転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第25話 -変質-

 

エルの勝利は私を熱狂させた。

私は新しいニュースを見るため、毎日、その活躍を待ち焦がれた。

どんなに感激したことか。

どんなにたくさんの学園の生徒たち、そしてトレーナーが同じ感激を体験したことか。

スペちゃんやグルーヴ先輩、そしてカナダの有力ウマ娘はエルの実力の前に敗れた。

だとすれば、エルは海外のウマ娘を打ち破ることが出来るはずだ。

「怪鳥を世界に」という声が、どっと高まっていった。

                        ──黄金世代のクラスメートのダートウマ娘の回想より。

 

────────────────────

 

 

 

 秋の天皇賞から一週間、あの出来事は「沈黙の日曜日」と呼ばれるようになった。さらに、サイレンススズカもなんとか一命をとりとめたが、まだ目は覚めないらしく、世間やブン屋さんはその心配ばかりをしている。

 

 だが、私にとってそんなことは問題ではない、ただ…問題が一つあった。

 

「先輩…」

「まだ、学園に来てないね…」

 

 

 それは、あの日以降、オンワードトライブが、学園に来ていないことだった。さらに、メールにも既読がつかず、当然ながら電話も取らない。家に行ってインターホンを鳴らしても、無反応なのだ。

 

「でも、私達が立ち止まってたら、きっと先輩怒るよ」

「そうだね、やろっか、併せ」

 

 ウマ娘達は当然、精神的支柱であるオンワードトライブを心配していたものの、日頃から様々な事を考えてきたおかげなのか、心配のあまり、トレーニングやレースの議論をすっぽかすという者は居なかった。しかし、いつもより目に見えて活動に勢いが無いのは明らかだった。

 

 

「よし、今日はここまでとしよう、明日はタイムを計るので、今日夜更かしは厳禁だ」

「了解」

 

 だが私は、有記念に備えるためのトレーニングを、“いつもの調子で”しっかりと続けている。それはそれ、これはこれなのだ。ジャパンカップから有記念への路線変更も発表し終え、私の気持ちは完全に切り替わっていた。

 

 そして、帰り支度を終えて帰ろうとした時…

 

「じゃあ、帰るね「マヴェリッククロウさん!!」」

 

 私は、あおむしみたいな色のスーツを着た女性──理事長の秘書に呼び止められた。

 

「たづなさん…どうかしましたか?トレーナーなら中ですが」

「いえ、今回はマヴェリッククロウさんに用があってここまで来たのです」

「私に…ですか?」

「はい、オンワードトライブさんのトレーナーさんから、伝言を預かっていますから、それをお伝えするために」

 そしてその後、私は理事長の秘書から伝言を聞いた。オンワードトライブのトレーナーの名が出た時点で、ある程度察したが、要件はやはり、“オンワードトライブが私達に話したいことがあるから来て欲しい”というものだった。

 

 

 

 

 

「来てくれたのですね、トライブは中にいます。私は外で見張っていますから、皆さんは中へ」

 

 そして、数日後の放課後、私は、同じく呼び出されていたアグネスワールド、エアジハード、サクラナミキオーと共に、オンワードトライブの暮らしているアパートの前にやって来ていた。

 

「先輩…来ました、入らせて…貰いますね」

「…えぇ」

 

 エアジハードを先頭に、私達は部屋へと入る。多少散らかっている以外は、特に異常は無い。そして、電気のついていない部屋に座り込んでいるオンワードトライブの姿は、やつれていた。

 

「適当に座って…それで、まずは、何も言わず、ただ黙って話を聞いて欲しいの…いいかしら?」

「分かりました」

「まず、これは、私達だけの秘密…どんなことがあっても、このことだけは、墓場まで持っていって欲しいわ」

 

 その忠告に、私達は無言で頷いた。

 

「私は、確かにあの日、サイレンススズカに勝った。でも、それはあの娘が故障したから、もしそうならなかったら、あの娘がいつものように、差していたら…恐らく、私が勝てる可能性は低かったと思うわ…だって、あの娘の脚には、骨折してしまうほどの余裕があったって事なのだから…そして、どうやら、世間も気持ちは同じみたい…どのニュースを見ても、“サイレンススズカが勝っていた”って…」

 

 骨折の原因は、バ場に異常がある場合と、ウマ娘のパワーに脚が耐え切れなかった場合の、二種類がある。あの日のサイレンススズカは、1000mを57秒というかなりのハイペースで走っていた。それ故、後者の考えに至るのは妥当と言える。

 

「でも、私にとっては、世間の意見なんて、どうでもいい…いくらマグレだって言われても、いつかはG1勝利を掴み取るって願い続けてきたから、そんな世間の声は、怖くないの…でも…」

 

 オンワードトライブの声が、一段と暗くなる。

 

「怖いのは、私自身の心…ゴールした後、私、ずっと伏せていたでしょう?あれは、怪我をしたからじゃないの…笑いが止まらなかったからなの」

「…!」

「おかしくないはず、ないわよね?他人が故障するのを、目の前で見ておきながら…私は笑ってた。まずは心配の情が、起こるべきなのに……きっと、私の心の中のどこかに、サイレンススズカを嘲笑する気持ちがあったのだわ」

「…」

「怪我した者を嘲笑う者に、ターフに立つ資格なんてない、でも…化け物のような私の心は、愚かなことに、まだ、走る事を求めているの、だから、一つだけ、我儘を聞いて貰ってもいいかしら?」

「…」

 

 私達は再び、無言で頷いた。

 

「ありがとう…クロ、あなたは確か、有記念へ出るはずよね?」

「…はい」

「実は私も出るつもりなの。それを最後に、引退するつもり、だからクロ、お願い、有記念で、全力でぶつかって、私を倒して。諦めさせて。そして、ジハード、ナミキオー、ワールド、あなた達三人は、できる限りクロと併せをしたりして、手伝ってあげて欲しいの。それであなた達の力で私に“もう十分だ”って思わせるような、そんな光景を、私の目に、心に、焼き付かせて欲しいの」

「で、でも…アタシらがそうしたのを見届けたら、先輩はどうするつもりなんすか!!」

 

 サクラナミキオーが立ち上がり、そう訴える。

 

「…私は、トレセン学園を出て、故郷へ帰ろうと思っているの。その後は、静かにひっそりと生きていこうと思っているわ、心の中の獣が…もう二度と、呼び覚まされる事がないようにね……本当に、ただの我儘だということは、分かっているの。でも、これは、あなた達四人にしか、出来ない事だから…お願い」

 

オンワードトライブが、こちらに頭を下げる。そして、他の三人の視線が、私に注がれる。

 

 はっきり言って、彼女が抜けるのは損失だ。だが、今の彼女は半ば精神を病んでいる、導火線の長さがわからない爆弾と同じ…ここは、彼女の願いを、聞き入れるしか無いだろう。

 

「…先輩、分かりました。年末の有記念。必ず先輩に勝たせて貰います。全力で、ぶつかりましょう」

 

 私がそう言ったのに合わせ、他の三人も頷いた。

 

「クロ、ジハード、ナミキオー、ワールド…ありがとう」

 

 オンワードトライブは、涙を流しながら、私達の手を取った。

 

 

 

 

 

 “彼女”がオンワードトライブのアパートを訪れる少し前、スペシャルウィークら黄金世代のクラスでは、その日の授業が終わり、ウマ娘達が帰り支度やトレーニングの準備を行っていた。

 

「それじゃあ、行って来るね!」

「あっ!スペシャルウィークさん…行ってしまったわ」

 

 キングヘイローは、スペシャルウィークを呼び止めようとするも、失敗した。スペシャルウィークは、サイレンススズカが心配になり、毎日のように病室を訪れるようになっていたのである。セイウンスカイは、そんなキングヘイローの肩に手を置き、彼女を宥めようとする。

 

「まあまあ、キング、仕方が無いよ」

「仕方が無い…?スカイさん、それ、分かって言っているの?」

 

 言葉に反応し、キングヘイローはセイウンスカイを見る。

 

「キング…?」

「スペシャルウィークさんは、ジャパンカップを控えているのよ?今のスペシャルウィークさんには、残念だけど選手としての意識が欠けているわ、それも、著しくね」

「キング、流石に言い過ぎ、スペちゃんとスズカ先輩が仲良いの、知ってるでしょ?」

 

 セイウンスカイは宥めの表情を止めて真顔になり、キングヘイローにそう忠告する。

 

「いえ、言わせて貰うわ、レースは戦い、その世界に生きる私達には、戦う時間か、そのための準備期間か、それしか無いのよ、今はどうしようも出来ないことに固執し続け、戦う準備を止めてしまうのは、一番してはいけない事なの」

「…」

 

 戦いに明け暮れていた過去のヨーロッパを生きた人々の記録、“彼女”によってそれを読まされてきたキングヘイローは自然とその考えに至るようになりつつあった。

 

 そして、その会話を聞いていたツルマルツヨシが、セイウンスカイが耳を絞ったのを見て、二人の間に割って入る。

 

「セイちゃん、落ち着いて、確かにキングちゃんはストレートに言い過ぎてるけど、言ってることそのものは、正しいことだと思う。確かに、スズカ先輩は、スペちゃんと仲良しなウマ娘だよ?でも、スズカ先輩は、まだ目を覚まさない。それに苦しいのはスズカ先輩やスペちゃんだけじゃないよ、勝ったオンワードトライブ先輩だって。しばらく来てないみたい。でも、クロちゃん達は、心配しながらでも、進むことは止めてない。だから、私は思うんだ。スペちゃんは、スズカ先輩が目を覚ました時に、“自分のせいでレースに集中出来なかった”って思わせないようにするべきじゃないかって…セイちゃんは、どう思う?」

「…」

 

 ツルマルツヨシはストレートなキングヘイローの言葉を分かりやすくしたうえで、それを擁護、さらには“彼女”の例も出し、セイウンスカイに問う。

 

 セイウンスカイは、“彼女”に二度も負かされたことからくる対抗心から、素直に首を縦に振ることが出来なかった。

 

「三人とも、まあ、ここは一旦、難しく考えるのは止めにしまショウ!!ワタシ達自身も大事な時期、悩んで立ち止まったら、それでこそ本末転倒デース!!」

 

 最終的に、やり取りを見ていたエルコンドルパサーが三人の間に入り、その場は解散となった。

 

 黄金世代というウマ娘レースを盛り上げる大きな柱に、小さな変化が生まれつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私は寄り道をして帰るから、気を付けて」

「はい、クロちゃんこそ、門限までには帰って来てくださいね」

 

 私は三人と別れ、河川敷に行き、川面を見る。そして、オンワードトライブのことについて考えた。

 

「ふんっ!!」

 

 そして、中洲にある木に向けて、石を投げ飛ばす。それは狙い通り枝の部分に当たり、枝はポッキーみたいにへし折れた。

 

「ふふっ、ふふふふふふふ……ふふふっ!!」

 

 そして、私は笑った。気分がよかった。だが本当は、もっとを大にして、笑ってやりたかった。私はどうやら、オンワードトライブを銀翼のウマ娘の精神的支柱として擁立し、その下で他のウマ娘と共に頑張っていく中で、彼女を変質させてしまったようだから。人とはこうもなるのかと、面白く思ったのだ。

 

 だが、ここは街中、そして私は有名人。大声出してバレでもしたら大ごとだ。ここは我慢をするしかない。

 

 続けて私は、一つ一つ、彼女の言葉を思い出していく。

 

『怖いのは、私自身の心』

『笑いが止まらなかったからなの』

『おかしくないはず、ないわよね?』

 

 今日の彼女の自嘲的な様子は、私にある人物、ある言葉を想起させていた。

 

『人間は誰しも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという』

 

 そう、李徴である。彼はもちろん架空の人物だが、この言葉は真理を突いているだろう。

 

 この言葉は、何かのきっかけで、人間は容易く変化してしまう事を表すのだと、私は解釈している。つまり、オンワードトライブの笑いというのは、恐らく、彼女の中の猛獣が顔を覗かせた結果なのだろう。その猛獣というのは、彼女の場合は、勝利への渇望と、他者への劣等感・嫉妬心なのだろう。そして、その猛獣は、うまく使えば、予想を上回る力を、人間にもたらすのだろう。それが行き過ぎて李徴は虎と成り果てたが。

 

 そして、銀翼のウマ娘達は、黄金世代などと比較され、勝利への渇望と、他者への劣等感・嫉妬心を少なからず持つ、いや、持たされてきたウマ娘達…その猛獣を利用すれば、彼女達はかなり強くなるはずだ。実際、オンワードトライブはかなり健闘していたのだから。

 

 そして、そうやって強くしたウマ娘達を、分断で弱めた黄金世代やその他強力なウマ娘達にぶつける。私も私でさらに自己を強化し、共にぶつかる。破壊のビジョンが、オンワードトライブのおかげで、さらに明確なものとなった。

 

 だが、オンワードトライブがレース後に笑いが止まらなかったことは、露見すればヤバかったことであることに間違いはない。私達四人で相談の上で、レース後の振る舞いもアマリイーグリーナのマナー講習に盛り込んでおいた方がいいだろう。

 

 さて、私達はオンワードトライブに、“有記念で倒す”と約束をした。思えば、彼女には世話になった、あのプリセットメモリの次に恩人だといえる。ここは是非とも、その望みを叶えてやるとしよう。グラスワンダーを倒すことと並行してやるので、少し大変かもしれないが、マルチタスクも、経験のうちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “彼女”がオンワードトライブの願いを聞いて一週間ほど後…

 

『エルコンドルパサー伸びる、エルコンドルパサー伸びる、エアグルーヴ、スペシャルウィーク、これは厳しいか⁉ 二人をちぎってエルコンドルパサー優勝!!』

 

 エルコンドルパサーは、海外のウマ娘、エアグルーヴやスペシャルウィークなどの強豪を破り、ジャパンカップにて見事に優勝した。

 

「……」

 

 一方、三着となったスペシャルウィークは、涙を流し、エルコンドルパサーより先に地下道へと入っていった。

 

「リナちゃん、撮れた?」

「はい、問題ございません」

「オッケー、他の場所で撮ってもらってたもう二人からも、連絡が入ったから、合流しよっか」

「承知いたしました」

 

 “彼女”はジャパンカップを回避こそしたものの、何もしていないわけではなかった。サポートウマ娘を利用し、様々な地点からの動画を撮らせていたのである。“彼女”ら四人とのやり取りの後、オンワードトライブが学園に戻ってきたことで、ウマ娘達のモチベーションも回復していた。

 

「エルコンドルパサー先輩が勝利されましたから、しばらくは黄金世代の皆さんの人気が続きそうですね」

「気にしない気にしない、来年巻き返せばいいんだよ、イカロスだって、長い時間をかけて翼を完成させたんだから」

 

 黄金世代の人気が続くと言ったアマリイーグリーナを、“彼女”と仲の良いサポートウマ娘は気にする必要は無いと諭した。彼女らはライブの参考映像も撮った後、学園へと戻った。

 

 一方、エルコンドルパサーは海外遠征を敢行することを発表した。秋の天皇賞の事故によって気持ちが沈んでいたファンらは、国際招待レースの日本のウマ娘の勝利、そしてエルコンドルパサーの海外遠征という久しぶりの明るいニュースに沸き立ったのだった。そしてその裏で、銀翼のウマ娘らは、来年を視野に入れ、着々と準備を進めていた。

 




 
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 今回は、作成したマヴェリッククロウのプロフィール画像を載せています。絵は描けないので、シルエットになります。申し訳ありません。


【挿絵表示】


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