「確かに、そう言ったよ、だって、本当にそうなのに」
「だからって…言って良いことと悪いことがあるでしょう!!」
“彼女”の言葉、それを聞いた相手は怒りをもってそう返答した。
「通常と異なる視点の意見を感情論で抑えるのもどうかと思うけど」
「だからって、あの発言はないわ、あの娘だって、努力してきたのよ?貴女だって、知っているでしょう?」
「知ってるよ、でも、その努力ってものは、実力を発揮しないと、周囲に“した”って認められないんだよ?私はあの娘の努力の内容を知らないから。それに、分からないんだね、あいつらの恐ろしさが」
「ええ、私は分からないわ、でも、それ以上に、私は貴女の思考が理解できないし、友人の事を否定しているようなその態度に、強い憤りを覚えるのよ」
相手は、“彼女”を指差し、否定する。
「私は至極真っ当なことを言ってるだけ」
しかし、彼女はそう答える。
「どうやら、私は貴女のことを誤解していたようね……私は貴女をもっと、誇り高いウマ娘だと思っていたわ、でも、それは違っていた。今度の日本ダービー…貴女のようなウマ娘を勝たせるわけにはいかないわ、私が…貴女を倒す。絶対に…!」
「……」
相手はそう言ったものの、“彼女”は特に気圧される様子を見せない。
「じゃあ、これは私とそっちのレースに対する考え方のぶつかり合いってことだ。それに、そっちの言葉は、レースを私闘にするもの、それならばもちろん、外野を巻き込むのは無し…それぐらいは、分かってるよね?」
逆にそう言って、相手を追求する。
「……当たり前じゃないの、私は逃げないわ」
「私だって、もちろんそのつもり」
互いにそう言葉を交わし、彼女達は別れたのだった。
皐月賞から数日後の休養日、私はシンボリルドルフに呼び出された。
「無敗での皐月賞勝利、おめでとう」
「ありがとうございます」
「君の強い走り、画面越しという形ではあるが、この目で見させてもらったよ、君の挑戦は、多くのウマ娘に、希望を与えただろう」
「…いえ、まだまだ、強い走りには程遠いと思っています」
シンボリルドルフは私を褒めるが、私はその言葉を固辞する。そして、口を開く。
「今回の走りは、皐月賞出走経験のあるオンワードトライブ先輩がいてからこそ出来たものです。私が強い走りへと至るためには、より一層の工夫が必要だと考えています」
「オンワードトライブ…そうか、彼女は…確かに、皐月賞に出走していたな」
「はい」
「君のレース、これからも期待しているよ、それで、今回君は、新たな試みをやっていたそうじゃないか」
シンボリルドルフは、話題を変え、雑誌を広げ、皐月賞ウマ娘の特集ページを開いた。
「…何か、これにご不満な点が有るのでしょうか…?」
「いや、すまない、勘違いさせてしまったようだな、私はこの試みに対して、大いに興味を抱いているんだ。今までのG1優勝ウマ娘とは、一線を画した、この試みにね」
皐月賞の日の夜に思いついた工夫…それは、勝負服ではなく、制服姿で撮影し、優勝トロフィーではなく、あの花束を持つというものだった。
「君が持っている花束…これはプリザーブドフラワーのようだが、一体どこで手に入れたのか、良ければ私に教えてくれるかな?」
そして、シンボリルドルフは、そこに食いついた。
「それは、もともと私のファンのウマ娘の女の子から、頂いた物なんです。そして、私がファンから頂いた、最初の贈り物でもあります。トロフィーよりも、大切なものです。だから、こうやってプリザーブド加工して、取ってあるんです。…会長、こんな事を言うのは、欲張りかもしれませんけど、私はファンの中で…その娘に一番喜んで欲しいんです」
「いや、別に欲張りな感情ではないよ、むしろ、好ましい感情だ、それが君の力の原動力となるからね。しかし……あの花束に、それ程の深い意味が込められているとは。君は、ファンを大切にするウマ娘なんだな」
シンボリルドルフは、目を瞑り、コクコク頷きながらそう言った。私の一連の行為は、“銀翼”に込められた、様々な人々とともに歩むという意思表示である。
それに、工夫はもう一つ行っている。彼女は言及してこなかったが、私は自分の手で書いた文章を、写真という形で掲載してもらい、さらに音声読み上げ用のバーコードをつけてもらった。
耳や目の不自由なレースファンに、私の言葉を直接伝える事で、それらを取り込むことが狙いだ。
「私は、この世界にいる以上、長く走っていたいですから、そのためには、ファンの皆さんの支えが必要不可欠です」
「良い心がけだ」
「支えてくれる方々が多いほど、私も幸せですから」
「そうだな、君はこれから、どうするつもりだ?」
シンボリルドルフは再び話題を変え、私に問いかける。彼女なら、周囲に言いふらしはしないだろう。
「青葉賞を勝って、ダービーを目指します」
「青葉賞から…ダービーへ…?ふふっ、君は、再び、私を楽しませてくれるようだな」
シンボリルドルフは、上機嫌そうに、尾を揺らしている。それもそのはずだ、“青葉賞を勝ったウマ娘は、ダービーで勝てない”と言われているのだから。
私は、表情を真顔に戻し、シンボリルドルフを見る。それを見た向こうも、姿勢を正す。
「会長、ジンクスなんて、所詮は外野が勝手に作ったものですよね?」
「ああ、そうだ。だが、それに影響されて尻込みしてしまうウマ娘が居るのも、また事実……私としては、この現状は、大いに憂いている、夢を持ったウマ娘が、ジンクスのせいで、思うように動けないケースが出てくるかもしれないからね」
「そうですか、でも、勝手に作られたものなんです。なら、私が勝手に粉々にしちゃっても構いませんか?」
私がそう言うと、シンボリルドルフは紅茶を飲む手を止めた、だが、すぐに顔をほころばせた。
「ふふっ、邪魔するはずないじゃないか、前にも言ったと思うが、君には他者を鼓舞する才能がある、それはどうやら、その挑戦的な姿勢から来ているようだね」
「………」
「む…もうこんな時間か、急に呼び止めてすまなかった、そろそろここいらで切り上げるとしよう」
「応援の言葉、ありがとうございます。どこまでやれるかはわかりませんが、やってみます」
私はそう言い、生徒会室を出て、学園の外へ向かった、叶いもしない理想を持つ相手と語り合う事は正直苦痛なので、外の空気が吸いたかったのだ。
誰もいない河川敷のベンチに座り込み、空気を吸い、シンボリルドルフの言葉を思い出す。
『君の挑戦は、多くのウマ娘に、希望を与えただろう』
『君は、ファンを大切にするウマ娘なんだな』
『君のレース、これからも期待しているよ』
『良い心がけだ』
彼女は私を、ファンや仲間思いのウマ娘として見ているようだが、どうやらそれが演技であることは理解できていないようである。私がファンを増やす努力をしているのは、基盤作りのためであるけれども、同時に破壊対象を増やしてもいるのだ。
私は楽しみになってきた、シンボリルドルフが、私の破壊を目にした時を。
自分が作り上げてきた
想像するだけで、やる気がどんどん上がっていく、タコメーターが示す回転数のようである。
「よしっ…やるぞ!」
そうして、また歩き出そうと立った瞬間、私の携帯が鳴った。
「はい、お母さん、私だよ」
電話をかけてきたのは、私の母親だった。
『雑誌買ったわ、可愛く写ってたじゃない!』
母親は、開口一番、耳をつんざくような声で、そう言う。この母親、母親としては完全無欠の人物なのだが、声だけは母親として最適な声量の4倍はある気がする。
「作り笑顔、あんまり好きじゃないんだけど、お母さんがそう言うなら大丈夫みたいだね」
『私と違って、写真苦手よね、ホント……で、皐月賞、ホントはどうだったの?文章では、“みんなのお陰でセイウンスカイ達黄金世代と対等に戦うことができた”って書いてたけど、多分アレ、本心じゃないでしょ?』
母親はそう指摘する、子供の考えている事を偶に見抜く、これは親特有の能力なのだろうか。
「…お母さんには勝てないね、うん、何だろう……」
『ズバッと言っちゃいなさい、私は怒らないから』
「セイウンスカイよりイノシシ達の方がよっぽど手強い…って思ったね」
『そう、まあ、気持ちは分かるわ、今年は去年より増えてるもの。まあ、でも心配しないで、兎に角、あんたの好きなように走りなさい、私はレースの世界なんてよく分からないから』
「ありがとう」
私がそう言うと、母親は電話を切った。
そして、私が再び歩き出そうとすると…
「ちょっと待ちなさい」
と、呼び止められた。振り返って見てみると、相手はキングヘイローだった。
面倒な事に、どうやら聞かれてしまっていたらしい。
「貴女…スカイさんを侮辱したの?」
向こうはこちらに詰め寄る。
「侮辱って、そんな…」
「でも、貴女が“セイウンスカイよりイノシシ達の方がよっぽど手強い”って言ったのは、はっきりと聞かせてもらったわよ」
キングヘイローは、耳を反らせる。だから私はため息をついた。
「確かに、そう言ったよ、だって、本当にそうなのに」
「だからって…言って良いことと悪いことがあるでしょう!!」
彼女は、私との距離をさらに詰める。お嬢様育ちはこんな簡単なこともわからないのか?
「通常と異なる視点の意見を感情論で抑えるのもどうかと思うけど」
「だからって、あの発言は許されるものではないわ、あの娘だって、努力してきたのよ?貴女だって、知っているでしょう?」
「知ってるよ、でも、その努力ってものは、実力を発揮しないと、周囲に“した”って認められないんだよ?私はあの娘の努力の内容を知らないから。それに、分からないんだね、あいつらの恐ろしさが」
「ええ、私は分からないわ、でも、それ以上に、私は貴女の思考が理解できないし、友人の事を否定しているようなその態度に、強い憤りを覚えるのよ」
生憎、こちらも少々イライラしてきた。理由を教えるのも面倒である。至極真っ当な事を、感情論で否定されるのは…
「私は至極真っ当なことを言ってるだけ」
本当に御免被る。
「どうやら、私は貴女のことを誤解していたようね……私は貴女をもっと、誇り高いウマ娘だと思っていたわ、でも、それは違っていた。今度の日本ダービー…貴女のようなウマ娘を勝たせるわけにはいかないわ、私が…貴女を倒す。絶対に…!」
「……」
よし、決めた。そっちがその気なら、こっちもこの気である。ダービーで打ち負かそう。ただ、エルコンドルパサーの時と同じように…やるのであれば、対決の体裁は整えさせて貰おうか。
「じゃあ、これは私とそっちのレースに対する考え方のぶつかり合いってことだ。それに、そっちの言葉は、レースを私闘にするもの、それならばもちろん、外野を巻き込むのは無し…それぐらいは、分かってるよね?」
私は、キングヘイローに近づいて眉間に向けて指を指し、そう言い聞かせる。相手はプライドの高いウマ娘、だから“意見の対立”というシチュエーションを利用し“レースを私闘にする”という、ダイレクトな言葉で、臆病な自尊心を掻き立ててやれば…
「……当たり前じゃないの、私は逃げないわ」
そう、このように乗って来るのだ。
「私だって、もちろんそのつもり」
私はそう言って、その場を立ち去った。散歩は切り上げだ、キングヘイローを壊すための策を練る……といきたいところだが、物事にはプロセスがある、まずは青葉賞に備えるとしよう。
「クロ先輩!資料、ここに置いておきますね!」
「ありがとう」
「クロちゃんの明日のトレーニング場所、確保できたよ!」
「本当!?代わりにやってくれてありがとう」
そして私は青葉賞を制覇、こうしてダービーに備えることとなった。青葉賞ではクラスメンバーと当たったので、全日本ジュニア優駿の時と同じように“友情に報いる”といった形での出走である。
白子の提案により、今回のダービーでは、ある試みを行うことにした。それは、サポートウマ娘を有効活用するというものである。
そんなこんなで、サポートウマ娘達には、トレーニングの発案や、練習場所の確保、対戦相手の情報収集、白子の手伝いなどをやってもらっている。
同期の有力なサポートウマ娘は、ほぼ既に私達の味方である。これが何を意味するかというと、支援不足により怪我からの復帰がし辛くなるのだ。現に、怪我をしているグラスワンダーは、調整にかなり時間を食われてしまっている。復帰は秋頃となりそうだ。
別に校則に“サポートウマ娘を独占してはならない”なんて事は書いていないので、これは合法なのだ。他人が再生するための資源を、根こそぎ奪うことも、立派な破壊の一つである。そしてそれは、相手の気づかぬ間に、ジワジワと進めていくものなのだ。
気付いたときには、もう既に時遅し…といった風に。
「………」
私は手元に置かれた対戦相手の資料を見る。頼んだのは四人分、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、セイウンスカイ…そして、キングヘイローである。
『だからって…言って良いことと悪いことがあるでしょう!!』
私は、キングヘイローの言葉を思い出す。何も分かっていないとは、本当に哀れなものである。皐月賞当日、セイウンスカイは、完全に私の術中にハマり、そして、着外へと沈んでいった。私が彼女を撃破できたのは、ある程度行動が予測できたからである。
その一方で、イノシシは、すぐに増えるわ、罠は回避するわ、挙句の果てに行動が読めないわで、散々手を焼かされる存在である。
セイウンスカイとイノシシ、どちらが手こずる相手なのかは明白である。獣のような、予測不可能な動き、そういうものが、セイウンスカイには欠けていたのだ。“トリックスター”と呼ばれるウマ娘であるはずなのに。
ただ、イノシシより易しい相手であるからと言って、面白くない相手という訳では無い。打ち破った後に見せる様々な表情、これが、彼女達と戦う私に、やる気をもたらしてくれる。
私は他の3枚の資料を置き、キングヘイローの資料を見つめる。
「さて…キングヘイロー……あなたは私に、どんな手で来るのかな?」
そう言ってみるものの、やることは単純である。彼女がどんな手で来ようとも、私は獣のように立ち向かい、そのプライドであれ、夢であれ、喰って踏み躙って、破壊してやる。
それにより、私は満たされるのだから。
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