転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第42話 -窮地-

 

「作戦をもう一度確認する、ポジションは追込、仕掛けのタイミングは君に一任、そして…」

「“アレ”だよね?」

 

 有記念当日、私と白子は、作戦の確認を行っていた。この控室、防音室であるため、たとえウマ娘が外で耳を扉に当てていたり、コップを使っていたりしても何も聞こえない。

 

「そうだ、大変かもしれないが、きっちりと行っておいてくれ」

「了解」

「では、私は一旦外へ出る、勝負服に着替えてくれ、キングヘイロー君に手伝いをお願いしている」

 

 そう言って白子は外に出て、入れ替わりにキングヘイローが入ってきた。

 

「まだ時間に余裕はあるけれど、なるべく早めに着替えましょう」

「オッケー」

 

 私は制服を脱ぎ、用意された勝負服を出す。キングヘイローは背中や腰など、見えにくいところの確認を行っていく。

 

「予想よりサッパリしてるのね、スペシャルウィークさんのもののように、かなり派手になるものとばかり思っていたわ」

 

 キングヘイローはそんな事を言っている。まぁ、これは恐らく、彼女の母親が有名な勝負服のデザイナーであるからだろう。

 

「昔読んだバトル物の漫画でね、敵のボスが変身していく奴だったんだよ、最初の姿は小さい奴だったんだけど、次の形態でデカくなって、その次でモンスターになった。でも、最終形態になると……今までのゴテゴテしたのがなくなって、サッパリした姿なんだよね、読んでてちょっと驚いたよ、あえて予想に反してシンプルにするってデザインもあるんだなって、それで私は、露出が多かったり、色遣いが派手だったりする最近の勝負服のトレンドに、このシンプルさを持ち込んでみたって訳だよ」

「なるほど、そういうわけね…」

 

 キングヘイローは感心したかのような表情をする。やはり、お嬢様育ちはバトル漫画なんて見ないか。

 

 いや、そもそもこの世界、アニメや漫画が前世のそれより少ない。先ほど話したバトル漫画やパンチでバイキンを吹っ飛ばす正義のヒーローのアニメはあるが、私も歌ぐらいは知っている青い猫さんロボットの漫画や、双子の片方が事故に遭う幼馴染三人組の野球漫画などは無い。プリファイみたいに名前が微妙に違うのもあるから、どういう法則なのかは知らん。

 

 まあ、ウマ娘レースが国民的エンターテイメントなのだから、アニメや漫画が割りを食ってしまったとでも解釈する。

 

「よし、全身は問題ないわ、あとは、髪と尻尾にブラシをかけるわ、一流の手入れで、走る前からファンを魅了するのよ」

「オッケー」

 

 キングヘイローは私の正面から、後ろへと回る。すると、彼女は

 

「……それにしても、改めて見ると、貴女の言うように…スッキリしてるわね…今日のメンバーの勝負服と比べてみると、シンプルさと斬新さを感じるわ」

 

 と呟いた。 

 

「前のと比べて、普通のボタンをスナップボタンにして隠れるようにしたからね、それで素材も工夫したから、空気抵抗が少なくなって、走りやすくなったよ」

 

 私の勝負服は靴を変えただけではない、ジャケットのボタンを表に出ないようにして、素材も鮫肌の空力特性の良いものへと変えた。足回りも現状では最高のものを備えている。

 

「…私達のスピードだと、あまり効果は無いと思うのだけれど…」

 

 キングヘイローは、私の勝負服の効果に疑問を呈する。私達は人間より遥かに速いが、サーキットをグルグルする車じゃないので、正直同感であるが、大切なのはそこではない。

 

「大切なのは気持ちだよ、故郷にイノシシがたっぷりいて、私達はそんな中でタケノコ掘りしてるって話はしたよね?」

「ええ」

「自然の恩恵を受けている以上、ある程度のラインは守ってる。でも、時には争いも生まれる」

「“われわれが常に心しておかねばならないことは、どうすればより実害が少なくて済むかということである”…ということね…」

 

 素晴らしい、キングヘイローめ、マキャヴェリズムが板についてきたな。

 

「うん、左手が使えなくなった時*1は右手、それが無理なら足、それも駄目になったなら頭突きを使ってでも、相手を倒す…私はそんなふうに鍛えてきた…」

「なるほど……そうやって常に備えを怠らない、常在戦場の心が、貴方の勝負服づくりに表れていて、レースに集中することに、一役買っているということね」

「そう、そういうこと。それでね、今私が思っているのは、その心が、ちゃんと皆や後輩たちに伝わってるかって事なんだよ」

 

 私は、髪の毛にブラシを掛けていくキングヘイローに対して、そう言った。

 

 私は前世、教師になろうとしていた。親がそうだったからそのための勉強や対策もやりやすいだろうという、単純明快かつ軽率な理由である。

 

「……少なくとも、私には伝わっているわ、いや…私にも、その心が“備わった”というべきかしら?貴女たちにと共に学び合ううちに…ね、だから、自信を持ちなさい、それが、貴女が、自分を目標とする者達にできることなのよ」

「…………」

 

 だが、このキングヘイローからこの言葉を引き出せたということは、前世の経験も無駄にならなかったということである。

 

 ただ、人をあるべき姿に導くための教育を、私の破壊のために用いているのは、いささか滑稽ではあるが。

 

 まあ、医師が薬の適量と致死量を熟知しているように、あることのプロは大抵その反対の道にも通じているのだから、本来の目的とは真逆の使い方をしてもセーフである。そもそも破壊は違法じゃない。俯瞰して見ると、レースの結果に付随するものに過ぎないからである。

 

 私がそんなふうに考えていると、キングヘイローが手を止めた。

 

「さて…容姿の方は、こんなところね、ねぇ、今、恐らく、緊張しているでしょう?こういう時に、メンタルを維持する方法があるから、伝えておくわ、ツルさんに教えておいて、貴女に教えないのは不公平だものね」

「…メンタルの維持…」

「要はイメージよ、自分の姿を、思い描いて、それをレースの時にも、きちんと頭の中に置いておくの。…私は、貴女達と共に走り始めてから、一流のウマ娘として大成した姿を、いつも頭の中に描くようになったわ、それも、その姿を明確にするの、どんな表情で、どこでそうなっていて、周りには誰がいるか……そんな事を考えてね。夢はあれども、そんな細かいところまで自分の姿を想像している人は、中々いないわ」

「そうすると…どうなるの?」

「どんな状況でも、決して首を下げない、不屈の心を得られるわ」

 

 ああ、なるほど、そうなった原因がわかった。ダービーの後に“本当の負け”について彼女に教え、部品だの何だの言った時に、彼女は“自分の最悪の姿”のイメージを作ったという事だ。

 

 それで、その経験を、自分が前を向いて進むのに活かしたということか。

 

 私は、自分の破壊のビジョンを描けてはいるつもりである。だが、それはあくまで長期の視点、日常的にモチベーションが下がらないようにして、レースに備えるためである。一方、キングヘイローはそれを短期的な視点、つまりはレース中に使うのだ、良い考えだ。

 

「すぐに考えるのは、難しいかもしれないけれど、夢を叶えた姿を想像することは、勝つための大切な一手よ。頑張ってね、クロさん」

「ありがとう、キングさん」

 

 私はキングヘイローに送り出され、控室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今年を締めくくる大一番、有記念に挑む14名のウマ娘達が、決戦の舞台へと向かいます。強力なウマ娘が揃った舞台に、スタンドにいる観客の熱も大きく上がっています、グランプリの栄冠に輝くのは、果たしてどのウマ娘になるのでしょうか?』

 

「戻ったわ」

「クロとツルはどうだった?」

「気合い十分よ、心配には及ばないわ」

 

 スタンドでは、銀翼のウマ娘達が、レースの観戦準備を整えていた。

 

「……」

 

 アグネスワールドは、神妙な顔つきで、出走表を見つめている。

 

「ナナイロコマンダーは多分差し…メジロブライト先輩は追込……」

 

 エアジハードは、各ウマ娘の戦法を予する。

 

「……」

 

 一方、サポートウマ娘達は、しきりに周りをキョロキョロと見ていた。

 

「…どうしたの?」

 

 その様子を見ていたキングヘイローは、声をかける。

 

「海外のヒト…それもウマ娘が多い気がするんだよ」

「多分、偵察じゃないかと」

「同じ事をやっている方は、目を見ると自然にとわかります」

 

 キングヘイローの質問に、メレンゲジョセフ達はそう返答する、キングヘイローは、自らも少しばかり周囲を見回した。

 

「……確かに…多いようね……アベイ・ド・ロンシャン賞、凱旋門賞、ジャパンカップの結果…いえ、それだけではないわ、恐らく、今までの国内のレースのデータも見て、日本のウマ娘の強さは、多くの国の知るところとなったということね……私も…いつかは…」

 

 キングヘイローは、そう呟いた。そして、サポートウマ娘らの予測は当たっていた。フランスでのアグネスワールドとエルコンドルパサーの奮闘、そして、スペシャルウィークのモンジュー撃破の情報は、雷のように世界を駆け巡り、アメリカやヨーロッパなどのウマ娘レース界が、日本のウマ娘への興味を強めるきっかけとなっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさか、グランプリの大舞台に立てる日が来るだなんて、ちょっと前までは思いもしなかったよ」

 

 歩いていた私に、ツルマルツヨシが話しかけてきた。

 

「ツルちゃん」

「…クラシックレースに出られなかったのは、今でも悔しい……“3冠ウマ娘”……ルドルフ会長みたいな活躍をしたかったし、クラシックレースに立つことは、小さい頃から夢見てたから…」

 

 恨むのなら、自分の運命を恨んでくれよ。それかあの噴水の三女神とやらを。

 

「『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』……一生に一度の舞台に、一つも上がれなくて…」

 

 …この言葉を聞くと、私はかなり危ない橋を渡ったのだと感じる。

 

「でもね、その夢は叶わなかったけど、クロちゃんやトライブ先輩たちに出会って、仲良くなっていくうちに、新しい夢がすっごくおっきく膨らんだんだ」

「…」

「私は…頑張って、追いついて、絶対に輝いて見せる、羽ばたいて見せる、それで、勝ちたいって!」

「……」

 

 私は頷きつつ話を聞く。

 

「これは…クロちゃんがあの時に私を助けてくれたおかげ!私を誘ってくれたおかげ!私に夢を見せてくれたおかげ!……だからね、今日のこの一瞬を、精一杯走るよ!!」

 

 ツルマルツヨシは、こちらに顔を近づけ、そう言った。

 

「うん、私も…このレースを全力で走る!この身体で、この心で、ツルちゃん達との真剣勝負…楽しませてもらうよ」

「うん!それじゃあ…先に行ってるね!」

 

 ツルマルツヨシは、頷いて、歩いていこうとした。しかし、突然振り返る。

 

「…あっ!忘れてた…クロちゃん…翼のため!」

 

 ツルマルツヨシは、笑ってそう言った。そうか、自然と出るほどに、しっかりと染み付いたようで何よりだ。

 

「うん、翼のため」

 

 だから私も笑顔でそれに返した。

 

 さて、私も行こうと思い、目を閉じて深呼吸をしたときである。

 

「クロウさん!」

「…!」

 

 振り返ると、ハイカラな勝負服を着たウマ娘、テイエムオペラオーが立っていた。

 

「気合が乗っているその姿!正しくボクの相手に相応しい!でも、勝ちはキミには渡さない!この中山を彩るのは、銀の翼ではなく、ボクの輝きだ!」

 

 テイエムオペラオーは、そう言った。私に向けての宣戦布告か。というか、今まで話したこと無いぞ。

 

 だが、こう啖呵を切られた以上は、こちらも反応してやらねばならん。

 

「ありがとう、オペラオーさん、でも、今日の私の翼はね、一味違うよ、今の私の翼は…“鉄とボルト”で出来てるもの…さしずめ、“マスタング”と言ったところかな…」

 

 マスタング、これはダブルミーニングである。1つ目はアメリカにいる独立心に富んだレイヨウ類の通称、2つ目は航空機の名前だ、橋やら飛行場やらサバニ*2やら汽車やらを襲っていた映像を見たことがある。破壊者である。

 

「マスタ……良くわからないけれど、キミも進化しているということだね!良いレースにしようじゃないか!」

 

 テイエムオペラオーは、先に歩いていった。私はついて行かなかった。グラスワンダーが来ていたのを感じたからである。

 

「グラスワンダーさん」

「…私はこれまで、貴女に驚かされ続けてきました。宝塚記念を始めとしたレース、ツルちゃん、キングちゃんを仲間とする手腕、後輩達への指導、サポートウマ娘との深い協力関係…ですが、そんな貴女を、良く思わないウマ娘がいるのも、事実です」

 

 まあ、そうでしょうね。マイノリティーだとは思うけど。

 

「……」

「ですが、私は貴女の中に熱意のある、全力の姿を見ました。そんな貴女を超えたいという思いが、私の中では燃え盛っています…そして、私が今日、その背中を追い抜かせて頂きます、正々堂々、真剣勝負です」

「こっちも全力で、やらせてもらうね」

 

 彼女はこの前私を遊びへと誘ったのだが、そこでどうやら何か得るものがあったらしい。あの話は私にも有益だった。というのも、絶対に勝たなければならないレースである以上、身体強化や調整に力を注ぐ時間が多くなりがちだったからである。向こうの頭の中を覗けたので有益な時間だった。

 

 彼女は真っ向勝負で私を倒すらしい。だが、彼女は武士道精神というものを勘違いしている。武士道はそんな清いものじゃない。

 

『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』

 

 これが武士道精神である。“朝倉 滴(前世の私)”の遠い遠い先祖である、朝倉宗滴が示したものだ。

 

 この精神のもと、私は戦ってきた。犬と言われても、畜生だと言われても、勝たねば意味がない、ウマ娘レース、それも破壊したいのなら特に。

 

 私は頬をパンと叩いて気合いを入れ、パドックへと向かった。背中にスペシャルウィークの気配を感じながら。

 

 

 

 

『中山メインレース“有記念”に出走するウマ娘たちが、ターフに姿を現しました!』

 

 “彼女”ら出走ウマ娘が出てきたことを実況が伝えると、スタンドの熱気は高まる。

 

『次の時代の主役は私だ!テイエムオペラオー!胸の奥に秘めるは熱きプライド!メジロ家屈指のステイヤー、メジロブライト!このウマ娘に諦めの文字はない!羽ばたく翼を得たウマ娘、ツルマルツヨシ!帰国子女の可憐な栗毛、しかし心に宿るは大和魂!不屈の闘志を滾らせる怪物、グラスワンダー!日本中の夢を背負い、見事に勝利を掴んだ“日本総大将”スペシャルウィーク!』

 

 実況がウマ娘たちを解説していき、それぞれのウマ娘たちのファンからは声援が贈られる。

 

 この場にいるファン一人一人の心の中に、応援しているウマ娘がいる。

 

「……」

 

 そう、ファンは一人一人、夢を持っているのだ。

 

 “彼女”の人気がいくら上がろうとも、その事実そのものは変わらない。

 

『そして、ここまで全戦全勝、独自路線を貫き通す、智謀に溢れし、石見の烏天狗!マヴェリッククロウ!!』

 

 それが分かっているからこそ“彼女”は、注げるだけの力を、注いできたのである。

 

『ウマ娘達がゲートへと向かいます!!』

 

 レースに勝つために。

 

 多くの人々を魅了するために。

 

 そして、それらをもって、破壊をするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘達が、次々とゲートに入っていく。ファンは落ち着き、それを見守る。

 

『年末の中山で争われる夢のグランプリ、有記念!あなたの夢、私の夢は叶うのか!』

『どのウマ娘も気合十分、熱いレースとなりそうです』

『各ウマ娘、ゲートイン完了、出走準備整いました、勝つのはどのウマ娘なのか!?』

 

 ガッコン!

 

『スタートしました!!流石選ばれたウマ娘、出遅れた娘は居ません!まずは先行争い、おっとここでゴーイングスザクが強引に行きました!ゴーイングスザク先頭!』

 

(よし、スタートは成功)

 

 “彼女”は予め決めておいたポジション、最後尾へとつく用意をする。

 

『2番手はダイワセンシュウ、後方からフサイチエアドームが覗いている、さらにナリタトップロードもタイミングを伺う!さぁ、注目のウマ娘、グラスワンダーが後方から3人目から4人目、スペシャルウィーク、マヴェリッククロウは並ぶように最後方に。』

 

 しかし、その考え方はスペシャルウィークと被っていた。

 

『中程にはツルマルツヨシやステイゴルディオンが位置、テイエムオペラオーは5番手ほどで最初のスタンド前へと入っていきます!』

 

(よし、思い通りの場所に入れた。ここから慎重に…慎重に…)

 

 一方ツルマルツヨシはポジション取りが上手く行き、冷静にレースへと臨む。

 

「行けー!スペシャルウィーク!」

「グラスワンダー!あのカラスに勝ってくれー!!」

「マヴェリッククロウ!今回も優勝してー!!」

 

 まだレースは始まったばかりである。だが、スタンドの熱気はどんどんと高まっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 紅く彩られた勝負服、スペシャルウィークは私の横のままである。

 

少し目をやり確認する。走りから見て、完璧な仕上がりだ。

 

 ただ、これを気にしすぎて自分の事を考えていなければ、私の計画はパーである。

 

『中程にはツルマルツヨシやステイゴルディオンが位置、テイエムオペラオーは5番手ほどで最初のスタンド前へと入っていきます!早めのペース!』

 

 スタンド前、ここの坂は久しぶりだが、こんなのは平地と変わらない。だが、油断しない。ここで転んでコースを荒らす奴も居るかもしれないからである。前を警戒しつつも直線を利用し、グラスワンダーを観察する。

 

 こちらも仕上がりは申し分ない。

 

 筋肉量が増えているから、推進力には余裕があるだろう。宝塚記念の時とは別物である。

 

 彼女をメインターゲットに据えるのは、今回が初めてである。去年はオンワードトライブとやりあい、宝塚記念はアサヒクリークとの対決がメインだった。

 

 そして、今日は彼女とスペシャルウィークのダブルなのだ。

 

『先頭を走るのはゴーイングスザクとダイワセンシュウ、続くのはナリタトップロード、イン側にシンバルゴールディ、続くのはサーチベアベール、内内突いてスエヒロデストロン!』

 

 さて、コーナーが見えてきた、“自然体”を少しだけ解除だ。

 

 

 

 

 今回、スペシャルウィークは“彼女”と同じく、最後方からレースを進めていた。それは、ウマ娘の動きを見やすくし、仕掛けのタイミングのミスを無くすためであった。

 

『中程にはツルマルツヨシやステイゴルディオンが位置、テイエムオペラオーは5番手ほどで最初のスタンド前へと入っていきます!』

 

(差しかと思ったら…これ…あなたは、そうやって、脇から見ている人なんですね)

 

 スペシャルウィークは横を走る“彼女”を見る。そしてスペシャルウィークの考えは単なる勘違いである。追込は“彼女”の立派な作戦だった。ただ、それは“このレース”において、重要なポイントではない。 

 

 

 

 

(……なるほど、クロさんにマークされていますか)

 

 同じ頃、グラスワンダーは後ろを確認して“彼女”が、自分を観察していることを確信した。

 

(…ですが、そうしてくだされば、こちらも闘争心が高まるというもの、真っ向勝負を受けて立つ準備は、整っています)

 

 グラスワンダーは、再び前を向く。勝負事には他人よりも上の負けん気を発揮する彼女は、マークされることは予測済みである。そして、“彼女”との交流で精神も前向きとなっていた。それ故、むしろかかってこいという心意気であった。

 

 

 

(今の所は順調…よしっ…)

 

 ツルマルツヨシは、当初の予定通りにレースを進めていた。

 

(鍛えてきたメンタルとスタミナ…そして末脚!だから、やるべきことは、それをなるべく残していくだけ!)

 

 他のウマ娘の動きを伺いつつの堅実な走り、これを身に着けたツルマルツヨシは、間違いなく、このレースの優勝候補の一人と言えた。

 

 

(この急坂…一度ではなくて二度も…!)

 

 テイエムオペラオーは、坂の負担を考えつつ走っている。

 

(スタミナはきっちりと管理する、そしてボクは、絶対に勝つ、そして…アヤベさんの新たな目標になって、トップロードさんを加えて…3人で競い、ボクが勝ち、時代を変える!)

 

 テイエムオペラオーの勝利への願望は大きかった。彼女には現在意気消沈して抜け殻のような状態となっているアドマイヤベガに道を示し、それにナリタトップロードを加えた3人で競い合う、新たな時代を作るという夢があったからである。

 

 

 

 

 

 

『ファレンボルト、そしてメジロブライト、去そしてためて最後方からいくマヴェリッククロウとスペシャルウィーク!レースは第1第2コーナーへ!!』

 

 コーナーに入ってしまえば、自然体である。レースも中盤、おかしな動きをするウマ娘はいないが、油断は禁物である。

 

 向正面が見えてきた、だが、直線だからと言って前との距離を不用意に詰めればアウトである。真後ろにいなければ、前のウマ娘が切った風が直撃し、スタミナを少しずつ、ジワジワと奪っていくのだ。

 

 

 

『レースは向正面に差し掛かろうとしています、先頭は、ゴーイングスザク、外からはナリタトップロード、そしてダイワセンシュウ、さらにシンバルゴールディ、サーチベアベール、アウト側からテイエムオペラオー、インにスエヒロデストロン、続くのはステイゴルディオン、ツルマルツヨシ、ユーセイトップス』 

 

「ツルもクロも、トラブル無しで向正面を迎えたみたいだな」

 

 双眼鏡で様子を伺うサクラナミキオーは、安心しつつも、油断はしないといった表情で向正面を見る。

 

『後方にはメジロブライト、アウトコースにはグラスワンダー、ファレンボルト、マヴェリッククロウとスペシャルウィークはまだまだ待機だ!!』

 

「…皆、空!」

 

 そして、その直後、エアジハードが声を上げた。

 

「……これは…!」

「……雪!」

「それも多いわ、冷たい分目に入ると面倒なことになるわね…」

 

 キングヘイローは難しい顔をしてそう言った。ウマ娘は、走る際に当然体温が高まるため、身体に雪が当たったところで問題はない。しかし、目は別である。雪は周りの熱を奪いつつ溶けるため、目に入ると閉じざるを得なくなるのである。

 

『ここでスペシャルウィークが動いた!動いたぞ!日本総大将が動いた!』

 

「待ってください!雪じゃ…無くなりました…」

「こんなことが…」

 

 しかし、どういう訳かその雪はすぐに変化した。

 

 

 

 

「It isn't snow!!」

「What!?」

 

(……スペちゃん、どうか、無理だけはしないで)

 

 一方、別の場所では、サイレンススズカが、スペシャルウィークが無事に帰ってくることを祈っていた。

 

 

 

 

『第3コーナーカーブ!!先頭変わらずゴーイングスザク、続くはナリタトップロード!』

 

(大丈夫…大丈夫)

 

 スペシャルウィークは、直前に振り始めた雪を気にしていなかった。“彼女”を倒すことに集中していたからである。

 

(私…二人のお母ちゃん…トレーナーさん、スズカさん…いや…皆が私に夢を見てる…だから…わたしは…あの人を倒す…絶対に…絶対に!!)

 

 もしここに“彼女”と同じ世界から転生した者がいれば、その人間は必ず、スペシャルウィークを“サラブレッド”と呼んでいただろう。

 

 それほど、今日のスペシャルウィークは“彼女”を倒すため、トレーニングを積み、感覚を研ぎ澄ませ、身体をジャパンカップの時から更に絞った…

 

『ここでスペシャルウィークが動いた!動いたぞ!日本総大将が動いた!』

 

 勝つことだけを考えたウマ娘だったのである。

 

 そして、レースだけでなく、天気にも変化が起きていた。

 

 

 

『ここでスペシャルウィークが動いた!動いたぞ!日本総大将が動いた!』

 

 スペシャルウィークは動いた、だが、まだだ。

 

『ここでグラスワンダーも続いた!タイミングを見計らっていたか!?』

 

 グラスワンダーも行ったか…あともう少しだ、今じゃない。私も仕掛けるはずと、他のウマ娘は警戒している。少し待って、その張り詰めた気が緩む隙を突く。ブロックされてなかなか出れないというのはごめんだ。

 

 邪魔無しの真っ向勝負に持ち込まなければ、このレース、白星は取れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが…予想外の事態が起きた。

 

 ピシッパシッ…

 

『何とここで霰が振り始めました!!』

 

 “霰”が降ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウマ娘の動きは乱れる、おまけに痛みと冷たさで集中力は削がれる…これなら、先に出て少しでもアドバンテージを確保した者が有利だな…」

「ああ、スペシャルウィークとグラスワンダーが断然有利、マヴェリッククロウの無敗も、ここでストップだな」

 

(苛つきますわね…勝負はまだ終わってませんのに…)

 

 憤りを覚え、傘の持ち手にヒビを入れたのは、アサヒクリークである、彼女は、次の戦いのヒントを得ること、そして、“友人”である“彼女”を応援するため、ここにいた。

 

「…」

 

 アサヒクリークは、周囲を見る。

 

(…海外のウマ娘は…この変化には相当驚いている様ですわね、確か、噂によればモンジューやイタリアのトニビアン…トレビアンでしたっけ…まあ、世界の有名なウマ娘がこの勝負を見ているとのこと…彼女たちも驚いて居るのでしょうか…)

 

「さて、このように…戦況は、貴女には不利ですわ……ですが、窮地に追い込まれた時こそ、貴女の真骨頂が発揮される時……見せてもらいますわよ…クロさん…!」

 

 アサヒクリークは、“彼女”の底力を信じ、手を握りしめた。

 

 

 

*1
主人公は普段は左手を使う

*2
沖縄地方の伝統的な漁船





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キャラクター紹介 オンワードドライブ

ナリタブライアンの同期のウマ娘、戦績の関係でドリームトロフィーリーグに進むことなく、トゥインクルシリーズで戦ってきたウマ娘。屈腱炎と呼ばれる脚部の異常を抱えていた関係で、サポートウマ娘とのつながりが深かった。秋の天皇賞にて勝利するが、世間の目はサイレンススズカに向いていたことと、自分の心の異常を感じ取ったことで引退を決意、有記念で主人公に敗北した後、引退して故郷へと帰った。

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