転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第37話 -魅了-

 

彼女のショーに、多くの人々が引き込まれていた。ただ、私は、疑いの目を持ちながらそれを見た。

 

だって、それはもはや演説だったから。

 

彼女の演説の、表情や身振り手振りの使い方、構成は、あの独裁者に、あまりにも似ていた。

 

人々の間に共同体意識を育て、その力の強さを示し、人々を鼓舞し、目標を示してその達成を宣言する…単純な事だけれども、これの繰り返しを行った悪魔に、私の祖国は蹂躙されたのだ。

 

歌い踊り、舞う彼女。 

 

朗らかな笑顔を浮かべる彼女。

 

そんな彼女には明らかに悪魔の素質がある。 

 

だから、私は彼女に聞いた。

 

“あなたは少なくない数のウマ娘を纏めているようだが、生徒会長や政治家にでもなるつもりなのか?”

 

と…

 

すると、彼女は少し驚いた様子を見せて、すぐに…

 

“そんなつもりは全く無い、”

 

と答えた。

 

その目は嘘偽りのない目だった。そんな役割につくことを、嫌がっていることが伝わってきた。

 

でも、私は彼女に対するぼんやりした不安を拭えずにいた。

 

ホテルに戻った後、色々と調べてみて、彼女がジャパンカップに出る可能性は低いことを知った。

 

なので、彼女が来年、こちらに遠征に来ないことを、彼女が確かに持っているであろう、悪魔の種が、芽吹かないことを、ただ祈った。

 

もし、こちらに来れば……

 

いや、考えるのはよそう。

 

今はジャパンカップにおける、モンジューさんの勝利が、大事なのだから。

 

 

──あるフランスのウマ娘の手記より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、商店街のアーケードに並んで、今か今かと待っている。

 

 私達生徒だけではない、銀翼のウマ娘と良好な関係を築き上げてきた商店街の人々や地域住民、少々のブン屋さんもいる

 

 そして、1台のタクシーが商店街の前に止まる。中からは2つの人影が現れ、こちらに向かって歩いてくる。

 

「皆さん、アグネスワールド、只今、戻って参りました」

 

 歓迎されるべきアベイ・ド・ロンシャン賞の勝者─アグネスワールドは、そう言って私達に向かって笑いかけた。

 

 彼女は私達やファンからの声援を浴びながら、こちらに来る。

 

 私達はアグネスワールドの歓迎を、日頃利用し、交流もある商店街で行う事にした。

 

 空港でやっても良かったのでは?と思う者も居るだろうが、考えてみてほしい。

 

 誰かの家でパーティをやるとして、どうしてその家の玄関口で話し込むだろうか?いや、するわけ無いだろう。

 

 この国の玄関口たる空港でそんなことをやっては迷惑千万極まりない。

 

「おめでとう!」

「信じてたよ!」

「トレーナーさんもお疲れさん!」

「これからも頑張ってくれ!」

 

「……」

 

 そして、声援を浴びながら歩くアグネスワールドらを、私達の近くにいた、一人のウマ娘の子供が見つめていた。あの花束の少女よりも、かなり年下に見える。

 

 その子供は、アグネスワールドのところまで駆け出していき、一輪の花を差し出した。

 

「……!」

 

 アグネスワールドはしゃがみ、その娘の頭を撫で…

 

「応援してくれていたんですね、そんな君に、私からのお礼です」

 

 …と言って、そのウマ娘にハグをした。彼女が海外で得たものは、レースの経験・技術だけではなく、ファンサービスのテクニックもあったということだろう。

 

 

 

「先輩!おめでとうございます!」

「私も先輩みたいな強いウマ娘になります!」

「全力で応援するね!」

 

 学園内の空気も祝福ムードだった。私がやったことは、スーパークリークやメジロアルダンらに、アグネスワールドの祝福を頼んだことである。活躍する分野が違うとはいえ、少しでも有名なのを引き出すと、他のウマ娘も釣られるものである。

 

 あと、黄金世代や最近の注目株のウマ娘は、中距離や長距離タイプが多く、自然と注目がそちらに注がれていたことも、良い方向に作用したと思う。割りを食っている短距離のウマ娘が、積極的にアグネスワールドを祝福してくれた。

 

 そして、そういう風に大規模に祝うと…

 

「月刊トゥインクルです!勝利のお気持ちを!」

「いやいやウチが先に!」

 

 こういう風に、ブン屋さんも追加で寄ってくるわけである。彼女達は記事を作る。エルコンドルパサーが、それを見る。

 

 私達の大攻勢は、まだ、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は幕の裏で待機する、手には、プリザーブドフラワーと紙を持っている。横には2つ下のサポートウマ娘を連れている。彼女は手話役だ。まあ、私もできるのだが、彼女のそれと比べると遅い。

 

 10月は濃いシーズンである、京都大賞典、秋の天皇賞もそうだが、ファン感謝祭もあるのだ。

 

 私達はレースの準備で忙しいため、お化け屋敷とか執事喫茶とか、準備に時間がかかるものは出来なかったが、何もしないのはファンに申し訳ないとの事で、レモネードと私達のパーソナルマークの金属製キーホルダーを売ることにした。

 

 前者は要は蜂蜜レモンというやつであり、簡単。後者はサトノモズレーが自分の家の力を使わずに、個人で業者に交渉して実現した。故にそれほど手間もかからなかった。

 

 ただ、私は学園の広報委員から、ライブと同時に、今後の方針なり何なり何でも良いからとりあえずステージ上で話して盛り上げてくれと頼まれていた。

 

 アグネスワールドも同様の頼みをされ、彼女は午前中ファンへのお礼として、ちょっとのトークと例の曲を使った“舞走銀翼隊”のグループライブをしていた。

 

 広報委員…かなり活発なウマ娘達だが、彼女達にまで手を伸ばすわけにはいかない、シンボリルドルフに目をつけられる。それに、独自の情報網を持つ今、彼女等を取り込んだところで旨味があるかといえば否なのだ。

 

 ただ、それは、彼女達に協力しないわけではない、頼まれたからには手を抜かずに全力でやるとしよう。それが筋である。

 

「オッケーです、お願いします」

 

 私は幕をめくり、ステージ上に出た。

 

 

 

「来た!!」

「こっち向いてー!!」

 

 私が出るのと同時に、ファン達が声援を送って来る。私はそれに手を振り返しながら、プリザーブドフラワーを立て、話す内容を書いた紙を台の上に置いた。

 

 私はハンドマイクを持つ、そして今日のパートナーであるサポートウマ娘と目を合わせ、互いに頷く。こういう共同作業を前世の同級生は、ロッテ戦術とか呼んでいたな。チョコとは多分関係ない。

 

 聴衆にお辞儀をした。そうすると、聴衆は自然と察して静かになる。

 

『皆さん、こんにちは、マヴェリッククロウです』

 

 先ずは挨拶、基本中の基本である。

 

「こんなふうに、手書きの文章ではなくて、ファンの皆さんの前で、直接喋らせて頂くのは久しぶりです。久しぶりすぎて、緊張で、頭の中がこの髪よりも、真っ白になってしまいそうな気がします」

 

 私が髪を触りながらそう言うと、聴衆は笑う。さて、場の空気をほぐしたことで、本題をぶち込む。

 

『さて、今日は、まず今後の目標を言わせて頂きます。私は現在、有記念と宝塚記念を勝っています………察しの良い方なら、もうお気づきでしょう、私が狙うのは、年末の有記念です』

 

 私の言葉に、ファンはうんうんと頷き、納得したような表情をした。追撃をかける。

 

『さらに、来年の宝塚記念も狙います。そうです、私が目指すのは、グランプリの四連覇です!!』

 

「スゲェ!」

「皇帝でも成せなかった…あの…」

 

 聴衆は大興奮である。それが収まるまで、待つとしよう。

 

『…ありがとうございます。ですが、前代未聞の目標は、私にとって、大きな壁…困難なこととなることでしょう。しかし、私がこの目標を設定したのは、単なる思い上がりではありません、理由はただ一つ、新たな挑戦の為です』

 

 私はそう言って、マイクのスイッチを切って台の上に置いた。それと同時に、ステージ下のメイショウドトウがスイッチを入れる。勝負服に仕込んだ方のマイクに切り替わったのだ。ここからは身振り手振りも入れるので、ハンドマイクは邪魔である。

 

『私…いや、銀翼のウマ娘…そう、私達の新たな挑戦は、秋・冬のレースから始まります。今や、私達がこれまで行ってきたトレーニングやレースの積み重ねは、私達に経験値という大いなる物をもたらしました』

 

 最近の私達は全体的に活躍が増えてきている、まず、それを場に共有する。

 

『そして私達は、それらの積み重ねで、それぞれの翼を作るという目的を達成しました。ですので、いま一度、私達の歩みの経緯について述べ、そして、私達が羽ばたくための次の段階について述べようと思います』

 

 次に、大まかな流れを言い、今回の内容の骨を理解させる。

 

 私は、歩いて少しばかり前に出る。胸の上に手を当て、目を閉じる。

 

『皆さん、2年前の事を覚えていますか?その時、皆さんは、どのような目で、気持ちで、レースを追っておられましたか?その答えは恐らくこうでしょう、“次のスターは、誰だ?”』

 

 私の言葉に頷きや「確かに」「そういえば…」などの言葉で反応する聴衆、お利口さんである。

 

「丁度その頃、私達は、様々な事情を抱えていました」

 

 焦点を私達に持っていき、再び聴衆の視線をこちらに誘導する。

 

『劣等感を抱いている娘がいました。自分の存在意義を見失いかけていた娘がいました。何か新しい物事に飢えている娘がいました。もっと活躍したい娘がいました。そうです、私達は散らばっていました、夜の空を宝石のように彩る、銀河の星のように。一人…二人…三人と…』

 

 ウマ娘の聴衆もいる、彼女達の中には、銀翼のウマ娘であるかないかに関わらず、同意の声を上げる者が少なくなかった。

 

『しかし、きっかけは様々でありますが、私達は縁というもので結びつきました。そして、互いに高め合い、それぞれの夢を見つけ、それに向かって邁進する為に、縁の力を蝋と羽とし、翼という、目指すべきものを掲げました』

 

 ここまでは、周知の事実である。

 

『そして、次は羽ばたく段階です。これは私達自身が、これまでの経験値を活かし、全力を尽くしてやらなくてはいけないことです』

 

 そして、次の段階の前提条件を提示する。

 

『勝利、幸福、大願成就、それらは全て、突然、天から降っては来るものでもありません、偉大なる三女神様が、私達に恵んで下さるものでもありません。自ら取りに行く必要があるものです…では、どうするのか?』

 

 その上で、至極真っ当な事を言い、次の発言への準備とする。

 

 私は腹に力をこめる。声を出す準備だ。

 

『そうです!自ら羽ばたいて、取りに行くのです!』

 

 私は手を勢いよく前に出し、握ってこちらに引き寄せるジェスチャーをする。

 

『そして、私達各々が夢を叶え、初めて到達できる境地とは…何なのか?それは、時代の主役と言う名の栄光です!私達の新たな挑戦は、この栄光を取りに行くことです!私達が、時代の主役になるのです!』

 

 突然の動きに注目が集まったところで、畳み掛け、今回のキーワードを聴衆に叩き込む。

 

『全てはやろうとする確固たる意志と、それに基づいた働きにかかっています!私達自身の経験が、私達へ贈られる応援の言葉…つまり翼と、それを羽ばたかせる力が、私達の頼りになります!私達の未来は、私達自身の翼にかかっているのですから』

 

 身振り手振りを交えながら、前だけを向きすぎないように、聴衆全体を見渡すようにして、必要な要素を説明していく。聴衆は完全に聞き入るようになっていた。

 

『私達自身が、私達をより高みへといたらせます!皆さんの応援が、私達に強さを、勇気を、そして、レースでの最後の一伸びを与えます!羽ばたくための一押しとなります!』

 

 トドメに、声のトーンを最高潮にして、各々がやるべきことを簡潔に述べて自覚させる。ここまでくれば、聴衆には、“あのウマ娘達は羽ばたくから、私達は支え続けてやれば良い”という図式ができているはずだ。

 

『私達は、皆さんと共にあります。皆さんは、私達と共にあります。栄光という夢を、その喜びを、共に分かち合いましょう』

 

 仕上げで私は、聴衆に向けてバッと手を出した。スコールのような拍手が巻き起こる。

 

 この間に、サポートウマ娘に台を片付けてもらう。

 

 まだまだこれから。

 

 私は、指を口の前に当て、ゲストを静かにさせる。

 

 静まり返る空気、顔を見合わせる聴衆。

 

 それをぶち壊すのは……

 

 私のライブ曲の、前奏だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから何が起きるのか、それを理解した聴衆は、一気に盛り上がる。

 

『最高の時 ただ求めては 羨望の渦の中 立ち上がると決めた』

 

 これが“彼女”のソロ曲『本能スピード』だった。

 

 これは『最速』を心に誓ったウマ娘をイメージしたものである。

 

『誰より今強く 駆け抜けたら 一番先で笑顔になれる 本能スピード 熱く身体を滾ってく!!』

 

 だが、その歌詞は『破壊』を心に誓ったウマ娘─つまりは“彼女”にも、当てはまるものが多くあった。

 

 トゥインクルシリーズにおいて“彼女”は、そのレースの全てで、白星を上げている。

 

 誰よりも先にゴールし、白星に似合わぬ、黒い笑顔を浮かべるのだ。

 

『ありのまま 叫ぶように この瞬間を行けば 情熱はどこまでも 私の味方』

 

 どんな時であっても“彼女”がやるべきと考えていることは、何ら変わらない。

 

『負けたりしない 決めた願いの中 どんな今を駆け抜けていこう』

 

 時には思考を巡らせ、時には勇敢に戦い、時には他者の心に寄り添い、時には誰にでも頭を下げる。

 

『ねえ ひたすらに真っ直ぐ 先を見つめてゆく それだけ』

 

 それらは全て、破壊のためである。

 

『なりたい自分がまだ遠くて 悔し涙こぼれた ひとりきり』

 

 もちろん、彼女がここに至るまでは、少なくない数の壁があった。

 

 “彼女”はあまり語ることはないが、“彼女”の地元はレース場があっただけで、ウマ娘を指導するような人材はいなかった。そのレース場は数十年前に閉鎖されたものだったからである。

 

 そのため、“彼女”は試行錯誤を重ねながら、身体づくりをしていった。

 

 デビューをして、活躍するようになってからも、サイレンススズカの故障やオンワードドライブの離脱、栗毛庶務の活動などで、彼女は何度も軌道修正を余儀なくされた。

 

『ここで待ってるなんて もうやめて踏み出そう 未来を描いてく空に届け!』

 

 しかし、“彼女”は決して、考えを止めることは無かった。自らの翼を、少しずつ、蝋と羽の翼から、鉄とボルトの翼に置き換えていったのである。

 

『最速の私になって 見果てぬ世界 超えてゆけ!!』 

 

 そんな“彼女”は、グランプリ四連覇という、前人未到の領域に挑戦する。 

 

ワァァァァァァァァッ!!

 

「サイコーだ!!」

「ありがとう!!」

 

 “彼女”の歌声、振り付け、表情、曲のメロディーや歌詞…それらから作り出される“音色”に魅了されたファンは、声援を送り、彼女の今後に大いなる夢を見る。

 

『……聞いてくださり…ありがとうございました!!』

 

 …ただ、とうの“彼女”は、自分の本性を隠して、スターウマ娘として振る舞っている。“彼女”は裏返されたカードのようなものなのだ。

 

 そんな彼女が“表返る”時に起きるであろうこと…

 

 それも、「大いなる夢」では無いだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……聞いてくださり…ありがとうございました!!』

 

 どうやら上手く歌えたようである。

 

 前世ではよく同性の同期にカラオケ店へと連れて行かれていた。そこでの記憶が良い盛り上げ方を教えてくれていたということだろう。

 

『…さあ、皆さん…!ヒートアップして、丁度少し喉が乾いている頃でしょう、レモネードを一杯、いかがですか?』

 

 蛇足かもしれないが、販促も忘れない。姿勢を正し、レースコースでやっているのと同じお辞儀をすると同時に、聴衆を見た。

 

 イベントのパンフレットが握り潰されている。その様子は名作映画を見た客のようだ、どうやら成功のようである。

 

 私は拍手を浴びながら、幕の内へと戻った。 

 

「お疲れ様」

「緊張しました!」

「クロ先輩〜!凄かったですぅ!!」

「ありがとう、二人とも」

 

 サポートウマ娘も、メイショウドトウもよく頑張ってくれた。感謝を伝えるために、虎屋の羊羹を買って渡しておこう。

 

 その後バックヤードから出て、店に向かおうとしたのだが、外国人ぽい風体をしたウマ娘に、呼び止められてしまった。顔立ちからゲルマン系だろう。彼女は私に…

 

「物凄い迫力の演説でした、あなたは少なくない数のウマ娘を纏めているようですが、将来は生徒会長か政治家になるおつもりなのですか?」

 

 と聞いてきた。日本語が上手い。全く考えてもいないことを聞かれたので、少し笑ってしまった。

 

「そんなつもりは、全く……あと、そもそも私達に、纏め役はいません、私達は同じ目標のもと、集まっているだけですから」

 

 私がそう返すと、向こうは少しだけ私の目を見た後、礼を言って去っていった。

 

 私のスタイルの参考にすることはあれど、生徒会長も政治家も、どちらかといえばなりたくない方である。

 

 どちらも多くの人数と関わるうえにそれらをコントロールしなければならないから、激務である。

 

 だから私は周囲や世間やブン屋さんを盛り上げることはするが、銀翼のウマ娘をあまり増やしていないし、それのトップに立って指示を出したりとかもしていない。

 

 ただ、共通の目標、スローガンを設定し、頭にインプットしたそれをもとに行動するような集団にしているだけである。考え方も縛っちゃいない。

 

 それに、今以上にウマ娘が増えると「名前を知らない人がいる」や「教えが隅々まで浸透しない」みたいな問題が出てくるだろうし。

 

「クロちゃん、さっきの人…多分、偵察じゃないかな?」

 

 ふと、メレンゲジョセフがこちらに来て、肩をトントンとやり、口走る。

 

「偵察?」

「うん、同業者は、目を見ればわかる、それで、あの人は多分フランス人、さっき、靴の裏の蹄鉄が見えた。あれはフランスのメーカーの製品だよ」

「じゃあ、もしかしたら…」

「うん、モンジューが日本の様子を探ってるのかも、まあ、クロちゃんは有記念があるし、その…顔の事もあるから…ジャパンカップには…」

「…うん」

 

 私がジャパンカップに出ないのは、かなり前から決めていた。グランプリ四連覇を目標としているのに、怪我でもしたら大事である。いくら頑丈とはいえ、慢心は禁物、やるべきこと、ムリなこと。この2つはきっちりとさせておくべきなのだ。

 

 それに何の異も唱えられることがなかったのは、ダービーの時についた額の傷跡のお陰である。ただ、やはり、顔の傷というのは気まずい話題なのだろう、私にとっては勲章だとしても。

 

「…ごめんごめん、言いにくいこと、言わせちゃった、話を戻そっか」

「うん、私もごめん、それで、モンジューは、多分ジャパンカップに来ると思う。向こうも、凱旋門賞を通じて、日本のウマ娘を高く評価してたから」

「そうだね」

「でも、問題は私達から出るウマ娘が居ないことなんだよね…」

 

 サポートウマ娘は頭を抱えた。私達のうち、毎日王冠を制したキングヘイロー、春秋連覇を狙うサクラナミキオー、京都大賞典を勝ったツルマルツヨシ、妙に気合が入っているエアジハードは、秋の天皇賞に出走する。

 

 キングヘイローとサクラナミキオーは調整を慎重に行っているし、ツルマルツヨシは有記念を狙うため、ジャパンカップには出ない、エアジハードは距離的に無理がある。

 

 アグネスワールドは海外から戻ってきたばかりだし、そもそも距離が長過ぎる、そして私は自然と広がっていった額のトラウマという理由がある。

 

 ならば後輩…といきたいところだが、メイショウドトウは菊花賞に出るし、まだクラシック級なので負担が大きい。アグネスデジタルや他の後輩はデビューしたてなので論外。他のウマ娘も湯治やダートウマ娘、障害競走のウマ娘なので無理である。

 

 ただ、これは良い機会かもしれない、ジャパンカップにはスペシャルウィークとグラスワンダーが出走するという情報がある。負けたことがないとはいえ、彼女らが強いのは確かなので、一度、大人数でその走りを分析しておいた方が良いだろう。人間を見つめる視点は、多いほうが良い。観察対象のメンタル面での弱さも見えてくるかもしれないからだ。

 

「たしかにそれは残念だと、私も思ってる。さ

「たしかにそれは残念だと、私も思ってる。さっき色んな人前で、活躍を誓ったばかりだからね、でも、ムリに出てケガなんてのは、絶対駄目」

「だね」

「それに、私達は、秋天、マイルチャンピオンシップ、チャンピオンズカップ、エリザベス女王杯、中山大障害、東京大賞典、有記念…とにかくいろんなレースを狙ってる……だから、考え方を変えてみよう、今年のジャパンカップは、皆で、黄金世代とか、海外のウマ娘の情報を集める勉強会だって」

「今後のための投資ってことだね」

「当たり」

 

 物分りが良い、助かる。

 

「……ジャパンカップにモンジューが来るとしたら、私達日本のウマ娘は、結構厳しい戦いになるかも…モンジューは勢いに乗ってるだろうし…」

 

 そして、切り替えも速い、ジャパンカップについて考え始めている。

 

「メレちゃん、たしかにそう思うんだけど、一つ忘れてない?」

「忘れてること?」

「先生が言ってたこと、ほら、フランス旅行の時に、気候の違いに振り回されたって」

「ああ、たしか湿度の違いで…あっ!そっか!日本はフランスと違って湿度が高いから…モンジューもそれに合わせるのには苦労するはず…」

「そう、私達、熱が生まれやすいからね、湿度の変化は、結構刺さると思うんだ」

「それに、時差もあるから…モンジューは…調整に苦労するってこと?」

「私の予想だけどね、私は医者でもサポートウマ娘でも無いから、本当にただの予想だけど……でも、日本の天気の神様は、そう甘くないんじゃないかな?」

 

 ナポレオンだって、ロシアの冬に負けた。

 

「天気の神様…」

「“La victoire est à moi”…天気の神様は、そう言ってる気がするけどね」

「ら、びくとわぁる、えたもあ?」

「本当は“勝利は私の物”って意味なんだけど、シチュエーションに合わせると“調子に乗んな”って感じだね、気候はキツイし、日本のバ場は固いからね」

 

 洋芝のコースや砂浜を走ればわかる、それらに比べて普通の芝コースは固いのだ。慣れない奴が走れば、脚を壊すかもしれない、事実、何年か前のジャパンカップで、海外のウマ娘が骨折していた、名前は…

 

 トリリアンダー…?

 

 ─否、神の名前ではなかった。

 

 トランスヴァール?

 

 ─否、ボーア人の国ではない。

 

 トロンボーン…?

 

 ─否、楽器ではなかった。

 

 トニビアンキ…?

 

 ─否、自転車メーカーではなかった。

 

 まあ、ここまでにしておこう、対戦経験のないウマ娘の事を覚えるのは限界がある、とにかくトで始まる何某である。

 

 ただトロツキーやトルーマンやトラヤヌスではないはずだ。

 

「…でも、そういった障害を乗り越えるウマ娘もいる。そして私達はそんな人を見つけたり、そんな人と対戦する戦い方を研究したりする…クロちゃんの言いたいことは、こんな感じ?」

「うん、そういう事だよ………って…もうこんな時間、早く戻らないと!せっかく販促したのに私達がいないと詐欺になる!」

「そうだね!」

 

 私はサポートウマ娘と共に、店に戻った。

 

 

 

「ありがとうございます!」

「クロちゃん!普通のレモネード3杯とはちみつレモネード2杯追加です!」

「予備のキーホルダーの箱はどこだ?もう無くなりそうだ!」

「オッケー!!ジハードちゃん、次の氷出して!ナミキオーちゃん、キーホルダーはうさぎのシールが貼ってる箱の中だよ!」

「ラジャーラジャー」

「よっしゃ!」

 

 私は仕事をしながら、サポートウマ娘の言葉を思い出し、ジャパンカップについて考えていた。

 

 今回のジャパンカップに、モンジューが来て、おまけに他の強い海外のウマ娘が来たとしよう。

 

 モンジューらが勝てば、人々は明るいニュースを求めるようになる。先程目標を提示したから私に注目が集まる可能性が高い、そうなればなるほど、私の最後のレースの計画は、より大きな効果をもたらすのだ。

 

 モンジューらが負ければ、その勝ったウマ娘は、大きな期待を寄せられることだろう、私と戦う機会も必ずあるはずだ。それを叩き潰すのは、大きな快楽となる。

 

「はい!レモネード3つと、はちみーレモネード2つ!」

 

 そう、モンジューが勝とうが負けようが、私が有記念で勝てば、このレモネードのように、甘い甘い利益を手に入れることが出来るのだ。

 

 

 

 





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今回は主人公のトレーナーである白子のキャラクター紹介です。

白子
マヴェリッククロウの専属トレーナー、名字の読みは「しらね」トレーナー業を“歴史の立会人”と捉える不思議な人物。主人公を指導するうちにその目的に気づき、自らも楽しめるとの理由で協力関係になる。勤務年数は短いものの、分析力、洞察力は高い上に主人公に金や新幹線の指定席チケットを弾むなど、気前が良い所があるため、描写こそされてはいないが、富士田を初め、他の銀翼のウマ娘のトレーナーとの関係も良好である。
なお、イメージCVは『ブロリーやルーク・スカイウォーカーの中の人』

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