「……という理由と経緯で、我が名古屋トレセン学園、及び、お隣のカサマツトレセン学園は統合することとなったのです」
「…」
先日伝えられた重要事項、アサヒクリークがそれを真っ先に打ち明けたのは、もちろん、最も信頼を寄せる相手である“彼女”であった。
そして、“彼女”はその重大発表に、少し眉を動かして反応したのだった。
「へぇ」
「…思ったよりも驚かないのですね」
「いや、無反応と言えば噓になるけど…私の故郷が、元々トレセン学園があった地域だし…うん、まあこういう方法もあるのかってね」
“彼女”の故郷は、元々地方レース場があった地域である。そして“彼女”はその歴史を知らない程、地元への興味がないわけではない。
「そうですか…意気込みはしたものの、やはり、少し残念な気持ちは残りますわ…市民と良好な関係が築かれはじめ、これからという時の統合ですから」
「それは否定しないよ、でもね、これはチャンスでもある、統合なんてしばらくなかったことだし、話題性の確保には持ってこい、それに人員やノウハウの交流も盛んになるからね、できることも増えるはずだよ」
「…手探り状態にはなりそうですが…」
「私たちは中央に下剋上するためにここにいるんだから、恐れてちゃあ、何も始まらない」
難しい顔をするアサヒクリークに対して“彼女”は、どこか楽しそうな顔をしている。それには理由があった。
「そう言えば貴女の元居たところが…」
「そう、同業他社を吸収していって出来ることを増やした系の企業だからね、まあ、こういうのはなるようにしかならないよ、はい、大きい企業の癖に、私を広告塔に使おうとした欲張りな前の仕事場の話はこれまで、現状は、スタークラッシャーを筆頭とした数人を、これから入ってくる世代の良い手本に育て上げることが最優先なんだから」
「…ええ、スタークラッシャー…確かに彼女は素晴らしい生徒ですわ、ですが、問題は、出ることが出来るレースが、限られてくるということです」
アサヒクリークは腕を組む、スタークラッシャーは、素質と明るさに溢れた、次世代のスターとも言えるウマ娘であった。しかし、どうもスタミナが伸び悩み、走れても1800mが限界であった。
「そう、それだよ、2000mは走れるようにしないといけない、帝王賞とかに出て欲しいからね」
「ですが、直ぐにという訳には行きませんわよ、誰しもが、あなたのように、今でも全力で走り、何食わぬ顔でタイヤを引っ張ることができるような、軽トラのように頑丈なウマ娘な訳ではないのです」
「私は機械みたいに感情無い訳じゃないんだけど…でも、急ぎすぎないのに関しては賛成。それに、気長に改良していくのには慣れてる。ドトウちゃ…いや、メイショウドトウがそうだからね」
“彼女”は、学生時代、メイショウドトウを鍛えており、共にトレーニングを行うだけでなく、食事を共にして話を聞くこともよく行い、時に苦労もしながら、じっくりと彼女を育てていた。それ故、スタークラッシャーに対しては、もう少し長距離を走れるようになってほしいとは思っていたものの、結果を早く求める事は考えていなかったのである。
「それなら安心しました、ワイズさんのVRシミュレーターも、8人でのレースをシミュレート出来るレベルに達しましたし、有効活用していきたいですわね」
「ああ、それなら、つい昨日、私が考えてみたアイデアを生徒にやって貰ったよ」
「アイデア?」
「そう、ウマ娘の姿を再現せずに、ウマ娘の形を模した泥人形みたいな奴とレースをしてもらった。あ、誰を再現してるのか分かるように、レース前にウマ娘のイラストが、泥人形の方にスライドするようにはなってる」
「…それで、生徒の評価は?」
「相手の顔が無いのに、強敵の動きをマスターしてるからとんでもなく怖かった…って言ってたね…スタミナの減少具合は、精神状態も少しは関わってくる、これは、検討してもいいんじゃないの?」
“彼女”はクスリと笑いながら、アサヒクリークに問いかける。
「生徒をいたずらに消耗させるようなレベルでは無いですわよね?」
「それはそうだよ、あくまで単色のウマ娘の形をした何かと走るだけだから」
「なるほど、では、確認のため、私もテストを致しますわ。悪く思わないで下さいね、私はこの学園の責任者ですので」
「もちろん、ワイズ課長も喜ぶよ、改善点は遠慮なく私たちにどうぞ」
アサヒクリークも、“彼女”も、名古屋トレセン学園のウマ娘を強くするという目的を共有している。アサヒクリークは、名古屋の発展と学園の発展双方を目指し、地道に努力を積み重ね、時には大胆な手段も取る。“彼女”は、これまでの経験を基に、アサヒクリークに助言をし、時にはアサヒクリーク以上に大胆な発想をするときもあるが、その発想に対する声を聞き逃そうとはしない。そんな二人はまさしく、将と軍師であった。
「………フゥー!」
「クラさん、お疲れ様、一息つくと致しましょう」
「ハイ!」
数カ月後、黒澤は、スタークラッシャーのトレーニングを見ていた。彼女のトレーナーが出張中であったからである。
「しかし…クラさんは元気ね、統合の話で動揺している娘も多いのに」
名古屋とカサマツの統合、その事実は、つい数日前、生徒とメディアに言い渡されたばかりである。予想通り、それは大きな動揺をもたらした。
しかし、広場で交流している市民たちからの温かい応援の言葉を受け、先頭に立ち、学園のために奔走するアサヒクリークの姿を見ていた生徒たちは、一人たりとも“不安だから、学園を辞める”という選択肢に至ることはなく、普段通りレースや勉学に励む毎日に戻る努力をするものがすぐに現れた。スタークラッシャーは、その一人であった。
「オフコースネ!統合は単純計算で生徒数が二倍!トモダチ増えて、ゴエンの力が高まるネ!」
「ご縁の力…?」
「そう!星はつなげれば、星座という名の芸術を生む、これはヒトも同じ!人の輪、つまりゴエン!とてつもない力生み出すネ!料理!音楽!そして…レース!」
「ふふふ…若い娘は羨ましいわ」
スタークラッシャーは統合の話を聞き、自らの人間関係が広がることや応援する者達が増える事に期待をかけていた。レースだけでなく、ライブやダンスなどのパフォーマンスを好む彼女にとって、支えや他者との交流は、かけがえのないものなのである。
スタークラッシャーの話を聞き、黒澤は笑っていた。
(でも、その人の輪は、時にはぶっ飛んだものを生む、十字軍の振る舞い、ナチの所業、そして…銀翼のウマ娘…彼女がそれを知るのは…いや、知らなきゃいけなくなるのは、一体いつになるのやら…)
しかし、その腹の底では、“彼女”がご縁の力の裏にある恐ろしい物を浮かべていたのである。しかし、“彼女”は、その仮面を外すことはない。
「さて、もうすぐ理事長が来て下さるわ、統合前・名古屋として行う最後のレースで使うための戦術を、直伝するために」
「そ、それは…まさか…」
「ええ、貴女は、“クリーク戦法”を身につけるためのレベルに達したのよ」
学生時代、いつの間にか磨くこととなった指導者の腕が、その仮面を、外れないよう、強靭に押さえつけているのだから。
「よーし、ケイ、今日はここまでにしておこう」
「分かりました!」
そして、場所は変わり、ここ、カサマツトレセン学園でも、統合という事実に直面しても、それを受け入れ、熱心にトレーニングに取り組むウマ娘がいた。
「どうでしたか?」
「ペース・フォーム共に、新しいやり方が定着してきている、この前のレースは掲示板を外してしまったが、この調子なら再び一着を狙う事が出来そうだ」
「それなら良かったです!」
ケイと呼ばれる彼女の名前は、ケイピーシーナリー、カサマツトレセン学園にてデビューした葦毛のウマ娘である。彼女は観察眼に優れており、タイミングを見計らうのが上手い。しかし、脳の反応に身体の動きがついていけなくなる事があり、現在はその改善のため、新しいペースやフォームを少しずつ定着させている最中だった。
「あの、トレーナーさん」
「どうした?」
「名古屋の選手、本当に“ネクストヒロインカップ”に出てくるんでしょうか…」
“ネクストヒロインカップ”とは、カサマツレース場で施行される、ジュニアクラスの重賞レースの事であった。勝負服が用意され、笠松以外のレース場のウマ娘も出走出来る……という点が特徴ではあるものの、その実態は主に地理的・実力的な観点において、“まれに名古屋の生徒が出走することがある”というものであった。
「出るだろう。合同記者会見の際、発表を行ったのは、向こうの理事長だった。彼女の目と言葉…君は覚えているか?」
「はい、それはもちろん…確か、カメラ目線で『ここまで様々な事を述べてきましたが、どうか皆様にはこれだけは覚えていて欲しいのです。“統合までの最後の一日、いや一分一秒まで、名古屋トレセン学園とカサマツトレセン学園はライバルであり続ける”と』…って…言ってましたよね、でもこれって、記者さんから、“統合によって両学園の交流レースに悪影響は出ないのか”って感じの、ちょっと意地悪な質問がきたからじゃ無いんでしょうか」
「ああ、その言葉は、確かにそのように記者やファンに向けた“統合の影響による不正などは起こりえないので心配しないで欲しい”のメッセージと捉えやすい。でも、僕には、“時間の許す限り、カサマツトレセン学園に全力でぶつかる”というメッセージに聞こえた。睨むように、カメラを見ていた彼女の目は、一生頭から離れないだろう」
ケイピーシーナリーのトレーナーは、統合を伝える記者会見におけるアサヒクリークの様子が、深く印象に残っていた。そしてその予測は当たっており、現に名古屋のウマ娘、スタークラッシャーは、ネクストヒロインカップを目標に定め、トレーニングに明け暮れている。
「トレーナーさん、もし、そうだとしても、私は走って勝ちます。向こうの理事長さんが言っている通り、統合するその日まで、カサマツと名古屋はライバルなんですから、向こうのウマ娘が勝負を挑んで来るのなら、私は正々堂々受けて立って、皆の力を借りて、全力で走るだけです」
「ああ、分かっているさ。ライバルであるのは、決して悪いことじゃない。お互い学びあえる関係性ということなんだ、レースを通じ、統合した後でも上手くやっていけるように、しっかりと準備を進めていこう…」
「はいっ!!」
「よし、では次はアグ───」
統合の一件は、確かにカサマツにも動揺をもたらした。しかし、それによって生じた“統合までのさほど多くない時間”は、生徒・職員双方に今の両校の関係を再確認させ、レースへの士気向上に一役買っているという効果を生みだしていた。
「…確認ッ!君たちに集ってもらったのは他でもない、それぞれが感じている現状について、報告を聞きたいッ!」
それと同じ頃、中央トレセン学園の会議室では、理事長である秋川やよいを始めとした数人が集まり、報告会が行われていた。
「私から見るに、今年デビューしたウマ娘、サトノダイヤモンド、去年デビューしたキタサンブラック、サトノクラウン、シュヴァルグラン……彼女らが非常に優秀に思えます」
「同意見です」
「私もお二人と同じですが、真に目を向けるべきは、生徒の皆さんの才能よりも志向です。意思を尊重したほうが、意欲も強くなります」
やよいの質問に答えたのは、かつて、エルコンドルパサーとグラスワンダーを担当していた2人のトレーナーと、生徒やOG、職員の間を取り持つOG職員、ハンススパイダーだった。
「うむうむ、わたしも同じように考えていた。よし、ではキング!」
「生徒会長が引退の意向を固めた事で、生徒達は次期生徒会長の話題で持ちきりです」
現在キングヘイローは教官であるが、メインはレースの指導ではない。食生活や私生活など、生活面での指導がメインである。これはやよいが決めたことではなく、自ら希望してのことだった。
彼女の“黄金世代”としての活躍を見れば、これを“もったいない”と感じる者もいるかもしれない。しかし、学生時代の彼女は、少なくない数の生徒から尊敬されていたのである。故にこの役目も、適任といえた。
「生徒たちの間では、次期生徒会長はメジロマックイーン、トウカイテイオー、リオナタリオン、ホワイトシュタインの誰かになるとの噂が流れているようです」
「うむっ!わたしもその四人あたりが立候補してくれると考えている。レースの魅力や技能の発展、人材登用・活用の現状路線の継承、それぞれ考えは様々だが、現在強化部門と共同で進めている計画には、その誰であれ、賛意を示してくれる自信もあるッ!」
やよいは自信ありげにそう答えてみせた。現在やよいは日本のウマ娘レース界を盛り上げるある計画を、トレセン学園の強化部門と進めており、それには生徒の協力も必要不可欠だったのである。
「計画…理事長、私たちにはまだ、明かして下さらないのですか?」
「ああ、もう少し待って貰いたい。大規模な計画なので、詳細な部分を慎重に詰めなければならないのだ」
「では、話を変えましょう、先日後輩から相談を受けたのですが、桜田というトレーナーが先月、担当ウマ娘が怪我で引退をしてしまった事によるショックで、自信を失っています。僕が様子を見てあげたいのですが、仕事が忙しく…皆さんに良いアイデアがあれば、教えて頂きたいのです」
そう口に出したのはグラスワンダーの元トレーナーである。彼は物腰の低い姿勢を買われ、後輩の良き相談役となっていた。
「…大問題ッ…それは直ぐにでも対応するべきだ!わたしは彼の真面目さを高く評価している。だが、現在の彼は不安定ッ、無理に再び担当を持つようにしたくはない……腕を鈍らせず、今後のことについて考えて貰いたいものだな」
「……では、サブトレーナーとして、どこかのチームのトレーナーに預かって貰うのはどうでしょうか?メイントレーナーの指導を受けながら、本人の希望と相手方の意思を上手く摺合せ、尊重していく……という形ですが」
「確かにそれなら…」
キングヘイローの提案に対し、エルコンドルパサーの元トレーナーが賛意を示す。
「確かに…それは盲点でした」
グラスワンダーのトレーナーは、現役時代に骨折をしたグラスワンダーのリハビリを手伝う中で、高いスケジュール管理能力を身につけ、それを仕事に活かし、一人でチームを管理運営し続けていた。そのため、サブトレーナーを持つこともなく、その存在が完全に盲点になっていたのである。
「では、彼の意見を聞いてみます。理事長の計画はまだ知りませんが、学園一丸となって臨むものということは、理解できますから」
「うむッ!しっかりと頼む!」
やよいは今度の計画に大きな力を注いでいる。そしてその成功のためには、学園内の不安要素の払拭は必要なことであった。
「………」
やよい達の会議から暫く経ち、ネクストヒロインカップも近づきつつあったある日、キングダムシーは食堂に座り、資料を見ていた。
「キッシー、ここ、良いかい?」
「もちろんです、ワイズ様」
「その資料は………勝負服かい?一体誰の……」
「クラ殿です」
キングダムシーの見ていたものは、スタークラッシャーの勝負服の資料だった。ホバーワイズは、その資料を覗き込む。
「そのデザイン……どこかで……思い出した。これは、天持学園と共同でライブのイベントをした時に使ったものだ。彼女は流用しているのかい?」
「はい、お金がかかることですので、なるべく低コストに済ませて欲しい……クラ殿たっての望みです。デザインはほぼそのまま、カラーも白と赤のツートーンの赤色を、価格の安いサーモンピンクに変えています」
「……そうか!勝負服の代金は、この学園から出ていたね」
ウマ娘の勝負服はオーダーメイドであり、そのデザイン案をまとめて発注をかけ、代金を払うのは学園の仕事である。スタークラッシャーは、学園側の負担を少しでも軽くしようと、なるべく費用を削る努力をしていたのであった。
「はい………校則第5号、“本学園の学生は、上記の学生としての権利の他に、レースに関わる者の権利として『自分のスタイルでウマ娘レースに関わる権利』、『権力その他外部からの力によってレースとの関わりを絶たれない権利』を持つ”。
………彼女のやりたいスタイルを、遠慮させてしまう今の現状は…なんとかしていきたいところです、もっと資金を…」
「でも、キッシー、慌ててはいけない、時には立ち止まって、考える必要もある。」
「………」
現状を嘆くキングダムシーに対し、ホバーワイズはよく考えるように諭す。
「…ほら、居ただろう?ぼくよりも少し年下ぐらい…確か理事長と同い年ぐらいの競走ウマ娘に……確か…スペシャルウィークというのが…」
「はい、ジャパンカップでモンジューを倒した彼女…ですね?」
「彼女は確か、レースでの敗北をきっかけに、心が壊れてしまったのだろう?そしてそれは、どうしても勝ちたい相手を倒すのに熱中するあまり、自らの目指していた日本一を、目の前で掻っ攫われたから………」
「ですが、あのケースは特殊です」
「本当にそうだろうか?寝る間も忘れられないぐらい、目標が頭の中にこびりつけば、それを達成できないとわかった瞬間、気持ちというのは、大いに落ち込むものじゃあないのかい?」
「……ええ、それは」
「目標を立て、それを目指すことは確かに大切だ。でも、それだけを繰り返していれば、いつしか考えは凝り固まり、心は疲れ切ってしまう。確かに生徒が自分のスタイルでレースに臨む際、資金は大切だ。そして我が学園は資金不足だが、資金確保にこだわっていては駄目だ……時には寄り道、そうすれば、意外な形でヒントを得ることができる可能性だってある………理事長が進め、君も頑張っている地域との交流は、意外なものを僕達にもたらしてくれるかもしれないということだ」
「……!…もしかして、ワイズ様が言っておられるのは、あのコース整備マシンの事ですか?」
キングダムシーの表情から、険しさが抜けた。
彼女がいうコース整備マシンとは、名古屋の機械メーカーが開発していた、災害救助用の四脚ロボットであった。現在、そのロボットは関節の動きや耐久性をテストするため、ダート整備用のトンボを取り付けられ、名古屋トレセン学園のトレーニングコースでひたすら引っ張っている。
このロボットは、メーカーの従業員が三の丸広場で休息するようになり、その際に名古屋トレセン学園の生徒と知り合った事をきっかけとして、学園のコースでテストをすることになったのである。そして、このロボットはテストの場所を提供する代わりに、無料で運用されていた。
「ああ、テスト期間のみとはいえ、あれはタダ。すると、あのコース整備に使う費用が大幅に少なくなる、そうやって浮いたお金で食堂の新メニューの試作をしたり、余った整備の人員を借りて、ぼくのシミュレーターのバ場状態の再現精度を高めたり………あの厳つい四本脚のロボットも、思わぬところで役に立つものさ、きみの地域交流も……いつかは、この学園の生徒達が、自らのスタイルでレースに臨むことができる環境作りに、役に立つ時が来る…そう信じて、熱くなりすぎずに、頑張るといい」
「確かに…そうです…落ち着きました。感謝申し上げます、ワイズ様」
「良いってことさ」
ホバーワイズはそう言って、残っていたコーヒーを飲み切り、自分の仕事部屋へと戻っていった。
「……もっと柔軟に…やっていかないと…」
残されたキングダムシーも、思考を整理し、頬をパンと叩いて気持ちを入れ直した。
「……ふぅ、ただいま」
私は仕事を終え、アパートへと戻ってきた。ただいまなどと言っても、答えてくれる家族はもう居ない、家族みたいなものである鶏はアサヒクリークの屋敷である。
「……よし」
入浴と食事を済ませ、部屋着に着替えてテレビをつける、リラックスは大切だ。普段は、いつもと違うもの……すなわち、キングヘイローの物を参考にした言葉遣いを使っているから、見えないところで疲れは溜まっている。
「………」
そして見るのは、レース関連のニュース。もちろん、取り上げられる対象は、中央がメインである。
『現在、もっとも期待がかけられているウマ娘、サトノダイヤモンド、あのサトノ家のご令嬢であり、名門メジロ家とも深いつながりを持っている彼女に──』
サトノダイヤモンド………サトノモズレーの親類である、確か、ウチのスタークラッシャーと同世代のサトノクラウンとか言うのもいたな。彼女らこそが、過去、サトノモズレーが愚痴っていた“まだ小さな子”だろう。
あと、名門メジロ家とか言ってるが、メジロマックイーン以降、輝かしい成績を残すウマ娘はあまりいない、障害競走の方に頑張ってるのが一人いるようだが。まあ、強いて言うのなら彼女と言った具合である。
あ、あとサトノクラウンと同期にキタサンブラックとか言うのもいた。まあ、彼女もサトノクラウンも中長距離向きそうであるため、スタークラッシャーとぶつかる事はそうそうないだろうが…
「……………っ…」
込み上げる歯痒さを、キンキンに冷やした水で誤魔化す。
じれったいのだ、私が出れば、彼女達など………
いや、それは傲慢だ、自分の身体は、最早武器とはなり得ない。考えるのだ、今あるもので、何ができるか。それも、いきなりデカいターゲットにだけでなく、カサマツのウマ娘という、目の前の課題について………である。
「………!」
そんなことを考えていると、突然、テーブルの上の携帯が震える……相手は、アサヒクリーク。
「……起きてる、テレビ見てた」
『そうですか、それはひょっとして……中央の選手の特集ですの?』
「……よく分かったね」
『暫く共に暮らしていたのです。貴女が見るのは料理番組とストレートニュース、レース情報番組しかないのは分かっていますわ、そして、今の時間帯からすると、その答えは分かりきっています』
料理番組を見るのは、役に立つ上、嘘を伝えようがないから。
ストレートニュースを見るのは、周囲の人間の解釈を聞く必要が無いから。
レース情報番組を見るのは、私が白黒の破壊者をしていた時の名残だから。
やれやれ、こうレパートリーが少ないと、言わないでもわかるものなんだな。
「……じゃあ、クリークさんも見てたんだ」
『勿論ですわ、目の前の課題に集中すべきであれど、それはアンテナを下ろす理由にはなりません………ですが、アンテナを伸ばしすぎると、重心が高くなってグラグラ……ですわね?』
ああ、これは、軽く釘を刺されているな。勿論、やるべきことの優先順位は、きちんとつけている。
「もちろん、そんな、東京タワーみたいに伸ばしたりはしないよ」
『ふふふっ…貴女はやはり、よくわかっていらっしゃいます………まずは、カサマツのウマ娘達に、我が名古屋の強さを見せることが先決……時間は、思ったより、少ないですわよ!では』
そう言って、アサヒクリークは電話を切った。
やはり、私一人では、考えを巡らせることのできる範囲は限られている。学生時代は白子や銀翼のウマ娘が、そしていまはアサヒクリークやキングダムシー、ホバーワイズがいる。
要は、私には、入れ知恵や手綱を握る人物が必要なのだ。
全く……望んでいるものは破壊なのに、私はそういう人間には恵まれている。少なくとも今のところは。
だが、それはすなわち、そういった人間関係が豊富な間は、何かしらの破壊が私に向けて微笑んでいるということ……こちらも、きっちりと準備させてもらうとしよう。