転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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 今回はグラスワンダー視点での物語となっております。


第41話 -理解-

 

 

 

「良い感じです、グラス。今日はここまでにしましょう」

「分かりました」

 

 トレーナーさんは、いつものように、優しく、トレーニングの終了を宣言しました。

 

「この調子で細かい調整を続けていきましょう、有記念には、必ずベストコンディションとなるはずです」

「……」

「…グラス、どうしました?」

「……」

 

 そして、トレーナーさんは、心配そうな顔をして、私の目を見ています。

 

「……マヴェリッククロウの事ですね」

 

 ……!

 

「…トレーナーさん…!分かるのですか…?」

「僕は君のトレーナーです、君の悩みが分からずに、どうしてトレーナーとしての役割を果たせましょうか?」

「…では、話を聞いて頂いても、宜しいですか?」

「もちろん」

「…彼女は、とても強いです、今までに見てきたウマ娘の中では、一番………恐らく、エルをも超える…」

「……」

 

 トレーナーさんは、頷きながら、私の話を聞いてくださっています。

 

「それで、ツルちゃんとキングちゃんは…」

「そこから先は分かります、マヴェリッククロウの下に行ってしまった…ということですね?」

「はい…………私はこれまで、あの娘に驚かされ続けてきました。宝塚記念を始めとしたレース、様々なウマ娘との友情、後輩達への指導、サポートウマ娘との深い協力関係…次々と様々な事に挑むあの娘を、私は…同じウマ娘として、尊敬しています……でも、分からないんです。今のあの娘が何を考えているのか…」

 

 私はスペちゃん達とレースをしている時は、お互いの作戦や次の手を読みながら、闘っています。

 

 其れ故楽しく、また、学ぶことができる。でも、彼女と…マヴェリッククロウ─クロさんとレースをする時、私は、ぼんやりとした不安を、拭えずにいます。それはまるで、霧の立ち込める道を、走っている様な感覚です。

 

「……僕も、同じ気持ちです。ですが、レースを通じて、互いの理解を深める事はできるはずです。君たち黄金世代も、デビュー前から競い合ってきて、友情を育んできたのですから」

「トレーナー…さんも…」

 

 トレーナーさんも、私と同じ気持ちを持っていたとは…

 

 でも、私はクロさんを責めるようなことは出来ません。彼女は向上心に溢れていますし、そして、何よりも、凱旋門賞を闘ったエルに、最初に拍手を贈ったのですから。

 

 ですが…ですが…

 

「皐月賞の前…皆で…“一緒に頑張ろう”と…誓いあったはず…なのに…今の…私達は…こんなにも…」

 

 皐月賞の前、7人で花見をしたことが、頭に浮かびます。あの時は…エネルギッシュに毎日を送れていました。

 

「…大丈夫ですよ、グラス、君ならやれます。マヴェリッククロウに勝ち、勝負を通じて彼女を理解し、再びライバルとして共に歩むことを誓うんです」

 

 トレーナーさんは、腰を落とし、私の頭に手を置きます。自然と安心感を抱く…そんな温かみが、伝わってきました。

 

「そうすれば、スペシャルウィークやエルコンドルパサー、セイウンスカイは貴女に勇気づけられ、キングヘイローやツルマルツヨシも、再び貴女を目標とし、それに…マヴェリッククロウ達とも、良いライバルとなれるはずです。僕も、しっかりと君とともに頑張りますから、絶対に、勝ちましょう」

「……はい!!」

 

 …トレーナーさんの言うとおりです。

 

「……心意気は、十分ですね、そんな君に、提案です」

「提案…?」

「君にピッタリなアイデアを、考えてきました」

 

 そして、トレーナーさんがしてくださった提案は、驚くべきものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ……待たせちゃった?」

「いえいえ、私も、数分前に着きましたので」

 

 私は今、クロさんと共にいます。トレーナーさんがおっしゃってくれたことは“敵を知り、己を知る”ということでした。

 

「今日はありがとう」

「いえいえ、あの時の御恩は、いつか返すべきと思っていましたから」

 

 私がクロさんを誘う理由はありました。それは、凱旋門賞の時に、エルに真っ先に拍手を贈り、エルの敗北で私達の士気が下がるのを未然に防いでくれたことです。

 

「キングちゃんには、感謝しないとですね」

「そうだね」

 

 私は、クロさんの連絡先を持っていなかったので、キングちゃんに連絡先を教えてもらい、今回の頼みを行いました。

 

 キングちゃんは、“たとえ断られても、無理に誘っては駄目よ”と釘を刺しては来ましたが、連絡先そのものは、教えてくれました。ただ、私を信用して渋々といった表情でした。

 

 そして、連絡を取ると、二人だけの秘密という条件をつけてではありますが、クロさんは快諾してくださいました。

 

 理由を聞くと、“プライベートを大切にする性分だから”という答えが返ってきました。

 

「今日は…まずショッピングセンターで買い物、そして昼食、その後に、うちのOGの人がやってる茶室でお茶…だったよね?」

「はい、その通りです」

「本格的な茶道なんて初めてだから、少し緊張するなぁ…」

「大丈夫ですよ、日本に来たばかりで、右も左も分からなかった私にも、丁寧に教えてくださった方ですから」

 

 私がそう言うと、向こうも安心してくれたようで、少し硬かった表情をほころばせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を終え、私達は食事をとることにしました。今日のお出かけは、この昼食とお茶を、私が奢るという形です。

 

 その昼食は、マルゼン先輩が紹介して下さった“イタ飯”の店で取ることにしました。

 

「では、クロさんも新たな勝負服を?」

「うん、私は身長伸びちゃったし、靴も変えたかったからね」

「靴…ですか?」

「うん、砂粒が足首に当たるのが物凄く嫌なんだよ」

「集中していれば、気にならないものだと思うのですが…個人差はあるものですね…」

 

 クロさんの感覚は、どうやら通常のウマ娘より鋭敏なようです。

 

 感覚が鋭敏すぎるウマ娘は、気が散りやすく、レースに適さない事も、よくある話です。ですが、目の前でシーフードパスタを食べているウマ娘…クロさんは……それを克服し、レース場に立っているということです。

 

「グラスワンダーさんは、今の勝負服で気になるところは無いの?」

「はい、特には…」

「羨ましいね………どうしたの?」

 

 彼女は、首を傾げます。私は、もう一つ彼女に対して気になる事がありました。

 

「…その…今日は……食欲があまりないのですか?」

「え…?私が?」

 

 それは、私と彼女の、料理の注文数です。向こうもこちらも、レースを控えているので、食事の量を気をつけているのは同じでしょう。

 

 ですが…それを考慮しても、彼女の食べる量は少ないのです。私達が10ならば、向こうは6ぐらいでしょう。

 

「いや、そんな事ないよ、私はいつも通り…」

「…そうですか、いえ、あまり見たことが有りませんので…びっくりしてしまいました」

「まあ、たまに驚かれるから慣れてるよ。ちゃんと味わって食べてるから、そこは心配しないでね」

 

 クロさんは、そう笑顔で言うと、ピザを口にしました。

 

 食べる量については、私持ちなので遠慮していると思いはしましたが“いつも通り”との言葉は、嘘ではなさそうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を取り終えた後は、茶室の予約時間まで、まだまだ余裕がありましたから、ゲームセンターで時間を潰すことにしました。

 

 私達は、スコア系のゲームをして遊びました。

 

 モグラ叩き、ボール入れ、協力シューティング…

 

 これらはクロさんも時々やっているようで、どういうわけか、全て『(しずく)』というネームで登録しているようです。変わった趣向をお持ちであると思いましたが、私の目的には関係がありません。

 

 これらを選んだ目的は、相手の反射神経を見るためなのですから。

 

 こういくつも選んでしまえば、相手はこちらの狙いに気づくかもしれません。ですが、相手が手加減したところで、私にはほとんど通用しません。

 

トレーナーさんは仰っていました“目は口ほどに物を言う”と…。

 

 私は武術もある程度嗜んで来た身、それは分かっています。ですから、彼女がゲームをしている間は、目線に気を配っていました。

 

 そして、最後のゲームは…エアホッケーです。 

 

「……引き分けだね」

「ええ…これでは、誰にも負けたことが無いのですが……ここまで強い相手は、初めてです」 

「そっちこそ…トレーナー以外でここまで強い人は初めてだよ」

「クロさんのトレーナーさん…」

「うん、トレーナーは私より強い」

「……」 

「トレーナーはたまに、こっちが打とうと思ってる方向に、あらかじめ手を向けて、打ち返す準備してるんだよ。打ち込もうとしてる方向に、既に手が置かれてるって感じかな」

「…動きが読まれているという事ですか?」

「そう、人間はウマ娘より動体視力が低いはずなのに、最初にやられた時はびっくりしたよ」

「…でも、クロさんのトレーナーさんらしいと思います、ユニークなウマ娘に、ユニークなトレーナーさん、それがクロさん達の強さを構成する要素の一つであるのかもしれませんね」

「ありがとう、トレーナーにも伝えるよ、喜んでくれるはずだから」

 

 クロさんのトレーナーさんは優秀な人物であると聞いています。噂によれば、彼は同期の中で、理事長が一番目をかけている存在であるとか。

 

 それに、この様な才能を持っているとは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、今日はよろしくお願いします」

「お久しぶりですね、グラスさん、マヴェリッククロウさん、グラスさんから、話はよーく聞いています、今日は、心を込めて、お茶を点てますので、堪能して下さいな」

「はい、茶の湯の作法は良く知らない身ではありますが、よろしくお願いします」

「そんなに固くならなくても、大丈夫ですよ。今日はあくまで、私の立てる茶を味わって貰う日です。」

 

 ゲームセンターを出て、茶室に着いた私達は、茶道の先生に挨拶をしました。

 

 先生は茶を点てる名人であり、日本に来て右も左も分からない私に、今の話し方や、本場の茶道について教えて下さった方で、トレーナーさんと並ぶ、私の相談相手です。

 

 そして、人を見る、鋭い観察眼を持っておられる方でもあります。

 

「………」

 

 そうです、私は、対戦相手を知るために、先生に協力を仰いだのです。

 

 茶の席でこの様なことをするのは、ひどく、時代遅れなことでしょう。ですが、先生は「人心を見るのも、茶の湯の役割の一つでした」と仰り、私に協力してくださいました。

 

「…どうぞ」

 

 茶菓子を食べ終えた後、先生はお茶を点て、私達に出します。

 

「………」

 

 しかし、クロさんは、抹茶碗を手に取ったっきり、なかなか飲もうとしませんでした。

 

「クロさん…どうかしたのですか?」

「ごみでも浮いていましたか?であれば今すぐ……」

「いえ、これは……越前焼ですか?」

「ええ!よく知っておられますね!」

「……知人の家に、置いていましたから」

 

 焼き物の知識もあるのかと、私は感心させられました。先生も、同じ気持ちのようで、表情が目に見えて明るくなっています。

 

 ですが、それよりも、クロさんがとても、懐かしそうな目でそれを見ていたのが、印象に残りました。

 

「そうでしたかそうでしたか、では、お茶をお飲みください」

「では……」

 

 クロさんは、「頂戴いたします」と言ってお茶碗を回し、最初に少し長めに、そして、次の二回は、短めに口をつけ、茶を飲み干しました。

 

「……身体に染み渡る味でした」

「ありがとうございます、嬉しい限りです、さあ、グラスさんもどうぞ」

 

 私も茶碗を手に取り、作法通りにお茶を飲みます。

 

 先生の点てるお茶は、とても美味しく、飲むと自然と気分が安らぎました。

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 抹茶を飲み終えた後、先生は茶器を片付け、今度は煎茶を淹れ、更にお菓子を出しました。どうやら、ここから先は普通のお茶会のようです。

 

「…懐かしいですねぇ、有記念、二人を見ていると、出走した後輩のことを思い出します」

「先生も、見に来て下さるのですか?」

「もちろんです、かつてレース場に立っていたウマ娘として、後に続くウマ娘の軌跡を見ることは、人生の楽しみの一つですから」

 

 先生は、そう言ってきんつばを口に入れます。クロさんも、頷きながら、先生の話を聞いていました。

 

「マヴェリッククロウさん」

「はい」

「一つ聞いてみたいことがあるのですが、良いですか?」

「もちろんです、あ、でも、有記念の作戦だけは、ご遠慮願います」

「分かっています。聞きたいのは地元のことです」

「地元?」

「ええ、オグリキャップさんが活躍していた時は、中央だけでなく、その地元の笠松も、大いに盛り上がりました」

「…その一方で、私の地元は、それほどでもない……ということですか」

 

 クロさんは、苦笑いしながら、先生の言葉を代弁しました。

 

 確かに、クロさんは注目株のウマ娘ですが、ほとんど地元のことについて、話すことはありません。たとえ話しても“田舎”だとか、“イノシシが多い”だとか、“タケノコがよく採れる”のような、抽象的なことばかり……かなりミステリアスです。

 

「ちゃんと理由はあるんです…私の地元の益田は、笠松のように、大きな街ではありません、観光客がどっと訪れると、キャパシティを超えてしまいます。それに、私の地元は、私よりも遥かに高名な人が、ゆかりのある人物として紹介され、祀られています、ですから私は出身地域については、島根の石見地域としか言っていませんし、地元の人にも、私をアピールしないようにお願いしているんです」

 

 益田は確か、有名な歌人、柿本人麻呂ゆかりの地……ですから、その言葉に納得できました。先生もそれを知っているようで、納得された表情をしています。

 

「なるほど…そういうことですか……」

「はい」

「……そう言えば、話は変わりますが、今度の有記念、面白い情報を手に入れまして、二人にはぜひ、聞いて欲しいのです」

 

 私とクロさんは、同時に傾聴の姿勢を取りました。先生は、トレセン学園のOGという関係上、ここに招かれるお客さんも、レースの関係者が多くなります。雑談の中で、自然と情報が手に入ることも珍しくありません。

 

「今回の有記念は、国内だけでなく、海外からも注目を浴びているのです」

「海外からも…」

「先生、それはやはり、スペちゃんの活躍が関係しているのですか?」

「ええ、モンジューは予定を変更してここにとどまり、フランスから弟子のウマ娘やそのライバルを呼び寄せたそうなのです、いえ、それだけではありません、他の海外のウマ娘も、ここにとどまり、モンジューを打ち破った日本のウマ娘の力を、見ようとしている方がいます」

「……知らなかった」

「ええ……スペちゃんの活躍が、こんなにも…」

「今、レースを取り巻く世間は、大いなる熱に包まれています。そんな中でレースを走るウマ娘達は、その熱をもたらす“太陽”のような存在だと、私は思っているのです」

 

 先生はそう言ってほほえみ、再び口を開きます。

 

「そして、聞く話によれば、URAはこれからも海外への挑戦を強めて行くとのこと……今度の有記念は、日本のウマ娘の力が、より一層、海外に伝わるようなレースになってほしいものですね」

「…」

「……先生、私は、もちろんそのつもりです。頂点を目指すのであれば、他者にその走りを見せることは、必要なことですから」

 

 先生の言葉に対し、私は先んじて口を開きました。一方のクロさんは、考える表情を崩さずにいます。

 

「私はあくまで、無事に最後まで走り切り、なおかつ勝つレースをします。それが、私の望みでもあり、私を応援する人々の望みでもあるからです」

「……お二人のレースに対する想いが溢れた回答ですね、素晴らしいです」

 

 私の回答も、クロさんの回答も、先生は受け入れました。

 

 クロさんは、調整を慎重にやるウマ娘であることは、周知の事実です。その理由は、恐らく、怪我で長い間休むと、実戦の感覚が失われてしまうからでしょう。クロさんの答えには、彼女のレースに対する哲学が表れていると思いました。

 

 

 

 

 

 

「またいらしてくださいね」

「ご馳走さまでした」

「先生、今日はありがとうございました」

 

 それから、私達は、先生の現役時代の話を聞いた後、先生の茶室を後にしました。

 

「貴重な経験になったよ、茶道なんて、大河ドラマで見るぐらいだからさ、それに、昔のトレセン学園についても聴けたし、ありがとう、グラスワンダーさん」

「いえいえ、私こそ、クロさんの知らない面を知ることができた、有意義な一日でした」

 

 私が、今日知った事のなかで、一番気になった事は、クロさんの知人のことでした。どういうわけか、気になってたまらないのです。

 

「クロさん」

「?」

「先生に話されていた人というのは、どのような人なのですか?」

 

 私がそう質問すると、クロさんは少し上を向きました。説明するのが、難しい人なのかもしれません。

 

「一言で言うと、色々変わってる人かな。まず、その人は普通の人間で、焼き物の話からも分かると思うけど、福井の人なんだ。それで、武士の妾の子孫らしいんだよ」

「……」 

 

 私は福井と聞いて、橋本左内や松平春嶽のことを思い出しました。そして、武士の妾の子孫……よくある話ですが、そこまで血筋を辿れる人が知人にいるのは、珍しいことだと思います。それに、もし、有名な人物の子孫であれば、ちょっとした話題作りにもなるのかなとも思いました。

 

「…その人はとんだ守銭奴でね、燃費良いからってオートバイを乗り回してた。将来は教師になろうとしてたね」

 

 私は、“なろうとしていた”との言葉に、違和感を感じました。そして、その人は今、どこで何をしているのか、気になったのです。

 

「では、その人は…今は教師として?」

「いや、大学最後の年に、交通事故でね……逆走車に正面からぶつけられたみたい。病気とは無縁の、健康そのものな人だったのに………信じられなかった、しばらく現実を受け止められなかったね」

 

 クロさんは、過去を思い出すような表情で、そう言っています。おそらく、その人はクロさんと親しい友人同士だったのでしょう。

 

「きっと、その人も、空の上から、クロさんの活躍を見守って下さっていますよ」

 

 私の言葉を聞いたクロさんは、少し驚いたような表情をした後…

 

「ありがとう」

 

 とお礼を言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで…先生は、クロさんを見ていて、どのような印象を受けましたか?』

 

 寮へと戻った後、私は早速、先生に電話をかけました。

 

『あの目と飲み方は、今の自分に迷いが無い事をよく示しています。それに、あの肉体の仕上がり様…私が今まで見てきた、どのウマ娘よりも、完璧なものとなるでしょう』

「それは…ルドルフ会長や、凱旋門賞の時のモンジューをも…超えるということですか?」

『…はい、このまま調整を続ければ…の話ですが……ですが、グラスさん、貴女の今回の有記念は、精神、肉体、支援体制、全てにおいて、今までに無い、ハイレベルな相手と競い合うレースとなることは、間違いありません』

「……」

 

 “ルドルフ会長やモンジューを超えた仕上がりとなる。”

 

 先生の予測は、恐らく現実のものとなるのでしょう。だって、セイちゃんが戦法を差しに変えた時、先生は“脚にとっては、あまり良い選択肢とはならない”と言っていたのですから。

 

 それに、迷いを持っていないということは、パフォーマンスを発揮できる土壌が、できているということ、ですが…

 

「……先生、そうであるのならば、相手にとって不足はありません。あちらが迷いを持たず、挑んでくれるのであれば、こちらも臆さず、あちらにライバルと認められるに相応しい走りをするのが筋です」

 

 そういう相手こそ、こちらも熱くなると言うものです。

 

『……やはり、グラスさんは、グラスさんですね、予約の電話をかけて来られた時よりも、声が明るくなっています、頑張って下さい、“有記念”、私は、貴女を応援していますので』

 

 それに…私を応援する人の声が直接聞けることは、私をより強くしてくれます。

 

 

 

 

 次に、私はトレーナーさんに電話をかけました。

 

『グラス、一日お疲れ様でした。どうでしたか?』

 

 トレーナーさんは、開口一番、そう言いました。

 

「“敵を知り、己を知る”……無事、達成する事が出来ました。クロさんは、迷うことなく、ひたすら自らを高め、常に考えることを絶やさずにいるウマ娘であることが、今日、分かりました」

『なるほど…では、君は、どうしますか?』

「私は不退転の誓いを立て、レースへと挑んだ身、こちらも完璧な用意をして、対決に挑まねば、無作法というものです……トレーナーさん、明日から、更にトレーニングの強度を上げることは、可能ですか?」

 

 私は今日、クロさんについて、少しばかり、理解を深めることが出来ました。

 

 

 彼女はミステリアスな部分を持ってはいますが、その一つ一つにきちんとした理由があること。

 

 レースに臨む際は、“無事に帰ってくる”という気持ちを常に持ち、日頃のトレーニングもその精神に根ざしたものであるということ。

 

 恐らく、クロさんにとっては“心の師”であった、年上の親しい友人がいた事。

 

 

 これらのことを知り、私は自分自身が、お出かけに行く前よりもやる気に満ちていたことを実感していました。

 

 ですから、その気持ちを無駄にせず、全力で有記念に挑むクロさんと闘うに相応しいウマ娘となることが必要であると考えました。

 

『もちろん、今の君の身体の状態なら、対応可能ですよ、やりましょう、グラス!』

「…はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、最終直線、ここから一気にまくって前に出たグラスワンダー、先行策を取っているテイエムメルカヴァを追い抜いてトップに躍り出た、ここから耐えられるか?グラスワンダー耐えられるか?しかし勢いは衰えない!そのまま後方を突き放してゴールイン!グラスワンダー、ステイヤーズステークスを勝利!有記念への備えは万全だ!! 』

 

 私は有記念への備えとして、ステイヤーズステークスに出走しました。

 

 相手はクロさんのクラスメート、テイエムメルカヴァさん。クロさんと同じく、調整に時間を使い、無事にレースを終えることに重きを置くウマ娘です。 

 

 彼女と闘うのは、クラシック期に行われた、種目別校内レース大会以来でしたが、フォームも、作戦も、面構えも、その時とは全く違う別のものとなっています。

 

 その時の彼女は、もっと攻撃的な走りでした。しかし、今の彼女は、基礎から見直され、新規開発をされた自動車のように、全く違う、冷静を体現したかのような走りをするのです。

 

 しかし、だからといって、それに驚いて勝ちを譲るような、ゆるい戦いは致しません。  

 

 だって、今の私には、越えるべき存在がいるのですから。

 

「トレーナーさん」 

「……文句なしの仕上がりです、グラス」

 

 そして、このレースも、目標へと至るための、過程なのですから。

 

 





お読みいただきありがとうございます。

今回はメレンゲジョセフのキャラクター紹介を掲載させて頂きます。

メレンゲジョセフ
白く綺麗な卵肌を持つ、“彼女”の同期のサポートウマ娘。高い才能を持つ黄金世代が、サポートウマ娘を必要としなかった事に不満を持っていたところ、オンワードドライブの仲介で“彼女”と出会う。レースを“実験”と捉える変わった性分を持つが、読唇が使えたり、教官からは良い評価を貰っていたりと、サポートウマ娘としては優秀である。なお、サポートウマ娘となっている理由は、“走るより考える方が楽しいから”というもの。
名前のモデルは医師のヨーゼフ・メンゲレ。

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