今回は三の丸広場開放後の地域住民との交流の様子を描写しています。
「あっ、黒ラブだ!すいませーん、この子、何歳なんですか?」
「今年で3歳、元気一杯でね、ここが大好きみたい」
「生徒として嬉しいです!触っても良いですか?」
「もちろん」
名古屋トレセン学園の三の丸広場が開放されて、1年の月日が経った。 三の丸広場は、当初の目的通り、市民の憩いの場となり、生徒と市民が交流することもあった。
「どうです?真穂殿?」
「うん、良いね!もう遜色ないよ!」
「護殿は?」
「今までで最高の出来、お茶によく合うな、後輩にも持って帰りたいぐらいだ」
「それは良かった」
そして、それは名古屋トレセン学園の周辺にある、一般学校の生徒においても例外ではない。三の丸広場にある藤棚の下では、キングダムシーが、自作の羊羹を、ここでの交流を経て友人となった一般学校の生徒に食べさせていた。
「それで、本題に入りたいのですが…」
「わかった」
「ああ、次回のイベントのことだろ?」
「はい、先週のイベントは大成功でした、ですが、私たちウマ娘は、本来歌だけでなくダンスも行わなければならない身……参加した生徒の中には、踊りたいという者も、少なからずいました。しかし、踊るとなると…それ相応の準備が必要…」
「何いってんの、大丈夫大丈夫!あたし達はあの天持学園の吹奏楽部、人と腕は十分でも、演奏する場所が無いんだから!先生に言えば、一発OKとバックアップが貰えるって!」
天持学園とは、キングダムシーと話をしている一般学校の生徒の所属校である。この学園は高い吹奏楽の技術を持っていたものの、練習の成果を活かす場の一つである野球応援での演奏の機会が無かった、5年程前に野球部が廃部となったからである。そのため、吹奏楽部の部員たちは、その実力を持て余し気味であり、練習の成果を発揮する場を求めていた。そして、今話している真帆と誠は、それぞれ吹奏楽部の部長と副部長であった。
「まあ、上手く人数調整をする必要はあるけどな」
「あー確かに…この前よりも難しくなるよね」
「それに関しては、私からも会長様と理事長様に相談させて頂きます、ダンスパフォーマンスもつくとなると、会場設営の準備も大がかりなものとなって来ますから」
キングダムシーは、責任感を感じつつそう言った。なぜなら、ここで市民と交流する中で、二人と出会い、部の悩みを聞き出し、演奏をしてみないかと提案したのは彼女自身だったからである。
「お、これは頼りになりそうだな!」
「本望です。名古屋トレセン学園校則第2号、『生徒は、本学園が、名古屋市の一員である事を理解し、市民と良好な関係を構築することが理想であるとの意識を常日頃から持っておくこと』…皆さんとの良好な関係は、私たちやお二人だけでなく、ここ名古屋のためにもなるのです、最大限の努力をさせて頂きます」
そう言って、二人に頷いてみせるキングダムシー、彼女は紛れもなく、名古屋トレセン学園一の忠臣であり、誰よりも地元を愛しているウマ娘だった。
「なるほど…それで違うフォームの練習をしているという訳ね」
「そうネそうネ!ミーはデビュー戦で勝ったけど、その中身は辛勝…もっともっと頑張らないとネ!」
「私もそうしないといけないわね、理事長の業務にも余裕が出てきたことだし、これからはレースに関するアドバイスも頑張るわ」
「Yes Yes! まさか、黒澤サンがトレーナーライセンスを持ってたなんて、知らなかったネ!」
「理事長が路頭に迷っていた私に声をかけてくれた時に取ったのよ」
「成る程!」
一方、名古屋トレセン学園の一員となって一年が経った黒澤は、アサヒクリークのスカウトを受けた直後に取得していた、地方トレーナーのライセンスを活かそうとしていた。
地方トレーナーのライセンスは、中央のそれと比較して簡単に取得できる。また、学園が一つしかない中央と異なり、地方は学園が分散しているので、ライセンスを使わないままでも特に目立つことはなかった。
「うん…?理事長からメール…戻って来い…クラさん、私は行くわ」
「頑張ってネー!」
また、一年の月日は、彼女と名古屋トレセン学園の人々との間に、確かな信頼関係をもたらし、黒澤の生徒や後輩に対する話し方を、フランクなものへと変化させていたのである。
「ごめん、遅くなった」
「構いませんわ」
「それで、用件は?」
「キッシーから新しいイベントの提案書が届いたのです、見ていただこうと思って」
“彼女”はアサヒクリークからキングダムシーの提案書を受け取り、目を通していく。
「なるほど、今度は普通のライブみたいに、踊りも混ぜるんだね」
「ええ、準備の規模も、当然大きくなりますわ」
「でも多分、そのあたりは生徒たちが上手くやるよ?企画力優秀だからさ」
生徒達は、生徒会を中心としてイベントの準備や企画を自主的に行っていた。最初は戸惑うことも多かった名古屋トレセン学園の生徒も、イベント慣れしている天持学園の生徒に影響され、企画力を身に着けていったのである。
「ええ、ですから。私が考えているのは、イベントの後です。イベントの後、簡素な打ち上げを、食堂で催すのはどうかと思いまして…そうすれば、両校の生徒間の信頼関係は更に深まるはずですわ、これに関しては、生徒会も同じ気持ちのようです」
「……何か、良いアイデアでもありそうだね」
“彼女”は、ニヤニヤとして、アサヒクリークに問う。
「現在、我が名古屋トレセン学園は、ワイズさんの分析技術の完成により、レース分析力が向上しています。ですが、分析は、あくまでも勝利のための一手…他の学園に勝つためには、トレーニング技術や職員の能力、情報収集においても、力を入れていかなければなりません。特に情報収集は、レースの結果をも左右します。あくまでその主軸は、我が学園にあるべきです……でも、レースの世界に“情報収集の手段として一般学校を使ってはならない”なんて規則は、ありませんわ」
アサヒクリークはそう言って、いたずらっぽく笑った。
「続けて」
「ええ、もちろん。まず、この学園の生徒が活躍すると致しましょう。そうすると必ず、偵察が来るのです。我が学園は、練習用グラウンドを一つ、見学可能にしておきます。しかし偵察はそれを警戒するはず。違和感たっぷりですものね。ですが、市民と生徒がどちらもいる三の丸広場は、溶け込みやすいですから興味をそそられるはずですわ。そこで、一般学校の生徒の出番ですわ。接触し、言葉巧みに安心させて“観光に来た遠方の友人を連れて来た”という体で、見学へと誘います」
アサヒクリークは、多重に構えた策を話していく。
「もちろん、トレーニングの内容は一部、漏れてしまいますわ。でも、それはほんの一部で、基礎的なもの…でも、多少は恩を売れるはずですわ、ですから、逆に向こうの情報も聞き出せるかもしれないというわけです。そもそも誰なのかといった情報や所属校、レースで行いたい作戦…まあ、このぐらいにしておきましょう。そして、情報収集は、技能さえ鍛えれば、相手に偽情報をつかませることも出来ますわ。そしてゆくゆくは……レースやイベントを通じて入るお金を利用し、一般学校の生徒を、アルバイト感覚で偵察に雇うということも、出来るかもしれませんわね」
彼女の話を大まかにまとめると、イベントや交流を通じて、付近の学校と共存共栄するだけでなく、その生徒も上手く使うという事である。そんな彼女の最終的な目的は、名古屋の一般学校を活用した、学園生徒をなるべく使わない情報網の構築であった。
「なるほど…雇うのはうん、まだまだ絵空事だけど、それ以外はコストもそんなにかからないし、やってみる価値はあると思う。でもまずは、イベントを成功させないと」
“彼女”は、アサヒクリークの目的には賛同しつつも、あくまでプロセスをしっかりとやり遂げることを重視している。そのため、情報網の構築開始は保留にすべきということを、アサヒクリークに示したのだった。
「そうですわね、私の考えは、あくまで希望的観測…メインの目的は、市民との信頼関係の構築です………そう、貴女が…やっていましたように」
「懐かしいこと言うね」
「ええ、でも、スターにはそれが一番大事なのです。そして、学園においてもそれは同じだというのが、私の持論ですわ」
“彼女”は現役時代、あえて公園などで自主トレを行うことで、一般市民との交流の機会を設け、ファン数増加に繋げていた。アサヒクリークは、名古屋市全体を、名古屋トレセン学園の強力な支持基盤とすべく、“彼女”のスタイルを学園として模倣したのだった。
「……出来れば、生徒の実力向上も、同時並行でね」
「ええ、それはもちろんですわ。私も執務の合間にグラウンドに出て、トレーナーのいないウマ娘を指導します。もちろん、貴女も一緒ですわ」
「秘書だからね、支えるよ」
そう言って、“彼女”は笑った。
その笑顔は演技ではない。
本物の笑顔であった。
『うぴうぴはにー 3 2 1 うーーFight!!』
ワァァァァァァァァッ!!
ライブは無事に成功した。日本では前例のない、トレセン学園と一般学校が共同で催すダンス付きのライブは、無事に成功を収めたのである。
「アリガトウゴザイマシタ!」
両学園を代表し、スタークラッシャーが観客達に礼を言う。彼女はもちろん、輝く星のような笑顔をしていた。
(…良かった…大成功だ…)
(……これで俺達の名前も高まるな!)
(曲は借り物とはいえ、この盛り上がり……この歓声……次は、スタジアムを借りてもっと大規模にできるかもしれません)
真帆、誠、そして裏方で企画を進めていたキングダムシー、この3人も、もちろん笑顔である。
そして、ライブが無事に終わった事を確認したアサヒクリークは、挨拶をするために、壇上へと立った。
『本日お集まりいただいた皆様、この度は名古屋トレセン学園の生徒、及び天持学園の生徒によるパフォーマンスをご観覧頂き、心より、感謝申し上げます。今日の出来事は、ウマ娘のライブ史と、この国の学校間交流の歴史に残る、新たなピースとして、皆様の目と心、そしてここ名古屋市に刻まれていくことでしょう。かつて、織田信長公は、ここ名古屋を拠点とし、古きもの、新しきもの……そのどちらをも活かした国を目指し、京都を目指して上っていかれました』
アサヒクリークは、自身の尊敬する英雄、織田信長を出す。織田信長は名古屋のシンボル的存在であり、参加者全員の注目が彼女に集まった。
『そして、名古屋トレセン学園と、天持学園…我々両校はこれからも、連携を続け、信長公のように、ここ名古屋市を代表する存在として、成長し、駆け上っていく所存です。次回のパフォーマンスは、より豪華絢爛たる、大規模なものとなるでしょう、しかしそれには、皆様の応援が、必要不可欠です。どうか、これからの社会、これからの日本、これからの名古屋を担う、若い生徒たちに、心暖かい視線と応援をよろしくお願いいたします。』
ワァァァァァァァァァァァッ!
アサヒクリークの言葉に、生徒たち、市民たちは熱気をもって応えた。彼女は一礼を終えた後、少し急ぎ足気味で、壇上から降りて行った。
「…うまい!!」
「ホント、そばのいい香りが口いっぱいに広がるよ」
後片付けを終え、両校の生徒たちは名古屋トレセン学園の食堂で大規模な打ち上げを行った。生徒たちの間には、男女や種族の隔て等なく、大きなイベントをやり遂げた仲間としての、確かな絆が芽生えていた。
彼女達は話し、笑い、これからを語り合いながら、蕎麦や天麩羅といった豪華な料理や、キングダムシー特製の羊羹に舌鼓を打つ。
「真帆殿、お疲れ様です。今日のライブは大成功でしたね」
「うん、達成感はすごかったよ。でもね、もう一つ思ったんだ」
「何です?」
「いつかは、自分達で決めた曲やオリジナルの曲で、イベントを盛り上げてみたいってね」
「真帆殿……実は私も同じことを考えていました」
キングダムシーはそう言って、真剣な表情をした。今回のライブで使用した曲は中央で使用されていたものである。ローカルシリーズのライブで使用される曲は多種多様であるが、今回のような大規模イベントに適した曲はそれほど多くなく、知名度も高いとは言えない。そのため、今回は“うまぴょい伝説”をはじめとした“借り物”の曲が、演奏曲のほとんどを占めていたのである。
「今回は管楽器が多かったけどね、ウチの部、色んな楽器に対応できるんだよ。護は練習用メロディーに歌詞つけるの上手いし…だから、いつかは…ね?」
「ええ、やりましょう、いつか」
「だね………あ、そう言えば……理事長さんは、どうしたの?ここにはいないみたいだけど…」
そして、話題は変わり、理事長であるアサヒクリークのものとなった。
「何やら本部で重要な案件があるそうです。内容の情報漏洩防止のため、秘書の黒澤様も連れて行く事は出来ないそうです」
「……本部?ここにある中部地方管轄局じゃないんだね」
「ええ、それほど重要なものかと」
「レース場を新設しろとかかな?ホラ、ここのレース場、ちょっと古いから」
名古屋トレセン学園の主な使用レース場である名古屋レース場は、地方のレース場の中でも古い方である、そのため、市民の間では“そのうち建て替えか新設をするのではないか?”という噂が流れていたのである。
「そのような話は聞いていませんが、可能性としては十分かと…」
しかし、当の名古屋トレセン学園の生徒達は、その様な話は一切聞いておらず、キングダムシーはその内容が気になっていたのだった。
「……何でわざわざ口伝えですの…やらかしなどもないはずですし」
打ち上げから数時間後、アサヒクリークは新幹線やタクシーを乗り継ぎ、東京のローカルシリーズの運営本部までやってきていた。彼女は今回の呼び出しがオンラインでないことに小声で文句をつけ、入り口に通じる階段を上がっていく。
「…ふぅ、服装は…問題ありませんわね」
アサヒクリークは服装の乱れがない事を確認し、少し安心する。
その時であった。
「随分急がれていたようですね、アサヒクリークさん」
「なっ、何故ここに!?…………いや…斎藤理事長ではありませんか…また驚かされてしまいましたわ…もう、あの方の声真似は止めて下さいまし、最近は滅多に人前に出ない方とはいえ、こう声を似せられたのでは、勘違いしてしまいますわ」
アサヒクリークを驚かせたのは、名古屋トレセン学園のお隣である、岐阜県のトレセン学園、カサマツトレセン学園の理事長、齋藤しおりであった。彼女の声は“おばあさま”と呼ばれている中央の名門メジロ家のご隠居に似ており、声を低くして喋り方を真似、アサヒクリークを驚かせたのだった。
「肩の力が入りすぎているわ、そして、私もここに呼ばれたということは、あなたが何かやらかしたというわけではないということね」
「…その様子なら、お互い、相手が来るのは知らなかったのですね、ですが、なぜそこまで…」
「お互いが知り、内容を予測しあい、それが漏れる…結果として、それが大きな話となる可能性も否定できない…ということかしら?極秘で通すのにも問題ないことはないけれど、今日の呼び出しが重要な案件であることに間違いはなさそうね」
「ですが、斎藤理事長が来るという事は、同じ中部地方の金沢の…」
「アサヒクリーク理事長、斎藤理事長、お二方ともお入りください」
疑念を深めていく二人の会話に割って入ったのは、運営本部から出てきた案内役であった。
「「…?」」
過剰なまでの極秘体制、金沢のみ呼び出されていないという事実、これらに困惑しながらも、二人は本部へと足を進めていった。
「斎藤君、アサヒクリーク君、忙しいところ、すまなかった。特にアサヒクリーク君は、イベントに出席してそのまま、苦労をかけたな」
アサヒクリークと斎藤は重役の待つ部屋に通された。元々南関東の管轄局にいたこの重役は、落ち着いた様子で、椅子に腰かけている。
「いえ、これも学園を率いる者の一人としての務めと感じていますわ」
「うむ…良い心がけだ、では、早速本題に入らせて貰おう、今日、君たち二つの学園の代表が呼ばれ、金沢が呼ばれなかった理由は単純明快だ」
そう言い、重役は書類を手に取る。
「来年度をもって、名古屋トレセン学園、及び笠松トレセン学園は統合し、“濃尾トレセン学園”として、一つの学園となる、今日はこの最重要の極秘案件を伝える為に、管轄局ではなく、わざわざこちらまで出向いて貰ったのだ」
「「…!」」
アサヒクリークも、斎藤も、共に驚愕していた。そのような状態で、斎藤は質問をする。
「一体なぜ…?理由をお聞かせ願えますか?」
「…分かった、説明しよう。現在のローカルシリーズの状況は、知ってのとおり、生徒数の確保が第一の課題だ。そして、生徒の学園選択の理由に目を向ければ、“実績”・“地元からの距離”・“環境”が多数を占めている。その中でも最も重要なのが、実績だ。ここ最近、君たちの学園は、それらが目立たない。そして、入学者は伸び悩んでいる。それは、紛れもない事実だろう?」
重役はそう問いかけた。近年、名古屋とカサマツの両学園の実績は、他の学園に比べて目立たない、それは紛れもない事実である。名古屋は努力家が多いものの、リーダーであるアサヒクリークが若年であることで、それを不安がった者が多かった。それにより、入学者が減少することによって、優秀な人材を発掘する母数が減少していた。カサマツは過去にオグリキャップなどの優秀な生徒を輩出したものの、現在・そのようなことはほとんどなく、金沢トレセン学園とのレースにおいては苦戦しているという状況であった。
「はい」
「そのため、今回の統合により、元二校間での人材、文化、ノウハウの交流を進めてもらいたい。そして、それによって実績を出し、生徒を呼び寄せる為の魅力を創出してもらいたい」
重役は、身体を少し前に倒し、そう言う。
「はい、ですが、統合以外にも方法があったのではないですか?こちらとしても、高い才能がある生徒がいないわけではありません。そのような生徒を対象とした中央への特別留学システムの拡大の打診など…」
「それでは南関東地域の独自性が消滅してしまうし、中央側にも負担をかける」
斎藤は浮かんだ疑問を質問したが、それは無駄に終わった。彼女は心の中で…
(やはり彼も南関東の人間か…)
と呟く。しかし、決定事項は覆す事が出来ない。そのため、すぐに考えを切り替えた。
「では、問題なのは生徒への告知の時期です。彼女たちは育ち盛りにして、レースを戦う身…精神面での悪影響は、最小限に抑えたいのです。こちらをいつ生徒に…」
「その件については追って通達とする。時期としては夏明け頃としたい。もちろん、理由はある。こちらとしても動揺は最小限に抑えたいと思っている。それならば、ある程度教育もレースも、シーズンの始まりがすぎ、生徒が環境に慣れたタイミングの方が適切だと判断している」
「…それについては、私も同じ考えです。異存ありません」
「よし、職員と生徒に対する事情説明の詳細なタイミングや方法は後ほど送信する。くれぐれも、情報漏洩の無いように」
「…はっ」
「…アサヒクリーク君も、良いかね?」
「…は、はいっ!承りましたわ!」
ここまで、驚きのあまりに上の空になっていたアサヒクリークは、重役の呼びかけで我に返り、返事をしたのだった。
「…前代未聞の計画…これがどう動くかはわからないけれど……やることは多くなるわ」
そして、退出した斎藤は、カサマツの事を考えながら、アサヒクリークに加え、自らにも言い聞かせるように、そう言った。
「……」
「……しっかりしなさい、生徒に通達するまでは、私達はお隣のライバルよ」
「ええ…わかっていますわ。ですが、市民との親睦を深め、これからという時の統合……力不足を感じますわ」
アサヒクリークは落ち込み、耳も尻尾も垂れ下がっている。
「でも、統合はチャンスでもあるわ、人、モノ、ノウハウの融通をしやすくなる環境ができるもの。貴女達は知らないかもしれないけど……私達も色々と頑張っているの、そういった頑張りを交換し、より良いものを生み出して行くのが、生徒を支えるという、私達学園の理事長の使命を達成することにつながるではないの?」
「……………」
斎藤にとっても、統合は本意ではない。しかし彼女は、決定したからには統合によるメリットを最大限に活かし、自らの使命を果たすことを決めていた。
「…………」
「ええ……仰る通りです。私もしっかりとしなければなりませんわ、統合するまでに……一度でも良いですから、互いの生徒がぶつかり合う激戦をやると致しましょう。そうすれば、生徒達も、お互いの実力を認め合う事ができ、統合後も上手くやれるのではないかと思いますわ」
斎藤の姿を見て、“落ち込んでいるわけにはいかない”と思ったアサヒクリークは、少し考えた後、顔を上げ、斎藤にそう言った。
(…カサマツとの戦い………私の気持ち、クロさんの知恵……その2つをフル活用する初仕事になりそうですわね……)
(そして、統合………暫く行われなかった試み故、するときも、した後も、上手くやっていくのはなかなか難しい試みですわね……英語で言うのなら、ザ・ハード・トライアル……)
(初めてのこと、難しそうなこと……たくさんありますけれど………でも…少しずつ、心の中が熱くなって参りましたわ……)
アサヒクリークの心に、今まさに、火が付こうとしている。
お読み頂きありがとうございます。
コメントなどありましたら、お気軽にお寄せ頂けますと嬉しいです。
今回はおまけの画像として、名古屋トレセン学園の簡単な解説画像をつけています。学園の間取りに関しての画像も制作中ですので、ご期待ください。
【挿絵表示】