トレセン学園を出た私は、大学に進学した。ただし前世と同じ教育学部ではなく、後々役に立ちそうな学部に進学しておいた。
ならば、“有名なウマ娘が大学に入ったら、ものすごい話題になるのでは?”と聞かれるかもしれない。
事実そうなった。
入るなり、サークルの勧誘であったり、男からの連絡先交換の頼みであったり…
まあ、色々と受けた。
だが、大抵の場合、普通はこれを予防するためのシステムを使えば、話題となるのは回避できる。
そのシステムとは“ウマ娘に人間の名前を新たに取得させる”というものである。
ウマ娘は、オールカタカナの名前を持つ者が多い、まあ、二割ぐらい、母親のような例外もいるにはいるが、それは置いておこう。
それで、そのカタカナの名前だが、どういうわけか殆ど被る例が無い。いたとしても、戦前にいた“ミスターシービー”ぐらいである。そして、そういった名前の特徴の都合上、レースを走っていると、引退した後、名前ですぐに“ああ、あの娘か”となってしまうのである。
そこで、個人のプライバシーの保護のため、ウマ娘が希望すれば、人間の名前を名乗れるようになっているのである。私のように、ヘアアレンジをすれば印象がガラッと変わるウマ娘にはうってつけである。
ただし、私は、取得こそしたが、使用開始届はまだ出していない、つまり、私はまだ“マヴェリッククロウ”なのだ。
「クロウちゃん、クロウちゃんの作ったこれ、美味しいよ!」
「よかった、どんな感じ?」
「うん、何ていうか……お母さんの味がする!」
「えぇ…私、彼氏すら居ないのに…」
まあ、幸運なことに、大学生活の中でも、ネームバリューとか関係なく人付き合いをしてくれる者に私は出会い、普通の日々を送ることができていた。ただ、たまに「お母さんの味」のような実年齢相応の要素を指摘されて、少しばかり驚かされる事がある。
「こんなに上手ならきっと良い人と出会えるよ」
「そうなると良いんだけどね……」
「……!」
ふと、携帯が震えるのを感じ、手にとって電話に出る。
病院からであった。
「お母さん!」
病院に急ぎ駆けつけると、そこには、以前よりまた少しやつれた母親の姿があった。
「クロウ…!」
「先生からトイレで倒れたって連絡があったから、飛んできたんだよ」
「ほら、この通り、もう大丈夫よ」
そう言って母親は微笑むものの、目の下には明らかに疲れの色が見える。
私がトレセンを去った次の年、流行り病が流行した。父親はそれにかかって死んでしまった。
ウイルスという、自然の脅威……その流行の速さの前には、私の持っていたかなりの金も、なんの意味も成さなかったのだ。
数年経つと、その病がもたらした影響も落ち着いた、母親と私は何ともなかったものの、両親はおしどり夫婦だったので、母親はかなり精神的に打ちのめされてしまい、病気になってしまった。
母親の元気は、急速に衰えていき、ついには入院を余儀なくされた。
その頃には、愛犬も老衰で死んでしまっていたので、私は母親を説得し、大学の近くにある大きな病院に移ってもらったのだ。
「大丈夫じゃないよ………お母さん、あんまり無理しちゃ駄目だよ」
「分かってるわ…………日に日に、身体が弱っていくのもね……クロウ、ちょっと良い?」
母親が手招きをするので、私はそこに耳を近づける。
「…?」
「……ねえ、いつか、やりたいこと…あるんでしょ?」
「……!」
…母親は、薄々ながら…気づいていたのか…
「…どうなの?」
「…うん」
「…なら、思い切りやりなさい、でも、一つだけ、お願いがあるの」
「…お願い…?」
「たぶん……私、もうそんなに…長くはないわ、だから、少しだけ、付き合って頂戴」
「………うん、良いよ、お母さん」
それから数ヶ月後、母親は息を引き取った。最後の言葉は“お願いを聞いてくれてありがとう”だった。
「…お礼を言うのはこっちだよ…お母さん…ありがとう」
私も、自然とそう返していた。
母親が亡くなってしばらく、私は普通に就職した。教師ではない。
平凡な日常を過ごしている一方で、私はウマ娘達がどうなったかについても、白子を通じ、最低限の情報を知った。
まず、銀翼のウマ娘についてだが、これは無事に解散し、メンバーは個人で頑張ったり、団結した他のウマ娘達が問題を起こさないように、そのウマ娘達に加わったりしていたという。
サクラナミキオーは、あれからG1を一つ勝った。姉と異なり、怪我とは無縁だった。彼女はドリームトロフィーリーグに行き、怪我から復帰する生徒の支援との、二刀流をやってみせた。
エアジハードは、香港ヴァーズを制覇、ドリームトロフィーリーグにも乗り込み、短距離では無類の強さを誇った。後進の育成にも積極的であり、教官から手伝いに呼ばれる事もあったそうである。
アグネスワールドは、私の引退の年に英国遠征を行うつもりだったのだが、腰の調子が芳しくなかったため、中止、翌年入念に準備をした上で英国遠征を敢行し、G2一つ、G1一つを獲った。だが、ドリームトロフィーリーグには行かず、技術や私の事を後輩たちに教えていったそうである。彼女は私のことを盲信しすぎているフシがあったので、心配ではあったが…まあ、上手く切り替えたのだろう。
キングヘイローは、私の引退年の有馬記念に出走した後、ドリームトロフィーに移籍、母親とは違う、自分の一流を貫き通し続けた。生徒会にも入り、距離の路線変更をするウマ娘の支援に力を注いでいた。
ツルマルツヨシは、キングヘイローと共に有馬記念へと出走したが、レース後に脚を痛めていた事が分かり、そのままレースからは退いた、とはいえ、トレーナーの富士田がチームを持つようになったので、その指導で充実した日々を送ったそうである。
メイショウドトウは、私が引退した後、鬼の様な強さを様々なレースで発揮した。普段の頼りなさげな様子とは正反対のレースでの走りは、他の出走ウマ娘に、大いなるプレッシャーを与えたのだ。
アマリイーグリーナ、サトノモズレー、メレンゲジョセフ達サポートウマ娘は、生徒会に生徒が生徒の相談に乗る形式の相談室の設置を提案したものの、エアグルーヴに突っぱねられた。そのため、メジロアルダンの提案によって、オンワードドライブのトレーナーに師事、サポートウマ娘のみのチームを結成して、他のウマ娘の相談に乗りはじめた。もちろんエアグルーヴは苦労したそうだ。ルールの中でやられたのだから当然である。
このように、銀翼のウマ娘達は、それぞれ華々しい活躍をし、連絡を見るに、現在もレースやトレセン学園に何らかの形で関わっているのだそうだ。
一方、私のターゲット達はというと……
グラスワンダーは、あの怪我から何とかして回復したものの、思うような走りが出来ず、レースに出れないので引退をする羽目になった、だが、トレーナーはそんな彼女を献身的に支え続けているという。
エルコンドルパサーは、グラスワンダーをレースに出してしまったことを酷く後悔、自身のレース成績も伸び悩み、ストレスによって体調不良を頻発し、胃潰瘍になって入院もしたという。それと、白子から聞いたのだが、どうやらあの夜のレースの件を理事長に報告したようである。まあ、校則的に一切問題無かったので、表沙汰にするのは避けられたようである。
セイウンスカイは、屈腱炎から復帰するべくトレーニングしていたところ、大怪我をした。頭を強打したものの、命に別状は無かった、だが、流石にドクターストップが入り、引退することになった。
テイエムオペラオーは、怪我から復帰して走り続けたものの、常にメイショドトウの影に隠れてしまう形となった。有馬記念での私の走りの夢を、今も見ているという噂があるらしい。
サイレンススズカは、一度大きな故障をやらかしたことから、復帰そのものにドクターストップがかかった、失意の彼女はトレーナーと共に学園を去り、その行方は掴めていない。調べるときりがないので、調べてはいない。
スペシャルウィークは、サイレンススズカのことによって完全に意気消沈してしまい、学園を離れ、北海道に戻ってしまった。別人のように大人しくなってしまい、白っぽい髪の毛の長髪のウマ娘を見ると、避けたり、動悸が激しくなったりするらしい。こわっ。
シンボリルドルフは、学園を卒業後、大学に行って様々な事を学び、URAの幹部候補として、URAの改革派の一員として、仕事をしているという。いずれはトレセン学園に戻るのだろうか?
エアグルーヴは生徒会長になったものの、銀翼のウマ娘の影響により、シンボリルドルフの時代から大幅に広がってしまったウマ娘達の学園生活のスタイルを把握、監視するのに大変な苦労をした。私達銀翼のウマ娘の影響で、思想のるつぼとなったトレセン学園は、自分達のため、学園のため、言論やレースを通じて自発的な行動を起こそうとする生徒が大いに増えたからである。総じて、彼女は自らの生徒会長の立場は、砂上の楼閣のようなものだと常に感じながら過ごす羽目となったのだ。
まあ、そんな日々も長く続かず、生徒会長の交代は、シンボリルドルフやそれ以前の時とは比べ物にならないハイペースであったという。1年に一度は会長が変わったらしい。人間の学校では普通だが、一人のウマ娘が何年も居座るトレセン学園では異常である。うん、正常だな。
ターゲット達の足取りは、掴めているものと居ないものがいるが、総じて相当なストレスに晒されていた。
だが…私の破壊は、まだ完結していない。
大学入学から、こつこつ進めてきた事がある。
ズバリ、本である。
私の競技者生活を綴り、その中で見たもの、感じたものを世に共有するのだ。
そのプランはもう決まっており、ついこの間、実行に移させてもらった。
わたしは大学2年のある日、ある出版社に接触し、簡単なもので良いからそちらで本を出して欲しいと依頼した。
向こうは快諾してくれた。
だから、短く、安いものを出した。具体的には、私が入学してから、全日本ジュニア優駿を勝つあたりまでの回顧録である。
どんなトレーニングをしたか、どんな事を感じていたのか、どこで苦労したのかなどを書き連ねる。ただし、破壊には触れていない。
おまけで私の歌のCDもつけていた。まぁ、中身はトレセンにいた時、白子に“役に立つかもしれないから”とたっぷりと録音させられた時のものだが、腐らせておくのは惜しいだろう。
そんなこんなで、本は概ね好評だった。ジュニア期の私はそんなにレースに出ていないため、人脈構築の部分が多くても…である。
だが、この本はただの前座である。マヴェリッククロウという、レースの世界から消えて久しい名を、再び世間に認知させ、ブランドとするのだ。
そして、二冊目で、私の日記をベースとした破壊の日々を綴ったものを出す。一冊目でブランドを築いたのだから、売れないということはないだろう。
私は白子に連絡を入れた。
『久しぶりだな』
「うん、元気そうだね」
『この携帯にかけてきたということは…』
「うん、あれをやるよ」
『分かった、準備をしておく』
声色から分かった、白子は嬉しそうな様子である。
「ねえ、最近はどう?」
『ああ、教え子の適性がバラけている分、忙しい』
現在、白子は二人のウマ娘に、トレーニングをつけている。
一人目の栗毛のショートカットウマ娘、パレスカルネはダートに特化している。
二人目は、アグネスデジタルのような髪の色をしたウマ娘、ベルホークサマーで、こちらは芝の短距離・マイル型である。
そして、その二人とは別に、サポートウマ娘としてチェンジマッサリアという芦毛のウマ娘をチームへと引き入れ、サポートを行わせている。
これが、白子の率いるチーム“オベロン”の陣容である。小規模ではあるが、堅実にレースを戦っていくチームとして、世間は評価しているそうだ。
「私的には、上手くやってると思うんだけどね」
『銀翼のウマ娘が解散し、群雄割拠の状態となったのだ、油断は出来ん』
「なるほど……あ、勝負服は上手く行ってる?」
『ああ、彼女らは私のやり方を認めてくれている』
「それなら良かった」
白子は、勝負服の縫製・仕立てそのものは業者に頼むが、デザインや設計に関しては、必ず自分でやる。一度何故か聞いてみたが…
“設計については経験があるし、好きだから”
という主旨のことを言っていた。書面上のキャリアだけで人を見てはいけない典型である。
まあ、デザインと設計を自分でやる関係で、彼は勝負服に対しても、独自の理論を持っていた。それは…
“勝負服に必要なものは華美な飾りやメッセージ性ではなく、ウマ娘が持つ身体能力やトレーニングの成果を反映する優れた設計と堅牢な足回り”
というものである。
まあ、車で例えるとわかりやすいかもしれない。アクの強い顔つきや外装パーツで彩るのではなく、まずは走る曲がる止まるを素直に実現するという感じである。
「じゃあ、他のトレーナーにもあの理論を?」
『いや、そのつもりはない。教えてくれと頼むのならば断らないだろうが、否定する者や分からない者は放っておけば良い。彼らが全身金色の勝負服を作ろうが、リバーシブルデザインの勝負服を作ろうが………私は気にせんよ』
「リバーシブルはあるかもだけど……金ピカは流石に無いんじゃない?乱反射で他の出走者を攻撃するのは………残念ながら、出来ないし」
『フッ…そうだったな………さて、君のアレに話を戻そう。出版を確認したら、私は真っ先に本を購入する』
「そう、そこからあなたはトレーナーじゃない、少しの間、役者をやってもらわなくちゃならない」
『心得た』
「ほとぼりが冷めたら、また、色々と聞かせてもらうと思う。……じゃあ、お互いに上手くやろう」
『ああ』
そう言うと、白子は電話を切った。
さて、私もパソコンに向かうとしよう、今回の本は、表紙のみに編集者の手を入れるようにしている。
内容については、文句を言われないようにしておいた。
私が出版に使った出版社は、はっきり言ってしまえば、大手とはいえない会社である。そこで私の本である。そしてそれは、良好な売れ行きだった。
つまり、私は恩を売ったのだ。そして、その功績により、私が何割かの金を出すという条件で、二冊目の本は、表紙デザイン以外自由にやらせてもらうという条件を取り付ける事ができたのだ。
本は大方できている。まあ、日記をタイプするだけだ、ただ、一部の内容──ウマ娘の私生活に深く触れたものや、色恋沙汰について相談された記録──については、削除した。
名前については、使わせて貰うこととした、多くのウマ娘の回顧録を見てきたが、基本的には問題なさそうだったからである。
まあ、前置きはしっかりと書いておこう、これは私の記したものであると、はっきりとわかるように。
『この日記は、著者である私が率直にトレセン学園時代の事を記したものです。また、内容については出版社の手は入っていません。石見の烏天狗が、どのような気持ちで、クラシック級以降のレース生活を送っていたのか、そのありのままの姿を、皆様に語らせて頂きます』
まあ、こんなものだろう。
あとがきは…
親愛なるパピーへ
久しぶりですね。
見違えました。
貴方をもう、子犬と呼ぶわけにはいけませんね。
私のことを、学んでくれた貴方。
私のお話を、聞いてくれた貴方。
私の心を、知ってくれた貴方。
私の破壊を、見てくれた貴方。
……そんな貴方はもう、立派な猟犬です。
知らず知らずのうちに、猟犬たる力を、身につけていたのですね。
さあ、行きなさい。
世界を駆け回るであろう、あなたの行く末…
私は、楽しみに見ています。
じゃあ、お元気で
マヴェリッククロウより。
こんなところか。
本を出した後は、まあ、色々と──名前の使用開始届けやら引っ越しの届け出やら、必要なものを出して──やってから、ドロンである。
なんだろう、こんな展開、前世見せられた映画で見たな。
黒幕が、裏で色々やって、仕込んで………まあ、最後だけが違う、ドロンではなくドボンである。しかもいっちゃん最初の方で。ただしそれ以外は、記憶の彼方である。
引き止める同僚、笑う黒幕……それぐらいしか明確に思い出せない。
しかし、架空の存在とはいえ、勿体無いことをするものだ。
それで、その黒幕と違い、私は生きなければならない。
勝利のために。
あれから数ヶ月、無事製本まで終わった。出版社の方も、出版まで本を見ないという約束を守ってくれている。というか、AIで誤記とかを見つけやすくなったとはいえ、よくこんなご都合主義的トンデモ契約が通ったな、“事実は小説より奇なり”とは、まさにこのことである。
本の名前は…『烏の日記』表紙には、飛び立つ白色のカラスを配してある。
もちろん、特典もつけてある、私の歌のCD集である。今回はカバーメインである。
値段は少し上げさせてもらったが、まあ、問題はないだろう。
そして、そんな本は、新しく作った導入部分からスタートする。
それは…
クラシック級となってすぐ、私はスペシャルウィークのレースを見に行きました。そのレースには知り合いの人が来ていました。その人の言葉は、今でも忘れられません。
その言葉は…
“黄金世代は甚だ幸先の悪い始まり方をした”
というものでした。
である。
これで、全てが分かる。
なぜ、私が変則的なレースプランを組んだのか。
なぜ、私がファンを魅了する努力をし続けてきたのかが。
なぜ、黄金世代は、私達に敗北したのかが。
そして………
なぜ、宝塚記念で、3人のウマ娘が骨折する悲劇が起きたのかが…
私は再び、銀翼のウマ娘達の前に、黄金世代の前に、シンボリルドルフの前に、本という形で現れる。
それは、直接触れ合える現実ではない、だが、私の真実の姿である。
さあ、はじめよう、久方ぶりの破壊を!
お読みいただきありがとうございます。
主人公が言及していた映画は、実際にあるものです。
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