転生者は破壊したい   作:ヒブナ

40 / 70
 
 
 今回は拙い挿絵が入っております。


第38話 -聖戦-

 

  

屋敷に帰った時、香港から戻ってきていた親戚の人に呼び止められた。

 

そして、彼は私にこう言った「良く頑張っているのは知っている。尊敬する先輩が居るのは良いが、家のことが一番大事だ」と。

 

その時は無言で頷いたけど、私は内心彼のことを軽蔑した。

 

競走ウマ娘を夢見る小さな子達にばかり注目して、レースに関わるウマ娘に投資する先も、競走ウマ娘向きのものばかり。

 

そして、私のやってきたことがようやく認められだした時に、かけてきた、その言葉。

 

だから、私は学園に戻るときに、耳飾りを外し、キーホルダー代わりにカバンに付けていた私達のマークのものと取り替えた。

 

古いものは自分の部屋に置いていくことにする、古ぼけた緑を身につけるのは、屋敷(とりかご)の中だけにしておこう。

 

新しい時代に、この色は合わない。

 

そして、その新しい時代への第一歩として、私達はついに秋のG1戦線へと突入する。

 

私達が時代の主役となるため、レースという実践経験と勝利は義務だ。

 

レースの世界で最も神聖なことは、夢のためのたゆまぬ努力だ。

 

私達は時代の主役となるのか、あるいは咲けずにこの世界を去るのか、そのどちらしか無い。そう、レースの世界は戦いだ。勝つか負けるしか無い。勝つには力がいる。

 

私達銀翼のウマ娘は学園内での権力や権威ではなく、ファンや他の人々との縁に、その力の源を求める。

 

私たちが求める新しい羽と蝋を得る場所、天皇賞秋。

 

ジハード先輩とのコンビで挑む、天皇賞秋。

 

トライブ先輩も、きっと見てくれている、天皇賞秋。

 

私達の力を証明するために

 

先輩の無念を晴らすために

 

何にも縛られていない、一人のサポートウマ娘として、これからも頑張るために

 

そして、翼のために

 

私は、蹄鉄ではなく、ノートとペンをもって、ジハード先輩とともに、レースを制してみせる。

 

そして、先輩の名前のジハードには『目標やより良い自分のために努力する』という意味がある。

 

私達コンビに、ピッタリの名前だ。

 

 

──サトノモズレーの手記より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレ…ルドルフ会長…?」  

 

 ファン感謝祭から数日後、日本に帰国したエルコンドルパサーは、グラスワンダーやファンから迎えられた後、トレセン学園に戻り、放課後、シンボリルドルフに挨拶をしようと生徒会長室前まで来ていた。

 

 しかし、ノックをしても、返事はない。シンボリルドルフは不在だった。

 

「エルコンドルパサーさん、戻られたのですね」

「あっ、庶務さん!!」

 

 エルコンドルパサーに声をかけたのは、資料室から出てきた生徒会のウマ娘─栗毛庶務、いや、栗毛庶務長だった。彼女は調査の一件の後、真面目に仕事を行い続け、空位となっていた庶務長に任命されていたのである。

 

 そして、栗毛庶務長は、シンボリルドルフに用のあるウマ娘に、会長の不在とその理由を伝える仕事を任されていた。

 

「会長さんは、今日はお休みなのデスか?」

 

 庶務長を見るやいなや、エルコンドルパサーは質問した。

 

「会長はURAの本部です、新しいプロジェクトについての会議を行っています」

「…新プロジェクト?年末年始にイベントでもやるのデスか?」

 

 エルコンドルパサーは、そう想像した。シンボリルドルフはトレセン学園主催のイベントにも力を入れていたからである。

 

「いえ、我がトレセン学園は、新たなプロジェクトとして、今後のウマ娘のサポート体制の強化のため、海外戦研究所という部署を設立する事になりました」

 

 だが、栗毛庶務長は、エルコンドルパサーの予想とは全く違う事を言ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は、少しばかり、ファン感謝祭の直前まで遡る。

 

「…以上が、今後の海外レースへの、学園としての支援体制の提案です」

 

 “彼女”がした提案を、シンボリルドルフはすぐに上申した。そして…理事長であるやよいは…

 

「感動ッ……超絶ッ…感動ッ!!」

 

 満面の笑みで扇子を開き、感動していたのである。

 

「お気に召しましたか?」

「もちろんだ!!凱旋門賞を勝利したモンジューを始め、世界には強豪のウマ娘がごまんといる!そのようなウマ娘と渡り合うためには、ウマ娘個人の実力はもちろんのこと、それを支える“縁の下の力持ち”的存在が必要不可欠ッ!!それに、この提案は、生徒やトレーナー個人の海外遠征の経験や感想、サポートウマ娘や引退したウマ娘の新たな活動の場ができるものと解釈しているッ!!」

「はい、私もそれを期待しています」

「うむ、それで、これは生徒からの提案を元にしたものと聞いたが、その生徒は誰なのか、聞かせてくれ!」

「マヴェリッククロウです」

「む…春のファン感謝祭の実行委員だった彼女か!」

 

 やよいはしっかりと、“彼女”のことを覚えていた。春のファン感謝祭の“彼女”らの働きは、素晴らしい物があったからである。

 

「はい、素晴らしい提案をしてくれました」

「うむ!わたしも彼女には期待している!君がこの提案に自信を持っている理由も分かった………よし、決定ッ!採用ッ!このプロジェクトをさっそく進めよう!鉄は熱いうちに打つッ!」

「ありがとうございます」

「ルドルフ、早速だが、この部署に名前をつけよう!何か良いアイデアがあれば、何でも言ってくれ!」

「はい、“海外戦研究所”はどうでしょうか?」

「………素晴らしいッ!!」

 

 こうして、海外戦研究所は、その設立の準備が、急ピッチで進められていったのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海外戦……研究所…」

 

 そして、時は戻り、研究所の存在を聞かされたエルコンドルパサーは、その名前を復唱している。

 

「はい、トレーナーとウマ娘の合同で行うプロジェクトとなります。ルドルフ会長は、URAの海外遠征支援部署との連携の打ち合わせをするために、本部に赴いています。………エルコンドルパサーさん?」

 

 栗毛庶務長は、エルコンドルパサーの様子の変化に気づき、話を聞いているのか声をかける。

 

「……ッ!!」

 

 しかし、エルコンドルパサーは走って、寮の方向に戻っていった。

 

「あっ………」

 

 栗毛庶務長は、呆然とその姿を見つめていた。

 

「すまない、ルドルフは居ないだろうか?食堂の焼き芋の提供数で相談があるんだが…」

「申し訳ありません、オグリキャップさん、会長は今…」

 

 だが、他のウマ娘に声をかけられたため、彼女はそちらの方の応対を行った。

 

 そう、真面目な彼女は少しばかり欠点がある、彼女は生真面目で、あまりにも職務に忠実すぎるのだ。

 

 

 

「エル!エル!開けなさい!」

 

 一方、寮に戻ったエルコンドルパサーは、部屋に入って鍵をかけた。外にいたグラスワンダーは閉め出されてしまったため、大きな声でエルコンドルパサーに呼びかける。

 

「エル!…ッ!!……くっ…」

 

 そしてグラスワンダーは、胃に痛みを感じ、座り込む。

 

 宝塚記念での敗北、同クラスなのに関わりの減ったキングヘイロー、スペシャルウィークとツルマルツヨシの仲違い、エルコンドルパサーの敗戦、セイウンスカイの不調……黄金世代を取り囲む様々な困難にさらされ、彼女のストレスはかなりのものだった。

 

 しかも、彼女はこの困難を抜け出す方法を見つけておらず、何かにそのストレスをぶつけるという選択肢も取れなかった

 

 つまり、彼女は出口のない暗い迷路を彷徨っているような状態だった。

 

 

 

 

「エルコンドルパサー、戻ってきたんだね」

「でも、いきなりグラスワンダーさんと揉めているみたいですが…」

 

 そして、グラスワンダーの声は、談話スペースでゲームをやっていた“彼女”らにも聞こえていた。

 

「放っとけ、どうせいつものパターンだ、大方エルコンドルパサーがグラスワンダーのお茶菓子を食べたってところだろうな、ホラ、去年の冬、どら焼きを食べて絞られてたろ?………ほいっ…と、よし」

「あ、ナミキオーちゃん“ウノ”って言ってないよ」

「…あっ…チクショウ…」

 

(私には解るよ、エルコンドルパサー、辛いよね?辛いよね?ね?)

 

「クロちゃん?クロちゃんの番ですよ?やけにご機嫌のようですが…まさか…」

「うん、ハイ、ドロー4ワイルドでアガリ、色指定は赤で」

「うへー」

「置き土産残していきやがった……」

「まあまあ」

 

(エルコンドルパサー、どう?久しぶりの学園の空気は?……そうだ、先生は“やっぱり日本が一番”って言ってたけど…あなたはどうなんだろうね?) 

 

 “彼女”はエルコンドルパサーが、研究所のことを知ったのだろうと考え、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は天皇賞秋、当日。私は出走ウマ娘を見送るため、地下道にいた。

 

 スペシャルウィークはツルマルツヨシの顔を少し見て、歩き去っていった。

 

 情報によると、彼女は悩み、出るか否か迷っていたらしい。そして、そんな彼女に言葉をかけたのは、サイレンススズカだった。

 

 “日本一のウマ娘という目標が、遠く、高いもので、それについて悩むのは分かる。でも、立ち止まって良いのか、怪我の治りが思うように行かずに悩む私を諦めるなと励まし続けたスペシャルウィークは、どこに行ったのかと。そして、私が諦めずに怪我を治しているのは、そんなスペシャルウィークが、日本一に向けて、諦めずに頑張る姿を、近くで見せてくれているから”という、叱咤激励の言葉だったそうだ。

 

 河原でそう言ってたのが聞こえたとの事だったので、細かい部分まで合っている保証は無いが、まあ、こういう趣旨の言葉で勇気をもらったらしい。

 

 恐らく、スペシャルウィークは、このレースに勝ち、ツルマルツヨシとの関係修復を試みて居るのだろうだが、そんな事はさせない。

 

「ツルちゃん、体調は問題ない?」

「バッチリ!ファンの皆とトレーナーさんに、秋の盾を届けてみせる!」

 

 ツルマルツヨシはさっきの事で動揺していないようである。良かった。まあ、スペシャルウィークはなんとか持ち直したとはいえ、これまでが酷かったからな。ただ、念には念を入れる、京都大賞典の日の言葉は一時の感情で出たものという可能性もあるのだから。

 

「その感じだと、大丈夫そうだね、ナミキオーちゃん、脚の様子はどう?」

「芝全部剥がす勢いで進んでやる、負けないぞ!」

 

 サクラナミキオーは、春秋の連覇を狙っている。夏合宿でパワーを強化していたから、末脚は鋭いものとなるだろう。

 

「オッケー、キングさんは?」

「この仕上がりを見なさいな!調整は完璧よ!」

 

 キングヘイローは、毎日王冠を勝ったことで勢いに乗っている。彼女はライオンの勇猛さと狐の賢さを併せ持つ、マキャヴェリズムを体現したウマ娘となった。そのパフォーマンスを発揮できるはずだ。

 

「それは良かった、ジハードちゃんは?」

「このレースは、私のためでもあるけど、去年勝てなかったトライブ先輩のためでもある。だから、絶対に勝つって気持ちは誰よりも強い自信がある。後は…自分のこれまでを信じるだけ」

 

 エアジハードの気迫は、この四人の中で一番である、彼女の細かい事情までは知り得ないが、このレースにかける情熱は、火傷しそうなほどである。

 

「ツルちゃん、ナミキオーちゃん、キングさん、ジハードちゃん。私は、四人の中の誰かを応援するってわけにはいかないけど…でも、これだけなら言える。無事に戻ってきてね」

 

 私の言葉に、四人はコクリと頷き、パドックへと向かっていった。

 

 無事に戻ってきて欲しい、これは本音である。去年のサイレンススズカの故障で、オンワードトライブが離脱したことにより、苦労させられた。2年連続予定が狂うなんてまっぴらゴメンである。

 

 

 

 

 

 

『あの悲劇から、一年が経ち、今年も秋の天皇賞がやってまいりました』

 

「ふむ…なるほど」

 

 観客席に上がると、白子は丁度パドックを回るウマ娘を観察している途中だった。

 

「どう?」

「セイウンスカイは急ごしらえの仕上げの痕跡がある、メジロブライトは調子は問題ないようだが、今日のバ場はご覧の通り良バ場だ。スタミナより瞬発力の問われるレースとなると言えるだろう、故に今日はスペシャルウィークに比肩するほどの脅威とはならない」

「あの4人は?」

「実に良い仕上がりだ、四人それぞれにサポートウマ娘がついていたのだろう?確か…」

「サクラナミキオーにはアドミラルターキン、ツルマルツヨシにはメレンゲジョセフ、キングヘイローはリナ、エアジハードにモズレー」

「そうだ、その四人だ。四人の仕上がりを見るに、相性は抜群なようだな」

「そりゃあね、私達は色んなウマ娘が揃ってるから」

「それが上手く作用し、今日のような状況が出来たのは素晴らしい、トレーナーである私としても、見物しがいのあるレースになりそうだな」

「それは良かった」

「うむ、それに注目するのは競走ウマ娘の仕上がりだけではない、サポートウマ娘の気合いもだ、特にモズレー君が凄かったな」

「あー…心当たりあるかも」

「心当たり?」

「あの娘、サトノ家の出身だけど、親と死に別れてるんだよ、それで、競走ウマ娘を重視しまくる家で、苦労してきた。まあ、一族の代わりに、使用人の人が、家族みたいに接してくれたみたいだけど……そんな事は今関係ないや。」

「ふむ…続けてくれ」

「オッケー、それで、モズレーはこの間親の墓参りに実家に帰ったらしいんだけど、多分、その時に何かあったんじゃないかな?実家に行く前と後で、纏う雰囲気がびみょーに変わってたから」

「ふむ……それは面白い、これが両親への手向けとできるレースとなれば良いな」

 

 白子は微笑んで、再び双眼鏡を構えた。

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、エアジハードらは続々ゲートへと入っていく。

 

 オンワードトライブは、私達の活躍を楽しみにしていて、たまに手紙を送ってきている彼女は…このレースを見ているだろうか?

 

 出来れば、見ていて欲しい。せっかく私が擁立したのだから。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了、果たして、盾の栄誉は誰が得るのでしょうか?G1天皇賞秋…』

 

 ガッコン!

 

『スタートしました!!アンブローズモア、内から好スタート!!サクラナミキオー、ブレイブクロスヘア、先頭3人が固まっています。キングヘイローも行きました。そしてエアジハード、内目からステイゴルディオン』

 

 先行が少し多い、そしてバラけている、サクラナミキオーは今回は前に出た、差し型のツルマルツヨシは大丈夫だろうか?

 

『1バ身と半分離れ、ロードアッシュ、セイウンスカイは抑えている、そして、ベーメンズラブ、並ぶようにツルマルツヨシ、ロアリビドー、ユーセイトップマンは内を突く、スペシャルウィークはしんがりから4番手の位置に、メジロブライト、メイショウオットーと続いています!』

 

 セイウンスカイが逃げから差しに戦法を変えたことは、情報網からお見通しである。そして、それにまだ慣れきっていないことも。

 

『先頭はすんなりと、アンブローズモア!アンブローズモア!』

 

 駒は4つ、敵は13、勝負はまだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

(キングは前、スペちゃん、ツルちゃんは……後ろ、末脚はきちんと残しておかないと…)

 

 セイウンスカイはキングヘイローの位置を確認し、後ろを少しだけ振り返り、スペシャルウィークとツルマルツヨシの位置を把握する。

 

(トレーナーさんの言う通り、銀翼のウマ娘も警戒しなきゃ…あの娘たちは、何をするのか、わからないから)

 

 セイウンスカイは自分の差しが他のウマ娘と劣る事を理解していた、そのため、タイミングを見計らうことは重要だと考えていた。

 

(前が多い、気持ちが走りから伝わってくる……最後の直線で、一気に抜く…!)

 

 また、スペシャルウィークは目の前のウマ娘達を一通り確認し、自分の走りに集中力を注いだ。

 

 

 

(スカイさん、差しに変えているとの事だけど、どれ程の仕上がりなのかしら?お茶を濁した程度の物なら…ねじ伏せて差し上げるわ……すり減らして…すり身にしてね…ふふっ…)

 

(スペシャルウィークは後方から、でも先行組が多いから、最後の末脚に一球入魂してくるはず、対して、こっちはスピードの乗りを上手く活かせるかどうか)

 

(前には出れた、後は脚を温存する。久しぶりの前寄りポジション…他のウマ娘…ちょっかいかけて来るなよ!)

 

(……迷っちゃダメ、今が、私の最高点なんだから、これを勝って、トレーナーさんと、ファンの皆に、勝利の喜びを…!) 

 

 一方、キングヘイロー、エアジハード、サクラナミキオー、ツルマルツヨシも、冷徹に、冷静にレースを進めていく。

 

 

 

「セイウンスカイ、周囲を確認しているな」

「いちいち?」

「ああ、そのようだ、あの回数をもっと減らすべきだろう」

「振り向かずとも、おおまかな場所なんて分かるのにね」

 

 “彼女”が得意気にそう言っているのは、強がりからではない。“彼女”は、自分の耳が自由自在に動かせるということを活かし、トレーニングと重賞での実践を経て、ウマ娘の大まかな位置を把握する技術を身につけていたのである。

 

「…だが、あのテクニックに頼りすぎるのは…」

「もちろんやらないよ、レースに絶対は無いんだから」

「うむ、その姿勢は素敵だ。驕りは綻びを生む、今、ここで、黄金世代と持て囃されたウマ娘達が………ずっと力を蓄え続けてきた君達に、見事に、追い込まれているようにな」

「だね、まずは…このレースを見届けるよ」

「ああ」

 

 “彼女”と白子は、常に策を用意している。そして、レースを見て学び、それについて客観的に見ることも忘れない。

 

 

 

 

 

『レースは3コーナーから4コーナーへ、先頭はアンブローズモア、そこに続くは…』

 

(他のウマ娘も強い、鼓動がどんどん激しくなってくる)

 

 エアジハードは前を睨む。

 

(でも、私は先輩の為にも勝つ、去年の事がなければ…私は先輩と一緒に走ってたんだから。)

 

 彼女は脚に力をこめる。

 

『ここで各ウマ娘スパート!スペシャルウィークも仕掛けた!』

 

(まだ…“あの娘は飲まれる”、その一瞬の気の緩みを突くんだ、集中…集中…)

 

『さぁ直線コー…』

 

(今ッ!!ここしか無い!!)

 

『ここでエアジハード仕掛けた!!飛び出した!セイウンスカイをすり抜けて前に出る!最内からキングヘイロー!!その外からスペシャルウィークが来た!!大外にはツルマルツヨシ、サクラナミキオーがいるぞ!!』

 

 エアジハードは、ずっとタイミングを伺っていた。

 

(私の名前は…努力するって意味…でも…今日はもう一つ…)

 

 彼女は前を睨み、脚へと力を込める。

 

(スペシャルウィーク……悪いけど…もう、あんたやサイレンススズカさんの時代じゃない!…私達が、主役になる時が来たんだ…ここで勝って…そんな時代に身を捧げる…先輩の為に…私の夢と、翼のために!それが…私の…)

 

 エアジハードは一瞬、呼吸を整えた。

 

「聖戦ッ!!」

 

『ここでカタパルトから放たれたかのように、エアジハードが飛び出し抜け出した!凄い脚だ!凄い脚だ!そのまま突き放してゴールイン!!』

 

『エアジハード!エアジハード!安田記念の覇者ここにあり!エアジハード見事に一着!!』

 

『一瞬の判断で勝負を決めたエアジハード、見事、秋の天皇賞制覇!勝ちタイム1分57秒59!レコードタイムでの勝利です!!』

 

 エアジハードは、見事、オンワードトライブの無念を晴らした。レコードタイムでの勝利に、会場の熱気は、しばらく収まらぬままだった。

 

 そして、隙を突かれ、更に抜かれ、5着となったスペシャルウィークは、重い重い足どりで、地下道へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 勝者を迎えるため、私は地下道へと下りた。一番乗りである。

 

 そして、向こうからやって来たのは、エアジハードでなく、スペシャルウィークだ。

 

 私は特に、彼女に話しかける意思など無かったから、まだ熱気の収まらぬターフの方向を見ていた。

 

 そして…彼女が通り過ぎるかという時…

 

「…また…でした…」

 

 彼女は口を開いた、その言葉は、私に向けられたものだと直感した。

 

「…また…?」

「…分からないんですか…?」

 

 はて…?主語がまったくないからホントわからないんだが。

 

「…どういう事?」

「あなたの、あなたのことですよ!!」

 

 スペシャルウィークは、私に向けて吠えた。

 

「…?」

「いつもいつも…私が“もう少し”って思う時に…なぜか、あなたの姿が、影があるんですよ!!レースを走ってる時もあれば、今日みたいにあなたの友達が………それに…」

 

 なるほど……なら、それなら…

 

 何を言われてものらりくらりとしていよう。

 

「……」

「…キングちゃん…それに…ツルちゃんまで……なんで…なんで…あの二人を……返して下さい!返して下さいよ!!」

 

 スペシャルウィークは、そう言って私に詰め寄った。

 

「…返す…?」

「あなたは…私の…私達の邪魔がしたいんですか!?」

「……どうして?」

「…まともに答えなければ、何とかなると思ってるんですか!?莫迦にしないで下さい!!」

 

 スペシャルウィークは、私の腕を掴もうする。

 

「……」

 

 防御のため手を出して受け止めた。持っていたハンカチが良いクッションとなってくれたようである。というかこれ、京都大賞典の時に持ってたやつだな。

 

「…菊花賞を回避した時だって、海外遠征をしないと聞いた時だって、ジャパンカップに出ないって言った時だって…私は…私は…不快でした!!」

「…」

「あなたはいつも、口では上手く言ってるけれど…本当は…ただただ、高いところから、焦る私達を見てたいだけなんですよね!?」

 

 うん、その答え…20点。あなたの数学のテスト並み。

 

「オイ!!」

 

 別の怒鳴り声が聞こえた…この声は、サクラナミキオー…

 

「スペシャルウィーク、何やってんだ!」

「………!」

 

 スペシャルウィークは、サクラナミキオーの怒号で我に返ったようだ。

 

 私はサクラナミキオーの方に使っていない方の手を出して、こちらに向かってくる彼女を止める。あ、後ろにツルマルツヨシもいる。

 

「…スペさん、私は家から一番近いレース場の阪神で、初めて中央のウマ娘を見た時、こう思ったんだ。“化け物だ”って…そして、ここに来て、あなた達を見た時にも…そう思った」

「…」

「“化け物を超えるには、自分も化け物のようになるしかない”…その言葉を胸に、私はひたすら考えて、試し続けて、どうしたら夢を叶えられるか、強くなれるか、それを求め続けてきただけ、キングさんとツルちゃんの事だって、互いに学び合えることががあるから、私達は一緒に頑張ってるんだよ?……あなた達を超えるために……なのに…私は高いところから見てるだけ?……ふざけるのも大概にして欲しい、そんな台詞は……二度と聞きたくない!!」

 

 私は耳を後ろにやって、スペシャルウィークの腕を振りほどく。

 

 ビリッ

 

 ……ハンカチが二枚になってしまった。手ぬぐいを改良したやつでかなり頑丈なものだったのだが…仕方が無い。

 

 演出のため、ハンカチをじっと見て、耳を垂らす。

 

 スペシャルウィークは驚いたような顔をしている。こいつ、かなりの力で握ってたのか。

 

 今日はあの重力ベストを着ていない、今まで意識してなかったが、どうやらかなりパワーが上がったらしい。なら、次こうされた時は、もっと力を抑えなければならない。これでは親を困らせた幼少期と同じである。  

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 そして、スペシャルウィークは何も言わない、もうここらで仕舞にしよう。めんどくさい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「悪く思わないでね、私は常に真剣なんだよ」

 

 そう言って、スペシャルウィークからハンカチの切れ端を取り返す。後でヒシアマゾンにミシンでも借りてコースターにでもリメイクしよう。

 

 そして、あの二人に“もう大丈夫”と伝える。

 

「事を荒立てたくない」

「……それで良いんだな?」

「もちろん」

「…分かった、運営係には言わねぇよ、ホラ、ツル、行くぞ」

 

 サクラナミキオーは、苦虫を噛み潰したような顔をしてスペシャルウィークの方を見ているツルマルツヨシの手を取り、ライブ会場の方へと向かっていった。スペシャルウィークも、ここにはいられないという顔をして、去っていった。

 

 遅滞戦術、大成功である。ツルマルツヨシは、スペシャルウィークになびくことはもう無いだろう。キングヘイローにも、この事を伝えるはずである。

 

 ただ、油断してはいけない、サイレンススズカの言葉があったとはいえ、スペシャルウィークは、完全とは言えない精神状態で、入着してみせたのだから。

 

「クロさん」

「キングさん、お疲れ様、どうだった?」

「負けたけれど、手応えはあったわ」

「良かった」

 

 私がそう言った後、遅れてやってきた他のウマ娘が来て、キングヘイローに労いの言葉をかけていく。

 

「モズレー、少し遅かったみたいだけど…」

「はい、ジハード先輩の勝利でファンの方々が沸き立っていて、思うように進めませんでした」

「そっか……よかった…本当に…よかった…」

「…クロ先輩?」

「ジハードちゃん、ものすごく気合が入ってたからさ…勝ててよかったなって…」

「はい!では、迎えるとしましょう、先輩を!」

「うん、そうだね」

 

 私達は、晴れやかな顔をしているサトノモズレーやクラスメートと共に、今日の英雄、エアジハードを待つ。

 

 彼女は2つの素晴らしい働きをした。

 

 一つはレコードタイムを出し、私達の台頭を強くアピールした事。

 

 もう一つはレコードを出した強い走りにより、ギャラリーからサイレンススズカの影を消し去ったことである。

 

 他のウマ娘は、どんな働きを見せるのか?

 

 実に実に、楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

キャラクター解説 アマリイーグリーナ

メジロ家の使用人、天利サキの妹であり、サトノモズレーの親友。メジロアルダンのサポートを行っていたが、主人公に憧れていたこともあり、メジロアルダンに送り出される形で銀翼のウマ娘の一員となる。絵を描く事が得意であり、簡単なスケッチを用いた動きの説明により、競走ウマ娘らのサポートを行っている。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。