彼女が蹄鉄について語った時、正直私はホッとしました。
ウマ娘と蹄鉄の相性は、良いレースをするためにも、故障を防ぐためにも、とても重要であるというのは、私達ファンにとって周知の事実でした。
「これで、彼女も完璧ではなくなる」
そんな認識が、私達ファンの間で広がっていました。
彼女は、強化しすぎた自らの力によって『イカロス』となってしまった…
そういった風に私達は解釈し、自分達の応援するグラスワンダーに大いなる期待を寄せたのです。
──グラスワンダーのファンの回想より。
『マヴェリッククロウ!差した差した!』
「………!」
『しかしアサヒクリークここで差し返しにかかる!』
「どうです!?」
アサヒクリークは、まるでワープをしてきたかのように、私の横へと、再び躍り出る。
アサヒクリークの顔が横に迫る。私が飛び込んだのは、向こうの得意距離、自らキルゾーンへと入っている。
差したいう感情からくる一瞬の隙、そこに、アサヒクリークは齧り付いてきた
ただ…
「まだまだ!!」
「!!」
こちとら、余力を残してきたのだ。そちらの寄手を、ゴリ押しで突破できるぐらいの。
『ここでマヴェリッククロウ、再び差した!その勢いのまま突き放しゴールイン!!』
私はボードを見る。再びのレコードタイム。このためにわざわざ、私のレースのルーツであるダートを走ったのだ。そもそも、ルーツを疎かにする者に良いことが訪れないことは、歴史が証明済みである。
まあ、ともかく、これでまた一つ、私の影を残せる。
後ろを振り返る。アサヒクリークを破壊できたのか確認するのだ。
彼女はボードを見て立ち尽くしていた。仕方ない、先に地下道に戻り、待つとしようか。
私はお辞儀をして、地下道へと入った。
私がいなくなったことは、向こうはすぐに気づいたようで、すぐにこちらを追いかけてきた。
「また、貴女に勝ちを取られてしまいましたわね…二月の東京、町を包む硝子色の雪、貴方に挑むのには、最高の舞台でもありましたのに」
「……」
二月の東京、そして雪……確かに、何かを成し遂げれそうな雰囲気がある。
いや、おいおい、待て、それって失敗しただろ。天皇陛下が激しい怒りを抱かれた数少ない例だぞ。
まあ良い、さあ、その真剣な顔の中に隠した感情を吐き出せ。
「…ですが……」
「……?」
「…最っ高に、楽しいレースでしたわ!貴女との獣を相手取るかのような駆け引き、そちらの眼を覗き込めるほど近づいての競り合い……貴女との戦いは、本当に、飽きないものですわね!」
私が受け取ったのは、感情の爆発ではあったのだろう、ただ、ベクトルが反対方向だった。
戦闘狂お嬢様、アサヒクリーク…どうやら彼女は、本番で最高のパフォーマンスを発揮し、それでもって強い相手と戦えれば、それで満足なのだろう。
「…不思議そうな顔をしておいでですのね」
「…」
「もちろん、私だって悔しい気分が無いわけではありませんわ、ですが、私はそれ以上に…貴女と闘う事が楽しいんです。全身の血が沸き立ち、尻尾の毛は逆立ち、耳は常に直立不動……そして貴女が冷静にレースをする中で、稀に見せる、獣のような走り…楽しくないわけ、ないですわ!」
「…虎みたいだね」
「トラ…?なら、ティラノサウルスと呼んでくださいまし!」
「…わかったよ、ティラノサウルスのアサヒクリークさん」
普通のウマ娘は、走り、そして競う事が大好きである。これは本能である。
一方のアサヒクリークは、この本能が強いで片付けてしまえるかというと、そうではないと私は思う。
彼女の本能は、走る・競うというよりかは、闘うことそのものを楽しむことに重きが置かれているようなのだ。スポーツではなく、ファイトやコンバットの類ということである。
だから、普通のスポーツでは見られない、私の瞳が覗き込める位近づいてくるというようなリスキーな戦法も使うし、グレーな手にも出る。
そして、負けた悔しさよりも、相手がどのようにして自分を楽しませたのか、ならば、次自分はどのようにして戦えば、楽しめるのか考えているのだ。
しかし、その楽しみは、闘っている時にしか獲られない。だから、彼女を破壊できるのだとしたら…それはきっと、闘えなくなった時なのだろう。
「ねぇ、アサヒクリークさん。私との闘いが楽しみなのは、すごく嬉しい。だから思うんだ…」
だが、私は彼女に対し、シンパシーを抱いている。
「もし、あなたが走れなくなったら。もし、私が走るのをやめたら……その時のこと、考えてる?」
「……!」
だから、立ち直るヒントだけは、言っておくことにした。
「良いレースだった、ダートでの感覚が失われていないようで、安心した」
「地元にある潰れたレース場がダートだったからね、この感覚が無くなることはないと思うよ」
「そうか」
白子はそう言ったものの、話を切り上げる様子は無い、何か話したいような表情である。
「どうしたの?」
「悪いニュースが一つある」
「悪いニュース…?」
何だろうか、レースや学園でトラブルは起こしていないんだが…
「単刀直入に言おう、候補に入れていた春の天皇賞、これは回避してもらう」
何故?
「どうして?」
「有馬記念、君は落鉄していただろう?」
「うん」
「あのあと、私は君からシューズを預かり、細かく調べさせてもらった。そして、わかったことが一つある。」
………
「現状の技術が、君の力に追いつかない」
そういうことか。
「……」
「蹄鉄をシューズに固定する部分…ここが君のパワーに耐えられないのだよ、今日のようにダートであったり、短い距離ならば耐えられるが、それ以上となると怪しくなる」
「もっと強い材質は無いの?」
「あるにはあるが、重くなる」
「重くなるとどうなるの?」
「今の君の肉体は、私が設計した足回りに基づき、最適化されてある。蹄鉄を重いものに変更すれば、走れなくなるということは無いが、少なくとも機敏には動きにくくなるだろう」
なるほど。
「他の人をあたったりはした?」
「工学部出の友人が多い富士田トレーナーを頼り、蹄鉄に転用可能な軽量高強度の合金は無いか調査してもらった。だが、結果はノーだった」
「……」
「……チタン系の合金にセラミック系の素材を複合させる事ができれば、強度が飛躍的に向上する可能性があるのだが、精巧さと強度の両立が…」
「今のところムリなら、間に合わないよね?」
タラレバは良い、声色で判る。というか何で金属に陶器系の材料を混ぜるんだよ、セラミックだと割れやすいだろ。巡視船とかに積んでるマシンガンとか戦車砲みたいなのに耐えられるとかなら凄いけど。
まあ………白子もかなり悩んだということか……
「……取り敢えず、一旦学園に戻るとしよう」
白子の言葉で、その場はお開きとなった。
「………」
寮へと戻った後、素早くシャワーを浴びてベッドに倒れ込む。
「………まさかこんな事が起きるなんて……」
予想外だった。
あの足回りは、私用に最適化されている。
私の体とアレがあることで、私はドッグファイトみたいに機敏に動くことができるのだ。
つまり、普通の蹄鉄よりもだいぶ酷使されている事となる。
まさか、自分の力の伸長が、技術を追い越し…
自分の選択肢を破壊してしまうとは、思わなかったのだ。
「……いや」
できるだけ抗ってみよう。
ニホンザルとて、止め刺しの刃を掴んだりして、抵抗するのだから。いわんや人間をや。
私は白子に電話をかけることにした。
『私だ』
「蹄鉄の件、今のまま走るとどうなるの?」
『蹄鉄が持たず、落鉄が起きる、君の走りは強い、それ故……』
「オーケー、まあ、飛んでったのが、他のウマ娘に当たるかもってことだよね?」
私は破壊したいが、それは、偶然がもたらすものではない、綿密な策略と用意周到な計画に裏打ちされたものである。
だから、サイレンススズカの時のように、偶然事故が発生するというものは、望んでいない。それに、もし観客席に飛び込んでみろ、大変なことになる。
『そう言うことだ』
「……じゃあ、明日から、蹄鉄の限界がどのぐらいで来るのか、テストしないといけないね」
今の私ができることは、このぐらいである、要は宝塚記念の距離を走り終えるまで、蹄鉄が持てば良い。
まずは確かめる、話はそれからだ。
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「……そこっ!」
私はその次の日から行動を開始した、ツルマルツヨシを伴い、全力の併せを行ったのだ。1000mから、段々距離を伸ばしていく、何日もかけて行う実験である。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
「まだまだ!」
ピッ
今は2000mである。
「…」
そして、終わった後はシューズを白子に預けてバラしてもらい、具合を見てもらう。
「どう?」
「ギリギリ許容範囲といったところだろう、だが、対戦相手が増える本番では、不安となるな」
「じゃあ、2000m以上はムリってこと?」
「…そうなるな」
「…………」
グシャリ ビシャッ
「クロウ君、よせ」
「…クロちゃん!落ち着いて、水筒!水筒!ひしゃげてる!」
ツルマルツヨシが慌てて、私の眼の前に出てくる。
「クロちゃん、落ち着こう?ね?」
だが、イラつかない訳が無いだろう、こちとら長期的に計画練って、作戦も大まかに決めてたんだ。だが、確かに、そちらが、言うことも最もだ。
「……2000m以上が不可能ということは、そこまでの距離であれば、今までと変わらない走りができるということだ。クロウ君、どうする?」
白子はそう聞いてくるが、答えは決まっている。というか、そっちもこっちに選択肢なんて無いのは承知済みだろうに。
「私は四連覇を狙う。作戦を一から考え直すことになってもいい、それでもやる、夢だから」「……よし、君の意志は、しっかりと聞かせてもらった、では、まず有馬記念での落鉄の原因が、君の力で蹄鉄が壊れてしまったことであり、蹄鉄を変える必要があることを宣言しよう、気持ちを切り替えて、トレーニングに集中するという事だ」
「分かった……悔しいけど、そうするしかないね」
私達は、蹄鉄の件について、やれることはやり尽くした。白子の言う通り、切り替えて備えることが、やるべきことだと言えるだろう。
フェブラリーステークスから数日後、グラスワンダーのトレーナー室では、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、スペシャルウィーク…即ち黄金世代のトレーナーが集まっていた。
「皆さん、協力を申し出てくださり、ありがとうございます…でも、良いのですか?皆さん、担当もいて、それぞれ予定があるのに、わざわざ僕とグラスに…」
グラスワンダーのトレーナーは、集まった同期たちに問いかける。
「エルは少しずつトレーニング量を増やしてるわ、それで今日は休養日、だから私は大丈夫」
「スカイから許可をもらってる、あいつ自身も、できることはやってくれるそうだ、問題ない」
「今、スペは何も出来ない…だが、僕は行動を起こすことは出来る。だからここに来た」
同期たちはそれぞれそれに答える。
「…皆さん、ありがとうございます…!」
「礼には及ばないわ、だって私達、同期じゃない?協力し合えば、一人では見えてこなかったものも、きっと見えるはずよ」
「……銀翼のウマ娘は、見えない所で、着々と力をつけてきた。それも、俺たちの想像を超えたスピードで……スカイ達黄金世代の時代を、掻っ攫ってった」
「つまり…銀翼のウマ娘は、僕たち共通の壁、だから僕は、まだまだ戦わんとしている君とグラスワンダーを手伝う…全力で…!」
三人は、そう言って持ち寄ったデータを出し、グラスワンダーのトレーナーとともに分析を行う。その対象は、“彼女”のレースやトレーニング映像など、走りに関するものの殆どであった。
そして、2時間ほど経った時の事である。
「おい皆、これを見てくれ」
セイウンスカイのトレーナーが、あることに気づき、指差す。彼が示したのは、“彼女”の夏合宿の映像だった。
「これは…マヴェリッククロウが夏にやりはじめた、タイヤ押しの映像ですか?」
グラスワンダーのトレーナーは、セイウンスカイのトレーナーに、そう確認する。
「ああ、それでこっちが、やり始める前の映像だ…何か気づくことは無いか?」
「…タイヤ押しをやってる方が、疲れの色がより顔に出てる…それ以外に、何かあるの?」
「僕も同意見だ」
「まぁ…それもあるな…じゃあ、これも見てくれ」
セイウンスカイのトレーナーは、続けて秋に“彼女”が走った重賞レースの映像を開く。
「……分かりました…耳と尻尾…ですか?」
グラスワンダーのトレーナーが、映像の中の“彼女”を指差し、グルグルと強調する。
「そうだ、どうやら、マヴェリッククロウは、夏合宿でのトレーニングを境目として、変なクセがついてしまっているらしい。具体的に言うと、力を抜く時に、尻尾と耳が動くんだ、だから…こっちのレースの映像でも……」
「なるほど…コーナー前に減速をする時に、耳と尻尾が動いてる。つまり、マヴェリッククロウの走りには、無意識の予備動作が付いてしまった……という訳ね」
「ですが、一つ気になります。変なクセがついたのなら、彼女達はそれを必ず是正せんとするはずです」
グラスワンダーのトレーナーは、エルコンドルパサーのトレーナーの意見に対し、疑問を呈す。そして、次に口を開いたのは、スペシャルウィークのトレーナーだった。
「なるほど…だが、僕は、彼女達は、これを改善するのは無理だと割り切ったんじゃないかと思う。先輩の育成しているウマ娘に“エアシャカール”っていうのがいるんだが、彼女は右クリックする時に右に体が傾く癖があるそうだ。一度身体に染み付いたクセは、そう簡単に抜けることはない。それに、マヴェリッククロウのトレーナーである白子は熟慮タイプ…そんな不確定要素の解決に時間を注ぐよりかは、調子の安定や基本的な
「…確かに……あの男なら、マヴェリッククロウに影響されて、思い切った行動も選択肢に入れる可能性は大アリね」
スペシャルウィークのトレーナーの言葉に、エルコンドルパサーのトレーナーも賛同する。
「確かに……お二人の言われていることが本当の事だとしたら、有馬記念の後方待機策も…納得の行く戦法ですね」
「……今後も対戦が予想される相手であろうグラスやオペラオーに、レース中に情報を与えず、確実に勝つために、あえてああいうポジションを選んだって訳か……小賢しい奴め」
グラスワンダーのトレーナーの言葉を、セイウンスカイのトレーナーが解釈していく。
「でも、これでマヴェリッククロウ攻略のヒントは得ることができたわね」
「だが、これに安住はできない、彼女は自らの負傷も顧みず、日本ダービーで大逆転をしてみせた」
「そうだな…最重要事項は、グラスをベストコンディションに仕上げることだ、さっきも言ったように、俺達三人は、可能な限り手を貸す、そして皆で示すんだ…“黄金世代ここにあり”…ってな」
「皆さん…」
グラスワンダーのトレーナーは、目に涙を滲ませ、仲間のありがたさを噛み締めていた。
それから数日後…
「クロ先輩、先輩宛の書類を預かっています」
「ありがとう、リナ、なになに……なるほどねぇ」
アマリイグリーナは、“彼女”の表情を見て、その手元に目を向ける。
「どのような内容だったのですか?」
「春の感謝祭のソロライブと、普通の集団ライブに出て欲しいんだってさ」
「それは…大変な依頼ですね」
「…そうだね、だから、普通の集団ライブについては、後輩たちが歌うっていう代案を提示してみるよ、それで、その前座として、私が歌うのがベストかな」
「前座…?」
「もちろん、私達銀翼のウマ娘は、一人一人が自分の夢のために集まって、協力してる場、そしてこういうイベントも、それぞれの夢のためには大事なピースだと思うんだよ。だから後輩たちに、これをやって欲しいんだ」
最近の“彼女”は、レースに備えたトレーニングをしっかりとやりながらも、後輩を見ることが少しずつ増えていた。
「後進の育成という訳ですね、納得いたしました……それで、話は変わるのですが…」
「良いよ」
「耳と尻尾のこと……できる限り調べてみたのですが…やはり、一度ついた癖というのは、解消が難しいらしいです」
「…そっか……集中力が上がったら、どうなるかな?」
「超集中状態の事ですか……確かに、あれに至れば、どうなるかは分かりません。ですがあれは消耗がかなりのものであると聞いていますし、何より至るか至らないか分かりません、それならば…」
「普通のトレーニングをしたほうが良いってことだね」
「はい、それに関しては、いくつかアイデアを用意して来ました…このスケッチブックに描いてあります」
「ありがとう、早速実践しよっか」
「それと、蹄鉄が重くなった事についてですが、慣らしを終えた後は、スタートダッシュを磨くことが、肝要ではないかと思います。」
「ありがとう」
「ふむ…ふむむ……なるほど!」
そして、他のウマ娘やトレーナーからの偵察を受ける事も、増えていた。
「どうだい、オペラオー?」
「本気で勝ちに来るという意思が、ひしひしと伝わってくるよ!ボク達も負けないように、研究しないとね!」
「よし、こんな感じかな?」
「はい、その調子です、続けて下さい」
しかし、“彼女”はそれを気にせず、トレーニングを続けていく。
“勝つために…とどのつまり、破壊するために、ひたすら鍛える”
という言葉を胸に、ただ、ひたすらに、己の研鑽に励んでいるのだ。
「フェブラリーステークスは君が取り、高松宮記念はキングヘイロー君が勝利し、皐月賞では銀翼のウマ娘ではないものの、そのサポートを受けたウマ娘が入着、春の天皇賞は、ナミキオー君を抑え、ドトウ君が勝利…中山グランドジャンプも君のクラスメートが連覇……うむ、今年も順調のようだな」
フェブラリーステークスからしばらく経ち、ファン感謝祭が近づきつつある。
今年も私達の戦績は良好そのもので、銀翼のウマ娘自体の人気も衰えるところを知らない。
「頑張ってるのは、私達だけじゃないけどね」
「分かっている、サポートウマ娘の君たちにも負けず劣らずの活躍は、君にとっても大きな力となっている事は、間違いない。」
名門に仕えていた経験から、レースだけでなく、それを取り巻く世間のことについての造詣が深いアマリイグリーナと、一族を見返すためという思いから行動力のあるサトノモズレー、この二人が目立つが、様々な才能を開花させ、自信を身に着けたサポートウマ娘が、私達のサポートを行なっている。
さらに、最近はファンへのグッズの考案も行っており、段々と種類の増えてきたキーホルダーの売れ行きは良好らしい。
宝塚記念はファン投票、人気が無ければならない。そして人気は自らの走りだけで決まるものでもない、私が絡むもの、すべてを総合して成立するのだ。
「それに、この前のような事もあったのだからな」
白子の言う“この前のような事”、これは宮城の山本にある、この学園が所有しているウマ娘が静養と調整をするための施設で、フェブラリーステークスの10日ほど前に起きた火災事故の事である。
電気関連のトラブルが火元となり、施設の宿舎部分が燃えてしまったのだ。結構すごい炎だったらしい。
だが、私物等を除いた目立つ被害は、部屋に備え付けの、施設利用者の調整記録用のタブレットが8台のみである。ほとんどの宿泊者は、タブレットを持ち出して逃げたが、この8台はそうでなかったのだ。
いや、火災の時はそのまま逃げろよ、確かにタブレットに入力したデータは燃えるとロストするけど。
…まあ良い、そのような人的被害ゼロの背景には、未デビューの後輩ウマ娘のサポートにあたっていた同級生のサポートウマ娘が、そこの職員と協力して避難誘導と逃げ遅れかけていた生徒の救出にあたったからだった。
そして、新聞には乗っていないが、黄金世代のクラスのショウザスマイルが『私に構わないで!』とかいうとんでもない抵抗をしたらしい。まあ、同級生に無理やり連れて行かれたのだが。
まったく、エルマー・ゲーリング*1かよ。やってくれる、TPOを弁えろよ。
最悪の事態となり、もしグラスワンダーが、それとご対面する結果になってみろ。
流石に嗅いだことは無いが…
人間の焼けた匂いは、兵士でも嫌になるという。つまりトラウマとなる可能性が高いのだ。
いくらアメリカ人が、ステーキであれ山であれ元いた人たちの村であれ何であれ、焼くのに慣れている民族だったとしても、もし、仮に、よしんば、グラスワンダーが焼いた側の子孫であったとしても…である。
そして、そのせいでレースに挑む気持ちが打ち砕かれたらどうする?
私がグラスワンダーを倒せないかもしれないじゃないか。
流石にそれは、御免こうむる。
ただ、この件には突っ込みたいところが一つだけある。
それは…
何で重賞に出るようなウマ娘が、サポートウマ娘にパワー負けしたんだ?
ということである。
「まあ、あの施設、いつか使ってみたかったから、燃えちゃったのは残念だけどね。一人も犠牲が出なかったのは、良かったよ」
ともかく、勝ち続けるだけではいけない、それだけでは人々は飽きてしまう。絶対の強さは、人々を退屈させる時もあるのだ。
そのため、人々には新たなものを提供する必要がある、同級生の美談はもちろんその一つであるし、今度のファン感謝祭では、新たな事をやってみるつもりである。
「それで、本題に入ろう、今日は座学を施して欲しいとのことだったな?」
「そう、あなたなら分かると思って、頼らせてもらおうかなってね」
そして、その先の先まで見据えることを、私は忘れない。
「だが、君は勉強家な方だろう?」
「まあ、他人より色々やってる自信はあるけど、自分で吸収した知識を使うだけじゃ、良いものはできない気がするからね」
だが、見据える“だけ”では、私は何も獲られない。
「良い心がけだ、では、さっそく始めるとしよう、そこに座ってくれ」
私は幸福を得たい、だから、学ぶのだ。
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