今回は第44話と第45話の間の話になります。
※少しキツめの描写やオノマトペがあります。ご了承下さい。
「……」
“彼女”の朝は早い。
“彼女”は烏が動き始めるのと同じ時刻に起き、素早く着替え、外に出る。
そして向かうのは、近くの林、“彼女”はそこに、紐でスチール缶を吊るしていた。
「ふっ!!」
カキン!
“彼女”は、50メートルほど距離を取り、缶に向かい、全身を使って石を投げる。
夜明け前の時間帯は、夜目を鍛えるのには最適で、石投げは全身の筋肉を使い、不調があるか否か確認するのに最適な運動だった。
「…こんなもんか」
それを右投げでも、左投げでもある程度こなした後、“彼女”はランニングを行う、全力疾走ではない。
「おっ…結構多い」
そして、それにも、はっきりとした理由があった。
「…ホーク2…VTR1000、バリオス…の2、ケッテンクラート…………後ろから1台…少し道の端に寄せるか」
“彼女”は、ランニングをやりながら自分の視界に入ったオートバイの車種をすぐに見分けていた。これは、野生動物や自然に溢れた田舎から、そういったものとは無縁の東京へと出てきた“彼女”が、地元で養った動体視力や距離感などの感覚を絶やさないため、前世の知識を利用しながら独自に開発したものだった。
そして、それを帰省したこの日にも、実行しているのである。
「行くよ、チェダー」
「ワン!」
家に戻り、朝食を取った“彼女”は、愛犬の散歩に向かう。
「よしよし…ペースは落ちてないみたいだね、じゃあ、いつもみたいにレース場跡まで行って、そこで休憩して戻ろうか」
「ワン!」
自然の息吹を感じながら、ゆったりと歩く……身体を強化するトレーニングだけではなく、体の調子を確認・維持するルーティンを、彼女はしっかりと確立しているのである。
「チェダー、少し休憩しようか」
レース場の跡地は、運動公園となっている。周りが住宅地であることもあり、ここは地域住民が、“彼女”のように犬を散歩させたり、子供を遊ばせたり、単にゆっくりと日光浴などを楽しんだりする憩いの場となっていた。
「……」
彼女は、ベンチに腰掛け、故郷の空を見上げる。
「……クロウちゃん…?クロウちゃん…だよね?」
「…みさちゃん?」
「やっぱりクロウちゃんだ!チェダーを連れてたから……もしかしたらって、帰ってきたんだね!」
「うん、少しの間だけど」
“彼女”に話しかけた人間の少女は、名を
「クロウちゃんが東京に行っちゃってから、ホント、寂しくなっちゃったよ」
「…アハハ…お世辞は良いって、私は高津君みたいにムードメーカー的な存在じゃなかったし、美河さんみたいに積極的にリーダーになったりしなかったんだから」
「いやいや、同じ高校に進学した子、皆言ってたよ、“あの子が東京に行ってから、寂しくなった”って」
「私、そんなに大した存在だったかなぁ……」
「もちろん!だってクロウちゃん、物凄く親切なんだもん、女子だけじゃなく、男子にもそうで………勉強手伝ったり、一緒に喜んだり、慰めたり……」
“彼女”は中学生時代、目立つ事は無かったが、面倒見の良い同級生として、クラスメートからは信頼されていた。
また、前世の“彼女”も同様であった。“彼女”は基本的に、どのようなタイプの人間であっても、雑に扱うことはなかった。
そもそもそうする理由が無く、また人間関係を希薄なものにすることは損であると認識していたからである。
そのため、前世の“彼女”の周囲には、アニメ、カラオケ、兵器、映画、植物など、様々な趣味を持った人間がいた。この経験が、今の“彼女”の役に立っている事は、言うまでもない。
「……なるほど…寂しがってくれるのなら、嬉しいことこの上ないね………あっ…一つ思い出したんだけど…石上君は…大丈夫?……知ってると思うけど、私……振っちゃったからさ」
「うん!大丈夫!クロウちゃんの活躍見て“俺と付き合ってたら、邪魔になってたかもしれない”って、未練振り切ってた」
「良かった」
そのため、“彼女”に恋をする者もいたのである。ただ、恋愛に興味を殆ど持たず、身体作りを゙第一に考える“彼女”は、振り向くことはなかった。
「あっ、それでね!この間の有馬記念、皆で見たんだよ!」
「ええ…恥ずかしいなぁ…私、あの時、気合い入れすぎて叫んじゃったからさ……」
「そんなこと無かったよ!クロウちゃんの叫び、凄かったよ…なんだか……ブワッとなって…私達全員、圧倒されてたから」
「……私が勝って、嬉しかった?」
「もちろん!それ以外思うことなんてないぐらい!」
「……フフッ……ハハハッ!…それなら良かった」
(……スペシャルウィークにグラスワンダー、テイエムオペラオーにナリタトップロード……あれだけ恐れていたのに…気にもされなかったか……)
この時、“彼女”は心から笑っていた。
トラウマが植え付けられるという、“小さな悲劇が見逃される”ことも、破壊のピースの一つであると考えていたからである。
「あっ!そうだ!クロウちゃんは、いつまでここにいるの?」
「それがね……早く戻って来いって言われてるから、明日には出ちゃうんだ、午後からはお母さんの手伝いで山に入るし…」
「そっか……忙しいんだね、でも、なんだろう……不思議な気持ちだよ、クロウちゃんはスターになったけど、全然、遠い存在って感じがしない。」
「…………」
「ホントだよ、お世辞なんかじゃないって」
「……嬉しい…私、不安だったんだよ、強くなるのは良いけど、皆から遠い存在として、避けられちゃうんじゃないのかって」
「…それは杞憂、クロウちゃんは、私達にとっては夢に向かって頑張ってる、大事な友達……それは、ずっと変わんないよ」
「そっか………良かった…………私、行かなきゃ、ありがとう、みさちゃん。皆によろしく伝えておいてね」
「うん!じゃあね!クロウちゃん!チェダー…お前もクロウちゃんを応援してあげるんだよ!」
鶚と別れ、“彼女”は家へと戻る。その足取りは上機嫌だった。
「髪もしっかり結んだし、じゃあ、行くわよ」
そして午後、“彼女”は母親に連れ添われ、山に入った。なお、“彼女”の母親は、“彼女”と同じく芦毛であるが、かなりの癖毛である。
「うん………でもさ……何か、私だけ重装備過ぎない?皮のプロテクターに鎖帷子って…」
「万が一のこともあるでしょ?」
「…うん、まぁ…」
「ホームグラウンドだけど、体操しときなさい」
「うん」
“彼女”の家は、山を持っている。家族一人で使うには、広すぎるため、“彼女”の両親は土地の一部を農業や筍掘り、キノコ栽培のスペースとして貸し出しているのである。
そして、山に関連するもう一つの仕事として、それら貸し出しスペース内、また、他者の土地に出かけてのイノシシ等野生動物の駆逐を行っていたのである。
「これでよし…」
なお、“彼女”の母親自体は狩猟や猟銃の免許を持っているものの、体術や用具など、様々な面で工夫しているため、今日、“彼女”がいることは違法ではない。
「………ヌタ場、それに泥を木にこすりつけた跡……クロウ、縄張りに入るわよ…」
「うん」
「止まって……聞こえる?」
「うん、それなりに遠いけど……」
「行くわよ」
“彼女”と母親は、鳴き声の方向に、慎重に進んでいく。
「クロウ、そっちの1頭任せたわ!」
しばらく歩いた2人は、やがてイノシシの群れに追いついた。それはうり坊*1を連れており、2人に襲いかかってきたのである。
「……!なかなか素早いね……でも……」
ガシッ ボゴ
「踏み込みが足りないね」
“彼女”は、イノシシの突進を受け止めて鼻を掴み、殴る。雌にも牙はあるにはあるが、短く、“彼女”にとって、脅威度は低い。
「元気で」
ゴヂッ
それで隙が生まれたと見るや、棒を素早く叩き込み、脳天をかち割った。
「お母さん」
「こっちも片付いたわ」
それと同時に“彼女”の母親も、イノシシを片付けたようである。
「うり坊はどうする?」
「もちろん、あと、多分雄が居るはずだから、手早く片付けるわよ」
「じゃあ、いつもみたいに、捕まえて地面に10回ぐらいドンドンやるので良い?」
「ええ」
そして、“彼女”と母親はすぐに、残りのうり坊を探し、全て片付けたのである。
「クロウ!そっちに引き付けることできる!」
「もちろん!石投げるよ!離れて!」
その後、“彼女”らは雄イノシシに遭遇した。
“彼女”は石を思い切り投げつける。
「…!!!」
トレーニングによって、かなりの力を込めたスペシャルウィークの腕を振りほどくほどの力を手に入れた“彼女”である。それ故その威力は絶大だった。
石はイノシシの皮膚を貫通、イノシシは怯んだ。だが、その闘志は衰えない。
「……ふっ!!」
しかし、走りの勢いは衰えていたため、“彼女”は容易に牙を掴む事が出来た。
ボギッ ドゴッ
“彼女”は牙を折り、頭を殴る。
ズニュッ ベシャッ グリュン ゴキャッ
それと同時に、母親はイノシシの首に貫手を入れ、中から首の骨をへし折った。
「ふぅ……こんなものね」
仕事を終えた2人は、知り合いの業者に連絡し、イノシシを引き取りに来てもらった。
「……」
“彼女”らは、単に快楽のためにイノシシを駆除しているだけではない、あくまで、増えすぎて悪影響を及ぼすラインを見て、駆除しているのである。
そして、引き渡したイノシシは、肉だけでなく、皮、骨、牙等、使える部分はくまなく加工され、特産品や贈答品として用いられるのである。
「ふぅ……さて、帰って穴を掘らないと」
「そうだね」
2人は、山の中の自分たちの使っているエリアまで戻り、そこに穴を掘って、1頭だけ残しておいたイノシシを埋める。
「……我らに生命と恵みをもたらす、山よ、水よ、森よ、これからも、我ら信ずる者に繁栄を………永き旅路」
「永き旅路」
“彼女”と母親は、三女神の信徒ではない、走ることより、自然と共にあり、その一部として時に恵みを享受し、時に戦う事を選んだウマ娘達の一部である。そのため、自らが動物を狩った際は、その一部を自然への信仰、感謝の証として、還すことをしているのである。
そして、2人が唱えている“永き旅路”とは、同じ信仰のウマ娘達に共通するフレーズであった。
“彼女”が、オンワードドライブの考えた“翼のため”という、スローガンを素早く広げ、銀翼のウマ娘を統制の取れた集団とできたのも、この信仰のお陰という側面があったのである。
「…二人とも、ありがとうねぇ、あと、クロウちゃん、走るの、頑張ってねぇ」
「はい、おばあちゃんも、これからも元気で」
そして、全てを終えた後、依頼者からお礼を受け、“彼女”らは帰途についた。
少し経って、帰りの車内、“彼女”は母親の方を向いて、口を開く。
「ねえ、お母さん」
「何?」
「いい加減教えてよ、あの貫手」
「駄目」
“彼女”の母親が使っていた貫手だが、まだ“彼女”自身は使う事ができない。教えてもらっていないからである。
「ええ…」
「あんたはまだまだ力が強いだけの半人前だし、あれ、以外と難しいのよ?突き指でもして走りにくくなったらどうするの?」
「…遠慮しとくよ」
「走るのが終わったら、教えてあげるわ」
「約束だよ」
破壊を望む“彼女”だが、母親の事は、本気で親として慕っていた。
母親から学んだ多くの事は、“彼女”のレース内外での振る舞いに活かされていたのである。
そして、あっという間に翌日を迎え、“彼女”の姿は空港にあった。
「クロウ、気をつけてな、怪我だけはしないように」
「お父さんもね、釣りに熱中して、無駄遣いしちゃ駄目だよ」
「好きなように、思い切り、やってきなさい」
「うん、お母さんは無茶しすぎないようにね」
両親に見送られ、窓口に向かおうとした時である。
「クロウちゃん!」
「みさちゃん…それに…!?」
“彼女”の目には、鶚だけでなく、多くの元クラスメートが映っていた。
「クロウ!」
「今度はもっと長く帰ってこいよ!」
「私達、待ってるから」
このように、地元での“彼女”は、ただの一人のウマ娘である。離れ離れになったとしても、クラスメートにとっては、大切なメンバーの一人であった。
周囲からスターとして崇められようと、他のウマ娘から恐れられようと、これは変わらない。
「皆、ありがとう……私、悔いを残さずに、思いっきりやってくるよ」
そして、それは“彼女”自身も、そうである。
“彼女”は、これからも破壊する。破壊するために、行動する。
周囲からスターとして崇められようも、他のウマ娘から恐れられようと、これは変わらない。
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