転生者は破壊したい   作:ヒブナ

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第49話 -離別-

 

 

 

私は、アウターを羽織るクロちゃんの姿を見て、どうしても、ある情景を思い浮かべてしまいました。

 

それは、天人の羽衣を纏う、かぐや姫の姿でした。

 

地上の世界の記憶も、喜びも、苦しみも、全て忘れてしまった、そんな姿を……

 

彼女が一歩一歩、脚を進めるたびに、どんどん、彼女が遠い存在になっていく……

 

そんな気持ちを、私は持たずにいられませんでした。

 

 

 

──アグネスワールドの手記より。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宝塚記念が終わった。そこでは、2つの大きな出来事が起きた。

 

 一つは、私のグランプリ四連覇。

 

 そして、もう一つは…

 

 グラスワンダー、テイエムオペラオー、サイレンススズカの骨折である。

 

 まあ、何が起きたか、それは今重要ではない。

 

 宝塚記念が終わって少しの間、私は検査のために病院に連れて行かれ、異常なしと認められたものの、理事長から直々に“緊急ッ!都内にホテルを用意したので、報道が沈静化するまで待機してほしい”と言われ、一週間ほど戻れずにいる。

 

 用意されたのは高層ホテルの42階……今回の件、死人は居ないのに語呂合わせは“シニ”である。シンボリルドルフは笑わないだろうが。

 

 というか何でこんなお高いところにしたんだよ、まあ、確かにブン屋さんを欺くのには適していると思うが……

 

 宝塚記念は、今までで一番苦しい闘いだった。しかし、今までの積み重ねが実り“死にもの狂いで走る中にも、きちんと冷静さを残す”という、重要な要素は達成できたのだ。

 

 今は、それが出来たことを祝いたいのだが……まだ、やるべきことは多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロちゃん…それは、本当なんですか?」

「…まあね、私は必死に走った、でも、その走りで他のウマ娘を怪我させた。それに…私のパワーは、今の技術だと…ね…」

「………」

 

 私は許可を得て、担任を通じ、ホテルにアグネスワールドを呼び出した。

 

「でも…クロちゃんが帰ったら…私達は…」

「大丈夫だよ、ワールドちゃん、トライブ先輩も言ってたように、私達は、皆、一人前のアスリートとして、頑張れるようになったんだから」

「…でも、寂しいものは…寂しいんです」

「ありがとう、でも、決めたから」

「………」

 

 アグネスワールドには、一番真っ先に引退のことを伝えようとは決めていた。

 

 彼女が海外遠征を決めた時、それを一番最初に明かしたのは私である。それは重要な決定だった。

 

 ならば、私もこうするのが筋だろう。

 

「ねえ、ワールドちゃん…頼みがあるんだ」

「頼み…ですか、出来ることなら、何でも言って下さい」

「…未デビューの娘が、無事にデビューできたら、銀翼のウマ娘を、解散してほしいんだ」

「……!」

 

 アグネスワールドは驚いたものの、すぐに表情を戻す。

 

「……理由は…クロちゃんなら、きっと、考えがあってだと思います、教えて下さい」

「うん、銀翼のウマ娘は、私のインタビューから始まった概念、でも、それを提唱した私は、トレセン学園を去る……だから、自分で始めた事のけじめは、しっかりとつけておきたいんだ」

「ですが、銀翼の言葉は、今やクロちゃんのものだけではありません」

「うん、それは私も分かってる。だからこそなんだよ」

 

 私が銀翼のアイデンティティを打ち出したのは、黄金世代を破壊するため、クラスの団結を図ったからである。

 

 “こうあるべき”という姿を掲げ、一つの群れのようなものを作って、そこを目指していたのだ。

 

「……私は、銀翼のウマ娘として、皆がそれぞれ、才能を花開かせてる姿を見てきた。イカロスの話は覚えてるよね?私達は翼を作るために、それぞれ、ファンの皆や、縁の力を、羽や蝋にして、成長してきた。それはつまり、大きい目標は同じだったけど、そこに至るまでの道や、それを構成する要素は、千差万別だってこと」

「……」

「皆には、それぞれ違う翼ができたんだよ、だから、今度はその翼を、もっと、羽ばたける場所で、羽ばたかせて欲しい、自分たちのこれまでを活かして、新しい時代を、駆け抜けてほしい」

 

 私達が団結した理由は簡単である。一人では難しいことが、それぞれあったのだ。

 

 私は破壊。

 

 他のウマ娘は、自信、技術、好敵手作り……まあ色々である。

 

 しかし、私達はもうすでに、これらを手に入れる…もしくは、自分たちでやりくりできるようになったのだ。

 

 私が抜けたところで、彼女らは問題無いだろう。

 

「それに…銀翼のウマ娘っていう纏まりが無くなったって、皆が友達、ライバルでなくなるわけじゃない。縁の力は消えないんだよ」

「……なるほど、私達の翼はできた……だから、巣立ちの時というわけですね」

 

 さすがアグネスワールド、理解が早い、助かる。

 

「そう…そういう事」

「でも…それでも………私は…寂しいです…クロちゃんは……私の親友であり、西武一のような存在でした。」

「大丈夫だよ、ワールドちゃん、私が来る前から、クラスの盛り上げ役だったんだから」

「……分かりました、クロちゃんの願い…必ずやり遂げてみせます、だから、約束してください……“観ている”と」

「…もちろん」

 

 それはそうだ、活躍自体は観させてもらうさ。

 

 銀翼のウマ娘は強くなった。強くなりすぎた。これでは他のウマ娘達の壁となるし、私がいなくなって肥大化し、変な行動をするかもしれん、なので解散によって力を分散させるのだ。

 

 大きなものが砕ければ、小さなものが成長する。始皇帝が死んだ後、どうなったかを見れば分かる。

 

 ただ、銀翼のウマ娘達は、その成長が過激なものとならないように気をつけることだろう。

 

 解き放たれた銀翼のウマ娘、どんな事をやり遂げるのか、楽しみである。

 

「ワールドちゃん、見て、夕日が綺麗だよ」

「…はい、そうですね」

「太陽が沈めば、また昇る……来年のワールドちゃんの海外遠征、楽しみにしてるからね」

 

 特に、海外遠征をしようとしているアグネスワールドやエアジハードは。

 

 

 

 

 

 

 あの後、私は学園に戻り、メイショウドトウら他のウマ娘の前でも、引退を宣言した。

 

 そして、その翌日のことである。

 

 私はトレーナー室と自習室にある私物を整理するため、一人だった。もちろん、帰るときもそうだった。

 

「…………」

 

 足音が聞こえる。

 

 つけられている。

 

 少し早歩きで行くとしよう。

 

 目的地変更、さらに遠回りで行くとしよう。

 

 

 

 

 目的地についた。

 

「……後ろ、30mぐらいかな?…何でつけてきてるの?」

 

 私は振り返り、誰何する。

 

「………」

 

 姿を現したのは、セイウンスカイだった。

 

「…………スカイさん…何か私に「何で…」」

 

 セイウンスカイは、私の言葉を遮った。

 

「…………何で…何で…あなただけ…無事なの?」

「……?」

「なんで…グラスちゃん、スズカさん、オペラオーが骨折して……あなただけ無事なの?」

「………私は、必死に走った…だから、答えようがない。」

 

 必死に走ったのは、誰もが認める事実…お前も見ていたはずだ。

 

「………じゃあ、何で……あなたはあんなに徹底的にやるの?」

「…?」

「サポートウマ娘を囲い込んで、私達を一人ずつ……切り崩していって……スペちゃんの心を…壊して………予想できない作戦で……グラスちゃんの…足まで………私達を何で…そこまで………」

 

 ほう、推理がなかなか上手いじゃないか。

 

 油断できん奴だ。

 

「……レースってのは、ただ、才能が有れば良いってモノじゃない……スカイさんだって、それは…分かるよね?」

 

 生憎、私は元々人間である。いや、今も心は人間である。

 

 走るために産まれてきたのではない。

 

 人間はひと茎の葦に過ぎん、だが考える葦である。 

 

 お前達ウマ娘を劣等人種(ウンターメンシュ)とは捉えていないが、少なくともお前達よりかは多角的に、貪欲に物事を見ることができる。

 

 “走りたい”に思考が引っ張られることがないからな。

 

 ……なるほど、だから人間のトレーナーが多いのか。

 

「レースには、色んな要素がある」

 

 レース好きの同級生にラリーやらサーキットやらに連れて行かれた事があるので、レース≒車やオートバイという感覚を持っていた。

 

 だから、レースについて調べる際は、ウマ娘のものだけでなく、車やオートバイのものについても調べていた。

 

 レースに勝つには、優秀なドライバーだけでは無理である。

 

 優秀なメカニック、統率力に優れたプロジェクトリーダー、慌てず急いで正確に動くことのできるピットクルー…そんなメンバー達を繋げるチームワークも必要である。つまりレースはスポーツではない、定めた目標に向けて邁進する、一大システムなのだ。

 

 そして、そんなシステムのために必要なのが、人脈づくりであったり、鼓舞する力であったり、宣伝であったり……まあ、この流れは、私の今までの行動を見れば分かる。

 

「…だから………私は色んなことを頑張った、スカイさんの目に、徹底的って映ったかもしれないでも、それはあくまで、レースを続けていくために、必要な事だったから………私達がスカイさん達のクラスメンバーと色んなレースでぶつかったのは、私達がレースを続けてきたからだよ?」

 

 セイウンスカイ、良い線を行っているが。お前の考えは、今のままだと、走ることしかできん奴の、ただの下らん妄想だ。勝手に被害者意識を持っているだけだ。

 

 策略家なら、もっと頭だけじゃなく、自らの足を使って、多くの人々を取り込むべきだったな。自分で色んな場所に出かけて、喋って、交流して初めて、頑丈な基盤を得るきっかけが出来るのだ。

 

「スペさんやグラスさんに関しては…………信じられないかも知れないけど、心配してる」

 

 嘘ではない、まだあの二人には生きていてもらえないと困るからな。

 

「……心配できるなら…何で!何で!あなたスペちゃんのことを、もっと…もっと分かってあげなかったの?確かにレースでは勝つべき、でも!でも!」

 

 おい、論理が破綻しているぞ。

 

 誰もがお友達兼ライバル同士の輪に参加するなんて思うなよ?

 

 誰もが敗者を気遣ってやれると思うなよ?

 

 誰もが滅ぼすまでは相手を追い詰めないと思うなよ?

 

 誰もが切磋琢磨なんて意識を抱いてると思うなよ?

 

 

「確かに、私があなた達みたいに、自信と誇りを持って、レースの道を歩み始めてたら、スペさんとは……もっと…仲の良い好敵手として、やっていけたんじゃないかって思う」

 

 元々、私がここに来たのは、謎の感覚の正体を確かめてやるためである。才能を信じていたとかではない。それに、お前は選抜クラスだ、次の時代の担い手だと期待され、アグネスワールド達と常に比較され、気づかなかったとしても優越感に浸っていたからだろう?

 

「でもね………私はね、あなた達とは違ってた、周りからレース向きだって言われてはいたど、自分自身に、レースの才能があるってあまり思ってなかった。だから……まずは「ふざけないでよ!!」」

 

 セイウンスカイは、私の襟首を掴んだ。

 

 声のトーンが一気に上がる。

 

 馬鹿め。

 

 ここの位置を分かっていない。

 

 ここは、校舎と食堂の連絡通路だ。

 

 そして、今は夏だ。冬ではない、廊下にはエアコンなんざついてない。つまり、廊下のドアは開けてある。

 

 そして、廊下はパイプのような構造だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外に声が届くんだぞ?

 

「うるさいですね…宿題の邪魔です、どんちゃん騒ぎなら寮で………って…クロ先輩!?」

「どうしたの?」

「ちょ…ちょっと!?」

 

 はい、出てまいりました、自習中のウマ娘達が…あ、黒いリボンをつけたウマ娘達が何人かいる。

 

「だ…誰か、──先生呼んできて!」

 

 その後、私の担任が連れてこられ、トントン拍子に物事が進んでいったのは、言うまでもない。

 

 向こうはボイスレコーダーとか、怪しいものは持ってなかったそうである。まあ、基本的にある前提で話したので、まずい内容は言ってはいない。

 

 まあ、私も向こうを刺激してしまったとは言っておいた。ついでに箝口令もお願いしておいた。

 

 ただ、セイウンスカイ。お前は、私達を見て、今まで何もしてこなかったんだ。

 

 今行動を起こしたところで、空回りする可能性が高いに決まっているだろう。

 

 それにしても、言論を実力で遮ろうとするなんて、大それたことをするものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日ほど経って土曜日になった。セイウンスカイとの一件は、広がっていない。後輩たちは優秀である。

 

「……664、665、666……」

 

 一方、私はと言うと、トレーニングをしていた。自室なら誰にも見られることはない。というか、本を読んだり、パソコンをつついたり、課題をやったり以外で、やることが無いのだ。

 

「クロ、良いかい?」

 

 来客がやって来た、ヒシアマゾンである。基本的に、私は銀翼のウマ娘と彼女以外は、部屋に通さないことにしていた。

 

「……今は大丈夫です」

「そうかい……明日の日曜日、アンタの時間を、少しもらえるかい?」

「………大丈夫です」

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、寮の応接室の扉を開けた私は予想外のものを見た。

 

「……ごめんなさい………でも……どうしても…どうしても最後に…会いたくて……」

 

 椅子に座っていたのは、花束の少女だった。

 

「……来てくれたんだ…私のために」

「……」

「……ごめんね、あんな光景を見せちゃって」

「………マ…マヴェリッククロウさんは、悪くなんかないです!」

 

 花束の少女は、必死でそう訴えかけてきた。せっかくだし、言葉遊びをするか。

 

「…クロで良いよ」

 

 そう、シロではない。事実は小説より奇なりなのだ。

 

「クロさんは…何で、何で引退するんですか!?」

「………」

「……お願いです、教えて下さい」 

「…私の力だと、どうにもならないことがあるって、わかったから」

「クロさんの……力でも…?」

「簡単に言うとね、今の蹄鉄は、私の力に耐えられない、複雑な動きを繰り返すと、接合部がイカれて、最終的にはちぎれ飛ぶ」

「……」

「……レースを見てきた君には分かるはず、ちぎれ飛んだ蹄鉄……もし、後続にぶつかったら、この間のあれ以上のことになる」

 

 事故が起きれば、被害者のウマ娘は悲惨である。

 

 黒い未来に向かって、赤い芝か砂がレッドカーペットを作る。

 

 まあこんなところだろうか。

 

「…………でも、学園に残るっていう選択も…」

「できただろうね」

「じゃあ、なんで……」

「私は少なくとも、3人のウマ娘の事故に関わった。そのいずれも、学園内では慕われてるウマ娘………私が残るの、許されると思う?」

「…それは…残ってみないと、分からない…と思います。それに、クロさんには銀翼のウマ娘の皆さんだって」

「それなんだよ」

「私がもし、攻撃対象になったとする。私は基本的に、反撃できる立場にないし、そうしようとも思わない。でもね、他の娘はどう思うと思う?」

 

 私達の結びつきは、集団安全保障と似たようなものを持っている。化け物揃いのこの学園……頼りになる仲間は、自信を保つ上で重要なのだ。

 

 国も一緒である。一国では限界があっても、10国であればかなりのミサイルをぶち込める。

 

 話がずれたので戻すとする。とまあ、私が怒らなくても、私の周囲が黙っていないのだ。銀翼のウマ娘は“個であり全”を内包しているのだから。

 

 しかし、攻撃対象の私さえいなくなれば、私を良く思わない者に対し、ひとまずのガス抜きが出来る。周囲のウマ娘は、私を銀翼のウマ娘の筆頭としているので、侮辱も陰口も、私がいるよりはマシになるだろうし。

 

「……怒る人も、いると思います」

「そうだね、それがどんどん広がっていったら、いつかは、止められなくなる。でも、元凶の私がいなくなれば、私を良く思わないウマ娘達の気も、少しは落ち着く。それで、私は私で、どんな酷いことを言われても、決して相手にしないように、銀翼のウマ娘の皆に言う。それが、私なりの答えなんだよ。銀翼のウマ娘の皆を信頼してないわけじゃない。私がいなくても、やっていけるって信じてるから、私はこの答えに至ることができたんだ」

「………」

 

 彼女は、納得いかないという顔をしている。

 

「気持ちは分かるよ、でも、私のことを良く思わないURAの偉い人もいるし、何よりも、私自身が、あのレモネードの件から、これからどうするのがいいのか考えた結果だよ。私は、望まない作戦でレースをしたり、学園内に不安をもたらせたりしながら、レースを続けることを望まない、もし続けると,私は、周囲のことや声なんて一切気にせずに、倒すために戦って、戦うために倒す、本物の化物になってしまうかもしれないしね」

 

 倒すために戦って、戦うために倒す。まあ、私はレース活動でこれをやってきてはいるのだが、それはきちんと周囲を気にして、社会的な基盤を作り、私のレース活動は深い熱意もって行われていると周囲に思わせ、そのある意味積極的な姿勢への支持を得ているからできていることなのだ。

 

 周囲への配慮を欠けば、ただの暴れん坊とみなされておしまいである。

 

「………君は、競走ウマ娘に?」

「……はい、なりたいです。マヴェリッククロウさんみたいな、強くてかっこいい、信念をしっかり持ってる、ウマ娘に…」

「私が引退しても、それは変わらない?」

「もちろんです」

「そっか…少し待っててね」

 

 私は応接スペースを出て、部屋へと戻り、箱と蹄鉄を取って戻った。

 

「……これは…?」

「開けてみて」

 

 花束の少女は、恐る恐る、箱を開けた。

 

「これって…」

「そう、君がくれた、あの花束…プリザーブドフラワーにして、ずっと持ってたんだ」

 

 箱の中身は、この少女が私にくれた花束である。インタビューに持っていくとき以外は湿気などに気を使って保管していたため、まだまだ鑑賞可能なのだ。

 

「………」

「君に託すよ、私のレースへの思いを。でも、私のようになれとは、言わない。君には君自身の道を歩んでほしい」

 

 それがとんでもない、でこぼこ道であったとしても。

 

 私は持ってきた蹄鉄を、少女に差し出した。

 

「でも、私のことは、忘れないで欲しいな、最初のファンに対する自分勝手な願いだけどね」

「………」

 

 花束の少女は、こちらを見ている。

 

「私、クロさんのこと、絶対に忘れません。クロさんの姿を胸に、自分の道を歩んでいきます」

 

 そして、私の目をまっすぐ見て、そう言った。澄み切った、いい目をしている。スペシャルウィークとは真逆である。

 

「………ありがとう」

 

 私は花束の少女の頭を撫でた。まあ、少なくとも怪我とかはせず、身体的には健康であってほしいものである。

 

「どうか、強く、逞しく…………どんなときも、ね?」

「はい!」

 

 だって“生命は弱さを許さない”から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一定のラインまで帰る準備を終えた私は、寮を出て庶務長に会うことにした。

 

 彼女は1人暮らしであるため、断られるかと思ったが、快く上がらせてくれた。

 

 まあ、外出するとブン屋さんに囲まれてまずいかもしれないので、ヒシアマゾンに頭陀袋に入れてもらって学園を出るという回りくどい方法を取ることになったのだが。

 

「……会長さんの様子はどうですか?」

 

 シンボリルドルフは、今精神的に憔悴している。そして、それを見かねたマルゼンスキーは、彼女を半ば強制的に家に連れ込んでいた。故に会っていない。

 

「…酷く落ち込まれています」

 

 まあ、そりゃそうだろう。私は今回のレース、勝つために走ったのはもちろんだが、シンボリルドルフを破壊するためにも走ったのだから。

 

「…今は、休養が必要であると理事長は判断されました。ですので、私達残りの生徒会メンバーが、それを分担しているという状況です」

「……そうですか、無理な頼みかもしれないですけど、私、会長さんと話がしたいです。会長さんは、途中参加の私も、普通の生徒同様に気遣って下さいました。そのお礼をしたいんです。それに、会長さんには、私の事を乗り越えて、進み続けて欲しいと思ってますから」

「……分かりました、マヴェリッククロウさんが会いたがっている旨を、伝えておきます。その気持ちは、私も同じですから…ですが、あまり期待はしないでくださいね」

「…分かりました」

 

 私はシンボリルドルフの夢を聞いたとき“この皇帝の治めたる学園(カイザーライヒ)”を破壊してやると誓った。

 

 しかし、さっき私は、進み続けて欲しいと言った。嘘ではない。

 

 一見すれば矛盾しているだろう、だがそれは違う。

 

 さて、ここからは私がどれだけ上手くやれるかによる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お久しぶりです、会長さん」

「…ああ」

 

 シンボリルドルフは、目の下に隈ができており、若干やつれた様子だった。

 

「……何故、君は私と会ってくれるんだ?私は、一度ならず、二度も生徒を守れなかった……君に会う資格など、無いだろうに…」

 

 お、そう認識してくれてるのか、なら話が早い。

 

「………いえ、会長さんが悪いなんて、思っていません、私自身、そろそろレースから身を引くときではないかと、考えていたんです」

「……何故だ?」

「…URA賞の授賞式の時、重役の方から、ドリームトロフィーリーグに誘われました。そして、ファン感謝祭の時には、他のウマ娘のファンに、ドリンクをかけられました……だから、私は、思うようになったんです。これからは、私の翼がもたらした強さではなく、もっと他の物が、必要とされる時代ではないかと……」

「そんなことは無い!」

 

 シンボリルドルフは、声を少し大きくして、私の言葉を否定した。

 

「その言葉は、嬉しいです…でも…本当に、ファン達はそう思っているのでしょうか?かつて、トレセン学園には、所属ウマ娘全員がステージに立つという、グランドライブという催しがありました、ですが、トゥインクルシリーズが成長していくにつれて、運営が難しくなり、消えたと聞いています……」

 

 この情報は、図書室の本から手に入った。グランドライブというイベントは、かなりの人気があった様である。だが、トゥインクルシリーズが大規模化していくにつれ、消えてしまったのだ。多分費用が馬鹿にならないとかいう理由である。

 

「この歴史からわかるのは、ファンの皆さんは必ずしも、絶対的な存在を求めているわけじゃないということです。そして、先程挙げた2つの出来事は……時代が絶対的な存在ではなく、競い合う存在を求めていることではないかと、私は思ったんです」

「…だが、それだけで、君がこの学園を去る必要は無い、君はこの学園に、多くのものをもたらした。君を目標とするウマ娘も少なくない、ならば、成長した彼女達と戦うのを待つことも出来るはずだ」

「……確かに、そうですね。でも、私は、もう、ベストな状態でレースをする事が出来ません……蹄鉄が、私の全力の走りに、耐えられないんです。宝塚記念の時につけていたのは、ベストのものとはいえない、作戦や距離の選択肢を狭めてしまう物でした、もし、それをしなければ、私の蹄鉄は、いつか千切れ飛び、ファンや出走者に被害をもたらすでしょう、私は…事故のリスクや、好きな距離で走れないストレスを感じながら……レースの世界に留まりたいとは、思いません」

「………!」

 

 シンボリルドルフは、目を丸くする、そして、一瞬だが、目を背けた。想像してしまったのだろう。

 

 ウリ坊に石を直撃させた時みたいになるのだろうか。いや、これだと私と両親にしかわからない、漆喰の壁にトマトをぶつけるようなものか。

 

「それに、私は思うんです…これは、自然の摂理のようなものだって」

「…自然の……摂理…?」

「はい、陽が昇れば、必ずいつか沈みます。春に芽吹いた木々は、冬にはその葉を散らせます。遡上する鮭は繁殖を終えると、ボロボロになって一生を終えます。…自然の世界に生きるものは、目的を達成すれば、自然と消えていくものなんです」

「…だが、私達は違う…」

「……いえ、違いません、王政が終われば、王は隠棲するか殺され、共産党が倒れれば、共産党員は追放され、軍事政権も、国が豊かになれば、民主化へと向かいます……そして、走れるレースを全て走り尽くしたウマ娘は…トゥインクルシリーズを去りました」

「……!」

 

 ああ、そうだよ……あなたの盟友、マルゼンスキーの事だ。これなら文句は言えんだろう。

 

「一つの絶対的なもの…その目標や夢が終われば、時代は次の段階へと進んでいくんです。……そして、私は秋のファン感謝祭にて、グランプリ四連覇を宣言し、友達やファンの皆さんの力を借りて、それを成し遂げました。…つまり、私の銀の翼は完結したんです。私の翼が完結した今、ファンの皆さんは、新しい物を求めていくことでしょう、事実、トゥインクルシリーズの話題は、ドトウちゃんや、デビューしたての後輩たちのものに、移りつつあります」

 

 まあ、これは、沈んだニュースでは売れないというブン屋さんの判断もあるのだろう。だが、人々も明るいニュースを求めているはずである。

 

「それに、先輩が秋の天皇賞を走った時も、そうでした。世間の注目は、すぐに、ジャパンカップへと、そして、それを勝ったエルコンドルパサーさんの海外遠征へと移りました。ファンの人々は明るい話題を常に求めているんです」

「………人間と言うのは…勝手なものだな」

「…そうやって、人間は、この国のトゥインクルシリーズは歩んできたんです。仕方ないことではないかと思います。」

「だが、人は変わることも出来る、私は君もそうであると信じている」

 

 それでも、シンボリルドルフは、私を引き止めようとする。

 

「そうですね…私もそう信じたいです。ですから、銀翼のウマ娘の皆には、未デビューの娘達が無事にデビューしたら、解散して、ゆるやかなつながりを維持しながら、それぞれの才能を活かして頑張ってもらおうと思っています」

 

 クラスメートやサポートウマ娘達は、私の翼の発言に惚れ込み、ここまでついてきてくれたに過ぎない。それに、創始者の消えた組織など、糸の切れた凧である、いつかブレてやらかすのだ。私の破壊にとって、これはリスクとなる。奢りが生まれない前に、独り立ちさせるのが良いだろう。

 

「……君のクラスメート達の優秀さは分かっている…これからも活躍してくれるだろう。だからこそ思っているんだ……君も、それに当てはまると」

 

 やらかしを防ぐのには、適切なタイミングでテコ入れや大掃除をしていくか、解体するかである。前者は学生の集まりに適用するのは難しいから、選ぶのは後者である。

 

「……翼の概念を作ったのは私です、メディアの人たちが黄金と銀翼として盛り上げたとはいえ、当時の注目の的であり、URAの上層部の方々も目をかけていたであろう黄金世代の時代を、終わらせるきっかけを作ったのは私です。そんな私が、一つの時代を滅ぼしたような私が、どうして何食わぬ顔で、新しい時代に参加できるでしょうか?」

 

 学園内には、当然黄金世代を慕う者もいる。黄金世代を潰しておいて、私が新時代の建設なんかに参画してみろ、命がいくつあっても足りないし、遠巻きに監視されるだろう。そんなことがなくても、箔だけうまく使われるに決まっている。

 

「……自らを切って捨てると言うことか……」

「はい、一つの時代を終わらせたウマ娘として、私は大人しく退場しようと思います」

「……」

「ですが、会長さん…いえ、シンボリルドルフさん、貴女は、まだ、その目標を達成していません、“全てのウマ娘の幸福”……長い長い道のりかもしれませんが、それを見届けたいという思いは、本当です。ですから…シンボリルドルフさんは、どうか、どうか諦めないで下さい……これが、私の…マヴェリッククロウの、後輩としての、最後のお願いです」

 

 私はそう言って、シンボリルドルフを見た。

 

「分かった……君は、どんな時でも、諦めなかった。私も、君のような生徒を、学園の誇りであると、思っている………マヴェリッククロウ、今まで、ご苦労だった。私は諦めない、もっと多くのことを学び、きっと君に新しい時代を見せて見せる。だから…観ていてくれ」

「……ありがとう…ございます」

「だが、レースのせいで、生徒が学園を去ることになったことは、事実だ。私は、けじめをつけさせてもらう……」

「あの…それは…」

「ああ、生徒会長の座を、降りる。だが、夢を諦めるわけではない、少し離れた視点で、学園を見つめ直すと同時に様々な事を学び、URAを内部から改革すると、君に誓わせてもらう」

 

 そう言うと、シンボリルドルフは、私に手を差し出してきた。

 

「……その誓い、嬉しいです。今まで…お世話になりました」

 

 私はそう言い、手を取った。

 

 とても熱く感じた。

 

 シンボリルドルフの部屋を出た後、私は心のなかでガッツポーズをした。

 

 シンボリルドルフが、生徒会長の座を下りるのだ、これは喜ばしい事だろう。

 

 シンボリルドルフの後釜であるエアグルーヴは、真面目かつ優秀であるものの、シンボリルドルフと比較すれば明らかに劣る。

 

 それに彼女は私達を警戒していた、銀翼のウマ娘が解散するとはいえ、同様の動きを面白く思わないだろう。私達は学園のウマ娘に、個性を発揮する事と、その大切さを教えたのだ。

 

 学園は、人種のサラダボウルならぬ、思想のサラダボウルとなる。ただし、エアグルーヴのことである、締め付けや監視を強化するに違いない。

 

 しかし、それは不信を招く事になる。

 

 このトレセン学園は、生徒会への不動の信頼によって支えられている。そしてそれは、絶対的な王者であるシンボリルドルフによって、作られたに等しい。

 

 ただし、それは副会長であるエアグルーヴが、信頼されていないということを示すわけではない。だから、私は努力したのだ。

 

 ここは学園である。私にも当然後輩はいるし、毎年新入生が入ってくる。私は、自分や他の銀翼のウマ娘は、その層の人望を得られるようにしてきたのだ。

 

 要は、エアグルーヴが得るはずだった支持層を、生徒会でも無い私達で掻っ攫ったわけである。

 

 それ故、エアグルーヴの支持基盤は、私の転入当初よりも弱くなっている。更に、今の生徒会には、シンボリルドルフへの個人的なあこがれで入ったウマ娘も居るだろうから、一枚岩ではなくなるはずである。

 

 生徒が信頼する者を分散させ、さらにエアグルーヴへの生徒会長交代を実現させる。後は彼女がやらかし、不安定という状況ができれば、この皇帝の治めたる学園(カイザーライヒ)は破壊できる。別に皇帝の在任中に破壊する必要はない、大事なのは皇帝が生きていて、学園を見ているか、気にかけているかなのだ。

 

 次の生徒会長がどうなるのか、まあ、そんなことはどうでも良い、2000人を束ねる器量を持つ人間は、それほど多くない。だから私達だって40人やそこらである。ヒトラーだって軍隊の要求に苦労させられていた。

 

 生きてくれよ、シンボリルドルフ。

 

 その熱い手を、私は忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手が氷のように冷たくなるまで、私はお前を追い詰める。学園も、お前の理想も、全部破壊してやるさ。

 

 何年かかっても良い。

 

 そして、寮へと戻った私は、服を着替えて出かけた。白子とこれからの事について、個室の料亭で話し合うためである。この頃になると、ブン屋さんも落ち着いていた。もう、追いかけては来ない。

 

「……さて、これから君は、故郷へ帰るわけだが、その後はどうする?」

「暫くは身体を休めるかな」

「なるほど、では、進路についてはどう考えている?」

「進学はするよ………それから先は…あまり」

 

 それはあまり考えていなかった。まあ、生活に困らないぐらいは稼げているのだが…

 

「進路に悩んでいるのであれば、AIなど、情報工学関係の知識を、学んでおくと良い、少なくとも、無駄にはならない」

「考えておくよ、それで、私があれをした時の連絡先は…」

「ああ、間違えないようにしておいてくれ」

 

 連絡先、これは白子の携帯番号である。彼は携帯を2つ持っている。一つは普段遣い、もう一つはほとんど使っていない、非常用の予備である。私は、あるタイミングを持って、この予備に連絡しなければならないのだ。

 

「オッケー、あなたはこれからどうするの?」

「まずは、今回の件と君の引退を理由にして、暫く休養させてもらうとしよう」

「考えることは同じだね」

「うむ、だが、私の場合は、きっとあの理事長から声がかかる、その準備をしなければならない」

「チームのこと?」

「御名答」

 

 白子は、あの理事長から、度々、チームトレーナーにならないかとの打診を受けている。まあ、私一人でその指導力を遊ばせておくのはもったいないのだろう。ただ、その才能があるのならば、もっと上を目指せるのではないだろうか?

 

「なるほど、でも、もっと上のポストを狙わないの?URAの役員とかさ」

「少なくとも、今の私には必要が無いものだな、私は歴史の立会人に過ぎん、確かに、権力や支配に興味を抱いたことはある、だが、今はあまり興味が無いのだよ。それに、自らの能力を活かすのであれば、トレーナーが一番であると考えている」

 

 なるほど、ブレないな。よし…

 

「もしかして…もう目をつけてるウマ娘がいるの?」

 

 私は、少しニヤニヤした顔をして、そう聞いてみた。

 

「いや、君の計画を全力で支えていたのだ、そんなことはしていない。だが、どのようなウマ娘をチームメンバーとしたいかについては、考えを固めていた」

「へぇー、どんな感じにしようと思ってるの?」

「まず、チームを作るのなら、2人から始めようと思っている。マネジメント能力を過信するわけにはいかないのでな」

「堅実だね」

「ああ、そのつもりだ。そして、ウマ娘の性格についてだが、好奇心旺盛な者と、素直な者が良いと考えている、素質については、あまり気にしていない」

「性格は納得いくけど、素質は意外だね。もっとこう…選抜レースで良い結果出したとか、そう言うウマ娘を選ぶんだと思ってた」

「君の行動という大いなる楽しみがあるのだ、それまでは適度にのびのびと過ごしたい、それに、才能というものは、意外なことをきっかけとして、発揮されるものだということを、君等が教えてくれたのでな」

 

 白子はリラックスして、そう答えた。この男も、コンビを組んだ当初とは変わったな。

 

「…なんだか、面接の時とは、だいぶ変わったような気がするよ、なんだろ…少し親しみやすい雰囲気を纏うようになったというか…」

「…なるほど、私も人間として成長できたという事か」

「私からすれば、十分大人だと思うけどね」

 

 事実、この男は年齢に合わない落ち着きを持っている。

 

「そうか…だが、良かった。…昔の私は、かなり自信過剰だった“お前の欠点は、自分より優れた人間はいないと思っている所だ”…という趣旨のことを言われたことがある。だが、君のトレーナーをしたことを通じ、自信は持てど、それが過剰となり人を不快にさせるようなことのない、ほどほどなラインを、学ぶことができたという事だな」

「私との日々が、あなたの成長に繋がったのなら、良かったよ。あれだけ好きなようにやらせてもらったからね、こっちからも何かギブしないとダメなんじゃないかって思ってたんだよ」

 

 これは本心である、そもそも、私は基本的にはギブ・アンド・テイクを重んじている。

 

 白子のような協力者に対してはもちろんだが、黄金世代にも強力なライバルというギブをしてはいたつもりである。

 

「私からすれば、君も随分、優しくなったように思えるがな」

「まあ、それはそうなるよ、だって、自分一人でできることなんて限られてるんだから、他人と協力していくのは当然、情が生まれるのも仕方がない。でも、私には私のやりたい事がある、それは見失ってないよ」

 

 私は現在まで、クラスメートに関してはその期待に応えるよう尽力したし、メイショウドトウに関しては本気で鍛えていた。

 

 しかし、破壊の気持ちを失うわけにはいかなかったので、私は、日記をつけたり、私の十八番である『たぬき風の人物画』……それの、今まで打ち負かした数多のウマ娘全員分を、部屋のコルクボードの裏側に貼り付けたりして、ブレないようにしてきた。習慣というのは大切である。

 

「その言葉を聞いて安心した、それで、あれのタイミングについてだが…」

「一つ決めてることはあるよ、親は巻き込まない」

 

 破壊は私が成すべきことである。私を産み、育ててくれた親に、面倒事を持ち込むわけにはいかないのだ。私がなるべく輝かしい結果を残したのは、長く語り継がれるためでもある。

 

「……分かった、では、来たるべき時が来れば、予備機に連絡を入れてくれ」 

「了解」

 

 いつになるのかは分からない、だが…

 

 破壊は必ず実現される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “彼女”と白子のやりとりから数日後、“彼女”は正式に引退とトレセン学園を去ることを理事長であるやよいに伝え、理事長室に向かった。

 

「君はこのトレセン学園に、多くのものをもたらしてくれた、君の活躍は、多くの後進のウマ娘達にとって目標とするべきものとして映り…それはこれからも続いていく事だろう。………これからは、心と身体を、しっかりと休め、学園を見守ってくれ」

 

 やよいは、少し淋しそうな表情をしつつ、“彼女”に語りかける。

 

「そしてこれは……理事会…いや、わたしからの、ささやかな礼だ」

 

 まずは、功績を示すメダルを、次に、自らのものと同型の扇子を…そして、懐から、分厚い封筒を取り出し、彼女へと渡す。

 

「………」

 

 “彼女”は、受け取った封筒を見つめている。

 

「…恐らく、君ならば中身はわかるはずだ、将来やりたい事の元手として使っても良いし、欲しいものを手に入れるためのものとして、使っても良い、使い道は…君に任せる……こんなもので、すまないな。」

「……」

 

 彼女は、少しの間考え込み…

 

「…ありがとうございます、あの…一つだけ、お願いを聞いてもらっても、良いでしょうか?」

 

 と、言ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。“彼女”はメディアの前で、公式に引退を宣言、さらにトレセン学園を去ることも宣言した。

 

 その場にはやよいと、シンボリルドルフが同席していた。

 

「私がこの決断に至ったのは、グランプリの四連覇という目標を………一応は…成し遂げたからです。私は、悔いが残らないよう、全力を出して走りました。…ですが、その一方で、その全力の走りが多くの人を傷つけたのも、また事実です」

 

 宝塚記念の結果は、世の中を大いに騒がせていたが、“彼女”は必死で走ったという認識は、共通のものであった。

 

 “一部の者”は、納得しきれていなかったものの、宝塚記念のレースは、“彼女”の戦いの中では、最も激しいものであり、最終局面のスパート合戦で、“彼女”は疲弊していた。

 

 事故も、関連人物の疲弊に起因しているとされた。

 

「それに、私に完全に適合する蹄鉄は、現在のところありません、そのような状態でレースを続けても、不甲斐ない結果や宝塚記念の事故のような危険を招いてしまうと考えているのも、大きな理由の一つです」

 

 そのため、“彼女”を非難する意見は全くなかった。基盤強化の策が、ここでも良い具合に働いたのである。

 

「そして、先日、トレセン学園を去ることを秋川理事長に伝えに行った際、私は褒賞として、少なくない額のお金を頂きました」

 

 記者達の目が、やよいを見る。功績を挙げたウマ娘に、学園が褒賞金を出すことはよくある話であったため、それは問題としていない。

 

「正直、使い道に迷っていたのですが、悩みに悩んだ結果、私はこれを3分割し、一つを、今まで支えてくれた人々へのお礼の一部に、もう一つを、私が将来、使うべきと思った時のためのお金に…」

 

 “彼女”は、一つ一つ、封筒を出していく。

 

「そして、あと一つは…途中参加の身である私に、通常の生徒と変わらぬ支援を続けてくれたこのトレセン学園への感謝の気持ちとして…返還させて頂きます」

 

 そう言うと、“彼女”はやよい、シンボリルドルフと共に立ち、二人に封筒を手渡す。やよいがそれを記者に見せると、拍手とともに多くのフラッシュが焚かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして記者会見終了後、“彼女”は手袋屋へと向かった。

 

「………おぉ、あんたか……思ったよりも元気そうだな」

「……」

「……いや、そんな訳無いか、すまねぇな」

 

 店主は手招きをし、コーヒーの準備をする。

 

「……あんたにこうやってコーヒーを出してやれるのも、これで最後……か…」

「……そうなりますね」

「なぁ、当事者に聞くのは野暮かもしれねぇが、あんた自身は、あの事故について、どう思ってるんだ?」

「……」

 

 店主の言葉を聞いた“彼女”は、コーヒーを飲んでから、少し考えていた。

 

「まず、今回の件は、私に責任が無いとは言えません、私の作戦が、あの三人に混乱をもたらしたのは紛れもない事実です。ですから、三人の怪我が完治することを…祈っています」

「そうか……だが、報道によれば、あんたもグラスワンダー達も、相当負荷がかかってたみたいだな」

「はい」

「………こんな事言うのはファン失格だが、あんただけでも無事で、俺は良かったと思ってる」

 

 店主は、“彼女”の目を見て、そう言った。

 

「…………私の翼は、鉄とボルトでできていますから」

「……頑丈そうだな……だけど、わしは、普通の翼の方が、あんたには似合ってると思う」

「………?」

「…………鉄とボルトで、ピカピカ光ってる翼は、わしらの世代にとっちゃ、嫌なものを思い出させるんだ」

 

(……“見た”世代か……見た目より、年は取っていたのか…………直接話す間柄で良かったな)

 

 店主の意と年齢層を察した“彼女”は、彼が自らを否定的に見なかったことに少し安堵しつつ、小さな声で、“すいません”と呟いた。

 

「……分かってくれたなら、それで良い…………それで、もうすぐ、帰っちまうんだろう?」

「はい」

「あんたがどんな人生を歩むのかは、任せるけれど、これだけは覚えといてくれ。あんたはまだまだ若いんだ、レースから離れた後でも、出来ることの選択肢は沢山ある。一つの方法で行き詰まっても、あんたは他の方法を試す事ができる。レースで養ってきた、不屈の精神でな。そんでもって、たまには人の好意に甘えたり、羽休めをして…寄り道や息抜きをすると良い……新しい発見が出来るかもしれねぇ。それに、あんたの頑丈な身体なら、多分、長生きできるだろう…少し休んだって、無問題だ」

「……ふふっ…そうですね……ありがとうございます。これからの人生、少し、晴れてきたような気がします」

 

 “彼女”はそう言って、微笑んだ。

 

「良い笑顔だ、写真に撮らせてくれよ」

「……喜んで」

 

 店主は、“彼女”の写真を撮った。

 

「……よし」

「コーヒー、ご馳走様でした。ありがとうございます……これで、暫くの間、お別れです」

「ああ…寂しくなるな、だけど、元気で過ごしてくれよ」

「もちろんです。今度お会いする時は、今よりいきいきとした姿を見せると約束します」

「はははっ、そりゃあ、期待しちまうな」

「では」

「あぁ」

 

 “彼女”は店を出た。

 

(……まあ、今度会うのは直接ではない、いつになるのやら……頼むから、元気でいてくれよ)

 

 そして、店主が来たるべき時まで元気で生きてくれることを祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日、“彼女”がトレセン学園を離れる日は、あっという間にやってきた。

 

 駅の前には、少なくない数のウマ娘が集まっている。

 

「皆、泣かないで、私はトライブ先輩と同じように、皆を見守ってるからね。それに……約束するよ、必ず、また、皆に元気な姿を見せるからさ」

 

 “彼女”は、今までに見せたこともないような、笑顔で、ウマ娘達に語りかける。

 

「……身体には、気をつけなさい、この学園を去って、競技から離れたとしても、体調管理に気を抜くのはダメよ」

「ありがとう、キングさんの方こそ、無理はしちゃだめだよ」

 

「…クロ、アタシはやるぞ、もっともっと強くなって、姉貴が行けなかったドリームトロフィーリーグまで駆け上ってやる」

「ナミキオーちゃん、私もしっかり見るって約束するよ」

 

「香港でどれだけやれるのかはわからないけど、今の自分を信じてみるよ。こういうふうに頑張れてるのも、クロちゃんのお陰だね、ゆっくり休んでね」

「ジハードちゃんも、海外遠征は気をつけて、あの辺りはかなり蒸し暑いみたいだからね」

 

「私は、今年の有記念を目指すよ、G1を取って、トレーナーさんやファンの皆の気持ちに応えて見せる」

「ツルちゃんの堅実なやり方なら、本番は全力を出し切れるはず、応援してるよ」

 

「クロ先輩……私…これからも、どんどん強くなります…!だから…どうか…見ていてください!」

「変わったね、ドトウちゃん。その目なら、自分を見失わずに、やり遂げられるよ」

 

「クロ先輩、先輩からは、様々な事を学ばせて頂きました。深く感謝申し上げます。必ず、他のウマ娘のためにこの学びを活かします」

「私は、一人のウマ娘として、後輩達に学んだことを受け継いでいきます」

「リナ、モズレー…芝、ダート、障害、多種多様な私達のレースを見てきた2人なら、やり遂げる事が出来るはず…頑張ってね」

「私の実験はまだまだ続くよ、まだまだやりたいこと、試したいこと、必ずあるからね。クロちゃんも、挑戦を続けてね」

「もちろん、レースの裏側には、メレちゃん達の活躍がある…楽しみにしてるよ」

 

 “彼女”とウマ娘達は、一言ずつ、言葉を交わしていく。

 

「………」

「…ワールドちゃん?…どうしたの?」

「………私は、途轍もなく…悲しいんです、クロちゃんは、今まで一緒に戦ってきた、仲間ですから……こんな形で、お別れなんて…」

「…ごめんね、でも、これは決めたことなんだよ、いくらワールドちゃんが悲しくても…変えられない」

「クロちゃん……それでも…悲しいものは、悲しいんです…私は…私は…」

 

 アグネスワールドは、堰を切ったような涙を流す。

 

「……分かるよ…だから、これを見て、私を思い出して欲しいな」

 

 そう言って“彼女”は、箱を渡す。

 

「一人一人に、メッセージを書いたんだ」 

 

 “彼女”は、銀翼のウマ娘や、その他世話になった人々に対して、一人一人、メッセージを残していた。

 

 全て手書きである。

 

「……クロウ君、名残惜しいがそろそろ時間だ」

 

 そして、時計を確認していた白子は、そう言って“彼女”に上着とスーツケースを差し出した。

 

 “彼女”は上着を羽織り、スーツケースを持つと、ウマ娘達の方に向き直る。そして…

 

「“またね”、皆」

 

 と言い、手を振って、駅のホームに向かっていった。

 

「………っ……うっ……」

 

 彼女の姿が見えなくなると、アグネスワールドは、ペタリと座り込んで、再び涙を流す。

 

「……ワールド君、すまない、私がいけないのだ、私が、彼女を引き止めることさえ、出来ていれば……さらに、彼女の心に、寄り添えていれば…」

「白子トレーナー、あまり自分を責めないで下さい」

 

 悔しそうな表情を浮かべた白子を見て、富士田は慰めようとする。彼女は白子から“彼女”のユニークさについて、苦労させられている時があるという趣旨のことを度々聞いていたためである。

 

「…いえ、私がもう少し、もう少し彼女の事を理解できていれば…このような事には、ならなかったのです……」

「…少し、休みましょう、白子トレーナー……クロウさんは、きっと、貴方に感謝しています」

「そうですよ!」

「お2人は、理想的な師弟関係でしたから」

 

 弱気な発言をする白子を励ますように、富士田に続き、他のウマ娘達も言葉を贈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 そして少し経ち、新幹線に乗り込んだ“彼女”は、遠ざかっていく街を見つめ…

 

「………少し、寂しくなるかな…」

 

 と、呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 




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