嶺和5年、3月25日、天気は快晴、膨らむ桜の蕾が日差しを浴びております。
ネクストヒロインカップで、素晴らしい戦いを繰り広げた名古屋トレセン学園とカサマツトレセン学園が、今日をもって一つの学園と成ります。
両市の住民の歓喜のうちに、新たな歴史を
そして、9時10分、日本中に届けという思いをこめ、アサヒクリーク理事長が統合の言葉を述べられました。
ニュース那古野 嶺和5年3月25日の現場中継より。
統合式典は、名古屋トレセン学園の敷地内で行われた。市の顔でもある学園同士の統合ということもあり、名古屋笠松両市の市民が多く集い、濃尾地方という区切りではあるものの、式典は大きな賑わいを見せていた。
天持学園の生徒たちが、セレモニー音楽を演奏し、両校……いや、濃尾トレセンの生徒が集い、壇上を見ている。
少し静かになった後、和装で打掛を羽織る─つまりは正装をしたアサヒクリークが壇上に登った。
壇上に登ったと同時に、マイクの電源が入る。もちろん入れたのは“彼女”である。
『生徒の皆さん、教職員の皆さん、そして、市民の皆様、今日はお集まりいただき、感謝いたします。
名古屋トレセン学園と、カサマツトレセン学園…この2つの学園は、長年に渡り、良きライバルでした。そして、そのライバル関係の集大成が、皆様の記憶にも新しい、ネクストヒロインカップです。皆様、どうぞ思い出してください』
そう言って、アサヒクリークは目を閉じる。
同時に、ネクストヒロインカップでの実況音声が流れ、聴衆もレースの光景を想起し始めた。
『未知の技に果敢に立ち向かい、勝利をもぎ取ったカサマツトレセン学園、アウェーの戦場で、出来ることをやり通した、名古屋トレセン学園………生徒も、教職員も、そして、ファンの皆様も……その事実は、しっかりと認識してくださっていることでしょう。このレースで、二つの学園は、お互いの努力と実力を認め合うことができました。これは、統合後の学園が歩んでいく上で、大きな出来事であると言えます。』
アサヒクリークがそう言うと、画面が切り替わり、アサヒクリークと斎藤、スタークラッシャーとケイピーシーナリーが握手をする写真が映し出される。
生徒と教職員達は、ある者は懐かしそうに、またある者は誇らしそうにして、その写真を見た。
『そして、私は思ったのです。この二つの学園が、統合して織り成す景色が、とても楽しみであると、とても素晴らしいものであると……ここにいる皆様の中にも、きっと、同じ気持ち─いや夢を抱いている方々は少なくないと、私は感じています。』
地方レースを走るウマ娘達は、その地方の代表者的存在である。アサヒクリークに向く市民の目が、一気に多くなる。
『そして、ここに居る皆様には、それぞれ、私のような、夢があるかと思います。それが、自分がこうなりたいという物なのか、誰かにこうなってほしいという物なのか、こんな世の中になって欲しいというものなのか……種類は様々でしょう………しかし、期待をするだけでは、思い描くだけでは、夢は、いつまで経っても、夢でしかありません。私たちは、常に夢の形を描き出し、それに向かって進み続けなければなりません。ですが、ネクストヒロインカップを経た今、ライバルの存在をレースを通じて感じ取り、生徒達も、教職員も、夢に向かって進む熱で溢れています』
アサヒクリークは拳を握りしめる。
そして、生徒や教職員の中にも、同様の感情を抱き、手に力を込めるものがあった。
『もちろん、熱だけでは、夢を掴むことは難しいです。応援の声なくして、熱は行動に結びつくことはないのです。…………地域の皆様、ファンの皆様、保護者の皆様……名古屋トレセン学園と、カサマツトレセン学園……この二つの学園は一つになっても、ライバル関係の時に持っていた熱を失うことはありません!どうか、応援をよろしくお願い致します。』
アサヒクリークは、ファンや地元住民、保護者がいる方に向いて頭を下げた。
『そして、一つの学校の二つの校舎から、数多の夢が巣立っていくことを願い…今、ここに、名古屋トレセン学園と、カサマツトレセン学園が統合した新たな学園、濃尾トレセン学園の設立を宣言いたします!!』
ワァァァァァァァァァァァァァッ!!
アサヒクリークの統合の言葉は、新たな学園と共に、万雷の拍手をもって、受け入れられたのだった。
「うん、完璧」
「……良かった……ですわ……」
そう言うと、アサヒクリークはモニターの電源を落とす。
式典後、私たちは、アサヒクリークの統合の言葉を見返していた。
結果を単刀直入に言うと、ものすごく良かった。
そもそもアサヒクリーク本人がかなり声が通るほうであり、スピーチに向いている。あと、現役時代、名古屋のエースとして認知されていたこともあるだろうが…
文面はアサヒクリークが夜中まで缶詰めして、ほとんど一人で作り上げた。私が手伝ったのは細かい推敲ぐらいである。
ただ、その分、スピーチに関してはしっかりと指導をさせてもらった。彼女本人も、熱心に聞いて吸収し、自分なりに改善案もだして、今回の成功にこぎつけた。
「ほとんど一人でここまでやり遂げたんだから、しばらくは私がそばにいなくても、大丈夫」
「貴女にそう言われると……嬉しいのですが…いささか寂しいものです」
そう言って、アサヒクリークは、目線を私の下の方に落とす。
その目線の先には…私のトラベルトランクがある。
「大げさだよ、名古屋とカサマツ、車で飛ばせばすぐなんだから」
私はカサマツに異動することになった。
理由は簡単、人材交換である。
ネクストヒロインカップの日、アサヒクリークと向こうの理事長、斎藤しおりは2人きりで食事をし、学園最初の大きなプロジェクトとして、人材交換による技術向上を決めたのだ。提案したのはアサヒクリークである。
そして、その後、2人はどのような人材が欲しいかを、現場でヒアリングすることになった。
その結果、名古屋トレセン学園は、生徒とともに、食事をはじめとした生徒の福利厚生面を考える事ができる人材と、金の扱いに長けた人材を、カサマツトレセン学園は、レースの座学に長けた人材とトレーナー・教官の指揮監督のサポートが出来る人材を欲しがった。
向こうからは、食堂の副料理長をはじめとした5人と、名古屋の校舎で学園生活をしてみたいと強く希望した数人の生徒、そしてこちらは生徒こそ送らなかったものの私を含めた5人を送ることにした。
私の役割は、トレーナーと教官の指揮監督である。
トレーナーの資格は取っていたし、マネジメントは秘書時代にやっていた、少し大きい役割だが、これは私自身が望んだことなのだ。
カサマツトレセン学園は、ネクストヒロインカップで私たち名古屋を打ち負かした。しかし、今や味方である。となれば選択肢は一つ、学ばせてもらう他ない。それも自ら飛び込んで。
もちろん、アサヒクリークは嫌がったが、私は彼女を説得した。
会えないわけではないと。
私が学んで多くのことを持ち帰ると。
カサマツも、中央への下剋上には必要であると。
そして、今に至るというわけである。
「じゃあ、お互い、元気にやっていこう、着いたら連絡するから」
私は笑って頷いたアサヒクリークに背中を向け、部屋を出た。
統合式典の翌日、黒澤の姿は、カサマツトレセン学園の一室にあった。
「それで…お前さんが、名古屋から来たトレーナーと教官の指揮監督のサポートをしてくれる人材ってわけか……」
眠そうな目をして資料を見ながら、黒澤に話しかけるのは、カサマツでの上司であり、トレーナーや教官の属する競走支援課の課長、仁藤である。
「はい」
「元々はトレーナー資格を持った秘書で、生徒・あっちの理事長・指導官を上手く繋ぐことに貢献してた………まあ、ウチの人材は変わり者が多いけど、悪い奴じゃあない、肩の力を抜いて、頑張ってくれや、この学園では、柔軟にやってく事が、一番大切だからね」
「承知いたしました」
「まあ、悪い奴らじゃないんだが、元気いっぱいな奴もいりゃ、考えすぎな奴もいて…毎日あたまかいーわ」
「こちらも仕事のしがいがあるというものです」
黒澤はにこりと笑う。
「うんうん、でもまあ、名古屋とは不思議な縁があるもんだ、ウチの料理長とスタークラッシャーのトレーナーは双子だし」
これについては、こちらに来る前に、スタークラッシャーのトレーナーから聞いた。ちなみにカサマツの料理長が兄である。弟は色々あって親族に養子に出されたのだが、関係は良好である。
「それと…」
「それと…?」
「俺の姪も、名古屋でお前さんの世話になったみたいだし」
「?」
その次の仁藤からの意外な発言に、黒澤は目を丸くした。
「姪御さんが、名古屋トレセンに…?」
「あ、ごめんごめん、勘違いされちゃったみたいだね、俺の姪、天持学園で吹奏楽やってんだわ」
「……もしかして、部長の真帆さん…」
「そうそう、よく分かったね」
「目元が少し似ているものですから」
天持学園とのイベントは、キングダムシーら生徒が進んで企画していたものであるが、もちろん、教職員も関わっていた。黒澤はその中で、天持学園の生徒とも話す機会があったのである。
「そうかそうか、まぁ、今後は名古屋校舎の方で何かイベントをやるときには、俺達カサマツの方にも声をかけてくれ、生徒の中にも、参加したいのがそれなりにいそうだし、しおりさんも一度は直接見てみたいって言ってたから」
「斎藤副理事長がそのように評価して下さっているとは光栄です、承知いたしました、今後のイベントの際には、いち早くこちらの方でも告知させてもらいます」
「うん、頼んだよ」
仁藤は決して、お世辞を言ったのではなかった。
トレセン学園と一般学校が共同で行うイベント、それが興味を引かない訳はない。
そして、お隣の学園がそんなことを行っているのであれば、なおさらのことであった。
カサマツトレセン学園には、何部屋かトレーナー室があり、そこを数人のトレーナーと教官が共同で使っている。
中央のそれより狭いとはいえ、大学教授の研究室ぐらいのトレーナー室がある名古屋とは、かなり違う環境だ。ちなみに教官は会社のオフィスのような大部屋にいる。
私はここでは係長として扱われる。役割としては、トレーナーや教官の陣頭指揮やアドバイス、トレーニング計画の立案などである。他にも同階級の者はいるが、担当を持っているためにあまり動けない。そのため、カサマツはトレーナーと教官の指揮監督を補佐できる人材を欲しがっていたのだ。
そして、私はこの学園にいくつかあるトレーナー室の一つに入り、仕事をすることとなった。係長という立場上、同室の3人は部下という形となる。
「黒澤さん、この子のコーナー技術なんですが、名古屋の方に参考になりそうな子はいますか?」
「そうね……レースからは退いているけど、なりそうな娘はいるわ、よければ合同トレーニングを調整するけれど…」
「本当ですか!?じゃあ、早速聞いてみますね!」
1人目、森谷あやめ、笠松が地元の教官である。今年で2年目らしい。天然なところがあるが、ウマ娘一人一人の話を聞く親切な性格のため、ウマ娘達との信頼関係は厚い。
「か、係長!やはりこの成績帯の生徒には、まずは根性を身に着けさせるために、グラウンドでの持久走かシャトルランを…」
「沖田くん、落ち着きなさい、確かに根性は大切だけれど、何も肉体を酷使させることはないわ、ここにもVRシミュレーターが導入されるから、それの利用も検討してみて」
「……係長がそこまで言われるのでしたら…自分は逆らえません、わかりました。試してみます」
2人目、沖田勇、良くも悪くもまっすぐな男である。私同様トレーナーだが、新人トレーナーとウマ娘のコンビの指導役的立場なので、やっていることは教官に近い。ただし、知識量は森谷よりもはるかに上である……如何せん根性論が強いのが玉にキズだが。警察官のほうが向いてるんじゃないか?……いや、何かの弾みでぶっ放すかもしれん。
まあ良い、そして彼はついこの間まで担当がいたらしいが、留学生なので私と入れ替わりのような形で帰ったらしい。
「黒澤係長、ケイのレーススケジュールなのですが、2パターン考えています。係長の意見をお聞かせください」
「1つ目は、名前を上げていくのには最適ね、他の学園のウマ娘とも、対戦しやすい」
「では、係長は1つ目の方を…?」
「いえ、私が良いと思っているのは2つ目ね、こちらはレースをしながら走れる距離を伸ばしていける。ウマ娘の本格化の時期、早めに選択肢を確保していた方が、将来出走出来るレースの幅も増えるわ」
そして3人目、舞原奨。森谷の同期であり、あのケイピーシーナリーの担当である。一つの物事をじっくりと考えるタイプであり、分析を重要視している。彼の堅実な指導が、ケイピーシーナリーの粘りを生み出しているのだろう。
……ただ、たまに考えすぎてしまうことがあるようだ。
…以上が、私の部下である。まあ、たまに部屋の外に出て他の指導官についてやらなければならないのだが、メインはこの3人である。
あと、この学園の指導官の年齢層は、全体的に名古屋より少し若い、私より年下の者も少なくない。そんな環境で、管理職の補佐をやっているのだ、何だか学級委員のような気分であるし、口調も加味して考えると、尊敬すべきオンワードドライブになったかのような気分でもある。
カサマツへ来て一月が経ち、ここにもだいぶ慣れてきた。海が見えないのは少し淋しいが、そればかりは仕方がない。
「トレーナーさん!タイム、どうでしたか?」
「…ベストに近い、それを安定して維持できるようになってきている……この調子で頑張っていこう」
「黒澤トレーナーはどうですか?」
「良い傾向よ、この調子ならば、ベスト更新も狙えそうね、ただ、末脚を使う場所が少し揃いすぎているから、もう少し色々な場所で使えるようにしましょう」
トレーニングを見るときは、こうして、他のトレーナーと共にウマ娘達を見て、様々な視点からの意見を提供する。
今見ているのは、何を隠そう、あのケイピーシーナリーである。
「ありがとうございます!頑張ります!」
そう言ってペコリと頭を下げるケイピーシーナリー……ここに来て一月、彼女について、分かったことが一つある。
何と彼女、中央に落ちてこっちに進学したのだ。だが、受けられたということは、体力データ含めた書類審査を通ったということである。それだけでも素質はある……らしい。
というのも、私が受けた頃には書類審査なんて無かったのだ。
“上に促され、前職を退職した翌年”
書類審査は追加されたのだ。原因については………まあ、そこまで気にするべき事でも無いだろう。
まあ、歪んだ見方をするのであれば、これによって、自由な校風を謳う中央から、レースへの関わり方の自由は消えてしまったのだが。
話を戻そう、実際、ケイピーシーナリーを見てみると、磨けば光る多くのものを持っている。フォームは綺麗であるし、気合いが乗ると強く激しく動くことができる。
「ケイ、今度は、少し小回りなトレーニングコースでのトレーニングも交ぜてみよう。そうすれば、自然と動きにバラツキが出る。それに対して、フォームや力の入れ具合を調整するんだ」
「分かりました!」
そして、トレーナーの舞原も、未熟な面はあるが、沖田や森谷の支えも受け、力をつけつつある。自分の意志や思考をしっかり持った上で、他者の意見も聞き、最適な方法を考える。
悩むこともあるが、あまり深く考えすぎなければ、それはそれで良しだ。
「替えのバケツ、持ってきて!」
「わかったよケイちゃん!」
「クラブ、タイヤを外すから、持って磨いてくれない?」
「了解!」
「洗い流すわよ、皆さん、濡れないようにね」
「はいー!」
私はただ、トレーニングを見るだけではない、生徒の行動に付き合ったりもしている。
ここの生徒や指導官は、用具整備の職員と、非常に距離が近い。
「よう、今日も元気でやってるな、水は無駄遣いするなよ」
「はい!」
「大丈夫です」
それで、ここの整備課長はもうそろそろ退職………といった年齢だが、こうやって現場に出て陣頭指揮を執るタイプなので、自然と生徒や指導官とのコミュニケーションが増える。一部の職員は、ニックネームまでつけられている。
そして、生徒達は、学園で使うトレーニング用のゲートや、整備用の車両を自ら清掃している。
もちろん私自身も参加してみた。汗を流し、砂と水を手に着けながら、清掃していく。やってみて、これは合理的だと思った。用具への愛着や裏方への理解が生まれる。レースというものが多くの支えによって成るものであると理解し、競技者としての責任感が生まれるだろう。
これについては、有益だと思ったのでアサヒクリークに伝えておいた。
「ふぅ…」
トレーナー寮に帰り、シャワーを浴びた後に携帯を見ると、アサヒクリークからメールが届いていた。
添付されていた写真を見ると、新鮮な面持ちでVRシミュレーターから出てくるカサマツの職員が映っている。
名古屋に行ったカサマツの職員も、すっかり向こうに馴染み、名古屋の文化を理解してくれているらしい。
名古屋はアイデアを大切にしており、カサマツは柔軟さを大切にしている。この特徴は生かせることだろう。聞いてみれば、私が来る前、地方レースの運営側の装具開発課─勝負服や安全装備の研究を行う部署─に出向した者も居るようである。出されたアイデアを受け入れるという種の柔軟性が、この学園にはあるのかもしれない。
より調べ、名古屋の強みと結びつけなければ……
そして、写真はもう一枚添付されていた。
ダート整備用の四脚ロボット……それをそのまま大人の膝の膝より少し高いぐらいに小型化したものが、データ取りに協力したお礼として、ホバーワイズらにお披露目されている写真だった。恐らく、私がカサマツに来てすぐに完成したのだろう。
アサヒクリークは、鴨の親子みたいですわねとメッセージ上で評している。確かにそうだ。それよりも、ここまで小さくできるのは素直に称賛すべきことである。
だが、デザインは親子ともども奇妙である。正面から見ると、しっかり体を支える脚があることが分かる、それは良い。だが問題はそれ以外だ。
そろばん玉のような形をした、胴体前方の右側に、センサーやカメラの役割を果たす人型の頭が付いており、左の方に多目的投光器が取り付けられている。ライトとセンサーをまとめると、スペース的にめんどくさそうなので、このやり方は効率的なのだろうが、既知の生物とかけ離れていて、かなり気持ちが悪い。とはいえ、親のダート整備能力は素晴らしいものがあった。雪駄みたいなものを履かせても、しっかりとコースを歩いてみせたのだから。
そして、私は、このロボットを気持ち悪いと思うのと同時に、作業以外に使えないかとも思っていた。
まあ、ぼんやりと思うだけなら簡単で、そこからアイデアを思いつくのは難しい。使い道が浮かんできそうだが、いまいちピンと来ない、脳みその中からタケノコのように、アイデア一部が顔を出しているのは確かなのだが………
………よし、ここは若い力に頼るとしよう。
翌日、私はアサヒクリークの許可を得て、雑談の一環で、写真をウマ娘たちに見せることにした。
「これ、本当に災害救助用のロボットなんですか?」
「この見た目でトンボ引っ張るの…」
「わたしは好かんねぇ……頭が変な位置にあるけぇ」
「暴走して自衛隊に壊されそうです」
「黄色ですけど赤が似合う気がします」
……まあ、色々と評価を受けている。4つ目なんてなかなかダイレクトなシチュエーションである。どっちかと言うと自衛隊がやるのは怪獣退治だろ。
そんな中、ケイピーシーナリーが口を開く。
「うーん、やっぱり、親しみのある見た目が欲しいですね」
「親しみのある見た目?」
「はい、足が長いですから、鹿みたいにしたりとか…それが無理なら色を黄色から塗り替えて、むき出しの目みたいなパーツも隠して……怖そうな要素だけでも消して……なんか、ふわっとした意見ですけど…」
ふわっとした意見………
ふわっと……親しみ………怖そうな要素を消す……
…なるほど………そうか…
「分かったわ」
「分かった?どういう事ですか?」
「皆の意見を聞いて、ちょっと、良いアイデアを思いついたのよ、レースとは直接関係しないから、形になったとしても、少し時間がかかると思うけれど」
「どんなアイデアですか!」
「私も気になります!」
「教えてください!」
生徒達はテーブルから身を乗り出すようにして、私に求める。
残念ながら、教えるわけにはいかない。私はこのヒントを大事な
「まぁまぁ、それは形になってからのお楽しみよ」
私がそういうと、生徒達は「ええ~」や「ちょっとぐらいは」と口々に言う。
「代わりに売店で奢らせてもらうわ、お菓子でもパンでもジュースでも、好きなものをね」
まあ、そんな反応を返すだろうとは予測していたので、こうやって何らかのサービスを行わねばならない。育ち盛りの子どもを育成するのは大変である。
「うーん…これって、どうなるんだろ…」
5分後、プリンやらエクレアやらコロッケパンやらスポーツドリンク、食べ物飲み物で囲まれたテーブル。
その上には、一つだけ、異質なものがあった。
「中央のウマ娘、さらに強くなりそうじゃねぇ」
それは新聞である。ケイピーシーナリーが見つけ、牛乳寒天のかわりに私に買わせた。
見出しには、「中央は帝王の時代に」とある。内容としては、中央の生徒会長がトウカイテイオーに決まったというものだ。
「そのトウカイテイオーというのは、確か…三度の骨折を乗り越えた、不屈のウマ娘ね」
「はい!」
「憧れますよね、あの不屈の精神」
「諦めない心、見習いたいよね」
写真に写るトウカイテイオーはピースをしている。何年学園にいるかについては…………あまり気にしない、人間の学校とは違うシステムなので、考えるだけ無駄である。私はトレセン学園についてある程度知識をつけた時点で理解するのをやめた。
「トゥインクルシリーズの魅力強化が方針かぁ………そのしわ寄せ、こっちに来ないと良いけど……」
生徒の一人が腕を組んで考え込む。中央でも、地方でも、基本的にやる事は変わらない。レースをするだけだ。
これは顧客層が被ることを意味している。そして、現状、地方は、地元を愛する選手と観客が支えている。つまり、地元愛が、トゥインクルシリーズの魅力に負けてしまえば、地方レースはピンチとなるのだ。
もちろん、何もしていないわけではない、各学園は選手の育成に力を注ぎ、私達みたいにご近所は、ライバル関係の構築によって、熱い勝負を演出した。
ただ、今はもう、一つの学園になってしまった。ライバルは、外に求めていかなくてはならない。一つの学園になって、ライバル関係という要素が薄くなった今……トゥインクルシリーズの魅力強化が食い込んでくる……
「ケイちゃん……ケイちゃん!どう思う?」
「ごめん、ボーッとしちゃってた、えっと……」
「元々中央目指してたウマ娘としての意見、聞かせて欲しいんだ」
「あっ、うん!えっと…トゥインクルシリーズの魅力強化って言っても……中央のレースは芝の方が多いし……」
……これは生徒達に話さないほうが良い。不安を煽り、士気に関わる。だが……何もしないわけにはいかないだろう。
「それで、私達のところに相談しに来たってわけね」
「はい、副理事長」
結局、競走指導の最高指揮官である、斎藤と仁藤の2人に相談することにした。
「まず、言っておくと、俺達の方でも、中央の動きは把握してる、しおりさんは元々、中央で栄養面での指導をしてたから、調べるのは上手いんだわ」
「仁藤さん、関係ない話は時間の無駄よ、でも、把握しているのは事実……こちらとしても、生徒達が目の前のレースに集中出来るよう、環境作りをする方法は考えている所ね、でも、名古屋の方は問題ないのかしら」
斎藤は、名古屋側の方について言及してくる。
「心配ですが、こちらより動揺は少ないかと、名古屋は人口がある分、観客数は確保できます。そして、三の丸広場の開放や天持学園との交流をきっかけに、市民との関係も、極めて良好となっています。名古屋側でも、統合相手のカサマツについて、宣伝も行っていますし、カサマツ側の生徒も、市民と良好な関係を築いています」
「ただ、学園全体としての取り組みは、まだってことか」
仁藤の言葉は事実だ。
確かに、濃尾トレセン学園は市民と良好な関係を築いている…………
問題は、それが名古屋校舎のみであるということだ。校舎別での行動ではなく、学園全体の行動で、地方レースを盛り立てていく必要があるのだ。
「斎藤理事長、仁藤課長、やるべきことは2つです。1つ目は、統合により薄れつつある両学園のアピールポイントであったライバル関係………これを外部の学園に求めていくこと。2つ目は、学園全体として何らかの大きなプロジェクトを実施し、統合によって期待されている魅力創出を実現していくことです。特に1つ目は、急務となります」
「…そうね、2つ目に関しては、かなり長期的な目標となりそうだけど、1つ目については、今からでも取り掛かれるわ、仁藤さん、黒澤係長、1つ目については任せたわ、2つ目については、アサヒクリークさん達も交えて進めることにしましょう」
「りょーかい」
「了解しました」
ライバル探し……か。
そういえば、自分から進んでやったことが無かったな。
前世は……やるべきことだけやっていた。というか、満たすものを探すための時間を作りまくっていた。
生まれ変わって私がデビューした時、世間の目は私なんぞに向いていなかった。
世間の目は黄金世代に向いていた。彼女達が同世代だから私は彼女達を標的にした。
真剣にトレーニングして、向こうに勝手に噛みついたら、多くのウマ娘が私達についてきたり、ライバルとなって走ることとなった。
テイエムオペラオーなんて宣戦布告をしてきたな、懐かしい。テイエムオペラオーのように、強いウマ娘がいれば、私はそのウマ娘達の実力などをよく見てはいたが、それは、ライバル視というよりかは、破壊対象として見ていたり、油断をしないという思いを持ってみていたという要素が強い。
アサヒクリークに対しては、破壊しようとしたが、結局できなかった。現役時代文通はしていたから、ライバルではなく友人である。
前職は……うん、国内最大手だったな。世界と勝負するぞとか意気込んでたが、私の配属は経営企画や営業の部署じゃないから、競争しているという実感は薄かった。
それで、名古屋に居たときは、元々カサマツがライバルだった。
私にとって、ライバルとは、今まで意識して作ろうとしたことなんて無かった上に、いた時も、それは自然にそうなったものだ。
つまり、これは、私にとって、人生初めての、大いなる試みだ。
何だか、楽しみになってきた。
もちろん真剣にはやらせてもらう。
スペシャルウィークにも、そう言ったのだから。
「先輩!どうかされましたか?」
「取り敢えず、座ってくれ」
場所は変わり、ここ、中央トレセン学園では、若いトレーナーが中堅トレーナーに呼び出されていた。
若いトレーナーは、中堅トレーナーのチームのサブトレーナーとして働いていた。出身大学が同じであったため、中堅トレーナーは、先輩と呼ぶことを許可していた。
中堅トレーナーは、若いトレーナーを座らせた後、書類を渡す。
「……これは…」
「ああ、契約書類だ、君は、レース中での不幸な事故をきっかけとし、私のもとで、サブトレーナーをしていた訳だが、その仕事の中で、無事にメンタルを回復させ、トレーナーとしての能力を取り戻す事ができた」
この若いトレーナーこそ、担当ウマ娘の怪我での引退により、自信を喪失していたトレーナー、桜田であった。
桜田が元々担当していたウマ娘の怪我は、レース中の接触に巻き込まれた事が原因であり、彼自身が原因ではなかったが、それでも、回復には少なくない時間を要していた。
「君の状態は、既に信頼のおける状態まで戻ったと確信している。だから、君に彼女を任せる、それに、彼女も君にトレーニングをつけてもらえるならば、喜んで担当となると言ってくれている」
そして、中堅トレーナーは、自らのチームに所属しているウマ娘を1人、桜田に託そうとしていたのである。
「入ってくれ」
中堅トレーナーの言葉を聞き、1人のウマ娘がトレーナー室へと入ってくる。
「……タルマエ…!」
「はい、サブトレーナーさんは、私の夢に、誰よりも強く共感してくれました。だから思ったんです。一緒に、苫小牧を盛り上げて、レースも戦って欲しいって…だからこれからは、トレーナーさんとして、改めて、よろしくお願いします」
このウマ娘の名はホッコータルマエ、かつて中央で走っていたホッコーチランの遠縁のウマ娘である。
彼女は他のウマ娘達と共に、中堅トレーナーのチームにいた。メンバーとの人間関係には全く問題がなかったものの、レース経験の年数には差があり、その事がトレーニングの構築を難しくしていた。
これはレース経験年数の差があればどのチームでも起こり得ることであり、中堅トレーナーに非はない。だが、ホッコータルマエはダートウマ娘であり、チーム内のトレーニングだけでは、その才能を活かし切ることができないとベテラントレーナーは判断し、送り出すことにしたのだった。
「…分かった、自分も全力を尽くす。これからよろしく頼む」
ホッコータルマエと桜田は、契約書類にサインをする。
「よし…これで、晴れて君たちは独立…と言いたいところだが、そうはならないのは、分かっているな?」
中堅トレーナーの言葉に、2人は頷く。
中央トレセン学園は、チーム制を取っており、最低2人の担当ウマ娘を持たなければ、チームを作ることはできないのである。
「チームにはあと一人が必要だ。君たち2人のやることは、トレーニングを行いながらあと一人を見つけることだ。それまでは、君たち2人はこのチームの所属のままだ。だが、トレーニングは、トレーナーと担当ウマ娘で行う、一般的な方法で行ってもらう。レースへの出走判断も任せる」
そのため、中堅トレーナーは一計を案じ、桜田とホッコータルマエにもう1人のメンバーを探させながらもチームに置いておき、ホッコータルマエのトレーニング自体は桜田に任せようとしたのである。これにより、ルール的に問題なく、桜田も中堅トレーナーの支援を得ながら、ウマ娘探しをすることができる。
「はい!」
「頑張ります!」
地方でも、中央でも、挑戦という名の風が吹きつつある。
ウマ娘達も、トレーナー達も、それぞれの目標に向かって進むのだ。
「好機ッ…!まさに好機ッ……!トウカイテイオーが生徒会長となった今、これを発表すれば、レースはさらに盛り上がるッ!」
「あたし達は、ロマンが好きなのさ……さあ、目指そう、歴史に彩られた、栄光の舞台を!」
そして、それは中央のトップにおいても例外ではない。
水面下で、とても大きな計画が、動き出そうとしている。