「……」
新幹線の車窓から見える景色を眺めながら、“彼女”は恍惚とした表情をする。
「………!」
その佇まいは非常に色気のあるもので、通り過ぎる人々が思わず振り向くほどであった。
「………♪」
外を見る“彼女”の耳は、交互にせわしなく動いている。
ただ、いくら耳が動いていると言っても、“彼女”の腹の内まで見通す事のできる者は、ここにはいない。
出来ることと言えば、“新幹線は初めてなのか”、“嬉しそう”や“楽しみなことでもあるのか”といった予想を立てるぐらいである。
何が“彼女”をそこまで喜ばせているのか、もちろん、それは、“彼女”にしか分からない。
「お連れしました」
「ありがとう、君は仕事に戻っていてくれ」
「承知いたしました、失礼致します」
「座ってくれ」
いつかは呼び出されるとは思っていたが、まさか翌々日に呼び出されるとは思っていなかった。
私は食堂で銀翼のウマ娘ではない普通の後輩と話していた、彼女は現在、サトノモズレーにサポートを受けており、どのような具合になっているのか聞いていた。
その時、栗毛の庶務に話しかけられ、連れて来られたのである。後輩が御馳走してくれたベリータルトは放置されてしまったのだ。
「…失礼します」
「さて…マヴェリッククロウ、今日君を呼んだのは、他でもない。先日、サポートウマ娘、アマリイーグリーナから提出された報告書に、君の名前があったからだ。マヴェリッククロウ、君があの娘たちの報告書作成に協力した。それは事実かな?」
シンボリルドルフは、優しく、だが、嘘は許さぬという雰囲気を纏いつつ、私に聞いてきた。
「事実です。私はあの報告書に目を通し、その内容に問題が無いことを確認した上で、あの一文を添えてもらいました」
「…分かった」
「あの報告書に何か問題点でもありましたか?」
私はシンボリルドルフを品定めするような目で見る。
「…私は、今回、サポートウマ娘から上がってくる報告書の全てに目を通していてね、あの報告書は、レース前の状況、当日の気候、出走ウマ娘のデータと当日の作戦、他のレースによる影響などの多角的な面から分析されていたと理解した。この点については、完璧の域に達していたと言っても過言ではない、これも、君たち銀翼のウマ娘が、彼女達の才能を発揮できるような環境を作ってくれたおかげだろう」
「……」
「…ただ、“エルコンドルパサー必敗”、この一文だけは、私は深く疑問に思っている。生徒の自主性を尊重しなくてはいけない立場である以上、無下に生徒たちの意見を握りつぶすわけにはいかないとしても……だ」
シンボリルドルフは、眼力を強めて、こちらを見た。
ツキノワのほうが上だなぁ…
「……」
「…君を呼び出す前、アマリイーグリーナ達に話を聞いた。彼女達は中立性を堅持した上での結論であると答えてくれた……彼女達は優秀だ、この報告書も、エルコンドルパサーとそのトレーナーに見せれば、必ずや活かしてくれるだろう、だが、必敗の一言は、その機運を削いでしまう」
ああ、これは多分私に遠回しに言っているのか、あのフレーズを撤回しろと。だが、少し言い返してみる。
「はい、ですが仏教に毘沙門天という戦いの仏がいるように、物事、綺麗事や甘い言葉だけでは、解決しないと私は思います」
「……その事は、私も重々承知の上だ、だが、エルコンドルパサーは、半年以上の時間をかけ、凱旋門賞の制覇を目指していた、それ故、敗北のショックは、君たちの思っている以上に大きなものなんだ」
「………会長さんは、つまり、あのフレーズを無くした報告を、エルコンドルパサーさんに届けたいわけですね」
「……ああ、エアグルーヴとブライアンと共に説得した結果、アマリイーグリーナ達の了承は得てある。後は君の了承を取り付けるだけだ」
なるほど、上手くやったな。ただ、あなた等3人の説得とか、完全に恐喝にしか見えんのだが。
「では、一つ聞かせて下さい、停学とかをちらつかせて、大事な後輩を、脅すようなことはしていませんか?」
「断じてそのような真似はしていない、それは後輩思いの君を怒らせるだけだということは、私達も承知しているからね」
「……」
「……もし、君の了承が得られないのならば、学年主任、生徒指導、そして君の担任に掛け合い、君を説得すると共に、指導を行って貰い、今後二度とこのようなことがないようにするよう、処置を取らなければならない」
あ、そこまで話が大きくなるのか。そっちがそう来るのなら、こっちは搦め手を使わせてもらう。
「………会長さんの今の言葉…とても…とても悲しく思います。……そうですね、私は、この学園内では、通常の生徒や生徒会の皆さんと比べると、所詮は外様の身…………出過ぎた真似を、してしまいました…大変、申し訳ありませんでした…」
「……!違う、出る杭を打つとか、君の意見を軽んじているとか、そういう事では無いんだ、どうか誤解をしてないでもらいたい、私は、大きな物事を伝えるのには、適切なタイミングと伝え方というのがあるということを、君に示したかっただけなんだ、そこのところは、誤解しないでもらいたい」
「…………分かりました、会長さんの事を、信じます。ですが、私だって、レースについて、真剣に考えています。それに、私と共に歩んでくれている人に、何らかの形で応える義務があります。この気持ちは……本物です」
「その事についてはもちろん理解している」
「…………ありがとうございます、なら、私も…リナ達の選択に…従わせて…もらいます」
少し間をおいて、苦渋の決断であることをアピールする。
「…すまない、助かるよ」
よし、来た。
「…いえ、気にしないでください。会長さんのレースに対する気持ちを、改めて知ることができましたから」
さて、ここからが勝負だ。
「…ですので、私も、その気持ちに、何らかの形で応えたいんです、どうか、今後のウマ娘達の為に、一つ提案をさせていただけませんか?」
「……提案?」
「はい、URAの方にある海外遠征支援の部署…これのトレセン学園版を、作って頂けないでしょうか?」
「海外遠征支援の部署を…?一先ず、理由を聞かせてもらいたい」
予想外の提案だったのだろう、シンボリルドルフは目を丸くして、傾聴の体勢を取っている。
「私は、今回の映像だけでなく、シーキングザパール先輩やシリウスシンボリ先輩の記録を見て、海外レースについて、勉強させていただいています。その中で目にするURAの海外レース支援部署の方々は、助言や分析も的確であり、優秀なのだと思ってはいるのですが、どこか、ウマ娘達と距離があるように思えるのです。そこで、より円滑な連携を行うには、両者の間に立つ存在が、必要不可欠なのではないかと思います」
「…確かに、あの部署のメンバーはたまにここに視察に来たり、理事長や私達生徒会と会議をする程度で、一般生徒と顔を合わせることはあまりない……確かに、これは私達では見つけにくいポイントだな」
「はい、部署の方々を信用していないわけではありませんが、やはり、普段慣れていない方々とのコミュニケーションは、そう簡単なことではないと思うんです。パール先輩が2回の海外遠征を行い、日本に帰ってきた後もG1入着などの成績を残しているのは、庶務さんが2回とも海外遠征に同行し、支援部署の方とパール先輩の間に立って、サポートを行っていたからではないでしょうか?」
シーキングザパールは、安田記念でエアジハードに敗北しているとはいえ、3着。シンボリルドルフの幼馴染、シリウスシンボリが長期遠征から帰ってきた後の戦績と比べると、かなり凄いことである。
ただ、遠征期間が違いすぎるので、両者を比較するのは良くないかもしれない。
まあ良い、庶務という近しい人物の話題を出せば、シンボリルドルフもこの話題が飲み込みやすくなるだろう。いや、そうなってもらえないと困る、彼女の頭の中から凱旋門賞その報告のことを追い出し、私の提案に食いつくようにするのだ。
ここからさらに畳み掛ける。
「ワールドちゃんも、個々の予定の関係で、サポートウマ娘こそ連れては行けませんでしたが、定期的に連絡を取って脚や身体の調子を報告するようにしていましたし、専属であるという利点を活かし、トレーナーさんもついていました」
「…確かに、シーキングザパールはこちらに帰国してからも、良い成績を残しているな…もちろん、アグネスワールドの方も、把握している」
「今回、会長さんは、リナ達の分析能力を評価して下さいました。サポートウマ娘の皆にとっては、分析が評価され、競走ウマ娘の役に立つ事は、何よりの幸せなんです。それに、このトレセン学園には、才能あるサポートウマ娘と、現場を経験した競走ウマ娘、優秀なトレーナーが揃っています。意見やデータの収集も、スムーズに行うことができます、そして、今年の凱旋門賞を初めとした海外レースは、私達に、多くの物をもたらしてくれました」
「…確かに、そうだな」
「個人的な思いではありますが、リナ達もレースに携わり戦う、トレセン学園のウマ娘です。あの娘の先輩としてお願いします。リナ達を、サポートウマ娘達を、さらなる高みへ、連れて行って欲しいんです。是非とも、トレセン学園に海外遠征支援の部署を、お願いします。レースの分析に熱心な、リナ達大切な後輩の為に、これからの海外遠征のために、会長さんの理想のために」
私は机に手をついて、頭を下げる。
アマリイーグリーナは私にとって大切な財産であるし、私の提案は、これから海外遠征を行うウマ娘にとっては利益となり、シンボリルドルフの理想にも近づく行為である。故に私は、嘘は言っていない。
「…」
「……会長さん?」
「…君の言っている事は、理解できた。だが、何がそこまで君を動かすのか、私には分からない、どうか、聞かせてくれないだろうか?去年話してくれた、菊花賞に出走しなかった理由のもう一つ、恐らく、それが関わっているのだろうと私は予想しているのだが…当たっているだろうか?」
ほう、やるじゃないか。
「そうです。これは本当にプライベートな事なので、知る人数はごくごく少ないのですが、会長さんを信じて、話すことにします」
「…分かった、一人のウマ娘として、話を聞く」
「ありがとうございます。私には──」
それから、私は、あることをシンボリルドルフに話した。嘘偽りのない、本当のことである。
「……君は…その誓いを…果たすために……」
「はい、あまりにも青く、子供らしいものですが、これこそ、私の原動力です」
全て話し終えた後、シンボリルドルフは泣いていた。外では烏が鳴いていた。
彼女が本当に感動したのか、話を聞く自分に酔っていたのかは分からない。
ただ、その感情がどうであれ、私にとってはどうでも良かった。
私が彼女に語ったのは、“運命の相手とそれへの愛”についてである。
「………」
早く結論を言え。
はやくいえ。
「君のレースに対する心、しかと聞かせてもらった。よし、部署の件は、私が責任を持って、至急、理事長と理事会に上申させてもらう…鉄は熱いうちに打てと言うからね」
そうだ、それで良いんだ。
「ありがとうございます」
「ああ。それと、もしこの件が決まったとしたら、君は部署にどんな名前をつけたいか、希望を聞いておこう」
「“海外戦研究所”というのはどうでしょうか?単純明快で、目的も分かりやすいです」
「単純明快…良い響きだ、分かった、理事長と理事会の了承を得た暁には、そう提案しよう」
「……ありがとうございます、これで、リナ達も、海外に夢を持つウマ娘達も、喜びます。彼女達のためにも、よろしくお願いします」
「ああ、分かっているよ、礼を言うのはこちらの方だ、君は私に臆さずに意見を言ってくれる、貴重な生徒の一人だからね、ドアの前まで送ろう」
シンボリルドルフは、生徒会長室のドアの前まで、私を送った。
ペコリと一礼し、歩いて角を曲がる。
少し歩いて、私はぐっと伸びをした。
“エルコンドルパサー必敗”、この報告は、シンボリルドルフによってやんわりと否定され、私の抵抗に対しても、彼女は譲らなかった。
結果的に、私達の出したものは退けられたのである。
まあ、これが狙いだったのだが。
私が使ったのは、前世、政策について学んでいた同級生から学んだ、実現可能性の低い案を出すことによって、他の案の実現を狙うドア・イン・ザ・フェイスというテクニックである。
しかも、元はアマリイーグリーナらの案に賛成した事が原因なので、彼女らの忠義もより高められる。
そして、別案を採用させた理由は、エルコンドルパサーの戦意の破壊だった。
まず私達は、アベイ・ド・ロンシャン賞を勝ったアグネスワールドを祝福する。当然である、彼女は勝者なのだから。
そして、エルコンドルパサー、彼女は敗北感を抱き、日本に戻ってくる。「惜しかった」などの慰めの言葉を黄金世代やクラスメートはかけるだろう。
しかし、彼女の心は穏やかではないだろう、アグネスワールドという勝者が、すでに居るのだから。
そこに、研究所設置の追い打ちをかけるわけだ、海外遠征に全力を注いでいたエルコンドルパサーは、自分の敗北によりこれが設置されたと思いこむに違いない。
アグネスワールドの勝利と研究所の設置により、“勝者”と“敗者”という構図を嫌でも感じさせ、もはや学園は、自分の敗北を慰める空気ではなく、次の海外遠征ウマ娘のことを考えるという空気であることを考えさせる。強そうに見えて、メンタルの弱いあいつのことだ、きっと、さらにズタズタとなる筈だ。いや、ならなければならない。
シンボリルドルフは、確かに傑物である。だが、彼女はその才能を活かし切るには、あまりにも真面目すぎ、あまりにも優し過ぎるのだ。
それに、いくら濃い人生を送ってきたとて、付け入る隙はできるものである。
「あっ、マヴェリッククロウさん、ご機嫌の様子ですね、なにか良いことでも?」
そんなこんなで、気分を良くして廊下を歩いていると、グラスワンダーが私に話しかけてきた。
「うん、ちょっとね、それじゃあ!」
「はい、それでは失礼いたします」
軽く受け流し、私は駆け足になる、エルコンドルパサーが帰ってきた後の彼女の苦労を考えると、自然と心が踊り、身体は軽くなる。
ただ、ここで舞い上がりすぎてはいけない、だって、あと数日我慢すれば…もっと良い楽しみが得られるかもしれないのだから。
『スタートしました!!』
京都大賞典、私はわざわざ観戦に来た。白子は“好きなだけ楽しんで来るといい、交通事故にだけは気をつけるように”と送り出してくれた。しかも新幹線指定席、それも往復のおまけ付きである。
ツルマルツヨシとスペシャルウィークの問題、その決着が、今日ここでつくのだ。
…とはいえ、スペシャルウィークがレースのことを真剣に考えているのかといえば、私はちぎれんばかりに首を横に振る。これは白子が入手してくれた情報にはなるのだが、彼女は、日本一であることが、果たしてどういう意味があるのかと悩んでいるらしい。サイレンススズカがやっと快方に向かいだした矢先のことである。
一方のツルマルツヨシは、体調の波も安定するようになり、トレーニングも重ねた。トレーナーの富士田もやる気十分である。
“私は…私の夢は…私を見守ってくれてる、二人のお母ちゃんのために、トレセン学園で一杯トレーニングして、色んなレースで勝って…それで…“日本一のウマ娘”になることです!!”
私は目を閉じて、スペシャルウィークの言葉を思い出した。
『3番手はスペシャルウィーク、そしてテイエムオペラオー』
日本一、何をもってのことなのだろうか?
獲得賞金?勝利数?愛されていること?
それを達成した先に、何があるのか?
スペシャルウィークは、そのビジョンを描けていない。
『スペシャルウィークここで動いた!坂の頂上だ!』
ならば、それを見ている私は、破壊者として彼女に関わる私は、どうするべきなのか?
『残り200mスペシャル動きが悪い!スペシャル動きが悪い!』
その結論は、もう既に出ているが…
一先ずは、このレースを見届けるとしよう。
『内からメジロブライト!テイエムオペラオーも突っ込んでくる!しかし先頭はツルマルツヨシ、ツルマルツヨシー!!』
銀翼のウマ娘の意匠が施された耳飾りを揺らしながら、ツルマルツヨシはゴールインした。
『これが遅れてやってきた“黄金世代”の秘密兵器!「京都大賞典」を勝ったのはツルマルツヨシ!!』
“黄金世代じゃないわ馬鹿”と思いながらも、私は、柵から身を乗り出し、それを見る。
『一番人気のスペシャルウィークは、なんと初めて、掲示板を外してしまいました!!』
さて、勝者を迎えに行くとしよう。
「スペちゃん!待ってスペちゃん!」
この声…ツルマルツヨシがスペシャルウィークを呼び止めたか。私も同時に通路に出て、“ヤバい場面に出くわした”といった感じで固まるふりをする。
「私は楽しみにしてた、ずっとずっと思ってた!今日、スペちゃんと本気で勝負できるってことを!」
ツルマルツヨシは訴えかけ、スペシャルウィークは立ち止まる。
「ずっと、一緒に走れなかったから、楽しみに……」
ツルマルツヨシは、声を絞り出している。
「なのに、何だよあの走りは!!…今日だけじゃない、最近のスペちゃんは!おかしいよ!!」
「……!」
スペシャルウィークは、振り向きかけるものの、辛そうな顔をして、再びツルマルツヨシに背を向け、歩き出した。
「…!」
ツルマルツヨシは耳を絞り…
「……走る気持ちが無いんだったら……レースになんて出てくるな!!……皆が認めても…私は認めない!!」
と、歩き続けるスペシャルウィークに叫んだのだった。
私はスペシャルウィークを目で追っていく。まだだ、まだ動いてはならない。スペシャルウィークが通り過ぎるまで待つ。
「ツルちゃん!」
私はすかさず、ツルマルツヨシに駆け寄った。
「ツルちゃん…手が…」
指の間に血が見える。
「…もう、いいよ…さっきので…さっきのでよく、分かったよ……私が憧れてた、クラシック級の頃のスペちゃんは、もうどっかに行っちゃった……」
私はここで、私達がいるとかいう、馬鹿で甘い言葉はかけたりしない。
「…」
ただただ、私の服を掴んで泣くツルマルツヨシを抱きしめて、頷くだけだ。
そして、5分ぐらいそうしていただろうか。
「クロちゃん…私…決めたよ」
「ツルちゃん…?」
「……私は、最後まで、クロちゃん達と一緒に頑張るよ、私の夢のために」
涙を止めたツルマルツヨシは、私の目を見て、そう言った。
「…ツルちゃんの気持ち、確かに受け取ったよ、絶対に…夢を叶えよう」
私は優しくツルマルツヨシの手を取って握った、血が出ているから、慎重にである。
…あったかい
血が。
…おっとっと、うっとりしかけている暇はない。
「…………こんなものしか無いけど、はい」
ポケットの中から、ハンカチを出し、ツルマルツヨシに持たせる。気休め程度にはなるだろう。
そして、ツルマルツヨシをやってきた富士田に預けて、私はその場を後にした。
東京行の新幹線は、とても混んでいた。
騒ぎになりかねない、血の付いた制服は鞄の中、私服を持ってきておいて正解だった。
ヘアアレンジは完璧だから、誰かはバレていない、行きは視線が凄かったが、これならばリラックスできそうである。
車窓から見える風景を眺めながら、私は今日の事を振り返った。
迷い、悩み、そして負けたスペシャルウィーク、そんなスペシャルウィークを捨てる決心をつけた、ツルマルツヨシ。
これぞ、私の望んでいた展開だ。
私は、ポケットの中のもの─飴玉やら、ハンカチやら、財布やら、何でも良い。兎に角、そんな物のように、彼女にとって、身近な存在になれたということだろう─それも、スペシャルウィークに、成り代わる事のできるレベルまでにである。
ただ、黄金世代、その友情に大きな楔を打ち込んだと言えども、まだ破壊したとは言えない。
ツルマルツヨシから言質をとったとはいえ、スペシャルウィークにかけた言葉は、一時の感情の勢いで出たものだということは、否定できないのだ。決心が揺らぐ例なんてのは、かなりある。
だが、あの温厚なツルマルツヨシがスペシャルウィークに対して感情を爆発させ、あんな言葉をかけたのは意外だったし、大きな意味を持つと思っている。
それのお膳立てを出来たと思うと、私は嬉しく思うし、誇りにも思う。
友情とは船である。友情号とでも言っておこう、これは立派な船なのだ。
天気の良いときには、複数人を乗せることができる。だが、天気の悪いときには、たった一人しか、乗せることが出来ない。
見掛け倒しの、そんな程度の船なのだ。
スペシャルウィーク…日本一なんて、具体的な中身のない、ふわっとした目標を掲げているから、そうなるんだ。
だが、私はそんなスペシャルウィークを、日本一のウマ娘にしてやりたいという気持ちを抱き始めている。
そう、日本一不幸なウマ娘に。
「………♪」
恐らく、今の私は甘いものを食べたウマ娘のように、うっとりとした顔をしているのだろう。
視線も多く感じる。
でも、気にはしない。
今の私は、間違いなく日本一幸福なウマ娘に近い存在なのだから。
お読みいただきありがとうございます。
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キャラクター解説
エアジハード
短距離とマイルが得意な栗毛のウマ娘、銀翼のウマ娘の中では、一番にオンワードドライブと関係を深めていたため、秋の天皇賞後のファンの姿には憤っていた。当初はレースの高速化の風潮に乗せられ、先行主体の作戦を取っていたものの、主人公の影響やレース経験から差し主体の戦法に切り替えている。