転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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 アンケートへのご協力、ありがとうございました。

 主人公の異名は“石見の烏天狗”に決定致しました。

 これからも拙作をよろしくお願い申し上げます。




第29話 -吉兆-

 

「あら、キングヘイローじゃないの」

「……」

「あんたが居たとは驚きだわ」  

「……出走前なので、手短にお願いします」

 

 大阪杯の当日、本バ場入場をしたキングヘイローは、年上のウマ娘に話しかけられた。キングヘイローは不機嫌な様子を示しながらも、応対する。

 

「ここの所は随分と頑張っていたみたいだけれど、いくら頑張ったところで、超えられないカベがあるってことを、思い知らせてあげる」

 

 その年上のウマ娘は、キングヘイローの事を“偉そう”と嫌っており、その事もあって未だにG1を取れていない彼女を挑発した。

 

「……」

 

 だが、キングヘイローは怒るのではなく、年上のウマ娘の方を向く。

 

「…私はもう、ただのキングではありません、まさか、そんなことが分からないなんて事は…無いですよね?」

「……!」

 

 予想外の返答に、年上のウマ娘は驚く。

 

「もし、分からないのでしたら、私がそちらを捻じ伏せて、今のキングは何たるかを、心に刻み込みます。どうか、ご覚悟を」

 

 そう宣言し、キングヘイローは、自らのゲートに向かっていった。

 

(へぇ…言うようになったじゃないか)

 

 そして、最前列の席にいた“彼女”は、感心した様子で、そのやり取りを見物していたのだった。

 

 

 

 

 

『さあ、ここから最終局面です、各ウマ娘スパート!』

 

(…キングヘイロー…来た!)

 

 リードを取って先頭を走る年上のウマ娘は、後方からまくってきたキングヘイローを発見し、その接近に備える。

 

(…なるほど、そう動くのね)

 

 キングヘイローも、年上のウマ娘を射程に捉え、脚を動かす。

 

(確かに強くはなってるけど、まだまだ)

 

 年上のウマ娘は、キングヘイローの抜け出しを阻止するべく、ブロックを行う。

 

(…そちらがそうなら、私は…)

 

 キングヘイローは、小さく横に動き、それを回避…

 

(……何っ!?)

 

 するのではなく、あえて、ぶつかるギリギリのルートを取った。

 

(こいつ、頭のネジが何本か………なっ…!!)

 

 それだけではない、キングヘイローは、並びかける瞬間、その幅をさらに詰めようとする姿勢を取ったのである。

 

(莫迦ね、ぶつけるわけ無いでしょ、まあ、そっちの姿勢は崩れるでしょうけどね)

 

 しかし、それはただのフェイントであった。ただ、年上のウマ娘は、驚きのあまり、フォームが乱れる。最終局面で、それは致命的だった。

 

『キングヘイローが抜けた!キングヘイローが抜けた!勢いを落とさずにゴールイン!キングヘイロー!初のG1白星です!』

 

 こうして、キングヘイローは初のG1を制したのだった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 着順が確定した後、キングヘイローは、年上のウマ娘の前に立つ。

 

「…ッ!」

 

 年上のウマ娘は、キングヘイローを睨んだ。

 

 

「その顔なら、ライオンの勇猛さと、狐の賢さ……それを身に着けたキングの姿は、しっかりと目に入ったようですね」

「……」

 

 年上のウマ娘は、キングヘイローを睨んだままでいる。何故なら、あのフェイントがなければ、彼女は勝てていたかもしれないからである。

 

「フェイントの事ですか?」

「……」

「別にわざとぶつけるようなことは、私はやっていません、あなたの姿勢を崩しただけじゃないですか………ただ、それも、あなたがフェイントを予測できていれば、回避できたことだと私は思いますが。それでは」

 

 キングヘイローは、歩き去っていく。

 

(キングヘイロー、良い顔するようになったじゃないか)

 

 そして、それを見ていた“彼女”は、ほくそ笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあーっ……」

 

 私は椅子に背中を預け、深呼吸をする。

 

「…ふむ…流石の君も疲れたか、これは奢りだ」

 

 白子は、そう言って売店で買ってきたであろうコーヒーを、私の隣に置いた。

 

 私が疲れていた理由……それは、先日行われたファン感謝祭の実行委員だった。普通の学校では、こういう事は生徒会や各種委員会が行なうのだろうが、このトレセン学園は、生徒数2000人である。生徒会のメンバーや委員会のメンバーだけでは、円滑な行事の運営が難しいのだ。

 

 そこで、この学園は、ファン感謝祭の時に、臨時で実行委員を任命し、生徒会と分担して準備を行わせている。志願するウマ娘もいれば、生徒会から頼まれてというウマ娘もいるらしい。では、かくいう私はどうなのかというと、頼まれた側である。それも、生徒会にではない、理事長にである。子供とは言え、理事長は理事長、ピシャリと断るわけにもいかず、私は実行委員をすることになってしまったのだ。

 

「ありがとう、疲れたかって…まあ、そりゃあね、でも、皆思ったよりも協力的でさ」

「それも、“石見の烏天狗”の人徳が成した技だろうな」

「どうも」

 

 “石見の烏天狗”、私につけられた異名である。無敗のウマ娘である私の強さに着目し、私の名前の“カラス”を切り抜き、妖怪の中でも上位の存在の天狗と掛け合わせるとは、ブン屋さんも面白いことをしてくれる。

 

 もっとも、絵画や銅像の烏天狗は、カラスよりも猛禽類の顔をしているのだが……

 

「しかし、本部のお偉方には困ったものだな」

 

 机の上に広げていたパンフレットを見て、白子はそうつぶやく。

 

「?」

「これは君の実行委員としての活動の邪魔にならないよう、言わないでおいたのだが、言うとしよう、金鯱賞を制覇した後、君はどうするか、それが一番、世間が知らんと欲していた情報だという事は、分かっているな?」

「もちろん」

「だが、こういった背景があるにも関わらず、本部は理事長を通じ、君を実行委員に据えた」

「まあ、そうなっちゃったね」

「そして、これは金鯱賞前に富士田トレーナーから聞いた情報なのだが、一部で君が天皇賞春を目指しているとの情報が出回っていたらしい」

「へぇー」

「これら二つのピースを繋ぎ合わせれば、ある仮定を作ることができる」

 

 白子が言わんとしていたことは、一瞬で分かった。

 

「私の勢いを抑えるために、一旦レースから気持ちをブレさせようとした……答えとしては、こんな感じ?」

「上出来だ」

「まあ、お偉いさんによく思われない心当たりは結構あるからね」

「ああ、黄金世代は“夢の原石”として大きく紹介され、本部としても、大きく期待をかけていた存在、しかし、“黄金世代の称号を拒否し、それを世間に認めさせた”君の活躍は、それを上回るものだった。さらに、黄金世代で一番の人気者だったスペシャルウィークは、まだG1レースを勝てていない、そろそろ勝ってもらわなくては、面子も立たんのだろう」

「大人の事情に振り回される子供ってのは、どこにもいるもんだね」

「ああ、人というものは、一度信じてしまったものを捨て去る事が、苦手な生き物なのだよ、それにしても君は、かなり達観しているな」

 

 白子は感心したような顔をした。

 

「まあ、色々経験してきた身だから…そんなことより、上の方の動きは、殆どが無駄になったってことだね、私は春天に出ないし、仕事のせいで減っちゃったトレーニングの方は、今着てるベストで少しはカバーした。それに実行委員の仕事も生徒会やクラスメート、サポートウマ娘の皆がいるから思ったより楽だったよ、キングヘイローも手伝ってくれたし」

 

 私は実行委員の中の、当日の案内やら見回りやらを行なう班だった、しかも班長である。やるべき事は多かった。だが、クラスメートやサポートウマ娘が班員として志願してくれたことにより、私の疲労は最小限に抑えられていた。また、大阪杯を勝ち、時間的にも、精神的にも余裕ができたキングヘイローも、取り巻きのウマ娘と共に、手伝いをやってくれた。それに、その仕事上、重りの入った例のベストを使うのには丁度良かった。

 

「それは良かった、それと、君はある工夫を凝らしていたな?」

「工夫?ああ、これの事?」

「ああ、君も上手くやるものだな」

「ありがとう」

 

 私は自分の耳飾りを揺らす。その耳飾りの大まかなデザインは、グラスワンダーのそれと酷似しているが、中にあるマークは、かつてオンワードトライブがデザインした、私達のマークを使っていた。私達の班のウマ娘はその殆どが銀翼のウマ娘だったので、すんなりと受け入れられた。要は、私はこのイベントを、集団の連帯感を高めるのに利用させて貰ったのだ。もちろん、“人混みだと腕章だけでは気づきにくいから”という表向きの理由もしっかりと考えた。ただ、この耳飾り、どうやら気にいった者が多かったようで、殆どのウマ娘が、そのまま使っている。デザインを工夫した甲斐があったというものだ。まあ、“リボンだけでは味気ない”というウマ娘が多いだけなのかも知れないが。

 

「うむ、君たちの仕事ぶりも、中々のものだったと担任の教師から聞いている。複数人の外国人観光客の案内をしたのだろう?」

「うん、まあ、かるーくだけど」

 

 英語は前世からの貯金があるし、ネイティブのアグネスワールドもいた。それ故、楽な仕事だった。ただ、写真撮影が大好きなタイプの奴らが多かったので、撮影禁止の場所を教えたり、写真を撮ってやったりする回数が多く、そちらの方が面倒だった。

 

「君達の姿は、多くの見物客が見ていたことだろう。君たちの世間評価も、更に上昇するな」 

 

 白子は、私を褒めるようにそう言った。確かに、今回の仕事は、私個人というよりも、銀翼のウマ娘という集団を “規律”、“努力”、“団結”という、私達のスタイルをアピール出来た良い機会だった。そして、銀の翼をアピールする次のチャンスは、またすぐにやってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 控室にいてもわかる、大舞台の空気、今日は天皇賞春の当日である。私、アグネスワールド、エアジハードは、サクラナミキオーを応援するために、ここ、京都までやってきたのだ。チームメイト以外の応援は自費となるところだが…担任の教師が、車を出してくれたのだ。少々私達に入れ込み過ぎである。

 

「…よし」

 

 菊花賞の時と同じ勝負服を着たサクラナミキオーは、鞄に手を突っ込み、タオルにくるまれた何かを出した。

 

「それは?」

「姉貴の使ってた奴だ」

 

 サクラナミキオーの返答を聞いて、エアジハードは頷く、サクラナミキオーの姉の事は、私とサクラナミキオーの秘密から、私達4人と担任の間の秘密となっていたのだ。

 

「どうだ?しっかり締まってるか?」

「大丈夫です」

 

 サクラナミキオーが出したのは、姉が使っていたという鉢巻だった。自らの名前と同じ、桜色の鉢巻…彼女と姉との、途絶えぬ絆の象徴である。絆の力が、ウマ娘を強くするという事は、今までの私達の活躍から分かりきっていることだ。

 

 後は、その絆の力が、スペシャルウィークらの勝利への執念に勝るかどうかである。彼女も、彼女のトレーナーも、セイウンスカイらも、今日のために、かなりの準備を行ってきたのを、私達は把握していた。

 

「ナミキオーちゃん、深呼吸だよ」

「ああ、“慌てず急いで正確に”だろ?」

「そう、今日のナミキオーちゃんは、一人じゃない。私達、先生、ファンの皆、そして、お姉さんが、ナミキオーちゃんを見守ってる」

「絆を信じ、共に戦いましょう」 

「ああ、行ってくる…翼のため」

 

 サクラナミキオーは、控室を出、パドックへと向かっていった。肩の力が、だいぶ抜けている。これならば、久しぶりのG1の熱気に圧倒されて萎縮してしまうという事は起こらないだろう。

 

 さて、サクラナミキオーを送り出す役割は終えた、だが、私には、宝塚記念にぶつかるであろうスペシャルウィークの研究をするという、大事な役割が残っている。サポートウマ娘からビデオカメラを借りたので、有効活用させてもらう。

 

 

 

 

『3枠3番、スペシャルウィーク、五番人気です』

 

「…ッ」

「クロちゃん!?」

「大丈夫、ちょっと鼻にゴミが入っただけ」

 

 いかんいかん、思わず吹き出しそうになった。“日本一”のウマ娘になると豪語していた彼女の姿を、思わず思い出してしまったのだ。ああ言っておきながら、スペシャルウィークは未だG1レース0勝である。

 

 ただ、そんな彼女にも、注視しておくべき点がある、彼女のルームメイトであり、親友であるサイレンススズカは、生きているとはいえ、あの状態。それに対する心配の心を押し殺し、この大舞台に上がって来たという精神だ。

 

 

 

『6枠8番、セイウンスカイ、一番人気です』

 

「セイウンスカイ、菊花賞に続けてこっちも捕っちゃおうってことか」

「油断ならない相手です」

「強敵ということですね…」

 

 3人の会話を聞きながら、私はセイウンスカイにズームインする。かなり鍛えたようである、有記念の時と比較して、発揮できるパフォーマンスは向上していると見るべきだろう。それはすなわち、この長距離でも、逃げ切り勝ちの可能性があるということだ。

 

 

 

『8枠11番、サクラナミキオー、13番人気です』

 

「ナミキオーさん…」

「先生、ナミキオーちゃんなら大丈夫です」

「荒々しさの中にも堅実さがある走りを身につけていますから」

「先生も、あの娘の姿を見てきたじゃないですか」

「…そうですね、ナミキオーさん!!頑張って下さい!!」

 

 サクラナミキオーの評価は、最低の評価、本番を前に、不安の気持ちが溢れんとする担任を、3人で宥めつつも、サクラナミキオーの様子を確認する。

 

「…」

 

 よし、言った通り、深呼吸をしているな。それでいい。私は、他のクラスメートと協力しながら、彼女の調整を手伝ってきた。もちろん、私のためだ。彼女がよく戦えば戦うほど、スペシャルウィークも力を絞り出す。つまりはさらけ出すのだ、そのトレーニングの成果を。

 

 サクラナミキオー、今はたぎる感情を抑えていろ、そして、戦いの時に、それを開放してやれ。他者の夢を継ぎ、それを叶えるという願いは、大きな力をもたらしてくれる。

 

 その力がもたらす果実、それと“受け継いだ策”で、大きな魚を吊り上げておくれ。

 

 

 

 

 

『13人の選ばれたウマ娘が、ゲートへと入ります、G1、天皇賞春…今…』

 

ガッコン!

『スタートしました!』

 

「行けー!!」

「頑張って下さい!」

「ファイト!!」

「良いスタート!!」

 

『スペシャルウィーク早めに、ですがサンデーセムラ、タマモプラズマが先に行きました、それから──』

 

 私は他の三人と同様、声援を贈り、サクラナミキオーを見る。

 

「今日のナミキオーさん、真ん中ですね」

「それで、スペシャルウィークは先行…」

「あ、よく見て、セイウンスカイ、行かないみたい」

「ポジションがいつもと逆な二人か…」 

 

 スペシャルウィークは前寄りの位置に行く、セイウンスカイは逃げを打たない。変な位置取りである。

 

「でも、これは運が良いと解釈して良いんでしょうか?」

 

 担任がレースを見つつ、そう言う。彼女は私たちの事が大好きなようだが、当然、レースに関しては全くのペーペーである。ただ、彼女の答えは×ではない。

 

「微妙ですね…今回のナミキオーちゃんの作戦は、先行でなく差しベース、二度目の下り坂も利用して、助走をつけて末脚の加速を乗せるという、最終局面に全てをかけた、乾坤一擲の作戦です」

「だから、先行組がナミキオーちゃんが仕掛けるタイミングで、横に来てなかったら、成功率は高くなりますし、もし来ちゃったら、成功率は大きく下がります」

 

 どうやら、アグネスワールドとエアジハードも、同じ気持ちのようである。

 

『サンデーセムラが先頭を維持するも、セイウンスカイが上がって参りました、先団4人は進む、6バ身程開いて5番手ステイゴルディオン、6番手シルクジャスティー、7番手がサクラナミキオー、その内にメジロブライトが入る形になりました』

 

 ポジションキープ、それでいい。実を言うと、サクラナミキオーに差しを提案したのは、他ならぬ私である。もちろん、それは私のためだ。なぜそんな回りくどい事をするのかというと、それは私とスペシャルウィークとの対戦状況が関係している。

 

 皐月賞──この時は、セイウンスカイがターゲットで、スペシャルウィークはロングスパート作戦で置いてけぼりにした。

 

 日本ダービー──この時、私は怪我をして流血していたし、心に従って、獣のように走っていた。

 

 そう、つまり一度もスペシャルウィークとまともにせめぎ合いをしていないのだ。本当はジャパンカップで出来るはずだったが、私は回避した上に、あの時のスペシャルウィークの走りは、役に立たないものだった。そんな状態でスペシャルウィークとG1でいきなり対戦してしまうのは、リスクが伴う事と考えた私は、出来ればG1で差しのウマ娘をぶつけて、彼女が強敵相手にどのような振る舞いを見せるのかを分析してやろうと、年明け前から考えていたのだ。

 

 そこに、サクラナミキオーの決意である。もう、彼女を使わない手はなかった。

 

 

 

 

 

『向正面に入って、先頭はセイウンスカイ、セイウンスカイ!』

 

(長丁場なのに、油断できねぇな…、全員、豹みたいにタイミングを伺ってやがる…クロたちが“常在戦場”でトレーニングに付き合ってくれてなかったら、今頃アタシは潰れてた)

 

 サクラナミキオーは、“彼女”らの支援による成長を実感しつつ、中央をキープし、駆ける。

 

『ここでスペシャルウィーク、早めに動き始めたか!?

 

(──!!)

 

 ここで、スペシャルウィークの動きが、このまま巡航せんとしていた彼女の脳内にくさびを打ち込もうとする。

 

(落ち着け…サクラナミキオー…菊花賞は、乗せられて負けたんだ、ここで動いたら、今までコツコツ温存してきた体力がパー…坂まで、坂まで待て…)

 

 しかし、敗北の経験を思い出し、彼女はこらえ切った。

 

『これから第3コーナーの登りに向かいます。淡々としたペース!』

 

(姉貴…昔、言ってたよな?他のウマ娘が息を入れる、坂の頂上、そこは、本能的に、無意識に気が緩むって!!)

 

 坂の終わりの直前、サクラナミキオーは息を入れた。

 

『登りと下りの境界線!!おっとここでサクラナミキオーが加速した!!』

 

(((…!!)))

 

 坂を「上り切った」という感覚が生み出す一瞬の脳の隙を突くという、姉から“受け継いだ策”で、サクラナミキオーは意表を突きつつ前に出る。坂の傾斜、重力を利用し、その勢いは他のウマ娘の目に焼き付くものだった。

 

『遅れてステイゴルディオンが動き出したが、メジロブライトも同様だ!サクラナミキオーはスペシャルウィークの外側から行っている!!第4コーナーカーブ!激戦だ!』

 

(スペシャルウィーク…、出るつもりか…生憎、アタシも同じだ!!)

 

 サクラナミキオーはスペシャルウィークと競り合いながら、先頭のセイウンスカイに迫る。スペシャルウィークも、競り負けないよう、必死、腕を、脚を動かす。セイウンスカイも、苦しさに耐えつつ、脚部に力をこめ、最大限の力を絞り出す。

 

(スズカさんの為にも!!このレースは!!)

(苦しいけど、粘ってやる!)

 

(……そう、それでいい、その鋼鉄の精神で…!!) 

 

 壮絶なせめぎ合いが繰り広げられ“彼女”もそれを見つめる。

 

(──ッ、手強い!!だけど、だけど、絶対に、諦められねぇんだ……アタシは一人じゃねぇ、姉貴、銀翼の仲間がいる……リベンジと、姉貴の願い…絶対に……)

 

「果たす!!」

 

『サクラナミキオー、サクラナミキオー、サクラナミキオーがわずかに出た!そして、抜けた!リードは2バ身!メジロブライト追いすがるも差は縮まらない!淀の舞台をふたたびサクラが彩る!サクラナミキオー、ゴールイン!!』

 

 サクラナミキオーは、一着でゴールインし、見事、姉の宿願を果たしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 鉢巻を握った手を突き上げるサクラナミキオー、観客の反応は、冷ややかだった。敗者の付属品(ファン)は「セイウンスカイの優勝が見たかった」「スペシャルウィークに今度こそ勝って欲しかった」などと、のたまう。

 

「……」

 

 担任を見ると、その拳は握り固められている。私はアイコンタクトを隣の二人に取り…

 

「おめでとう」

 

 と拍手をした。人間というのは、面倒な生き物である。多数派の中の少数派は萎縮してしまうことが多いのだ。だからそれをほぐしてやる場合には、こういう起爆剤が必要になる。

 

「よ、よく頑張った!!」

「G1初勝利、おめでとう!」

 

 私達に続く存在が出た所で、私はサクラナミキオーをふたたび見る。彼女は、笑顔でサムズアップをした。目を見ればわかる。彼女は無理をしていない。それは“個であり全”の概念が、浸透して来たという、何よりの証拠だった。

 

 

 

 レース後のライブだが、予想外の勝者をよく思わない視線は多かったものの、彼女はライブをやり遂げ、ファンに向けて最大限のパフォーマンスをした。つまり彼女は自身の、そして、姉の宿願をついに果たし、ギャラリーの冷ややかな反応にも耐えて見せたのだ。彼女は鋼鉄のリベンジャーだ。

 

「おめでとう!」

「これからも頑張ってくれよ!!」

 

 そして、そんなささやかな祝福の中に交じり…

 

「スペシャルウィーク、期待してたのに、もう、私他の娘に乗り換えるわ」

 

 吉兆の声が、聞こえて来た。

 

 

 

 私はライブの後、勝者が写真を撮影している時間を利用し、スペシャルウィークとセイウンスカイを探す。彼女ら二人は、掲示板を見てペタリと座り込んでいただけだったので、その悔しい顔を見ていないのだ。ライブも心ここにあらずの状態だったし。

 そんな時、ポケットに突っ込んでいた私の携帯が震える。着信名を見ると白子だった。

 

「どうしたの?今ちょっとやるべき事やってる途中なんだけど?」

『む…それは迷惑をかけてしまったな、なら仕方がない、要点のみピンポイントで伝えるとしよう』

「オッケー、早く」

 

 どうせ、重要度の低いことなのだろう、シューズが、蹄鉄が、どうのこうのとかいう──

 

『サイレンススズカが目を覚ましたそうだ』

 

 おっと、吉兆が、ここにも、また一つ。




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