベーターではなく階段を使っているせいでニアミスしているせいなのか、とにかく何故かはわからない。
「調子はどう?」
「もうすぐ学園に戻れるみたい、お医者さんが言ってたからね」
流石に回復はしているようだけど、まだここに居るのは少々滑稽だ。その虚弱体質から、彼女はスペインハプスブルク家の眷族ではないかと疑ってしまいそうである。
「それは良かった、はい、これ、差し入れ」
私は鞄から差し入れとして持ってきた干し芋を出す。
「んん…?」
ツルマルツヨシは干し芋を見て、怪訝な顔をする。効果を説明しなければならないとは、少々面倒くさい。
「干芋、もうすぐトレーニングで、食べる量も増えるでしょ?干芋は、食物繊維豊富でお腹が空きにくくなるし、ビタミン豊富で脂質も少ないからトレーニングのお供にピッタリなんだ。食べる量とトレーニングのバランスを整えるのが難しい退院後には、ぴったりだよ」
干し芋の効果は、地元でトレーニングしてきたときに実感済みである。間違いはない。それに国産のちょっと値が張る物を買ってきたのだから。受け取って欲しいものだ。
「ホントに良いの…?」
「もちろん」
「ありがとう、クロちゃん!!」
ツルマルツヨシは干し芋をギュッと掴み、ニパッとした笑顔を浮かべて、そう言った。
そんなツルマルツヨシを眺めていると、突然、私の携帯が鳴った。相手は誰かと思い、画面を見ると、ヒシアマゾンからだった。
「私です。ヒシアマゾン先輩」
「クロ!今、どこなんだい?」
「病院です。友達のお見舞いに…どうかしましたか?」
「ちょっと、アンタに用があるやつがいて…そんでもって直接会いたいって言ってるんだよ」
「今すぐ寮まで戻ってきて欲しいってことですね?」
そう言いながら、ツルマルツヨシの方に目をやる。ツルマルツヨシはコクコクと頷き、小声で。
「良いよ」
と言っている。
「じゃあ、今すぐ行きます」
と私は言い、ツルマルツヨシに手を振って病室を後にした。
「悪いね」
「大丈夫です。それで…私に用がある人って…先生とかですか?」
「まぁ、ついてきてくれれば分かるよ、応接室で待たせてるから」
全く、誰だ。クラスメートではないだろうし。
私は“こんな手間取らせやがって”という気持ちを懐きながら、応接室の扉をノックした。
ホントはガチャリと開けてやっても良いのだが、理事長やURAのお偉方が居ても困る…もっとも、その可能性は半紙のように薄いと思うけれど。
「マヴェリッククロウ、参りました」
「ドウゾ」
扉越しの返事だと、誰か分かりづらい。声の正体を確かめるべく、私は扉を開けた。
外を見る後ろ姿を見たとき、私は“何故”と思った。彼女とは、一回も話したことがない。
「はじめましテ、マヴェリッククロウ」
相手は振り返り、こちらを見る。青い瞳に、中古のプロレスのマスク。その特徴的な容姿は、見たものに名前を覚えさせる武器になる。
「エルコンドルパサー……さん?」
「オォ、ワタシの事を知っているとは、嬉しいデス!」
「それは、もちろん。黄金世代だからね。私に用があるって、ヒシアマゾン先輩から聞いたんだけど…」
「ハイ!単刀直入に言いマスよ、マヴェリッククロウ、ワタシと模擬レースをしてくだサイ!!」
「へ…?」
少し、困ったことになった。これは白子に相談だ。
「エルコンドルパサー、彼女に勝負を仕掛けられた……状況は理解できた。やれやれ、彼女もそうだが、彼女のトレーナーも、これまた困ったものだな」
後日、トレーニング後に白子に事情を説明すると、彼は苦笑いをしてそう答えた
「トレーナーも?」
「ああ、君は主にウマ娘の情報を集めているから知らないのかも知れないが、黄金世代を指導する5人のトレーナー、彼らは全員新人、さらに、理事長に期待をされている存在でもあるのだよ。さらに、仲も良いと言う情報がある。それ故、黄金世代同士は交流が盛んで、合同トレーニングや模擬レースも良くするといった具合だ。これらは、確かにウマ娘を強くするのには必要だろう、だが、オーバーワークになる可能性も有るので、トレーナー側からやり過ぎないようにウマ娘側に働きかけることも大事だと私は思っているのだよ」
「なるほど」
「今回のエルコンドルパサーの挑戦がトレーナーが関わっているものなのか、否か、どちらかはわからない。ただ、好戦的な彼女の性格からすれば、恐らく否だ、君はどう思う?」
「同じく」
エルコンドルパサーに関しては、ツルマルツヨシから聞いている。彼女のクラスではムードメーカー的存在であり、たまに“パッションがどうのこうの”と口にするらしい。
そして、白子に目を戻すと、彼は顎に手を当てて考えている。
「何か心配事?」
「いや、違う。…このタイミングになっての挑戦……これは私の予測だが、どうやら、矢座とアサヒクリーク君の活躍が、物凄い効果をもたらしているようだな。」
「私達だけじゃなくて黄金世代にも火をつけたってこと?」
「そうだ、恐らくエルコンドルパサーは現状のままではいけないと思い。同クラスだけでなく、他クラスにも足を伸ばすことで、自分の実力を伸ばすヒントを得ようとしているのだろうな、そして、君がターゲットに選ばれた。そしてこれには牽制の意味もあるのかもしれないな。さて、君はどうするつもりなんだ?」
私の抱いている思いはかなり勝手なものであるが、言わせてもらうとしようか。
「情報が欲しいし、こっちも牽制しておきたいから戦ってはみたい。でも、あまりこっちの情報を教えたくはない」
私がそう言うと、白子は少し目を開いてこちらを見た。しかし、すぐに…
「君は素直だな」
と言った。そして後ろを向いて、少し考える様子を見せた後、こちらに向き直る。
「君は頼まれた側だ、その立場をうまく使えば良い。例えば、コースや距離の設定権を貰う等が良い例だろう……さて、私が今回の件に関して行う援助はここまでだ」
「後は私がアレコレ考えろってこと?」
「ああ、これからのレースは、とっさの対応力が求められることも多くなるだろう、これは、そのための訓練だと思ってくれれば良い。ただ、全て片付いたら、私に事の顛末を聞かせて欲しい」
成る程、一理ある。ならば、考えられるだけのことをやってやるか。
「お昼に呼び出して、申し訳ないね」
「イエ!勝負を受けてくれるんデスから!たとえ火の中水の中デス!」
後日、準備を終えた私は、昼休みにエルコンドルパサーを、自主トレ用のコースがある場所まで呼び出した。
「それで、今日エルコンドルパサーさんを呼び出したのは、模擬レースをする上での条件を、こっち側で決めさせて欲しいんからなんだ」
「条件…デスか?」
「そう、一応こっちは本来のトレーニングプランに模擬レースを入れちゃう形になるから、条件ぐらいは決めさせて欲しいかなって」
私がそう言うと、エルコンドルパサーは納得したような顔をした。
「確かに!対戦相手への配慮というものを忘れていましタ!それで、条件は決めてくれて居るんデスか?」
「うん、だからここに呼んだんだ。レースは、ここ、ウッドチップコースにして欲しい。これなら条件は平等だし、脚の負担も軽いからね」
「ムム…確かに条件は平等デスね……OKデース!!」
かかったな。
条件が平等というのに釣られたか。ともかく、第一関門はクリアである。ウッドチップというコースは、レースで使うものではない。そして、私はウッドチップでの専用の走法がある。つまり、フォームに関しては、あちらはほとんど有力な情報は得られないのである。ただ、向こうもウッドチップ用のフォームを持っている可能性は否定できない。
「それで、距離なんだけど…あそこの1000mコースを2周、つまり2000mで良いかな?」
「Yes!Yes!」
これはエルコンドルパサーが得意とする距離である。つまり、最も情報が得やすいのだ。
「オッケー、なら、時間帯は──日後の18時30分からで良い?現地集合、現地解散で」
「Ok!その日なら私もバッチリデース」
よし、大事なものの1つ目…時間帯はオッケーだ、向こうの喜ぶような事を条件に持ち出してきたかいがあった。2つ目もぶち込んでいく。
「コースについて、もう一度聞いておくけど、このままで良いね?」
私は、コースのあるエリアを指さし、その指をぐるぐるやりながら、そう聞いた。
「…?ハイ、もちろんデス、文句はありまセン」
言ったな?
「オッケー、じゃあ、最後に一つだけ、約束して欲しいことがあるんだけど」
「約束…デスか?」
「そう、この模擬レースは、私達のレース。だから、この勝負のことは、誰にも教えない事、それだけは絶対に守って欲しいんだ」
「ムム…負けた時の保険…デスか?」
「うん、そのぐらいは許してよ、お願い」
私は申し訳無さそうな顔をして、そう言う。エルコンドルパサーのあの性格からして、模擬レースの結果に関する噂が広まるのは、そう時間がかからないと予想できるからである。噂が広まれば、勝っても負けても良い事はない。どちらにせよ“黄金世代が模擬レースを申し込みに行くウマ娘”との印象がついてしまいそうなのだ。当然警戒されるわけである。
それに、ギャラリーが集まれば、私の提示した条件でレースが出来なくなるし。
さて、どうする?
「まぁ…Okデス!その約束も守りまショウ!」
その選択を待っていた。
こうなってしまえば、そっちは私からほとんど何も得られ無いだろう。逆に私は、そちらから学べるだけの事を学ばせてもらおうか。走法、それが無理ならば、そちらがどんなウマ娘なのかをじっくりと研究させてもらうとしよう。
そして、当日である。
私は、20分前に、コースにやって来た。そして、コースから少し離れた、照明制御のパネルの所まで行く。
ここに目をつけたのは、このパネルが理由だった。ここは自主トレコース。夜になるまで自主トレをする生徒もいるため、学園のコースの中では、最後まで電気が付いているコースである。
そして、照明の制御は、学園内の部屋からではなく、コース側からも行えるのだ。
空を見上げると、星が輝いている。しかし、月はその姿を見せていない。当然だろう。今日は新月の日だからだ。
「マヴェリッククロウ!早いデスね!!」
すると、遠くからエルコンドルパサーの声が聞こえて来る。
「何でそんな所にいるんデスか?早く下りて来て下サーイ!!やりまショウ!!」
まぁまぁ、そんなに慌てるな、私は逃げない。
「ちょっと待ってね、まだ……準備は…終わってないよ!!」
それと同時に、私は“スタンドライト全消灯”と書かれたレバーを引き、ライトを消した。それと同時に、コース一帯の照明は、ラチの位置がわかるようにラチの支柱に取り付けられた、ソーラーパネル式の小さなライトのみになった。ラチを壊すわけには行かないので、残念ながらこちらは解除できない。
「ケ!?」
支柱にあるライトは、コース全体を照らすには、あまりにも非力だった。その証拠に、エルコンドルパサーは突然の暗転に対して慌てている。
私がエルコンドルパサーに条件を提示したのは昼間である、コースのライトは当然消えている。そして私は“このままで良いね?”と聞いたのだ。当然、ライトの事も含まれている。
つまり、条件に従えば、ライトを消して模擬レースをすることになるのだ。
文句など言わせない。条件を呑んだのは、他ならぬ彼女なのだから。
そして、こちらは目が暗さに慣れたのでよく見えるようになった。
エルコンドルパサーは、明かりを頼りに、ラチのところに、一歩一歩、転ばないように、慎重に歩いている。
なんて遅いんだろうか。
じれったくなった私は、エルコンドルパサーの所まで走り…
「さぁ、やろうか」
と言って、肩に手をポンと置いた。
「…ケッ!?」
少し驚かせてしまったようだ。
「…アナタ…」
そして、エルコンドルパサーは振り返るなり、私を睨む。
「約束を遵守しただけだよ?やるの?やらないの?」
私は、真顔を作ってそう答えた。
「…逃げまセンよ、ワタシは……怪鳥の強さ、見せてあげマス、覚悟して下サイね?」
エルコンドルパサーは、そう答える。
よろしい、ならばレースと行こうじゃないか。
そちらには、役立つものは何も与えるつもりはない。だが、予定通り、私はそちらがどんなウマ娘なのか、たっぷりと研究させてもらうとしよう…
カラスの観察眼をもって。
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