“祝福”を歌い終えた“彼女”は、嵐のような拍手を受けながら、お辞儀をする。
「皆さん、ありがとうございました。ですが、今日の私は、あくまで前座!これから歌う後輩の皆が、皆さんをもっともっと、楽しませてくれます!ですが…私もまだまだ、後輩達には、負けられません…グランプリの4連覇という、前代未聞の挑戦…その応援を、どうかよろしくお願い申し上げます!!」
もう一度お辞儀を行い、“彼女”は幕の中へと消える。
『マヴェリッククロウさん、ありがとうございました、次はグループでのライブパフォーマンスです!お願いします!』
そして“彼女”と入れ替わるように、メイショウドトウらがステージ上へと出る。ファン達は当然、興奮する。
「お、おい…アレ…」
しかし、ファン達は同時に驚いてもいた。
「行きましょう、モズレーさん」
「オッケー、リナちゃん」
ステージ上に上がったのは、競走ウマ娘だけではなく、サポートウマ娘もいたからである。
メイショウドトウらのライブの声を聞きながら、私は自分たちのクラスの出し物の所まで戻る。
春のファン感謝祭は運動系のことがメインとはいえ、イベントはイベントである。当然テントで出店を出すことが可能なのだ。
「3つまででーす!お一人様3つまででお願いしまーす!」
「この勢いだと、全部さばけそうだな!ハルク!カッターで箱開けててくれ!」
「もうやってる!」
「マレちゃん!列の整理に人がいります!本部に連絡お願いします!」
「ラジャラジャ!!」
「あ!クロちゃん!お疲れ様!」
「ありがとう、私が呼び込み代わるよ」
私達のクラスの出し物は、前回好評だったレモネードとキーホルダー…
そして、今売りまくっているウエハースである。前世売られていたプロ野球チップスが、いちばん近いものかもしれない。というかこの世界にそれがなかったので、参考にさせてもらった。その先行販売を、ここで行っているのである。
私達は、トレーニングやレースを行う際、多くの写真を撮ってきた。データ分析、思い出づくり…目的は様々である。
そして、当然のように画角や逆光などで使わない写真も出てくるわけである。今回のウエハースは、それを有効活用するもので、後輩の意見をしっかりと述べるサポートウマ娘の発案により実現した。
普通のカードは練習姿、レアがG2以下のレース、さらにレアなものがG1レースといった感じである。なお、最大のレアカードは、アベイ・ド・ロンシャン賞を勝ったアグネスワールドの写真─現地と商店街での凱旋の二種類─である。まあ、当然だろう、彼女の功績は私達の中で一番である。
工夫として、各レアリティにアスリートとしての私達の姿だけでなく、学園内外の日常の写真も入れてある。こうすればサポートウマ娘も入れやすいし、バリエーション稼ぎにもなる。
「グッズ販売中です!!しかも、先行販売です!!」
ただ、これも、世間評価なしには成せなかったことだろう。この盛り上がりぶりは、この行動が、金儲けではなく、ファンへのサービスと捉えられている、一番の証拠だった。
「ふぅ…」
「疲れました〜」
「ランニングよりもハードだったな…」
私が戻ってから、二時間ぐらい経過しただろうか?
ウエハースは完売し、レモネードも残り2割ほどとなった。私達は休憩のため、飲食席にいたのだが…姿を見たファンからサインや握手を求められ、休憩とは程遠い時間を過ごすことになったのだ。だが、その波も落ち着き、休憩場所も会場の端っこに移し、今に至る。
「マヴェリッククロウさん!!」
すると、一人のウマ娘が、こちらに駆けてくる。あの姿は…見覚えがある。あの花束の少女だ。
「……来てくれてたんだ」
「はい!あの…ひょっとして…今、まずかったでしょうか?」
花束の少女は、少し心配そうな顔をする。
「…大丈夫、来てくれてありがとう、とっても嬉しいよ。だって、初めてのファンに来てもらったんだから」
「せっかく来たんだ、ホラ!」
サクラナミキオーが私の前をトントンとやり、私も花束の少女の方を向いて頷いた。
「あっ!クロ先輩〜!」
すると、メイショウドトウが手を振ってこちらまでやってくる。そのそばに居たのは…小学生ぐらいのウマ娘だった。手には私達のクラスが売っていたレモネードを持っている。
「ドトウちゃん、ライブお疲れ様…その娘は?」
「あ、はい!クロ先輩の所に、案内して欲しいって頼まれまして〜」
「なるほど、ありがとう、ドトウちゃん……君は…わざわざ、私に会いに来てくれたの?」
そのウマ娘は、コクンと頷く。
「そっか……じゃあ、私のレースも、見ててくれたってことかな?」
「……」
向こうは再び頷く。
「……ありがとう、今度の宝塚記念も頑張るから、応援よろしくね」
私が、向こうにそう言った瞬間だった。
向こうは、レモネードを持った手を、振りかぶった。
バシャァッ!!
「!!」
冷たい。
「何やってるの!」
花束の少女の声で我に返り、横に目をやると、花束の少女は耳を絞り、アグネスワールド達は驚いている。それから目を離し、目の前のウマ娘を見る。
「あんたが出なければ!あんたがいなければ!お姉ちゃんは勝ってたんだ!この…悪魔!ケダモノ!」
私に向かってそう言い、私を睨みつけるウマ娘の帽子は落ちていた。彼女は涙を流していた。
そういうことか。
「…ありがとう、私のために怒ってくれて、でも、大丈夫…────────さんか…強かったよ…でもね、私は負けるわけにはいかないんだよ」
「えっ…」
そのウマ娘は、握りしめていたレモネードのコップを落としていた。顔のパーツを見れば分かる。彼女と同じような特徴を持ったウマ娘が、フェブラリーステークスにいた。連覇を狙っていた。
「私はね、負けないために、対戦相手のことは、くまなく調べるようにしてるんだよ、名前はもちろん、容姿だって覚えてる。君は、あの人に目元がよーく似てるんだ。だから、もしかしたらって思ってね」
私はメイショウドトウらに大丈夫と言ってから、腰を落として目線を低くする。
「そ…そんなの…ただの当てずっぽうに決まってる!一月や二月もすれば、そんなのすぐに忘れる癖に!」
すると、そのウマ娘は再び、私に噛みついてきた。失礼な、さっきの質問で答えは出したろう。
「………」
「答えなさいよ!あんたのためにお姉ちゃんが…何人のウマ娘が…夢を……」
ほう。
「…聞きたい?───人だよ」
「!?」
私の返答にそのウマ娘は、尻尾をピンとさせ、驚いた。
「私がレースで倒したウマ娘は、顔も名前も全部覚えてる。最初に対戦した尾花栗毛のウマ娘、プリセットメモリ、芦毛のサハリアノシチー、月毛のブリッジコンプ…青鹿毛のロカルノブリエッタ…栗毛のエイシンアキレウス、鹿毛のアレンミカエル、黒鹿毛のセイウンユピテル……皆…忘れられない人達だね。」
「…!」
相手は、目を見開く。当たり前のことじゃないか、私は破壊したいんだ、対象のことをすべて覚えるのなんて、当然だ。
だから、私は、大事にしまい込んであるノートに対戦したウマ娘の“たぬき風”の絵を書いてある。
そして、部屋にぶら下げている、カレンダーや自主トレメニューを貼り付けているコルクボードの裏側には、その“たぬき風”の絵を貼り付けてある。
全員分。
アブラムシみたいに。
びっしりと。
「……もちろん、対戦したトレーナーも覚えてるよ…そうだね……君のお姉さんの菅原祐介トレーナー、同学年のウマ娘、黄金世代のトレーナーなら…スペシャルウィークの武田隆トレーナー、セイウンスカイの西谷規夫トレーナー、エルコンドルパサーの海老谷恭子トレーナー、グラスワンダーの鳥羽仁志トレーナー………」
「……覚えてるのなら…何か感じてみなさいよ!」
追求か、弱ったなぁ…まあ、罪の意識とかが最適解なのだろうが、生憎それは殆どない、なら…
「感謝とか、恩義とか、感じない訳ないよ、今、君が泣いてるみたいにね………………でも、私は、どんな事があっても、レース中には、涙は絶対に流さない」
私はそのウマ娘の頬を伝う涙を、目で追いかけていく。
レース中に涙を流す、割とあることなのだ、これが。有名なのはダービーの時のサクラチヨノオーである。
「………」
目は変わらない、だが耳は正直である。
「だって、涙で視界が曇ったら困るでしょ?それで一瞬の隙ができてチャンスを逃したんじゃ、目も当てられないからね」
そのウマ娘は…
「……化け物」
と呟いた。
化け物…か…
「……君の言葉は、間違ってはない…かな、でも…」
面白いことを言ってくれる。
ちょっと、悪戯をしたくなった。
「どっちなんだろうね?」
「……?」
私の言葉に反応し、相手は顔を上げる。
「…私は、幸せのために、ただひたすらに鍛えた。化け物みたいにならなきゃって思ってたもん。一方で、学園やメディアは、結果が出た私を評価して、二つ名を付けて、強いウマ娘だと宣伝し続けてる。ファンの人達も、期待してくれてる。君の言う、化け物を作ったのは…私?世間?どっちなんだろうね?」
私は、夢を実現するため、ただ鍛えてきた。
周囲やブン屋さんは、私の姿を見て、色々とコメントをつけ、私の印象を作り上げてきた。
どちらも、当たり前のことをやっているのだ。
夢のためには何でも実行してきた私。
無邪気な姿で何でも盛り上げる世間。
どちらも、化け物の資格はある。
「…まぁ…これは私自身も、分からないよ、でも、いつかは向き合わないといけない事だって、はっきりした。私なんかに言われても、嬉しくないだろうけど…ありがとう」
私は相手に、頭を下げた。
「……ッ…あんた…頭のネジが…何本か外れてるわよ…」
相手は、そう言って、去っていった。
花束の少女が追いかけようとしたが、止めた。特に咎めるようなことでもないからである。
ただ、水沢って東北だろうが、なら飢饉の時の人食いの話も伝わってるだろうからわかるだろ、頭のネジなんざ、誰でも外れるということぐらい。
「……ふぅ…ごめんね、皆、私のせいで、変な気持ちにさせちゃって」
相手の姿が見えなくなったのを確認した後、私はメイショウドトウらに謝る。
「わ…私は…大丈夫ですぅ………先輩、それよりも、タオルを…」
「あっ!わ…私が持ってます!」
花束の少女が、私にタオルを差し出す。そう言えば、顔と首周りがずぶ濡れだった。
一通り水気を拭き終え、タオルを顔から退けると、目の前には、メイショウドトウ以外の3人が、神妙な顔つきで立っていた。
「……」
「クロ」
「……さっきのことは、仕方のないことです、スターには、それを恨む人が、付き物なのですから……でも…」
「頭のネジのこと、あの娘は言い過ぎかもしれないけど、私…いや、私達、たまに思うんだ…クロちゃん、どこか頑張りすぎなんじゃないかって」
「重いモンを背負ってんなら、全部吐き出してくれないか?アタシ等は仲間だ、一緒に背負う」
「…私、絶対秘密にします!」
サクラナミキオーを始め、他の4人も、こちらを見た。
「わかった……簡単な話だけど、話すね」
シンボリルドルフには、この事は話した、“運命の相手とそれへの愛”についてのことである*1。このウマ娘たちは、どんな反応を見せるのやら。
「ある人が、刺激のない日常を送っていた、どんな有名な店に行っても、どんなに高いものを食べても、どんなに褒められても、決して満たされない、そんな人がね」
「でも、ある日、その人…いや、少女は草レースに出た。“一人で走るだけ”じゃなくて“他の人と走る”レースにね。それで、ひょんなことから草レースに出る事になったその少女は、運良く、勝ちを拾うことが出来た、そして、レースでの勝ち、それで、どんな事が起こるのか……それを骨の髄までしゃぶり尽くすように見ていた。そして、レースを通じて、少女は運命の相手に出会った…最も、その時の少女は、自分の気持ちに気づかなかったんだけどね」
「でも、その日に他とは違うモヤモヤを感じたのは事実…だから……解決しない訳が無い」
「その少女は行動した──今まで見向きもしなかった競技用の蹄鉄を付けて、自分を鍛えて、考えて、成長して、とにかく強くなろうと行動に移した」
「走り、飛び、自分をいじめて、苛めて、虐めて、そうやって身体をひたすらに鍛えていく、戦うためにね」
「レースなんてしたことがない、親もレースとは関係ない、だから、トレーニングは我流……上手くやれるときもあれば、そのまた逆もある、そうなったのなら、次はどう走ろう、どう鍛えよう、どう戦おうと何日、何ヶ月と考え続けた、幸い、少女の住んでたところの環境は、そういう事をするのにうってつけだったし、親のやってたことも、身体を鍛えるきっかけづくりにはうってつけだった」
「機会があれば思いついたアイデアを片っ端から試していく。そうしていくうちに、それを繰り返していくうちに──愉しくなってくるんだよ、止まれなくなってくるんだよ」
「……そして、少女は、無事にトレセン学園で、デビューできた……でも、その時、運命の相手は、少女の心の中にいた」
「…!」
「……っ!」
「!」
他の者の目が、驚愕を表すそれになる。私は、嘘は言っていない。私の運命の相手は破壊である。
そして、それは概念である。つまり私の心の中にしか、無いものであるからだ。
「うん、少女っていうのは、私…今の私が生まれたきっかけは…こんなところかな」
「……」
「…私の運命の相手は、誰も見たことがないようなレースを望んでた。だから私は誓った。“どんな事があっても、私だけの道を駆け抜けて、周囲の人があっと驚くような、競走人生を、世の中に示す”ってね。そのためにも、私は負けるわけにはいかなかった、ダービーで怪我した時も、有馬記念でベテランとやり合うことになっても、霰に降られてもね」
私は今まで、多くのものを破壊してきた。他のウマ娘の夢や精神だけでなく、ジンクスや、レコードタイムも。
そして、負けずに圧倒的な強さを“レース”で見せ続けることで、それを世間に認めさせた。
「だから、今度の宝塚記念も、負けるわけにはいかない…どんなウマ娘が、私の前に立ち塞がってもね」
「…クロ」
「クロちゃん…」
「クロ先輩…」
「マヴェリッククロウさん…」
その場の全員が、こちらを見る。
「……そして、今度の宝塚記念は、私にとって、ジュニア優駿よりも、ダービーよりも、有馬記念よりも、大事なものになる」
今度の宝塚記念は、私にとって大きな意味を持つ“もの”だ。
グランプリの4連覇と、レコードを目指すのはもちろん…私はこの宝塚記念を…
「だから、皆…観てて」
“今までの私”の集大成に、一番相応しい“もの”にする。
「グラス!出来る限り集めてきましタよ!」
「エル、ありがとうございます」
その頃、グラスワンダーの姿は、トレセン学園から少し離れた寂れた公園にあった。
彼女は出店の運営をセイウンスカイに任せ、エルコンドルパサーらとともに、会場を出てここにいたのである。
「先輩、一緒に頑張りましょう!」
「私も、頑張っちゃうわよ!」
グラスワンダーを支えているのは、トレーナーだけではない。彼女はクラスメートをはじめとした、銀翼のウマ娘にあまり良い感情を持っていないウマ娘や、マルゼンスキーのような、彼女に目をかけている先輩のウマ娘にも支えられているのである。
「トレーナーさん!説明をお願いしマス!」
「ええ……グラス、これから貴女には、もともとある反応速度を更に鍛えてもらうわ。弱点がわかったとはいえ、マヴェリッククロウは変幻自在のウマ娘……隙に限らずその一挙一動を見逃さない判断力が必要よ。まず、最初は後ろを向いていて、エルの合図と共にボールを投げるウマ娘の方を向く………そして、見えたボールが青いボールだったらグー、黄色いボールだったらパーで叩き落としなさい、他の色のボールは、全て避けること……良いわね?」
「はい!」
これは、エルコンドルパサーのトレーナーが考案したトレーニングであった。
エルコンドルパサーは凱旋門賞の時、アグネスワールドが残した最悪のバ場に飛び込み、体力を消耗した。
それは、大一番のプレッシャーと慣れない逃げで、判断力が鈍っていたからである。
そのため彼女らは、通常のトレーニングに加えて、末脚に使う体力を温存するために、判断力を鍛える事を最重要課題としたのである。
ただ、もし、仮に、よしんば…天の上から、ウマ娘達の姿やこれまでを見ることのできる者が居たとすれば、その者達は、あることを思い浮かべるはずである。
そのこととは、グラスワンダーらのこの行動は、ジャパンカップ前のスペシャルウィークのもとに、グラスワンダーらが集まったのと同じであるということである。
さらに言えば、この行動は、“彼女”らが、お互いを高め合うために団結し、アイデアを出し合い、仲間として、ライバルとして、その力を高めていった、“2年半程前のこと”と同じであるということである。
グラスワンダーは、研ぎ澄まされた精神と、とてつもないほど集中力で、この差を埋めにかかっている。
お読みいただきありがとうございます。
文章中に出てきたウエハースは私達が認識するところの「サポートカードのイラスト」をそのまま販売したものという設定です。ですので、ツインウエハースの景品の一部をイメージして頂けると分かりやすいと思います。
新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
ご意見、ご感想等、お待ちしています。
※余談
独ソ戦って、戦車の進化が凄いです。2、3年で性能が格段に進化してることがよくわかります。