カサマツ1800mで毎年催される、ネクストヒロインカップ…
特に、私たちカサマツと名古屋が激突したあの年の勝負は印象に残っています。
勝者が決まったあの瞬間は、私たちの歴史が始まった瞬間だったんです。
私は興奮しっぱなしで……カメラを握り潰さないように、必死で興奮を落ち着かせていました。
ただ…当時の人は、そんなに注目しなかったのが、残念でたまりませんが…
あははっ、そんなのは、今となっては気にするべき事じゃありませんね。
“事実は小説より奇なり”
その言葉を体現した…
長いようで、短くて
輝かしいけど、泥臭くて
夢を見ているようで、現実だった
“二重学園の旅路”が…!
──地方ウマ娘レース魅力再生機構、同窓会での、カサマツトレセン学園の元生徒会長の言葉。
『今年もやって参りました、次の時代を担う事を期待されたウマ娘が集う、ネクストヒロインカップ、9人の選ばれしウマ娘が、パドックに揃いました!』
私は現在、キングダムシーを連れ、観客席に立っている。アサヒクリークは特別席でカサマツの理事長と一緒のため、ここにはいない。私も、秘書として同行しようとしたが、“私だけで行ってみたいですわ、軍師に頼りきりでは、色々と鈍ってしまいそうですもの”と言われてしまった。
そのため、特別席より一段下のポジションにいる。もちろん、レース全体を見るのに便利な位置を確保するという事も忘れていない。統合の日まで、カサマツはライバルなのだから。
『本日の1番人気、ケイピーシーナリー、重賞を2連勝した末脚をここでも発揮していきたいところです』
落ち着き払って手を振る彼女がケイピーシーナリー、カサマツの誇る葦毛のウマ娘である。あのオグリキャップと同じである。カサマツは葦毛と切っても切れない縁があるのだろうか。
「2番人気、スタークラッシャー、ケイピーシーナリーに負けず劣らずの活躍を見せる彼女、今日の好走にも期待したいところです」
一方スタークラッシャー、こちらはハイテンションで手をブンブン振っている。勝負服の袖には、彼女の主張するウイニングライブの三大要素、Jump・Voice・Stepの頭文字に彼女の誕生日を組み合わせた「JVS-98」という、形式番号風の文字列をあしらっているのだが、これでは見えない。流用デザインとの差別化を図ったのに、残念である。
話を戻そう、スタークラッシャーの調整について、私は可能な限り手伝ったつもりである。勿論、怪我などない。安全には配慮してみせた。勝つかどうかはわからない、あちらさんもトレーニングをしているからである。だが、全く戦えないといった状況にはならない事は、自信をもって言える。
勝負服を見て『エコノミー』とかいう奴もウマッターとかにはいたが、そういう声を跳ね返し、鼓膜をブチ抜いてやるぐらいの走りをしてほしいものだ。
「3番人気、クラブワン、持ち前の根気を、この1800mの距離でフルに活かしてほしいですね」
そして、今回のレースの出走者は、スタークラッシャー以外、全てカサマツのウマ娘である。そのため、私は技術だけでなく、メンタルのトレーニングもつけたし、メンタルトレーニングをトレーナーにお願いするようにアドバイスもした。回数こそ多いとは言えないが、ホバーワイズのシミュレーターで、模擬レースもやらせている。
その中で、私は、スタークラッシャーのプレッシャーへの強さを見た。だから私は彼女がプレッシャーを跳ね除け、統合前最後大舞台で、必ずや良い戦いをしてくれると信じている。
| 1 | シロクロタイショー |
| 2 | ヒシャブルドッグ |
| 3 | クラブワン |
| 4 | レクススペシャル |
| 5 | ケイピーシーナリー |
| 6 | セントラルフェリー |
| 7 | マイクロブル |
| 8 | スタークラッシャー |
| 9 | ワンハンドロディ |
この様に、出走票にのっている対戦相手は、どれも腕利き揃いであるが…これはつまり、名勝負への大切な要素がきっちりとあるということである。このレースで名勝負が起きれば、名古屋とカサマツの統合への、大いなる一助となる事に、間違いはない。
「ふふっ」
「…黒澤様?」
「ああ、ごめんなさい、楽しみで、つい」
いかんいかん、笑みがこぼれてしまった。それも自嘲の。
今の私は、黄金世代に目をかけていたURAの上層部と同じなのだ。
そう、役者や舞台を整え、世間を見て、
だが、私は彼らと違う、私はこだわらない。
使えるものは、何でも使う。
「黒澤様、そろそろ始まりそうです」
「キッシーさん…このネクストヒロインカップは『最も柔軟なウマ娘が勝つ』と言われている…それで、間違いは無い?」
「はい、きついカーブでバラけるバ群、1800mという仕掛けどころを選ぶ距離、それらはウマ娘に選択肢をもたらしはしますが、揃うのは実力者、同時に判断力が求められます、それ故、過去のレース結果を見てみると、優勝者は殆ど、他のレース場を渡り歩いたり、個性的なトレーニングをしていたりというような形で、柔軟性を養ってきたウマ娘が殆どです」
『さあ激戦を勝ち抜き、その柔軟性を轟かせるのはウマ娘か、1800mの戦い、今…』
ガッコン!
『スタートしました!各ウマ娘、出遅れることなく綺麗なスタートを切った、先行するはやはりヒシャブルドッグ、飛車の駒のように軽快なスタート!続いて、1バ身離れクラブワン、今回は抑え目!!外からはレクススペシャルとセントラルフェリー、後から一番人気ケイピーシーナリーが追いかけます。少々離れまして内からマイクロブル、並びかけるようにスタークラッシャー、しんがり、並ぶようにしてワンハンドロディとシロクロタイショーです』
スタークラッシャーはしっかりとスタートを切ってくれた。ただ、ウマ娘が固まってつぼ型になっている。スタークラッシャー自身は大丈夫だろうが、大一番で意気込んだウマ娘が無理をし、貰い事故…といった可能性は決してゼロではない。
「黒澤様、クラ殿の秘策、クリーク戦法……成功するでしょうか」
私がレースに意識を向けていると、キングダムシーからの質問が飛ぶ。
「分からないわ、でも、VRシミュレーションと併せでのテストでは、高い成功率を発揮しているから、少なくとも効果なしという結果にはならないはずよ」
クリーク戦法は、使うまでに多くの訓練を必要とする。その分、成功すれば、一定の効果は期待できるのだ。そして、それは勝利をつかむうえで、重要な時間をつくってくれる。
「見て思ったのだけど、スタークラッシャーの勝負服のデザインは、イベントの時のものの流用ね?」
「ええ、ですが、あれは正真正銘、彼女の勝負服、彼女は全力でこの勝負に臨んでいるのです」
同じ頃、特別席では、カサマツの理事長斎藤とアサヒクリークが共にレースを観戦していた。斎藤はスタークラッシュを見る。
「…確かに、彼女、よく鍛えられているようね、この勝負に懸けた情熱と、溢れんばかりの自信が、こちらにも伝わって来るわ」
「当然ですわ、彼女は、名実ともに我が名古屋のエース。多くの夢を背負っているのですから」
二人の心は、既に統合を受け入れている。しかし元々、名古屋とカサマツの両学園はライバル関係にある。そのため二人は、統合の準備をしながらも、お互いに指導者として尊敬し合い、ライバルとして意識をしていたのであった。
『各ウマ娘、スタンド前へ、先頭ヒシャブルドッグ、続いて、3バ身離れてクラブワン、そとから来るレクススペシャル、その後ろにセントラルフェリーその後ろ、ケイピーシーナリー、マイクロブル、少し位置を上げたワンハンドロディ、ペースを保つスタークラッシャー、そしてシロクロタイショーです。』
『スタークラッシャーはいつも食らいつくようなレースをしますが、今回はそうではないのですね』
(その通りだ。食いついて、ガンガンにマークをしてくると思ったのに)
カサマツのエースウマ娘、ケイピーシーナリーは、解説役の言葉に同調する。
今までのスタークラッシャーの戦い方…それは、ターゲットを明確に定め、マークし、動き、息遣い、豪脚…そのすべてを使ってすり潰すというものだった。それが、どういう訳か、今回行われていない。闘志は感じられるのに…である。
(あの子、ケイをマークしないなんて)
(でも、レース前のやる気は、演技じゃあねぇよな…)
(バ場に慣れてない?いや、そんなはずは…)
ケイピーシーナリーだけでなく、他の出走ウマ娘もそれを感じつつ、走り続けていた。
(もう少しで半分…ここいらで良い位置を確保する準備をしたいネ、but,最初につぼ型になったお陰で、バ場は思ったより荒れてる…コーナーでの展開が読めない以上、迂闊に動いてスタミナを浪費するのは危険、遠心力でぶつかる可能性も…なきにしもあらずネ)
スタークラッシャーがマークを封印していたのは、スタミナを浪費しないためである。彼女が教わった戦法は、現状かなりスタミナを使うものであり、いつものような闘い方では使うことが困難であった。
そして、このレースの最初、ウマ娘たちが固まった関係でバ場は荒れており、ウマ娘達がお互いの動きを予測するのは困難であった。
(コーナーでの展開は読めない、でも迂闊に動くのは危険…………)
スタークラッシャーは、周囲を見る。ウマ娘たちは、仕掛けるタイミングを伺っている様子であった。
(ヨシ、チョット、小突いてみるネ)
そう考え、スタークラッシャーは、一瞬、いたずらっぽく笑った。
『各ウマ娘、第3コーナー…おーっとここで動いた!外からスタークラッシャー動いた!』
スタークラッシャーが動き、それを伺っていた各ウマ娘がスパートをかける。
そして、当の本人は…
ワンハンドロディの後ろに、すっぽりと収まっていた。
「スリップストリーム…」
下にいた観客の一人が呟く、なるほど、そういう事か。
私たちの教えた技は、混戦になるほど有利になる。このまま微妙な展開を指をくわえて見ているよりかは、ウマ娘達に動いてもらい、自分への注目を逸らしてレースに熱中して貰う方がいい。
そして、自らはスリップストリームで体力の消耗を最低限にしようという考えか。
“他の誰かに注目を集めさせ、自らは勝ちをかっさらいにかかる”
全く…
「黒澤様…笑うにはまだ早いかと」
「ああ、ごめんなさい、面白い手に出たと思って、つい」
(っ!変なところで一気に動いたから、皆ポジションが荒れてる!!)
スタークラッシャーがスパートをかけたポイント、それは、第3コーナーに入って少しである。コーナーを曲がるには遠心力がかかり、ポジションを維持しつつスピードを上げようものなら、熟練のウマ娘でも、姿勢制御にリソースを割かざるをえない。
そして、ウマ娘たちにも、コーナーの得意不得意、外を回るか内をキープするかなど、それぞれの違いが現れる。
ケイピーシーナリーは遠心力に負けずにポジションをキープできていたものの、ポジションキープを無理に行ったウマ娘に前を塞がれる形となり、上手く抜け出せずにいた。
(…でも、こうなった時の手段は用意してある…まだだ…)
しかし、その状況を甘んじて受け入れるほど、彼女の備えは甘くない。彼女は冷静にタイミングを伺っている。
『レースは第3コーナーから第4コーナーへ、先頭変わりましてクラブワン、外によれたかヒシャブルドッグ、続いてセントラルフェリー、タイミングを伺っているかケイピーシーナリー、外からレクススペシャル、その後ろ、更に位置を上げてきたワンハンドロディ、スタークラッシャーも追いかける、シロクロタイショー、マイクロブルも粘っている、最初に立ち上がるはどの娘だ?』
(レクスが動いて…今!!)
タイミングを見計らい、ケイピーシーナリーは一瞬身体の力を抜いた。
『ここでケイピーシーナリー、何という早業!外に出てそのまま位置を上げにかかる!!』
「なっ…」
「ぶつからない程度に距離が空くタイミングを見計らい、一瞬遠心力に身を預けて外に出て、再び力を込めて踏ん張る…やられた側からするとふらついたウマ娘が向かってくるように見え、自然と避けるように動いてしまうのかも知れないわね」
「…あの技は、今まで見ていません、向こうも備えをしている事は予測してはいましたが、まさか、勝つための技より、必ず技を掛けられる状況に持っていく技を使うとは…」
私は頷いてそれに同意しつつ、アサヒクリークの方に目をやった。当然、見える訳はないが…今頃、彼女の目は、段々と変わり始めているだろう。
学園の運営者ではなく…どの様な相手にも全力で挑みかかる、
「さあ、クラさん……鍛えた腕の見せ所…思い切り、出し切りなさい」
さあ、後は彼女に任せるとしよう。
『ケイピーシーナリー、位置を上げてグングン前に出る!』
(行ける!このままの勢いで!!)
抜け出す事に成功したケイピーシーナリーは、ペースを上げる。
(クラブ…悪く思わないでね!!)
そして、勢いが衰えてきたヒシャブルドッグを抜き、続けてカサマツでのライバル、クラブワンを抜き去ろうとしたその時に、それは起こった。
「─!」
ケイピーシーナリーは驚いていた。
何故なら…
外からいきなり
ワープをしてきたかのように
スタークラッシャーが現れたからである。
(フフフ…クリーク戦法、炸裂ネ)
狙いをつけたウマ娘が、他のウマ娘を抜き去る瞬間、抜き去る相手に注意を向ける事を利用し、反対方向から、接近しつつ抜き去る…
これが、クリーク戦法であった。
かつてアサヒクリークがフェブラリーステークスの“白黒の破壊者”との戦いで一度だけ使った、ウマ娘の「対戦相手を抜き去った」という感覚を利用した戦法を、奇襲効果が高くなる形で改良したものである。
この戦法のテストに協力したウマ娘は、二名を除き、突然の出来事に動揺し、小さな
故にこの戦法は、アサヒクリークの自信作であった。
(Checkmateネ)
そして、スタークラッシャーは、狙いをゴールに定める…しかし…
(後は末脚で………………ン?)
「──っ!!」
ケイピーシーナリーは、食いついていた。
(レースをするウマ娘にとって、一番大事なこと…それは、無事に帰ってくること!)
ケイピーシーナリーは、確かに動揺し、姿勢が乱れた。そして、内を走るクラブワンの方に寄って行ってしまっていた。
だが、彼女とクラブワンは、デビュー戦の頃からの互いに切磋琢磨し続けてきたライバルである。互いへのレースに対する熱意も強さも、良く知り合う二人であった。
“このまま自分が沈めば、クラブワンとぶつかってしまい、大変な事になるかもしれない”
彼女はそう感じ、踏みとどまった。
(しかも…ペースが上がってる…!!)
スタークラッシャーは足を動かすが、ケイピーシーナリーは追いついて並びかける。クリーク戦法を乗り越えた彼女の走りは、それを通じて、粘り強いものとなっている。
(でも、ワタシだって…)
もちろん、スタークラッシャーも気圧されたままではない、負けじとペースを更に上げ、その勢いは、模擬レースの時よりも更に強くなっていた。
だが、それが勝負を決めた。
「───!!」
スタークラッシャーはバランスを崩す。
負けん気を発揮して、ペースを上げる余り、フォームが乱れていたのだ。
(マズイ!!)
それに気づいたスタークラッシャーはペースを落とさざるを得ず…
『ゴールイン!!勝ったのはケイピーシーナリー!激戦を制し!カサマツの新たなるスターの候補として、一番に名乗りをあげました!!』
ワァァァァァァァァァァッ!!
濃尾の戦いは、美濃の国の勝利で、幕を閉じた。
「…………」
アサヒクリーク、目を丸くして、眼前のガラスの向こうでついた、勝負の決着を見届けていた。
「……どうやら、私たちの学園の教え子が勝ったようね」
斎藤はそう、アサヒクリークに語りかける。
「ええ……精一杯、やったつもりなのですが…」
それに対し、アサヒクリークは、少し笑いつつ、そう答える。
「あら、それを言うのは早いわよ、精一杯やるのはこれから……とても良いレースだったわ。こちらの生徒も、トレーナーも、同じ気持ちを抱いているはず……これで、統合に不安な感情は、確実に一掃できるわ。後は、私たち全員で、精一杯努力し、学園を盛り立てていくだけ。昨日の敵は今日の友……これからは、同じ学園の同胞として、共にやっていきましょう…改めて、よろしくお願いするわ、アサヒクリークさん」
「……ええ!こちらこそ、不束者ですが、よろしくお願い致しますわ!」
「……!」
ここで、斎藤に同行していたカサマツトレセン学園の生徒会長は、あることに気づき、素早く写真を2枚撮った。
「………偶然って、凄いな」
その写真は、握手するアサヒクリークと斎藤が写っていた。そして、もう一枚の写真では、ピントはアサヒクリークと斎藤ではなく、観戦席の向こう──
ゴール地点で、握手を交わすスタークラッシャーとケイピーシーナリーに合わさっていた。
…全く
「肝心な事を…」
ケイピーシーナリーの記者会見からの帰り、思わず声が漏れていた。
「黒澤様…」
「私たちは、肝心なことを忘れていたようね」
「肝心なこと?」
「私たちは強敵との練習機会や指導者の不足を、最新技術で補おうとした。それは良かったわ。でも、私たちは心を見るのを忘れていたのよ」
シミュレーターによるトレーニングは、実際の動きを模倣した相手とぶつかることが出来る。何なら、同じ相手をいくらでも増やし、様々なパターンをもつ一人のウマ娘と一度にぶつかる事が出来る。それに、ウマ娘にプレッシャーを与えるために、相手のビジュアルを変更する事も出来る。
だが、いくらシミュレーターでウマ娘を再現しようが、その心を再現する事は出来ない。心を持たないウマ娘……それはどんな事でも動じないだろうが、それは、裏を返せば、どんなことでも熱くならないことをも表している。
ケイピーシーナリーは、今日、ライバルを傷つけたくないという思いから踏みとどまり、粘り強くスタークラッシャーに食いつき、打ち負かしてみせた。
「…でも、良かったです」
キングダムシーが口を開く。
「私たちは、今回の負けにより、成長のきっかけを得ました。そして、カサマツはこれから味方……ヒントは得ているのですから、後はじっくり、学ぶことが出来ます。今回私たちは敗北した。ですが、上手く敗けることが出来た…と思っています。」
「上手く敗ける…ね」
『……でも、私は負けたのよ!貴方が言ってた通りに、ファンも、栄光も、奪われて!!』
『そうだね、でも、それを知ったのなら、“本当の負け”とは違って“いかに上手く負けるか”ってのも、出来るんじゃない?』
『……いかに…上手く?』
『…そう、勝者が勝利の美酒に酔う中で、研究して、分析して、奪う側が取り切れないぐらい、自分の技を用意出来る。そんな…次に繋げることができる負けだよ。今日のキングさんの走りは、何だか変だった。そのままズルズル行ったら、“奪われるだけの負け”を、繰り返すだけ』
やれやれ、全く違う環境にいるはずなのに、今日は何故、こうも昔の事を思い出すのだろうか。
「黒澤様、今回の負けで、私は足りないものを見つけました。黒澤様は…どうですか?」
「もちろん、私も同じ気持ちよ」
いや…足りないと言えば、語弊があるかもしれない。
私の場合は忘れていたのだ、私がレースや大勝負から離れている間に、どのようにそれら難題を切り抜けていったかを…それも、中央に対する下剋上という理想を掲げながら…である。
思い返してみると、トレセン学園にいたころの私は、学び続けていた。そういった環境に、自ら身を置きにいったからである。
もし、学び続ける事を忘れ、理想のみを頭に置き続けると…
『私の夢は、全ウマ娘の幸福だ』
どこぞの誰かのようになってしまう。
危ない所だった。
ネクストヒロインカップから数時間後、アサヒクリークと斎藤は、これからの学園について話し合うため、二人で食事に出かけていた。二人の他に人はなく、腹を割って話し合う事が出来る環境が整えられている。
「では…私が理事長となり、斎藤理事長は、副理事長兼カサマツ校舎の運営担当とする…という形ですね」
「ええ、その方が良いわ、あなたの才覚を活かし、刷新感を出せる」
「ですが、今日の勝負の結果を見れば…」
「だからこそよ、貴女の所の生徒、キングダムシーは、完全アウェーの状況の中、こちらのウマ娘達を翻弄し、互角の勝負を演じてみせた、もし、あのコースの距離が2000mだったら…もし、ケイピーシーナリーが違う位置にいたら…結果は分からないわ…そして、大事な点は、その“互角の勝負”という気持ちを、多くの人々が抱いていること。若手の運営する学園がベテランの運営する学園と互角の勝負を演じたのよ?貴女がトップに立っても、多くの人が納得するはずよ。もちろん、カサマツの生徒職員には、私がしっかりと説明をするわ」
統合にあたり、どちらの理事長がトップになるかといった事は、学園側に一任されていた。また、今回の統合は学園の魅力創出による生徒確保を主たる目的としたものであり、学園側の積極的な行動はむしろ歓迎されることだったのである。
「承知致しましたわ…では、私からも提案を、レースでお互いの実力を認め合う事が出来たのならば、学園統合と同時に人員をある程度交換し、より深い相互理解を図りませんか?」
アサヒクリークは、今回のレースの敗北で、カサマツ側にも、優秀な人材がいるのではと推測していた。それらがどのような人物かを学ぶためには、人員交換によって、人と情報を共有することが最善であると考えたのである。また、カサマツからの人員によって、生徒や職員が新たな刺激を得ることも期待していた。
「もちろん、ちょうど私も同じ提案をしようと思っていた所だわ…ただ、これは適当に行うことは、許されないこと…後々に、どのような人材が欲しいのかを、互いに共有しましょう。新年度までは、まだ少し時間があるわ」
「ええ!では、そのように」
「カサマツトレセン学園と名古屋トレセン学園が統合した新しい学園…濃尾トレセン学園…私たち二人だけではなく、多くの人々の助けを借り、魅力溢れる学園を作りましょう、よろしく頼むわ」
「わかりましたわ!これから、よろしくお願いいたします」
名古屋とカサマツの両トレセン学園が統合して誕生する新学園、濃尾トレセン学園。
その学園は、着々と、産声を上げる準備を進めている。
お読み頂きありがとうございます。
コメントなどありましたら、お気軽にお寄せ頂けますと嬉しいです。
今回はおまけの画像として、カサマツトレセン学園の簡単な解説画像をつけています。ご覧ください。
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