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日光浴日和とも、洗濯日和とも言える、陽気な太陽が大地を照らす日曜日、彼女は駅のホームにいた。
帽子を被り私服姿でベンチに座る彼女に、ホームを歩く人々のうちの何人かが目を向けている。彼女は、そんな視線を気にすることなくあくびをし、流れる人の波を観察していた。
一人、また一人と、そんな彼女を見て、様々な想像をする。
(…東京観光?)
否である。彼女は東京に住んでいる。それ故、そんなことをする必要はない。
(…デート?)
否である。彼女には男女の仲である異性はいない。それに、恋愛に対する欲もない。
(…お出かけ?)
否である。彼女は土曜日に出かけるタイプである。日曜日は翌日学校となるからである。
そして、そのような人々も去り、やがて発車メロディーが鳴り、列車は発進した。
「何かお困りですか?」
発進後もベンチに座ったままの彼女に、駅員が声をかける。彼女はそれに対し…
「いえ」
とだけ答え、駅員に軽く会釈した。
次に、彼女は腕時計で時間を確かめ、周囲を再び見回す………そして、上着のポケットに手を突っ込み、大事なもの──“入場券”があるかどうか、確かめた。
彼女がなぜこんなことをしているのかは、少し前に時間を巻き戻さねばならない。
転入して一月と少し、女子校とやらにもかなり慣れてきた。制服は気に入らないが。
まあ、そんなことはどうでも良い、私はどういう訳か寮長に呼び出されていた。
「えーと…一応聞いておきたいんだけど…選抜レースって、知ってるよな?」
「はい」
「アタシの間違いだったら、申し訳ないんだけど……アンタ、今まで選抜レースに出てないよね?」
「あ」
土みたいな色の肌をした寮長──ヒシアマゾンは、私にそう言う。
完全に忘れていた。おまけに変な声も出た。
「あんまりこんなことは言いたくは無いんだけど、言わせてもらうよ、選抜レースに出ないと、アンタにとって、非常に良くないことが起きるんだ」
ああ、これは遠回しに退学をチラつかせているのか。とりあえず、耳倒して謝っておこう。尻尾もしんみりさせておく。
「何て言うか……申し訳ありません」
「いやいや、そこまでシュンとされたら、アタシだってどう言って良いのか分かんなくなるよ、アンタのクラスの担任の先生からの報告を見た限りでは、慣れるのにかなり苦労してたみたいだしさ」
素晴らしい、全て間違っている。
確かに慣れるのには予想よりも時間がかかったが、苦労とまでは行かない、ここまで至った原因としては、学園の敷地外にトレーニングに使える場所がないか、安い店はないか、まあ色々と放課後に探し回っていた事が一番の原因だろう。
まあ、担任、ナイス勘違い。でも教師としては相応しくない。
「えと…じゃあ、選抜レースに出れば、大丈夫という事で良いのでしょうか?」
「そういうことさ、この学園は選抜レースに出ないと、よっぽどのことがない限りトレーナーなんてつかないからね。怪我や病気とかじゃないんだろう?」
選抜レースの資料…あんまり見てなかったな、コースの種類がある程度選べたって事ぐらいしか覚えてない。
「はい」
「じゃあなら、アタシが手伝うから、ここでパパッと登録を済ませるよ」
「分かりました」
「ギリギリだから、多分コースは余りものになるけど、頑張って走りな」
そして、その日はヒシアマゾンと共に書類を書き、職員室へと持っていった。その翌日、私の出るレースの要項が送られてきたのだが、見事、余りものにされていた。ダートのレースである。まあ、残り物には福があると言う、ちゃちゃっと片付けていきたいところだ。
まあ、そんなこんなで色々と準備をしていると、時間の進みはどうも早く感じてしまうらしい。あっという間に選抜レースの日がやってきてしまったのだから。
「頑張ってね」
「応援していますので」
「ありがとう」
二人のクラスメイトが、私の応援にやってきてくれた、この二人は勉強を教えたところ、私のことを気に入ったらしい。
まぁ、昔とった杵柄…勉強を教えるための勉強をしていたことが役に立ったと解釈しておく。とりあえず、今日の相手について聞いておく、トレーニングに夢中でよく調べていなかった。
「今回の相手って、どんな感じなの?」
「あ、このプリセットメモリって人…先輩だね、気をつけて」
「経験値の差がありますから、どうか無茶だけはしないように」
そう言いながら、二人は出走表のある場所を指す。うわ、私の隣じゃん。
だけど、ヒシアマゾンに手間をかけさせたので、これは勝たねばならないだろう。というか、スカウトされないとレースには出られないみたいだし。
ゲートの前に立ち、大きく口を開け、息を吸い込み、目をやさしくこする、少し変に映るかもしれないが、私なりのルーティンのようなものだ。
「欠伸なんて、あんた、随分と呑気だね」
横からそんな声が聞こえた、確か、二人の言う先輩がそう言ったのだろう。うーむ、どうしたものか、これ。無視は失礼極まりないから避けなくては。
あ、そうだ、良いこと思いついた。
私は少しばかり悩んで
「あ、それはどうも」
と返す。すると相手は体をこちらに向け、睨む。私はその表情など気にしない、相手の肢体を眺めたかったのだ、分析のため。
一つ上ということもあり、肉体は整っている。二人の言う通り、こいつには気をつけなければならないだろう。
とはいえ、相手はどうも気が立っているような気がするここははっきりと言わなくては。
「あの…妙にイライラしているみたいですけど、大丈夫ですか?」
「!?」
相手が額に青筋を立てたのを見届け、私はゲートへと進む。なんであんなので怒るのか。
ウマ娘、闘争心が、強すぎる。
お、五七五になった。
まあ、なんか絡まれてしまったので、お礼代わりにこのウマ娘を打ち破っておきたい。
今日の選抜レースは1600m、まあ、ぐるーっと回ってゴールラインに行くだけだ。私は軽く足首をほぐし、ゲートインした。
『最後の娘もゲートインした模様、では、選抜レース1600m』
『スタートしました!まず前に出てくるのは、サハリアノシチー、続いてブリッジコンプ、追走するのはロカルノブリエッタ……』
実況が、素早く口を動かして、私達のポジションを言う、私はしんがりから数えて2番目、先程絡んできた彼女──プリセットメモリの後ろについた。
しかし、前に出た奴ら、逃げをやるとは。なんでこんな荒れたバ場で逃げをやるのか、その思考が理解できない。
いくら才能があるとはいえ、無謀の極みこの上ない。
“バカめ”と言って差し上げてやる。
『残り800メートルを切りました、あと半分です、やや縦長の展開となっています』
このプリセットメモリ、背がでかいから良い風よけになる。たしかこういうのをスリップなんとかとか言う。
『もうすぐ残り500m、先頭集団が苦しくなってきたか?』
そして、レースは進む。
思った通り、デコボコのバ場を走れば、自ずとそうなる。スタートしてからはしばらくは脳が興奮剤みたいなの、まあ脳内麻薬を出すから苦しさはごまかせる。だが、レースで疲れるのは足だけではない、脳も疲れる。つまりはごまかしが効かなくなる。まるで、キメてる間は元気な大麻乱用者のようである。私のいた大学も、大麻で二人ぐらい捕まったっけ。
『ここでプリセットメモリがペースを上げた!!』
来たか、ついて行こう。
『続いて────────も上げてゆく!!』
私はペースを上げて、ポジションをプリセットメモリの後ろに持っていく、他のウマ娘は先輩が仕掛けたのにビビったのか、先頭組がズルズル落ちていったのでそいつらが邪魔になったのか、そのどちらかは分からないが、上がっては来ない。まあ、そっちのほうがやりやすいか。
『残り200m、プリセットメモリが抜け出そうとしているぞ、────────も追いすがる!!』
良い感じだ、私は前を走るプリセットメモリの様子を伺う。おっと、飛ぶ砂粒が増えてきた、末脚を使う気だな、このままだと砂粒が目
に当たる。
2…1…
タイミングを測り、私は体の重心を変化させて、砂粒を避け、同時に内を突き、並びかける
『これは上手い!────────!並びかけたぞ!後続も来ている!』
スリップなんとかで体力を温存しているから、あとは好きにできる。
『ここで────────差した!抜け出していく!』
「あああああああああああっ!!」
叫ばないでほしい、神経が苛立つ。
『離してゴールイン!!一着は──────────です!!』
うん、多分これ、外からぐるーっと回っていったのでも勝てていた。少しばかり、熱が入った。
レースが終わり、私はペタリと座り込むプリセットメモリのところまで行き、
「またレースをしましょう」
とだけ言い、戻ろうとした。その時だった。
小さく、だが、はっきりと。
「もうアタシに“また”は無いんだよ…畜生…」
と聞こえてきたのだ。
レースが終われば、スカウトタイムとなる、優勝したウマ娘は、必然的に、多くのスカウトが来る。
「俺と頂点を目指そう!」
「私のチームに来ない?」
「いやいや、俺のチームだ!」
「君の勝負勘は素晴らしい」
私も例外じゃなかった。だが、このまま話を聞いていれば、安い食材が売り切れてしまう、私はとりあえず考える時間がほしいという理由をつけ、名前だけを書いてもらい、後日、話し合うということにして、その場を抜け出した。
そして、その夜、プリセットメモリのあの発言が、どうしても気になった私は、ヒシアマゾンに聞くことにした。
すると…
「あの娘、あの選抜レースが、最後のチャンスだったんだよ」
という答えが帰ってきた。この学園では、スカウトされないままだと、ほとんどの場合は退学になってしまうらしい、そして、今日のプリセットメモリもそうなるかならないかの立場であり、私に抜かれた後は、他のウマ娘にも抜かれたそうだ。そして、結果的にスカウトは受けられなかったそうだ。
「まぁ…こう言うわけなんだよ、勝負の世界は、残酷さ」
ヒシアマゾンは、最後にそう言っていた。
そして、部屋を出たその時、私は一人のウマ娘の夢が壊れた事、いや、私が壊したことを実感した。そして、同時に…
リレーの時と同じような、狂おしい程の面白さを感じていた。
そしてその答えは、おぼろげながらも、浮かびつつあった。
そして、日曜日、プリセットメモリが本日退寮との情報を掴んだ私は、駅までやってきていた。そして、彼女は現れた。
その顔は俯き、表情は暗い。私は見失わないよう、しっかりと彼女を見る。
やがて列車がやって来る。彼女は重い足取りで列車へと乗り込み、ホーム側の窓のそばに立った。
狙い通りだ、彼女には、まだ未練が残っている。だから、1秒でも長く、憧れていた舞台の姿を見ていたいと思うはずなのだ。それが行動に現れた。
だから私は、歩いて彼女の前まで行き、正対する。帽子のおかげか、少し不思議に思われている程度だ。
発車メロディーが鳴る。
プリセットメモリの手に、力が入るのが感じられる。唇を噛みしめている。
それと同時に私は…
帽子を取り、自分の姿を、彼女に見せつける。
私が誰であるのか気づいた彼女は、堰を切ったように、涙を流す。
私の気持ちは、ガソリン補給をしてすぐのオートバイの燃料計のように、上がっていく。
そう、私を、満たしてくれるもの、それは破壊欲──破壊衝動だった。
夢で満たされるのは確定した。記憶を辿ると、友情でも然りなのだろう、他にも、他のウマ娘の身体、プラン、自信、常識、いろいろと浮かんでくる。
私は、涙を流す彼女──いや、人生の恩人に、軽く頭を下げる。
彼女は、私がウマ娘レースに対する認識を改めるきっかけを作ってくれた。彼女のお陰で、私は、この競技を“競馬の変形的存在”から“破壊を合法的に楽しめる、素晴らしいもの”と捉えることができるようになったのだ。
「ふふっ」
列車が過ぎ去ったあと、私は自然に笑みを漏らしていた。
“こんな事に気づかなかったなんて”という自嘲の気持ち。
“なんて面白いのだろう”という快楽の気持ち。
“やはり自分はアブノーマルだな”という再認の気持ち。
様々な気持ちがまぜこぜになって、笑みとなった。
さて、
「駆け抜けてゆこう 君だけの道を」
自然と歌が口に出る。
それほど私は気分が良かったのだ。
ああ、駆け抜けてやろうじゃないか、やっと見えた、私の道を。
さて、次は、スカウトだ。
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