新学期が始まった。
私とクラスメート達は今年からレースのクラスが格上げになり、シニア級となる。ベテランとぶつかる機会も増える。
私達からオンワードトライブが抜けたことによる傷も少しずつ瘉え、片手で数える程だが新たなウマ娘も迎え入れた。
ウマ娘が立場を超えて協力し、高め合うという私達の姿に“尊み”を感じ、惹かれたウマ娘、アグネスデジタル。
ドジな自分を変えるべく、力をつけるためにトレーニングを続けるウマ娘、メイショウドトウ。
…という具合である。学園内という領域ではあるが、世間評価が上がってきたことを、私は感じていた。
「……ふっ!!」
ゴール地点が見え、脚に力を込める。少しでも空気抵抗を無くすべく、耳は、後ろ向きにする。
「これで…!」
そして、私は先にゴール板を駆け抜けた。
「…ッ、やるわね…」
私は、キングヘイローと併せを行っていた。向こうのトレーナーが出張に出ており、彼女を数日預かる事になったからである。さらに、向こうは大阪杯を目指しており、私は次走を金鯱賞と決めた。距離は双方共に2000m、併せをやって本番に備えるには、お互いベストの相手だった。
ただ、こうやって実戦形式でやっているのに、彼女から、覇気のようなものをあまり感じない“トレーニングの一部”であることを抜きにしても…である。
「キングさん」
「…どうしたの?」
「少し、動きが硬いみたいだけど、大丈夫?」
「……平気よ」
どうやら、敗北恐怖症がまだ抜けていないようである。キングヘイローをこうしたのは私だけど。
「とてもそうは見えないけど」
「……」
キングヘイローは黙る。面倒な事になったぞと思った矢先、白子が私たちを呼んだ。
「…キングヘイロー君、少し末脚のタイミングに遅れが出ていたようだが、脚に何かあったのか?」
「いえ…特には…」
「ふむ、分かった、では、気持ちが上手く乗らないと解釈して良いということかな?」
白子は目線をキングヘイローと同じ高さまで落とし、声色を穏やかなものにして聞いた。
「…はい」
キングヘイローは、絞り出すように、そう答えた。
「大一番を前に、萎縮しては勝負にはならない。だが、君がそうなってしまう理由も分かる。“プレッシャー”とやらを感じているのだろう?」
「……」
キングヘイローは、コクリと頷く。少し身構えている様子だ、叱責でも受けるとでも思っているのだろう。
「私は君を叱責するつもりで呼んだのではない、むしろ、萎縮するなと言いたかったのだ」
「憐れみですか?」
キングヘイローは腕を組んで、白子にそう抗議する。
「そうではない、私は君の事を、羨ましいとさえ思っている」
「羨ましい…?」
予想外の言葉だったのか、キングヘイローは腕組みを解いていた。
「君は闘志に溢れたウマ娘だ、そして、その闘志を燃やしぶつける相手が、クラスメートを初め、多く存在している。そして、今の世の中の注目は、君たちの世代だ。私のような周囲の人間から見ると、君は対戦相手にも、活躍できる環境にも恵まれていると感じるのだよ、つまり、その才能を発揮する土壌の上に、君は居るという事だ。それは君も、分かっている事だろう?」
「…」
キングヘイローは、無言で頷く。白子は嘘は言っていない。私のクラスは半数が障害ウマ娘なのに対し、キングヘイローのクラスは全員芝が走れるウマ娘である。そして、エルコンドルパサーが海外遠征を行うこともあって、世間やブン屋さんの目は私達の世代に向いたままである。
「キングヘイロー君、君は運が良いのだ。問題は、君が自分の運を信じているかどうかだ」
「運があるのに、それを活かし、勝利に繋げる気力が抜けているということですか?」
「御名答、その点を気を付けて、休憩の後、もう一本、クロウ君と走ってみてくれないだろうか?」
キングヘイローは目を閉じ、考え込む、脳内で白子の言葉を反芻させているのだろう。そして、彼女は目を開き…
「分かりました」
と言った。
コーナーを曲がりながら、ゴール板代わりのパイロンを捉える。キングヘイローは、食いついてきている。すかさず、後方にやる土を増やし、牽制を行う。
「読んでるわよ!」
「こっちも!!」
流石にそれが意味が無いのは分かっている。キングヘイローが回避するルートを予測し、そこに遠心力を用いて身体を置きに…
「やらせはしないわ!」
「かかったね」
いくと見せかけ、外から私に被せようとしたキングヘイローを残し、私は開けておいたイン側に脱出した。
「何の!!」
「…まだまだ!!」
しかし、キングヘイローはまだまだついて来ている。夏場のブヨかよ。
そして、私達はほぼ同時にゴールした。すかさず、白子がこちらまでやって来る。
「キングヘイロー君、どうだ?」
「さっきの併せより、肩の力が抜けたような…柔軟に動けたような気がします」
「…よし、その感覚を忘れないように、タイムは縮んでいる、だが、競り合いを激しく行った事で、脚の負担は大きいだろう、今日はここでストレッチをして終了だ」
「了解」
「分かりました」
そして、帰り道の事である。
「ねぇ」
「どうしたの?」
「二回目、手加減しては無いわよね?」
「もちろん、私はフェイントの数も、末脚のタイミングも変えたよ?キングさん、食いついたから、見えてたと思うけど」
「…ごめんなさい、変なことを聞いたわね」
「いいよ、気にしなくて。私は、仲間でも、ライバルでもあるんだから、大阪杯、キングさんの雄姿、見てるから」
二回目の時、私は手加減しなかった。しかし、キングヘイローは、私に食いついてきたのだ、一回目とは違う動き…それはまるで、研いだ後の包丁だった。やはり、黄金世代の称号は伊達ではない、磨けば光るのだ。“夢の原石”とでも言っておこう。
ナポレオンは、研究されまくって負けたという。私も現状に安住していては駄目だということだ。すなわち、今までにやっていない”何か”を試さなければならない。私の一番の良さは、この頑丈な身体だ。つまり、“何か”を追加するだけのマージンは他人よりある。今後はそこが、課題点となるだろう。
そして数日後、キングヘイローは、トレーナーが出張から戻ってきたので、元のトレーニングへと戻った。一方私はミーティングである。なので。先日感じた事を白子に話し、対策を練ることにした。
「ふむ…そういう事か、確かに、黄金世代の才能は、油断出来ないものだ。君と同様、私も先日のトレーニングで、そのように感じさせられた。ちょうど良い機会だ、試して欲しいことがある」
「良いよ、何をするの?」
「宇宙旅行のようなものだ」
「は?」
突然飛び出した、予想外の言葉。疑問を感じる暇もなく、私はジャージに着替えてダンスレッスン場まで移動していた。そして、白子はどういうわけか、台車に乗せた箱を用意していた。
「貸し切りって、大胆なことをするんだね」
「トレーナー室では、少々手狭なのでな。箱を開けてみてくれ」
「…ベスト?」
箱の中に入っていたのは、ベストだった、ただし、そこらへんに売っているのと比べて、表面の感じが違う。伸縮性のある素材を使っているのだろうか。まあ、とりあえず、着て──
「…!?少し重い…」
「あぁ、そうだ。この服は重い。だが、君達ウマ娘のパワーならば、羽織る事はできるだろう」
私は白子に促され、落とさないようにしながらベストを羽織り、ボタンを留める。
「どうだ?」
「楽じゃない、でも、苦痛になる重さじゃない、絶妙なラインだね」
「それならば良かった。では、異常が無いか確かめるために、マットの上でステップを一通りやってもらう」
「了解」
私はマットの上に立ち、ステップを踏む。もちろん負荷が身体にかかるが、過剰ではない。ただ、重心が変化するので、着地点がズレ、動きが雑になる。それ以外は問題無しだ、自重で破れそうな様子もない。
「異常なし」
「それならば良かった」
白子は満足そうに頷く、おいおい、勝手に満足しないで欲しい。こちらの脳内では、まだ宇宙旅行に話が繋がっていない。それにこんな服、どうやって用意したんだ?ウマ娘用のスポーツ用品店はたまに見るが、こんなの置いていない
「こんな重い服、どうやって作ったの?」
「トレーニング用のアンクルウエイトは、君も知っているな?あれには高密度の合金が使われている。あれをそれに仕込んでいるのだよ」
「なるほどね」
この服のカラクリは分かった。だが、宇宙旅行はまだピンと来ない。
「それで、宇宙旅行ってのは?」
「ああ、それを忘れていたな、体重計に乗れば分かる」
白子の言う通り、私は体重計へと乗る。重い服を着ているので、当然針はグンと上がる。
「──㎏だよ」
「よし、では、その重量を、君の体重で割ればどうなる?」
「暗算になるから少し待ってて……えーと…2.3倍、成程、分かったよ、“重力”だね」
「流石だな」
宇宙には、様々な星がある。当然、環境も様々で、それには重力も含まれる。重力二倍だと、自分がもう一人乗っているようなものだ。だから宇宙旅行なのだろう。2.3倍はどこの星だったろうか。
「それで、どうしてこんなのを用意したの?」
「もちろん、君のためだ。君に“最良”のウマ娘になって欲しいのだよ」
「最良?最強じゃないの?」
「“最強”は人により定義が異なる、私は答えは出せん。だが、最良ならば、答えは明白だ。“頑丈な足回りと身体、そして良好な機動性”この条件を揃えたウマ娘ならば、どのような舞台でも、活躍することができるだろう。そして、この服を利用し、君には後者を伸ばして欲しいのだ」
白子の言う事はすんなりと頭に入ってきた。強いウマ娘は、才能がとか、血筋だとか、ライバルがいたからだとか色々言われているが、そんな胡散臭い議論よりも、遥かに単純明快で、的を得ている。後はその最良の形にたどり着くべく、めげずにトレーニングを続ける根性があれば良い。
「これをトレーニングの時に着るの?」
「いや、これは日常生活の場で着てもらおうと考えている。トレーニングでは使わないということだ。重心が変化するだけでなく、身体の動きを阻害してしまうので、支障が出るのでな、そして、レースの一週間前になったら、ベストを着ない、通常の日常生活に戻って貰う。身体を本番用に慣らすためだ。」
「理解理解、なら、これをいつから?」
「金鯱賞の後に使って貰おうと思っている。今はレース前の調整段階、急なメニューの追加は身体の筋肉バランスを狂わせてしまう事に繋がりかねん、それに、君がその服を着て日常生活を送るためには、もう少し通常のトレーニングで身体を鍛えておいた方が良い」
「分かった、楽しみに待ってるよ」
「ああ」
白子はニヤリとしながら、そう答えた。
──様々な事象に対処する柔軟性と、クラシック期に見せた、大胆な姿勢に素早い行動力、有能な男だが────
『ラストスパートに待ち受けるは長めの直線、そしておまけに坂がある!!先頭ヒシミュンツァー、逃げ切れるか!?2番手ミンゴストーリーズとの差は僅か!』
2つ3つ歳上の、ベテランウマ娘が、私の目の前を走る。まだだ、まだだ仕掛けてはいけない。もうすぐ坂だ、そこで力を振り絞る。
『坂に入ってここでマヴェリッククロウが5番手から一気に上がってきた!抜け出した!抜け出した!ゴールイン!マヴェリッククロウ、シニア級に入って初レースを、見事白星で飾りました!』
有馬記念以来の戦い、それもベテランが集うとのことで身構えていたが、結果は白星だった。だが、経験を積んだウマ娘はマークが上手い、これは帰ってビデオを見返し、自分の技術として吸収しなくては。それにおかしいことが起こった。レース中、変な感じがしたのである。何か、おどろおどろしいものが、私の心をつついているような、そんな感じが。
これは反省会をしなければと思いながら、私はステージへと向かう、そこに、以外な来客が走ってきた。
「クロちゃーん!おめでとう!」
「ツルちゃん?来てたの?」
「うん、私ももう少しでレースだから、クロちゃんのレースを見て参考にしておきたくて」
「そうだったんだ、なら、ライブは何時もよりも頑張らないとね、ツルちゃんも、レース頑張って、大切なのは…」
「“気持ち”だよね?大丈夫!しっかり休んで、今の私はガソリン満タンだから!」
「それなら大丈夫だね…じゃあ、ライブ、行ってくるよ」
私が手を振ると、ツルマルツヨシも振り返す。彼女とはたまに合同トレーニングをやるが、今まであまりレースが出来ていなかった分、気合いが入っており、その気迫はダービーの時の黄金世代に迫るものがある。私を強化するための良い素材となっておくれよ。
「夏シーズンも期待してるぞー!!」
「これからも頑張ってくれよー!」
「応援してるわー!!」
ライブで歌い終えると、ファン達が声援を私に贈る。そう、期待していて欲しいものだ、最高のショーを、いつか見せてやる。
「ご苦労だった」
「どうも、今回のレース、色々と学べる点があったから、帰って反省会しないとね」
「その意気だ」
「うん、それで、例のベストは?」
「もちろん、着用して構わない」
「よし…!」
「良い返事だ、新たなトレーニングで得る、新たな力、是非とも、君のために、私のために、役立てて欲しいものだな」
「……」
ちゃっかり、自分も楽しむ気だな、食えん男だ。だけど……
「まあ、考えてくれたお礼はしっかりとしなくっちゃね、ん」
私は拳を、白子の前に突き出す。
彼の様々な事象に対処する柔軟性と、クラシック期に見せた、大胆な姿勢に素早い行動力、有能な男だが──
──危険かもしれない。
しかし、私は前世より、遥かに刺激的で、魅力的な毎日を送れている事は事実、それにはこの男の入れ知恵も絡んでいるのもまた事実。ならば…その見返りとして楽しませてやるのも、必要な投資だ。
「成程、こういう事だな」
コツン
そう、両者win-winであるためには。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録、評価をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
ご意見、ご感想等、お待ちしています。
今回、最初の方にアグネスデジタル、メイショウドトウが出てきますが、主人公達の影響力が広がっている事を分かりやすく示すために名前を出しているので、三人のうちの一人以外は、ほとんど登場しません。ご了承ください。
また、アンケートを実施していますので、ご協力、宜しくお願い致します。