ウマ娘の成長具合は多種多様ですが、彼女の最大の伸びの時期は、シニア級の夏合宿の時からだったと、私は感じます。
宝塚記念の後、つまり、夏合宿の直前に、彼女のトレーナーと食事をした際、彼が「この伸びしろに、ユニークかつマイペースな性格、これからも振り回されそうです」と苦笑いしながら言っていたのを、よく覚えています。
彼は生真面目な人だったので、振り回されるのは少し不憫に感じましたが、それでも、二人は良好な師弟関係を築き、連携も取れていました。
そして、その伸びは、彼女の才能だけでなく、宝塚記念以降、少しずつ強くなっていった二人の連携にも、起因していたのでしょう。
ただ、当時の私は、クラシック級で見せたあの強さが、更に高まる事を考えて、尊敬の念を感じると同時に、少し恐ろしくも感じていました。
一方で、私の担当であるツルさんは、その頃になると体調も安定し、サポートウマ娘の皆さんの協力によって、ハードなトレーニングも難なく出来るようになりました。
ですから、私達は、自分達の本当の戦いはこれからだと確認しあい、京都大賞典に備えたトレーニングを行っていきました。
それと同時に、私は感じていました。ツルさんの心の中で、段々と彼女の存在が大きくなっていくことに。
そして、私はそれを、ツルさんの向上心の表れであると、同期のウマ娘、スペシャルウィークさんとのレースに臨む上で良い傾向であると、解釈したのです。
──トレセン学園所属トレーナー 富士田
宝塚記念を勝った私を待っていたのは、久しぶりのインタビューの嵐や、雑誌の取材だった。グランプリ連覇という響きは、どうやら偉大なものらしい。
白子はと言うと、その間は何のアクションも起こさず、ただ私とともにブン屋さんに淡々と対応していた。
「明日は月刊トゥインクルの撮影だ。当初の予定通り、午前9時から12時ごろまで変更はない、私は同行できないが、君ならば問題ないだろう」
「もちろん」
あの話の続きをしたいという気持ちは……ある。だが、それを盾に、撮影に手を抜くことは許されない。
それに、明日で撮影も一段落だ。
「それでは、お願いします!」
今日の撮影は、一風変わったもので、休日の生活に密着したものだ。
今までプライベートの方の取材はさせなかったのだが、流石にマンネリ化しそうとのことだったので、了承し、今に至る。
とはいえ、私は手を抜いているわけではない。本気だ。
「休日はいつもこの店に?」
「はい、ここのハムチーズサンドは絶品ですから、それで冷たい飲み物を流し込んで、ゆっくりするんです」
「なるほどなるほど、では、サンドイッチ片手に一枚、取らせていただけませんか?」
「わかりました」
撮影されている間、私達の周囲には人だかりが出来ていた。こういう事態を予測して、私服選びは入念にやっておいた。だから、そんな目を気にすることなく、撮影を進めることができる。
「ふむ…中々良さげではないか」
「どうも」
「どうやら君は、親近感を持たせるファッションにも気を使えているようだな、良い心がけだ」
後日、記事を見た白子は、私にそう指摘してきた。気づいたのか。
私の私服は、その殆どが、そこいらで買えるもので構成されている。理由は簡単、その気になれば真似できるからである。親近感を湧かせるためには、大事な養素なのだ。
だが、この学園の生徒自体、私服に高いものを選び過ぎである。キングヘイローやこの学園の副会長はブランド物を着ているし、エルコンドルパサーのミカンの皮みたいな色のシャツと靴は、アメリカの有名メーカーの品だ。
人は有名になればなるほど「高嶺の花」感が増すが、その一方で、庶民性も持ち合わせなければならないのだ。
まあ、そんなことは、今はどうでも良い。予定は全て消化した。白子に詳しく話を聞くときが来たのだ。
「ねぇ」
「どうした?」
「宝塚記念の後に言ってた、“私の前では、思い切り笑ってほしい”ってのは、どういう事?」
「文字通りの意味だ、君は、普通のウマ娘とは違う、何かを持っている。だが、君はそれを隠し、本当の気持ちを隠そうとしている…違うか?」
白子はこちらを見る。黙っていては駄目だ──南無三。
「違わない」
「ふむ…ならば、私の推理を言おう。いや…その前に」
白子は部屋を一回りし、窓、そして、扉の外を確認した。そして、再び椅子に座る。
「さて、君はウマ娘達が悔しい顔をするのが見たい、差し当たり…サディスティックな性分を持つウマ娘…そうだろう?」
白子はナイフのような視線で、私を見つめながら、そう質問してきた、だが…
「50点」
「…む?」
「その推理の点数だよ、じゃあ、こっちから質問、いつから、そう思うようになったの?」
「面接の時に示したように、初めから君に対して特別な何かを感じてはいた。だが、それを細かく理解するようになったのは、皐月賞の頃からだ、あの時を境にして、君は、レースの後に耳や尻尾が震えなくなっただろう?」
「……」
…そこまで見ていたのか。
「続けよう、そして、君はレースを終え、遠くであれ近くであれ、レースでの注目株を見てからコースに、観客にお辞儀をする、そして、その後一瞬だが顔が強張らせる癖がある、その後、耳と尻尾が震えていたのだ。笑いを我慢していることは明白だ、やがて震えは見えなくなったが、顔を強張らせるのは変わっていない」
…なるほど、そこまで分かっているのか……
ならば、言うことにしよう、全て。
「…分かった、言うよ……私はね、破壊したいんだよ。ウマ娘の精神も、努力も、肉体も、常識も、世間様やブン屋さんの思い込みも。悔しい顔を見るのは、その破壊の一部でしかない。まぁ、見るのは幸せなんだけどね…まぁ、ざっと、こんなところだよ」
私は、自分の目的を、事実を話し、白子の目を見た。冷静に、詰まることなく、落ち着いて言えたのはいい、だが、今にも汗が噴き出てきそうだし、一秒が、何分・何時間にも感じられる。
「…フフフ…ハハハハハッ!!」
そんな私の様子とは真逆に、白子は笑った。
「…私を危険分子として報告するの?」
「まさか、私は自分の幸運、そして、君の面白さに、笑ったのだよ、君と出会った時言ったように、私は歴史の立会人でありたい人間だ。故に担当は、面白いウマ娘でなくてはならない、そして君だ、君は走ることではなく、破壊を愛するウマ娘…その軌跡は、きっと私を楽しませてくれると思うのだよ」
「…」
白子の言葉に、私は拳を握り締め、その目を見るという形で返答した。
「疑っているのか…しかし、私は君と契約を交わして2年、ここまで来れば、もし、何かがあれば、私も同様に対処されるだろう。それに何よりも、私は君に対し、双方に利のあるパートナーという印象を抱いている。君は思わないのか?」
…私は面接という手段を用いて、この男を選んだ。私の利益になると判断したから、この男を選んだ。
今まで、この男は私に対して、怪しいそぶりは見せなかった。むしろ、私はこの男の異常性を買っていた。
「では、約束させてもらおう、まず、君が望む限り、私は君のトレーナーであり続けよう、その破壊を、支えさせて貰う、見させて貰う。そして、私が生きている限り、君の性分のことは、私達二人だけの秘密とする…と、もし…仮にこの言葉が偽りのものとなる時が来たのであれば、君はいま握り締めているその拳を私に叩きつけるがいい、その時は…抵抗しない」
そして、私を、その瞳の奥まで覗き込むような視線で見つめながら、白子はそう述べる。
決めた──信じるとしよう。
「貴方の気持ちは…分かった、貴方のことを信じるよ。でも、これから、今まで以上に振り回されるかもしれないから、そこのところは、覚悟しておいてね?」
「もちろん、これから君が本気で私と向き合ってくれるのだ、こちらも、今まで以上に力を注ぎ、君の指導に当たらせてもらうとしよう」
そう言って、白子は私に向け、手を差し出す。かつて私が、彼にグータッチを要求したように。
「見せてあげるよ、私の破壊を」
「では、見させて貰おう、破壊の歴史を」
今、この瞬間、私の破壊は新たなるステージへと入ったのだ。
「ごめんなさい、クロちゃん、わざわざ来てもらって」
「いやいや、大丈夫だよ」
白子とのやり取りの翌日、私はどういうわけか、アグネスワールドに二人きりでの食事に誘われた。断る理由も無かったので了承したが、二人きりというスタイルに、珍しさを覚えた。
「でも、二人きりって、珍しいね。ワールドちゃんは、みんなで鍋を囲むような感じの食事が好きなのに…」
二人きりで話、それが意味しているのは、きっと重大なことのはずである。もしかして…恋人でもできたのだろうか?まあ、直線言うのも野暮なので、ぼかして聞くとしよう
「何か、大事な話ってことかな?」
「はい、本当は皆の前で打ち明けるべきなのですが、まずはクロちゃんに、言っておきたいと思って」
「なるほど、でも、嬉しい…それで、話っていうのは?」
さあ、ドンと来い、どんな話でも聞いてやる。今の私は、気分がいいんだから。
「私は、海外遠征を敢行するつもりです」
「…!!」
「もう、目標も決めてあるんです…アベイ・ド・ロンシャン賞に」
「それって、フランス短距離G1最高峰の…」
「はい、やっと、私の名前にもある“世界”に挑戦する時が来たんです」
そのレースの名前を聞いた時、私は正直驚いた。アベイ・ド・ロンシャン賞と言えば、世界に名高いレースであったはずだ。
「なるほど、なら、今度は私が、恩返しのために、応──」
私がそう言いかけた時、アグネスワールドは首を横に振り、言葉を遮った。
「クロちゃんなら、そう言ってくれると思ってました。嬉しいです、ホントですよ。でも、気持ちだけで、十分です。」
「…じゃあ、せめて、理由ぐらいは」
私がそう聞くと、アグネスワールドは微笑みの表情をやめ、真剣な目で、じっとこちらを見つめていた。
「はい、私達、銀翼のウマ娘は、シニア級に入って今までの努力が実り始めたのか、レースでどんどん、結果を出しています」
「そうだね」
「…クロちゃん、私、思うんです、遂に、その時が来たって」
「その時…?」
「黄金世代を超えて、私達が、時代の主役になる時です」
「…!!」
「今までは、私達は、どこかクロちゃん頼みでした。でも、これからはもう違います。私達全員が、様々な舞台で活躍して、その煌びやかな翼で、レースを彩る時が来たって思うんです」
アグネスワールドは、再び微笑む。
その笑みは今までのおしとやかな笑みとは違っていた。
獲物を求める獣の様な、闘争心溢れる笑みだった。
その目は今までの穏やかな目とは違っていた。
獲物を見つけた獣のような、引きずり込まれそうになる目だった。
その目には野望が宿っていた。
「だから、クロちゃんには、皆と共に、国内で暴れ回って欲しいんです。私は私で、頑張りますから」
なるほど、これが理由か。
なんて喜ばしいのだろうか、野心を開花させ、黄金世代にとって変わる事まで言ってのけた。さすが、私が来る前まで、クラスのリーダー的存在として振る舞っていただけのことはある。
「海外遠征で勝ち、笑顔で日本に凱旋する、これが私なりの、クロちゃんへの恩返しです」
アグネスワールドは私の手を取ってそう言った。…震えはない、これなら問題ない。本番に備え、気合いも乗ることだろう。
「…ありがとう、いつから日本を出るの?」
「夏合宿の直後になりますね」
「分かった。じゃあ、そこから、ワールドちゃんは海外で、私達は国内で、大攻勢開始ってことだね」
「はい、やりましょう!」
アベイ・ド・ロンシャン賞の次のレースはエルコンドルパサーが出走する「凱旋門賞」である。アグネスワールドが勝つことができれば、エルコンドルパサーへの良い牽制となること間違いなしである。黄金世代は、私達に対抗意識を燃やしているのだから。
そして、黄金世代であったキングヘイロー、ツルマルツヨシは、既に私達の一部である。財産である。蝋であり、羽である。黄金世代になぞ返してやるものか。
「──というわけです。だから、夏合宿が終わったら、私は一旦、日本を離れます。」
そして、翌日、アグネスワールドは、自らの海外遠征計画について、他のウマ娘たちに明かし、国内でも海外でも頑張ろうと説いた。彼女は「黄金世代」という言葉は使わなかったが「翼をもって、時代の主役という栄光へと羽ばたきましょう」という上手い表現で、ウマ娘たちを鼓舞したのだ。
「寂しくなるね」
「あら、ジハードさん、そんなことを言っていて良いのかしら?私は悲しまないわよ、秋のG1戦線、私が取っちゃうわよ?」
正直に気持ちを述べるエアジハードに対して、キングヘイローはそう言う。
「じゃあ、私もワールド先輩に負けないように、G1を目指します…!」
「私も京都大賞典目指して、もっともっとトレーニングしないとね」
「アタシは秋天だ、やってやる!」
メイショウドトウ、ツルマルツヨシ、サクラナミキオーは、それぞれの決意を宣言する。
「秋シーズンから、私達は次の時代への大きな一歩を踏み出すということですね」
アマリイーグリーナは、ニッコリとしてうんうんと頷く。
「なら、私達にぴったりのものがあります」
その時、新顔のサポートウマ娘が手を挙げた。彼女は経験量はまだまだだが、言いたいことはしっかりと言うタイプのウマ娘である。
「ピッタリのもの?」
「秋のファン感謝祭でお披露目される新しいライブ曲が何曲か作られたらしく、そのメンバーを学園の広報部が募っているんです」
「…新しいライブ曲…」
「去年にも募集があり、サイレンススズカ先輩、マルゼンスキー先輩、スマートファルコン先輩、アイネスフウジン先輩、ミホノブルボン先輩が“逃げ切りシスターズ”というユニットを組み、かなりの人気が出ました。あと、ルドルフ会長も『SEVEN』という曲を歌われました……これはチャンスです」
シンボリルドルフの曲は、私も聴いた、皇帝様は歌の才能もお有りのようである。サイレンススズカらの方は、確か春のファン感謝祭でお披露目されたはずである。
「…良い手かもしれません」
「確かに、私達が新たなステージへ進む示しとするのには、これは丁度よい材料となりそうね」
アマリイーグリーナ、キングヘイローは同意の声を上げる。周囲のウマ娘も、頷く。
「ありがとうございます、じゃあ、ここで有志を募りましょう」
サポートウマ娘は、曲と歌詞のリストを配っていった。
「では、このユニット形式の曲“NEXT FRONTIER”を、私は希望します」
しばらくしてアグネスワールドが一番に手を挙げた。彼女は海外遠征があるが、準備期間が長いから大丈夫だろう。
「ワールドがやるなら、私も!」
「私も、一緒にやらせてもらって良いかしら?」
「ワールドのライバルとして、私もやらせてもらうよ」
クラスの障害ウマ娘、次にキングヘイローが続けて手を挙げる。
「あの…私も…良いでしょうか…?」
「もちろんです」
最後にアグネスワールドが目をかけている後輩が手を挙げ、アグネスワールドは当然のように受け入れた。ウマ娘達は、微笑ましい様子で、それを見ていた。
ユニットの方が決まったとなれば、次はソロである。
「ソロの曲なんですが、これは多角的に判断して、ぜひともクロ先輩にやって欲しいです」
「私が?」
私は少し驚いた、指名されたからである。言いたいことスパッと言うタイプだな、ホント。
「はい、クロ先輩の予定は、夏のレースは少なくする計画だったはずですし、ライブでのパフォーマンスも、さらに磨きがかかっています。あと…何よりも…」
「…何よりも?」
「同世代のグラスワンダー先輩、セイウンスカイ先輩、エルコンドルパサー先輩が、ソロ曲を歌っています。そろそろ先輩も、同じ舞台に立つべきです」
「グラスちゃんはジュニアチャンピオンになった時、セイちゃんは菊花賞を獲ったとき、エルちゃんは世代最優秀ウマ娘として表彰された時…」
ツルマルツヨシが呟いているのは、3人がソロ曲を歌った時期のことだろう。
周囲を見ると、ウマ娘達が、私を見ている。
「うん、じゃあ、申し込むよ」
「ありがとうございます!」
もし、私がソロ曲を歌うことになれば、世間評価が更に上がるかもしれない、私自身ファンは多いほうだと認識してはいるが、備えには備えをである。
「……ユニット名…どうしましょう…」
そして、横に目をやると、アグネスワールドが頭を抱えていた。早速ユニット名を考え始めたようだが、うまいことアイデアが出ないようである。
「ワールドちゃん…私に…アイデアがあるんだけど」
そっと手を挙げたのは、ツルマルツヨシである。
「ツルちゃん、考えてくれたんですね」
アグネスワールドは歩み出て、ツルマルツヨシのところまで行く。
「うん、銀翼のウマ娘に、ワールドちゃんのクラスのモットーで…私達のモットーでもある“舞うように走る”をくっつけた…“
「いえ、凄く良い名前です。ありがとうございます」
そう言って、アグネスワールドはツルマルツヨシに微笑みかけた
「舞走銀翼隊…私は賛成!風変わりで格好良いよ!」
「変わり種、面白そうだね、ボクも賛成」
障害ウマ娘のクラスメートの発言を皮切りに、他のウマ娘も、続々と賛成の声をあげる。
私も、もちろん賛成した。というか舞走銀翼隊って、何だかネーミングが武装親衛隊みたいだなと思ったが、クラスモットーの字を当てただけなので、問題になることはないだろう。私達は特定の生徒の差別なんてしていないし。
まあ、あのネーミングはウマ娘達に“格好良い”と気に入られた。そして格好良さというのは士気を鼓舞するのには大事な要素である。勝負服のシステムからも、それは明らかだ。これがウマ娘達の活躍につながることを、私は望む。
何せ、それが黄金世代の時代を破壊することに直結するのだから。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録、評価、コメントをしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
ご意見、ご感想等、お待ちしています。
(ここから先は余談となります)
あるゲームのbgmで、主人公達銀翼のウマ娘にピッタリかなと思った曲を見つけましたのでURLを貼り付けておきます、興味があればご覧下さい
※問題があれば消します。
動画へのリンク